No.550052

ほむら「捨てゲーするわ」第六話

ユウ100Fさん

ほむら「捨てゲーするわ」第五話 (http://www.tinami.com/view/547495 ) の続きです。
前回の話との合計が30000文字を越えてた分を調整した話ですので、前回からの区切りがちょっとだけ分かりにくいかもです。
みんなの天使さやかちゃんの出番が今までより(ちょっと)多めです。
早ければ次回、まとまらなければ次々回くらいで完結予定ですので、今しばらくお付き合いくだされば嬉しいです。

2013-03-01 18:21:21 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:6626   閲覧ユーザー数:6583

「またCDって…ああもう、さやか! これは本当にいじめじゃないのかい!? それともCDプレーヤーを壊した僕へのあてつけかい!?」

 病院の個室では苛立たしげな上条恭介の声が響く。そんな恭介に怯えつつも、さやかは出ていこうとはしなかった。

「だ、大丈夫だよ恭介! ちゃんと別のCDプレーヤーも持ってきたよ!」

「なんでだよ!? 聞きたくないって言った直後にそれとか…もう、僕の事は放っておいてよ!」

「きょ、恭介!? もしかしてi○odの方が良かった!?」

「いや帰ってよ!?」

 先日、さやかがお見舞いにCDを持ってきた時、もう聞きたくないと恭介はCDプレーヤーごと壊しやさぐれたのだが、さやかはそれでも恭介には音楽を好きでいてもらいたかった。どう見ても逆効果だが。

 ちなみに魔法少女にはまだなっていない。踏み切れない。

(恭介を治してあげたい…でも魔法少女になったら最後、ゾンビになって宇宙の燃料に…ふ、踏み切れないよあたし…)

 そう、CDプレーヤーを壊した時点で契約を悩んだものだが…真実というのはあまりにも重すぎる。

 結局、さやかには自分が出来る事をするしかない。

「ごめん、iP○dはちょっと中学生のお小遣いじゃ難しいっていうか…」

「まだそれ引っ張るの!? 確かにCDプレーヤーよりは軽いけど…じゃなくて、帰ってよ本当に!」

 ちぐはぐな会話でこそあるものの、さやかにとっては恭介が鬱憤を自分に吐き出してくれているだけでも良かったのかもしれない。

 それに、いつか自分がこんな恭介を見たくない、そう思って踏ん切りをつける事を望んでいる―?

 とにかく、さやかの頭はいつも通りにする事で精一杯だった。

「…ははっ、いいよもう…さやかの好きにしてくれよ…」

「恭介…?(好きにって事は…いや、そんな空気じゃないでしょあたし)」

 散々怒鳴っても引き下がらない幼馴染に諦めがついたのか、枯れた笑いの後に恭介はベッドに上半身を預け、さやかとは逆方向…暁に染まる空を見ていた。

「…面白いんだろう? ちょっと前まではバイオリンで騒がれていた人間が、今では嫌がらせをしてくる幼馴染を追い返す事すらできないのが」

「!?…そんなわけ、ない! あたしは今の恭介だって…」

 す、すきだよ…と限りなく、それこそ病室の外を歩く足音よりも小さな声で続ける。もちろん、恭介には聞こえていない。

「ああ、いいんだよもう…そうだね、さやかに笑われる道化が出来るだけでも、今の僕の存在意義としては十分だよね…」

「そ、そんな悲しい事言わないでよ。あたしは信じてる! きっと恭介の腕だっていつかは」

「何度も言わせないでよ…現代医学ではもう無理なんだ。僕はもうバイオリンは弾けない。さあ、笑ってよさやか…」

「…恭介はさ、あたしに笑われてそれで満足? そんな嫌な役回りで本当にいいの?」

 自暴自棄という言葉がぴったりの恭介の横顔に、さやかは必死で問いかける。

 嫌な役回り、というのは何も恭介だけに言っているだけじゃない。

 それは、自分自身への問いかけでもある。

「…嫌だよ。でもね、こんな僕の相手をしてくれる人間なんて、もう幼馴染のさやかくらいなんだよ。こんな自暴自棄になって荒れ果てて、当り散らすしか出来ない人間なんて…だったら、相手をしてくれる人に笑ってもらうくらいしか無いんだ。それなら、そうするまでさ」

「…分かったよ、恭介。恭介ばかりに嫌な役なんてさせない」

 さやかはその一言で…本音で言えばまだ割り切れていないものの、それでも自分の演じる役割…ゾンビになっていつかは魔女になり、宇宙の糧とされる嫌な役割を、演じる気になれた。

 さやかはベッドサイドに近付き、恭介の動かない方の手に自分のそれを添える。動かないと言っても、人としての体温はまだ残っていた。

「…どうしたのさ、さやか」

「…奇跡も魔法もあるんだよ、恭介。だから、この手だって必ず…!」

 

―あーあ、馬鹿だなあたし…好きな人の為に、その人の側に居られない役割だって演じるなんて…あたしってほんと

 

「話は聞かせてもらったわ。奇跡を起こしてあげようじゃないの」

 その時、ノックも無しに病室の扉が開く。

 聞いた事のあるような声が部屋に響き、二人が振り向いた先には…。

「初めまして、奇跡を起こす医師ことブラックほむほむです」

「「…はぁ?」」

 突然の名医の登場に二人とも度肝を抜かれているわね、これは。

 白衣を拝借した甲斐もあるってものね。下は制服のままだけど。

「…転校生、あんた何ふざけて」

「ブラックほむほむの優秀な助手、イエローマミマミ参上! 私が来たからにはもう安心よ!」

「ちょ、マミさんまで!?」

 そして私の背中から登場したのがノリノリのマミ。頭には同じく拝借したナースキャップを被っている。ちなみに服装は魔法少女衣装。やる気があるのだけは褒められるわね。

「…え、えっと…か、看護師見習いの、ぴ、ピンクまどまどです! ほむほむ先生のお手伝いをしに…きました…」

「ま、まどか、あんた…」

 そしてさらに後ろから同じくナースキャップを被ったまどか。白衣じゃないのが惜しまれるけど、ナースキャップを被ったまどかはまさしく天使。ナイチンゲールの再来だわ。

「「…」」

 一通り自己紹介が終わると、二人は絶句という言葉がぴったり似合うぽかんとした顔で私たちを見ている。

 期待の羨望というのは、なかなか眩しいものね。

「…ほ、ほむらちゃん…この寸劇、意味あるのかな…?」

「寸劇なんてひどいわねまどまど。今の私はブラックほむほむよ」

「そうよまどまど! 先生はこうしてクランケの緊張をほぐすところから始めているの!」

「えー…」

 ノリノリで補足してくれるマミが今は頼もしい。まどかはすこぶるテンションが足りていないけど、可愛いからもちろん許すけどね。

 さて、何故こうなったかと言うと。

 §

 

「…みたいな感じでいくわよ」

 時間を止めて拝借してきた白衣とナースキャップを各自装着しながら、私は段取りを説明した。

「オッケーよ! ふふ、どうやらマミお姉さん無しでは越えられない山が来たようね!」

 マミは今回の作戦にはすこぶるやる気を示している。病院に行くと言った直後はごねたけど、私の家お泊り回数券一週間分をちらつかせたら早々にOKが出た。騒がしいけど背に腹は代えられないもの…。

「…いや、なんだかおかしいよ!?」

 そして私の最後の道しるべでもあり良心でもあるまどかはもちろんツッコんでくれた。うん、やっぱりツッコミが無いのは寂しいものね。

「どうしたのまどまど、やっぱり白衣もいる?」

「そこはどうでもいいよ!? あの、私たち二人を何とかしに行くんだよね!? でもこれじゃあコントじゃないかな!?」

 まどかの言う事は至極もっともだけど…私はわざとらしく肩をすくめてため息を吐いた。

「ふぅ、分かってないわねまどにゃんは」

「あだ名が変わってるよ!?」

「いい、まどか。私と美樹さやかははっきり言って相性が悪いわ」

「ええ、私の家に来た時なんか美樹さん、三十分くらい暁美さんへの愚痴のオンパレードだったわ」

「そ、そうなの?」

 というか愚痴については初耳だわ。後で一発きついのをお見舞いしてあげましょう。

「ええ、そうなのよ。だからまずは迫真の演技で『て、転校生があたしの為に医者の真似事を…こいつはなにかやるかもしれねぇ!』と思わせるの」

「何もかもがおかしすぎて私なんてツッコめばいいの!?」

 おかしいところなんてないのにおかしな子ね。

…いや、私も実のところ、悪ふざけをしている自覚は無いとは言わない。

「そうしたら『今まで敵だったキャラが自分を助けてくれて好感度激増効果』が働くわけ。そうすれば今からやる事だって見守ってくれる事間違いないわ」

「お約束ね!」

「ねえ、私本当にほむらちゃんに相談して良かったんだよね!?」

「今の私はブラックほむほむよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

「…こんなの絶対…おかしくないといいなって、思ってしまうのでした…」

 物分かりのいいマミと最後まで不安でいっぱいのまどかを引き連れて、私は病室のドアを開ける。

…ええ、分かってる。分かってますとも。

 でも、こうして悪ふざけをしないと、私は…。

 §

 

「ほら、見てみなさいまどまど。二人ともすっかり緊張もといて私たちを受け入れて…」

「きょ、恭介、ナースコールは!? 出来るだけ連打で!」

「わ、分かっているけど…くそっ、こんな時にすぐ見つからないなんて!」

…二人して必死にナースコールのボタンを探していた。

 おかしいわね、こんなはずでは。

「…ほむらちゃん…」

「…失敗しちゃった☆」

「こんなの絶対おかしいよ! このセリフ使いやすいから何度目か分からないよ!」

 まどかの抗議の絶叫が病室に響く。ああ、何度聞いても良い声ね…こう、舌ったらずな声がたまらないわけですよ。

 まあ、寸劇が上手くいかなくても予定通りに事を進めるんだけど。

「…!? こ、こっち来んなぁ!?」

「素人は黙ってて。さあ、クランケを見せなない」

 私が患者に向かって一歩を踏み出すと美樹さやかは素っ頓狂な声を上げる。せっかく人が恋路を(嫌々だけど)応援してあげようとしているのに…愚か者はいつまで経っても愚か者ね、うん。

「!…恭介は、恭介はきっといつか治る! だ、だから…あたしが気に食わないなら謝るから! お願いだから、恭介に変な事は…!」

 あら健気…と言っても魔法少女を相手にしているのだから、怯えが出てきているのが目に見えて分かる。美樹さやかは両手を広げて私の前に立ちはだかった。その勇気を告白に回せとあれほど以下略。

 とはいえ、マミはすでに私が掌握しているし、白豚への妨害も完璧。美樹さやかは孤立無援なわけで。

「あなた、勘違いしてない? いくら好きな男の子を守りたいからって、名医である私を不審者扱いして邪魔するのは賢い選択とは言えないわよ?」

「す、好きな男の子って…さやか、それって」

「わあぁぁぁぁぁ!? 本当に、本当に謝るから! それ以上は勘弁してくださいマジで!」

「うるさいわね…マミマミ!」

「オッケー! 美樹さんごめんねテヘぺろ☆」

「うおわあぁぁぁ!? マミさんちょっとぉー!?」

「さやかちゃぁぁぁん!?」

 私の合図でマミはお得意の拘束魔法を発動。美樹さやかはリボンに体を厳重に縛られ、宙に浮かされる。もちろん一般人向けに拘束はかなり最低限に調整され、マミはウィンクして謝罪する。謝る気が全く感じられないけど。

「ほ、ほむらちゃん、いくらなんでもあんまりだよ!」

「ブラックほむほむって言ってるのに…大丈夫よねえ?」

「その通りよまどまど! 身動きできない程度に優しく包んでいるから怪我の可能性は極めて低いわ!…多分?」

「そ、そうなの?」

「ま、まどか、騙されないで! あんたからも何とか言ってよ!?」

 美樹さやかは必死に懇願しているけど…でも、元はこれはまどかの意思で実行された事。そうなると、答えは一つだ。

「うーんと…それじゃあさやかちゃん、魔法少女にならず、好きな男の子に告白できる勇気はある?」

「な、何よそれ!?…いやまあ、それがあったら苦労はしないっていうか」

「さやかちゃん、ごめん!」

「まどかぁぁぁ!?」

 変なところで嘘がつけないさやかは素直に答えてしまい、まどかの意思はさらに固まった。ざまぁ無いわね。

 そう、今のまどかは自分の目的を遂行する鋼の信念を持っている。元々頑固な子だとは知っていたけど、この周回だとそれがさらに顕著な気がするわね…。

「こ、来ないでくれよ! 君たちは何なんだ? ぼ、僕をどうするつもりなんだ!?」

「ふぅ…さすが幼馴染、変なところでそっくりねぇ。ちょっとうるさいから麻酔を使うわよ」

「ふごっ!?…う、うーん…」パタリ

「きょ、恭介ぇぇぇ!? あんた、恭介になんて事を!」

「麻酔って言ってるじゃない…まあクロロホルムとも言うけど」

「麻酔じゃないじゃん!? うおー、離せー!」

 必死にじたばたする美樹さやかの拘束はもちろん解けない。暴れたら食い込む仕様だった私の時と違い、本当に緩く捕らえるだけのようね。

「ふぅ、暁美さんへの夜這い向けに考案した魔法がこんな形で役に立つなんて…円環の理って皮肉なものね」

「…もしもあなたの魔法が必要無かったら、今頃ソウルジェムを叩き割っていたところよ」

「やーね、冗談よ冗談!…そりゃ合意の上でっていうのが一番だけど…」

 どうしよう、私はもしかして自分から貞操を捨てに行っているのかしら…マミにも見張りを付けるようにしよう、決めたわ。

「まあとりあえず触診よね。こっちの腕だったかしら」

「あんたわざとでしょ!? 何で包帯巻いてない方の腕から持つの!?」

「ん~、間違えたかしらぁ~?」

「降ろせぇぇぇ! うおぉーーー!」

 暴れる美樹さやかを適度にからかってから、包帯を巻いた左腕を触る。まどかの視線から「真面目にやってよぉ…」的なものを感じたので、それっぽく触診(見よう見まね)をしてみた。

 思えば、男の子の体を触るなんて初めてじゃないかしら…そう思うととてもドキドキ…しないわね。もうまどか無しじゃ生きられない体になってしまったのかしら。

 当然の事はさておき、腕をほんの少しだけ指で強めに押してみる。ぴくっ、とわずかに動いたような気がするわね。

 それからも反応を見るように、美樹さやかが暴れない程度に丁重に触診を続けた。

「!…こ、これは!?」

「!? な、何!? もしかして、全く期待できないけど…治せそうとか!?」

「なるほどわからん」

「離せよもぉぉぉぉぉぉ!」

 率直な意見を述べると美樹さやかは再び悶絶しながら荒れ狂う。

 そりゃあ理系の成績にはそこそこの自信はあるけど…現代医学で治せないような難病を、白衣を着ただけの女子中学生が分かるというのもありえないでしょう常識的に考えて。

「あぁぁぁ、わずか一瞬でも期待したあたしが馬鹿だった! ナースコール探さずに通報すれば良かったよぉ…恭介、ごめんね…」

「暴れたり悲しんだり忙しい子ね…」

「むしろさやかちゃんのリアクションがこの部屋の中だったら一番まともだと思うよ…というか本当にどうにもならないの?」

「ふっ、私を誰だと思っているの? 泣く子も逃げ出すほむほむプロデューサーとは私の事よ」

「名前変わってるよ!?」

 心底不安そうなまどかはさておき、何もわからないと言うのも全部が本当というわけではない。

 一応指で押さえた時に、私が苦手とする治癒魔法(と言っても自己再生以外にはろくに使えない)を使ってリアクションを見てみた。

 多分なら、腕の中の神経の問題では無いのかと思う。魔力を送り込んで一瞬だけ回復させてみたら、ぴくりとでも動いたのがその証拠じゃないかしら…。

 まあ私の魔法じゃ正直厳しいのには変わりない。

「マミマミ、あなたの出番よ。汚名返上のチャンスをあげるわ」

「ふふっ、お姉さんのテクニック見せてあげるわ!…それとほむほむ先生、私に汚名なんてありませんことよ!」

(汚名と乳脂肪の塊だけどね)

 これでもし治せるものなら、マミをちょっとは、いや…次周以降の事も考えればかなり見直すけど。

 そんな残念な乳脂肪女ことマミは意外な事に、ほんっとう意外な事に、上条恭介の腕に触れた瞬間、笑顔を消した。

「…これは、やっぱり神経が断たれているのかしら…補修して繋げばいけるかも」

 やっぱり、と私は自分のわりとあてずっぽうな見解に内心でガッツポーズ。

 ここまで来れば分かると思うけど、ようは上条恭介の腕をマミの癒しの魔法で回復させてしまおう、という魂胆だ。今までの周回でなんで忘れていたのか疑問に思うくらいに順当な考えだったのだけど…魔法少女とはいえ私たちも人間だ。ついつい医学をアテにしてしまうのは人間だった頃の名残と言えるわね。

 そしてマミの魔法は『繋ぐ事』だ。そこには命も多分に含まれている。

 だから、この人は他人を治療する魔法が得意で、私よりもそっち方面に関しての魔力の燃費も効果も勝負にならない。

 逆に言えば、マミの魔法でも無理なら白豚に魂を売るしかない。実験も兼ねているからこそ、私は美樹さやかを救うまどかに協力したのだ。

「…随分酷く途切れてる…これは時間がかかるわね」

「時間の事なら気にしないで。簡単な結界も張っておいたから人払いには問題無いわ」

 ありがとう、とそれ以上余計な事は言わず、マミは包帯の巻かれた腕に掌から発せられる柔らかな光を当て続けている。

 なんだかんだ言っても、この人にはかつての志…人を救う事への使命感は残っている。治療をしているその横顔は、確かに私が憧れた…巴さんのままだった。

「…も、もしかして…マミさん、治せるんですか!?」

「静かにしなさい」

「あいたっ!…わ、分かったよ…」

 それまで暴れてみた美樹さやかも、急に真面目に治療を始めたマミに希望を持ちだしたようだ。大声を上げて驚く彼女の頭を軽く叩く。

 さやかの言葉に「過度な期待はしないでね」とだけ返事をしても、マミは腕から視線と手を離さない。極限まで集中しているのだろう。

「ほむらちゃん、大丈夫…だよね?」

「…マミを信じましょう。それよりも私たちはゲームでもしましょうか」

「ふ、不謹慎じゃない?」

「今のマミにはよほどの大音量でプレイしない限りまず聞こえてないわ」

「うん…でも、私はちゃんと見ておきたいから」

「…あなたらしいわね。付き合うわ」

「ありがとう、ほむらちゃん」

「…もう暴れないから降ろしてくれると嬉しいんだけど…」

 結局私たちは誰もが落ち着かないのか、珍しく真剣な空気の中、マミの治療の行方を見守る事にした。

 ちなみに美樹さやかは拘束したままだったのは言うまでもない。

 

「………あれ? 今のって降ろしてくれる流れじゃ…」

 §

 

「…こ、れで…小指も修復…できた!」

 マミの激闘は驚きの事におよそ二時間も続き、これでようやく…患部と思える腕から五指の全てまでを回復し終えた。

「…さすがね。ソウルジェム、出しなさい」

 ありがとう、と疲れ果てて床に座り込むマミが差し出したソウルジェムに対し、三つ目のグリーフシードを当てる。回復魔法でも魔力を消耗するのは当然で、今回の相手は現代医学では修復不可能な怪我だ。時間も魔力もかかるのは仕方がない事だった。治療中は随時私が穢れを浄化していたのだ。

(上条恭介の腕はマミの魔法でグリーフシード三個分…高いと見るか安いと見るべきか悩むところね)

 今回はグリーフシードのストックもあったし、捨てゲー周回だから実験としてはまあまあの費用対効果かしら、なんて考える私はやっぱりまどかの言う『優しい人』にはなり切れていない。

 それでいい、それでいいんだわ…次の周回からは、また感情を殺さないといけないのだから。

「…そ、それじゃあ本当に恭介は!?」

 実は今も縛られている美樹さやかは期待のこもった目を今も座り込んでいるマミに向けている。

 ようやくマミは美樹さやかに向き合い、笑顔を向けたと思ったら慌てて魔法を解除した。

「ええ、完治したかどうかはまだ分からないけど、少なくとも神経はもう普通に…って美樹さんごめんなさい! 拘束、すぐに解除するわね!」

「おわっ!…きょ、恭介!」

「う、うーん…へ、変質者が部屋に…さやか、君だけでも逃げ…あ、あれ?」

「恭介! う、腕はどう?」

「腕? いきなりそんな事言われたって…!?」

 上条恭介は先ほどまで動かなかった腕に違和感を覚え、にぎにぎと…は出来ていなかったけど、今まで動かず固定していたせいでぎこちないとはいえ、指が動いた。

「う、動くよさやか!? な、何があったんだい!?」

「…う、ううぅぅぅ! 恭介、きょうすけぇーーー!」

 うわっ!と美樹さやかに泣きながら抱き付かれた上条恭介は驚きの声を上げながらも、彼女を突き放す事はしない。

 うんうん、よきかなよきかな…って別に私は嬉しくもなんともないけど。

「…ほむらちゃん、ちょっとだけ涙目かも」

「…冗談はやめなさい…あなたこそ、もらい泣きしちゃって」

「暁美さん、おんぶー…ソウルジェムは大丈夫だけどちょっと疲れちゃった…」

(本当に今のこの人は最後が締まらないわね…)

 まどかにからかわれていい雰囲気…なると思ったら、立ちっぱなしで治療していて疲れていたのか、マミはよろよろと私に抱き付いてきて、そんな事を言ってきた。面倒くさい人ね、もう。

 そんな私たちは回復を喜ぶ三人の視界には入っていないようだ。

 §

 

「よかった、本当に…よかったよぉぉぉ! うえぇぇぇん!」

「さ、さやか落ち着いて…もしかして、本当に奇跡が起こったのかな…」

「奇跡なんて本当は無いよ!…でも、魔法は…希望は本当にあったんだ! みんな、みんなが恭介を…」

「みんな?…あ、あの人たちがまさかってあれ?」

「ぐずっ…どうじたの、きょうずげ」

「さやか、顔を拭いて…何だかもう居ないみたいなんだけど」

「うぇ!?」

 恭介から慌ててさやかは離れ、後ろを確認すると…誰も居ない。

(…まさか、転校生があたしを助けに来てくれるわけないし…今のマミさんは転校生にべったりだし…まどかもあんなことする子じゃない。白昼夢?)

 そう、今までの光景は何もかもおかしい。

 まるで悪ふざけでもする為だけとしか思えない言動でほむらが入ってきて、マミもそれに乗っていて…まどかまで、まさか。

(そうだよ、これは本当に奇跡…それか、あたしが知らない間に契約したとか)

 と言っても自分の体に変化は見られない。マミのようにソウルジェムなんて見当たらない。

(変な夢、見ちゃったなあ…って!?)

 しかし視線を下げると…床には白衣とナースキャップが脱ぎ散らかされていて。

「…ぷっ、あはは!」

「さ、さやか?」

 思わず、笑いが漏れた。

 そうか、そういう事だったか!

 さやかは全てに得心したように頷き、自分を呼ぶ幼馴染に振り返った。

 恭介は思わず胸を高鳴らせた。間もなく完全に沈む夕日が、いつの間にか美しく育った幼馴染を照らし…先ほどの言葉もあって、意識した事も無い感情が芽生えてくる。

「恭介、名医ブラックほむほむって覚えてる?」

「ほ、ほむ?…ああ、あれ、やっぱり夢じゃなかったんだ…」

「うん…でも腕も治ったから、学校に復帰すればまた会えるよ、多分」

「?…うん、それだといいな。多分、あの人に治してもらったんだろうね」

「信じるんだ?」

「さやかを見てたらね…何だか、奇跡も魔法もあるような気がしてきたんだ」

「あはは…本当は、そんなに都合よくは無いんだけどね」

 舌を出してさやかは笑う。

(…まただ…)

 自分の事で気負っていない幼馴染の少女は、こんなにも可愛らしく笑うのか?

 わずか一度、意識させるような言葉を聞いただけで?

 ただ、こうも思う…。

(女の子の事は正直分からないけど…さやかって、もしかして)

「あのね、恭介…あたし、実は」

「さやか」

 恭介はさやかが言い終える前に声をかける。

 勘違いならそれでいい。自分が恥をかくだけ…でも、あれだけ自分の事を想ってくれていた女の子にあんな事を言い続けていたんだから、それくらいは甘んじて受けるべきだ。

「さやか、さっきの事―」

 §

 

「…私たち、途中から空気だったね」

「まあそのおかげで気付かずに出られたけどね」

 あの後、私たちは白衣と帽子を脱ぎ捨ててソロソロと病室を後にした。

(…上手くやりなさいよ、美樹さやか…)

 多少は意地悪い事も言ったけど、まあこれも次の周回以降に活かせるかもしれないし、いいわよね。

「ほむらちゃん、本当にありがとう。ほむらちゃんが後押しまでしてくれたおかげで、多分何とかなっている気がするよ」

「…私はあなたに頼まれてマミを連れてきただけ。それ以外の事は適当よ」

「うぇひひ、照れてるほむらちゃんはちょっと可愛いかも」

(褒められているはずなのに嬉しくないのはなんでかしら…)

 まどかの特徴のある笑い方と褒め言葉で私の心はウキウキワクワク…とはならなかった。

 何と言うか…美国織莉子を助けた直後のような気分。

 言い訳に言い訳を重ねて心の平静を保っているような状態だ。

「…そしていつまでこのままのつもりかしら」

 私は背中に当てられ続ける二つの柔らかな脂肪の感触を忌々しく思いながら、声を投げかけた。

というか、今まで何故会話に入ってこないの。

本当に、割って入ってきて欲しい時には空気なのよねこの人…。

「えへへぇ…暁美さんの背中温かい…」

(首筋に吐息が…ぞわぞわするわ…)

 私の後頭部の辺りに顔を埋め、マミはおんぶされたままぎゅっと抱き付いてくる。

…まあ一応はこの人のおかげだから、これくらいはと背負っているわけなんだけど。

 病院を出て公道に出てもまだ降りようとしないのはどうなのよ。他人の視線がきついわね…年齢差があるならともかく、どう見ても年上のマミが背負われているのは訳ありに見えているのかしら。

「マミさんも本当にありがとうございました。さやかちゃん、これできっと恋にも悠木が…じゃなくて勇気が出ると思います」

「うふふ、私も恋する乙女だから美樹さんの気持ちは分かるわ…ねえ、暁美さん?」

「降りろ」

「痛いっ!?」

 調子に乗って私の背中に指先でのの字を書いた時、我慢の限界が訪れた。いくら魔力で補正していても重いものは重いのよ…主に脂肪的な意味で。胸の二つの脂肪が無ければもうちょっと背負ってても良かったけど。

「ひ、酷いわ暁美さん…今日の功労者をこんな扱いなんて…ぐすっ」

「…それに関しては本当に感謝しているわ…あなたが居ないと、正直どうにもならなかったでしょうし」

「もうっ、初めからそう言えばいいのに照れ屋な暁美さん♪」

「…うざい…」

「あ、あはは…マミさんはいつも楽しそうだね…」

 本当にコロコロと機嫌を変えるマミに心底面倒な私と、苦笑いをするまどかの三人で帰り道を歩く。間もなく夕日も消えて夜に差し掛かる道に、三人の影が伸びている。

(…みんなで笑いながら帰る、か…まどかも居るおかげで悪くないものね)

 捨てゲーした当初は適当に過ごすつもりで、今こうしてマミが生きているのは偶然とも言えるんだけど…その偶然で美樹さやかも救われたのだから、適当な行動も面白いものね。

 それと、この人だけじゃなくて余計なものまで助けてしまったのは、何とも判断できにくい事ではあったけど。

 けど、なんだろう…。

『終わったみたいだね? そろそろいいかい?』

 そんな事を考えていたら、私の頭の中に思念が届く。色々あって連絡し忘れていたけど…白豚対策もそろそろ切り上げてもいいわよね。

『オッケーよ。始末するなり○すなり好きにしていいわ』

『どっちも同じだけどね。そぉい!』

 きゅっぷい!とテレパシーにまであいつの断末魔が聞こえてきた気がするけど…まあ気のせいという事で。

 程なくして私たちに合流したのは呉キリカだった。

「やあやあ、みんなお疲れ。その様子だと上手くいったみたいだね?」

「呉さん? どうしてここに?」

「私がちょっとお願いごとを…そうじゃないと、私たちが着く前に美樹さやかの願いを感じ取った白豚がね…」

「あ、ああ…ほむらちゃん、抜け目ないね…」

 まどかは私の言わんとする事を察してくれたらしい。うん、本当なら魔法少女にはそこまで関わって欲しく無かったけど…真実を知って理解もしてくれるなら、こうして伝達が早いのは楽だ。

 呉キリカは当初「ええー、織莉子の監視をしてなくていいのかい? というか監視していたいしぃ」と文句を言っていたのだけど、今回キュゥべえを妨害できる魔法少女は杏子か呉キリカの二択。

 そうなると、より足止め向きの能力持ちに動いてもらう方がいい。そして、いざという時にきちんと美国織莉子に手を下せるのはどう考えても杏子でしょうし…。

…今更だけど、呉キリカを家に置く意味…あるのかしら?

「呉さんの魔法って何かしら?」

「遅延魔法だよ。特定の対象や周囲の動きを遅くする効果があってね…白豚の足止めなら潰すよりも拘束の方がいいって聞いたから、目標を白豚だけに絞って病院近辺でずっとのんびりしてもらっていたさ。あのペースだと病院に着くまで半日以上はかかるからね…」

「なかなか便利ね…体重の増加も遅らせられないかしら?」

「きみは胸に脂肪が集中しやすそうだから心配は要らないと思うけど」

 そう、呉キリカは美国織莉子に心酔している。そしてその織莉子は私の掌中にあり…というわけで詳しい事を聞きだし、私の手伝いをしてもらう事にした。最初は渋っていたけど、美国織莉子の後押しも活きて見事今回の作戦が成功したわけね。

「そうは言っても最近はお腹周りも…まあ細かい事はいいかしら。お家に帰ってゆまちゃんのご飯食べたいなぁ」

「そうそう、早く織莉子の待っている我が家に帰らないと…あんこちゃんが代わりに織莉子を見ていてくれているとはいえ、織莉子の監視は私の特権なのだから」

「いつからあなたたちの家になったのよ…」

 今ではすっかりたまり場と化している私の家。家主よりも居候の方が馴染んでいるってどうなのよ…もうこの周回では諦める方が良さそうだけど。

「うぇひひ、本当にみんな楽しそうで羨ましいなぁ…ねえほむらちゃん、今度私もお泊りしてもいい?」

「ダメよ鹿目さん、暁美さんの家はこの回数券が無いと泊まれない厳しい掟が」

「まどかならいつでもいいわよ。むしろずっと居て下さい結婚してください」

「こんなの絶対おかしいわ…」

「恩人は愛には逆らえない人だからね。よしよし」

 マミは回数券制度を取っているけど、まどかはもちろんそんな無粋な物は必要無い。というよりあの面子の中だとまどかは良心ポジションなのよね…収拾を付けてくれる存在は正直助かる。

「てぃひひ、ありがとほむらちゃん! みんなでお泊り楽しそうだなぁ…あ、私はここでお別れだね」

 まどかは分かれ道で立ち止まり、もう一度私たち三人を見渡した後、深々を頭を下げた。

「ほむらちゃん、マミさん…それに呉さんも、今日は本当にさやかちゃんをありがとうございました。私が言い出した事に付き合ってくれて…本当に感謝しています」

 本当に良い子ね、と思う。

 さやかに変わって礼を言うだけじゃなくて、自分がお願いした事だときちんと伝えてくれる。

 こんなあなただから、私は逆らえないのよね…でもその私の本能的な恭順を間違っているとも思えなかった。

「まどか、私は自分のしたい事しかしないから気にしないで」

 結局、私はこの周回でもわがままを通しているだけなのよね。

 今までのまどかを救うという私の想いと。

 現在の、気分を変える為の捨てゲー周回も。

「私も暁美さんの為に…というのももちろんあるけど、魔法少女はこれ以上増えて欲しくないしね。特に女の子の恋心を燃料にする鬼畜、お姉さんは容赦しないわ!」

 マミにしては珍しく本当にお姉さんらしい事を言ったわね…むしろ、お姉さんというアイデンティティが崩壊しつつある自覚でもあるのかしら?

「んー、正直めんどいけど、織莉子が『暁美さんを助けてあげて』って言うからね。それに恩人へのお礼はまだ返しきっていないから、まどっちは気にしなくていいよ」

 めんどいって思ってたのは隠して欲しかったけど、変に義理堅いし美国織莉子に服従している呉キリカも、今では白豚妨害の良い手札ね…それと、まどっちって呼んでいいのは私だけよ。

「みんな…本当にありがとう! またね!」

 そしてまどかはそれぞれが自分の為と言っているのに、とても嬉しそうにもう一度お礼を言って帰途へとつく。

 その後ろ姿に私は「いつ泊まりに来てくれるんだろう?」と寝間着姿のまどかを想像して勝手ににやにやしていた。

 

 そう。

 そしてそれが予想よりも早く訪れる事になるとは思わなかった。

「今日はお鍋だよ!」

「わーい、待ってました!…こうしてみんなでお鍋を食べるなんて初めて…もう夕食も怖くない!」

「やめなさい、せっかくの鍋がチーズ臭くなりそうだわ…」

 随分と食い扶持が増えてしまった夕食は、ゆまちゃんの提案でちょっと大きめの土鍋を使った鍋となった。ゆまちゃん曰く「余り物の材料でもどんどん入れられるし、明日は雑炊にすれば美味しいよ」との事。この幼女、出来る…!

 杏子、悪いけど次の周回からはこの子はもらっていくわよ。

「おい、ほむら…最近あんたのゆまを見る目がときたま不安なんだけど、信じていいんだよな…?」

「ようじょはひとしくあいされるものだからしかたないですよははは」

「こっち見て喋れ!」

 むう、相変わらず変に察しがいいこの子は私にあらぬ嫌疑を抱いているみたいね…とはいえ、ゆまちゃんが杏子にべったりなのは分かっているから、無理に引きはがすつもりはないわ。幼女を悲しませるのはロ○コンの名折れだもの。

「くずきり、くずきりは入っているかい!?」

「み、みんなでこうして囲むお料理なんて初めてです!」

 謎の執着を見せる呉キリカと目を輝かせながら未知の体験に興奮している美国織莉子も、ゆまちゃんご提案のお鍋を楽しみにしている。

…まさか、こいつらともご飯を一緒にするとはね…。

 改めて考えると凄い光景ねこれ。ここにいる全員が魔法少女とその素質を持っている人間なのだから、白豚からすると入れ食い状態ね。

「味が染みるまでちょっとまってねー」

「ええー…ちょっとくらいフライングしてもよくない?」

「行儀が悪いよマミさん…」

 本当にリラックスした空気ね…仮に、本当に仮の話だけど、ここに居る全員が生き残って、ワルプルギスの夜を越えたら…どうなるだろう?

 このままの生活が続いて、ずっと騒がしくて…まどかも契約しなければ?

(…捨てた周回で何を期待しているのよ私は…らしくないわね)

 取らぬワルプルの皮算用とはこの事だ。この周回では私はろくな準備もしてないし、まどかの監視でさえ…。

(…というかまどかを無理やり付き合わせているから、監視も出来ているんじゃ…)

 まどかとイチャイチャしたいという動機の元、好き勝手していたらキュゥべえとの接触もほぼ最低限…しかも魔法少女の真実も早々に暴露してみんな信じているし…。

(…なによ今更。こんな好き勝手に訳の分からない事をしでかす女が『一緒にワルプル倒そうぜ!』なんて虫がいい話に決まってる…)

 そう、魔女との戦いを放棄した人間なんて誰も

「? こんな時間に誰か来たよ?」

「…ゆまちゃんは鍋を見てて。私が応対してくるから」

「りょーかいだよ」

 そこで都合よく私の思考を遮るチャイムの音が鳴る。もちろんインターホンなんて便利な物は無いので、相手がセールスマンなどでも一度応対して追い返さないといけない。今はそれが気晴らしにはちょうどいいけど。

「…まどか?」

 申し訳程度の覗き穴からドアの向こうを見ると、まどかの顔が…こんな時間にどうしたのかしら?

 ま、まさかお泊り? まどかったらみんなも居るのに大胆…。

 何て期待を抱きつつ私は無防備にドアを開けた。

「ほむらぁぁぁぁぁ!」

「きゃあ!?」

 開けた瞬間ドアの隙間から侵入してきたのは、美樹さやかだった。

…えっ。

「な、何よあなた!?」

「ほむらぁぁぁ! うわぁぁぁん!」

 私の問いに応えず美樹さやかは突進してくるかのように私に抱き付いてきて、思わずよろけてしまった。

 その光景をまどかは苦笑交じりに見ている。

(どういう事なの…)

 私は目の前の光景が理解できなかった。なにこれ新手の魔女結界…?

「ごめん、ごめんよほむらぁぁぁ!」

「…は?」

 美樹さやかは抱き付いたままわんわんと泣き、私に謝罪してくる。

 今更だけど「なんで私の呼び名が変わっているのかしら…」と本当に今更な疑問を頭の中で思い浮かべた。

「ご、ごめんねほむらちゃん…さやかちゃんが私に今日の事を聞いてきたから教えたの。そうしたら「ほむらに今すぐ謝ってお礼も言いたいの! お願いだから今すぐ案内して!」って聞かなくて…」

「ああ、そういう事…って離れなさい美樹さやか!」

「ごめん、本当にごめんなさいぃ…あたし、あんたの事誤解してた! いけ好かない変態魔法少女とか思っててすみませんでした!」

「あなたの中の私のイメージが良く分かったから離れなさい」

 そんな風に思ってたの…まあまどかを好きなのはライクじゃなくてラブなのは認めるけど、それはとてもプラトニックなもので問題は無いわ。

 というか私のお願いに「やだ!」と取り合わない美樹さやかはどうすればいいのよ…。

「ま、まどか助けて…」

「ごめんねほむらちゃん…さやかちゃんって頑固だから、こうなると泣き止むまで難しいかも」

「そんなぁ…」

 あのまどかに頑固と言わせるとか、それは並大抵じゃなさそうだけど…もう杏子あたりを呼んで気絶させようかしら?

「ほむらは…あたしたちの事本当に心配してくれてて、あたしを魔法少女にしない為に、あそこまでしてくれたんだよね…?」

「お、思い上がらないで…私は心配してないけど、まどかがどうしてもって言うから、ちょっと茶化すついでにマミを連れて行っただけよ」

「でも恭介を治す為に必死に悩んでたってまどかが!」

「…まどか?」

「…ティヒッ。嘘はついてないよねほむらちゃん?」

 まあそりゃまどかにあそこまで言われたら自分に出来る事はしないといけないわけでして…というか、まどかが楽しそうに見えるのは気のせいかしら。

 もしかして、今まで好き勝手されたお礼参り? まどか怖い。

「ごめんなさい、そしてありがとうほむら! あたし、絶対魔法少女にはならない! これからはほむらの言う事も信じる! 殴られても怒らないから!」

(…つまり殴ってでもどかせと?)

 それは望むところだけど…くっ、まどかの目の前で泣きながら謝っている女の子を殴るのは若干抵抗があるわね…。

(そもそも、こうならない為にふざけてたのに…)

 そう、私病院でしていた言動はほとんど道化であった自覚はきちんと持っている。素じゃないの?と思った人は夜道に気を付けなさい。

 言うまでもないかもしれないけど、私と美樹さやかは徹底的に相性が悪い。

 基本的にどの周回でも仲違いを起こしていて、今の周回でも転校初日につい拒絶反応に任せて殴ったわけでして…。

 だから素直に心配して助けて…というのは、どうしてもこの子相手だと抵抗があったし、何より感謝されるとむず痒くなるのは目に見えていた。

 だから、あんなわけの分からない事をしたわけだ。本当に心配していたまどかと治療をするマミには感謝するのは当然として、茶化して遊んでいただけの私には「べ、別に感謝なんてしてないんだからね!」くらいのリアクションを期待していたのに…まさにどうしてこうなった。

「ごめんなさい、ごめんなさい…あたし、酷い事たくさん言った…」

「…えっとね、ほむらちゃん?」

 予想しない事態にどうしようか悩んでいた私に、まどかが囁く。

「こうなるとさやかちゃん時間かかりそうだし、もう暗いから…早速だけどお泊りしてもいい? 実はパパとママにも「お泊りするかも」って伝えてるんだ」

「!…も、もちろんよ。今は人が多くて狭い家だけど、まどかは私のベッドで…」

「あだじも!」

 と、それまで泣き続けていて話にならなかった美樹さやかが何故かそれに乗っかる。いや、そこは適当に泣き続けていなさいよ…。

「あなたは帰ったほうが…」

「やだ! ほむらにきちんと時間をかけて今までの事謝りたい!」

「もう十分気持ちは伝わったから! だから離れなさい!」

「ほむらが! 泊めてくれるまで! 抱き付くのを止めないっ!」

 な、なんなの今日の美樹さやかは…!

 まるで私が泣き付かれてきたら断れない女とでも思っているのかしら? だとしたら物凄いはた迷惑じゃないの…。

「ほら、ほむらちゃん…ほむらちゃんって困っている人を家に入れてあげるの好きみたいだし、許してあげて?」

(まどかがすっごい勘違いしてるー!?)

 笑顔でまどかが私に詰め寄ってきた時点で、その勘違いはどんな言い訳も聞き入れませんというのがありありと伝わってきて…私は心の中で絶叫した。

(なんで、なんでこうなるのよぉぉぉ!? 私の捨てゲーを返してよぉぉぉ!)

 捨てたはずのゲームを求めるという矛盾が、私の心の中だけで響き渡っていた。

 

 

 

続く…?


 
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