No.532996

習作:カーラとウィズ

無邪気で幼女な神様と、それに付き添う青年のお話。

練習用&ここでの小説の表示方法などの確認のために投稿。

2013-01-17 20:28:20 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:346   閲覧ユーザー数:344

 

 

 荒れ果てた大地を、二つの人影が歩いていく。

 一人は、黒い髪に黒い服に黒い外套。まるで昔の貴族のようなその格好は、とても旅の服装とは思えない。

 

「ねえ、ウィズ。これから何処に行くの?」

 

 そんな彼の肩に座った幼い少女が、無邪気な笑顔でそう言った。

 星屑を映したような銀色の長い髪に、新雪のように白い肌。その体を包み込む、シルクの白いドレス。そしてその眼は、ルビーの様に深く赤く輝いていた。

 彼女は楽しそうに笑いながら、横で考えるウィズと呼んだ青年の顔を眺めている。

 

「さて、どこに行くかな……今度は食事が少しは美味しい所だと良いと思うが……」

「そーだね。昨日の町は酷かったもん」

 

 ウィズのはぐらかすような呟きに、少女は少々不満げに頬を膨らませた。

 どうやら、余程出された食事が不味かったようである。

 そんな彼女に、ウィズは苦笑いを浮かべた。

 

「ふふっ、たしかに酷かったな。しかしまあ、あそこではあれが精一杯なのだから、悪く言ってはいけないよ、カーラ」

 

 ウィズの言葉に、カーラと呼ばれた白い少女はキョトンとした表情で首をかしげた。

 

「そうなの?」

「ああ、そうさ。あの町は近くに山も川も無いから地形的に食料が取りづらいし、土が沢山の塩を含んでいるから農業も上手く行かない。だからあの町は保存が利くように塩漬けや砂糖漬けの食べ物が多くなってしまうのだよ」

「じゃあ、何であんなところに町が出来たの?」

「それはね、ちょうどあの町が旅の拠点になっているからだよ。あの町があることで旅人が安全に休憩できるのだ」

「へ~」

 

 カーラの質問に、ウィズはそう言って答えていく。

 するとカーラは、ウィズの頭に楽しそうに抱きついた。

 

「すごいね、ウィズは。何でも知ってるんだね」

 

 カーラはそう言いながらウィズの頭を撫でる。

 それはまるで親が子供の頭を撫でるような、優しい手つきだった。

 そんな彼女に、ウィズは小さくため息をついた。

 

「そうしたのは君だろうに。知識の神の頭脳を、君が無理やり突っ込んだんじゃないか」

「うん♪ 私ね、こうやってお話できる相手が欲しかったの♪」

 

 カーラはそう言ってウィズに抱きつき、頬ずりをする。

 どうやらウィズのことを心底気に入っているようであり、しっかりと抱え込んでいる。

 

「ところで、カーラは何故自分に知識の神の頭脳を使わなかったのかな? そうすれば色々とはかどるし、私と話をするとしても教える側に回ってやれば良いと思うのだが」

 

 ウィズがそう話すと、カーラはふわりと宙を舞う。

 その様子から、なにやら魔法のようなものを使って浮いているようである。

 そして、カーラはウィズの首にそっと抱きつき、耳元に口を置いた。

 

「わかってないな~、ウィズは。ウィズからもらった知識の方が、直接知るよりもずっと面白いの」

 

 楽しそうに、囁くようにカーラはウィズにそう言った。

 それに対して、ウィズは小さく笑った。

 

「そうか……やはり神の知識を持ってしても、君の考えることは分からないな」

「それはウィズが鈍いだけよ。もっと私の乙女心を察して欲しいな」

 

 カーラはそう言うと、ウィズの頬にそっとキスをした。

 それを受けて、ウィズの頬が若干朱に染まる。

 

「……やはり、神に好かれていると言うのは少々実感が湧かないな」

「ふふふ、そーかもね。だって、ウィズはつい最近までただの人間だったんだもんね」

 

 カーラはそう言って無邪気に笑った。

 

「それが今では、心が少し壊れた神の頭脳を持つ男と言うわけだ」

 

 それに対して、ウィズはそう言って笑い返した。

 その表情には皮肉や憂いなど一切無く、単純に今を楽しんでいるように見えた。

 するとカーラはウィズの前に回りこみ、真正面から左腕で首に抱きついた。

 

「うふふ……そんな私好みに壊れた貴方が好きよ、ウィズ」

 

 カーラは優しく微笑みながら壊れた心の青年の頬を撫でた。

 ウィズはそれを安らかな表情で受け入れた。

 そしてしばらくすると、ウィズはカーラの美しい銀の髪を指で優しく梳いた。

 

「さて、次の町へ急ごうか。ゆっくりと休めたほうが良いだろう?」

「うん!」

 

 そう言うとカーラはウィズの肩に腰かけ、ウィズはそのまま道を歩いていった。

 

 

 

 *  *  *  *  *  *

 

 

 

 私がまだ自分のことを俺と言っていたほんの数ヶ月前、私は日本と言う国に住んでいた。

 その頃の私は一大学生の男に過ぎず、平凡な日々を送っていた。

 何か特別不幸な生い立ちと言うわけでもなく、家が裕福であるとかそう言うこともまるで無い。

 強いて言うならば親が少々過保護であったくらいで、それすらも人並みのことであろうと思う。

 ただ自分の特徴を挙げるとするならば、周りに少々優しすぎると言われるくらいであろうか。

 そして、更に平凡なことに私は典型的な物事を抱え込む性質であった。

 

「ねえ、お兄さん。ご飯が食べられるお店知らない?」

 

 そうして平凡な日々を過ごしていたある時、私は純白の少女に会ったのだ。

 正直、人目見て少女のことを可愛らしく感じた。

 そして、是非ともそのどこか現実離れした少女の役に立ってやりたくなった。

 

「ああ、知ってるぞ。といっても、口で言ってもちょっと分からないかもな……」

 

 とは言うものの、少々このような説明が下手であった私は途方にくれてしまった。

 目の前の少女はどう見ても小学生くらいで、説明しても上手く行ってくれる気がしないのだ。

 

「それじゃあ、お兄さんも一緒にご飯食べようよ。その方が説明も早いでしょ?」

 

 しばらく考えていると、少女はそう提案してきた。

 まさか食事に誘われるとは思っていなかったので、私は唖然としたものだ。

 

「俺と食事? いやいや、知らない人についていっちゃいけないって」

「大丈夫よ。私をどうにかできる奴なんて周りにはいないわ。さあ、行きましょ」

「あ、おい!」

 

 私の言葉には耳も貸さず、少女は私の手を引いて歩いていく。

 少女はところどころで私に道を聞きながら、食事のできる場所を探していく。

 そして私の手を引いたまま、行きつけの中華料理屋に着いたのであった。

 

「ねえ、ここなの?」

「ああ、そうだ。それじゃあ案内も済んだし、俺は……」

「ダメ。お兄さんも一緒にご飯食べるの」

 

 案内が済んでも少女は私の手を離そうとしない。

 私としては周囲に何を言われるか分からないので退散したかったのだが、そうは行かないようである。

 そして都合の悪いことに、私にはその後の予定が全くなかったのだ。

 結局、私は彼女がちゃんと食事できるかも不安だったためにその場は頷くことにした。 

 

「……分かったよ。それじゃ、中に入ろうか」

「うん!」

 

 私の言葉を聞くと、少女は無邪気な笑顔を私に見せてくれた。

 心に暖かいものを感じながら店の中に入ると、机の上のメニューを少女に出してやる。

 すると、少女はそれを見て難しい表情を浮かべ始めた。

 

「う~……読めないな~……」

 

 どうやら中華料理のメニューの読み方が分からないようであった。

 私は少女の横に回り、少女に説明をしてやることにした。

 

「それはホイコーロー、って読むんだ。豚肉とにんにくの芽の炒め物だ」

 

 私が簡単に説明をすると、少女の赤い眼が感心したように私を見ていた。

 

「そうなんだ! ねえねえ、それじゃあこれは?」

「ああ、それはだな……」

 

 眼を輝かせて質問を続ける少女に、私は説明を続けた。

 説明をするたびに少女が楽しそうに笑うので、ついこちらも説明に熱が入る。

 結局、私達は店主に怒られるまで質疑応答を繰り返したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、美味しかった!」

「な、ここ美味いだろ?」

 

 しばらくして注文した料理を食べ終わると、少女は満足した様子でそう言った。

 結構長居をしたものだから、早く店を出ようと思って伝票を持って席を立つ。

 すると少女は不思議そうに私の方を見た。

 

「あれ、全部払ってくれるの?」

「流石にこれで君に払わせたら拙いって」

 

 私がそう言いながら会計を済ませると、少女は立ち上がって私の手を取った。

 

「ありがとう! それじゃ、行こ♪」

 

 少女は弾んだ声でそう言いながら、私の手をぐいぐいと引っ張っていった。

 彼女は外に出てもずっと私の手を引いていく。

 

「ちょっと、俺を何処に連れて行く気だ?」

「まあまあ、いいからいいから」

 

 私が問いかけても、少女はそう答えるだけで行き先は教えてもらえなかった。

 そしてしばらく歩くと、人通りの少ない路地裏へとたどり着いた。

 

「こんなところに連れて来てどうするつもりだ?」

「私ね、貴方のことが気に入っちゃったの。だから、連れて行こうと思って」

 

 私は目の前の無邪気な少女の言っていることの意味がよく分からなかった。

 連れて行くと言われても、何処に連れて行くのかはさっぱり分からない。

 困惑する私に、少女はゆっくりと近づいてきた。

 

「ねえ、私の眼を見てくれる?」

 

 少女の声に、私はその方向を向いた。

 少女の赤い眼はまるで宝石のような輝きを放っており、見ているとなにやら吸い込まれそうになる。

 そんな私を見て、少女はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ねえ、貴方の名前はなあに?」

 

 鈴のような少女の声。私はそれを聞いて質問に答えようとする。

 

「……え?」

 

 その瞬間、私は更に困惑することになった。

 

 思い出せない。ついさっきまで問題なく思い出せたはずの自分の名前が全く思い出せないのだ。

 私は大慌てで財布やカードケースなどを探し回った。

 免許証、学生証、定期、保険証、診察券等、ありとあらゆる名前付きのカードを探し回った。

 しかし、それら全てが名前の部分が焼け落ちたようになっており、自分の名前が分からない。

 

「え、何で……何で何で何で何で何で!?」

「あはは、分からないでしょ? 私が貴方の名前を壊しちゃったから、もう誰も、何も貴方の名前を覚えていないよ」

 

 混乱して叫ぶ私に、少女はそう言ってからからと笑った。

 彼女は私の首をまるで逃がさないと言わんばかりにギュッと抱きしめた。

 そして、彼女は歌うような声で私にこういった。

 

「あのね、私は神様なの」

 

 その言葉を聞いて、私は訳が分からずに少女を振りほどこうとする。

 しかし、彼女の力は想像以上に強くて振りほどくことが出来なかった。

 

「うふふ、ダメよ。貴方はもう逃がさない。貴方はこれからずっと一緒。貴方はもう私のものよ」

「な、何でそんなことを……」

「さっきも言ったでしょう? 私は優しい貴方が気に入っちゃったの。さあ、行きましょ? 嫌がっても連れて行くけどね!」

 

 少女がそう言った瞬間、私達の足元に大きく美しい魔法陣が現れた。

 それは煌びやかな白い光を放ち、周囲を覆いつくしていく。

 

「うわっ!?」

 

 私はその太陽を直接見たような眩しさに眼を覆うが、その手をすり抜けて光は私の眼に飛び込んできた。

 その次に感じたのは、まるでバンジージャンプをしている時のような浮遊感。しっかり踏みしめていたはずの地面が無くなり、自分がどんな状態にいるのか分からなくなる。

 状況を確認したくても、眩しくて眼が開けられないので何も分からない状態が続いた。

 そしてしばらくすると、少女の笑い声が聞こえてきた。

 

「うふふふふふ……私の世界にようこそ」

 

 少女がそう言った瞬間、光が段々収まっていった。

 そして気がつくと、私は妙な景色を目の当たりにすることになった。

 それは例えるのならば、溶けた時計が印象的なダリの記憶の固執のような、異質で歪んだ世界であった。

 

「な、何なんだ、ここは!?」

「何処の世界にも属さない、私だけの空間。正確には、私が壊した世界の残骸よ」

 

 はっきり言って意味が分からなかった。

 目の前の少女は自分が神様だと言い、この世界は彼女が壊した世界だと言う。

 私はそんな存在など自分の常識では考えられないものだから、ただ混乱することしか出来なかった。

 そんな私に少女は楽しげに笑いかけた。

 

「そんなに怖がらないでよ。私は貴方の全部を壊す気は無いんだからさ。それに、貴方に二つあげるものがあるの」

 

 彼女はそう言うと、金色に輝く珠を取り出した。

 その輝きは神々しく、明らかに人の手によるものでは無いと分かる。

 私がそれに見とれていると、彼女は私の頭に押し付けた。

 すると、その珠が頭の中にスッと溶け込んでいくのを感じた。

 

「がっ、あっ!?」

 

 次の瞬間、激しい痛みが頭の中に走る。脳梗塞やくも膜下出血などの痛みのような、全体が激しく痛む、死を覚悟するような頭痛であった。

 それと同時に、頭の中が何か書き換えられていくような感覚を覚える。自分の脳に様々なところから何かが繋がっていき、次々と情報が流れてくる。

 自分がいた世界のこと、今の自分のこと、そして目の前の少女のこと。少し考えるだけで頭の中に膨大な情報が何処からとも無く流れ込んできた。

 しばらくその情報を整理していると、私の頭の痛みは治まっていた。

 

「……い、今のは……」

「知識の神の頭脳よ。これを手に入れた者はありとあらゆる世界の全てのことを知ることが出来るようになるの。死ぬほど痛いって聞いてたから使うのためらってたけど、貴方が使えば問題ないよね?」

 

 少女は私を見てそう言って笑った。

 そんなことは分かっていた。何しろ、その情報すら私の頭の中に流れてくるのだから。

 それよりも、私には彼女に訊きたいことがあった。

 

「それで、俺にもう一つ何をくれるって言うんだ?」

「ウィズ」

 

 私が問いかけると、少女……名前はカーラと言うらしい……は短くそう言った。

 それが何を指すのかは私には分からなかった。

 私が呆けていると、カーラは無邪気な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「貴方の名前よ、ウィズ」

「成程ね……名前を付けることで自分のものにする呪いだな、カーラ?」

 

 カーラの言葉にそう言って返すと、彼女はにんまりと笑った。

 どうやら私にちゃんと知識の神の頭脳が馴染んでいることが分かってご満悦のようである。

 

「そうよ。私のものになるんだから、私が名前をつけないと不自然でしょ? もう誰にも渡さないんだから、これくらいしないとね」

 

 カーラはそう言いながら私のほうへと近づいてくる。私は何故か動けずにそれを見ていた。

 

「さあ、ウィズ。一緒に行きましょう?」

 

 カーラはそう言って、無邪気な笑顔を浮かべながら私に手を伸ばしてきた。

 不思議と怖くは無かった。呪いの効果なのだろうが、それも不快ではない。

 私は彼女を受け入れることにしたのだ――――

 

 

 

 *  *  *  *  *

 

 

 

「ウィズ……ウィズってば!!」

「あたたたたたた!?」

 

 カーラはウィズの肩に乗ったままその黒い髪を掴み、思いっきり頭を揺さぶった。

 考え事をしていたウィズが自分の呼びかけに反応してくれなかったからである。

 カーラが手を離すと、ウィズは頭を痛そうに擦った。

 

「……そう乱暴に扱わないでくれるかな? 私は君とは違って、頭脳以外は魔法も何も使えない、ただの人間なのだから」

「ふ~んだ、話を聞かないウィズが悪いんだから。それで、何を考えてたの?」

「君とであったときのことを思い出していたのだ。今にして思えば、君は人間に全然紛れていなかったと思ってね」

 

 ウィズは当時のことを思い出して、懐かしそうな表情を浮かべた。

 それを聞いて、カーラは楽しそうに笑顔を浮かべた。

 

「ああ、あの時のことね。そう言うウィズは人間の中に紛れていたけどね」

「……ふむ。では、私に声を掛けたのはたまたまだったのかな?」 

「ううん、ウィズに声を掛けたのはちゃんと理由があるわ」

「ほう? では何故かな?」

 

 ウィズはカーラにそう問いかける。

 すると、カーラは浮かべた笑みを深めて答えた。

 

「貴方が今まで見てきた人型の中で一番優しそうだったからよ」

 

 カーラはそう言いながらウィズの頭を撫でる。

 それを聞いて、ウィズは小さく笑みを浮かべた。

 

「成程。つまり、カーラは私に優しくして欲しいわけだ」

「そ。でも、ウィズはいつでも優しいから問題ないんだけどね」

「それは良かった……っ!?」

 

 突如として、ウィズの頬に一筋の赤い線が引かれる。

 そこからは赤黒い血が流れ出し、痛みを彼の脳に伝える。

 

「カーラ。どうやら君と遊びたい人がいるみたいだが、どうする?」

 

 それに対して、ウィズは笑みを深めた。

 その表情には、自分が狙われていることに対する恐怖など一切含まれていない。

 

「……ええ、遊んであげるわ。私のウィズに傷をつけた奴らにお仕置きしてあげないとね」

 

 ウィズとは対照的に、カーラは昏く凄絶な笑みを浮かべていた。

 そこには自分の大切なものを傷つけられたという、激しい怒りが滲み出ていた。

 そんなカーラにウィズは笑いかけた。

 

「まあ落ち着いて。これから相手の位置を教えるからよく聞いて欲しい」

「良いわよ。早く言って」

 

 今にも飛び出しそうなカーラに、ウィズは優雅な表情で話を続ける。

 そう話している間に、鉛の銃弾がどんどん飛んでくる。

 しかし、その弾丸はまるで熱した鉄板の上に落とされた水のように沸騰し、蒸発していく。

 ウィズは少し眼を閉じて念じると、口を開いた。

 

「……前方に十人。両翼に五人ずつ。布を被って一見分からないようになっているから、気をつけてくれたまえ」

「オッケー……ウィズを傷つけたこと、地獄の底で後悔させてあげるわ!!」

 

 カーラが叫んだその瞬間、敵の方から悲鳴が上がってきた。

 その叫び声は金切り声のような異常な声で、余程大変なことが起きたようであった。

 

「行きましょ、ウィズ。貴方を傷つけたお馬鹿さん達のところに」

「ああ、行くとしよう」

 

 少しすっきりした表情のカーラに頷くと、ウィズは肩に彼女を乗せたまま悲鳴が聞こえた場所に向かった。

 ゆっくり、一歩一歩ゆっくりと相手に近づいていく。そして近くまで行くと、荒野の土の色と同じ布の下から鮮やかな赤い液体が流れていた。

 

「ああああああああ!!」

 

 布の下からは激痛にあえぐ男の声が漏れ出している。

 なにやらもぞもぞと動いており、必死にもがいているようでもある。

 

「ふむ……」

 

 ウィズはそっと男の上に掛かっていた布を取り払った。すると中には一丁のライフルと両腕両脚がちぎれた男が横たわっていた。

 男は眼を見開いておびえた表情でウィズを見やる。そんな男の前に、カーラはウィズの肩から降りて近寄った。

 

「うふふ……よくも私のウィズに傷をつけてくれたわね……私、カッとなって貴方達の肩と股関節を壊しちゃった」

「ぎゃああああああ!!」

「ねえ、どうせ壊れるのに、何で自分から壊されに来るの? それとも、自分が壊されないっていう自信があったの?」

「ぐあああああああ!!!」

 

 カーラは腕を切り離された男の傷口を靴のかかとでぐりぐりと踏みにじり、その痛みに男は悲痛な叫び声を上げる。

 カーラの表情は愉悦に染まっている。ウィズを傷つけた相手をいたぶるのが楽しいのだ。

 そんな彼女にウィズが話しかけた。

 

「お楽しみのところ悪いが……そろそろ行かなければどんどん遅くなってしまうぞ?」

 

 そう話すウィズの表情は微笑ましいものを見るような表情であり、目の前の凄惨な光景に対する恐怖や嫌悪感などは見受けられない。

 彼は目の前の悲惨な目に遭っている男には目もくれず、男をもてあそぶカーラにただ優しく声を掛けるのであった。

 そんな彼に、カーラは笑顔で答えた。

 

「うん! それじゃあ、終わりにするね!」

 

 カーラはそう言うと、小さく指を振った。

 するとその瞬間、荒野に二十の赤い噴水が噴きあがった。

 男の体が裂けて、その中から盛大に血が噴き出していく。そしてその血は、近くにいたウィズとカーラに向かって降り注いだ。

 

「あははははは!! 綺麗綺麗!! やっぱりこの瞬間がたまんないね!!」

 

 カーラは目の前の光景に大はしゃぎで無邪気に跳ね回る。

 その純白の少女の体を、鮮やかな赤い血が染めていく。

 しばらくすると、その赤い雨は止んで荒野には二人の生者と二十の死体が残っていた。

 

「あー、すっきりした! ウィズ、貴方に手を出した奴は全員壊したよ!」

 

 カーラは血に濡れた無邪気な笑顔でウィズにそう言って親指を立てた。

 それに対して、ウィズも優しく笑い返した。

 

「ああ、そうだね。でも、せっかくの洋服がまた真っ赤に染まっているね」

「大丈夫よ。何度汚れたって、ほら!!」

 

 カーラがそう言うと、彼女の体を染めていた赤い色がどんどんと消えていく。

 そしてあっという間に、真紅に染まった体が元の純白の姿に戻った。

 それを見て、ウィズは笑顔で頷いた。

 

「うん、これで元通りだ。でも、これが出来るのなら何で私には血がかからないようにしたのかな?」

 

 そう言って首をかしげるウィズの体には、血は一滴も掛かっていない。

 付いている血といえば、最初に弾丸が掠めた傷からこぼれている血だけであった。

 

「あ、それはね……」

 

 カーラは悪戯な笑顔でそう言うと、ウィズに近づいていく。

 そしてウィズの前に立つと、彼の首に飛びついて頭を抱き寄せた。

 

「ん……」

 

 カーラはおもむろにウィズの頬を流れる血を舐め取った。

 小さな舌を何度も動かし、次々に溢れてくる血を掬い取っていく。

 その表情は恍惚としたものであり、その口から吐き出される吐息は興奮しているせいか荒くなっていた。

 しばらく舐めて血が出なくなると、カーラはウィズを抱きしめた。

 

「貴方は私のものなの。その血の一滴だって私のもの。それをあんな奴らの血で汚すなんて勿体無いことするわけ無いじゃない」

 

 カーラは熱っぽい息遣いのまま、ウィズの耳元でそう囁いた。

 その言葉を聞いて、ウィズは小さく微笑んだ。

 

「ふむ、納得したよ。さて、それじゃあ先に行こうか」

「待ってウィズ」

 

 そう言ってカーラがウィズの頬を撫でると、そこにあった傷は綺麗に消えうせていた。

 それに気がついて、ウィズは自分の頬を撫でる。

 

「ああ、私の頬の傷の存在を破壊したのか。ありがとう、カーラ」

「どういたしまして。それじゃあ行きましょ、ウィズ」

 

 カーラが肩に腰かけると、ウィズは再び道の先へと歩いていく。二人は楽しげに語らいながら荒野を進む。

 そんな中、ふとウィズが気がついたようにカーラに声を掛けた。

 

「ああ、ところで……この世界はいつ壊すのかな?」

「そうね……私が飽きたら壊すわ」

 

 ウィズの質問に、カーラは何処までも無邪気な笑顔を浮かべてそう答えるのだった。

 

 

 

 
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