No.53190

拠点イベント春蘭ルートEX

poromeriaさん

人生初SSです。ちょっと長めです。
春蘭のバカ可愛さに心がグッときたので頑張ってみました。
恋姫無双の中でも本編そのものより、拠点のバカバカしいノリが好きなので、できるだけ明るく、ライトに書いたつもりです。

2009-01-20 18:41:50 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:9889   閲覧ユーザー数:7218

 
 

「北郷っ!北郷!起きろ!今すぐっ!」

 

「!?……な、何だ!?何だ!?」

 

「早く起きろ!起きるんだっ!」

 

このTPOをわきまえない大声は……あいつしかいないか。

 

「ええい、こうなったらもう……」

 

「こ、こら待て、春蘭!起きてる!起きてるからっ!」

 

「よし!入るぞ!」

 

「ちょっと待て!扉を開けるときは『ドカッ!』……ゆっくり開けろって……」

 

 

――――

―――

――

 

 

「で?今日は?菓子か?服か?」

 

寝起きの気だるさと夜明け前に叩き起こされた不機嫌さで思わずぶっきらぼうな口調になってしまった。

 

「もちろん両方だっ!」

 

「はぁ…………」

 

「貴様ぁ!何溜息をついている!華琳様に似合うお召し物と華琳様のお口に合う菓子をお探しできることの幸せと名誉をどうして誇りに」

 

「わかった、わかったから」

 

「わかったなら早く準備をしろ!」

 

「はいはい……」

 

「はいは一度だっ!」

 

「……やれやれ」

 

相変わらず華琳の為ならひたすら実直だな……思わず苦笑いがでてしまった。っとあれ?苦笑いといえば……

 

「そういえば今回は秋蘭は?」

 

「うむ……秋蘭は……」

 

「ん?」

 

「昨日の晩から華琳様にお出しする昼食の為に寝ずに厨房に立っている……」

 

「ね、寝ずにか……そりゃまたすごいなぁ……」

 

まあ、あの秋蘭の事だ。華琳の為の徹夜ならまったく苦とも思わないんだろうな。

 

「うむ……」

 

「ってどうしたんだ?急に元気が無くなったな?」

 

「……うん?……いや、そんなことはないぞ?」

 

「いや、あきらかに…………んん?」

 

……ああ、なるほど。秋蘭を手伝えない寂しさや自分の不甲斐なさ、華琳に褒めてもらえない悔しさが表に出ちゃった訳だな。

 

「ははっ……」

 

「何だ北郷」

 

「いや、相変わらず春蘭は可愛らしいなと思ってな」

 

「か、かかかか、可愛らしいだと!き、貴様!バカにしているな!叩き切ってやる!」

 

「落ち着け落ち着け。別に悪い意味で言ったんじゃないんだからさ」

 

「わ、悪い意味じゃないのか……そうか。な、なら仕方が無いな、うむ……」

 

このすさまじい闘気や殺気も、大げさな照れ隠しだと判っていると尚更可愛らしく見えてしまうから困る。

 

……でもまあ、やっぱり春蘭は華琳に褒めてもらった時のあの笑顔が一番良いよな。

 

――――よし!

 

「んじゃ、今回は春蘭の為にいっちょがんばりますか!」

 

「わ、私のためとか!……そういうのは、その……」

 

「まずはとっておきの菓子だな」

 

「……とっておき?」

 

「ああ。一昨日季衣と流流と三人で外食した帰りに見つけた菓子店なんだが、その日に開店したばかりの新しい店だよ」

 

「ほうほう」

 

「季節の果実や木の実なんかもふんだんに取り入れてて、いくつ食べても空きが来ないおいしい菓子だったな。季衣だけじゃなく流流まで「おなかが苦しい~でもやめられない~」ってモリモリ食ってたしなぁ」

 

「おお、あの流流がか!それは本物だな!」

 

「うんうん。あの菓子なら華琳だって絶対に満足するはずだぞ」

 

「よし!それじゃ早く行くぞ!北郷!」

 

「そんな急がなくても大丈夫だって。まだ全然無名の菓子店なんだし。それに今回は、以前のようなことがないように季衣にも流流にもあまり人に言いふらさないように言っておいてあるからさ」

 

「だからといってのんびりして売り切れとかだったらどうするんだ!それに秋蘭の昼食後にお出しできれば華琳様はなおお喜びになられるだろう!」

 

「わかったわかった。んじゃ着替えるからあっち向いててくれ」

 

「うむ、早く着替えろ」

 

「…………」

 

「…………」

 

パサッ

 

「…………」

 

「…………」

 

 

「……あの……」

 

「何だ?」

 

「だから、あっち向いててくれって……」

 

「別に前にも見たし気にする必要は無かろう」

 

「いや、まあ別に良いんだが……」

 

「…………」

 

「…………」

 

スルスル

 

「……春蘭?」

 

「お、おぅ……?」

 

「……いや、さすがにそんなにジッと見られると照れるんだが」

 

「おぉ……っ!?」

 

 

 

「で?その店にはまだ着かんのか?」

 

「もうすぐだよ。あそこの角を曲がったらすぐに……って……」

 

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

「ごらんの有様だよっ!!?」

 

な、なんなんだこの行列は……!?

 

以前春蘭、秋蘭と三人で並んだ菓子店の倍以上の人が並んでいる……。

 

「何故だっ!昨日の朝店の近くを通ったときには行列のギの字も無かったのに!」

 

これだけ期待させといて結局買えませんでした~、なんて事になったら……

 

「北郷ぉぉぉぉぉぉっ!!貴様ぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「うおっ……ちょっと……待っ……」

 

「だから言っただろう!!のんびりしてたら売り切れてしまうだろうと!!」

 

「首……決まっ……息……が……」

 

「貴様、もしこれで買えなければ頭蓋を真っ二つに叩き割ってやるからなっ!!」

 

「その前に……死…………」

 

「あれぇ~?春蘭様なの~」

 

「ん?その声は沙和か?」

 

「ゲホッ……ゲホッ……た、助かった……」

 

「おはようございますなの~春蘭様と――げっ!隊長なのっ!」

 

「ゲホッ……なんでげっ!なんだ?沙和」

 

「あ、あはは~。なんでもないの~」

 

「ん~?」

 

なんで目を合わせないんだ、沙和のやつ……。

 

「あは、あはは……」

 

「んん~??」

 

沙和は今日は……確か非番のはず。昨日は…………あっ!

 

「……さ~~わ~~?ちょ~っとこっちにおいで~?」

 

昨日は……凪と二人で朝までの城の夜間警備の任務についていたはずだ……

 

「い、イヤなのっ!」

 

「ふ~ん……んじゃ春蘭に聞かれても良いって事だな?」

 

「うぐっ……」

 

「私がどうしたんだ、北郷」

 

「ああ~、待って、行くから~うう~」

 

「ああ、いや、なんでも無いんだ。すぐに戻ってくるからちょっと待っててくれ」

 

春蘭に話しつつ沙和の頭の三つ編みを捕まえて物陰に引っ張っていく。

 

「痛い、痛いの~!痛いのはイヤなの、優しくして欲しいの~」

 

「コラ、誤解されるようなことを言うな、バカ!」

 

「うぅ……痛いの~……」

 

頭をさすりながら涙を溜めた眼で見上げられるとこっちが悪い事した気になってくるじゃないか。

 

「で?仕事をさぼってお前は何で菓子の行列に並んでるんだ?」

 

「うぅ……。……あのね、詰め所で昨日発売した阿蘇阿蘇を凪ちゃんと二人で呼んでたら、『巣伊々津新時代!』って名前でこのお店のことが特集してたの。このお菓子を食べてない人は巣伊々津の波に乗り遅れるだろう、って。だから沙和もとにかく早く食べてみたかったの~」

 

「波に乗り遅れるって……そんな理由で凪をほったらかしにしてここに来たっていうのか?」

 

「そんなことないの~。凪ちゃんも食べたくて仕方ないみたいだったから、二人で相談して私が買いに行くことになったの」

 

「凪もかい……」

 

まったく……まあ凪のことだ。言い負かされたのが半分、実際に食べたかったのが半分、ってとこだろうな。

 

……しかし……

 

「なんでこの店のことが載ってるんだ?このお店開店したの一昨日だぞ?城の中でも俺と季衣と流流くらいしか知らなかったはずなのに……」

 

「ああ~……、それは多分、季衣ちゃんと流流ちゃんのせいなの~」

 

「季衣と流流が言いふらしたって事か?それは無いぞ、絶対に」

 

あの二人が俺との約束を破るなんて到底思えないし。

 

「違うの~。季衣ちゃんと流流ちゃんが町に食事に出たときには阿蘇阿蘇の食担当の記者さんが必ず後をつけてるって聞いたの~」

 

「なんだそりゃ?」

 

「阿蘇阿蘇の編集さんに聞いたんだけど~、季衣ちゃんと流流ちゃんが入ったお店はほとんどはずれが無いらしくて、今やあの二人がこの国の食の流行の最先端らしいの~」

 

なるほど……。一昨日にそれを見た記者が記事を書き昨日の阿蘇阿蘇に載って今に至る、ってわけだ……。

 

んー……困ったな……

 

店も突然の行列で沢山は作ってないだろうからこのまま並んで買える確立なんてほぼ無いに等しいだろうし……かといってこの店以外で華琳のお眼鏡に適うような店なんて思い当たらないしなぁ……

 

「うーん……」

 

「あの……隊長……許してくれる?」

 

「ああ、それはまあ…………いや、待てよ?」

 

突然の行列――――ふむ。

 

「あー、ごほん!沙和クン!」

 

「はいっ!」

 

「本来ならば仕事をさぼって菓子の行列に並ぶなど許されることではない。……しかしまあ、凪と二人でってことなら凪が沙和の分まで頑張っている事だろうし、今回は特別に不問としよう!」

 

「やった~!隊長、大好きなの~っ!!」

 

「そのかわり、と言っちゃなんだが一つお願いがあるのだよ、沙和クン」

 

「えっ?お願い?命令じゃなくって?」

 

「うむ」

 

「…………」

 

「うむ?」

 

「……ちゃんと気持ち良くしてくれるのと……あとあんまり痛いのじゃなければ……」

 

「違うっ!そういうお願いじゃないっ!!」

 

「えぇ~?そういうお願いなら大歓迎なの~」

 

「や、まあそれは近いうちにお願いするから、ってそうじゃなくてっ!」

 

「ちょっと位なら痛くても良いの~」

 

「そこから離れろ!!」

 

 

 

「なるほどなの~」

 

「突然人気が出たわけだから店側も多分販売制限とかしてないと思うんだ」

 

「じゃあ、華琳様と秋蘭様と春蘭様の分、2個ずつ買えばいいの?」

 

「うん。甘さ控えめだし食べやすい大きさだから華琳や秋蘭でも食後に2つくらいは食べれるだろうし」

 

「わかったの~」

 

「こんなこと頼んでおいて言える身分じゃないが、あんまり沢山買いすぎて後ろの人に迷惑かけないようにしろよ?」

 

「もちろんなの!」

 

「――あとさ、今回の阿蘇阿蘇に華琳に似合いそうな服とか載ってなかったかな?」

 

「華琳様に?……う~ん……あっ!」

 

「おおっ!」

 

「ちょっと待ってね隊長。確か……」

 

腰に下げたドクロの中から折りたたまれた阿蘇阿蘇を取り出しパラパラとめくる。

 

「あった!これなのっ!」

 

「これは……」

 

――ドレス、かな?……絵だけじゃ断定できないが……

 

「すっごくおしゃれなんだけど~……きっとこれが似合うのは華琳様くらいだと思うの~」

 

なるほど……かなりの気品を持った人間にしか着こなせない感じか。うん、華琳向きだな。

 

「この店の場所ってわかるか?」

 

「ん~と、確かあそこを――――」

 

「――――なるほど。……色々ありがとうな、沙和」

 

「どういたしましてっ。……でも……羨ましいなぁ……」

 

「ん?何がだ?」

 

「春蘭様が羨ましいの。隊長に沢山優しくしてもらって」

 

「沢山って……。俺は沙和にも他のみんなにも優しくしてるつもりなんだが……」

 

「も~っ!そうじゃなくってぇ~!」

 

「ははっ、わかったわかった。沙和に似合いそうな服があったらちゃんと買ってくるから」

 

「うぅ~……そうじゃなくってぇ~……」

 

「おお~い、北郷ぉ~!もうすぐ開くみたいだぞ~!!」

 

「あ、やば……」

 

「んじゃ頼むな。菓子は俺の部屋の机に置いといてくれ」

 

「わかったのっ!ご褒美期待してるからねっ!」

 

 

――――

―――

――

 

 

「……沙和と二人で何をコソコソしてたんだ?」

 

「ああ、ちょっとな……」

 

「別に何もしてないの~」

 

「……まさかこんな朝っぱらからよからぬ事を……」

 

「してないっ!してないから柄に手を乗せるなっ!」

 

「さすがの隊長もこんな時間に屋外でそんなことはしないと思うの~」

 

「……うむ、なら良いのだがな」

 

「「ほっ……」」

 

さすがにこんな人ごみのなかで暴れられたらどうしようもないしな……

 

「んじゃ沙和は列に戻ってくるの~。隊長、春蘭様との逢引き楽しんでね~」

 

「なあっ!!?」

 

「こ、こら、沙和っ!お前っ!」

 

「あ、ああああああ、あ、あ、逢引きだと、おいちょっと待て沙和っ!!これは逢引きなどではなく華琳様の……」

 

ああ……振り返りもせずいっちまった……

 

「……北郷ぉ……き、貴様ぁ……」

 

「違う!違うぞっ!」

 

「な、何をこそこそしてるのかと思えば……あ……あ、逢引きにゃどと沙和に吹き込んでおったのか貴しゃまぁっ!!」

 

「誤解だ!そんなことは言ってない!」

 

「う……う、う……うっ…………」

 

「う?」

 

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「…………えぇ~!?」

 

あっという間に走り去ってしまった。

 

切りかかられるのかと思ったが……恥ずかしさがオーバーフローしちゃったのかな?

 

なんか噛んでたし。

 

「ってまずいっ!」

 

見失ったら予定がパーじゃないかっ!

 

早く追いついて誤解を解かないと……!

 

「待てぇ!春蘭っ!」

 

 

 

「いいかげん止まれぇぇぇぇぇ!!」

 

「追いかけて来るなぁぁぁぁぁっ!!」

 

くっ、なんつー速さだ……このままじゃどんどん離されるだけだ。

 

なんとか足を止めさせないとっ!

 

「だからー!何度も言ってるが誤解なんだってっ!!」

 

「うるさいうるさいうるさーいっ!!」

 

「実際逢引きじゃないだろうが!!それに俺と春蘭が一緒に居ても逢引きには見られないって!!」

 

「…………何?」

 

あ、スピードが落ちた……

 

「はあっ……はぁっ……やっと……追いついた……」

 

「……………………」

 

「はあっ……ど、どうしたんだ?」

 

「……そ、そりゃあ確かに私はがさつだし乱暴かもしれんが、……これでも立派な女なのだぞっ!!」

 

「……ええっ!?そりゃわかってるよ」

 

「じゃあなんで逢引きには見えないんだ!?」

 

「……ああ~。……いや、それはそういう意味じゃなくてだな……」

 

「どういう意味だっ!!」

 

「つまりだな……、俺と春蘭が二人で歩いてたとしても、俺は春蘭の従者にしか見えないだろうなあ、って事だよ」

 

「……んん?もっと分かりやすく言えっ!!」

 

「十分分かりやすいと思うんだが……」

 

どう言ったら分かりやすいかなぁ……

 

「ええとだな……、春蘭は美人で綺麗だし華があるだろ?その横に俺みたいな普通の男が居たとしても、周りはきっと恋人同士が逢引きしてるようには見えないだろう、って事」

 

「……美人……綺麗……華……」

 

……そこだけ採られるとこっちが恥ずかしいんだが……

 

「と、とにかく!悪い意味で言ったんじゃないって事はわかったか!?」

 

「お、おぉ……!?う、うむ。だ、大丈夫だっ」

 

「よし!んじゃ昼まで時間もあんまり無いことだし次に行くか!」

 

沙和に聞いた店は……、おっ、わりと近くだな。

 

「……次?あっ……菓子…………」

 

「ああ、それなら大丈夫だ」

 

「……うん?どういうことだ?」

 

「菓子のことは任せとけって」

 

「任せとけって……ええっ?」

 

「んー……信じられないか?」

 

「――――いや……信じるぞ!」

 

真っ直ぐな目で言われると照れるな……

 

「前も助けてくれたしな!」

 

「ははっ。まああの時も今回も結局は他力なんだがな」

 

この店の角を曲がれば……

 

「おっ、あった。あの店だ」

 

「おぉ……っ。初めて見る店だな」

 

「大分西方の……羅馬辺りで流行っている服を取り入れた店らしいぞ」

 

「うむ!早く行くぞ!」

 

「ちょ、こら、引っ張るな、痛、痛たたた」」

 

 

 

「おおぉっ!!!これは!!!」

 

「おお……こりゃすごい……」

 

絵で見るよりも随分綺麗だな。刺繍なんかもすごい細かいし。

 

豪華だが下品な華やかさじゃなく気品もあって、でもどこか可愛らしい。

 

こりゃ普通の人が着たら間違いなく服に負けてしまうな。

 

「大きさはどうなんだ?」

 

「うむ……うむ!ばっちりだ!」

 

「って抱きしめただけけで判るのか?」

 

「当たり前だ!今まで何着華琳様への服を選んだと思っている!」

 

「そうかそうか。しかしここまで完璧だとオーダーメイド品みたいだな」

 

「おーだーめーど?」

 

「ああ、えっと、まるで華琳のためにあつらえた様な服だな、って事だよ」

 

「うむ……うむ!おーだーめーどだ!」

 

うんうん……春蘭も気に入ったようだな。

 

「すいませーん、店員さーん」

 

「はい」

 

「この服いくらですか?」

 

「はい、この金額になります」

 

「…………うおっ」

 

「…………うげっ」

 

……金額もオーダーメイド級か……俺の給料の3ヶ月分は軽く越えてるな……

 

「うむむ……さすがにこれは秋蘭と相談しなきゃならんな……。ここまで高い服は買ったことが無いぞ……」

 

「うーん……もうちょっと安くなんないかな?」

 

「当店は生地から糸にいたるまで西方から運び入れているもので割り引けるとしても……正直これくらいが限界です」

 

うーん……スズメの涙、って感じ。

 

「そうか……」

 

…………まあ、しかたないか。

 

「いかがなさいますか?」

 

――――何を……

 

「かわいいなぁ……」

 

――――何を日和っている……

 

「ううっ……おーだーめーど……」

 

――――お前の二つ名を言ってみろ……

 

「いや、でもこんな高いのは勝手に買っちゃだめだな……」

 

――――ここは男気を出さにゃならん場面だろ……っ!

 

「秋蘭にまた怒られてしまう……」

 

――――そうだ……いけ……っ!種馬の底力を見せてやれ……っ!

 

「……また今度来るか……まあ、秋蘭と来てもこの値段は手が出ないがな……」

 

――――心の中の覚醒ボタンをっ!

 

「店主、すまんがこれを戻し」

 

――――押せ…………っ!!

 

「……買います」

 

「ええっ!?」

 

「買いますっ!」

 

「おいっ!北郷っ!?」

 

「買いますっ!!」

 

「私この半分も持ってきてないぞ!?」

 

「ああ、いいんだ。俺が出すから」

 

「出すから、って……そんな気軽に払える金額じゃないだろう!?」

 

「大丈夫だって。俺、普段から酒と食い物(と女性へのプレゼント)くらいしかお金使うこと無いしな」

 

……明日から酒は控えるが。

 

「しかし……まさか金額読み間違えてないだろうな!?」

 

「そこまでバカじゃないって」

 

「いや、でも、ほら、さすがに高すぎるだろう?これ私が華琳様に渡すのか?」

 

「いや、その為に買うんだし。……すいません、これ贈答用に包んで貰えますか?」

 

「かしこまりました」

 

「……だ、だだだ、駄目だ!やっぱり駄目だ駄目だ!!店主っ!!」

 

「良いんだって!!ほら、早く外に出る出る」

 

「わわっ、押すな、押ーすーなー!人の話を聞けぇ!!」

 

「お前が言うなって」

 

「えーと……よろしいので?」

 

「ああ、頼むよ」

 

 

 

「はい、春蘭。どうぞ」

 

「なんで私に渡すんだっ!」

 

「なんでって……」

 

「貴様から華琳様に渡せっ!そんなもん受け取れん!」

 

「それじゃ意味無いだろうが」

 

「ううーっ!」

 

「これはいつも春蘭にお世話になってるお礼として渡したいんだから」

 

「世話などしておらん!!」

 

「ああ、もう……」

 

どうすりゃ素直に受け取ってくれんだ?

 

「まあ待て、落ち着いて考えてみろ……」

 

「十分落ち着いている!」

 

「俺が華琳に渡したとしても、華琳も多少は喜んでくれるだろう」

 

「ならそれで良いではないか!私は関係なかろう!」

 

「でもそれだと、春蘭にお礼をしたくて買ったのに、春蘭が間に入らなきゃこの服は意味がなくなっちゃうだろ?」

 

「そんな高い服をもらう礼などした覚えは無い!」

 

「まあ聞けって。それに春蘭から渡した方が華琳だってずっと喜ぶに違いないんだし」

 

「そんなことは!……う、うむ?そうなのか?」

 

「そりゃそうだろ。いつも服を選んでくれる春蘭が渡すからこそ、華琳は自分に似合ってる服なんだ、と安心してその服を着れるわけだしな」

 

「うむむ……」

 

「それを俺が渡したら、華琳は変に気を使っちゃうだろう?なんでこんな服を突然……ってなりそうじゃん」

 

「う、うむ……」

 

「だからこれを春蘭に渡すのは華琳の為でもあるんだよ」

 

「うむ……」

 

「だから、はい。春蘭」

 

「うむ!」

 

――よし、成功だ。

 

「…………うむ?だからといって何故私への礼なんだ?」

 

――ちっ。気づいたか。

 

「ああ、もう!素直に受け取れよ!」

 

「イヤだ!貴様が渡せっ!」

 

ったくもう…………

 

――ちょっと意地悪してやるか。

 

「わかったよ……春蘭が受け取ってくれないんなら仕方がない」

 

「……うむ。返して来い」

 

「……秋蘭に渡すことにするよ」

 

「……何!?」

 

「秋蘭にも沢山お世話になってるし」

 

「貴様っ!」

 

「さっき言った理由も秋蘭なら該当してるしな」

 

「だからといって……!」

 

「秋蘭ならすんなり受け取ってくれそうだしなー」

 

まあ……秋蘭は別な意味で受け取り拒否しそうだな。

 

俺が直接渡すのを見たがりそうだもんな。

 

「うううううううぅぅぅぅぅぅぅっ」

 

「よし。菓子も届いてる頃だろうしとりあえず戻るか」

 

「ま、待て!!!」

 

お、やっと乗ってくれたか。

 

「ん?どうしたんだ?」

 

「ほ、本当に秋蘭に渡すのか?」

 

「んー……だって春蘭受け取ってくれないんだろ?」

 

「いや、それは、その」

 

――これ以上意地悪すると逆に拗ねるか暴れるかしてしまいそうだな。この辺でやめとくか。

 

「元々春蘭にプレゼントしたくて買ったんだからほんとは春蘭に渡したいんだけどな」

 

「ぷれぜんと?」

 

「大事な人に物を送ることだよ」

 

「大事な人……」

 

「ああ。どんな物でもいいんだ。日頃お世話になってる人や自分が大切に思ってる人にありがとうって気持ちを込めて渡すんだよ。金額は関係ない。想いを込めて渡す、ってのが大事なんだ。……まあ、今回は特別高くなっちゃったけどね」

 

「ありがとう、か……」

 

「受け取ってくれる気になったのか?」

 

「……………………」

 

長い沈黙の後、コクッと頷いてくれた。

 

「よし。じゃあ、改めて……」

 

「う、うむ……」

 

「はい、春蘭」

 

「お、おう……」

 

「――はぁー……。良かった」

 

「な、な、何がだ?」

 

「いや、こういうのってさ、受け取ってもらえないと寂しいだろ?」

 

「そ、そうなのか……」

 

「ああ。だからほっとしたよ」

 

「そうか……」

 

「おう。んじゃ買うもの買ったし城に戻りますか」

 

「…………」

 

「あ、そうだ、思い出した。この間街の警邏中に知り合いの婆ちゃんからもらったすごく良い茉莉茶があるんだよ。今日の菓子にも絶対合うから持って行けよ」

 

「ぉ……ぉぅ……」

 

「いや~、前に黄巾党の残党に襲われてたのを助けたんだけどな?その婆ちゃんすっげー良い人でさ、会うたび会うたび何かくれるんだよな」

 

「…………」

 

「前なんてあげるものが無いからっつってお金渡そうとするんだぜ?さすがに断ったけど……ありゃたぶん俺のことを孫かなんかと勘違いして」

 

「ほ、北郷!」

 

「ん?……どうした?」

 

「……い、いや、違う……」

 

「うん?」

 

「……………………か……」

 

「?」

 

「か、か、……か……か………」

 

「か?」

 

「…………………………………………一刀……」

 

「う、お、おう」

 

「あ、あ、……あ……あ………」

 

「あ?」

 

「あ……あ、あ…………あ、ありがと」

 

「……どういたしまして」

 

「き、き、きき、今日にょ!夜は!暇にゃのかっ!」

 

「え?あ、ああ、仕事は昨日のうちに片付けたしな」

 

「そ、そ、そうか……」

 

「ああ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「う、う、……う……うっ………」

 

「う?」

 

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「…………えぇ~!?」

 

……まーた走って逃げちゃったよ……

 

あ~あ~……ぶつかって怪我しなきゃいいけど。

 

まあ、あれだけ大事そうに抱えてりゃ服は大丈夫かな。

 

 

 

 

 

その後、春蘭がもらった服は…………

 

 

「うぅ……華琳様に着ていただきたい……しかし……」

 

「これは一刀からの……初めての……うぅ……でも……」

 

「着せ替え華琳様でこれほどまでに似合うのだからもし本物の華琳様が身に纏えば……」

 

{妄想中}

 

「うむ!素晴らしい!!…………しかし……これは私への『ぷれぜんと』……」

 

「いや、でも一刀は華琳様への服を買ってくれたわけだし……お渡ししないと……」

 

「…………ああ……本当に良い服だな、これは。あいつの言ってた『おーだーめーど』とは華琳様のためにある言葉に違いない!」

 

{妄想中}

 

「美しゅうございます、華琳様!!どうかその美しい姿のまま私を……私をっ!」

 

「……はっ!いかん……またやってしまった……この服は危険すぎる……」

 

「…………こんな危険な服を華琳様に渡すわけには……そうだな……この服は……私が……大事に……」

 

「いやいや、それだとこの服の意味がまったく無くなってしまうではないか……そうだ、服とは着る為の物だしな……うーん……」(最初に戻る)

 

 

こんなことを毎晩繰り返しながら、着せ替え華琳様に着せて抱き枕にし、結局渡せないままなのでした。

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

「うむ……さすがに眠いな……。しかし華琳様に喜んでいただけて本当に良かった」

 

「しかし、姉者の持ってきた菓子……あれはおいしかったな……」

 

「姉者が見つけてきた菓子の中では今までで一番かも知れん……」

 

「しかし…あの姉者が何故あんな菓子を知っていたのだ?」

 

「季衣か流流にでも聞いたのだろうと思っていたが……二人とも知らぬというし……」

 

「あの茉莉茶も素晴らしい香りだった……あれほどの茉莉茶に出会ったのも初めてかもしれんな」

 

「あの茶葉もいったいどこで手に入れたのやら……相当良い茶葉じゃなければあんな香りはでないぞ……」

 

「華琳様も大層お気に召していらしたし、是非姉者に教えてもらわなくては……」

 

 

――コンコン

 

「姉者、私だ。入るぞ」

 

「しゅ、秋蘭!!?ちょ、ちょっと待」

 

――ガチャ

 

「ん?すまん……着替え中だったか?」

 

「あ、いや、そんなことはないぞ。ははは……」

 

「……(……完全に隠し事をしてる笑いだな……バレバレだぞ、姉者……)」

 

「ど、どうしたんだ秋蘭。も、もう寝るといってなかったか?」

 

「ああ。いや、ちょっと聞いておきたくてな」

 

「うむ?何をだ?」

 

「うむ。今日の昼食後に姉者が持ってきた菓子と茉莉茶があっただろう……。あれをいったいどこで手に入れてきたのかな、と思ってな」

 

「あ!あれか!あれはだな!……えっと……」

 

「どうしたのだ、姉者。顔が赤いぞ?」

 

「いや、そんなことはないぞ。あははっ……」

 

「……(……予想通り北郷か)」

 

「あ、いや、実はな、菓子の方は住所を覚えてきたのだが、茶の方は……その……」

 

「……その?(……菓子も北郷経由か)」

 

「えっと……その……あの……」

 

「姉者」

 

「か、かず…………――!ほ!北郷にだな!分けてもらったのだ!」

 

「そうか……(……なんか隠してるな……)」

 

「うむ!なかなか美味かったな!あはははっ……」

 

「……(天蓋の横に……あれは……華琳様人形か)」

 

「あまり数は無いらしいから、どこから貰ったのか今度聞いておこう、うむ」

 

「うむ(……あれで隠せているつもりなのだろうか……)」

 

「ところで秋蘭。まだ寝なくても大丈夫なのか?寝不足では力が出ないだろう」

 

「…………姉者」

 

「うむ?」

 

「我等の間で隠し事は必要か……?」

 

「うっ…………」

 

「私と姉者の絆はそんなものなのか?(……これくらい言えば吐くかな)」

 

「う……うむ……そんなことは、ないぞ」

 

「では聞かせてくれ」

 

「ああ……。実は、今日……」

 

 

――――

―――

――

 

 

「なるほど……良かったではないか」

 

「……うむ」

 

「何を隠す必要があったのだ?」

 

「じ、実はその服なのだがな……」

 

「うむ……良く出来た服だな……衣も糸も随分上質なものを使っているようだな。裏地まで作りこんである上に刺繍も美しい。なかなか値が張っただろうこれは。いくら位したのだ?」

 

「あの……その……」

 

「……姉者」

 

「うぅ…………ゴニョゴニョ」

 

「…………は?はぁ!?なんだと!!!?」

 

「ひっ!?」

 

「す、すまん……。つい……。い、言い間違いじゃないな?」

 

「ま、間違ってない……」

 

「そ、そんな高額な服……華琳様自身でも1着持ってるか持ってないかではないか?」

 

「少なくとも我等は持っておらんな……」

 

「確かに……。まあこれほどお似合いの服なら買いたくなる気持ちもわからんでもないが……」

 

「だろう?だろう!」

 

「……姉者」

 

「はぅ……」

 

「姉者……まさかとは思うが……」

 

「うっ……。言いたいことはわかるが決して無理矢理買わせたわけではないぞ!」

 

「本当か?」

 

「本当だっ!さすがにこんな高額な物を貰うわけには行かない、と思ったからな!」

 

「うむ……疑ってすまん……。それにしても北郷も中々豪胆だな。正直、こんなことが出来る男とは思っていなかったよ」

 

「うむうむ!かず……んっ!んっ!北郷が言うにはこれは北郷から私への『ぷれぜんと』と言うものらしい」

 

「ぷれぜんと?」

 

「そうだ!『ぷれぜんと』とは、大切な人にありがとうという想いを込めた贈り物らしいぞ!」

 

「大切な人……」

 

「……はぅっ……」

 

「そうか……。……良かったな、姉者」

 

「う、うむっ!」

 

「ふふっ…………」

 

「ただ、この服をいつ華琳様に持って行けばいいのか悩み所だな。どうするべきか……」

 

「…………………………………………」

 

「ひぃっ!?……しゅっ、秋蘭!?」

 

「――ん?どうしたんだ姉者?」

 

「あ、あれ?いや、今、も、ものすごく怖かったんだが……あれ?」

 

「怖かったって、私がか?」

 

「いや、そんなわけ無いよな、うむ……うむ?」

 

「ふふっ……おかしな姉者だな……」

 

「…………???」

 

「ふふっ。……さて、それじゃそろそろ寝るとするかな」

 

「あ、ああ、うむ。おやすみ秋蘭」

 

「おやすみ、姉者……」

 

――ガチャ

 

(んん?なんだったんださっきのは……寒気が止まらん……)

 

「うわ、鳥肌立ってきた」

 

(そういえば華琳様が風邪を引いたとき寒気がすると言ってたな)

 

(うーん……風邪なんて引いた事ないしわからんな)

 

(まあ、それはとりあえず置いといて……だ)

 

(まずは今日の夜のことだな、うむ……)

 

(予定は無いってことは別に誰も呼んでないって事だな、うむ)

 

(こんな凄い物買ってもらったし……)

 

(いや、買ってもらったから行くわけじゃないぞ!私はそんな安い女ではない!)

 

(ぷれぜんとを貰ったのだから、ぷれぜんとを返さなければいけないわけだ、うむ)

 

(ぷれぜんとは……私?)

 

「ううぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ」

 

(は、恥ずかしい……恥ずかしすぎるぞっ!!)

 

 

 

――――――――――

 

 

 

――ガチャ

 

(あいつが言っていた眠気を通り越した後の『ハイテンション』というのはこういう状態のことを言うのかな……)

 

「ふっ……」

 

(……想像するだけで……どんどん楽しくなってきた)

 

「ふふっ……」

 

(……もっと楽しいことがしたいな)

 

「ふふふっ……」

 

(……とりあえず……『あいつ』に……)

 

「ふふふふふふふっ」

 

(『平等』に、愛してもらわないとな)

 

 

――――

―――

――

 

 

(春蘭うまくいったかなぁ……)

 

(お菓子とお茶は間違い無いから、あとはどれだけ俺のアドバイスを実行できたか、だな)

 

(秋蘭の料理が美味しいからってガツガツ食べないように、だろ。菓子は最初は華琳に選ばせて、2つ目は華琳がお代わりし易いように自分から行く、と。お茶は決して自分で入れず、侍女さん、もしくは流流あたりに入れてもらう。あとは……服は最後にサプライズでっ!とかな)

 

(んー……まあ、何か失敗があったなら俺のところに怒鳴り込んできただろうし……便りが無いのは良い証拠、ってやつかな)

 

(あー……俺も秋蘭の料理食べたかったなぁ……)

 

「っていかんいかん。まだ凪たちの報告書まとめてるんだった。」

 

(集中、集中……)

 

――――コンッコンッ

 

(ん?誰だこんな夜中に……。あ、そういえば春蘭に夜中の予定聞かれたな……)

 

「はーいっ」

 

「私だ」

 

「その声は――?どうぞ~」

 

 

 

 

「――うむ」

 

 

 

 

おまけおしまい

 

 
 

 
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