「いよいよ戦乱の夜明けね…」
荒野に仁王立ちした雪蓮が口を開く。
「怖い発言だなぁ」
戦争の恐怖を身をもって知っている俺は身震いが止まらない。
「あら、どうして?これから大陸は混乱していくのよ?それに乗じて私たちの独立が始まって行くのよ」
雪蓮が笑顔でこちらを振り向く。
その笑顔はいつもの笑顔のようでそうでない。もっと言い知れぬ恐怖を感じさせる。
「この戦いで私たちの強さが喧伝できれば、後の戦いが楽になるしね。ここは最高の勝ち方をしないとね」
「火野」
「なに?冥琳」
「雪蓮の言葉の意味がわかるか?」
冥琳は試すような…いや実際試しているんだろう。
そんな口調で俺に問いかけた。
「我ら呉が独立するためにしなくちゃいけない最高の勝ち方とはどんなのだと思う?」
少し考えてから、考えを口にする。
「圧倒的な勝利かな」
「ほぉ、よくわかったな」
満足いく回答だったのだろうか、冥琳は少し笑顔になって採点してくれる。
「理由は?」
「口先だけの人間なんていっぱいいるからね。結局は行動で示さないと誰もついてきてくれない」
それはあの人にも言えることだった。
だからこそ、あの人は俺の話を美談にして世間に触れまわったのだろう。
こんな世界ならなおさらだ。
「結果が重要、ってことだよね」
「うむ、いい答えだ。付け加えさせてもらうと言えばお前にも同じことが言えるのだぞ、御遣い殿?」
「…そうだね」
ここ数日のことですっかり忘れていたが俺は見遣いだった。
自然とため息がもれてしまう。
「して、圧倒的な勝利、とは言うが何か策はあるのか?」
「策ねぇ…策なんている?たかが野党の軍団相手に」
雪蓮は今すぐ戦いたくてうずうずしてると言った顔で冥琳に聞く。
そんな雪蓮に呆れた顔をして説明する。
「圧倒的勝利とは、敵に大きな損害を与えること、そして人の記憶に鮮烈に残ることが重要なの。たかが盗賊だからこそ、最も大きな損害を与え、最も大きな鮮烈さを与えなくてはならないわ」
「ふーん…で?」
「火野を使う」
「映司を?メズールじゃなくて?」
軍議の場にいなかった雪蓮は今初めて俺のことを伝えられたようだ。
「ああ、敵の半分を火野に任せる。もう半分は我々が引き受ける」
「半分を一人で!?」
さすがの雪蓮もそんな事は予想していなかったのだろう。声が裏返っている。
「だけど、私たちの力を喧伝しなくちゃいけないんじゃないの?」
「もちろんその通りだが、火野の名を世に知らしめる方が先だ。地に足ついた我々よりも、天から来た得体の知れぬ者の方が尾ひれがつくのが早い。であれば、我々よりも先行して火野の名前を知らしめたほうがのちのちずっと大きな効果をえることができる」
「ふぅーん」
納得できない、と言った顔で雪蓮が不満気な顔をする。
「それでも暴れたりない、というのであれば火野には1/3しか任せぬことにしよう」
雪蓮はまだ足りない、と言った顔をするがこれ以上は無駄と悟ったのだろう、口をつぐんだ。
「孫策様!前方一里のところに黄巾党本体と思しき陣地を発見しました!」
先遣していた兵士の報告に、部隊に緊張が走る。
「ありがと。さって久しぶりの実戦ね。派手に決めましょ」
「では雪蓮は先行して中央を、祭殿は右翼、火野は左翼を攻撃、こちらの合図とともに退いてくれ」
「了解した」
「わかった」
俺たちが頷くのを確認して、冥琳は雪蓮に
「では、雪蓮。出陣の号令を」
「了解」
雪蓮は腰から剣を抜き、天高く掲げる。
「勇敢なる孫家の兵たちよ!いよいよわれらの戦いを始めるときが来た!新しい呉のために!先王、孫文台の悲願を叶えるために!天に向かって高らかに歌いあげようではないか!誇り高きわれらの勇と武を!」
剣を降ろし、切っ先を敵に向ける。
「敵は無法無体にに暴れる黄巾党!獣じみた族どもに我ら孫呉の力を見せつけよ!」
その声は次第に大きくなり、あたりに轟く。
「剣をふるえ!矢を放て!正義はわれら孫呉にあり!」
その言葉に全軍が震えてるのが分かる。
俺自身も鼓舞されてきている。
「全軍、突撃!!」
「「「「うおおおおおおぉぉぉぉおおお!!」」」」
雪蓮と祭さんが突撃するのを見て、
「メズール!メダル!」
差し出した手に向けて、メズールから三枚のメダルが投げられる。
『タカ!トラ!チーター!』
奇妙な歌が終わると同時に全身に力がみなぎる。
「圧倒的な勝利…」
さっきの冥琳の言葉を思い出す。
勝利っていうのはなにも殺すだけがすべてではない。
「だったら…!」
完膚なきまでに再起不能にして、敵の戦意を完全に喪失させる…!
「何だあいつは!」
「わからん!だがあっちでは呉が攻めてきている!無関係じゃないだろ!」
俺の姿を確認して、向かってくる人たちの頭には歴史の授業で聞いたとおり頭に黄色い頭巾をかぶっている。
反応できない速さで近づかれた兵士は面食らって動きが鈍る。
「せい!!」
俺は腕についている大きな爪を取り出し、敵の武器を切り裂く。
手に持っていた唯一対抗できる可能性のある武器を瞬時に無力化された相手の顔は一瞬で絶望に染まる。
所詮は盗賊だ。軍で訓練されたわけでもない。ましてや、信念があるわけでもない。
心を折ってしまえば、再び立ち上がることはないだろう。
同じ要領で当たりの敵を全滅させる。
ふと周りを見回すと、敵がいなくなっている。
逃げたのだろうか。
「ぼうや!」
メズールが緑のメダルを投げてくる。
受け取ってベルトに入れ、変身しなおす。
『タカ!トラ!バッタ!タ・ト・バ!タトバ!タ・ト・バ!!』
「ふっ!」
足に力をため空高く飛び上がる。
タカの頭のおかげか、視力がすこぶる上昇している。
すぐに逃げていく敵の兵を見つけ、そのまま重力に従い地上に落ちる。
そのまま、足をチーターへと変えてすぐに敵を追いかける。
「うわ!行きすぎ!」
余りの速さに止まり切れずに、トラの爪をブレーキ代わりにして止める。
突然現れた異形の怪物を目の当たりにして敵は口をパクパクしている。
「ごめんなさい」
謝罪の言葉と同時に敵の得物を切り裂いた。
「こんなもんかな」
周りを見回すと呆然とした敵が転がっているか、遠くに逃げていく敵が見える。
少なくともあの人たちはこの近くをしばらく襲わないだろう。
雪蓮たちがこのあたりを統治するまででいい。それまでおとなしくしていてくれれば誰も死ななくて済む。
「本当によろしいのですか?冥琳様」
隠が冥琳に尋ねる。
「ああ。火野がいても反論するだけだろう。今回はアイツを納得させるだけの時間が無い。だからと言って、無理にあいつの意見をさえぎり、へそを曲げられて戦わないと言われればわれらの戦力は大きく低下する」
「ですね~」
隠も冥琳も映司の心優しさはこの数日だけでも十分理解していた。
だからこそ、この作戦を彼に伝えるわけにはいかなかった。
「周瑜さま!準備できました!」
兵士の報告に頷き返し、冥琳は号令を放つ。
「火矢、放て!」
「なんだ…何なんだよ…これ!」
号令とともに引き揚げた俺は空を見上げている。
火に包まれた無数の矢が敵陣に飛び込んでいくのを。
その矢が落ちると同時にさっきまでいた戦場は火の海へと姿を変えていく。
武器を失った兵士も、恐怖して逃げていく兵士も関係ない。
全てが火達磨になる。
歯がかちかち鳴るのが頭の中で響く。止めようとしても止まらない。
その不愉快な音は鳴り続ける。
「何とかして…止めないと!」
だがどうやって止める?このあたりに水はない。雨が降るわけでもない。
「水…?」
そういえば、この前変身したメズールの姿は魚のような姿をしていなかっただろうか。
「メズール!」
「なに?」
俺とともに退いたメズールに、藁にもすがる思いで聞く。
「お前のメダル水とか使えないか!?」
「ええ、使えるわ」
「ホントか?」
世界が一瞬で明るくなる。
あれだけの力を持っているのだ。この火を止めるぐらいの力を持っていても不思議ではない。
「だったら!」
しかし、俺の希望は次の言葉で砕かれることになった。
「メダルを貸すことはできないわ」
「な、なんで…」
「いい?ぼうや。初めに言った通りこのメダルは私たちにとって命なの」
メズールはどこからか青色のメダルを三枚取り出した。
「このメダルを人に渡すことは、その命を預けるのと同義よ」
「だけど、このままじゃたくさんの人が死んじゃうだろ!」
俺はメズールに掴みかからんばかりの勢いで睨みつける。
「それが?」
メズールの凍りつくような目を見て、俺はつい物怖じしてしまう。
「私には関係ないわ。私の目的はメダルだけ」
「でも、皆を守りたいなら力を貸すって…!」
「私のメダルに関しては別問題よ」
「そんな…」
とりつく島もなしと言った具合でメズールは本陣へと歩みを進める。
俺はその反対側へと目を向ける。それはまるで地獄絵図だった。
「くそ…!」
俺は自分の手を見つめる。
「こんな力を持っていても…だれも救えないのか…!」
奥歯が欠ける音がした。
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なんか小説版みたいな流れになっちゃった
ふぇぇ...ディスクが見当たらないなんて言えないよう...(13/9/1)