紅い月が浮かぶ夜空に、真紅の槍と白銀の槍が眼にも留まらぬ速さですれ違う。
激しくぶつかり合う槍からは甲高い金属音と共に火花を散り、空を彩る。
そして距離が離れるとお互いに弾丸を飛ばしあい、相手に息をつかせることなく攻撃を仕掛けていった。
「……なかなかに速いな」
将志は自分の動きにしっかり付いてくるレミリアを見てそう呟く。
その表情には余裕があり、レミリアの動きを冷静に見切っている。
「あら、その言葉を言うのはまだ早いわよ? それに、お互いにまだ本気ではないでしょ?」
それに対して、レミリアは薄く笑みすら浮かべて言葉を返す。
その真紅の瞳は不敵に笑っていて、こちらも余裕が感じられる。
「……確かに、その様子ではそうだろうな」
将志はそう言いながらレミリアに一気に接近して、攻撃を仕掛ける。それは常人であれば、二十メートルの距離を瞬間移動してきたようにも見える早さであった。
その速度の乗った一撃をレミリアは受け流すように躱し、通り抜けたところを素早く追撃する。
将志はその追撃を横に打ち払い、空いたところに妖力で編んだ槍を突き出す。
それに対し、レミリアは打ち払われた勢いに身を任せて体を反転させ、堅く鋭い爪でその槍と切り結んだ。
それを受けて将志は素早く後退する。すると将志が居たところを、真紅の槍が風を切って通り過ぎていった。
「……そらっ」
将志は槍を振り下ろした状態のレミリアに、手にした妖力の槍を投げつける。
槍は迅速かつ真っ直ぐにレミリアに向かって飛んでいく。
「当たるわけないわ、そんなもの」
レミリアは飛んでくる槍を、薔薇の棘のような真紅の弾丸で撃ち落とし、反撃に弾幕を張る。
将志はその弾丸の雨の中を縫うように避けながら、レミリアに近づいていく。
「そうら、そこだ!!」
そんな将志に、レミリアは錐揉み回転をしながら高速で飛び込んでいく。
纏った魔力が光を帯び、紅い弾丸の様に見えた。
「……っ」
将志はそれを見て、即座に銀色に光る球状の足場を作り出してそれを蹴る。
強靭な脚力による急加速で、将志はわずかの差でその攻撃を避け切った。
「あら、避けられちゃったわね」
「……この程度では俺は落とせんぞ? 一介の付喪神が八百万の神が存在するこの国で遠い昔から戦い抜き、戦神の名を勝ち取ったのは伊達ではないからな」
意外そうな表情を向けるレミリアに対して、将志は余裕の笑みを浮かべる。
それを見て、レミリアは面白く無さそうな表情を浮かべた。
「ふん、この程度で私を見くびってもらっては困るわ。言ったでしょう? 私はまだ本気じゃないのよ?」
「……ならば、本気を出すが良い。出し惜しみをして勝てるほど、俺は甘くはないぞ?」
将志がそういうと、その背後に黒く透き通った輝きを見せる球体が六つ出てきた。
その球体は二つで一組になると、互いに銀の蔦で絡み合う。
「……さて、俺も一つ札を切るとしよう。さあ、避け切って見せろ!」
将志がそう言って手にした銀の槍の切っ先をレミリアに向けると、三組の黒耀の玉は彼女をめがけて飛び出していく。
それに対して、レミリアは前に出て行くことでその攻撃を掻い潜る。
「はあっ!」
レミリアは手にした真紅の槍を将志に繰り出す。
「……甘い」
将志は風きり音と共に迫ってくるそれを白銀の槍で弾き、突き返す。
それに対して、レミリアも将志の突きを弾いて再び突き込む。その反撃を受けながら、将志はニヤリと笑みを浮かべた。
「……面白い。この俺に槍捌きで勝負と言うわけか」
将志はそう呟くと、槍を大きく振るう。体の小さなレミリアは、それを受けた衝撃で弾き飛ばされた。
「ちぃ!」
レミリアは弾かれてすぐに将志に再接近し、接近戦を仕掛けてくる。
それに対して、将志は槍を構えなおした。
「……西洋の槍捌き、とくと見せてもらおうか!」
将志がそういった瞬間、打ち合いが始まった。
二人の槍捌きによって描かれる紅白の線が絡み合い、中心でぶつかり合う。その度に激しく火花が散り、遠目からはまるで線香花火のように見えた。
その周りに二人の様子を伺うように、将志が先程放った三組の黒耀の連星が取り巻いている。
「……思った以上にやるな」
「あら、もう音を上げるのかしら?」
突如将志が発した声に、レミリアは打ち合いながら答える。
激しく打ち合っておきながら、その表情にはまだ余裕が見える。
「……まさか。調子を上げていく。どこまでついて来られるかな?」
「良いのかしら、そんなこと言って? 追い抜かされても泣かないでよ?」
将志の宣言に、レミリアは笑みをこぼしながら言葉を返す。
それを聞いて、将志は笑い返した。
「……ふっ、出来るものならば是非とも泣かせてもらいたいものだな」
将志はレミリアに対して、そう言って挑戦状を送りつけた。
その見下したかのような言葉に、レミリアの表情が苛立たしげなものに変わる。
「っ……それなら、お望みどおり泣かせてあげるわ!」
そう言うなりレミリアの攻撃が加速しだした。
空に走る真紅の線の数が格段に増え、濁流のように攻撃が将志に押し寄せる。
「……む」
将志はそれを流れるような槍捌きで躱していく。
確認のために時折出来た隙に反撃してみるとそれを正確に弾いてくるので、レミリアはただ熱くなっているだけではないことが分かる。
「……そう来なくてはな」
それを確認すると、将志も攻撃のペースを上げる。
レミリアの攻撃にあわせながら、上下左右に相手を揺さぶって体勢を崩しに掛かる。
「……そこだ」
将志は一瞬の隙を付いてレミリアの背後に回りこみ、攻撃を仕掛ける。
するとその直前にレミリアの姿が下に沈みこみ、将志の攻撃は空を切る。
「ふっ!」
「……おっと」
将志の視界から一瞬消えたレミリアは、その後方下から真紅の槍で突き上げてきた。
将志はそれを最小限の動きで躱し、相手の攻撃をやり過ごす。
そして、全く同じ攻撃をやり返した。
「やあああああああ!!」
「はあああああああ!!」
二人は互い違いに攻撃を様々な攻撃を繰り出していく。
その様子は互い違いになっている螺旋階段を駆け上っていくようであった。紅白の二重螺旋はやがて雲を貫き、空高く上っていく。
そして雲を遥か下方に見下ろす位置までやってくると、二人は弾かれたように距離をとった。
紅く輝く月を背景に、二人は互いに向かい合う。
「……はははっ、ここまでついて来られるとは正直予想外だ。まさか、一度も背後を取れんとは思わなかったぞ?」
将志は自分が想像していたよりも相手が強かったことに満足そうに笑う。
それを見て、レミリアは面白く無さそうな眼を将志に向けた。
「ちぇっ、予想を覆しても泣くどころか笑ってるじゃないの。しかもまだ余裕がありそうなのがまた気に食わないわ」
「……いや、結構本気で背後を取りに掛かっていたのだがね? 俺に全く背後を取られない奴など、そうは居ないはずなのだぞ?」
「当然よ。私を他の妖怪達と一緒にしないでくれるかしら?」
「……ああ、しないとも。百年ぶりに新しく楽しめそうな相手を見つけたのだ、そんな相手が普通なわけがない」
将志はとても楽しそうに笑いながらそう話す。
その様子に、レミリアの表情が少し引きつったものに変わる。
「……ひょっとして、貴方戦闘狂?」
「……戦いが嫌いな戦神など、居る訳がないだろう?」
レミリアの問いかけに、将志はとてもイイ笑顔で答えを返した。
その新しい玩具を与えられた子供のような笑みに、レミリアは頭を抱えてため息をつく。
「……もしかして、性質が悪いのに捕まった?」
「……褒め言葉と受け取らせてもらおう。さて、槍の腕前は大体見せてもらった」
将志がそういった瞬間、その背後から妖力で編まれた銀の槍が現れる。
そこには、景色を埋め尽くすほどの銀の槍が現れていた。
「……では、射の方はどうかな?」
「っ!!」
将志がそう言った瞬間、レミリアの真下から銀の蔦に巻かれた三つの連星が襲い掛かってきた。
レミリアはそれを躱し、将志に反撃をする。
その瞬間、将志の背後にあった槍が一斉に動き出した。
銀の槍が真っ直ぐに白銀の軌道を描きながら飛び、レミリアの動きを封じる。
その銀色の線が崩れることで生まれた弾丸の嵐が、動けないレミリアに更なる選択を迫る。
それを切り抜けたところで、銀の蔦で結ばれた黒耀の連星が勝利を刈り取る。
その光景はもはや弾丸の嵐ではなく、光の奔流と言えるようなものであった。
「……いかん、少々やりすぎたか?」
将志は自分が放った弾幕を見て、思わず頬をかく。
少々熱くなりすぎ、思っていたよりも激しい弾幕になってしまったのだ。将志は自らの失態に反省をしながら、事の顛末を見届ける。
「…………」
銀の壁の中を、黒耀の連星が縦横無尽に駆け巡る。
前に藍にこの技をこの密度で試してみたところ、彼女は弾丸に集中しすぎて銀の蔦に絡め取られていた。
妹紅に試したときは、黒耀の連星は避け切ったがその後の弾幕を避ける事が出来なくなって撃ち落とされた。
「……?」
そこまで考えた時、将志の手元に何かが飛んできて槍にぶつかり、甲高い金属音が聞こえてきた。
そして聞こえてくる翼の音。
「……っ!?」
将志は危険を感じ、その場から一気に離脱した。
すると将志が居た一帯に、風の鳴る音を響かせながら巨大な紅い十字架が現れた。
その十字架から放たれる魔力の奔流は、周囲に突風を起こしながら空を真っ赤に染め上げた。
「全く、フェアじゃないわね。こういう決闘の時はお互いの準備が整ってから始めるものでしょうに」
その十字架が消えると、中からレミリアが優雅な仕草で将志の前に現れる。
スカートの裾やドレスの肩の部分を弾丸が掠めたのかその部分が切れているが、体には全く外傷はなかった。
「……ふっ……ははははは! そうか、避け切ったか! 良いぞ、お前と言う奴はつくづく俺の期待を裏切ってくれるな!」
将志は大声を上げて笑いながら興奮気味に捲くし立てる。自分の想像を超える強さを相手が持っていたことが嬉しくて仕方が無いのだ。
その様子に、レミリアは呆れ顔を向ける。
「はいはい、ご期待に副えた様で光栄ですわ。それで、次は何をご所望かしら?」
「……いや、もう十分だ。俺ももう出し惜しみをするのは止めだ」
そういった瞬間、将志の纏う空気が変わった。将志から発せられていた暖かな銀の光が、鋭く光る冷たいものへと変わる。
何かを守り戦う守護神の顔が、純粋な闘争を求める妖怪の顔へと変化していく。
「……次は確実に仕留める。覚悟は良いか?」
「……っ」
強烈な威圧感を乗せた視線をレミリアに送る。
レミリアはそのあまりの様変わりに、若干の戸惑いを覚えた。
が、すぐにそれを振り払い、その眼を真正面から見返す。
「……ええ、良いわよ。何が来ようとお前では私は倒せない」
「……上等だ。では、いくぞ!」
そういうと、二人の周囲に銀の球状の足場が大量に現れた。
それは暗い夜空の上下左右前後に散りばめられ、星の海の中にいるような光景であった。
その瞬間、将志はレミリアの前から姿を消した。
「っ、そこっ!」
レミリアは銀の軌道を描きながら足場を蹴って疾走する将志に向かって弾丸を放つ。
しかしその弾丸は将志を捉えることが出来ず、彼方へと飛んでいく。
将志の動きは非常に速く、眼で追うことすら難しい。
「……回れ」
将志は一言そう呟く。
すると、二人を取り巻く銀瑠璃の星々が回転を始めた。それと同時に、将志が描いていた銀の軌跡も動き出す。
その軌跡は、ゆっくりと崩れだして無数の弾丸へと変わっていく。
やがて夜空の戦場に、銀河を思わせるような景色が姿を現した。
「……まだまだ行くぞ」
将志はその星々の大海の中を彗星の様に駆け巡りながら、更に攻撃を続ける。
流星の様に銀の槍が飛び交い、星屑の様に弾丸が舞い、銀河の様に足場が回る。彗星は次々に銀の線を引いていき、流星は船が起こす波のように星屑を生み出す。
やがてその星達はレミリアを完全に取り囲んだ。
「くっ、こんなもの……!」
レミリアはその星々の間を紙一重で潜り抜けていく。流星が髪を掠め、星屑が服の裾を裂いていく。
そんな彼女の死角から、銀河の星が迫り来る。
「ぐあっ!」
レミリアはそれに気付けず、直撃を受ける。弾き飛ばされた先には、たくさんの弾丸が待ち構えていた。
それらは容赦無く彼女に襲い掛かる。
「くっ、うっ!」
全身に弾丸が突き刺さり、レミリアの表情が苦悶に歪む。
それを歯を食いしばって何とか耐え切ると、空を翔る彗星を睨みつけた。
「……負けてたまるものですか……こんなところで……」
レミリアはそういうと、手にした槍を強く握り締めた。
その瞬間、レミリアの力が大きく膨れ上がり、槍が真紅の光を放ち始める。
「負けるわけには行かないのよ!」
そう叫ぶと、レミリアはその真紅の槍を全力で投げ飛ばした。
その紅い光は将志へと吸い込まれるように伸びていく。
「……っ!」
次の瞬間、激しい衝撃音が聞こえた。
「……グングニル、か。たしかそんな名前であったな。狙った相手を必ず貫く神の槍……これがそれであると疑いたくなるよ。もし本物だとしたら、俺は自分の生まれに感謝しなくてはなるまいな」
将志の持つ銀の槍、『鏡月』に突き立てられるグングニル。
その神の槍は、狙った相手の本体である槍を正確に捉えていた。
しかし、絶対に壊れないと言う呪いが掛けられている銀の槍を破壊することは叶わなかったのだ。
「……俺の勝ちだ、レミリア・スカーレット」
将志は攻撃を受けて落ちて行くレミリアに、そう宣言をした。
急いで追いかけてレミリアを受け止める。
「……そして歓迎しよう。幻想郷へようこそ、
将志は腕の中で伸びているレミリアに、愛梨を真似て芝居がかった口調で穏やかにそう声をかける。
すると、何となくレミリアの表情が不機嫌なものになったような気がした。
「終わったのかな、将志くん♪」
「……ああ」
将志が下へと降りていくと、無傷の愛梨が笑顔で出迎えた。
敵の妖怪達はすっかり戦意を喪失しており、一箇所に固まって縮こまっている。
どうやら、今回の愛梨は相当激しかったようである。
「それで、その子はどうだったのかな?」
「……直線的な攻撃が多すぎて藍ほど攻撃は上手くないし、アルバートや妹紅ほど頑丈でもない。しかしそれを補えるほどに速度に優れ、避けるのが非常に上手い。修練を積めば幻想郷でも指折りの実力者となるであろうな」
楽しそうに話す将志に、愛梨は笑顔で頷いた。
「そっか♪ それで、どうするのかな?」
「……アルバートの様に、里ごとやってきた例もある。もしかしたら住居ごとやってきたのかもしれんし、眼が覚めるまでしばらく様子を見てやってくれ」
将志はそう言いながら手の中にいるレミリアを愛梨に預けた。
「将志くんはどうするの?」
「……黒い槍と覆い布を下に置いてきているのでな。それを拾いに行ってくる」
「おっけ♪ 行ってらっしゃい♪」
愛梨の返事を聞くと、将志は下の森へと降りていった。
「……これは、どういうことだ?」
擬装用の槍を取りに来た将志が見たものは、ぐったりと倒れている妖怪達の姿だった。
愛梨に倒されたものとも考えられたが、そこは愛梨が戦っていた位置とは遠く離れていて、大勢が落ちてくるような位置ではなかったので、その可能性を将志は否定する。
更に、将志にはそう確信させる証拠があった。
「……刃物による傷か……」
妖怪の体には、刃物によるものと思われる深い裂傷があり、その傷は将志には見慣れたものだった。
ちょうど、槍で突いたり斬ったりしたときの傷がこのようなものであった。
しばらく周囲を探すと、普段使っている赤い覆い布が落ちているのを発見した。
「……俺の槍がなくなっているな」
将志は周囲を確認するが、槍を突き刺したはずの場所にその姿はなかった。
誰かが持ち去ったものであると判断し、将志は周囲を探る。
すると、妖怪達がある一定の方向に向かって倒れている数が増えているのを確認した。
「……こっちか」
将志は妖怪達が倒れている方向に向けて歩き出した。
その誰も彼もに槍によるものと思われる裂傷があり、先に進んだ者ほどその数が増えている。
このことから、将志は相手がこの方向にいることを確信した。
「……間違いないな」
将志は槍を手に持ち、先へと進んでいく。
すると、木の葉が騒がしくこすれる音と、怒号が聞こえてきた。
「……あそこか」
将志はその方角へと駆け出した。
その間に大きな悲鳴が聞こえ、何か大きなものが倒れこむような物音が聞こえてくる。
「……っ!?」
将志がたどり着いた先は、森の中の開けた広場。
その広場には大勢の妖怪達が転がっており、その全てが血を流している。
だが、将志が驚いたのはそんなことではない。
「……はあっ、はあっ、はあっ……」
その中心に血染めの黒い柄の槍を杖に様にして立っていたのは、齢にして五歳くらいの小さな少年だったのだ。
この少年が、後に共に幻想郷内を駆け回ることになるとは、将志には知る由もなかった。
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己の威信をかけて戦いを仕掛けてくる吸血鬼を迎え撃つ銀の槍。その戦いは、熾烈なものになりそうである。