小劇場其ノ八
-……どうしてこうなった?-
鍛練場で北郷一刀は一人、心の中で呟いた。
目の前で繰り広げられている、凄惨な状況に溜め息しか出ない。
優雅に、且つ華麗に宙を舞っている一人の人間。それを仕留めようと躍起になっている数多の武将達。
そして、それに対して傍観者となっているだけの、自分を含めた人物達。
この厄介な状況になった数刻前の事を、一刀は思い返してみた……
森で捕らえた賊の男達の身柄を、近くを警邏していた北郷隊の兵士達に任せた一刀達は、新参者三人組を連れて城へ戻ってきた。
「しゅにーん! 只今戻りましたー!!」
大広間の扉を開けながら、アキラは帰還の挨拶を叫ぶ。
大広間の中には名指しで呼ばれたヤナギの他に、亞莎が立っていた。彼女に何かを説明していたのか、ヤナギは書類を片手に持って、亞莎に話しかけていた。
「一刀様! お帰りなさいませ…………?」
「ああ、アキラ。随分と遅かった……な……!?」
新たな来客に疑問符を浮かべた亞莎に続き、話を中断して労いの言葉を部下に掛けようとしていたヤナギは、視線の先に絶句する。
「やっほー、主任! 元気ー?」
「お久しぶりです、ヤナギ主任! お元気そうで何よりです!」
「とりあえず、生きているのは間違いないようですねぇ……」
新参者三人組は、自分の上司に対して三種三様の反応を見せた。その声を聞いた途端、ヤナギは慌てて三人の方へ駆け寄った。
「き、君達! どうしてここに!?」
目の前の光景が信じられないといった口調で話しかける。手に持ったままの書類は不規則にひしゃげている。
「どうしてって、呼ばれたから来たんだよ?」
「こちらからの要望で馳せ参じたのです。おそらくヤナギ主任に通達が送られたはずですが……?」
クルミとアオイの言葉に、ヤナギは慌ててスーツの内ポケットに手を入れた。
「ち、ちょっと待ってくれ…………。ほ、本当だ。返信が来ていた……」
取り出した携帯の画面を確認したヤナギは、顔面蒼白で呟いた。
「主任。そんなこの世の終わりみたいな顔で言わなくても……」
「そんな……私が確認を怠るなんて……ああ! この失態を、上に何と報告すれば……!!」
「んな大げさな……。うっかりする事なんて、誰にでもある事っすよ?」
「ああ! 私としたことが……!!」
部下の話など一切聞かずに、生真面目な男はその場にうずくまり頭を抱える。
「聞いてないし……」
「困りましたねぇ……。これじゃ話が進められません。もう少し砕けてみれば良いものを……」
「お前が言うなよ」
「クフフフフ……。その言葉、たっぷり利子を付けてお返ししますよ」
リンダは口元を抑えて妙な笑い方で、アキラの言葉を返した。
「お取り込み中すいませんがー…………」
会話の最中に一団の後ろから聞こえてきた弱々しい声に、全員一斉に振り向いた。
視界に入ったのは、汗だくうつ伏せでグッタリしている北郷一刀だった。
「誰か……お水を、ください……」
「か、一刀様! お、お待ち下さいっ!!」
「ご主人様! しっかりなさって下さい!!」
歓迎会の時と同じように、亞莎がいち早く行動に移る。愛紗は一刀の傍に駆け寄り、その身体を軽く揺すった。
「さ、三人とも……荷物多過ぎ……だろ…………」
息も絶え絶えに呻き声を漏らす一刀は、恨めしそうな視線を新参者たちに向ける。彼の脇には、トランクやアタッシュケースが何個も置いてあった。
そんな視線をさほど気にも留めずに、リンダがゆっくりと近付いた。
「仕方ないでしょう。新たに色々資材を投入する事になりましたし、何より女性二人が来るんです。女性の旅支度で荷物が多くなるのは常識だと思いますがねぇ……?」
「そりゃあ……そうだろうけど…………」
「それに……。貴方が運んだのはアタッシュケース四個。なのにそれほど疲れるなんて、体力が衰えている証拠じゃありませんかねぇ」
「あのね……持った途端後悔したさ……一個一個がもれなく重いんだもの……!!」
「ま、そうでしょうねぇ。貴方が持ったケース全てに機械が入っていたんですから……まったく。一言言ってくれれば、荷物を軽くする装置があったんですがねぇ……」
「ちょい待ち! 今、何て言った!?」
「ああ、貴方の愛しの君がお水を持って来ましたよ」
「あったのか!? そんな機械があったのか!?」
しきりに抗議を続ける一刀の視界の端に亞莎が映る。亞莎が近付くと同時にリンダは一刀から離れた。
「お待たせしました、一刀様! お水をお持ちしましたっ!!」
「亞莎! 彼を連れ戻してくれ! 俺は一言言いたいんだ!!」
「は、はいっ!?」
「お、落ち着いて下さい、ご主人様!」
もはや半ばわめき散らす勢いの一刀に、狼狽える亞莎と愛紗。
そんな状況を作り出した張本人は、広間の中をウロウロと見回している。
「あるんならもっと早く言っ……ゲホッゲホッ!!」
「か、一刀様! ひとまずこちらをお飲み下さい!」
「ご主人様のお気持ちも解りますが、一旦調子を整えてからでも……」
「そ、そうだな……じゃあ、これ貰うよ。ありがとう、亞莎」
「はいっ! どういたしまして!」
「愛紗、ごめんな。俺、大声上げちゃって……」
「いえ。お気になさらずに……」
幾分冷静さを取り戻したのか、一刀は受け取った水を一気に飲み干して一息ついた。
その間もリンダは何かを物色するように、室内をうろついていた。
「申し訳ございません、北郷一刀さま。リンダさんが度々無礼を……」
一刀に近付いて謝罪の言葉を告げたのは、リンダと一緒にやってきたアオイだった。
「……彼ってあんな感じなのか?」
「ハア……。何と言いましょうか。ここだけの話、かなりの努力家らしいのです。その為に、加虐趣味とまではいかないのですが、自分の能力に絶対的な自信を持ち、他人を軽く見てしまう傾向があるようで……」
「努力家、ねぇ……」
「まあ、似合わない印象ではありますが……」
「もう少し話してみれば、こっちも慣れてくるかもしれない……って愛紗?」
「少々失礼致します……」
アオイと話している最中に、傍にいた愛紗が立ち上がり離れていった。
「どうされましたか? 関羽さま!」
アオイの問い掛けにも答えずに、愛紗はそのままリンダの方へと向かう。
それを見た一刀とアオイは顔を見合わせた。
「もしかしたら愛紗……」
「リンダさんに抗議を…………!?」
「おい、貴様…………」
「…………はい?」
ゆっくりした足取りで見回していたリンダはその動きを止めた。
当然だろう。見目麗しい少女が怒りを露わにして、いきなり得物を自分の目の前に突きつけたら、誰だろうと静止する。
「我らの主への無礼、詫びて貰おうか……?」
「………………」
常人ならば身の毛もよだつ闘気を目の当たりにしていながら、リンダは何食わぬ、且つキョトンとした顔をしている。
「貴様が客人である事は理解している。並々ならぬ術を持ち合わせているのも見て取れる。だが、それを鼻にかけ他者を、何よりも我が主を愚弄するのは看過できん! 今すぐ詫びて貰おうか!?」
「…………ハァ」
語気を一層荒げて険しい顔になる愛紗を、リンダは呆れたように眺める。
同時に、身に纏うロングコートの左の内ポケットをまさぐり、茶色の革の手帳を取り出した。
反省の色が見られないその様子に、愛紗の怒りは更に増した。
「貴様っ!! 何だ、その態度は!? 今ここで真っ二つになりたいかっ!?」
「いえ……。“棚上げ”という行動を実際に目にすると、唖然とするのだな。と、思いましてねぇ」
間近で怒声を耳にしていながらも、男は何食わぬ顔で手帳のページをめくっている。
「何の話だっ!?」
男の手は止まり、薄笑いを浮かべて開いたページに目を通した。
「関羽雲長……。その武は高く、義を貴ぶ武人。武官や文官のみならず、臣民からの信頼も厚い……」
「なっ……!?」
男が淡々と読み上げるその内容に、愛紗は面食らう。
だが、次の言葉には更に驚愕する事となる。
「生真面目な性格も高く評価されるが、それが災いして頭が固いと思われがちである。加えて、嫉妬しがちな面もあり、他の女性と仲良くする北郷一刀に対し、素直に甘える事を恥じらい、逆に八つ当たりを繰り返す……」
「ンナッ?!……///////」
先程と同じ顔に、真っ赤な色と発汗が追加された。
「やれやれ……。幾ら貴女の愛しい男性が、心が広く底抜けの優しさを持ち合わせているにしても、流石にやり過ぎではありませんかねぇ……?」
なおも手帳を眺めながら、リンダは会話中の相手を鼻で笑う。
その態度に、怒りやら羞恥やらで、愛紗の感情が爆発してしまった。
「き、きききき、貴様ーーーーー!!!!」
その勢いは、手にした青龍偃月刀にそのまま伝わり、リンダへ一気に振り下ろされた。
「あ、愛紗っ!! 落ち着けっ!!」
一刀は静止を促す声を張り上げたが、愛紗が振り下ろす速度の方が早かった。
次に展開されるであろう最悪の事態に、一刀は思わず目を背けた。
-ガキィィンッ!!-
耳に響く鋭い金属音に、一刀は疑問符を浮かべた。
今の音の感じだと、金属同士がぶつかった印象だ。
「北郷一刀さま。目を開いても大丈夫ですよ……」
聞こえてきたアオイの妙に穏やかな声に、一刀は一抹の不安を残しながらもゆっくりと目を開いてみた。
「…………えっ!?」
飛び込んできた光景に、今度は自分の目を疑った。
確かに、愛紗は青龍偃月刀を振り下ろしていた。
しかし、リンダは傷一つ負っていなかった。
それどころか、何もなかったような涼しい顔で手帳を眺め続けている。
いや、何も変わっていない訳ではなかった。
振り下ろされた青龍偃月刀は空中で静止しており、床へ辿り着いてはいない。
その進路を妨害していたのは、一本の鉄扇だった。
そしてその鉄扇を手にしているのは、リンダだった。
彼は左手に持つその鉄扇一本で愛紗の得物と攻撃を支えていた。
「…………クッ!!」
自分の攻撃が防がれ、愛紗は端整な顔立ちを歪めていた。
「そうやって己が感情にまかせて刃を振るうのは、武人として誇れるものではありませんねぇ……」
苦しそうな顔など一切見せずに、淡々とした語り口で愛紗を見やる。
「貴様っ…………!!」
「おやおや……。何も驚く事は無いかと。言ったでしょう? 私は諜報活動に長けていると。ですので、得た情報を確実に依頼主へと渡すために。且つこのように不測の事態に備えるために、服の中に武器を忍ばせているのです……」
そう語りながら、読んでいた手帳をコートの中へとしまう。
「それに。今読み上げたのも、私の諜報活動の成果。図星だからといって恥じる事はありません。それは私の仕事が正確且つ優秀だという動かぬ証拠ですよ……」
「…………クッ!!」
リンダに向けていた力を緩め、彼と幾らか距離を置く。だがその瞳に映る闘志は、少しも衰えてはいない。
そんな愛紗の様子を見て、リンダは再び鼻で笑った。
「やれやれ……。では勝負致しますか? 貴女が私に少しでも触れられたのなら、貴女や北郷一刀氏への今までの無礼を詫びましょう。そして、今後一切貴女方に刃向かう発言をしない事を誓います…………」
-続く-
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ある意味、九頭竜よりも厄介なキャラ誕生です。