01:まっしろなスケジュール
年の初めに私は必ず手帳を買う。
今年で十冊目になった手帳だけれど、三冊前から予定を書く事をしなくなった。
四冊前の中ごろから、咲先輩に出会ったからだ。
「眞白、アイスを食べに行くわよ」
咲先輩はいつも唐突だ。
唐突に現れて、私の予定も聞かずにそんな事を言うのだ。
「はい。わかりました、先輩」
そんな先輩に私はいつも三つの言葉で返事する。
私が差し出した手を先輩が引いて、今日も今日とて流浪の旅へ。
降ってわいた幸運を楽しむべく、歩幅の広い先輩に合わせて私は早足になる。
「先輩は足が速いですねぇ」
流れて流れる景色を目で追う事はせず。私は先輩の横顔に話しかける。
「そうよ。もったいないもの」
つないだ手を決して離さず、大きな歩みも止まる事無く。先輩は一言そう言った。
「今日はね、貴女とアイスを食べて、貴女と公園でおしゃべりをするの。そうしないと一生後悔するから」
「相変わらず先輩は大げさですねぇ」
ふわふわとした会話のキャッチボール。
けれど、先輩とのキャッチボールは唐突にテンポが変わる。
たとえば、このように。
「そんな事無いわ」
流れる景色と一緒にいきなり止まるのなんて当たり前。
「もし、今日、世界が滅亡したら明日はもうアイスも食べられないし、公園でおしゃべりだってできなくなるわ」
急に止まってバランスを崩す私を抱き止めながら、矢継ぎ早。
「私のマロンクリームも貴女のチョコチップも食べられないままこの世が終わったら死んでも死にきれないじゃない?」
よくわからない滅亡とよくわからない後悔とよくわからないチョコチップ。
先輩の未来はよくよく割と予約制だ。主に、私と過ごす事で。
「……なにより」
いつも唐突に表れて、いつも唐突に連れ出して。
「世界の終わりの日に貴女と一緒じゃないなんて嫌だもの」
いつも唐突に私を幸せにする。
「光栄ですねぇ」
きっと、今日も明日も世界は滅亡なんてしないけど。もしその日が来た時には私は先輩の傍にいるのだろう。
どうせそんな日は私の生きている内に起こらないだろうけど。でも。
「ところで先輩。今日は私チーズケーキにしようかと思うんですけど」
「うん、よし、許可」
「はい、ありがとうございます」
唐突な先輩の為に、今日も明日も明後日も。私の予定は先輩の為に空けておくのだ。
02:「それ」で伝わる
意地っ張りで、ひねくれ者で、実は案外ヘタレ。
そんなあいつから電話がかかってきたのは、日をそろそろまたごうかと言う頃だ。
「凜子、夜空を見てご覧なさい。良い月ですわ」
読書馬鹿のひきこもりが外を眺めるとは珍しい。
そう考えた一瞬は、数秒前の台詞の想起で掻き消えた。
「ん……ああ、そう……?」
もしかすると。いや、そんな馬鹿な。
妄想の中。「とある台詞」で私に告白をするあいつが浮かぶ。
どうにも趣味が悪い。自分の事ながらそう思うのだけれど、何故か私はあいつが好きなのだ。
それも友情のそれではなく……。
「……あ~…………」
「凜子? どうかしまして?」
恋した相手にあれやこれやと妄想を繰り広げるのは男女とも変わりないらしく。
それはそれは、寝ても覚めても隙あらば浮かぶあいつの顔。
「なんでもない。ちょっと待って外出るから」
最近に至ってはそれ所ではなく、随分と末期的な思考をするようにまでなってしまった。
それが何かと言えば。
「早くなさいな。月は待ってくれませんのよ」
「はいはい」
要して、「こいつも私の事が好きなんじゃないか」という奴だ。
なんと言うか。私はそろそろ死ぬべきなんじゃないかとすら思える末期感。
男子中学生さながらの錯乱気味なサクランボ思考が如何ともしがたい。
が。末期的な私の脳はそれすら「仕方ない」と判断気味。
「ほれ、玄関」
「あら、コートの類は着ましたの?」
私以外の人間には妙に「近づくな」な雰囲気出してたり。
かける予定もかかる予定もないとか言ってた割に携帯買ったり。
この前偶然アドレス帳見たら私しかいないし。
割と毎日電話かけてくるし。
「いくら脳味噌まで筋肉で出来た貴女だからと言って風邪はひきますのよ?」
「もやしの髭が脳まで届いたひきこもりに風邪の心配されたくないっつの」
何とも。こいつには「私だけ」が詰まっている。
「心に刻みなさいな。風邪だからと油断して、死にでもしたらどうするんですの?」
気遣う時には毒舌交じり。嫌われたくないくせに、嫌われても仕方ない理由を自分で作る。
私は知っている。昔、風邪で死にかけたらしいこいつなりの本気の心配。
「……そだね、その時はさ。幽霊にでもなって夏目の物にでもなるよ」
全くもって、可愛いやつだ。
「は、な。……なんですの? それは」
「伝わらなかった? 死んでもいいわ、の方が解りやすい?」
意地っ張りで、ひねくれ者で、案外ヘタレ。
「……で、返事は?」
どんなつもりか知らないけれど、私を月見に誘ったアンタが悪い。
「つ、月が、綺麗ですわね……」
「あー、まったく。月が綺麗だ」
アンタが夢見る告白の言葉くらい、知らない私じゃないんだから。
03:わらって、すきなひと
「あ……。長倉、さん」
むかし、悲しい事があったらしい。
その時から、菜月は笑わない。
「菜月、まった?」
「ううん……。委員会の仕事あったし、そうでもないよ」
「そっか」
一度だけ、写真で見たことがある。
「じゃあ、えっと。どこ行こっか」
「んー…………」
菜月は、すぐその写真を隠してしまったけれど。
「ハンバーガー」
「うん」
いいな、って思った。
「今日は、いくつ?」
「……10こ」
きっかけは小さかったから、私と菜月はまだ、友達。
菜月は、まだ笑ってくれない。
「やっぱ、15こ」
「わ……増えた」
……「まだ」友達。
陸上部の帰りにこうして待ち合わせて、一緒に帰って、寄り道して。
そんな、「普通の」友達。
「……菜月?」
「え……、なに、かな? 長倉さん」
昔あった悲しい事ってどんな事?
それがどうにかなったら菜月は笑ってくれる?
私にできる事はない? 結構、なんでもできるつもりだよ?
だから…………。
「……長倉さん?」
わかってる。聞けるような友達じゃない。……まだ。
まだ、友達ですらないって事も、本当はわかってる。
笑って、と。お願いする事すらできないんだから。
「……菜月は」
お願いしなくても、自然に笑いあえる。そんな風になれたらいいと思う。
それを「友達」と言うのか、「親友」と言うのか。もしかしたら全く別の何かかもしれないけど。
「ハンバーガー、いくつ食べる?」
「え、私は1個でいいかな」
「……11こ?」
「え、えっと、そうじゃなく、というか、どうして長倉さんは太らないのかな……?」
菜月が笑ってくれるなら、どんな風でも素敵な物に違いない。
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発展途上だったり発展前だったりする恋愛模様の百合短編三作。
ページごとに一作品ずつ載ってます。