No.53075

華琳さまの はっぴー……

DTKさん

もし魏の娘たちが『誕生日』と言うものを知ったら…
と言うところから始まる、魏のヒロイン勢揃いの笑いあり涙あり(?)の作品です。

欲張りすぎて、かなり長くなってしまいましたが、よろしければ最後まで、お付き合い下さい!^^

2009-01-19 21:31:41 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:27688   閲覧ユーザー数:18714

 

今は昔、大陸は大きく分けて魏・蜀・呉の、三つの国に分かれている。

これはそのうちの一つ、魏でのお話……

 

 

 

魏王・曹孟徳こと華琳は、自室から政務室がある玉座の間へと向かっていた。

と、その道中で、彼女は珍しいものを見た。

 

「だから……れは、こっちの……」

「……琳さまの………ということなの?……」

 

男をゴミクズのように毛嫌いする『あの』桂花が、一刀と真剣に何かを話しているのだ。

興味を引かれた華琳は、彼らに話しかけることにした。

 

「珍しい組み合わせね。一体何を話しているのかしら?」

「か、かか、華琳!!?」「か、かか、華琳さま!!?」

 

確かに、華琳は二人を少し驚かせようと、気配を消して近づきはした。

それにしても、二人の驚き方は少々異常だった。

華琳は訝しげに二人を見つめる。

 

「…二人でずいぶん、仲睦まじげに話しこんでいるわね。私も混ぜてもらえない?」

「ち、違うんです華琳さまっ。私は好き好んで、こんな万年発情ゴミクズ男と話しているわけではありません!これは華琳さまのっ…」

「わっ、こらバカ桂花!」「むぐぐっ!」

 

一刀はあわてて桂花の口を手でふさぎ、後ろ手に回る。

怪しさ全開だ。

 

「私の…何かしら?」

「いや、違うんだよ。特別、華琳がどうとかいう話じゃないんだよ。なっ?」

 

コクコクと、口をふさがれたままの桂花が頷く。

やはり怪しい。それより何より、二人の密着具合が、華琳の機嫌を損ねる。

 

「へぇ~……この私に隠し事とは、二人ともいい度胸じゃない」

「違うって。本当に違うんだって…………そう!ちょ~っと桂花に街の警備のことで聞きたいことがあって、でもそれは華琳の耳に入れる程のものじゃなくて…ちょっと相談に乗ってもらってただけなんだよ……なっ!?」

 

コクコクコクッと、まだ口をふさがれたままの桂花が頷く。

華琳の殺気(?)と男の臭気(?)のせいか、かなりの涙目になっている。

 

「ふぅ~ん…だったらちょうどいいわね。今ここで、私が話を聞いてあげるわ」

「へっ?」

「私の耳に入れる価値があるかどうかは、私が判断するわ。いいから話してみなさい」

「いや~…それは……」

 

………………

…………

……沈黙

 

と、

 

「あっそうだ!凪たちを隊舎に待たせてあるんだった!悪いな華琳、ちょっと急いでるんだ、桂花も行くぞっ!」

 

一刀は桂花を小脇に抱えると、猛スピードで廊下を駆け、二人の姿はあっという間に見えなくなってしまった。

しばらく呆気に取られていた華琳が我に返ると

 

「何なのよ、一体………二人には、キツイお仕置きを考えないといけないわね…」

 

廊下には不機嫌絶頂な王が一人、残されていた。

 

華琳は街の視察に出ていた。

 

この日は、秋蘭・季衣・流琉の三人が同時に休暇を申請し、それを華琳も承諾していた。

恐らく、三人で街にでも繰り出すのだろう。

華琳自身、驕りとも思っていたが、近頃は大きな騒ぎもなく、たまには三人で一日羽を伸ばすのも良いだろうとの計らいだった。

 

ならば春蘭を護衛に、と思っていたのだが、今朝になって、近くの邑で暴動が起こったとの知らせが入った。

折り悪く、手空きの将が春蘭しか居らず、彼女を出向かせた。

 

そんなこんなで、今日は平の(?)親衛隊を五人ほど連れての視察となった。

 

「最後は、この通りね」

 

一刀ら警備隊の働きの賜物か。ここまで何事もなく視察は進み、大幅に早く予定の順路を終えてしまった。

 

「ついでだし、もう少し街を見て回りましょうか」

 

華琳は、今いる中央の大通りから一本入った通りに向かう。

以前より、食料品を扱う店舗などが軒を並べる通りだ。

と、角を曲がってすぐ、彼女らが華琳の視界に入った。

 

「あら、三人ともこんな所に…と、凪に……一刀も、一緒なのね」

「か、華琳さま……っ!」

 

不意を突かれたのと、未だ華琳の前では緊張するのか、凪はビクンッと身を固くしてしまった。

 

「華琳さま……今日はこちらへも視察に来られたのですか」

「えぇ、秋蘭。思ったよりも早く予定の順路を回れてね。ついでにと足を伸ばしてみたのよ」

「そうですか……」

 

秋蘭にしては珍しく、視線を泳がせ、どこか落ち着きがない。

少しおかしいと思いつつ、華琳は一刀に話をかける。

 

「それで、一刀は何をしているわけ?この時間、あなたはまだ勤務中のはずよ」

「いや、三人が少し食材が見たいって言うから案内を…」

「あのね華琳さま!この前、兄ちゃんの国のお菓子の話を聞いて、それをみんなで作ろうって話になって、今日はその材料を見にきたんですよーっ」

「わ、ちょっと季衣っ!」

「にゃ?」

 

興奮気味に話をする季衣を、あわてて止めようとする流琉。

その様子は、まるで隠し事が親にばれそうになる子供のようだ。

季衣は、なにやら首を傾げるだけ。

このような時は、流琉よりも季衣のような態度のほうが怪しまれないのだが……

 

「へぇ、それは楽しみだわ。上手く出来たら、私も相伴に預かりたいものね」

「は、はいっ!華琳さまには、是非食べて頂きたいと思います!!」

「ええ、楽しみにしているわよ、流琉。…………ところで、一刀」

「うん?」

「その手は……何かしら?」

 

そう、先ほどから気になっていた。

華琳が指差したのは、一刀の両の手。

右手には季衣の左手が。左手には流琉の右手が握られていた。

 

「勤務中に私の親衛隊を侍らせて買い物とは、結構なご身分じゃない」

 

侍らせると言っても、季衣と流琉だ。

端から見れば、中の良い兄妹くらいにしか映らないと思うが、嫉妬の炎が胸にくすぶる王には、そうは映らなかったようだ。

 

「いや、これは……」

「だって華琳さま~、せっかく兄ちゃんと一緒にお買い物なんですよ~!手をつないで回ったほうが楽しいじゃないですか~」

「わ、私は……季衣に言われたからで……」

 

なかなか手を離そうとはしない三人。

一刀と季衣は空気が読めず、流琉は顔を赤くしながら、いきなり手を離していいものかと逡巡しているようだ。

痺れを切らした華琳は

 

「一刀!ちょっとこっちに来なさい!」

 

と、一刀の片手をグイッと引っ張った。

 

「…っ痛!」

「えっ?」

 

確かに華琳は少し頭に血が上って、一刀の手を強く引っ張りはした。

が、そこまで痛がられる強さで引っ張ったつもりはなかった。

何事かと一刀の手を華琳が覗き込む。

 

「一刀……その手の傷は、何?」

 

そう。一刀の手には、ここ数日に付いたであろう多くの傷があった。

 

「いや、これは……ちょ、ちょっと部隊の調練中に、派手に転んじゃってね…あは、あははは……」

「これは転んで付くような傷ではないでしょう!?」

「だからこれは………あっ、もうこんな時間だ!凪、仕事に戻るぞ!悪いな華琳、俺たちはこれで…三人も悪いな~それじゃーー」

 

一刀はまだ固まっている凪を引っ張り、脱兎の如く去ろうとしていた。

 

「……………」

 

ズルズルズル…

 

「凪ーー!いつまでも固まってないで、自分の足で走ってくれーーー」

「…………………………」

 

ズルズルズルズルズルズルズル……

 

「凪ーーーーっ!」

 

………………

…………

……

 

あまりにも滑稽な光景に、しばらく呆気に取られ、さしもの華琳も何も出来なかったと言う……

 

華琳は風と稟を探していた。

二人の意見が欲しい案件があったのだ。

 

城内をしばらく歩いていると、庵のほうから大人数の話し声が聞こえてきた。

 

 

 

「では、今後の巡業はこの形で…」

「わかりました。これなら問題なく、例の日には帰ってこられます」

 

「一刀ぉ~…私、おなかすいたー。ご飯連れてって~」

「……ぐー」

「当然、あんたの奢りだからねっ!」

「何でだよ……」

 

途中の『ぐー』は、お腹の虫ではなく、風の寝息(いびき?)だ。

どうやら、華琳の目当ての風に稟。

そして、張三姉妹に一刀もいるようだ。

 

 

「おおっ、華琳さまー」

 

華琳に真っ先に気づいたのは、風。

直前まで寝ていたはずなのだが……

 

「風、稟。こんな所にいたのね」

「これは華琳さま。いかがなされたのですか?」

「ええ、ちょっと二人の意見が聞きたい案件があるのだけれど…今は平気かしら」

「はい。ちょうどこちらも、一段落ついたところです」

 

何かの予定表のようなものが、稟の手にある。

どうやら、数え役萬☆姉妹の今後の巡業予定表のようだ。

 

「順調のようね、人和。あなたたちが回った地域の治安や志願兵の数・士気は、なかなか良い報告を受けているわ」

「ありがとうございます。ほら、姉さんたちも一刀で遊んでないで、ちゃんと華琳さまにご挨拶して」

 

末女たる人和が、長女と次女に挨拶を促す。

 

「華琳さま、こんにちはー」

「こんにちはっ華琳さま!ご機嫌はいかがですか?」

「上々よ。二人とも息災のようね」

「はいー、この間の興行も大盛況でしたし~」

「み~んな、ちぃの魅力にめろめろなんですよ♪」

「えー、違うよー。みんなはお姉ちゃんにめろめろなのー」

 

功を競い合うように、お互い自分の人気の高さを主張しあう天和と地和。

 

「それは結構。そうね…今度なにか褒美を出さないといけないわね」

「やった~!一刀、ご褒美だってご褒美!」

「ほら一刀!華琳さまもこう仰っているんだから、私たちにご褒美だしなさいよ!」

 

と、一刀の腕に擦り寄る天和と地和。

天和の胸はかなりのボリュームがあり、地和もそれなりにあるようで、一刀も気が気ではないようだ。

ピクッと、華琳の頬が動いた。

 

「褒美を出すのは華琳だろっ!何で俺にたかるんだよ!」

「そりゃ、アンタにはたかりやすいからよ。ちょっと言えば、食事も奢ってもらえるし」

 

ピクピクッと、華琳の頬が少し多めに動いた。

 

「おねだりすれば服も買ってくれるしねー」

 

ピクピクピクッと、華琳の頬がかなり多めに動いた。

 

「ねぇ~、一刀ってばぁ~」

「ご飯おごってくれなきゃ、巡業から帰ってくるの遅くなっちゃうかもな~…」

「わ、分かったよ。奢ればいいんだろ奢れば!…はぁ……あのさ稟、見てただろ?何とかこの食事代、経費で落ちないかな……」

「えっ?……そうですね…」

 

話を振られた稟は、少し考えこむ。

一刀に助け舟を出したのは、風だった。

 

「いいじゃないですか、稟ちゃん。お兄さんも大変でしょうしー」

「…分かりました。一刀殿の財布事情もありましょうし、何より、例の日に張三姉妹に戻ってこられないのでは意味がありませんからね。交際費とでもして経費で……」

「ダメよ」

「「えっ?」」

 

それまで黙っていた華琳が、一言発した。

 

「ダメよ。そんなもの、経費で落とすことは認められないわ」

 

この国の王の裁定に慌てたのは一刀だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ華琳っ…」

「異議は認めないわ。これは決定よ」

「だったら、さっき言ってた三姉妹へのご褒美ってことで、食事代くらい…」

「それ位あなたの財布でどうにかなさい。これも彼女たちの世話役の仕事よ。それに見合う俸給は与えているはずだけど?」

 

一気にまくし立てる華琳。

さすがに一刀も何も言い返せない。

 

「稟と風は後で私の部屋に来なさい。詳しい話はそこで。それじゃあね」

 

と言い捨て、くるりと踵を返しスタスタとこの場を去る華琳。

その背後では、黄色い悪魔にたかられ悲鳴を上げる、一刀の姿があった……

 

華琳が廊下を歩いていると、一刀の部屋の方から、にぎやかな声が聞こえてきた。

 

「えー、これが絶対似合うと思うのー」

「いや、それを言うなら、こっちの方が…」

 

「真桜、ここの間接部分はどないなっとん?」

「そこは、こっちの絡繰で大丈夫やと思います」

 

「……………………」

 

コンコン

 

「あ~、開いてるよ~」

 

華琳はノックをしてみた。

中からは、一刀の気のない返事が聞こえてくる。

とりあえず、華琳は入室した。

 

「ずいぶんと騒がしいわね。廊下まで聞こえているわよ」

「華琳か……こいつら、どうにかしてくれよ…」

 

一刀が部屋の中を指すと、

机には、何かの設計図を広げて、真桜と霞が頭をつき合わせている。

寝台では、何か本を見ながら横たわり、春蘭と沙和が楽しそうに会話をしている。

 

「あ、華琳さまやん。こんにちはー」

「おう、華琳かいな」

 

真桜と霞は華琳に気づき、一瞬設計図から目を外すものの、すぐ設計図に目を戻してしまう。

おおよそ、主君に対する態度ではなかった。

 

華琳はそんな態度には怒らず、むしろ興味を惹かれた。

 

「ずいぶんと入れ込んでいるようね、真桜。一体今度は、どんな絡繰を作るのかしら?」

「ええ、ちょっとややこしい絡繰なんですがね。完成した暁には、今世紀最大の作品!とも言える子になると思います」

「そ、それはすごいわね…で結局、一体どんな絡繰を…」

「華琳、それは聞かないお約束やで~」

「そう、なの?分かったわ。それじゃ、完成を楽しみにしてるわね、真桜」

「任せといてください!」

 

「だから、何で俺の部屋でやるんだよ……」

 

 

一方、春蘭と沙和は、華琳が真桜や霞と話をしている間も、ずっとあーだこーだと会話を続けていた。

 

「で、春蘭、沙和。あなたたちは何をしているの?」

 

「ん……か、かかか、華琳さま!」

「あー、華琳さまなのー。こんにちはなのー」

 

春蘭のあわてぶりからすると、華琳の存在に今の今まで気づいていなかったようだ。

沙和も同じであろうが、意外に神経は図太いらしい。

 

「一体、何をそんなに盛り上がっていたの?」

「これなのー!」

 

と、沙和が華琳に突き出したのは一冊の本。

その名も『阿蘇阿蘇』

今流行っている服装を中心に、装飾品、甘味処などなどの情報が載っている、若い女性に人気の雑誌だ。

 

「阿蘇阿蘇に載ってる服を見ながら、春蘭さまとお話してたのー」

「へぇ~、春蘭がそこまで服に興味があるとは知らなかったわ」

「いえ、あの、そう言うわけではなくてですね華琳さま!」

 

慌てふためく春蘭。

これでは肯定しているのと同じことだ。

まぁ、華琳の興味はそこではなく、別のところにあった。

 

「ところで二人とも、服飾談義も結構だけれど、一体どこで、しているのかしら?」

 

そう、二人が今いる場所。そこは……

 

「隊長の寝台の上なの」

「え、えぇ、手頃な場所がなかったもので……」

 

嘘つけ、と華琳の後ろで一刀がつぶやく。

 

「あなたたち……い、一応、ここは一刀の…」

「隊長の布団、隊長の匂いがして気持ちがいいのー♪」

「わ、私はそんなことはどうでもいいのだが、何となく落ち着くのです」

「ーっ!」

 

華琳は肩を怒らせると、そのまま踵を返し、足早に部屋を出て行ってしまった。

 

「あ、おいっ!華琳!」

 

一刀は慌てて華琳のあとを追う。

 

 

 

既にかなり遠くまで行っていた華琳を、一刀は走って追いかける。

 

「はぁ…はぁ…おい、待てってばよ、華琳」

「何かしら。私はあなたに用などないのだけれど」

「なぁ、何を怒ってるんだよ」

「別に怒ってなどいないわ」

「怒ってるじゃないか」

「怒ってない!」

 

華琳にしては珍しく、語気を荒げた。

 

「悪かったよ。何か俺が華琳の気に障ることしたなら、謝るからさ…」

「…………何よ、他の娘とは仲良くして、私のことなんか構ってくれなかったじゃない…」

「えっ?何か言ったか」

「何でもないわよ!」

 

…………

……沈黙

 

「本当に何もないなら、私行くわよ」

「あ、華琳」

「何?何かあるなら早く言って」

「明後日、華琳暇かな?」

「えっ…」

「もし良かったら、一日空けておいて欲しいんだけど」

 

突然の一刀の誘い。

 

「な、何よ急に…」

「大事なことなんだ」

 

いつにない、一刀の真剣な眼差し。

さすがの華琳も、首を縦に振るしかなかった。

 

「わ、分かったわよ…ただし、仕事が詰まってたりしたら、無理なんだからね!」

「あぁ、そこら辺は多分大丈夫だよ」

「え?何でそんなことがあなたに分かるのよ」

「いやまぁ、何となくだけどね。そうそうそれなら、明後日、昼くらい玉座の間に来てくれよ」

「はぁ?それってどういう…」

「それまではどこかで時間潰しててくれよ。くれぐれも、玉座の間には来ないでくれよ。じゃあな~」

「ちょ、ちょっと、一刀!」

 

先ほどとは逆に、今度は一刀が足早に去っていた。

 

「何なのよ、もう…」

 

廊下にはポツリと、華琳が残されていた。

 

 

私は一刀に言われ、今日を一日休みにした。

不思議なことに、私がこの日を丸一日休みに出来るように、桂花たちによって仕事が調整されていた。

一刀の言われたようにするのは癪だが、約束(?)は守らなければならない。

朝方は城内をのんびりと散策。

その間、不思議と将には誰も会わなかった。

 

そして指定された時間に、玉座の間の前にやってきた。

珍しく扉が閉まっていたので、とりあえずノックをしてみる。

 

「一刀?いるの?」

 

玉座の間の扉を私がノックする、と言うのも何か滑稽なのだけど……

中に人の気配はあるものの、返事は一向にない。

 

「一刀、いるのでしょう!?入るわよ!」

 

返事を待たずに扉を押し開ける。

もとより、ここの主は私なのだ。

扉を開けて中に入ると……

 

 

 

「「「はっぴいばあすでい華琳さま!!!」」」

 

部屋の中は彩り鮮やかな装飾が施され、そこには魏の主要メンバーが勢揃いしていた。

 

「こ、これは、一体何ごとなの?」

「「誕生日おめでとうございます、華琳さまっ!」」

「誕生日?春蘭、桂花、どういうことなの」

「「それは#$で%&まの+*」」

 

同時に喋る上に興奮気味にまくし立てられるので、全く要領を得ない。

 

「誰か、説明を」

 

「はい、華琳さま!この前、兄ちゃんの国の話をしてたらねっ」

「兄様の国では、ばあすでい…その人が生まれた日は、ぱあてぃー…盛大にお祝いする、と言う話になったんです」

「ちょうどすぐに華琳さまのお誕生日があると言うことで、姉者と桂花あたりが、鼻息を荒くしてぱあてぃーをやろうと言う話になったのです…」

 

私の問いに、季衣に流琉、秋蘭が応えた。

後ろからポンッと肩を叩かれる。

 

「まぁ、そういうわけだ。華琳」

「一刀……」

「ここ数日、みんな仕事の合い間を縫って、この日のために準備を進めてきたんだ」

 

なるほど、ここ数日の皆の動きが頭に浮かぶ。

あれは私に内緒で、私のために祝い事の準備をしていたのか…

そうと分かると途端に気恥ずかしくなり、頬が熱くなるのを感じた。

 

「軍師のみんなは、今日までのみんなの予定の管理から、玉座の装飾準備まで。このパーティーを開くために、本当に時間がない中、頑張ってくれたんだ」

「わざわざあんたに言われる筋合いはないわ。私たちは華琳さまに喜んでいただくために、頭を使うのが役目ですもの」

「その通りです。何より、私たちは普段の仕事を普段通りにこなしただけ。ねぇ、風」

「……ぐー」

「「そこで寝るなっ!」」

「……おおっ!?」

 

相も変らず、私の軍師たちは優秀なようだ。

 

「でさ、俺の国では誕生日にプレゼント…贈り物をする習慣があるんだ。それで悪いけど軍師三人に準備を任せて、他のみんなは華琳に贈り物を考えてたんだよ、なっ!」

 

コクッと、全員がうなづく。

 

「まずは、私たちだな」

 

と、一歩前に出たのは秋蘭。

 

「華琳さま。私たちからのぷれぜんとはこちらです。季衣、流琉」

「「はーいっ」」

 

秋蘭に促され、季衣と流琉が持ってきたものは、白い円柱(?)の上に苺がのった物だった。

 

「こちらは、一刀の国の菓子で、けーき、と言うそうです」

「兄様の国では、ばあすでいには、このけーきを食べるそうなんです。兄様から話を聞いて、みんなで作りました」

「わ、私も……微力ながら、手伝わせて、いただきました…」

「ボクも手伝ったんですよー、華琳さま!」

「って、季衣は味見しかしなかったでしょっ」

 

けーきを作ってくれたのは、秋蘭に流琉、凪と季衣。

なるほど、あの日はこの材料を見に来ていたのか。

季衣を除いては、魏の将軍の中でも料理の腕に自信のあるものたちだ。

 

「さっ、華琳さま、食べてみてください」

「えぇ…」

 

未知の菓子に少し逡巡するけど、流琉たちが作ったものに間違いはない。

そう信じて、竹串をけーきに入れる。

スッと、思いのほか簡単に竹串が入る。

 

「いただきます…」

 

パクッとけーきを口に入れる。

口の中に広がるその味は……

 

「おいしいっ!」

「良かった~……」

 

私が食べる様子を、固唾を呑んでみていた流琉たちが胸をなでおろす。

それにしてもこの、けーき、の味はどうか。

外側の甘くて白いのと、中の黄金色の生地の調和といったら!

その中で酸味のある苺が、また味を引き立てる。

 

「まだありますから、どんどん食べてくださいねっ」

「えぇ、是非いただくわ」

 

これは、はまってしまいそうだわ…

 

 

 

「ならば、次は私たちだなっ!」

「なのっ!」

 

気合十分に名乗りを上げたのは、春蘭と沙和。

 

「私たちは華琳さまのために、とびっきり華琳さまにお似合いになる服を選んで参りました!」

「春蘭さまと三日三晩、寝ずに議論を重ねた一品なのっ!」

「そ、そう……」

 

(やりかねない……二人ならやりかねないわね…)

 

「で、その服なのですが……」

「こっからは、ウチらにお任せや!」

 

ずいと進み出たのは、真桜と霞。

霞は白い布で包まれた、何やら怪しげなものを運んでくる。

 

「春蘭さまと沙和が選んだ最高の服を、最高の形で演出するのがウチらの役目…ですよね、姐さん!」

「せやっ♪みんなきっと、これを見たら度肝ぬかすでー」

「姐さん、おーぷんや!」

 

バサッ!

霞が勢いよく布を取り払った。

そこにあったモノは……

 

「「「な、何じゃこりゃーーー!!!」」」

 

その場にいた全員の絶叫が、玉座の間にこだました。

特に、春蘭と秋蘭の驚き方が尋常ではなかった。

何とそこには、もう一人、可愛らしい服を着た私がいたのだ。

 

「フッフッフッフ、おまけにフッ……これがウチの世紀の大発明!『からくり華琳さま』や!!」

 

ビシッと真桜が高らかに宣言する。

 

「華琳さま実寸大の人形。間接もウチの最新の絡繰によって動かすことが出来ます」

「ウチは主に胴体部分担当や。胸・腰・尻の大きさ。その他、あんな所やこんな所に至るまで、完全再現やっ☆」

「ちょっ……何で霞がそんなこと知っているのよ!」

「せやから華琳、それは聞かないお約束っちゅーもんやて♪」

「肌の触感も忠実再現…こないな人形、あと千年……いや、二千年経っても作れへん、世紀の大発明やーーーー!!」

 

確かに、ここまで精巧な人形など、向こう何百年と作られないだろう。

まぁ、人類の英知である絡繰をこんなことに使う人間も、何百年と現れないだろうが……

自分で言うのもなんだが、本当によく似ている。

 

(……ちょっと気持ち悪いわね)

 

「二人が選んだ服と合わせて、これも華琳へのぷれぜんとや!」

「試し着の手間が省けたり、お気に入りの服をこの人形に着せておけば、皺も出来にくくなりますさかい。是非、役立ててください!」

「あ、ありがたく受け取るわ」

 

可愛い服を着た『からくり華琳さま』を、霞に手渡された。

自分を自分で抱き上げているみたいで、やっぱり少し気味が悪い。

 

「……そ、そうだ!華琳さま、こちらの服はいかがでしょうか?」

「お気に召しましたか、なの?」

 

人形に驚きすぎて忘れていたが、人形が着ている服は二人が選んだものだった。

なるほど。確かに二人が考え抜いて選んだ一品だけはある。

特に、上下揃えの格子縞は、なかなか斬新で可愛らしい。

 

「二人ともありがとう。この服、喜んで着させてもらうわ」

 

私がそう言うと二人(特に春蘭)は、割れんばかりの笑顔になった。

 

「春蘭さま、良かったのー」

「ああ!…秋蘭、久しぶりに華琳さまからお褒めの言葉を頂いたぞ!」

「良かったな、姉者」

 

(……私ってそんなに褒めないかしら?)

 

「じゃあ、次は俺かな?」

 

一刀は控えめに、スッと進み出る。

 

「まぁ、みんなのプレゼントから比べれば、インパクトは小さいだろうけど……」

「いんぱくと?」

「あー…驚きはしないだろうな、ってこと」

「ふーん…」

 

(なによ……私への贈り物だっていうのに、一刀は手を抜いたってこと?)

一刀の発言に、少しムカッときた。

 

「俺からのプレゼントは……これ、なんだけど」

 

と言って一刀が差し出したのは、何の変哲もない白木の小さな箱。

 

「開けてみてくれ」

 

一刀に促されて蓋を開けてみる。

中には綿が敷き詰められ、その真ん中にあるものは……

 

「これは…指輪?」

 

「あぁ、華琳にプレゼントを贈るなら、どうせなら手作りで…普段から身につけられるものがいいかな、と思ってさ」

 

指輪と言っても木彫りで、何の飾り気もない。

一見すれば、単なる木のわっかだ。

しかしよく見ると、内側に何か彫ってある。

 

(一刀から華琳へ、か……)

 

一刀からの贈り物は、確かに驚くようなものではなかった。

だが、やはり私も女なのか。他の者から受け取るときにはない、胸の高鳴りを感じる。

 

「あの、一刀……ありが…」

「華琳さま!こんな男が作ったような物を御身につけては、妊娠してしまいますわ!」

「っておい!言うに事欠いて何だよそりゃ!?」

「そうだぞ北郷。それに、あのように地味な指輪では、華琳さまに釣り合わんだろう」

「うるせぇ!地味で悪かったな!」

 

桂花と春蘭の茶々で、場が騒がしくなる。

おかげで、私が言おうとした言葉もかき消された。

 

(二人とも、あとでお仕置きね……)

 

 

「最後は私たちねっ!!」

 

と、大きな声を上げたのは、張三姉妹の一人、地和。

 

「今日は、華琳さまのためだけのらいぶです!」

「先日来て頂いたときは、満足に歌をお聞かせすることが出来ませんでしたので…」

「今日の観客はみんなだけだから、ゆっくりと私たちの歌を楽しんでくださいね」

 

「それじゃ一曲目、いっくよ~~!!」

「「「ほわ~~~!!!」」」

 

彼女らの演奏が始まると、場が一気に盛り上がる。

 

「さあ、華琳さま。けーき以外にもお料理もお酒もたくさん用意しましたから、たくさん召し上がってくださいねっ。皆さんの分もあるので、どうぞ」

「よーし!今日はお腹いっぱい食べるぞー!」

「あー!季衣ちゃんだけずるいの~。みんな、私たちも行くの!!」

「おう!」

「よっしゃ、今日はとことん飲むで~~!」

 

かくして、私の誕生日ぱあてぃー、と言う名の宴会が始まった。

 

「どう、楽しんでる?」

 

私がみんなの輪から少し外れたところで休んでいると、一刀が声をかけに来た。

 

「ええ、楽しんでるわよ。……まぁ、あそこまで楽しむ気にはなれないけど」

 

もはや玉座の間は宴会場と化していた。

文字通り、飲めや歌えやの大騒ぎが目下継続中だ。

 

そっか、と一刀は許可も得ず、私の隣に腰を下ろしてきた。

そうだ。まだ、贈り物のお礼を言ってなかった。

礼を欠いては、王者の品格にかかわる……そうよ、だからお礼は言わないと……いけないわよ、ね…

 

「その…一刀もありがとう、ね。手の傷は…これを作るため、だったのでしょう」

「あぁ、まぁね。俺、あんまり器用じゃないからさ」

 

一刀は、少し照れくさそうに頬をかく。

その手には、まだ痛々しい傷がいくつも残っている。

 

「なら、どうして指輪なんて作ったのよ」

 

身につける物なら、他にいくらでもある。

手作りしたかったにしても、もっと簡単なものもあったはずなのに…

 

「どうしても、指輪を、華琳にプレゼントしたかったんだ」

「何故?」

「俺に国では、女性に指輪をプレゼントするのは、特別な意味があるんだ」

「えっ?」

「指輪を女性に贈るってことは…その女性に対して、求婚することを意味する」

「っ!」

 

求婚?

一刀が、私に?

 

「華琳……もし戦いが終わって華琳が天下を統一して、この国を平和に出来たら…俺と結婚してほしい」

「…………」

「もし、俺の求婚を受けてくれるなら、その指輪を左手の薬指にはめてくれないか」

 

……

…………

………………

 

分からない…

こんな時、なんて答えたら良いの?

 

 

「……曹孟徳は魏の王よ。そして私は、いずれこの大陸を制するわ。あなたは、それを分かって言っているわけ?」

 

そう、私は魏の王……大陸に覇を唱える、王者。

覇王に女の幸せは……不要…

 

「俺は魏の王に言ってるんじゃない。一人の女の子、華琳に言ってるんだ」

 

あぁ……私は女の子…?

そう?いえ違う?

私は、私が望む世界のために……

 

「例え大陸を制したとしても、それで平和がくるわけじゃないわ」

「あぁ」

「大陸全土に治世を施し、全ての民が平穏で幸福に暮らせるようにしなくてはならない」

「あぁ」

「それこそ、気の遠くなるほど先の話よ」

「あぁ」

「その過程で、どちらかが死んでしまうかもしれない」

「かもな」

「それでも……あなたは待てるの?」

「あぁ。俺、決めたんだ」

「何を?」

「魏王・曹孟徳は支えられないけど、俺が、寂しがりやの一人の女の子・華琳の居場所になろう、ってさ」

 

私の…華琳の、居場所?

 

…………そうか。私は……覇王と女

二つの幸せを求めても、良いんだ…

 

「……一刀、あなた何様のつもり?」

「華琳?」

「一刀……あなたは既に私のものよ。俺は華琳の居場所になる?そんな小難しいことなど関係なく、これからもずっと、何があろうと、私の側にいなさい」

「それは、命令?」

「…………バカ」

 

こんなときにも空気を読めないの、この男は…

 

「華琳」

「…なによ」

「俺はずっと、華琳の側にいるよ」

「……一刀」

「この先何があろうと、俺は絶対に華琳と一緒だ。天に誓って言うよ」

 

ど、どうしてこの男は、こんなに急にカッコ良くなるのか……

そんなこと言われたら、私は…私は……っ

 

「…天の御遣いであるあなたが、天に誓うってことは、あなたの命を賭けるってことよね?」

「華琳?」

「もし私を裏切って、私の前からいなくなったら、その首を刎ねてやるんだからっ…!」

 

………………

…………

……

 

「ふ…ふふっ……あはははは!」

「な、何で笑うのよ!!」

 

ここは笑うところじゃないでしょ!?

 

「あ~ははっ…いや何か、華琳らしいな~ってさ」

「なっ…なななっ!」

「いいよ。せいぜい華琳に首を刎ねられないように、華琳の側にいてやるよ」

 

と、一刀は私の肩を抱き寄せた。

少し見上げれば、一刀の顔が、すぐそこにある…

 

「…一刀」

 

私は、一刀に左手を差し出した。

 

「指輪。一刀、あなたがつけなさい」

「ははっ、お姫様。仰せのままに…」

 

一刀は恭しく礼をすると、箱から指輪を取り出し、優しく私の左薬指に指輪をはめる。

まるで、あつらえたかのようにピッタリ、私の指に合った。

スッと左手をかざすと、薬指には一刀がくれた指輪。

私が一刀のものである、証……

 

その私の手を、一刀はギュッと握り締めてきた。

 

「華琳……愛してるよ」

「私も……私の方がっ、一刀のこと、愛してるん、だからっ!」

 

「華琳……」

「一刀……」

 

 

 

 

 

華琳の誕生日パーティーが行われている玉座の間。

誰もが料理に舌鼓を打ち、酒に歌に酔っている。

そこかしこに笑顔の花が咲く、桃源郷のような光景。

 

その桃源郷を少し離れたところに、男と女が二人。

そこはまさに、二人だけの桃源郷。

今、ゆっくりと

 

 

 

二人の影が、重なった

 

 

 

 

 
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