皆さんこんにちは。私の名前は王 大河(おう たいが)、ここ大洗女史学園の放送部に所属するいわゆる記者というやつです。
今回はまさかの…もとい当然のごとく大躍進を遂げた戦車道を取り扱いたいと思います。なにせ生徒会がこれまでにないくらい力を入れた活動ですからね。成功して当然ですよね。…こう言っておかないと後が怖いんです。この学園の生徒会の権力は絶対的と言っても過言じゃないですからね。
さて、というわけで今回はあんこうチームの皆さんにインタビューをしましょう。内容はズバリ『貴女が戦車道を始めた理由は?』です。
チーム全体の牽引役として活躍をしている彼女達からなら有意義なお話が聞けるでしょう。ついでに視聴率も伸びればいいなぁ。最近はどこの部も予算不足で学園の経営不振もささやかれてるし、うちも部費が欲しいのよね。
っと私事は置いておいて、さっそく突撃ですよ! パンツァーフォー!
西住みほの場合
「えっと。最初はやりたくなかったんだけど、友達がやりたいって思ってて。強引にやらされそうになった私をかばってくれて、これじゃいけないって思って。それで」
「カァーーーーーット!」
「ひぅっ!?」
私の怒声にすくむ西住さんですが、今はそんな事にかまっている場合ではないんです。今の所は後で編集するとして、それよりも。
「なんですかそのありがちで面白みのない動機は!? もっとこう、劇的でドラマティックな出来事はなかったんですか!?」
「そ、そんな事言われても…」
そう、こっちの方が問題です。西住さんの動機は番組としてちっとも盛り上がらないのです。
「例えば西住流の伝承者はただ一人で、お姉さんと袂を分かち戦う宿命があるとか!」
「う、家にそんな決まりありません」
「姉の戦車道を認める事ができず、姉の行いを正す為に今年戦車道を復興する大洗に来たとか!」
「大洗には戦車道がないって聞いて転校してきたんですけど…」
「ああもう! もう少し面白い事言ってくださいよ!」
「ええっ!? これってただのインタビューだって…」
「今どきそんな事で視聴率は取れないんですよっ!」
まったく、西住さんはテレビというものを分かっていません。
これは由々しき事態です。ここは放送の歴史からじっくりと教えて―
「―そこまでです」
ごり、と後頭部に感じる固い感触。
そろーりと振り返ると出番待ちだった秋山さんが殺気だった猛犬の眼光で私を睨んでいました。感触の正体はモデルガンの銃口です。うわぁ、大ピンチですね私。
「みほさんにも事情があるんです。事実の捏造は放送部としてどうなんですか?」
「…私たちの話もあるんだろ。あまり時間を取るのはどうなんだ?」
さらに後方に控えている五十鈴さんと冷泉さんからも援護が飛んできます。うぐぐ、四面楚歌ですか。
「という訳だから次は私だね。みぽりんバトンターッチ」
「うん、ありがと。優花里さんも」
「いえいえ、当然の事です」
その隙に武部さんが西住さんと交代し、秋山さんの銃口もようやく私の後頭部から離れました。この辺りの連携はさすがチームで戦い抜いてきた友人達ならではですね。
仕方ないので西住さんの件は今の流れを使ってチームの仲の良さを強調しましょう。…秋山さんの動向はカットでいいですよね、うん。
「あ、これは元々弾を抜いてましたのでご安心ください」
いや、今さらそんなにこやかにフォローされても困ります。秋山さんの場合は弾云々よりもあの殺気の方が問題なんですよ?
「さあ、何でも聞いてよ!」
一方でやる気満々な武部さんですが…
この人の動機って私も含めて皆さんの間でも周知の事実なんですよね。
武部沙織の場合
「戦車道をやると女の子として嗜みが身につくっていうでしょ? ここは一念発起して一人前のレディを目指す為にこの道を選んだのよ。えっへん」
「そして男にモテたいんだな」
「そして男性とお付き合いしたいんですね」
「そ、そうよ悪い!? 今は私の番なんだから麻子と華は口出さないでよー!」
さすが古くからのご友人の3人。見事なコンビネーションでオチまでつけてくれました。
「では、次の方にいきましょう」
「ちょっと待って!? なんで私には何も聞かないのよ? みぽりんの時は色々聞いたのにー!」
「いえ、その辺は皆さんもご存知ですし。せっかくのオチを無駄にしたくないですから」
番組とは時として無駄に長くするよりも面白い所で切るという英断も必要なのです。
最近のテレビはその辺りの機微が読めていない物が多いと思いますが、私は違います。
「むきーっ! 何よこの差別ー!」
「まあ落ち着け。ある意味美味しいポジションだ」
「漫才としては良い線をいっていたと思いますわ」
当人を冷泉さんと五十鈴さんが宥めている(多分)間に次に行きましょう。
「では、私の番ですね」
こちらもまたやる気満々な秋山さんです。先ほどの言動もそうですが、私にとっては色々と予想できない人です。
「優花里さん、インタビューなんだから質問に答えるんだよ? 自分から話続けちゃ駄目なんだからね?」
「もちろんですよ西住殿。ご心配には及びません」
一方で秋山さんを良く知る西住さんは、次の展開をある程度読んでいるのかアドバイスをしています。
なるほど、好きなことを語りだす人なんですね。ですが私も放送部のホープ(自称)、相手に一方的に喋られるなどという失態はおかしませんよ。
秋山優花里の場合
「戦車が好きだからですっ!」
「…ええっと。それだけですか?」
「はいっ!」
そんな満面の笑みでサムズアップされても困ります。これでは番組が面白くなりません。
「では、どんな所が好きなんですか?」
「あっ! 王さん待って!」
止めてくれる西住さんには悪いですが、せめてもう少し話を広げないといけません。大丈夫、相手をうまくコントロールしてこそのインタビュアーなのです。
「そ、そこまで言われては仕方ありません。ではこんな話から―」
うわ、秋山さんってば嬉しそうに目を輝かせてます。やっぱり色々語りたかったんですね。
さて。それでは放送部員としての腕の見せ所といきましょう。これでも戦車の事はしっかり予習しておいたんですよ。そうそう遅れは―
30分後
「そこでかのグデーリアンは…」
「ごめんなさい勘弁してください」
無念のギブアップです。降参です。白旗です。
秋山さんったらニッチな話題をマシンガンの様に掃射してくるので私の付け入る隙がありません。ぶっちゃけついていません。戦車道、というか戦車オタク舐めてました。
「そうですか? これからが面白い所なのですが…」
「ほら、次は麻子さんだから、ね?」
西住さんに連れられて退場する秋山さんはとても残念そうでした。
すみません秋山さん。次の機会までには私もついていけるように精進します。というか、インタビュアーとしての沽券に関わるのでいつかリベンジしたいです。
「次、いいのか?」
「あ、はい、どうぞ」
続いて何食わぬ顔でカメラの前に立つのは冷泉さんです。
学年主席の彼女が戦車道を始めた理由とは? 実に面白そうなテーマですね!
冷泉麻子の場合
「…単位の為だ。以上」
「短っ!?」
なんと秋山さんより短く単刀直入な理由でした。
「も、もう少し詳細を…」
私が食い下がると冷泉さんはむう、と唸ります。う、機嫌損ねちゃいましたかね?
「戦車道履修の特典は知ってるか?」
「ええ、まあ」
それでも律儀に答えてくれる辺り、決して悪い人でないみたいです。
なんと今年度に限り戦車道を履修すると遅刻が200日分も免除されるのです。今回の生徒会の力の入れ様がうかがえる事例ですね。
「最近はマシになったが、私は朝が弱くてな」
「ああ、そういえば…」
天才で名高い冷泉さんですが、同時に遅刻欠席の常習犯でも有名です。なんでも超がつくほどの低血圧のせいで朝が起きられないとか。
「始めたのは偶然だが、やはり単位の為には見逃せなかった」
なるほど、実に切実な理由だったのですね。
「人間が朝の6時に起きれるかー、なんて言ってたくせに」
「うるさい。沙織は黙ってろ」
さっきのお返しと言わんばかりにからかいにくる武部さんですが、そういえばお二人は幼馴染でしたね。阿吽の呼吸といいますか、一方がネタをふれば残りがしっかり拾う関係です。
「そういえば最初は皆さんで起こしに伺いましたね」
「あの頃からは想像できなくらいに麻子さんも朝に強くなったよね」
「…まあな。感謝している」
表情は無愛想な冷泉さんですが、満更でもなさそうな雰囲気です。無感動に見えて実は情が厚い人なのかもしれません。
「最後は、私ですわね」
「はい。お願いします」
トリを務めるのは五十鈴さんです。
華道の家元で育ったこの人が戦車道を始めた理由。これまた興味深いですね。
五十鈴華の場合
「私、以前からもっと力強い花を活けたいと思っておりました。その時に戦車道というものを知ったんです。力強くそれでいて緻密で愛らしいこれを学べば、何か掴めるではないかと」
「………」
「あの、私何かおかしな事でも言いましたでしょうか?」
「…感動しましたっ! これですよこれ! 私が待っていたのはこれなんです!」
「はあ」
ぽかん、とする五十鈴さんですが私はそれが気にならないくらいに盛り上がっていました。
何故ですかって? もちろん真っ当なインタビューができそうだからに決まってるじゃないですか!
消極的な西住さん、周知の事実だった武部さん、とてもついて行けない秋山さん、ストレート過ぎる冷泉さん。もちろん皆さんの事情を蔑ろにするつもりはありませんが、やっぱり番組としての盛り上がりは必要なんです!
「戦車が力強いのは分かりますが…緻密で愛らしいというのは?」
「私は砲手を担当していますが、射撃をする時はとても集中しなければならないんです。まるで花を活ける時の様に」
「ふむふむ。………あれ、愛らしいというのは?」
「履帯がカタカタと動く様子はとても健気で可愛らしいですよ?」
………そう、なんでしょうかね?
以前取材で戦車を見せていただいた時はこう、ガリガリと地面を削りながら荒々しく爆走していたという印象なのですが。
「皆さんもすっかり戦車の魅力を理解出来る様になりましたよね!」
「そうなんだよね… 私と華は戦車のせの字も知らなかったのに、今じゃチハが可愛いとか思えるようになっちゃったもんね…」
嬉しそうな秋山さんと憂鬱そうな武部さん。戦車に可愛いや格好良いという違いを見出し始めるというのが戦車道履修の弊害なんでしょうか。
「先日、お母様に私の道を認めていただく事もできました」
「それはおめでとうございます」
まあ、嬉しそうな五十鈴さんを見ているとその辺はどうでもよくなりそうですけどね。
「それでは、また華道に戻られるんですか?」
「…どうしてですか?」
え? なんで五十鈴さんはそこできょとんとするんでしょうか?
「いやだって、今のお話だと華道のために戦車道をしていたんすよね?」
「確かにそうでしたが、今は戦車道も続けたいと思っています。何より楽しいですから」
なんと。二束のわらじという奴ですか。見た目と違い五十鈴さんは大胆な方みたいです。
「だよね! そりゃモテたいってのもあるけど、やっぱ楽しいじゃん!」
「…低血圧も良くなったしな」
「もはや我々は一蓮托生ですからねっ!」
他の皆さんも同意見みたいです。
うーん、戦車道ってそんなに楽しいものなんでしょうか。やはり見てるだけではなく実際にやってみるべきなんですかね?
「西住さんもそうなんですか?」
「はい。私も、今は戦車道が楽しいです。もっと皆で続けたいと思います」
そう口にした彼女の顔は喜びに満ちていました。
最初に聞いた時の『最初はやりたくなかった』という言葉の先に何があったのか。本当は私が思っていた以上にこの人にとって劇的な事があったのかもしれません。
「本日はありがとうございました。放送を楽しみにしてくださいね」
『お疲れ様でした!』
綺麗な一礼をする皆さんは絵になりますね。確か戦車道は礼に始まり礼に終わるんでしたっけ。やはり慣れているんでしょうか。
「それにしても勇気あるよねー。生徒会を通さないで直接私らにインタビューとかさ」
「そうだな。実に大胆だな」
………はて。今、武部さんと冷泉さんがとんでもない事を口にした様な。
「あのー、あんこうチームの皆さんから生徒会には言ってないんですか?」
「いいえ? 王さんからお話していたんじゃ?」
いやいやいや。きょとんとされても困ります西住さん。
「ほら、西住さんは隊長ですし。生徒会にも顔が効いたり…」
「ごめんなさい。そのあたりは副隊長の河嶋先輩が仕切ってて…」
拙い。これは拙いですよ。あの生徒会の肝いりの戦車道、しかも中心人物がそろったあんこうチームに無許可で取材した事が知られたら…!
ようやく事態を察したのか、西住さんも顔色が青くなりました。ですが遅い、全ては遅いのです。
「おい開けろ! ここにいるのは分かってるんだ!」
スタジオの扉をガンガンと叩く音と甲高い怒号。噂をすれば河嶋先輩のご到着です。終わった。
「どうしましょう。もしあの件が西住さん達から知られたら…!」
「そん時は転校させるしかないねー。ま、西住ちゃん達を信じよっか」
ひぃーっ! あの件ってよく分からないけど会長と副会長が恐ろしい話をしてるー!
転校ってなんですか? 強制追放ですか? それとも…
「とっと開けんと粛清するぞっ!」
やっぱりそっちの意味ですかぁーっ!?
「いったん逃げましょう! 皆こっちへ!」
私が震え上がってる間に、西住さんは皆さんを連れて窓から脱出を試みていました。決断早っ!
「というか、逃げていいんですか!?」
「今の河嶋先輩は興奮してるから、時間をおいて落ち着いてもらってから謝った方がいいんです」
そ、そうなんですか。さすがにチームメイトなだけあってよく知ってるんですね。
西住さんってば、やっぱり生徒会に顔が効くんじゃないですか。
「降下の準備、整いました!」
秋山さんが自前のロープを窓から垂らし…ってそういえばここ2階でした!
「最初に麻子さんが、続けて沙織さん、華さん、優花里さんは王さんを連れて降りてください。殿は私が」
『了解!』
うわわ、なんか凄い事になってきましたよ。
さっきのインタビューなんて目じゃないくらいの絵が撮れそうなんですけど。
「桃ちゃん。鍵持ってきたよ」
「悪いな小山。…あと桃ちゃん言うな」
とか言ってる間に生徒会が突入してきそうです。
もはや待った無し。ハンディカメラを用意してなかったのが悔やまれます。
「降下、開始します!」
こうして私は皆さんに連れられてスリル満点の逃走劇に身を投じる事になるのですが…
それはまた別のお話という事で。
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遂に11話が放送開始。
イヤッホォォォォウ! 最高だぜぇ!
なのに戦車が微塵も出てこない話を投稿している自分って…
いや、これはあんこうチームを応援してるんだ。そう考えるんだ。