No.556581

Good-bye my days.第2話「奇跡」

Studio OSさん

"魔法のチョーク"で描かれた彼女が、2次元の世界から1歩を踏み出す。ただしチョークで描かれたものには約束があった。

2013-03-18 19:43:16 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:283   閲覧ユーザー数:283

             

 公園にやってきたボクらは駐輪場の脇にあるコンクリートの壁のところに立った。

 ボクは彼女の写真を六条さんに手渡した。登山に出かける日の朝にボクが撮影したものだ。

 まさかこれが最後の写真になるとは、ボクらは思ってもいなかった。

 

 「彼女のお名前は沢渡さんでしたっけ?」

 

 六条さんが尋ねる。

 

 「沢渡 舞です」

 

 六条さんはじっと写真を眺めた後、琥珀色の結晶を取り出した。

 コンクリートの壁に当たるたびに小さな光がキラキラとまばゆい。

 すこしづつ描かれてゆく、舞。

 さらさらしたロングヘア、それをまとめるバンダナ。白いTシャツ。袖から伸びる、細くて華奢な腕…。

 

 「六条さん」

 

 「はい?」

 

 「その目元のほくろは描かないでおいてくれますか?」

 

 「え?」

 

 「彼女、気にしてたんです。それ」

 

 六条さんはちょっと考えた後、描きかけの赤い点をごしごしと消した」

 

 軽い摩擦音を立てながら、彼女をなぞり続けるチョーク。タイトなジーンズに、スニーカー。

 輪郭が仕上がり、細部を描き始める。

 

 「そのチョーク、どこから来たんでしょうね」

 

 「私にもわかりません。いつの間にかポケットに入っていたんです。でも多分…」

 

 少し黙って、丁寧に舞の目元のあたりを書き終えると六条さんは言葉を続けた。

 

「わたしの念のようなものが、具現化したんじゃないかと思うんですよ。

 以前は仕事もお金もなくて、食べるものさえ事欠いていましたから。

 その欲みたいなものが、こういう形に結晶したのかなと。

 想像ですけどね…」

 

 舞の姿に陰影がつけられ、立体感が増してゆく。

 

 「だから、こうして自分の利己心じゃなく、他人のためにこれを使うことで

 私自身、このチョークの呪縛みたいなものから逃れられる気がしたんですよ」

 

 ボクは本当にそうかもしれないと思った。六条さんの青白い顔に少しずつ赤みが差してゆく。

 それと同時に壁の中の舞にも命が宿ってゆくように見えた。

 チョークが残り少なくなり、空が少しづつ色を変え始める頃。絵が描きあがった。

 

 ボクらは1,2歩後へ下がる。

 壁の上に琥珀色の光が霧のように密度を持つと、形をとった。

 風が懐かしいに匂いを運ぶ。そして。

 階段を踏み外したときのように、よろよろ、っと2次元の世界からこちら側へ1歩が踏み出された。

 

 「舞!」

 

 「????」

 きょとんとした彼女はしばし目をぱちくりさせる。

 

 「あれ?え、と。宮本君?ここ、どこだ、っけ、な?」

 

 六条さんがせかすように言う。

 「早く。もうすぐ夜明けだ。注意すべき事は分かってるね」

 

 「ええ、お話では日の光に当てると元に戻ってしまうんでしたね」

 

 「そう。チョークは君にあずけておくよ。私にはもう必要のないものだから。

きっと何かの役に立つよ」

 

 「六条さん本当にありがとうございました!舞、急いで!」

 ボクは”はてな”マークを飛び回らせている舞子の細い腕を取って、走った。

 

 「あわわわ~っ!」

 

 ほとんど宙に浮いたような状態で走る、舞。

 

 今日の最初の日の光がアパートを照らす前に、何とか舞をつれてドアを閉めることが出来た。しかしまだ部屋のあちこちから日が漏れている。ボクは思わず彼女をベッドルームへ押し込むと、シャッターとカーテンが下りていることを確認する。

 

 「舞!太陽の光に当たらないようにベッドにもぐっていて!」

 

 ボクはドアを閉めると、リビングの窓のシャッターを閉じ、キッチンの窓を通販のダンボールとガムテープでふさいだ。そして玄関の明り取りの窓。これでとりあえずは大丈夫。

 

 ベッドルームの照明をつける。

 

 「舞、大丈夫だよ。もう出てきてもいいよ」

 

 舞は、そおっと毛布から顔を出すとベッドの上に正座をした。

 

 「宮本君、そこに座って」

 

 「あ、うん」

 

 ボクも思わずベッドの下に正座をした。

 

 おもむろに舞は話し出した。

 

 「わ、わたしの人生で初めて事。宮本君と手をつないだこと。宮本君のアパートに入った事。そして、ベッドルームで二人っきりという事。この状況を、どう説明してくれるの?」

 

 と、ボクら二人は顔から火を吹かんばかりに赤面した。ぽん!と頭から湯気が上がったに違いない。

 

 「え、ええと…ちょっと話すと長くなるんだ」ボクはうろたえた。

 「とりあえずコーヒーでも入れるから、待っててくれる?」

 「う、うん」

 

 もそもそ。再びベッドにもぐりこむ舞。

 

 「どうしたの?」

 「宮本君の匂い~…」

 「嗅がなくていい、嗅がなくていい」

 

 と、今度はなにやらベッドの下をごそごそ。

 

 「今度は何?」

 「健康な男子のベッドの下にはお宝があるという伝説が」

 「ないから、ないから」

 

 帰ってきた。まごうことのない舞が。

 

                        つづく

 


 
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