No.561366

真•恋姫†無双 二人の遣い 第一話「東より出ずる遣い」

霞月さん

どうも、霞月と申します。
主人公には私がエブリスタで書いてる小説主人公を、少しばかり性格を改悪?した人物を用いることにしました。
それではどうかお楽しみください。

…長かったりしたらコメントどうぞ、改善します。感想とかあったら嬉しいです笑

2013-04-01 00:02:36 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1791   閲覧ユーザー数:1714

 

彼は北にあった。吹き荒ぶ吹雪はその身を叩くようであり、極寒のその地に本土出身の彼は馴染む事はなく終わりを迎えかけていた。このままでは死ぬなぁ、と漠然と考える彼。どうにも死ぬという実感が湧かない。昔からーーとはいえ五六年前からだが、命懸けでの斬り合いにも数多く参加してきており奪う事には慣れたが、こうして死にかけるまで一度として明確な死の気配を自らの体で感じたことはなかったからだろうか。

 

仰向けに倒れたままで空を見上げるが、かつて彼とその仲間が武威を誇った古都のような清々しい青空は望めるわけもなく、鈍色(にびいろ)の空と白い雪しか目に入らなかった。不意に聞こえる銃声。それも一本や二本といったけち臭い数では無い。間違いなく軍隊規模の掃射であろう重奏ぶりに彼は嘆息する。彼の上司が戦ってる方角から聞こえた気がした。あの鬼のような上司のことだ、まず間違いなく負けはしないだろうと彼は笑っていた。少なくとも彼はその上司以上に喧嘩に長じた人間を知らない。

 

「戦争ってのは喧嘩だ。ガキの頃から木刀片手に喧嘩に明け暮れてた俺が官軍なんてお行儀の良い連中に負けると思ってんのか、お前は?いいから、お前の戦いを終わらせて来い」

 

自分をそう言って送り出してくれた上司の顔と別れ際の言葉を思い出すと、彼は歯を食いしばる。目から溢れ出しそうになる雫を必死になって堪えようとするが、これから黄泉路に着くと思うと涙腺は緩むばかりで引き締まるわけがなかった。

 

必ず帰ると誓った。

 

あの旗の元に。誠の一文字を刻んだ、ダンダラ模様の旗の元で仲間と共に勝ち鬨(かちどき)を挙げると誓ったのだから、動けと己を叱咤する。白雪を穢す血に止まれと命令する。そんなもので止まるわけもなく、あふれる血潮。その量から最早手遅れと分かる。分かってしまうほどに人を切ってきた自分は何を成したのだろうか。新しい時代を作るために殺してきた。

 

幾人斬ったかなど覚えてはいない。だが、確かに斬った。誠の名の下に、不逞の浪士と判ぜられた男を斬り殺して激動の時代を生きてきた。そうして残ったのは人殺しの腕前と、血に穢れた己が身。怖い。このまま何も成さず、人斬りとして歴史に使い捨てられるのか、と恐怖を感じた。

 

不意に思考がまとまらなくなってきているのに彼は気付いた。混濁した考えはその証拠。気をしっかり持とうと、髪に覆われていない横顔を冷たい雪に当てようと首を捻った。必然的に自らが殺した相手が目に入る。既に事切れた相手は血塗れで生前の面立ちなど窺い知ることは出来ないほどに切り刻まれていた。今からあれと、あの血塗れの死体と同じように動けなくなる。物も言わなくなる。考えなくなる。笑わなくなる。知己の友人に礼も言えなくなる。

 

「嫌だ……」

 

ポツリと紡がれた本音。それは小さく、震えていて、風に打ち消されるほど弱々しかったが、重かった。彼の頭に浮かぶ仲間の顏。彼が知る限り、既に半分は死んでいる。ある者は降将としてではなく罪人として斬首されて、ある者は病魔に侵されて、ある者は敵として彼の仲間に切られて、ある者は銃弾の雨に襲われて……そうして最後に浮かんできたのは彼を送り出した上司。

 

髪を後ろに流し、洋装に身を包んだ上司を見たとき、彼は笑った。彼の中での上司は着流しを乱雑に着ているのが常であったからだが、それを差し引けばよく似合っておりそれを大将とする喜びがあったからだ。そんな上司との約束を、必ず帰るという約束を反故(ほご)にしてしまい、逝ってしまいそうな自分の不甲斐なさと自分の死への恐怖、そして歴史に燦然(さんぜん)と輝く死に場所が欲しいという思いが彼の涙腺を決壊させた。

 

涙が流れると頬を伝い切る前に凍ってしまうほどに寒く厳しい気候の北の大地に抱かれたまま涙を流す中、彼は自らの方に歩いてくる人間がいるのを視界に捉えた。何とも奇妙な格好をしているその人間に、一瞬気を奪われて彼は涙が止まった。そいつの格好は時代的に別段変では無い。それこそ上司が着ていた着流しーーそれを高級にした感じの着物。公家衆が着ていた上等な着物が一番ピンとくる。しかしながら、ここは極寒の北の大地だ。彼自身、洋装の防寒着を着込んでいて尚寒いと感じているのだから、間違いなく目の前までにきた人間のような格好では凍死しに行くようなものだと思った。

 

「やあ、生きてるか?」

 

そこ奇妙な御仁は彼に挨拶をしてくるが、目の前で死にそうになってる彼を見ているにも関わらず、明日の天気の話をするかのように軽い調子なので、思わず頭がおかしいのではないかと疑った。顔を見るに男のようだが、妙に整った顔立ちに目には妖しい色気が漂う。観察する間にその男は勝手に言葉を続ける。

 

「あんたこのままだと死ぬんだけどさ、なんか後悔とかないのか?」

 

それは酷く雑な聞き方で、彼は男を見上げたまま黙していた。少なくともまともに言葉を喋ってはいるが、死神に見えんこともないからである。あまりの無反応ぶりに男は多少つまらなそうしながら頭を掻いている。烏帽子が乗っているのに気付くと、彼は怪訝に思い思わず声を発した。

 

「あなたは公家ですか……?」

 

か弱い声に自らがもう限界に近いと察しつつ彼は相手を見詰めた。少なくとも烏帽子を被るような人間がこんなところにいるというのは奇妙なので、気になり過ぎる。彼の言葉を聞いて男は一瞬ポカンとするも、直様クックと笑い声をあげた。声は鈴のようであり、男が発しているとは信じ難い。

 

「まあ、そんなもんだよ……ああ、官軍には関係無いから気にしなくていいぞ、壬生浪」

 

男は彼の反応を引き出そうととんでもないことを言った。壬生浪と、彼をそう呼んだ。

 

「懐かしいですね、その呼び名……」

 

それはかつて彼が古都で不逞の浪士を狩っていた頃によく聞いた呼び名だった。壬生村に屯所を構える浪士だから壬生浪。彼が属した浪士組のあまりの強さに浪の字を狼と当てられることがあったのだから凄まじい。懐かしさのあまり思わず笑みが浮かんだが、彼は男に一つ問いかけてみた。気になることがあったため。

 

「銃声が止みましたけど、箱館方が勝ったのですか?」

 

半ば信じて疑わない彼は、無邪気にも軽く頬を緩めて聞いていた。上司の戦勝くらいは黄泉路の土産に欲しいと思ったからだ。問われた男は彼の目を見ると笑った。優しく優しく笑って、吉報を届けるように楽しげに唱った。

 

「土方なら死んだよ。逃げる自軍の兵を駆り立てようと数人斬り殺したら、その兵達に馬から引き摺り下ろされて最後は前線に投げ捨てられて薩摩の弾雨に(さら)されて蜂の巣さ」

 

「嘘だっ!!」

 

「嘘じゃないよ、もちろん箱館方の敗北。直にこの辺も官軍によって改められるだろう……そこでだ、お前さんは死ぬ気か?こんなつまらない死に方をする気か?」

 

彼は雷に打たれたような気がした。あの上司ーー土方 歳三が死んだことが信じられなかった。男の質問に答える余裕などない程に。そんな心境を察したのか、男は彼の目を真っ直ぐに見詰めた。そして紡がられる言葉は、真剣そのもの。

 

「お前さんがここで死んでも正史には残りやしない。そりゃそうだ、歴史なんてもんは戦争の勝ち馬が好き勝手に弄くり回せるんだから。お前さんは自分が背負った信念を敵方に否定された……いや、否定ならまだ良い方か、下手すりゃ歴史から抹消されるかもしれない、そんなチンケな物にしたいかい?嫌だろう、お前らサムライという生き物は自分の矜恃 (きょうじ)を守るためなら何でもする生き物だ」

 

「何が言いたいんですか……?」

 

「俺はお前さんが京都にいた頃を知ってるし、お前さんの人となりをよく知ってる。まあ、お前さんは俺のことを知らないだろうが俺は知ってるんだ。お前さんが望むなら、生かしてやれる。ただし、ここじゃない。お前さんに分かるようにいうなら異国だ。それも二度と“ここ”へは帰ってこれない所だが、お前さんが背負った信念をそこの連中に伝えることは出来る……義理立てする土方も死んだ今、お前さんが成すべきは仲間を穢させないことじゃないか?」

 

男は言い淀むこともなくそれをつらつらと述べ切った。そしてじっと彼の目を見詰めてその返事を待つ。少なくとも京都で彼にあった時には彼を気に入ったのだから、一度くらいは生きるかどうかの選択をさせてやりたかった。それ程までに彼には恩がある。

 

「生きたい……まだ、武の道程にあるままで死ぬのは悔やまれるし、歴史に燦然と輝く死に場所が欲しい!」

 

彼の目は煌々(こうこう)と輝いていた。それは己が志に殉ずる覚悟を有した者の目だったので、男は笑った。良い目だと。

 

「名は?」

 

驚くべきことに男は自分で知ってると言ったのに彼に名を聞いてきた。曰く、立派な武芸者の名乗りは例え名を知っていようと聞きたいのだそうだ。

 

「久遠寺……久遠寺 宿禰(くおんじ すくね)

 

「そうか、宿禰……俺は名乗るほどのものじゃないから名乗らないけど、行った先でお前さんがすべき事は一つ。頑張れよ」

 

相も変わらず色気を滲ませた男がニコリと笑うと宿禰の体は光り始め、本人はその様子に驚くがもう遅い。一際強く輝くと、既にその姿はそこになかった。男はそれに満足げに頷くと、紙の札を着物の裾から取り出して話し掛けた。

 

「よー、管輅(かんろ)ちゃん。新しく生まれる外史でも天の御遣いの予言するだろ?それ二人に増やしといて……え?上の許可?そんなのあとで取るからいいよ……もししてなかったら鬼の餌にしてあげます故お早くなさりませ……何てね、じゃあよろしく」

 

札から漏れる声は不満そうに返事をしていたが、男が喋り方を変えた途端に不満な声は止み良いお返事が帰ってくるのだった。

「天より双星流れ落ち、遣いの者二人現れ乱世をまとめ上げん。一方は純白、一方は薄青の衣に身を包み、純白の遣いは仁を、薄青の遣いは誠を抱く者なり」

 

宿禰は重い瞼を上げて頭を掻いた。まるっきり普通の寝起きと変わらない目覚めに怪訝に思いつつ、袈裟懸けに切られたはずの腹と刺突で穿(うが)たれた肩口を順に触るが、傷口は無くなって綺麗に塞がっていた。とても直様治る傷ではないし、縫合した痕すらないのだからあの男が治したのだろうかなどと突拍子もないことを考えつつむくりと上体を起こした。

 

「どこここ?」

 

思わず口から漏れたその言葉は、起きるなり視界に入った果てしない荒野に向けて放たれたものであり、答えなど求めてはいなかった。少なくともあの北の大地ということはないだろうと分かる。暴力的なまでの寒さが感じられずむしろ暖かく過ごしやすい気候。懐かしい本土の気候に近いためか、宿禰の体調はすこぶる良かった。試しに立ち上がってみると、腰に帯びるのは歴戦の相棒。“鍔の無い”日本刀、そして身に羽織るのは浅葱色の生地に白で描いたダンダラ模様、背に赤の誠一文字。

 

北の大地は寒すぎてこの羽織を羽織る機会も無く、久しく羽織っていなかったがやはりこれが一番しっくりくる。しかしながら、いつの間に着ていたのかという疑問も生じるが、致死の重傷が完治していることに比べれば些末な問題であるので気にしなかった。一陣の風が吹いた時、風に(なび)かれて広がる自身の髪に気が付いた。長く伸ばした髪を馬の尾のように結い上げていたのだが、いつの間にか紙紐が切れたのだろう。煩わしく感じつつも宿禰は辺りを見回した。

 

「よお、姉ちゃん」

 

するといつの間に近づいてきていたのだろうか、目の前に奇妙な三人組。痩身長躯の中年男、でっぷりと太った力士のような体格の男、そして尖った鼻が特徴的な小男という特徴に満ち溢れた三人組である。そして、どうやらリーダー格らしい痩身長躯の男が声をかけてきた。三人とも何故か揃いの黄色い頭巾を頭に巻いているが、そんなことは些事である。宿禰の事を言うに事欠いて姉ちゃんと、即ち女扱いで。宿禰は自身のこめかみに青筋が立つのが分かった。少なくとも歳が20を超えた辺りから女扱いされる事は無くなったため、久しぶりにそのような認識をされたために許容力が落ちたのだろう。

 

「男ですが」

 

若干引き攣った笑顔を浮かべつつ痩身長躯の男にそう返すと、三人組はどよめく。昔はよくこんな反応をされたなぁ、などと宿禰が思い返していると小男と力士が騒ぐ。正直耳障りだが、笑顔のままで突っ立っておく事にした。

 

「お、男ぉ!?詐欺じゃねぇか!!」

 

「け、けど変な女より綺麗なんだな……」

 

騙したつもりもなければ男色の気も無い宿禰からすれば随分と勝手な言い草だが、そこには突っ込まずに黙っておく。下っ端らしい二人が騒いでいるだけで痩身長躯ーーノッポが自分を見ている事に気付いているからだ。ぎゃいぎゃいと喧しい子分にノッポは怒鳴り声をあげた。

 

「うるせぇぞ、チビ、デク!男ならとっ捕まえで男色の好事家にでも売るなり奴隷にするなりやりようがあるだろうが。ちったぁ頭を使え」

 

結論としては状況が悪化したが、宿禰は妥当な線か、などと事態を他人事のように感じていた。三人組が色々言っている間に格好を見ていたが、少なくともここが日本で無い事を三人の格好から予測した。軽装ながら三人が身に付けているのは皮鎧であり、少なくとも切れ味鋭い刀や抜群の貫通力を誇る銃を相手どる戦いが多い幕末に男達がつけている程度の皮鎧は何の役にも立たないからだ。そうでなければ刀を帯びた自分に数の利があるとはいえ奴隷にするなどと言わないだろう。誠の羽織を着ている剣士を相手に、多少の数の利がきかないことは日本の志士ならばまず間違いなく皆知っているのだから。

 

「ふむ……」

 

宿禰は剣呑とし始めたその場の雰囲気に自然と愛刀の柄に手を置いた。三人との間合いは五歩程ある。真っ先に踏み込んだ相手を居合いで斬り伏せれば、浮き足立つだろうと読んだ。一方、三人組も宿禰の雰囲気が変わったのに気付いたか、ゆっくりと剣を抜くと慎重に宿禰の出方を窺いだした。そうして生まれた探り合いの空気。

 

ジリジリと焼けるような緊張感を心地良く感じつつ、宿禰は相手の出方を窺っている。探り合いにおいては、微かな動向が膠着状態を破る。宿禰は長年の経験からそれを知っていたため、不用意に崩すつもりはなかった。そう、宿禰本人には。

 

「待てぃ!たった一人の」

 

「ぐふぅ……!?」

 

何者か知る由もないが、不意に投げられた声に三人組の気が逸れた一瞬を逃してやれる程宿禰は甘くなかった。幕末の京都でを生き抜くには実力不足であろう三人組の中でも一際背の小さな男を抜刀術の応用で突き飛ばしてやった。柄を握って抜刀する際に普通よりも大きく踏み込み、柄の末端ーー柄頭(つかがしら)鳩尾(みぞおち)に叩き込み、ついでに前蹴りで思い切り蹴り飛ばした。

 

仮に何をしたのか、と問われたら宿禰はそう答えるつもりだが、如何せんその動作全てが異常に速い。口上を述べた相手には悪いが、助太刀が必要なら最初から逃げている。刀は既に抜き放ち、男達の出方次第では斬るのも止むを得ないと考えていたが、男二人は宿禰の考えを実行させなかった。

 

「デク、ずらかるぞ!チビを拾ったら馬に乗せろ!」

 

「承知なんだな、アニキ!」

 

そう言って宿禰に背を向け、走り去って行く二人。地面に(うずくま)って悶えている小男をデクと呼ばれる男が担ぎ上げると、ノッポは先行し岩陰に潜ませていた馬をデクの方に寄せた。どうやら人数分いるのだろう、デクは手際良く小男ーーチビを馬に乗せると馬の尻を叩いて走らせた。その間にノッポはデクと自分の馬も引いてきており二人して直様騎乗し、チビの馬を追い始めた。

 

「なんとまあ、見事な……」

 

鮮やかとまで言える連携と引き際に、宿禰は思わず感心していた。少なくとも何が起きたか理解できるような速度でチビを攻撃してはいないので、ノッポとデクが混乱するように仕向けたはずなのである。それがあそこまで迅速に対応するのを見せられては追う気にもならなかった。しかし、宿禰はこの時既に謎の声を忘れていた。

 

「逃がすものかっ!!」

 

そう言ってかけて行く白い影。わざわざ人の仕合に闖入してくれた挙句に逃げる者までわざわざ狙ってご苦労なことで、などと宿禰は思いながら、その人物を止めること無く刀を鞘に収めつつ、その声を思い返していた。男にしては些か高かったな、などと考えていると、不意に声をかけられた。

 

「大丈夫ですかー……まぁ、大丈夫そうですねー」

 

変に間延びした声に宿禰は力が抜けた。勝手に話を完結させた声の主を見ようと振り返れば、目に入るのは綺麗な金髪。緩く癖が掛かっており、それは数度見たことがある英国人のようだった。肌も白磁のように白く、間違い無く器量良しと言えるであろう相手。当然ながら宿禰より小さく、わずかに幼さを残した顔立ち。そして、口元には棒のついた飴を咥えており、金糸のような髪を持つ頭には奇妙な人形がちょこんと乗っている。どこから突っ込んだものかと宿禰が考えるうちに少女の背の方向から女が走ってきた。

 

「大丈夫ですか?怪我は……」

 

「ありませんよー、このお兄さんが賊を怪我させたんじゃないかと思ったくらい凄かったですからー……稟ちゃんも一見の価値ありでしたよ。賊は星ちゃんが追っかけましたしー」

 

「そうか、それなら良かった。貴方も災難でしたね、この辺りは比較的賊が少ない地域なのですが……」

 

半ば自分を置いてけぼりにして会話を進めるような二人組に宿禰は黙っていたが、不意に今しがた来たばかりの女性から声を掛けられたので適当に頷きを返しておいた。金髪の少女の目立つ容姿に比べれば落ち着いたものだが、それでも女性の顔立ちは整っていた。短く切られた茶色の髪に理知的で切れ長の瞳、そしてそれに似合わせるために(あつら)えられたような眼鏡。系統が異なるだけで、眼鏡の女性も充分に美人であった。

 

「すまん、逃げられた」

 

宿禰がそんなことを考える間に、声が一つ増えた。それは先程族が逃げた方向から。軽い調子で紡がれる声はまるで悪びれておらず、明朗快活。宿禰は背後を振り返りその声の主を見た。

 

「……」

 

なんと形容すべきか言葉が見付からない島原の遊女のように胸元が露わになる着物は、やはり遊女が着るもののように袖が長く棚引いていた。頭には宿禰が見たことがないような帽子が乗っており、白を基調とした着物と色が揃えられている。その白に映える濃い空色の髪は、眼鏡女性と同じくらいの長さかと思えば、束ねられた一房分が長く伸ばされていた。

 

何より注目すべきは足元と手に持つ獲物。足には足袋、そして遊女が履くような高下駄を履いており、とてもではないが先程自分の横を疾走して行ったというのが信じられなくなる。その手に握られるのは兵仗(へいじょう)だと分かるが、二股の槍の刃先を何度か交差させたような不思議な拵え。槍の穂先の末端辺りーー口金には二本の布。ひらひらと舞うそれは飾りなのだろう。

 

宿禰が槍をしげしげと眺めている間にも三人娘の会話は進んでいるようで、青髪女性曰く相手が二本足ならば負ける気はせぬが、倍の数で来られてはな、とのこと。正直その高下駄で大の男に敵うだけの脚力を発揮できる時点で十分だろうと宿禰は呆れるが、口には出さずに黙っていた。鬼上司から学んだ処世術は不必要に要らないことを言わないでおく、ということだ。何度か斬られかけて学んだだけに重みが違う。

 

しかしながら、三人の服装を見るにつれて自分がどこにいるのかますます分からなくなる宿禰であった。金髪少女はどこかしら唐様の趣のある服装だが、首から胸にかけてあしらわれたフリフリした生地はそれこそ英国人が着ていた物によく似ている。

眼鏡女性も英国人の物に襟元が似ている。そして肩を思い切り出すように切られた袖、短い裾、そして太腿を隠すために穿かれた黒い長足袋。どこか英国人女性が着ていた“わんぴぃす”に似ていると思いながらも続いて青髪女性。

花街にいそうな格好はともかくとして、着物は帯を使って着付けているが甘いのか右の太腿がチラチラと見える。装飾が行きすぎている気がしなくもない長く垂れた袖には唐様の模様。

 

彼女達の服の節操のない組み合わせに、一体ここはどこだろう、などと再び考えていると、宿禰の視界に小さい手がちらついた。宿禰の目の前で手をヒラヒラと振る金髪少女に気付くと宿禰はキョトンとするが、金髪少女が構わずに口を開いていた。

 

「お兄さん、風が話し掛けたのを無視するなんて酷いですよー。いくら初対面でも、助け合った仲ではないですかー」

 

宿禰の記憶が正しければ、声音からして膠着状態に一石を投じたのが青髪女性であるだろうが、それはさしたる助けではないし、何より自分は彼女達を助けたなどとは言えない。冗談めかして言っているのだろうとクスクスと笑いを漏らすと、宿禰は風と名乗る金髪少女に言葉を返すことにした。彼女曰く無視してしまったそうだから、謝罪の言葉を。

 

「すみません、風さん。考え事をしていたので」

 

一瞬にして凍り付いた空気が宿禰を取り巻いた時、彼はやはりキョトンとするのだった。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
5
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択