No.54687

悲哀のイクティバレス

スーサンさん

――宇宙世紀474年
人類の英知はついに宇宙に出た。
だが、それは同時に宇宙の覇権をめぐった醜い争いとなった。

2009-01-28 13:02:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:579   閲覧ユーザー数:556

 

――宇宙世紀474年

 

 

 人類の英知はついに宇宙に居住区を構えるほどに進んでいた。

 

 

 だが、それは同時に宇宙の支配権を奪い合う醜い争いの始まりでもあった。

 

 

 これが世に言う『宇宙大戦』である。

 

 

 戦争は400年と続き、人類の数は宇宙に出たときの半分以下へと減少していた。

 

 

 滅びの意図を感じ始めた人類は宇宙の支配権を五部に別け、それぞれの文化に干渉

 

しあわないことを約束することで戦争を終結させた。

 

 

 人々はこれを『学ばない終結』と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――宇宙世紀480年 宇宙時間20時34分

 

 

 銀色の廊下の広がる倉庫の中で、二人の研究員らしき男は手に持った書類を眺めながら、

 

静かに呟いた。

 

 

「このイクティバレスも、もぅそろそろ、廃棄処分行きか?」

 

 

「ああ……上の連中はイクティバレスに戦闘機能が望めないことを杞憂してるらしい」

 

 

「たく、戦争バカの政治家共め……そもそも、イクティバレスは人命救出用に作られたのに

 

全然わかってない!」

 

 

「そぅいうな……上の連中は未だに宇宙の覇権を諦めてないらしいからな?」

 

 

「だが、それじゃあ、エリス博士の意思が無駄になる!」

 

 

「仕方ない、俺達は国に飼われている犬なんだからな?」

 

 

「クッ……せめて、一回だけでも、こいつに人を救う仕事をさせてやりたかった!」

 

 

 目の前に立つ五メートル近くある巨大ロボットに研究員の男は悔しそうに拳を握り締めた。

 

 

 人命救出用自律思考型二足歩行ロボット――コードネーム・イクティバレス。

 

 

 かの天才プログラマーエリス・バーンが開発した人命救出機。

 

 

 単体で、百ミリ近くある厚い鉄板をぶち抜く馬力と思考回路は被災者の人命救助に大きな

 

貢献を果たすと言われた。

 

 

 しかし、その崇高な機能も戦争を願う政治家からは無駄な金喰い虫なのである。

 

 

「おい、お前達!」

 

 

「あ、主任?」

 

 

 後ろを振り向き、男はビシッと背筋を伸ばした。

 

 

「どうしたんですか、すごい顔をして?」

 

 

「イクティバレスの出動命令が出た!」

 

 

「え……」

 

 

 研究員の男たちはお互いに顔を合わせて、主任の顔を見つめた。

 

 

「どういう意味ですか?」

 

 

「言ったままの意味だ。開拓計画のある第二十四居住区に向かったマックス首相が下見に

 

行ったまま行方不明なんだそうだ?」

 

 

「はぁ~~ん……ようするに、その首相を救出しろと?」

 

 

 一瞬で熱が冷めたような顔をする部下の顔に主任も申し訳ない顔で頷いた。

 

 

「そういう事だ」

 

 

「勝手すぎます! 自分達がピンチになった時だけ、イクティバレスを使えだなんて!」

 

 

「そういうな?」

 

 

 ポンッと肩に手を置き、主任は微笑んだ。

 

 

「このチャンスにイクティバレスの必要性を確証しよう?」

 

 

「クッ……」

 

 

「そういう事だ……イクティバレスの発進準備に入れ!」

 

 

「わかりました……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『イクティバレス出します!』

 

 

『イクティバレス、無理だと思ったら、自分の命を最優先に考えろよ!』

 

 

「……」

 

 

 イクティバレスはコクリと頷き、カタパルトに足を乗せ、腰をかがめた。

 

 

 グッと強烈なGがかかり、イクティバレスは宇宙に放り出された。

 

 

「イクティバレス出ます! 目標、第二十四居住区!」

 

 

 イクティバレスの足の裏からバーニアーと噴出させれ、宇宙を飛びかけていった。

 

 

「……」

 

 

 宇宙を駆けながら、イクティバレスに思考に妙なバグがかかった。

 

 

 なぜ、自分は生まれてきたのかを……

 

 

 人を救うために生まれてきたのに、なぜ、それを否定する……

 

 

 また、それを否定した奴を救うために、なぜ、自分は宇宙をかける。

 

 

 イクティバレスの頭の中にいくつもの怒りと混乱が交錯し、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二時間も経ち、居住区として開発されたコロニーの中に入ると、イクティバレスは首を

 

左右に振り、人の姿を探した。

 

 

『誰もいない……?』

 

 

 それは明らかにおかしかった。

 

 

 ここはまだ、人が住むために開発された土地ではないが、それでも作業員が億隊員で

 

いるはずだった。

 

 

 だが、この居住区には人の気配どころか、機械の作動する音すら聞こえてこなかった。

 

 

 それになんだ、この妙な気圧は……

 

 

 ほとんど真空状態と変わらない……

 

 

 こんな所に人が住めるわけがない。

 

 

 まるで、私を誘い出すために用意されたステージのようだ。

 

 

 ガシンガシンッと巨大なコロニーの中を歩いて行くとイクティバレスは開けた居住空間に

 

出た。

 

 

 そして、驚いた。

 

 

「ここは居住区なんて呼べるものじゃない」

 

 

 目の前に広がる廃墟と化した居住空間にイクティバレスは声を荒げ叫んだ。

 

 

「誰かいないのか!?」

 

 

 人間の姿を探しながら、イクティバレスは機械の背中を震え上がらせた。

 

 

「いったい、ここでなにがあったんだ?」

 

 

 パッ……

 

 

「ッ……!?」

 

 

 その瞬間、真っ暗だった居住区の中が明かりに包まれた。

 

 

「これは……」

 

 

 突如、明るくなった居住区の光に目の機能を一瞬、やられたのか、イクティバレスは

 

数秒立ち止まり、叫んだ。

 

 

「誰だ……こんな事をする奴は!?」

 

 

『ロボットの癖に偉く大層な口の利き方をするな?』

 

 

「その声は!?」

 

 

 上空から聞こえるスピーカーの音声にイクティバレスは拳を構え叫んだ。

 

 

「マックス首相……生きていたのか!?」

 

 

『ロボットの癖に言葉を選びたまえ! これから全宇宙の支配者になる男の前で』

 

 

「どういう意味だ……」

 

 

 姿の見えないマックス首相にイクティバレスは残骸となった建物の壁に背中を押し付け、

 

辺りをうかがった。

 

 

『簡単だよ! 今を持って全世界の指導権を握る第二次宇宙大戦を始めようと考えている』

 

 

「そんな事すれば、人類は本当に滅ぶぞ!」

 

 

『生憎、ロボットの君と違って、我々人類は勝手に子供を作って育ててくれる親と呼ぶ部品が

 

たくさんいるからね……大丈夫だよ』

 

 

「貴様……それが一国を預かる首相の言葉か!」

 

 

『なんとでも言えばいい……君をここへ呼んだのも、彼女の性能をテストするため被験者に

 

なってもらうためさ……』

 

 

「彼女……?」

 

 

「目の前にいるだろう?」

 

 

 マックス首相のほくそ笑んだ言葉に大地が急に揺れ始め、巨大な地割れを起こした。

 

 

「これは!?」

 

 

 地割れの中から現れたバケモノの姿にイクティバレスは恐怖をおぼえた。

 

 

「邪神……?」

 

 

 ロボットの残骸が寄り集まり、コブラのような頭上には眠っている女神の顔が飾られていた。

 

 

「ふしゃぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 

 女神の顔から想像もつかない蛇のような唸り声が響きイクティバレスは身を強張らせた。

 

 

 そうか……

 

 

 ここにいた人間は全員、あの怪物に喰われたのか。

 

 

 全身に感じる威圧感と怒りにイクティバレスは地面に足を踏みしめ、構えをとった。

 

 

『どうだい。驚いてくれたかい……これがわが国が開発した正義ロボット・エデンさ!』

 

 

「……エデンだと?」

 

 

『そうだ……楽園を作るロボットにふさわしい名前だろう?』

 

 

 エデンの女神の口が蛇のように巨大に開き、イクティバレスに襲い掛かった。

 

 

 その時、イクティバレスの記憶回路に妙なメモリーが流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イクティバレス……私の好きだった人がつけたがってたロボットの名前」

 

 

「好きだった……今はどうなさったのですか?」

 

 

「死んだわ……兵力不足で無理やり駆り出され戦死……」

 

 

「……泣いてるのですか?」

 

 

「あなたはロボットなのに、本当に人間らしく育ってくれて私は嬉しいわ!」

 

 

「エリス博士……それはどぅいう意味ですか?」

 

 

 イクティバレスはその言葉の意味がわからなかった。

 

 

 人間らしく育った……

 

 

 それは自分が人間に近づいたことなのか……

 

 

 それとも、ロボットとしての枠を超えられていない言葉なのか……

 

 

 その数日後にエリス博士は死去した。

 

 

 多大な戦争勃発運動を抑制するのに耐え切れずの自害したのだ。

 

 

 イクティバレスは初めて自分が悲しみを感じることを知った。

 

 

 そして、その悲しみをもぅ誰にも与えてはならないことを自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 過去の記憶が今まで抱えていた疑問を吹き飛ばし、イクティバレスは勇ましい咆哮をあげた。

 

 

「ウォォォォォォォォォォォォッ!」

 

 

 バンッ!

 

 

 エデンの口の中に自ら身体を突っ込み、イクティバレスの姿は消えていった。

 

 

『……』

 

 

 あまりに不思議な結末にマックス首相は言葉を失い黙り込んでしまった。

 

 

 しかし、すぐにその沈黙が嘲笑に変わり、あたりに響き渡った。

 

 

『勝てないと悟って、自害したか!? 君も愛国主義のないエリス君と一緒だったんだね?

 

 念のため、いいことを教えるよ! エリス君を殺したのは私だよ! 彼女は私に戦争の

 

愚かしさを訴えてきてね、邪魔になったから消したんだ! 親子揃ってバカな連中だ!』

 

 

 まるで悪魔のように信じられない言葉を吐き続け、首相はエデンに声をかけた。

 

 

『さぁ……これで実験は終わりだ。世界の派遣は今、私のもとに……ん!?」

 

 

 突如、苦しむように廃墟を駆け回るエデンに首相は信じられない声で叫んだ。

 

 

『ど、どうした……なにがあった!?』

 

 

 マックス首相の言葉と同時にエデンの腹部が凄まじく光り、大爆発を起こした。

 

 

『こ、これはいったい……!?』

 

 

「マックス首相、お前の発言は全て私のテープに録音させてもらった」

 

 

『なっ!?』

 

 

 弾け飛んだエデンの残骸を踏みつけるロボットの姿にマックス首相の声が震えた。

 

 

『い、生きていたのか!?』

 

 

「私の中には障害物破壊用の爆弾が常備されている! それを効果的に発揮するにはエデンの

 

中で爆破するのが一番とかんがえた!」

 

 

『ば、ばかな……一歩間違えばお前まで……』

 

 

「私は死なない……貴様を地獄に送るまでは!」

 

 

『ひ、ひぃぃぃぃぃ』

 

 

 情けない声を上げ、スピーカから遠ざかるマックス首相の声にイクティバレスは首を

 

横に振った。

 

 

「ここにいる限り、貴様に逃げ道はない! 国際警察が来るまで無駄な逃亡を続けるがいい……」

 

 

 ――宇宙世紀480年 宇宙時間04時04分

 

 

 マックス・レーネル首相、国際法違反により緊急逮捕。

 

 

 第二十四居住区に点在していた作業員は宇宙に放流され、現在も行方不明者が多数あり。

 

 

 半年後、マックス・レーネルは国家反逆罪により全宇宙公開処刑となった。

 

 

 この事件をキッカケに一部の過激派が戦争の必然性を訴え、のちに第二次宇宙大戦が

 

引き起こることをイクティバレスは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、三ヶ月が経った。

 

 

「イクティバレスはまだ眠ってるのか?」

 

 

「ああ、当分はフリーズ状態が続くだろうな?」

 

 

 首を横に振り、研究員の男は優しい目でイクティバレスの顔を見た。

 

 

「イクティバレス……戦争はまた始まりそうだ。だが安心しろ、お前が目覚めるときには

 

戦争は終わってる……絶対に!」

 

 

 その後、第二次宇宙大戦にイクティバレスの姿があったかどうかは定かでない……

 

 

 

 あとがき

 

 

 本格(?)SFアクション小説いかがでしたでしょう?

 

 これはずいぶん前に書き、お蔵入りした作品でしたが改めてみて、結構気に入りました。

 

 私としては過去一番の傑作と思ってますが皆さまにどぅ移りましたでしょうか?

 

 ここで反省したいのが、イクティバレスが喋ることでしたね?

 

 彼が無口でカタコトのしゃべり方なら、もっとロボットらしくなったのに……

 

 ここは反省する点ですね?

 

 

 
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