No.537335

銀の槍、大歓迎を受ける

天魔と戦い、これを退けた銀の槍。その様子を見ていた鬼たちは、その強さに沸きあがる。

2013-01-28 22:36:19 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:330   閲覧ユーザー数:318

 妖怪の山の山頂に向かって将志が飛んでいくと、山頂には人だかりが出来ていた。

 近づいて良く見てみると、そこには異様な熱気に包まれた鬼達が将志の到着を待っていた。

 

「……何事だ?」

 

 将志は良く分からないまま妖怪の山の山頂に下りる。

 すると鬼達は一斉に将志に向かって駆け寄っていった。

 

「すごかったぜ! アンタ本当に強いな! あの天魔に本気を出させた上に、勝っちまうんだもんな!」

 

 最初に案内をしていた鬼の青年が、激しく興奮した様子で将志に声をかける。

 どうやら先程の戦いを見ていたようである。それを皮切りに他の鬼達もわらわらと将志に群がってくる。

 

「いや、スカッとしたよ!」

「天魔にはいつも酷い目に合わされてるからな! 清々するぜ!」

 

 鬼達は口々に天魔に勝ったことについてそう述べる。

 そのあまりの言い草に将志は首をかしげた。

 

「……天魔がいったい何をしたというのだ?」

「あいつ、俺達が少し騒いだだけですぐに殴りこみに来るんだよ!」

 

 鬼達はこぶしを握り締め、涙ながらにそう語った。

 その表情は心の底から悔しさがにじみ出ていて、今まで良い様に扱われていたのが見て取れた。

 

「……確か、鬼は天狗よりも強かったと記憶しているが?」

 

 聞き及んでいたものとは違う鬼達の話に、将志は額に手を当てながらそう呟いた。

 すると鬼達は声を大にして、訴えるように将志に詰め寄った。

 

「あいつだけは別格だ。真正面から鬼を嬉々として片っ端から一方的に伸していく天狗なんて、そうゴロゴロ居てたまるか!」

「おまけに能力使われると四天王でも勝てねえし、天狗の癖に反則なんだよ!」

「……なるほど、確かに天魔は今まで仕合った妖怪の中では格別に強かったな」

 

 将志は鬼達の訴えを聞くと同時に先程の天魔との勝負を思い出し、納得したように頷いた。

 

「……さて、招待を受けた身としてはここの首領に挨拶をしたいものだが、案内を頼めるか?」

「その必要はありませんよ」

 

 将志が案内を頼もうとすると、奥から声が聞こえてきた。

 将志が奥に眼を向けると、そこには白と緑を基調とした服を身にまとった女性がたたずんでいた。

 髪は茶色で、眼は優しさの感じられる深い緑色をしていた。

 

「妖怪の山にようこそ。お話は伺っておりますよ、槍ヶ岳 将志さん」

「……お前が鬼神か?」

「はい。鬼子母神、薬叉 伊里耶(やくしゃ いりや)と申します。この度はうちの子がお世話になりました」

 

 伊里耶と名乗った鬼はそういうと恭しく頭を下げた。

 

「……いや、むしろ俺がここに連れてきてくれた鬼に礼をするべきなのだが……」

 

 将志は頭を下げる伊里耶にそう言って返す。

 そんな将志に伊里耶は穏やかな声で言葉を返す。

 

「それこそ気にする必要はありません。貴方はその子の相手をしてくださいました。それだけで十分ですよ」

「……そうか」

 

 穏やかに笑う伊里耶に、将志は若干調子を狂わされていた。

 やはり聞き及んでいた鬼の性格と、鬼の頭首である伊里耶の対応が全く違うからだ。

 てっきり将志は会ったらいきなり戦闘が始まるものと思っていたのだが、実際はこの通り穏やかに談笑をしているのだった。

 

「ねえ、いつまで話してるのさ」

「そうよー。折角強いのが来たんだし、もっとやることがあるでしょ?」

 

 ふと、伊里耶の後ろからそんな声が聞こえてくる。

 将志がそこに眼を向けると、二人の鬼が立っていた。そちらは聞き及んでいた通りの性格のようである。

 その二人の鬼を、伊里耶は優しく制する。

 

「慌ててはいけませんよ、二人とも。将志さんはたった今天魔さんと一勝負してきた後なんですよ? 万全の状態になるまで休んでもらってからのほうが良いでしょう?」

「ああ、それもそうか。てことはまずはあっちで歓迎だね」

 

 その言葉を聞くが早いか、将志は歩き始めた。

 きょろきょろと辺りを見回しているところから、何かを探しているようであった。

 そんな将志に、小さな鬼が話しかける。

 

「あ、どこにいくの?」

「……お前達のことだ、どうせ酒盛りなのだろう? ならば、つまみでも作ろうと思ってな」

「ああ、お客さんは座っていて構いませんよ?」

 

 働こうとする将志に、伊里耶はそう口にする。

 しかしそれを聞いて将志は首をゆっくりと横に振った。

 

「……気にするな、これは俺の実益を兼ねた趣味だ。して、台所はどこだ?」

「それなら案内させましょう。勇儀、案内してあげなさい」

「あいよ。んじゃ、ついてきてもらうよ」

「……ああ、頼む」

 

 将志は勇儀と呼ばれた、額に一本の角が生えた鬼の後について台所に向かう。

 鬼の住処は石を切り出して作られており、多少暴れても問題がないように頑丈な造りをしていた。

 

「……そういえば、まだ名乗っていなかったな。槍ヶ岳 将志、ただの槍妖怪だ」

「私は星熊 勇儀さ。あんたの事はいろんなところで話を聞いてるよ。しっかし、神様とは名乗らないのかい?」

「……確かに建御守人などと呼ばれて信仰を集めてはいるが、所詮は神の肩書きなど後からついてきたものにすぎん。俺の本質は一本の槍でしかない。ゆえに、俺は槍妖怪を名乗っている」

「にしても、『ただの』槍妖怪はないでしょうに。流石にそれは嘘をついていることになるよ?」

 

 勇儀は将志の言い分にそう言って少し眉をしかめる。

 その意味が理解できず、将志は首をかしげた。

 

「……そういうものなのか?」

「そういうもんだよ」

 

 将志の言葉に勇儀はそう答える。

 それを聞いて、将志は少し考えてから口を開いた。

 

「……そうか……ならば変わり者の槍妖怪とでも名乗るか」

「……あんた、意地でも神様とは言わない気だね」

 

 将志は勇儀と話しながら台所に向かって歩いていく。

 台所は石造りの土間にあって、かなりの広さがあった。

 一角には酒の入った瓶がずらりと並んでいて、そこからは酒精の匂いが漂っている。

 

「ここが台所さ。まあ、ここを使う奴は大体決まってるけどね」

「……ずいぶん広いが、ここで全員分作っているのか?」

「んー多分そうだろうねえ。そもそも、ここにしか台所ないし」

 

 将志は話しながら台所にあるものを確認していく。

 調理器具と食材は一通り揃っており、問題は無いようであった。

 

「……うむ、特に問題は無いな。ところで、ここにある食材はどこまで使って良い?」

「ああ、多分全部使っていいんじゃない? そこにある奴全部今日取ってきた奴だし」

 

 それを聞いて、将志は小さく息をついた。

 

「……それは調理のし甲斐があるな。了解した、では早速取り掛かるとしよう」

「了解。それじゃあ出来たら呼んで。配膳くらいなら手伝うからさ」

 

 将志は握った包丁をくるくると回しながらそういうと、すぐに料理を始めた。

 トトト、と早いリズムで包丁の音が聞こえ、次々と食材が切られていく。

 それが終わると合せ調味料を作ったり食材に下味をつけたりしていく。

 いくつもの料理が並行して作られていき、台所には湯気と煙と旨そうな匂いが立ち込めだした。

 

「……つまみ食いはしても良いが、ほどほどにな」

「ありゃりゃ、バレてら」

 

 将志がそういうと、煙の中から一人の背の低い鬼が現われた。

 その瞬間、将志は机の上に置いてある皿の上に料理を鍋を振って放り投げる。

 

「……待ちきれないのならばそれでも食べていろ。幸いなことに、まだたくさん食材はあるからな」

「いいの? んじゃ遠慮なく頂くよ」

 

 鬼は皿に盛られた肉と野菜の炒め物に手をつける。

 口の中に野菜の甘みと肉の旨味、そして絶妙な塩加減が広がった。

 

「うわ、これ美味しい!」

「……それは重畳だ」

 

 将志はそう言いながら手元の料理に酒で香り付けをする。勢い良く注がれたそれが火柱を上げる。

 そして香り付けが済んだ料理を、再び机の上に並べられた皿の上に放り投げる。

 料理は少しもこぼれることなく皿の上に盛り付けられ、香ばしい匂いが漂ってきた。

 

「……そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。俺は槍ヶ岳 将志。変わり者の槍妖怪だ」

「え、何その自己紹介」

「……嘘はついていないだろう?」

「いや、そりゃそうだけどさ。まあいいや、私は伊吹 萃香。四天王の一人さ」

 

 萃香は将志に出された料理を食べ、瓢箪から酒を飲みながら自己紹介をした。

 その間にも将志の手元で食材が宙を舞い、次々と料理が出来上がっていく。

 萃香はそんな将志の様子をじ~っと眺めていた。

 

「……どうかしたのか、伊吹の鬼?」

「萃香でいいよ。あんたの料理曲芸みたいだね、見ていて面白いよ」

「……それは実際に曲芸をやっていたからな」

 

 将志は次々と料理を仕上げていく。萃香は将志の料理と曲芸じみた料理風景を肴に酒を飲む。

 しばらくすると、広い机の上には所狭しと将志の作った料理が並んだ。

 

「……ふむ、まずはこんなところだろう。さて、冷めないうちに運ぶとしよう。萃香も手伝ってくれるか?」

「良いよ! さっさと運んで始めよう!」

 

 将志と萃香はそれぞれ料理を持って会場に向かう。

 会場では鬼達が既に酒を飲み始めていて、主賓なしで盛り上がっていた。

 

「おーい! つまみが上がったよー!」

「……まだあるから何名か運ぶのを手伝って欲しいのだが……」

「お、そういうことなら手伝うぜ!」

「俺も手伝おう!」

 

 将志の言葉に数人の鬼が威勢よく答えて一緒に取りに行く。

 しばらくして、会場には大量の料理と酒が並んだ。

 将志は配膳を終えると、適当に空いているところに座ろうとする。

 

「ちょっと待ったぁ! 主賓がそんなところでこじんまりとしていて良い訳ないでしょうが!」

「あんたの席はあっちだ! さあ、早く行くよ!」

「……む?」

 

 しかし突如現われた勇儀と萃香にしっかりと脇を固められて連行される。将志は特にそれに抵抗する理由もないので、大人しく二人に従う。

 案内された先は、伊里耶が居る最上座の席であった。

 

「美味しい料理をありがとうございます。料理の神の肩書きは伊達ではありませんね」

「……そういうと大仰な様だが、実際は練習を積み重ねた結果だ。神とは言うが、訓練をすれば他の者にあの味が出せないわけではない」

「ふふふ、謙虚ですね」

 

 伊里耶はそう言いながら将志に酒を注ぐ。将志はそれを受け取ると、伊里耶に返杯する。

 

「ところで、都に向かって歩いているところをうちの子が見つけたみたいですけど、何をしに行くつもりだったのですか?」

「……少し出稼ぎにな」

「あら? 食料でしたら、神ならお供え物とかで賄えるのでは?」

「……人間からは信仰だけで十分だ。食料をささげられても、俺は料理を作ることでしか還元出来ん。農耕や天災に対しては俺は無力だからな」

「それでは、奉げられたお供え物はどうなさっているのですか?」

「……全て人間に返している。俺は信仰の対価以上の働きなど出来んし、してはいけない。神が人間に関わり過ぎると人間は強くなれないからな」

 

 将志は酒を飲みながら伊里耶にそう告げる。

 実際将志は守り神ではあるが、地震や台風、洪水などの自然災害から守れるのは人だけなのである。

 それも、その後の生活を保障するのは将志の役目ではなく、別の神の役目である。

 それ故に、将志は人間からのお供え物を受け取るほどではないと考えているのだ。

 ……などと言うのは実は建前で、本当の理由は別にあったりするのだが。

 

「それで、自らの食い扶持を稼ぐために都に?」

「……ああ。なに、これもやってみると意外に面白いものだ。俺は今の生活に満足している」

 

 将志は淡々と、しかしどこか楽しそうな声でそう話した。

 要するに、将志は今の人間として働く生活が気に入っていて、そのために将志はお供え物を受け取っていないのだ。

 そんな将志を見て、伊里耶は微笑んだ。

 

「そうですか。でしたら、私からその件について言うことはありませんね。ところで、霊峰に居る妖怪達はどこから来たんですか?」

「……さあ? 何しろ至る所からついてきたからな、どこから来たとは答えられん」

「と言うことは、各地から力の強い妖怪が集まったのがあの霊峰なんですか?」

「……それは少し違うな。あの岩山は人間には銀の霊峰だの試練の霊峰だのと呼ばれているが、妖怪にとってもあの山は修行の場になる。あの山では妖怪達に自由に戦わせて勝敗の記録をつけ、優秀なものには褒美が出る。妖怪達は自主的に修行をして自らの技を磨き、好敵手とお互いに力を高めあう。そうして力をつけて行ったのがうちの山の妖怪達だ。恐らく、この山の妖怪とは訓練の密度が違うのであろう。好きこそ物の上手なれとはよく言ったものだ」

 

 銀の霊峰の妖怪達は、各地を飛び回っていた時代に将志についてきた妖怪が多くを占めている。

 将志は彼らと戦ってそれぞれの強さを確かめて格付けを行い、似通った強さの者同士を戦わせていたのだ。

 そうすることで妖怪達に目的意識を与え、向上心を持たせることに成功した。

 また、その副産物として様々なことにやる気を出すようになった妖怪達が仕事の分担を行い、小さいながらも集落としての体を持ち始めることになったのだ。

 

「へえ、それはいいことを聞いたな」

「……む?」

 

 将志が後ろを振り向くと、そこには笑顔を浮かべた勇儀と萃香が立っていた。

 

「ねえ、その霊峰って自由に戦えるの?」

「……ああ。記録をつけるためには一度本殿で登録をする必要があるが、基本的に来るものは拒んでいない。スサノオやタケミカヅチが来た時は大いに荒れたがな」

「そりゃあいいね! 今度遊びに行かせてもらうよ!」

「霊峰の妖怪がどんなもんなのか、楽しみだねえ」

 

 将志の言葉を聞いて、勇儀と萃香は早くも霊峰の妖怪達の戦いに思いを馳せていた。

 そんな二人を尻目に将志は注がれた酒を飲み干し、赤い布に巻かれた槍を取って立ち上がる。

 

「あら、どうしましたか、将志さん?」

「……そろそろ良いだろう。血の気の多いお前達のことだ、どうせやるのだろう? 負けて食いすぎで調子が悪かった等とは言われたくないからな」

 

 将志がそう言った瞬間、会場が一気に沸きあがった。

 

「待ってました!」

「流石、話が分かってらっしゃる!」

 

 沸きあがる鬼達を前に、将志は銀の槍にまかれた赤い布を解く。それを慣らす様に振り回すと、穂先を鬼達に向けた。

 その瞬間、鬼達が一気に静まり返るほどの気迫が将志から漂いだした。

 

「……今日は招かれた礼に誠意を持って相手をさせてもらう。油断などない、本気で行かせてもらう」

 

 それを聞いて、静まり返っていた鬼達は更に大きく騒ぎ出した。

 

「おい、誰が最初にやるよ!?」

「あ、それなら俺からやる!」

「馬鹿野郎、最初は俺だ!」

 

 鬼達は最初に誰が将志に掛かるかで騒ぎ出す。それに対して、将志は大きく手を叩いて静まらせた。

 

「……俺は逃げも隠れもせんし、簡単に負ける気も無い。そうそうあせる必要もないだろう。相手の指定はこちらでやらせてもらおう」

 

 将志は鬼達が組んだ円陣をぐるりと見回し、最初の相手を探した。

 そして、一人の鬼に穂先を向けた。その鬼は、妖怪の山まで案内をしていた鬼だった。

 

「……案内の礼だ、まずはお前に相手をしてもらおう」

「よっしゃあ! 一番槍もらったぁ!」

 

 槍を向けられた鬼は大喜びで将志の前に立つ。将志はそれに対し、槍を中段に構えた。

 

「……さあ、来るが良い」

 

 そういった瞬間、将志の長い戦いが始まった。


 
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