第2魔 目覚めぬ英雄
明日奈Side
あの悪夢から覚めたわたしはシャワーを浴び、着替えを済ませてリビングへと下りた。
そこには珍しくまだ仕事に出かけていない母とお手伝いさんの橘さんがいた。
「おはよう、母さん、橘さん」
「おはよう、明日奈」
「お嬢様、おはようございます」
挨拶を交わしてから席に着く。朝食と紅茶を用意され、一先ず紅茶を口に含んで飲み干す。
さっきの夢のせいで波打っていた心が温まった。
「明日奈、貴女大丈夫なの?」
「え?」
「顔色が優れないようですけど…」
母さんに見抜かれてしまい、側に居る橘さんからも心配の表情が窺える。
う~ん、どうも最近のうちの家族はこういうことに鋭くなってきたと思う。
良い事なのだけど、心配を掛けさせてしまうから大変だ…。
「夢見が悪かっただけだから、すぐに落ち着くよ…」
「そう…。でも、体調が悪くなったらすぐに言うのよ? 貴女に何かあったら、一番心配するのは
「うん。その時はちゃんと言うよ」
わたしの『夢』という言葉を聞いて、母さんは納得したようである。
実はあの悪夢を見るのは初めてじゃない。SAOから解放されてから、何度も見るようになったのである。
悪夢に苦しむわたしを母さんが介抱してくれたりもした。
そのため、母さんは夢ということを聞くとわたしの顔色についてそれ以上は聞かないようにしてくれている。
「さて、そろそろ私は行くわね。橘さん、今日も明日奈をお願いします」
「かしこまりました、奥様。いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃい」
「ええ、いってきます」
食後の休憩を終えたのだろう、母さんは仕事に使うバッグを持つと仕事へと出かけていった。
わたしも食事を終えると自室に戻り、勉強を始めた。
午後からは彼のところに行くのだから、午前中の内に遅れている2年間の勉強を少しでも進めておきたいから。
休憩を挿みながらなんとか午後までに勉強を終えた。
橘さんが作ってくれた昼食を取り、食べ終えると身支度を整える。
そして橘さんが運転する車に乗り込み、彼の眠っている病院へと向かった。
病院に到着し、橘さんは一度結城家の方へと戻っていった。
連絡をくれれば迎えに上がりますと言われたので、そうさせてもらうことにした。
そして病院に入ってエレベーターを使い、彼の病室へと辿り着いた。
―――コンコンコンッ
「はい、どうぞ~」
扉をノックすると中から女性の声が聞こえてきた。
彼のお母様だろう、わたしは扉を開けて中へと入った。
「あら、明日奈ちゃん。こんにちは」
「こんにちは、翠さん」
やはり彼のお母様である翠さんだった。
「今日も来てくれたのね、いつもありがとう」
「いえ、妻として当然ですから///」
「あれま、相変わらずお熱いわね~。ね、和人?」
わたしの返しに笑いながら眠る和人くんへと言葉を掛けた翠さん。
わたしは用意された椅子を借りて、和人くんのベッドの傍に腰かけた。
翠さんは時計を確認すると声を掛けてきた。
「明日奈ちゃん、私今から出ないといけないから…和人のこと、お願いね?」
「はい、任されました♪」
そう言って翠さんは病室から出ていった。
忙しい仕事の合間に出来るだけ多くお見舞いに来ている翠さん、凄いと思う。
「……まだ、起きないんだね…キミは…」
長く伸びた髪に中性的な顔立ち、女の子にも見えそうなのにどこか男らしくもある。
眠る彼の左手を両手でギュッと握り締める。
「本当に……お寝坊さん、なんだから…」
僅かに声が震えてしまう…ここに来ると、自分が弱くなるのが分かる。
彼に甘えたいと、そう感じているのだろう。
だけど、それだけは絶対にダメ……甘えるのは、和人くんが目を覚ましてからじゃないと…。その時…、
―――コンコンコンッ
扉がノックされた。わたしは少し息を整えて自分を落ち着けると入室を促した。
だけど入ってきた人物を見て、わたしはあの世界で高めた警戒心を最大限にした。
「やぁ明日奈君」
「どうして、ここに居るの……須郷さん…!」
彼と何の関わりもないはずの、わたしの婚約者として名が挙がっている須郷伸之がやってくるなんて…!
「どうしても何も、キミの様子が気になっただけだよ。僕はキミの婚約者だからね」
「っ、誰が貴方なんかと…!」
笑みを浮かべてそんなことを言う須郷。
その貼り付けたような笑みをわたしは知っている……クラディール、SAOで凶行へと至った奴と同じ笑みだ。
「それにしても、彰三さんも京子さんも何故いきなり結婚を延期にしたんだろうかね?」
「知らないわ…」
奴の言う通り、わたしの結婚は延期…というよりも、休止状態に近いといえる。
父さんと母さんが結婚を推し進めようとする結城の本家をなんとか抑えてくれているのだ。
それでも延期が精一杯の状態である。そこで奴はわたしに近づいてきた。
「素っ気ないじゃないか。こんな綺麗な顔が台無し「(ぱしんっ!)」くっ!?」
わたしは触れようとしてきた奴の手を力一杯はねのけた。
「わたしに触れていいのは和人くんだけよ。次に彼とわたしの許可なく触ろうとしたら……容赦はしないわ…」
「うっ…」
怒りに包まれたわたしの睨みに奴は怯む。けれど、それをすぐに先程の笑みへと変えた。
「果たしてその強がりがいつまで続けられるかな?」
「なんですって…」
嫌な笑みだ、何かを企んでいるような、そんな…。
「彼の命を、僕が握っているとしたら?」
「なっ!?」
「おっと、これは秘密にしておいてくれよ……誰かに知られたらそこに居る彼がどうにかなってしまうかもしれないからね」
「っ……」
この、男は…! こい、つ…が…!
「そういうわけだから、キミも自分の身の振り方を考えておいた方がいいよ。
それ次第では彼の命も「ダマレ…!」ひっ!?」
抜けぬけと喋る男に椅子から立ち上がって制止を掛ける。
「モシカレニナニカヲシタラ、ソノトキハオマエヲバラバラニシテコロシテヤル!」
『もし彼に何かをしたら、その時はお前をバラバラにして殺してやる!』
「ひ、ひぃっ!?」
病室の壁に凭れてから須郷は逃げるように出ていった。そしてわたしは……、
「……はぁ…」
そのまま椅子に座り込んだ。今のが彼を真似ての精一杯の虚勢だった、次はもう無理かもしれない。
一気に力が抜け、途端に不安が押し寄せてきた。
もし本当に奴が和人くんの命を掴んでいたら、もし彼に何かあったら、わたしは正気を保てるだろうか?
無理だ……そんなの、無理だよ…。わたしはベッドに眠る彼に縋るように身を寄せて、
「和人くん…。わたし、わたし頑張るから……だから…」
彼の唇に自分の唇を軽く重ねた。
その後、ひとしきり落ち着いたわたしは橘さんに連絡を入れて迎えに来てもらった。
看護婦さんには彼の家族と知人以外近づけないように頼んでおいた。
自宅へと帰り着いたわたしは、部屋に閉じこもった。
明日奈Side Out
To be continued……
後書きです。
はいはい、明日奈さんのバーサーカーですw
和人と同じカタカナ表記ですね、でもあくまで虚勢ということですよ。
下種郷wには早々に退散してもらいたいと思うのが作者の今日この頃・・・。
それと下種郷をキャラ設定に追加しましたよ。
それでは次回で・・・。
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第2魔になります。
今回は明日奈視点です、バーサーク明日奈、一時降臨・・・。
どぞ・・・。