「兵になろうと思う」
「ほお、兵に」
「義勇兵ですかー?」
「そうだ」
この街を散歩している時に知ったのだが、現在この街では、近場の賊を掃討するための義勇兵を募っているらしい。それに紗羅は参加しようと思っているのだ。
「しかし何故?」
「金」
やはり金。紗羅の手持ちの路銀はもうほとんど尽きてきている。元々賊三人が持っていたものを頂戴してきたのだから、さほど多いはずもないのだ。
「金か」
「金だ」
だが紗羅は暮らしのために金を稼ぐのではない。この時代では、山に入れば動物がいるし、川に行けば魚がいる。外での生き方というのは最低限習ったので、つまりこの時代では、金がなくとも外で生きることが可能なのだ。それも元の時代よりはるかに容易に。では何故紗羅が金を欲するかと言うと、
「俺は、旅がしたい」
「ほお」
趙雲が目を輝かせる。
「つまり旅に必要なものを揃える為にお金が欲しいと」
「そうだ」
紗羅はこの世界に興味がある。だからその世界を、自分の目で直接見て回りたいのだ。
「そうかそうか。旅は良いぞ。見聞を広めることが出来る」
「人だけではなく、様々なものに触れることで色々なことを勉強出来ますしねー」
「ああ。俺には脚がある。どこへでも行ける」
素晴らしい事じゃないか。自分の意志でどこへでも、どこまでも行けるのだ。
『おう兄ちゃん!一人立ちかい!』
「おお宝譿!わかるか」
『おうともよ!俺も一端の雄だぜ?』
「なんと!我らと別れると言うのか?」
「そうだ。そうしようと思っている」
「そうなんですかー」
紗羅はそれも決めていた。人についていく、ではなく、自分の脚で立ちたいのだ。
「我らと共に行けばいいではないか」
「それは駄目ですよ、星」
「稟ちゃん」
戯志才が部屋に入ってくる。
「おう戯志才。もう大丈夫なのか」
戯志才は紗羅の部屋に来る前に、また宝譿にからかわれ鼻血を出して倒れていたが、復活したようだ。
「いいのですよそれは」
「まあとりあえず座るといい」
「そうさせてもらいます」
戯志才が席に着く。
「稟、駄目とはどういうことだ」
「元々私たちと紗羅殿の関係は、街に着くまで、というものでした。その目的が達成させられた今、その彼が決めたことに口出しすることはできないのですよ」
「稟ちゃんの言うとおりですねー」
「いやしかしだな……」
趙雲は紗羅を見る。
「覆すつもりはないぞ」
「むぅ……」
もう決めたことだ。不安はもちろんある。安全に旅をするなら、趙雲らに着いていった方が得策だろう。だが、紗羅は自分自身の旅がしたいのだ。自分の脚で、自分だけの意志で。
「まあそれも、義勇兵で生き残れたらの話しだけどな」
「そこで死んじゃったら終わりですもんねー」
当面の目標は、まず義勇軍に入隊して生き残ること。まずそこで生きるか死ぬかだ。
『武運を祈っといてやるぜ!』
「おう」
「そこまで言うなら、私は何も言えんな。だがな紗羅、義勇軍へは私も入るぞ」
「子龍?」
「ああ勘違いするなよ。元々私はそうしようと思っていたのだ」
趙雲は、弱きを助けるために己が力を奮う。民を虐げる賊がいるとなっては、それを駆逐することは絶対なのだ。
「そうか。だったらいい」
「そ・れ・に!稟がやらかしたのを弁償せねばならん」
「ぐっ!」
「あれはもう使えませんもんねー」
「あー」
戯志才が鼻血で台無しにした寝台のことである。彼女も難儀なことだ。
『それじゃ星!こいつの武運を祈って酒だ!』
「ふむ、それは良い。持って来よう」
趙雲はいそいそと部屋を出ていった。
「酒か」
この時代、年齢制限というものがない。だから彼女らが飲んでも、咎める者は誰もいない。
「飲んだことないな、仲徳も飲めるのか?」
「今子供扱いしましたね。少しだけですが風も飲めるのですよー」
「戯志才も?」
「星ほどではありませんがね」
少しして上機嫌で趙雲が酒とメンマを手に戻ってきた。うれしそうに杯に酒を注ぎ、皆に回す。
「それでは」
カチンッとささやかな乾杯の音。肴はメンマと談笑と窓より入る夜風と蝋の火。この時代、夜というものは本当に暗い。それに蝋燭をつければなんともささやかな雰囲気が作られる。
一気に呷った人生初の酒は不味かった。
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