No.561316

宿世 ─すくせ─

しばしばさん

兎虎、パラレルです。「人形の恋」の続編です。元ネタは、『吸血姫美夕』ですv

2013-03-31 22:44:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1148   閲覧ユーザー数:1144

 それは、突如、自分を襲った現象。

 喉が異様に渇く。体中の血液が、逆流しているかのような、筆舌に尽くし難い苦痛。

 全身が熱くて。喉がヒリヒリと痛んで。

 いくら水を飲んでも、その渇きは治まらず。常に、飢餓にも似た苦しみが襲い掛かって来て。

 だけど、誰も救いの手を差し伸べてくる事はなく。周りの人間達は、じっと彼の苦しむ様を傍観するだけ。

 ……この恐ろしい飢えを癒す術を求めて、彼…虎徹は、毎夜苦しみ悶えていた。

 熱い。喉が渇いて、仕方が無い。苦しい。こんなにも水を飲んでいるのに。

 どうして、ひりつくような感覚が、消えて無くならないんだ!?

 ちくしょう…苦しい…誰か助けてくれッ…!!

 髪を掻きむしり。のたうち回って。畳に爪を立てて…歯を食いしばって。

 それでも、飢えは消える事は無かった。

 

 

 

 ──そうして、日々は無情に流れ……

 虎徹は、ある夜。突如、意識を失って。深い眠りに就いた。

 ぴくりとも動かず。青白い顔を晒して、昏々と眠り続ける彼。

 けれど、周囲の人間は。『守護者』と呼ばれる者達は、その事にさして驚く様子も見せず。ただ、彼の眠りを妨げぬよう…彼の命を狙う、“敵”を近付けぬよう。

 静かな。そして、命を掛けた熾烈な戦いを繰り広げ続けた。

 ……それは、虎徹を護るべき守護者が、最後の一人になるまで続けられたのであった。

 

 

 数多くの同胞の犠牲を糧として。

 虎徹はうつつの世界を彷徨い続ける。

 

 

 

 やがて、時が訪れ。

 天空に、赤い満月が昇る頃。西洋から訪れた、魔物…『神魔』と呼ばれる存在に呼応したかのように。

 闇を統べる、“監視者”が、新たに誕生する……

 

 

 

 

 暗い暗い、闇色に染まった海。

 寄せては返す波。白い泡を立て、砂浜を舐め。静かに戻って行く。

 聞こえるのは、波音ばかり。他には、何の物音も無い。人の影もない。

 ……だが。

 静寂を破るかのように、それは予告もなく、突然姿を現した。

 ──海の中に佇んでいる、優美な長身のシルエット。

 赤い月の光を浴びて輝くのは、太陽の光を集めたような金糸の髪。

 冴え光る翡翠の瞳。高い鼻梁に、冷酷そうな、血の色の薄い唇。

 顔立ちは、寒気がする程に美しい。

 細い肢体を纏っているのは、紫黒のマント。

 常人には持ちえない、気品と。そして、濃い血の香をまとっている。

 年の頃は、20代くらいだろうか?もっともそれは、人間であれば、だが。

 青年が立っている場所は、人が居られる所ではない。

 大きな岩でもあれば、可能かもしれないが…ここら辺の海には、生憎とそのようなモノは見当たらない。

 だが、青年はそこに幻のように在る。

「……」

 青年は、感情の無い目で辺りを一瞥すると、波の上を滑るように、優雅な足取りで浜辺へと近付いた。

 さく、と音を立てて、濡れた砂を踏む。

 青年は、冷たい目で辺りを見回した。

「……貧しい国だな。やれやれ、こんな辺鄙な所に足を延ばすなんて…僕もどうかしている」

 静まり返った、暗い浜辺を一瞥して、肩を竦める。

 この国。日の本の国、と称される小さな島国は、青年が暮らす異国の広大な土地とは、あまりにもかけ離れている。

 青年の有る場所は、美しい紫の花が咲き乱れる小高い丘があり。

 空は抜けるように蒼く。世界は、果てしなく広々としており。

 古代人が刻んだ、壮大で神秘的な遺跡の群れ。

 人々は、青年たち…神魔の奴隷であり。神魔は、数多の土地をその支配下に置いていた。

 肥沃な大地。たわわに実る果実。咲き誇る、優美な花々。

 

 

 

 ……だが。この辺境の島国の貧しさはどうだ。

 浜辺には、何もない。ただ小さな小舟が、あちこちに転がっていて。

 遠くに見える灯りも、哀しい程に弱々しい。

 美しい建物も無く。偉大な古代文化の影も全く無い。

 ただ、打ち寄せる波の音が響くだけの、貧しい砂地。

 青年は、早々とこの国を訪れた事を後悔していた。

 ──旅の途中、とある“香り”を嗅いで、ふと足を向けてみたのだが……

「気の所為だったかな…」

 くん、と高い鼻を鳴らして、つまらなそうに呟く。

 青年は、もう一度浜辺をぐるりと眺めると、関心を喪ったかのように、踵を返そうとした。

 ゆるり、と浪間に近寄る。

 ──が。

「!!」

 次の瞬間、青年は素早く後ろを振り返った。

 闇に包まれている、小さな雑木林。

 その、一本の松の木から…細い影が分離したのだ。

「……」

 青年は、冴え光る翡翠の瞳を、微かに瞠目させた。

 松の木の横に佇んでいるモノ。それは、一人の人間だった。

 艶やかな黒髪、すらりとした体躯。

 白く丈の短い、不思議な形の着物が、月光に淡く輝いている。 

 衿元には、緋色の付け衿。細い腰を締めているのは、同色の帯。

 しなやかな二本の足が、裾から艶めかしく覗いている。

 年の頃は…この国の人間の年齢は、よく判らない。

 若いと言えばかなり若く見えるが。20~30代といったところだろうか。

 青年は、暫し無言でいきなり出現した男、を観察していたが。

 ふっ、と覚えのある匂いを嗅いで。

 翡翠の瞳を、剣呑に細めた。

 

 

 

「……へぇ。これは驚きましたね。あの香りを、貴方が纏っているとは」

「……」

「貴方…貴方からは、とても瑞々しい…血の香りがしている」

 にっこりと微笑んで言う。

 青年は、波打ち際から男の方へと、静かに歩を進めた。

 一メートル程の距離で止まり、じっと相手を見つめる。

 男は、震えが来る程の美貌の青年を前にしても、その表情に何の色も浮かべなかった。

 ただ、大きな黒い瞳を見開いて。ぼんやりと、青年を眺めている。

 まるで、夢遊病者のような…生気の乏しい顔付き。

 しかし、青年は相手のそんな様子を気に掛ける事なく、更に傍へとやって来た。

 ……手を伸ばせば触れられる程の、至近距離。

 金糸の髪の青年は、形の良い白い指を、ゆうるりと男の黒髪に触れさせた。

「いい香りですね。甘くて、濃厚な血の匂い…」

「……」

「貴方だったんですね。僕の足を止めたのは…」

 あやかしである自分の意識を捉える程の、強い血の香り。

 それは、海を渡る青年の歩みを止める程に、濃厚で。そして食欲をそそるモノだったのだ。

 青年は、じっと佇んでいる男の頬に、指を這わせた。

「こんな貧しい国に、貴方のような美味しそうな獲物がいたとは驚きです。けれど」

 予想外の驚きでもあります。

 僕は、長い間旅を続けてきていて…いささか空腹なんです。

「ちょうどいい。貴方は、今宵の…僕の餌だ」

 頬から口元に指を滑らせ。

 柔らかく、ぽってりとした唇を、優しく愛撫する。

 青年は、左腕を伸ばし。男を抱き寄せようとした。

 と、その時。

「……お前、『神魔』だな。あぁ…この国の者じゃなくて…西洋神魔、か……」

 という、低い声が男の唇を割ったのである。

 刹那。

 青年は、素早く身を離した。

 

 

 

 波の音が、空気を震わせる。

 青年は、微動だにしない男を睥睨した。

 相手の男は、相変わらず茫洋とした目を開いているのみだ。

 その姿は、ただ無防備という他はなく。まるで夢遊病者のような、頼りなさしか漂っていないのだが。

「…驚きましたね。貴方、神魔を知っているんですか」

 油断なく身構えつつ、青年が呟く。

 『神魔』。それは神でもあり、魔物でもあるモノ。

 遠い太古の昔から、それらは人々の裡にあった。

 だが、人間は彼等の強大な力を怖れ。忌み嫌い。

 闇の世界へと、封じ込めてしまった。

 神魔は、永い永い時を、暗い奈落の底のような場所で生きる事を強要された。

 だが、人外の力を持つ神魔達は、やがて…人の掛けた『封印』を破り。

 一人、また一人と…光溢れる人間の世に、ひっそりと姿を現し始めたのである。

 彼等は、封じられていた過去の恨みを晴らすかのように、闇夜の中で無差別に人々に復讐の牙を剥く。甘い夢と、美しい擬態で弱い心に付けこみ、享楽を増幅させ。

 そして、静かに…人間を内側から喰らい尽くしていくのである。

 ──金糸の髪を持つこの青年も、『神魔』だ。ただし、この小さな島国のモノではない。

 彼は、西洋の国で生まれ。その美貌と才覚を持って、下賤な人間を支配下に置き。彼等を家畜同然に飼い慣らし…ヒエラルキーの頂点に君臨している、選ばれた魔物である。

 勿論、青年が人によって、神魔であるという事を見破られた事など無い。

 しかし。

 この、気まぐれで訪れた…辺境のちっぽけな国の生き物に。本性を悟られてしまうとは……

 

 

 

 青年は、ぼぉっとした様子のまま立ち尽くしている男を、じっと見つめた。

 己の正体を一瞬で見極め、尚且つ驚きもせず。そして、何より濃厚な血の匂いを漂わせている人間……

「貴方は、『監視者』ですね?」

「……」

 青年の問いかけに、男は何も答えない。が、青年は我が意を得たり、とばかりに頷いた。

「同族でありながら、神魔を狩り、闇の世界に封じ込めてしまう裏切者。それが貴方か。この貧しい島国で、よもや仇敵に遭えるとは…お目に掛かれて光栄ですよ」

 皮肉たっぷりに言って、これ見よがしに恭しく一礼する。

 『監視者』。闇に封じ込められた神魔が、その結界を破り。人間界に姿を現した時。

 ひっそりと…魔の力を使い。神魔を、静かなる眠りに就かせる事を宿命とする、妖の生き物。当然、神魔とは犬猿の仲である。互いを見付けた時、彼等は死闘を繰り広げるのが常だ。もっとも、この金色の髪を持つ美青年は、口元に淡い笑みを滲ませたまま、冷然と男を見つめている。

 けれども、青年の翡翠の瞳は少しも微笑んではいなかった。

 形の良い唇の端が、微かに吊り上る。

「──監視者をこのまま見逃す事は出来ません。貴方の存在は、偉大なる神魔にとっては、居てはならぬ者。穢れた背徳者。……ちょうどいい、ここでこの僕が直々に始末してさしあげましょう」

 にたり、と笑い。マントの裾口から、白い手を出す。

 胸元に構えた五指。その爪先が、鋭い光を伴って、シュッ、と伸びる。

 剃刀のような、禍々しい凶器。

 が、男は何のリアクションも見せず。自分の胸元にゆっくりと迫ってくる爪を眺めていた。

「心配しなくていいですよ。一思いに殺してあげますから」

 甘い囁き。それと同時に、青年の手が光の筋になる。

「──!!」

 棒立ちしている男の両目が、大きく見開かれる。

 男の腹は、青年の繰り出した長い爪によって、深々と抉られていたのだ。

 真っ赤な鮮血が、びしゃぁっ!という音を立てて、腹部から飛び出し。青年の腕も濡らしていく。

 青年は、肉を抉りつつ、舌舐めずりをした。

「永久の眠りに就きなさい、東洋の監視者」

 男の腰を抱き。自分の胸元に引き寄せる。

 その動きに重なって、爪が更に深く男の腹を穿つ。

「……ぁ…」

 口元から鮮血を溢れさせ。男が、断末魔にも似た痙攣を起こす。

 青年は、青白くなっていく男の顔を見つめつつ、喉奥で小さく笑い声を立てた。

 ──だが。

 

 

 

「!?」

 端正な面に浮かんでいた余裕の微笑が、一瞬にして驚愕の色に縁どられる。

 ……ぐったりとうなだれていた筈の男が。静かに顔を上げていたのだ。

 真っ直ぐに貫いてくる視線。漆黒だった筈の瞳が……蜂蜜色に輝いているではないか。

 爛々と輝く両の目。それは……

「じ…邪眼?!」

 宝石のように冴え光る瞳を見て、青年が上擦った声を上げる。

 と。その呟きが終わらぬ内に…彼は、自分の首筋から伝わってくる鋭い痛みを感じた。

 男が腕を回し。抱き付いている。

 そして…男の顔は、青年のうなじに埋められている……!

「く…!?」

 皮膚を破る牙の感触。肌を貫く、二本の牙。

 流れ出す血液……

「あ…」

 咄嗟に青年が腕を上げて、男を押し退けようとする。しかし、男は万力の強さで青年を抱き締めると。音を立てて、血を啜り始めた。

 白い肌を伝って、血液が大量に溢れていく。男の腹から溢れている血と交じり合い…足元に赤い泉を作り出す。

 男は、目を金色に光らせたまま、青年の命の源を貪欲に啜った。

 飢えた野獣のような激しい吸血行為に、最強の神魔と謳われている青年が、成す術なく人形のように貪られて行く。

 翡翠の瞳が、霞み始める。世界が白く歪んで行く。

 逃れようとしても、男はびくともしない。こんな細身を…引き剥がす事すら出来ない。

 ──これが…『監視者』の力なのか…!?この男は、ヴァンパイアだったのか…!!

 濁り出す脳裏で、ぼんやりと呻く。

 いくら神魔と言えど、大量に血液を奪われれば、その先に待つのは“死”のみだ。

 こんな辺境の島国で。名も知らぬ東洋の吸血鬼に、命を奪われるなど……

 それは、誇り高き西洋の神魔である青年にとっては、最大の屈辱。

 ……けれども。血を吸われる妖しい感覚が、青年の燃えるような反抗心をゆっくりと組み伏せて行く。

「……ぅ…」

 男と抱き合ったまま、青年が力を失い。やがて、膝を折ってしまう。

 ずるっ、という鈍い音が響き、男の腹に刺さったままの爪が引き抜かれる。

 青年は、砂浜に倒れ伏しながら。口元を赤く染めている男を静かに眺め。

 暫しの後…意識を手放したのだった。

 

 

 

 ──波音が、鼓膜を打つ。

 何かが…触れている。髪を優しく梳いている。

 暖かな温もり。柔らかくて、いい匂いがする。

「……」

 青年は、ゆっくりと瞼を開けた。

 ぼやけた視界に写るのは……蜂蜜色の双眸。

「……貴方は…」

 掠れた声を上げる。青年は、監視者である男の膝に頭を乗せていた。

 男は柔らかな笑みを口元に湛えて、青年に膝枕をしている。

 指先が、金糸を慈しむように撫でている。

 青年は、反射的に身を起こそうとした。だけど、身体は重く痺れている。

 ……あぁ、そうか。僕は血を吸われて……

 とろとろと、思い出す。自分は、この東洋の吸血鬼に血を奪われたのだ。

 しかし、それならばとっくに死んでいる筈。なのに、何故己は……?

 すると、男が小首を傾げた。

「無理すんな。お前、大量に血を無くしたんだからよ。まぁ、俺が飲んだんだけどな」

 へらりと笑う。その姿は、さっきまでのふ抜けた様子とは、全く異なっている。

 生気に溢れた金の瞳。表情豊かな顔立ち。

 こうして見上げてみると、男は酷く愛らしい。

 青年はらしくもなく面食らっていたが。ようように身体を持ち上げた。

 まだ頭がふら付くが、どうにか男と向かい合う。

 男は、にっこりと微笑んだ。

「……お前の血、すげぇ美味かった。御馳走さん」

「……」

「なに、怒ってる?けどさ、おあいこだろ。お前だって、俺の腹を抉ってくれたし?」

 ひでぇなぁ、いきなりぶっ刺すんだもんな。そりゃあ、俺はお前の敵だけど。

「でも、もう俺達はいがみ合う必要はねぇもんな?」

「……え?」

「だって、俺お前の血ぃ飲んだもん。だからお前は、俺のしもべになったんだ」

 くすくすと笑って言う。

 青年は顔を強張らせた。

 

 

 

 ……しもべ?この自分が?美しく、最強の神魔と湛えられている己が、こんな…東洋の魔物の支配下に置かれるだと?

 ──が。青年は、長い睫毛を静かに伏せた。

 自分は一度…この男に血を吸われて死んだのだ。でも、互いの血が交じり合い。自分は男の血を浴びて。男は、自分の血を…吸った。

 それぞれの血が、身体に入り込み。命が混ざり合った。

 そして、自分は監視者のモノになってしまったのだ。

 身体が熱く疼いている。それが何よりの証だ。

 これは抗おうとしても、どうする事もできない。自分達は、血の契りを交わしてしまったのだ……

 

 

 

 

「俺、まだ目覚めたばかりなんだよなぁ。俺が監視者として、眠りの儀式に入って…同胞達は、俺を狙うはぐれ神魔達から護る為、戦って死んだ。守護神魔と呼ばれてたみんなは、俺を監視者として覚醒させる為だけに、命を散らしたんだ。そんな事、してくれなくっていいのになぁ…」

 こり、と顎を掻く。

 そして男は、肩を竦めた。

「目が覚めて、すんげぇいい匂いがして。浜辺に出たら、お前に逢った。お前の芳しい血が、俺を引き寄せた。俺達は、相棒になる宿命だったのかな?」

「……僕は、血の香りに魅せられて、海を渡ったんです…」

「それ、俺の血?ははっ、やっぱ俺達はそーいう関係なんだ」

 監視者と神魔。すげぇコンビだよな。

 へらへらと笑う。そうしながら、男は青年にすぃっと顔を寄せた。

「なぁ、お前…名前、なんてーの?あ、俺は虎徹。鏑木虎徹って言うんだ」

 子供のような無邪気な顔。

 青年は、眩しそうに目を眇めて、口を小さく開いた。

「……バーナビー。バーナビー・ブルックスJr……」

「ふーん…バーナビーか。お前、白くて綺麗だよな。髪もふわふわで…西洋神魔って、美人なんだなぁ」

「……」

「じゃ、改めてよろしく、バニー!」

「は…?」

「いーじゃん。お前、白兎みたいだもん。キレイなキレイな、俺だけの…相棒」

 指先が、青年…バーナビーの白い頬を、愛撫するかのように撫でる。

 虎徹は、彼に身を摺り寄せた。

「……これから俺は、はぐれ神魔達を狩りに行く。それが俺の定めだから。お前は、俺にずぅっと…付き従え。俺を裏切る事は赦さない…」

 俺達の血は、一つなんだ。お前は、俺だけの大切な…仲間だ。

 バーナビーのうなじに顔を埋め。二つの牙の痕に、ぺろりと舌を這わせる。

 途端、青年の全身に甘い痺れが走る。

 抗いがたい快感。疼く欲望。そして…肉欲。

 目の前の男を、心が激しく欲してしまう。

 組み伏せて…その柔肌を暴いて。めちゃくちゃにしたいと。

 同時に、庇護欲も溢れてくる。今まで感じた事の無い気持ち。

 これが…血の契りを交わした相手に対する、思慕なのだろうか?

 今まで、どんな者も、この自分の高貴なる精神を揺るがした事など無いというのに。

「バニー…」

 好きだよ。俺のたった一人の…下僕。

 愉悦を含んだ笑みが、耳朶を打つ。

 バーナビーは、その囁きに操られるかのように、腕を上げると。

 男のしなやかな背と、ほっそりとした腰を、強く抱き締めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 赤い満月が、夜空を妖しく彩る。

 血の光を浴びて、魔物達が刹那の逢瀬に溺れて行く。

 

 

 

 

 

 FIN

 

 

 

 


 
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