#14
賊の討伐を終えて、帰路につく。場合によっては捕らえた賊を引き連れる事もあるらしいが、今回は砦の攻城戦という事もあり、そうした存在はいない。数と時間さえかければ降伏させる事も出来たであろうが、1か所に多兵を割く事や、ひとつの討伐遠征に時間をかけすぎる事は、城の現状では無理とのことだ。
「あの、一刀さん……」
「ん?」
隣で馬に揺られる亞莎が話しかけてきた。
「雛里ちゃん、元気ないですけど……何かあったんですか?」
「あぁ、ちょっとな」
亞莎にはあまり聞かせられない話だ。少なくとも、もう少し時間を置くまでは。彼女は自分でその苦悩を克服した。年齢の違いがあるとはいえ、それでも亞莎が何事かを言ってしまえば、雛里は反発してしまうだろう。理性ではわかっていてもだ。
「なぁ」
「はい?」
「初の討伐も無事に終わったし、帰ったら雪蓮ちゃんから何か褒美とか出ないかな?」
「それは流石に図々しいのでは――」
亞莎と何気ない会話をしながら、横目で穏の前に座った雛里を見遣る。さっきからずっと穏の服の袖を握って俯いている。
雛里のケアは、穏に任せるとするか。
そんな事より。
「亞莎」
「はい?」
「腹減った」
「脈絡なさ過ぎです……」
遠くに、長沙の街が見えてきた。懐かしの我が家はもうすぐだ。
賊の討伐から帰還して、3日が経過した。部隊の調練をしていれば、外壁には冥琳ちゃんと雛里の姿。休憩中なのか、見学のようだ。コチラにじっと目を注ぐ姿は以前にも見られたそれだが、1か所だけ異なる点がある。雛里の右手が、隣に立つ冥琳ちゃんの服をぎゅっと握っていた。どこか、心許なげな姿で。
「まだ立ち直れないか……っと、そこ気を緩ませてんじゃねぇ!戦なら死んでるぞ!」
「「「「「応っ!」」」」
とりあえず俺は、目の前に集中しよう。
※
調練も終わり、俺は冥琳ちゃんの執務室へと赴いた。
「邪魔するよ。いま、少し大丈夫?」
「あぁ、入れ」
理由はもちろん、次妹の事だ。
「雛里の事だろう?」
「ありゃ、お見通しか」
冥琳ちゃんも分かっているらしい。流石ですねぇ。
「茶化すな。……穏から報告は受けたが、お前も無茶な事をする」
「でも、早い方がいいだろう?」
「それは確かにそうだが…それにしても、他にやりようは――」
「ないよ」
冥琳ちゃんの声を遮って言う。
「どれだけ言葉で伝えようとも、それを実感として持てなければ意味なんてないさ」
「百聞は一見に如かず……にしては少々過激だな」
ひとつ溜息を吐き、冥琳ちゃんは眼鏡を外して眉間を指で揉む。
「仕事の方は?」
「あぁ、ちゃんと出来ている。流石は、かの水鏡塾の塾生だ。だが、賊の討伐は……難しいな」
「やっぱりか」
「まったく、お前の所為で大変だよ、こちらも」
「でも、もっと大きな戦場であんな風になられるよりもマシだろ?」
「……まぁな」
頷きながら冥琳ちゃんは眼鏡をかけ直して、立ち上がる。
「多少冷めはしたが、お前も飲むだろう?」
「ん、頂くよ」
茶を用意してくれるらしい。ありがたい。執務机とは別の卓に腰を下ろすと、冥琳ちゃんも茶器と湯呑みを持って対面に腰を下ろした。
「……ふぅ、美味いな」
差し出された湯呑みを口に運べば、茶葉の香りが鼻孔を穿つ。悪くない。
「さて、どうしよう?」
「どうしよう、とは?」
問い掛ければ、頬杖をついた冥琳ちゃんが悪戯っぽい眼で見てくる。
「なんだよ、その眼は」
「いや、お前もなかなかに妹煩悩なところがあるな、と」
「いいじゃん、可愛いだろ?」
「否定しないのだな」
こういうのは恥ずかしがったら負けなのだ。
というか。
「冥琳ちゃんも、普段と雰囲気が違うな。何かあったのか?」
「お前しかいないからな」
「?」
「雪蓮は奔放。祭殿にも戦になると制御役が必要。穏の師。……ホラ、気を抜く暇などありはしない」
「あー…祭ねーさんも戦いになると熱くなるからなー」
その事は、身に染みて知っている。流石に敗けそうだとか、ここ一番って時にはちゃんとやってくれるとは思うが。
「当然だ。それすら出来ないのなら、とっくに軍は崩壊しているさ」
「で、俺が相手なら気を引き締める必要もない、って?」
「だろう、ますたぁ?」
「そうだな。冥琳ちゃんにも、ゆっくりする時間は必要だ」
冥琳ちゃんも、この娘はこの娘で大変なんだな。
「話を戻そう……雛里の事だが」
表情を真面目なもの――とはいえ、それでも柔和な感じが否めない――に戻し、冥琳は話題を最初のそれに戻す。
「私も穏も、最初は時間が解決してくれるだろうと思っていたが……」
「難しいかも?」
「あぁ。すべてに対してふさぎ込んでいる訳ではない事はわかるだろう?」
「表面上はな」
「その通りだ。我々に出来るのは、雛里が自身でその根幹にあるものを克服できるように手伝う事だ」
「ゆっくり待つしかないのか」
どうしたものかと天井を見上げると、冥琳から待ったがかかる。
「だが、それももうすぐ終わるかもしれない」
「?」
「雛里を心配しているのは、私たちも同じだ。特に、穏がな」
「穏ちゃん?」
「あぁ。ちなみに、お前が来る少し前に、穏が雛里の部屋へと向かった。きっと何事か話をするのだろうさ」
「そっか」
穏ちゃんなら任せていいかもしれない。ぽややんとした癒し系だ。期待させてもらうとしよう。
冥琳の言った通り、穏は雛里の私室へとやって来ていた。扉をコンコンと、一刀に倣ったノックをすると、内側から小さな返事。
「お邪魔しまぁす」
「穏さん…」
雛里は寝台に座っていたが、入室した上司の姿に慌てて立ち上がろうとする。だが、穏はそれを制して雛里の傍まで歩むと、その隣に腰を下ろした。
「隣、失礼しますね」
「…はぃ」
そのまま沈黙する事しばし、穏はおもむろに右手を上げると、雛里の小さな頭を撫でた。
「言いたい事、言っていいんですよ?」
「……」
その言葉に、いや、穏が来室した時点で、その理由を察してはいた。だが、明確に言葉にされ、雛里は服の裾をぎゅっと握る。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……わかってるんです。アレが、私の為にした事だって」
「はい」
「私が軍師としてやっていくなら、アレを知っていないといけないんです……」
「その通りですよ」
「でも」
話していくうちに、その声音は弱まり、裾の手を解くと膝を抱えた。声は、わずかに涙に濡れている。
「でも…わかってても、怖いんです……私の決めた事で、人が死んでいく……理屈ではわかっていても怖いんです」
「はい」
「私、お兄ちゃんみたいに強くない…亞莎さんみたいに、強くないんです……」
「んー、それはちょっと違いますねぇ」
ここで、穏が初めて相槌以外の言葉を口にする。その事に、雛里は顔を上げた。そこには穏の予想通り、眼を赤くした新米軍師の少女。
「どういう、事ですか……?」
「亞莎ちゃん、言ってましたよ。こっそり、一刀さんに慰めてもらった、って」
「え……」
「一刀さんだって、同じです。そうそう、雛里ちゃん。一刀さんが雛里ちゃんを私に預けて、また前線に戻ろうとした時、なんて言ったか覚えてますか?」
穏の言葉に、雛里は記憶を辿る。あの時は恐怖と混乱で頭がいっぱいだったが、それでも耳には入っていた。
――一刀さんは…その、大丈夫なんですか?――
――……俺はもう、全部吐き出してきたよ。火を点ける前にな――
「思い出しました?」
「はぃ…」
「言ってましたよね、『全部吐き出した』って…これって、どういう意味だと思います?」
「んと…怖さとか、哀しさとか、怯えとか……そういうものを、克服した、んじゃないかと……」
穏の問いに、雛里は考え、答えを出す。頭が回るからこそ、比喩的に捉えて。穏は笑みを浮かべ、首を横に振った。
「違います。いえ、それもあると思いますが……一刀さんは、本当に吐き出したんですよ」
「え…」
「潜入して火を点け、開門する。要点だけいえばこの3つですが、その為には取らなければならない行動がいくつもあります。見張りを行動不能にする事。開門を維持する為に戦う事……。一刀さんは強いですが、おそらく人を殺すのは初めてです。だって、元商売人なんですから」
「あっ」
言われて初めて思い出す。どれだけ強く、頼りがいがあろうと、彼は商売人なのだ。人を殺した経験など、なかった筈なのだ。
「でも、自分がやらなければいけない。雛里ちゃんの策を成功させ、亞莎ちゃんを成長させる為に、まずは自分が人を殺さなければいけない。……一刀さんは、2人のお兄ちゃんだから」
「……」
「亞莎ちゃんを待機させたのも、それが理由です。亞莎ちゃん1人では、克服出来なかったかもしれない。でも、亞莎ちゃんと雛里ちゃんは、自分がいれば慰める事が出来る。だから、一刀さんが1人で向かったんです。そして初めて人を殺して、それで、お腹の中の物も全部吐き出したんです」
「……」
「雛里ちゃんが感じたような恐怖、怯え、嫌悪感、不快感……すべてを吐き出したんです」
最後にもう一度だけ雛里の頭を撫で、穏は立ち上がった。
「お兄ちゃんは、可愛い妹たちの為に頑張りました。雛里ちゃんは、いつまでも守られてるだけですか?」
そう微笑みを残し、穏は部屋を出る。
「おにぃちゃん……」
先達の言葉を反芻しながら、雛里は再び膝を抱えた。
夜。
部屋で書を読み勉強していると、扉が硬質の音を2度発した。
「入ってまーす」
顔を上げずに冗談めかして返事をすると、ガタリと扉が開いた。そこから顔を覗かせたのは、寝間着姿の妹。
「……雛里か」
下の妹だった。俺は書を閉じて立ち上がると扉まで行き、雛里を招き入れる。
「どうしたんだ、こんな時間に」
わかっていても、聞いてしまう。まずは、話す場を作らないと。
「お兄ちゃん…」
「……いいよ、おいで」
雛里は俺の寝間着の腰の辺りを握って、視線でねだる。椅子に座った俺の膝に乗りたがってくれるあたり、嬉しく感じる。
「ありがと…」
律義な礼を受け、俺は雛里を抱き上げ、膝に乗せる。よじよじと小さな身体をずらし、雛里は俺に向き直った。
「雛里の頭を撫でるのも久しぶりだな」
「うん…お兄ちゃんの手、気持ちよくて好き……」
この3日間、雛里との時間を取れなかった……というよりは、取らなかった。雛里が克服してくれる事を願って、俺が自粛していたからだ。
「俺も雛里の頭を撫でるの好きだぞ。髪もさらっさらで、撫で心地がいい」
「んゅぅ…」
髪飾りに留められた2束の髪を両手で掲げ、ふりふりと揺らす。それに合わせて雛里の頭が左右に傾き、ちょっとだけ窮屈そうな声を上げた。
「遊ばないでくだしゃぃ…」
「あははっ、ごめんごめん」
ひと通り撫でると、俺は雛里の腰に手を回してそのつぶらな瞳を見つめた。
「何かを、言いに来たんだろう?」
「うん…」
「……」
こいつは驚いた。いつもの雛里なら、こういう時は目を伏せて言い淀む筈なのに、今ばかりは、俺の視線から自分の瞳を逸らさないでいる。
「あのね、お兄ちゃん……」
「うん」
「私、頑張るから」
「うん」
「お兄ちゃんが、なんでアレを見せたのかも、もう分かってる。……うぅん、最初からわかってた。でも、私が怖がりで、臆病だったから、眼を逸らしてた」
「うん」
「……ありがとね」
「……頑張ったな、雛里」
最後に一言呟き、雛里が抱き着いてくる。俺の妹は、しっかりと成長してくれていた。
「さて、どうする、雛里?」
「なにが?」
「部屋に送ってくか?それとも、今夜は一緒に寝るか?」
「んと…一緒がいいな……」
「あいよ」
頬を赤らめながらも頷く雛里を抱き上げ、寝台に寝かせる。俺もその隣に潜り込んだ。
「一緒に寝るのは久しぶりだな」
「うん…暖かい……」
「俺もだ」
腕を伸ばせば、雛里は頭を上げてそれを枕にする。俺は空いている手を雛里にかけ、抱き寄せた。
「おやすみ、雛里」
「おやすみ、おにぃちゃん…」
亞莎が妬くかもしれないが、今夜は特別だ。
「……大好き」
「ん?」
「うぅん、なんでもない」
何か呟いた気がするが、独り言のようだ。
「さ、寝よう。明日も仕事が待ってるぞ」
「うんっ」
今日はいい夢が見られそうだ。
「俺も大好きだよ」
「あわわっ!?」
そんな、とある夜の事でしたとさ。
あとがき
という訳で、日付は変わったけど寝る前なのでおk。
5時起き三日目。
あと1ヵ月以上こんな日々が続くんだぜ。
ではまた次回。
バイバイ。
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そんなこんなで、1日1話継続中。
どぞ。