No.554313

真・恋姫†無双 想伝 ~魏†残想~ 其ノ七



更新期間が大変空いてしまって申し訳ございません。

作者さんのペースで良いよ、と暖かい言葉を下さる読者様も多いのですが、こればっかりは自身の不明と言いますか、良心が痛むわけでして。

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2013-03-12 08:55:49 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:11014   閲覧ユーザー数:7708

 

 

 

バサリ、と布が捲られる。

 

一刀が商人と密会していた廃屋。

 

布の下に積まれていた鉄色が、廃屋の隙間から差し込む陽光によって鈍く光った。

 

 

「これは……」

 

 

黄忠は自身の眼を疑った。目の前に積まれている銀色達。鈍い光を放つそれは――

 

 

 

「……実際、ここまでやって気付かないって時点であのオッサンに太守の資格は無い気がするよ。やりようによっては俺、クーデター起こせてたからな」

 

 

 

――大量の武器だった。

 

 

黄忠が武器の山に近寄ってその一つを手に取る。

 

何の変哲も無いただの剣。しかしそれは紛れも無く本物の武器。

 

使いようによって人を殺すことになる、正にこれからそういう使い方をされるであろう道具だった。

 

他にも弓や矢が軽く纏められ、置かれている。

 

背後に立つ青年の言った“くーでたー”という耳慣れない言葉。

 

だが耳慣れ無くとも話の流れとこの武器の量からある程度の察しは付いていた。

 

おそらく“くーでたー”という言葉の意味は――反乱。もしくは武力決起。

 

 

「質は最悪。大量生産の安物ばっかりだけど、賊と戦うだけなら充分だ」

 

「これだけの量をいつの間に……」

 

「これだけの量って言ってもそこまで多く無いぞ? ……いつの間にっていう質問に答えるなら、あのオッサンが軍備を整えることに無関心って知った時からかな。ちょいちょい商人の人達に運び込んでもらったんだよ、もちろん信頼の出来る人達にね」

 

「ですが、この量の武器を揃えるにはそれなりの金額が掛かるのでは?」

 

「俺のボールペンを高く取引してくれる商人がいてね。まあ多分あの人はあの人で、別の取引相手にもっと高く取引持ちかけてるんだろうけどね」

 

 

まるで些事を語るかのように肩を竦める一刀だったが、黄忠はその軽い口調に、少しだけ背筋が寒くなるのを感じていた。

 

この言い方ではまるで、簡単に反乱もしくは武力決起を為せると言っているようなものだ。

 

だがしかし、恐ろしいのはその言葉などではない。

 

そのような強がりや口から出まかせを言う人間はこの世に五万といる。

 

黄忠自身そのような輩を何人も見てきた。しかしだからこそ、逆に分かるのだ。

 

この青年は反乱を起こそうと思えば起こせたし、結果それを成功させただろうと。

 

直感の域を出ないが、この青年の持つ才覚の片鱗は凄まじい。

 

おそらく自分でも自覚していないその才を、間違った方向に伸ばせばどうなってしまうのだろう。

 

そう考えると、無意識に黄忠の肩は震えた。

 

ポン、とその肩に手が置かれる。ビクッと一際大きい震えが黄忠の全身を駆け廻った。

 

しかしそれは恐ろしさや寒さでは無く単純な驚き。

 

振り向くと、肩に手を乗せた一刀が怪訝な、しかしどこか心配そうな表情を浮かべていた。

 

 

「大丈夫か?なんか具合悪そうだぞ」

 

「い、いえ。なんでもありません……なんでも」

 

「……?いや、ならいいんだけどな。……正直言うと俺はあんまり他人を巻き込みたくないんだ。もし黄忠がこの戦をするのが嫌で、璃々を連れて逃げたいって言うならいつでも言ってくれ」

 

 

善意で言っているのだろう、この青年は。それは分かるし、申し出はありがたい。

 

この街の人間はともかくとして、自分と璃々は言わば他人だ。この戦には何の関係も無い。

 

他人を無理に巻き込もうとはせず、個人の裁量に任せようとする。それには改めて好感を持った。

 

だが、一言だけ聞き捨てならないことがあった。

 

それこそ、先刻感じた恐怖やら寒さが吹き飛ぶほどのものが。

 

 

「……一刀さん。私はあなたにとって他人ですか?」

 

「え?……いや、黄忠は俺にとって大切な人だ。少なくとも他人なんかじゃ無い」

 

「一刀さんの言葉が善意から来ているものだということは分かっています。裏表が無く、純粋に私の意思を尊重してくれているのだろうと。ですが心を許している人から、他人と告げられるのは悲しいものですから、これからは自重してくださいね」

 

「ああ……うん。ホントに悪かった、ごめん」

 

 

律儀に頭を下げて謝罪する一刀には分からなかっただろう。

 

一刀を窘めた黄忠の頬がほんのり染まっていたことを。

 

他人ではない、ということだけを聞ければよかったのに、大切な人とまで言われた。

 

それは黄忠にとって予想外であり、また嬉しい誤算だった。

 

とはいえ、目の前の青年はそういう台詞を自分が口にしたという自覚があまりない、ということも理解はしていたが。

 

それはやはり、惚れた腫れたの世界に付きものの、所謂“弱み”というものなのかもしれない。

 

 

「それで――」

 

「ん?」

 

 

黄忠だけが何故か気恥ずかしい空気。それを自身で打ち消すように、一刀へ話を振った。

 

 

「――私をここに連れてきたということは、私にしか出来ないことがあるからだと思いますけれど……」

 

「そうだった!俺さ、剣とかその辺の長物に関しちゃ多少の知識があるから、この武器達が戦いに使えるって分かるんだ。けど如何せん弓に関しちゃからきしでさ、その辺を黄忠に見てもらいたいんだ」

 

「そうでしたか。弓……弓……これですね」

 

 

黄忠は埋もれていた弓のひとつを手に取る。

 

一刀の言った通り、質はあまり良く無い。粗悪品とも言えるだろう。しかし

 

 

「……一度の戦だけなら耐えられると思います」

 

 

黄忠はそう現実的な答えを出した。

 

その言葉に一刀は顎に手を当て考え始めた――が、直ぐにその手を降ろす。

 

「いや、考えてる暇は無いな。一度だけでも使えるなら御の字だ。直ぐに壊れたりはしないんだよな?」

 

「はい。私のような弓将が引けば一度射らないうちに壊れてしまうと思います。ですが一般の皆さんなら大丈夫な筈です」

 

「分かった。曲張比肩の弓将のお墨付きだからな。その言葉、信じないわけにはいかない」

 

 

そう言うと、一刀は後ろ手に手招きをし、背後で呆けていた兵士数人を呼んだ。

 

ズボンのポケットから、街の簡易的な見取り図を取りだす。

 

「城がここ、街の入り口はここ。それだけ言えば他に何がどこにあるのかは分かるな?……よし、この武器を手分けして運んでくれ。ここに五十、ここに八十、ここに――」

 

 

見取り図を囲みながら、一刀は次々に指示を出していく。

 

同じく見取り図を覗き込み、一刀の言葉に耳を傾けていた黄忠は感嘆の息を漏らす。

 

その指示だけで、どこに何人の兵を配するか。

 

弓兵が何人で剣兵が何人かを正確に把握でき、建物の配置的に考えても理に適っている。

 

まるで正規軍が籠城時に奇襲を行うかのような布陣だった。

 

黄忠が感心している内に指示は終わっていた。

 

兵達は早速、手分けして武器を運んで行く。

 

廃屋の外に待機させていた荷車にそれを乗せる様子を見て、一刀は一度力強く頷いた。

 

そのまま黄忠に向き直る。

 

 

「よし、こっちは大丈夫だ。少し急ごう」

 

「次はどこへ?」

 

「あの口だけ太守のケツを蹴っ飛ばしに行くんだよ。さすがに自分にも危機が迫ってれば重い腰を上げざるを得ないだろ?……あ、もう少し言葉選んだほうが良かったか」

 

 

ついさっきまで凛々しかった様子は也(なり)を潜め、自分が口にした言葉に少し反省する。

 

そんな一刀を見て、黄忠は微笑んだ。

 

 

「ふふっ……いいえ、構いませんよ。私とて元は兵を率い戦をしていた身、そういう台詞には慣れていますから」

 

「ははっ、そりゃよかった。んじゃ、行くとしますかね」

 

 

軽い調子で言いながらも凛とした表情。早足で歩き出した一刀の後ろに黄忠は着いていく。

 

ここ最近で、ある種の定位置になったと言えるのかもしれない彼の後ろ。

 

前を見て歩く一刀はおろか、武器運びに奔走する兵達には知るべくも無かったが、黄忠は確かに感じていた。

 

自らの胸の内の高鳴りを。それは戦の前の高揚感とも違う何か。

 

黄忠は理解し始めていた。

 

一刀に対する自身の内の感情。その意味を。その名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀と黄忠は登城した。

 

しかし、そこに待っていた信じがたい光景に、黄忠は憤りを覚えていた。

 

まるで眼に入っていないのか、男達は城内にあるものを両手で抱え、奔走している。

 

豪華な調度品。金品の類。どちらも今の、賊が攻め来ている状況には相応しくない物だ。

 

男達といってもそう多くはなく、三十人いるかいないか程度。

 

しかしその三十人いるかいないかの数でも、慌ただしく奔走されれば数はまるで倍にも見える。

 

それが視界に入っていない筈はないだろう。だが前を歩く青年は無言だった。

 

その背後を歩く黄忠から、その表情は窺がい知れない。

 

 

――嵐の前の静けさ――

 

 

そんな言葉が黄忠の頭をよぎった。

 

会話が無いまま二人は城の廊下を抜け、玉座の間へと辿り着く。

 

玉座には踏ん反り返っている太守の姿。

 

そこから少し離れた場所に、兵士が一人平伏していた。

 

 

『で、ですがそれでは街の人々が……』

 

『ふん、貴様らの命など知ったことか!そんなことより――ん?なんだ、北。貴様か』

 

 

やっと一刀の存在に気付いたのか、太守は椅子に踏ん反り返ったままで不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 

『ほ、北さん……』

 

 

平伏していた兵士が安堵の表情を向けた。

 

だがその表情は直ぐに曇り、一刀と黄忠から視線を逸らす。

 

自分の役目を果たせなかったことを彼が恥じているのが、傍目に見ても分かる仕草だった。

 

兵士のそんな様子など意にも返さず、太守は不機嫌を隠そうともしない。

 

その様子に胸中の憤りが一定値を越えた黄忠が、普段より強い口調で太守に問う。

 

 

「太守殿。これは一体どういうことですか?」

 

『む?なんだ貴様は』

 

「荊州刺史、劉表殿の元にて武官を務めておりました、黄忠と申します」

 

『こ、黄忠だと!』

 

 

その名を聞いたことぐらいはあったのか、太守がその名と肩書きに一瞬怯む。

 

おそらくは荊州刺史の劉表に縁(ゆかり)のある人間がこの街にいたことに驚いたのだろう。

 

その辺りのことすら把握していなかった時点で、この街の現状や民に対する興味が毛ほども無いということが窺がい知れた。

 

しかし、少しは頭が回ったのか黄忠の“武官を務めていた”という言葉に、太守の焦りの色が薄くなる。

 

驚きのよって上げた腰を、余裕を見せ付けるようにゆっくりと下ろした。

 

 

『……そ、それで?その黄忠殿が何の用だ?』

 

「この街に賊が迫っている事はこの者がお伝えした筈です。太守であるなら街とそこに住む民を護る義務があると思いますが」

 

 

薄皮一枚で繋がっているような余裕を見せる太守に対し、黄忠の声はどこまでも冷たかった。

 

 

『太守としての仕事は全てその北に任せてあるのだ!私が責められる言われは無い!』

 

「街と街の民を護る為の方策は一刀さんが考え、それを兵に伝えさせた筈です。失礼ですが、私には先ほど太守殿が“貴様らの命など知ったことか”と言っていたように聞こえたのですが気のせいでしょうか?」

 

 

この時代。有能な女性は数多い。

 

だが、未だに考え方が古い人間もまた少なくは無かった。

 

女性には危険、等の理由ならばまだ良い。

 

しかし、ただ女性だというだけで蔑み見下す男性も多かった。

 

 

『――女だてらにごちゃごちゃと五月蠅いわ!!!!』

 

 

誰にとっても不幸だったのは、この暗愚な太守がそういう人種だったということか。

 

誰にとっても――そう。それは太守自身にとっても。

 

 

 

 

 

 

 

 

激昂した太守が椅子から勢いよく立ち上がる。

 

言ってしまえば逆ギレに近いそれを見て怯んだのは、平伏していた兵士のみ。

 

 

 

黄忠は変わらぬ視線を太守に向けている。

 

そして、城に入ってから一度も口を開いていない一刀が静かに歩き始めた。太守へと。

 

 

『ああ、そうだ貴様らの命など知ったことか!!』

 

 

一歩一歩ゆっくりと近付いていく。

 

 

『女子供をここに避難させるだと!?なぜ私がそんなことを許可せねばならん!ここは私の城だ!』

 

 

太守は唾を飛ばしながら喋り続ける。

 

 

『女子供も戦わせればいいだろう!!そうすれば少しでも私がここから逃げる時間が稼げるというものだ!』

 

 

一刀の接近に気付いていない筈は無い。

 

 

『分かったら貴様ら全員で賊の足止めをしてこい!!街の者が全員で掛かれば時間も稼げるだろう!!』

 

 

ただの青年。一見して荒事に不向きな優男。変わった服を着た変わった男。

 

近付いてくる青年が暴力に訴えて来ようとなんだろうと、それを防ぐ自身があった。

 

自分とて、この街を武力で奪った人間。こんな細身の優男に遅れは取らない。そう思っていた。

 

だからこその自信。だからこその猛り。だが――それが太守の最大とも呼べる誤算。

 

 

 

『分かったらこんなところで油を売っていないで私の為に犠牲になってこい!!貴様らが何人死のうと私は――!?』

 

 

 

刹那、既に目の前に迫っていた一刀の拳が、太守の鼻っ面に減り込んだ。

 

 

『ぶぐおっ――!?』

 

 

物理法則が変な具合に働いたのか、それとも一刀の純粋な腕力か、はたまた何か異能の力でも使ったのか定かではない。

 

だが、今ここにある現実、事実として。

 

そのまま太守の身体は宙を飛び、椅子を巻きこんで後ろの壁に叩きつけられた。

 

 

『か、はっ……!?』

 

 

肺から一気に酸素が放出され、呼吸困難に苦しむ太守。

 

それを見ながら一刀は、ああ、と呆けたような声を上げた。

 

 

 

「悪い。口より先に手が出た」

 

 

 

どこまでも平坦な声色で。

 

 

 

 

 

 

 

 

『き、貴様ぁ!?』

 

 

一拍遅れて裏返った声。

 

未だ苦しげに呼吸を整えている太守ではない。

 

同じ部屋、玉座の間に詰めていた太守の私兵だった。

 

もちろん、私兵とは言っても太守の仲間。元ごろつきの私兵なのだが。

 

殴ったままの状態で停止している一刀に、二人の私兵が剣を向ける。

 

剣が振られれば命に関わるその状況でも、一刀は停止したままだった。

 

観念したわけじゃない。

 

 

「……ったく。結局クーデターみたいになっちゃったじゃねえかよ」

 

 

ただそれを意識の内側に捉えていないだけ。

 

嫌悪感を噛み潰しているような声とは違い、その表情は未だにどこまでも平坦。

 

なおも自分達を無視するような態度に業を煮やしたのか、私兵達は剣を一刀に突きつけようと腕を振った。

 

 

ヒュッと空気を切る音。ブレて聞こえたそれは、私兵二人の剣を弾き飛ばしていた。

 

 

剣が床に落ちるけたたましい音。手に感じた衝撃と痛みに、驚きを隠せない私兵達。

 

少し遅れて、矢が落ちる乾いた音が不思議と大きく響いた。

 

 

「……動かないでいただけますか?もし動くというなら、次はその喉を射抜きます」

 

 

いつの間にか、黄忠の手には彼女の愛弓『颶鵬』が握られていた。

 

既に颶鵬には二射目が番えられている。

 

それを見て、自分達の持っていた剣を弾き飛ばしたのは、乾いた音を立てて転がった矢なのだと、太守の私兵達はようやく理解した。

 

 

そして一気に嫌な汗が吹き出し、その首筋を伝う。

 

私兵達は恐怖で一歩も動けず、奇妙な息苦しさすら感じていた。

 

所詮は井の中の蛙。本物の『将』が放つ濃密な殺気に囚われたが故の息苦しさだった。

 

 

「太守に限らず、刺史にしろ州牧にしろ……王にしろ、それぞれに責任がある。その責任を果たせること、果たそうと奔走すること、足掻くことをする者にこそ、上に立つ資格があるんだ。だから――」

 

 

それはおそらく太守だけではなく、その場にいる全員に、そして自分自身に向けられた言葉。

 

殆ど無意識にとはいえ、その声は万人が耳を傾けるだけの重みを持っていた。

 

そして彼は彼なりのとどめを刺す。太守とも違う、刺史とも違う、州牧とも王とも違う。

 

特殊な境遇ではあったが、人の上に立っていた者として。

 

 

 

「――テメエに上に立つ資格はねえよ、くそったれ」

 

 

 

吐き捨てるように、言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほ、北さん!!』

 

 

静まり返った玉座の間に、不釣り合いな声が響いた。

 

黄忠と一刀、隣の黄忠が出す殺気に当てられて戦々恐々としている兵士一人が入り口の方を振り向く。

 

殺気の矛先が外され、重い空気の枷から逃れた私兵二人は壁に背を預けたまま、荒い呼吸を繰り返すの太守へと駆け寄っていった。

 

そんな光景には眼もくれず、一刀は部屋へと入って来た兵士に問う。

 

 

「どうした?」

 

 

賊がこの街に到達するまでにはまだ時間がある筈、と考え歩きながら太守達に向けていた表情とはまるで違う、場の空気にそぐわないほどの柔和な表情で、黄忠の隣に立った。

 

 

『そ、それが……く、黒い……旗……で』

 

 

「黒?旗?」

 

 

ここまで走り通しで来たのか、息を切らして話すせいで要領を得なかった。

 

兵の口から出た単語を元に考えてみても、いまいち予測されそうな事態が思い浮かばない。

 

 

「……直接見に行った方が早いな」

 

 

一刀の判断は速かった。

 

 

「ですが一刀さん、太守達は?」

 

「ほっとくよ。あんなやつらに構ってる場合じゃない。女子供の避難も別の方法を考える。ああ、そう急いで息整えないでいいよ、少し休みな。伝えてくれて助かった。場所は東の櫓だよな?見れば分かるか?」

 

 

既に敬称を付けずに、太守と呼ぶ黄忠に方針を告げる。

 

息を整えている兵士に労わりの言葉を掛けた一刀は、場所の確認をすると歩き出した。

 

 

元から玉座の間にいた兵士に、後から報告に来た兵士のことを頼んで、黄忠は一刀の後ろに着いて歩きだす。

 

足取りはそのままに、一刀が肩越しに後ろを振りむいた。

 

そこにあったのは、いつもと変わらない人好きのする笑顔。

 

 

「黄忠。ありがとな、助かった」

 

「あ……い、いえ。当たり前のことをしただけですし、感謝されるほどのことでは」

 

「いやー、命の恩人みたいなもんでしょ。この礼は必ずするよ、もし黄忠からなんか俺に頼みたいことあったらいつでも、なんでも言ってくれ」

 

「……なんでも、ですか」

 

 

独り言のように呟かれたそれは、一刀の耳に入ることなく虚空に溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『た、太守様!大丈夫ですか!』

 

 

一刀達が部屋を出て行き、安堵した様子の私兵二人が未だに呼吸を整えている太守を安んずる。

 

片手で顔面を押さえている太守は、手を貸そうとする兵をもう片方の手で制した。

 

 

『う、五月蠅い……早くこの街を出るぞ……!!』

 

『し、しかしあいつらはどうします?太守様に手を出しておいてこのままというわけにも……』

 

 

もう一人の私兵が、戸惑い気味に尋ねる。

 

太守は尋ねた私兵を睨みつける。その眼には、怒りと怯えが同居していた。

 

 

『ふ、ふざけているのか!!賊が迫っているのだぞ!?そしてあの(・・)黄忠だ!私を殺す気かお前達は!急げ!馬を用意しろ!早く!!』

 

 

殆ど半狂乱に近い太守の命令を受けて、私兵二人は脱兎の如く駆け出した。

 

太守は折れた鼻を押さえながら、よろよろと立ち上がる。

 

賊の襲来。『曲張比肩』を異名に持つ黄忠。どちらも太守にとっては恐怖の対象でしか無い。

 

だが、自身の最低限の矜持を護る為に、内にひた隠した恐怖があった。

 

賊でもなく、黄忠でもなく、太守が最も恐怖を覚えていたのは、得体の知れない青年。

 

拳が目の前に迫って来る瞬間、視界に入った――否、視界に入ってしまった青年の表情。そして眼。

 

それらを思い出して、太守は自分の身体が震えるのを感じた。

 

あれは駄目だ。あれは危険だ。具体性の無い感覚が自分の中枢に訴えかける。

 

 

人はそれを本能と呼ぶ。

 

 

あの一瞬、自分には確かに見えた。あれは人じゃない。あれは――

 

 

『……化け物だ』

 

 

それを口にすることで、改めて自分が感じた印象を自覚してしまった。

 

震える身体、痛む顔を押さえながら、太守は必死に身体を動かし、城の出口へと向かう。

 

賊から、黄忠から、得体の知れない青年から。そしてなにより、恐怖から逃げる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

眼に映る光景に一刀は怪訝な顔をして首を捻る。

 

何故か黄忠も同様に、怪訝な表情をするばかりであった。。

 

 

「『義』ってことは……義勇軍だよな。でもあんな色の旗、見たことないぞ」

 

「黒地に赤で『義』……珍しいというより、あれは」

 

 

結論から言ってしまえば、黄巾党と思われる賊はこの街に背を向けていた。

 

街まで響き聞こえて来る怒号。剣撃の音、叫び声、雄叫び、断末魔。戦いが、起こっていた。

 

遠目にも分かる、黄色い布を見に着けた軍団――黄巾党。

 

対するのは、初めて目にする義勇軍。黒地に赤く『義』と書かれた旗を掲げる黒衣の軍団だった。

 

だが、本当にあれは義勇軍か?と、一刀の眉が訝しげに顰められる。その理由は二つ。

 

黄巾党の数はおよそ八百と五十。

 

しかし、対して黒衣の義勇軍の数は、多く見積もっても三百弱。

 

普通の人間なら、この戦力差で野戦をしようとは思わないだろう。

 

黒衣の軍団を指揮する人間に、少しだけ興味を持ち始める。そしてもう一つの理由は

 

 

「あれだけの戦力差だってのに圧されてない……」

 

「ええ、兵が逃亡する様子も見受けられません。あの義勇軍は一体……」

 

 

その練度にあった。

 

二倍以上の兵数を相手に、圧しもしなければ圧されもしていない。

 

つまり、戦線を維持しているのだ。

 

 

見たところ、呂布のような規格外の将がいる様子も無い。

 

つまりそれは軍団としての練度、士気が高いことと、将がかなりの統率力、指揮能力を持っている事を意味する。

 

劉備が義勇軍を率いていた頃、彼女の義勇軍は関羽、張飛といった猛将の存在と、劉備自身のカリスマ性によって維持されていた。

 

寄せ集めの義勇軍だというのに、逃げ出そうとする人間が殆どいなかったという話を聞いたことがある。

 

 

しかし、だ。

 

 

野戦。そして数の不利。

 

いったいあの義勇軍を指揮する人間は何を考えているのだろうか?今はともかくあのままでは――

 

 

「あ……」

 

 

そこまで考えて、気付く。今、黄巾党はこちらに注意を割けていない。

 

数は自分達の半分以下しかない筈の義勇軍を相手にし、何故か圧し切れていないからだ。

 

自分達の命が掛かっている、襲撃ではない本当の戦、命の奪い合い。

 

他に意識を割いている余裕はないだろう。

 

つまり今、目の前で行われている戦は拮抗している。

 

そこに、新たな勢力が加わったならどうなるか――?

 

 

「……まさか、待ってるっていうのか?」

 

 

確約の出来ていない援軍を?

 

わざわざ賊の背中をこちらに見せるというお膳立てをしてまで?

 

気付けば、一刀は笑っていた。

 

声に出してでは無い。正確に言うなら、口角が上がっていたというのが正しいだろう。

 

しかし一刀は確かに笑っていたのだ。

 

ある意味、阿呆とも呼べる手を取り、来るかどうかも分からない援軍を待つ義勇軍、その義勇軍を率いる者を思って。

 

嘲りではない。身体の血が、沸騰するのを感じた。

 

 

「……黄忠。作戦変更だ」

 

 

こちらの手勢は、謎の義勇軍と同じく三百弱。

 

合わせれば六百強。勝率はグッと上がる。あとは兵の士気と個々の武。

 

 

「私は何をすればよろしいですか?」

 

 

見れば、黄忠の口角も上がっていた。彼女も同じ答えに行き着いたのかもしれない。

 

 

「百で弓隊を編成。威嚇や牽制だけでもいい。とにかく賊の注意を分散させてくれ」

 

「分かりました。……ですが、弓将の私に威嚇や牽制だけでもいい、なんて言うのは侮辱に近いですよ?」

 

「はは、そうだな。悪かった。その『曲張比肩』の腕前、戦場で見せてもらう。いいかな?」

 

「無論ですわ。私が弓隊を指揮……一刀さんは?」

 

 

答えが分かりきっているだろう質問を投げ掛けられる。心配そうな表情で。

 

 

分かってるよ、俺も驚いてる。こんな危険に自分から跳び込もうなんて、どうかしてる。

 

でも、俺がやらなきゃ。少なくとも、他の人間に任せることは出来ない。

 

これは最も危険な役目、立場。だからこそ、俺がやる。やらなければならない。

 

自分が傷つき、危険に晒される分には問題ないから。

 

……華琳にどやされるんだろうなあ、こういうこと言うとさ。

 

 

「残りの歩兵を率いて、賊の背後を突く。俺が――」

 

 

覚悟は、決めた。

 

 

 

 

 

「――先陣を切る」

 

 

 

 


 
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