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#8
「亞莎!」
「はーい、なんですか?」
黄蓋ねーさんの誘いに仕方なしに頷くと、俺は卓を拭いていた亞莎を呼び寄せる。雛里は別卓で客に頭を撫でられ、照れからか目を丸くしていた。
「俺ちょっと外すから、調理場任せてもいいか?」
「はやっ!?も、もうですか!?」
俺の言葉に、亞莎は雛里とは違った意味で目を丸くする。無理もない。彼女はまだ、料理の練習中の身なのだ。とはいえ、半分程度はマスターしている。
「大丈夫だ。串と煮込み以外は、時間がかかるって言っとけば待っててくれるから」
「あぅぁぅ…緊張します……」
「大丈夫。俺が言うんだから、間違いない」
「はぃ…」
俯く亞莎の頭を撫でてやり、俺が巻いていた
「行こうか、ねーさん」
「応!穏よ、審判をやれ」
「無理ですよぉっ」
さて、頑張りますか。
「ますたぁ、5番卓に焼きそば2つでーす!」
「ありません品切れですっ!」
「あわわっ!?」
……急いで戻らなければ。
3人で連れ立ってやって来たのは、店の裏手。亞莎の鍛錬もする為、それなりの広さもある。2か所に立ててある燭台に火を灯せば、周囲がぼんやりと明るんだ。
「ねーさんは剣を使うんだね」
「得意なのは弓じゃがな。まぁ、余興と考えれば、これでも構うまい」
ある程度距離を空けて向い合う。ねーさんは立て掛けてあった俺の木剣の1本を手に取って素振りをしている。対して、俺は無手だ。
「それよりお主は何を扱うのじゃ?見た限り、そこに立ち並んでおる剣を使いそうなものじゃが」
「死合じゃないんだろ?だったら、少しくらい楽しまないと。それに、ねーさんは酒が入ってるからね」
「はっ、あの程度で酔うものか!だが、手加減は出来ぬかもしれぬぞ?」
「あー大丈夫大丈夫。怪我したら周瑜ちゃんに泣きつくから」
「ちょ!?」
そんなこんなで仕合開始。
「えっとぉ、それじゃぁ……始めぇ!」
陸遜ちゃんの掛け声と同時に、ねーさんが飛び込んできた。
「いきなりだな!」
「さて、どう躱す?」
そのまま右手を振り、木剣をぶつけてくる。だが、甘い。手加減がバレバレだぜ。
振られる剣に合わせて俺が左手を振るえば、カァアンと高い音が鳴った。明らかに、木剣と素手がぶつかり生じる音ではない。
「なんじゃあ!?」
「ふははは!俺は焼鳥屋のマスターだからな。料理人の武器はこれと決まってんだ!」
俺の左手には鉄製の中華鍋。右手にオタマ。これぞ戦う料理人の正装である。
「でもでも、鉄鍋だったら楯にもなります!」
「……意外と手古摺るやもな」
第三者から見たらふざけた格好ではあるが、酔っ払い客との余興であれば、これくらいが丁度いい。俺が敗けたら盛り上げ役のピエロとして、仮に勝ってしまったとしても、色々と言い訳にはなる。黄蓋ねーさんだって先代からの城の重鎮だし、何より店の客だから、機嫌を損ねる訳にはいかない。
「そう、思ってたんだけどなぁ……」
「……ほぇ?」
「……」
零れた独り言の意味は、俺にしか理解できていない。陸遜ちゃんは大道芸を見ているような表情で首を傾げ、ねーさんは……眼がマジなんですけど。
「……本気、ねーさん?」
「無論。お主の演技を明かしたくなってしもうたわ」
「さ、祭様?ますたぁ?」
さて、どうしよう。
「ねーさん、ひとつだけ、いいかな?」
「なんじゃ?」
ふざけた格好でも、声音は真面目に問えば、許可が下りる。
「俺が学んできたのは、生き残る為の武だ。勝つ為のそれじゃない」
「ほぅ?」
「だから、ねーさんに不満が残る結果になるかもしれないよ?」
「かまわんさ。1対1の武の勝負だ。そこに貴賤などない。勝てば官軍、というであろう?」
「くくっ、確かに」
言質は取ったぜ。
「じゃ、行くよ?」
「おう、料理の達人の本領を見せてもらうとしよう!」
「うちのばーちゃんには敵わねーよっ」
言葉の応酬も終え、今度は俺から飛び出した。
「よっ、ほっ、そぉいっ!」
「なんの、ほれっ!手緩いわ!」
カンッ、カンッ、と小気味よい音が鳴る。俺はオタマをフェンシングの剣よろしく突き出し、ねーさんは器用にそれを木剣で弾く。しかし、軽さでいえば木剣の比ではないオタマに速度を乗せる事は容易く、ねーさんを攻勢に出させる事はしない。
「お主、もしや暗器が得意か?」
「半分正解。俺はなんでも武器にしちまうんだよ……とぉ!」
右手だけの攻撃を左手に変え、鉄鍋で死角を作り出した隙に、懐に手を挿し込む。そこから出てきたのは、料理に使う菜箸。親指から薬指にかけて、それぞれの指間にオタマ、菜箸が1本ずつ挟み込まれる。
「それで目を抉る気か!」
「そんなグロい事しねーよっ。これは、こうして――」
「むぉっ!?」
菜箸でねーさんの木剣を挟み込み、手首を捻ればあら不思議。ねーさんが前のめりに。
「甘いわ!」
重力と俺の引く力に反抗しようとする姉さんは、脚を踏ん張り重心を下げようとする。
「なんてね」
至極当然の反応だ。俺もそれに逆らう事はせず、逆に左手の鍋底をねーさんの胸にあてると、タイミングを合わせて思い切り押し出した。
「……ととっ」
普通だったらそのまま地面に転がるのだが、そこは武人のバランス感覚か。移動する重心に加えて、地面を蹴りすらしたねーさんは宙空に浮くと、たたらを踏みながらも着地を決める。
「体術すら使うのか。お主をもっと知りたくなったぞ」
「愛の告白かい?痺れるねぇ」
正直、今の合気で終わると思ったんだけどな。
「さて、もう一度仕切り直し、と言いたいところだけど」
「む?」
最初と同じ位置に相対して立つねーさんに、俺は切り出す。
「亞莎がそろそろ悲鳴をあげそうだから、もう終わってもいいかな?」
「なんと!これほど楽しい戦いを途中で切り上げろと言うのか!?」
「祭様ぁ、あまり無理言っちゃダメですぅ」
陸遜ちゃんは優しいな。今度その優しさを布団の上で……と、そうではない。
「言うと思ったよ。だから、次で終わらせる」
「ふっ、よいだろう。じゃが、儂の勝ちで終わらせるぞ?」
「さて、どうだろうね?」
敗けるのは悔しい。かといって、勝つのも憚られる。ならば、これしかない。
「じゃぁ」
俺は菜箸を懐に戻して、オタマと中華鍋を構えた腕を胸の前で交差させると、
「行くぞ」
「えっ…きゃぁあっ!?」
その腕を広げると同時に得物を放ち、煌々と燃え盛る燭台に向けて投げつけた。そのうちの一つは陸遜ちゃんの顔横をすり抜け、それぞれの燭台は火花を散らせながらも、その役割を終えさせられる。
「そう来たかっ!」
次の瞬間には裏庭は暗闇となり、灯りの残滓が、視界の黒の中を煌めく。
ねーさんは俺の意図を分かっているようだ。だが、その時には俺は駆け出していた。
「穏よ、聞こえるか?」
「はいぃ…見えないけど、聞こえますぅ……」
暗闇の中、ねーさんの声と、陸遜ちゃんの返事が聞こえる。
「もう少し待っておれば、すぐに目が慣れる。そのままでいろ」
明るい場所から、一気に光が消えたんだ。相対的に、視覚を闇が襲う。夜歩きながら見ていた携帯から目を離せば、何も見えないように。しかし、それもすぐに戻るだろう。今夜は晴れていたからな。
「……うぅ、段々目が慣れて来ましたぁ」
陸遜ちゃんの言う通り、俺達の視界にも色と、星光に照らされた自分たちの姿が捉えられるようになってきた。ただし、俺とねーさんは既に互いの状況を理解していたが。
「どっちが…って」
ようやく俺達の姿を認めた陸遜ちゃんの目が、驚きに見開かれる。
「判定じゃ、審判」
そして下されるのは。
「ひ、引き分け、です……」
俺は菜箸をねーさんのこめかみに突き付け、対してねーさんは、逆手にもった木剣の切っ先を俺の喉に当てている。
互いのプライドを守りつつの、終幕だった。
あとがき
…………あれ?
なんでシリアスっぽく終わっちゃってんの?
いやいや、一郎太の作風はこんなんじゃねーだろ。
という訳で、次回はなんとかギャグに戻せた……と思いたい。
ではまた次回。
バイバイ。
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という訳で、#8。
祭ねーさん対一刀店長
どぞ。