No.530694

鴉姫とガラスの靴 四羽

今生康宏さん

これで最後になります
初めて評価を受けて、しかもそれがかなり良い所まで進んでしまうという、衝撃的な作品でした
2012年から始めた長編の執筆が形になり始めたのかな……と思いますが、いつか賞を取れるよう、これからも書き続けていこうと思います
まだまだ長編を上げ続けていきますので、更新頻度は遅めですがどうかよろしくお願いします!

2013-01-12 00:44:54 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:347   閲覧ユーザー数:347

四羽 十二時までにその靴を

 

 

 

 結論から言うと、それは予想出来たことだった。

 地に倒れ伏せる長濱の体。恐慌状態の深月。顔を伏せる俺。

 地に溢れる血液。唐突に振り出した雨が、その場にいる全員の体温を奪って行く……。

 

 

 

 どんな事件が起きた後でも、これから起きるかもしれなくても、大学に行くのは学生としての必須事項だ。

 他にも、どんなに大雨でも洪水警報が出ても、暴風が吹かない限りは休むことを許されないのから、そこには不思議と理不尽を感じざるを得ない。

 そんな訳で今日も大学に行き、順当に授業を受けていると、一通のメールがあった。重大な知らせとも限らない。机で携帯を隠しながら内容を確かめる。

 

『とりあえず一足、無事に完成した。写真の確認をしてほしい』

 

 長濱からのメールで、添付ファイルもある。もう一つの無視できない用件。深月のプレゼントについてだ。

 俺が長濱に会ってからまだ二日しか経っていないのだが、もう片方出来てしまうとは。よほど調子が良かったのか、インスピレーションが湧いて来たのか。動き出せば仕事は速い奴だがそれにしても速い。

 どういった物か気になるので、授業中だが構わずに確認してみると……予想以上の出来だ。

 まるでおとぎ話に出てくるようなファンシーなデザインでありながら、確かに煌びやか。間違いなく深月に似合うだろう。

 もちろん、デザイン性だけでなく、機能性もきちんと追求されているのだろう。ちゃんと履いて歩けそうな作りになっている。普段履きには適さないかもしれないが、それこそダンスパーティーに行く時なんかには最適だろう。……そんなパーティーが現代にあるとは思えないが。

 

『さすがの出来だな。もう片方もこの調子で頼む』

 

 今から何か付け足す注文もない。このまま順調に製作が進んでくれれば、もしかすると深月の誕生日に間に合うかもしれないな。それまでにあの白い女の子の件も片付いてくれれば良い事尽くめなのだが。

 

「なー、悠ー」

「あ?」

「その反応は寂しいぜー、心の友よー」

 午前の授業を終えてほっとしていると、井上が後ろからやって来た。友達は友達だが、俺と井上はほとんど同じ授業がない。必修を三コマほど一緒に受けている程度だ。だから飯のタイミングも積極的に合わせていかないと重ならないし、別に俺の方からコンタクトを取ったりはしないので、全ては井上任せになっている。

 そして、井上は結構な頻度でいつの間にかに傍にやって来ている訳だ。

「いや、ちょっと考えごとしてたからな」

「恋のことか?」

「……おめでたい発想だな」

 当たらずとも遠からず。思わず反応してしまいそうになったが、自分から弄りネタを提供してやるのも癪だ。ぐっ、と踏み止まる。

「いやいや、俺は実際、そうなんだぜ」

「ほー。妄想彼女か」

「いーや、バーチャル彼女だっ」

「鼻息荒くして言うな。女子見てるぞ」

「あ、ま、マジで?」

 人通りの多いこの大学のメインストリートなのだから、それはもう大勢の人が見ている。多分、井上のことは一回生の間では結構有名だと思うが、ぎょっとした視線が飛んで来るのは仕方のないことだ。

「で、お前のバーチャル彼女様がどうした」

「いや、それも良いんだけどさ。昨日のことなんだが……」

「ああ」

「この世に存在しているとは思えないほど可愛い女の子に、リアルで会った」

「じゃあ、本当に存在してないんじゃないか?」

「あー、彼女欲しいがあまりに見えた幻覚……って、んな訳あるかい!あれはモノホンの幼女だべ。白髪碧眼のっ」

「……おい、井上。ちょっと詳しく聞かせろ」

「いやーん、悠さん、引っ張らないでー、えっちー、痴漢ー」

「言ってろ。お前に手を出す物好きなんているか」

 考え過ぎ、ではないはずだ。井上の言うゲームの世界ならあり得るかもしれないが、現実世界で白髪かつ青い目を持った女の子なんて、そう多くいるはずがない。しかも幼く、存在しているとは思えないほど、とまで評価される美少女ともなれば、かなり限定されて来る。そして、その相手が追い求めている少女で確定だ。

 食堂や図書館で話し込む訳にもいかない。適当に校舎の隅に連行し、ルーズリーフを一枚取り出す。ペンも同様だ。

「もしかするとその子、俺が探している女の子かもしれないんだ。もう一度、特徴を言ってくれないか」

「探してる子……?え、えーと、まず白い髪がそうだな……腰の辺りまである。相当長かった。で、目は青……コバルトブルーって言うのか?奇麗な色だったのを覚えてるな。身長はまあ、百四十弱ってところか。小学生だろうな」

「そうか……」

 俺もはっきりと覚えている訳ではない。実際に間近で話していた深月に話せば、最終的な判断が下せるだろう。情報を全てメモして、同時にメールの準備も始める。すぐにでも返答をもらった方が良い。

「どこで会った?何かしていたとか、話していたとかはないか」

「ありゃ、えーとな……ゲーセンの帰りで、エコービルの一階だった。誰かを待っているような様子で、デカい紙袋を持ってたと思う。えらく重そうで、地べたに置いてたな。で、しきりに携帯の時計を確認して、別に電話とかメールをする訳じゃないんだけど、何回も開いたり閉じたりしてたな。なんかそわそわしてるから、デートの待ち合わせか何かかなー、ってほっこりしたりしてな」

 デート、か。自分の恋人を待っているのなら健全だが、どうも重そうな紙袋というのが気になる。紙袋に入れて持ち運ぶような物で、あの子が用意しそうな物は何があるだろうか。

 ……時限爆弾、大量のナイフなど凶器類、もしかすると何かしらの有毒ガス。お菓子の箱やゲーム機なんて平和的な物は、とても想像出来そうにない。

「結局、お前が見ていた限りでは誰とも会ったりしなかったんだな」

「まあ、幼女を観察する訳にもいかないからなぁ。どんな感じのプリティーボイスなのかも聞けなかったのが残念だぜ」

 それはある意味、幸せだったかもしれないな。

 普段からあんな風に「危険な声」を出している訳ではないと思うが、あの時聞いた声は、見た目に反して落ち着いている……どころか、絶望しきったような寂しい響きが印象的だった。

 何も知らない人が聞けば、見た目とのギャップに大人が子どもになったかのような違和感を覚えるだろう。御園の「念話」の時の声もそうだが、鳥類の化身の声は特徴的なものが多いのかもしれないな。やはり、鳥と言えばその鳴き声が他の獣以上に重要な意味合いを持つからだろうか。

「ん、何難しそうな顔してるんだ。それが探してる子なのか?」

「あ、ああ。多分な。でも、それじゃ行方が掴めないな……今日また行って会えたら世話ないんだが」

「そんな訳ないわなぁ。名前がわかるなら、警察に連絡したらどうだ?」

「いや……ちょっと込み入った事情なんだ。出来れば自力で探したい。だからもし、今度また会うことがあったらすぐに俺に教えてくれ。でも、あんまりその子には近付かない方が良い。と言うか、絶対に近付くな」

「な、なんだよ。幼女はお触り厳禁ってか?そりゃ、俺もまだ警察の世話にゃなりたくないけど」

「だから、ややこしい子なんだ。話しかけるな、近付くな、目を合わすな。どうなっても知らないからな」

「ど、どんだけ危険度高い幼女なんだよ」

「触れたら爆発するぐらいに思っとけ」

 あながち嘘でもないかもしれないのが恐ろしい。あの子が本当に全てに絶望しきっていて、自分の命にすら価値を見出せていないのなら、そういうことだってあり得る。

 とりあえず、この街にいるのは確定した。後は御園達に頑張ってもらうしかないだろう。

 深月に送るためのメールの送り先に御園も追加し、送信した後、更にメールを書く。宛先は長濱。あいつのもう一つの変人性が発揮されると危険だからだ。

「なんか知らないけど、大変そうだなー。親戚の子か何かか?」

「そう考えてもらって問題ない。もしこれから先、俺が休むようなことがあったらそれ関連だと思ってくれ」

「あー、わかった」

 俺が休んでどうなるんだ、と言う話かもしれないが、見て見ぬ振りというのも出来ない。結局、木樺さんから預かった木刀は護身用ということで、今でも持っている。いざとなれば手に取って最低限の抵抗は出来るし、貴重な男手として出来ることはするべきだ。……素人が一人増えて、どれだけの助けになるかわからないが。

「よし、じゃあ飯行くか」

「そうだな。いきなり詰め寄って悪かった」

「いいや、そういうことなら、俺も協力は惜しまないからな。――全てはそう、幼女を守るために!」

「……お前に彼女が出来ない理由、よくわかった気がするよ」

「だ、だよな」

 自覚はあるんだな。少し安心した。

「ただいま」

 一日の授業を終え、家に帰る時は常にボロボロだ。声に覇気はなく、今の俺はそれはそれは散々な顔だろう。

 でも、以前に比べればマシな顔が出来るようになっているだろう。なぜなら、家に帰ると俺を迎えてくれる元気な声が。

「……ないんだよな」

 別に深月と木樺さんが夜逃げをした訳ではなく、出かけているからだ。

 予めメールをもらっていたし、驚くことも、がっかりすることも何もない。それでもまあ、寂しい感じはするんだけど。

 用意しておいてくれた料理をレンジで温め、一人でそれをかっ喰らう。自分の家で一人の夕食を摂るのが当たり前ではなくなって二週間。今改めて一人わびしく食べていると、孤独を感じざるを得ない。

「そういや、風呂は付けてくれてるんだよな」

 無音に耐え切れず、意味もなく声を出す。汗もかいたことだし、さっさと入ってしまおう。そうしたら良いぐらいの時間になるだろう。

 今日も安定して美味い深月の料理を食べ終え、きちんと手を合わせて挨拶する。着替えを用意して服を脱ぎ始め、さあ、風呂に入ろうというところで、玄関の方で音がした。

 ……俺が思うに、普通こういうイベントは男女が逆で起きるべきものだろう。女が男の裸を見る展開なんて、アニメかゲームでやったらブーイングしか来ないぞ。と言う訳で、さっさと風呂場に入って深月達とのはち合わせを回避する。

 まずはシャワーで汗を流し、頭を、体を、と洗って行き、最後に軽く湯船に浸かる。そうしている間にも、薄い扉越しに声が聞こえて来るが、そう切羽詰った事態ではなかったようだ。とりあえず安心して良いだろう。

 そして、気付いた。

 さっさと風呂を終えてしまい、俺はもういつでもここから出られるのだが、今の俺は裸。外にはうら若き女性が二人。

 どないせいと。

 なぜか訛ってしまうのも仕方がないというものだ。俺はどうやってこの危機を逃れれば良いのだろうか?

 普通に今から出るから、あっち向いておいてくれと言って、素直に聞いてくれる相手な訳がない。むしろ積極的に目を向けて、俺を辱めようという企画がスタートするのは目に見えている。

 何かスマートな解決法は……ない。普通の相手ならあったかもしれないが、深月と木樺さん相手に通用する作戦なんて、携帯を鳴らしてその隙に素早く着替えを済ませるぐらいしかないだろう。そして、そのために必要な道具である携帯は風呂の外にある。完全な“詰み”という奴だ。目の前に飛車が、斜め前には角があるような絶望。ついでに後ろに金があっても良い。

「……出るぞ」

 諦めて、とぼとぼと扉の外に出る。腰にタオルを巻いてはいるが、ほぼ生まれたままの姿。こんなのを見て、何の得があるんだろうな。

「あ、おかえり。さっぱりした?」

「今夜の準備はばっちり、という訳ですね。姫様。お布団の用意をしておきましょうか」

 あ、あれ?

 木樺さんの一切のためらいのない下ネタは置いておくとして、二人は俺の方を見るどころか、意識的に視線を外しているように見える。いや、そもそも普通にゲームをやっていて、俺を完全スルーの構えだ。

 決して期待していた訳ではないけど、これはこれで調子が狂ってしまう。まあ、そういうことなら、そういうことで良いか。

「で、どうだったんだ?」

 着替えを終えて、報告を聞くことにする。

 深月と木樺さんは、花鳥庵の方に用事があって行っていた。詳しくは聞いていないが、どうやらあの女の子と関係がある話という訳ではなさそうだ。

「ええ。こんな状況だけど、あたしの誕生日パーティーについて、色々と決めていたのよ。もっと落ち着いてからにしたいんだけど、やっぱりこういうのはちゃんとその日にやらないと意味がないって、奇跡も木樺もうるさくて」

「十六歳の誕生日は、特別な意味を持つことですから。決して蔑ろにする訳にはいかないのですよ。その成功のためには、私達花鳥庵のメイド一同、命を懸けて尽力させていただきます」

「本当、いちいち大袈裟よね……もっとゆるくて良いじゃない」

「観念して、盛大な誕生日パーティーをお楽しみください。婿様の正式なお披露目会にもなるのですから、婿様も格好良く決められてくださいよ」

「か、格好良く?」

「ええ。取るに足らない男性だと思われてはいけないのですから。スーツをぱりっと着こなし、ありきたりではない、しかし最高にクサい台詞で姫様のお誕生日を祝ってさしあげてください。そして……」

 急に俺の耳元に口を近付けて来る。こ、木樺さん?

『とりあえずのプレゼントをお渡しして、告白をする訳です』

「……告白はまだ早いでしょう」

 でも、俺がパーティーで縮こまっている訳にもいかないだろう。スーツは入学式の時に着たのがたんすの奥にあるが、あれを着て人前に出るのか……どうも気が重い。明らかに似合っていなかったからな。

「悠のスーツ姿か。面倒臭いパーティーは好きじゃないけど、それはすごく楽しみだわ」

「期待するほどのものじゃないぞ?そもそも、スーツなんて日本人に似合うように出来てないし」

「背が高いんだから、悠はなんでも似合うわよ。あたしも良い感じのドレスを選んだし、前にした約束が無事に達成出来そうね」

「約束って……もしかして、ダンスのあれか?」

「もちろん。忘れられてなくて良かったわ」

「ちゃんと約束したつもりもないけどな……」

 実際問題、ロクに俺は踊れない訳だし、深月に恥をかかすだけの結果に終わるのが怖かったんだが、ここまで深月が乗り気なら仕方がないな。唯一の心残りは、本命のプレゼントである靴が用意出来ないことだ。折角パーティー向きなのに。

 現時点ではぎりぎり間に合うか間に合わないかのペースだが、ここでクオリティを落としてでも急いでもらえば、確実に間に合わすことも出来るだろう。だが、それでは折角オーダーメイドしたのに本末転倒というものだ。

 かなり繊細な加工を必要とされるものなのだし、万が一折角プレゼントで深月に怪我をさせるようなことがあってはいけない。気持ち良く深月の十六歳の誕生日を迎えるためにも、品質には万全を期してもらわないと。

「そう言えば、今日は新月でしたね。満月が妖力を持つことはよく知られていることですが――私にはどちらかと言えば、月明かりのない夜こそ、不吉だと思われます」

 

 

 三日後の土曜日。深月の誕生日には細い三日月が見られることになる。せめてそれまでの間は、平穏が続いて欲しい。

 そんな俺の願いは二日後、御園から受け取ったメールに打ち砕かれた。

「駅前の公園って……どこ?」

「こっちだ。申し訳程度の規模の公園だけど、駅がすぐ傍にあるし、野宿している人もいるかもしれない。真剣にまずいぞ」

 大学から帰って食事を終え、家族……ではないが、団らんを楽しんでいるとメールの着信音が空気を震わせた。次に生まれた空気は決して穏やかなものではなく、事件の終幕を予感させる張り詰めたものだ。

 御園によってもたらされた情報は、あの子が駅前の公園に現れたこと。ただそれだけだった。移動する気配も見せないので今は手を出さず、深月達の到着を待つという。

 相当警戒をしているのと同時に、いかに深月や木樺さんの腕が高く買われているかがわかる。問題は相手の力量なのだが、あの身代わりとの戦いを見ている限りは、何か優れた能力がある風には見えなかった。あの特別な声の力を最大限に利用されれば、どうなることかわからないのだが。

「あそこね。木樺。悠をよろしく」

「……姫様。少しお待ちください。姫様が猪突猛進をするしか能がないことは理解していますが、ただの力押しで良い場合と、悪い場合があります。今回は明らかに後者ですので、まずは相手の観察をしてみましょう。敵を知り、己を知れば百戦危うからずという言葉もある訳ですし」

 孫子の言葉を引用して木樺さんが諌めさせ、遠巻きに女の子の姿を確認する。月の細い夜でもその白い髪は輝いて見えた。ただし、今回は相手にも用意がない訳ではない。

 足元には黒いボックス状の機械がある。そこからはコードが伸びていて、そのコードによって接続されている物を女の子は手にしている。一瞬、奇妙な形の銃にも見えたが、もっと一般的な道具だ。

「……マイク、か?」

 だとすると、接続している機械はアンプだろう。

 その姿はまるで、これから野外ライブを開くアイドルのようだ。おかしな点があるとすれば、ステージが用意されておらず、ライブをするにはあまりに近所迷惑な場所だという、会場の立地条件だろう。

 そうか。エコービルの二階には音響機器が揃っており、紙袋に収まる大きな物といえば、丁度あのアンプの大きさはそれにぴったりだろう。誰かを待っていた様子だというのは依然として謎だが、これでおおよその狙いはわかった。

「あの声を増幅させて、周りに振り撒くということかしら。もしかすると、単純に破壊力のある声というだけではなく、催眠か何かの作用もあるのかもしれないわ。だから、駅の近くなんて場所を選んだのかも」

「まだ何も喋ってないということは、機会を伺っているのか……?」

「電車を、待っているんじゃないかしら。帰宅ラッシュには遅いけど、どうせなら電車の乗客が下りて来るタイミングを狙った方が良いじゃない」

「そうか……」

 通学に電車を使っていないので、あまり馴染みのない俺だが、必死に脳内で検索をかける。何か、電車に関係したことがなかっただろうか?たとえば、野球の試合や花火大会のような……後者は時期外れだが、前者はあってもおかしくはない。

『来ておったか。連絡をくれても良かったというに』

「御園」

 女の子の動向に気にしながら頭を捻っていると、一羽のフクロウがやって来た。今更誰か迷うことはない。御園だ。

「何が狙いなのかわかるか?あれだけの準備をしているなら、今すぐにでも声を響かせても良いと思うんだが」

『うむ……今は七時半。後十分もすれば、急行電車が止まるの』

「でもこの時間だ。そんなに人はいないよな。なんでそんな時間に合わせてやって来たのか、それが疑問なんだ」

『そうじゃな。……しかし、これ以上は考えてもあまり意味がないのではないかの?他人任せで申し訳ないのじゃが、後はただ、深月と木樺……殿の手でなんとかしてもらう。それ以外にないじゃろう』

 確かに、あれこれと考えていて手遅れになる前に、先手必勝で決めてしまうのが賢い選択なのかもしれない。でも、どうにも引っかかる。そして、それを無視してはいけないような気がする。ただの杞憂なら良いのだが。

「わざわざ姫様のお手を煩わせる必要もありません。私が一瞬で終わらせましょう」

 既に抜刀を終えている木樺さんが身を乗り出すが、それに深月が静止をかける。

「木樺。一応あたし、あの子に喧嘩売って、まだ勝ててないのよね。前は逃げられちゃったから。……誇り高き花鳥庵の長が狙った獲物を仕留められないと言うのは、あまりに格好が付かないじゃない。あたしにやらせて」

「……はぁ。真の忠臣であるならば、ここで姫様の意見を無視してでも、危険な橋を渡らせることはしないのでしょうが、私は姫様の幼馴染であり、姫様で遊ぶ係ですからね。あえてここで行かせてしまう、というのも選択の一つとして大いにあり得ることでしょう。どうかご武運を」

「ええ。もうすぐ十六を迎える鴉姫の戦いを見せてあげるわ」

 ふわり、と飛び出すように深月はゆっくりと女の子の方へと足を進めて行った。

 公園の一角。マイクを大事そうに持ち、佇む少女はそれを全く気にしていないようで、よく見ると目を瞑っている。一見すれば無防備だが、その無防備さがあまりに不自然で、恐ろしく感じられる。

「今更、言葉はいらないわよね。あんたがあたしの大事な人達を傷付けるのなら、あたしは力づくでもそれを止める。それが嫌なら、あたし以上の力で抗って見せなさい」

 夜空に溶け込むような黒い小太刀が鈍く閃く。やはりそれは刃ではなく峰が正面を向いていて、傷付ける意思はない。対して、その刀を受け止める物があり、その刃は迷いなく深月に向けられていた。

「嫌われ、憎まれ、蔑まれ、それでも人の側に立とうとする。その思考の理解が私には出来ない。人を殺し尽くし、呪い尽くすのに賛同出来ないと言うのなら、大人しくしていれば良い。私はあなたと無関係の人間を殺すだけなのだから」

 女の子が持つのは波打つ刃を持つ片手剣。前にラノベに登場していたのを読んだが、確かフランベルジェと呼ばれるような剣だ。長さは深月の小太刀とほぼ同じ。リーチは短いが腕も手も小さな女の子が扱うには、あまり長大過ぎる武器は不都合なのだろう。しかもこの剣は、敵の攻撃を受け流すための性能に優れるという。正面からの斬り合いでは深月が不利にもなりかねない。

 更に、身長差から深月はかなり低い位置に刀を構えなければならないが、女の子は渾身の力で剣を振り下ろせば、それがそのまま深月に対する有効打となる。その扱いの腕も深月に負けず劣らず、以前使っていた投げナイフは本来の武器ではなく、このフランベルジェを使った戦いこそが彼女の本分なのだろう。

「だから、それが許せないって言ってるのよ。だから――少し強めにたしなめさせてもらうわ。あたしの受けた教育は、それはそれは上等だったけど、あたし自身はあまり優しくないの」

 刀を持ち替え、暗く輝く刃が向けられる。峰ではなくその刃でフランベルジェを受け止めた時、刀身の像が歪み、女の子の体が弾けるように吹き飛ばされた。

 刀身はその切っ先から、徐々にほどけて行き、黒い羽根となって舞う。刃が完全になくなって柄だけの姿になった時、羽根の量は一羽の鴉のそれを全て抜いて集めても、まだ足りないほどの量となっていた。それが、再び柄へと集まり、刀身を形作って行く。先ほどの太刀よりも長い真剣の姿を。

「小烏丸天国。古の大烏がその羽根を変化させて作ったという、我々鳥の化身の元祖とも呼べる至高の宝刀です。それがどうして、あの花鳥庵のボロ屋敷にあったのか。それは謎なのですが、あの刀の真の姿が姫様のような“赤い瞳の鴉”にしか引き出せないことだけはわかっています」

 闇と同じ色を持ちながらも、燃えるような輝きをまとった刀身が揺らめく。武器というよりは、一つの完成された美術品のようなフォルム、存在感。心を奪われ、思わず息を呑んでしまうが、少女は冷静にそれを見つめ、地面に転がっていたマイクを拾い上げた。このタイミング、武器ではなくただの拡声のための道具を。

「両刃のこの刀だと、下手をするとあんたを傷付けかねないわ。でも、人を殺す殺す言ってるんだから、それ相応の覚悟は持っているんでしょうね――」

「深月!一旦下がれ!!」

 叫んだが、既に手遅れだった。大声を上げることは足を動かすより、剣を振り上げるよりたやすく、素早く出来てしまう、

 

『――――、――――――――――!!』

 

 ハウリング混じりの轟音。耳がそれを「音」と認識することが出来ず、ただ全身を押し潰すような空気の動きだけが身を打つ。音の波が伝わるのではなく、音が衝撃となって襲いかかる。音撃とでも名前を付けることが出来るのだろうか。二人を遠巻きに見ていた俺すらも吹き飛ばされそうになったのだから、間近でそれを受けた深月は。

「深月!」

 声を出すのと同時に足が動いていた。巨大な波の後、静寂に包まれた公園には刀を取り落として倒れる深月と、肩で息をする少女が一言も発することなく存在している。あの様子なら、そうおいそれとあれだけの声を出すことは出来ないようだ。マイクやアンプも故障しているかもしれない。

「深月、大丈夫か?深月!!」

 目を開けることのないのが恐ろしくて、まさかとは思いながらも胸に手を当てる。女性は胸に膨らみがあるので鼓動を感じづらかったが、強く手を押し当てると、きちんと心臓の動きが伝わって来る。意識を失っているだけで良かった。

「……その女のために、計画を丸潰しにした。その代わりとして、確実に死んでもらう」

「どんな計画を立てたんだ?深月を殺すのなら、俺も一緒にやってくれ。この質問は、その冥土の土産ってやつだ」

「あと数分で、この街に住む電子情報大学の学生達が帰って来る。それをここに誘導するための偽情報を流してある。集まったところを、殺すつもりだった」

「ここ最近、街を歩き回っていたのは、人の動きを把握するためか?」

 首肯。井上はサンプルデータの一つとして数えられたのかもしれない。絶望によって心を病み、ただ人を殺して回るような凶行には及ばなかった。それだけで、救いはある。

「死人に口がないのと同じように、これから死に逝く人間も長く話す必要はない。死んで」

 剣が俺に狙いを定めて振り下ろされる。が、今この場にいる戦う力を持つ人間は、深月一人じゃない。

「剣に重みが足りませんね。我流では限界があるでしょう」

 木樺さんが間に滑り込み、刀で一撃を受け止める。刃を削ることも出来るフランベルジェだが、一気に振り抜かれた一撃によって弾かれ、少女は丸腰となった。やはりあの叫びによる体力の消耗は激しい。

「雀風情がっ……」

「はぁ。そう生まれたのが運の尽きとはいえ、あなたまでそう私を貶しますか。ですが、私をただの雀だと誤解されたまま死なれては、気分が良くありませんね。あなたを殺す雀の名を、きちんと聞いていただきましょうか」

「木樺さん。殺すのは……」

 この子は深月を傷付けた。それは俺だって許せない。でも、それなりの事情があってこの場に立っているのだし、人の死を死で贖うというのは、深月の望んでいたことでもない。なんとか刃を引いてもらおうとするが、木樺さんは軽く手を上げて制止した。

「婿様。失礼ですが、私と姫様の絆を甘く見られないでください。姫様は私の半身とすら言える存在。そんな姫様のお心を今まで煩わせただけではなく、遂にこの少女はその体をも傷付けました。――私が笑顔でいられるのも、これまでです」

 風が吹いた。初夏の夜に吹く生暖かい風ではなく、凍るような風だった。

 それに乗って俺の体に伝わるのは殺気。純粋な殺意。目の前の存在の命を奪う、ただそれだけを求める無垢な気持ちだ。

「私は妖鳥、実方雀、その末裔。人を呪う力は長い時の中で失われたようと、怨嗟の剣は未だに衰えず、この血が、この体が覚えています。私の姫様を想う気持ち、そしてそれと寄り添い合って存在する、あなたへの憎悪。その白い羽に刻みなさい」

 殺意の風を受け、動けなくなっているのは俺だけではなく、少女もまた同じだった。絶望の底にあり、既に恐れるものなどないと思っていたが、少女は確かに硬直している。最早、木樺さんの剣から逃れることは出来ない。

 音速の剣閃。同時に舞い散る白い羽毛。……そう、散ったのは血ではなく、羽だった。

「名乗りが長いのが、あなた達温室育ちの弱点。自己紹介をしている暇があれば、一刻も早く手を動かしたら?」

 気が付くと、女の子は俺の真後ろに回っていた。俺の腕を信じられないほど強い力で捻り上げ、片方の手にはフランベルジェを持って。

「なっ……」

「動けば殺す。雀、あなたはその刀であの鴉の首を落として、自分の胸も貫きなさい」

「安い脅しですね。その程度でこの私が、姫様の命を売り渡すとでも?」

「――そう。婿なんていくらでも代わりはいる、あなたはそう考える。あなたもまた、冷たい心を持つ鳥の一つということ。姫の持論を、まさか従者が否定するなんて。やはり、優しさなんて言葉だけ。自分や自分の大切な命を守るためなら、いくらでも他人なんて見殺し。可哀想ね、あなた」

「ああ……そうかもな。でも、俺だって深月のことを守りたい。俺が殺されて、深月や木樺さんが助かるなら、喜んで殺されるよ」

「嘘ばっかり。我が身を可愛く思わない命なんてない。もっと痛みを知れば、命乞いでもしたくなる?」

 途端に、腕の骨が軋むほど締め上げられる。あれだけ消耗していたのに、反則的な力だ。相手の加減がなければ、間違いなくこのまま骨がへし折られる。

 くそっ……もう少し俺も堪え性があると思っていたのに、限界なんてしょせん人並み、ってことなのか。ここ一番で涙が浮かび、脂汗がどっと溢れ出してくる。

「あまり目の前で、私の姫様の愛した人を痛め付けないでもらえますでしょうか?殺すならさっさと殺してください。次の瞬間にはあなたの命も奪いますから」

「……言われなくてもそうする。私は死ぬけど、この男の死で人も動物も薄情であることが証明される。鴉姫の悲しむ様子を地獄で想像させてもらうとするわ」

 腕の拘束が解かれ、俺の体が放り出される。そして、俺が抵抗をするとは思っていないのだろう。静かに剣が振り下ろされた。頭を真っ二つにするような軌道だ。首を刎ねようとして来たならアウトだったが、これならなんとかなる。

俺は木刀で剣を払い、弾き返した。その反動でバランスを完全に崩して、地面にうつ伏せで無様に倒れる。

 俺の相棒となってくれた木刀も、頑丈な鉄の刃を思い切り殴り付けて、半ばから折れてしまい散々な姿だが、そうせざるを得なかった。

「深月。もう良いよな。これが、お前の将来の夫として今夜出来る、最大限のことだ」

 想像以上に骨への痛みは強く、もう指すら動かせない。もう味方で立っているのは、木樺さんだけだ。そして、その木樺さんが動き出しているのは空気の動きでわかる。

 最後に少女が俺に剣を投げ付けようとして来た時、起き上がった深月がフランベルジェを自分の刀で弾き飛ばし、今度はためらいもなく袈裟がけに斬り付ける。その体は本来流れるはずの血を流すことはなく、代わりに黒い霧に包まれた。

 

 

 

「う、うあー……本当に、悠君の彼女さんだったんだ……」

 靴を受け取って、パーティーもなんだかんだで無事に終えることの出来た後、俺は長濱と深月を会わせることにした。

 深月はプレゼントを心から気に入ってくれたし、深月自身がこんなにも腕の良い職人はどんな人なのか、と会いたがったからだし、俺としても直に長濱と会って礼が言いたかったからだ。

「こんにちは。あなたが、長濱さん?」

「は、はい!長濱実といいますっ。悠君がお世話になっているそうで……」

「お前は俺の保護者か」

「す、すっごくお綺麗ですね!ナマ……じゃなくて、実際に動いている姿を拝見して、なんと言いますか、わたしごときが良かったのかな……」

「もちろんよ。すごく素敵な靴を作ってもらえて、あなたにしか出来なかったことだと思うわ。本当にありがとう」

 なぜか顔を真っ赤にして俯きがちになる長濱に、深月は深々と頭を下げた。ここまで心のこもった礼なんて、初めて見るかもしれない。俺もつられて頭を下げ、更に長濱が挙動不審になってしまったのは言うまでもない。

「あばばばば。わ、わたしとしても、すごく実験的な試みと言いますか、かなり大胆なチャレンジだったんですけど、お気に召してもらえてすごく嬉しいですっ。そ、それで、あの、すみませんが」

「そんなにあたふたしなくても良いわよ。いくらでも待つから、落ち着いて」

「ありがとうございます……靴の方は今日、お持ちになっていると思うのですが、履いて見せてもらえませんか?鴉谷さんに似合うように作ったつもりですが、最終的な仕上がりを確認するため、クライアントに着用してもらった姿を見させてもらいたいんです」

「なるほどね。ええ、わかったわ」

「あ、地べたに付ける訳にもいきませんので、こちらのクロスの上に足を乗せてください」

 二人のやりとりを見ていると、どっちが年上なのかわかったものじゃない。深月もまるで長濱が年下の小さな子のように扱うものだから、まるで姉妹のようで微笑ましい光景だ。

「まるでお城の赤絨毯ね」

 赤いマントのような布が敷かれ、その上に普段履きの靴を脱いだ深月の足が乗せられる。次いで、黒のソックスを脱いで件の靴を取り出した。

 素足を靴の中へと右、左と収めて、無意識なのだろうか、モデルのようにすらりとした足を強調するような立ち方をする。今日の服はパーティーの時のドレスとは違うが、薄い水色のワンピースにも似た服との相性は抜群だ。

 小さな舞台の上に立った姫が軽くスカートの裾を持ち上げて礼をして見せると、どこからともなく銃声が聞こえた。音速の弾丸は真の胸を正確に射抜き、血が乱れ飛ぶ。

「え、ええ!?」

 梅雨の雨が降り出し、その血を薄め、広げて行く。

 倒れて動かなくなった長濱は、これ以上がないほど良い顔をしていた。

「長濱……お前、まだその性癖変わってないんだな」

「えへ、えへへへへ……予想以上に、わたしの靴が喜んでくれてる……我が人生に悔いは大体な、し…………」

 

 長濱真の変人性その一。語り出すと止まらない、しかし誇り高い芸術観。

 長濱真の変人性その二。自分の作品が使用されている姿を見ると、鼻血を噴き出すほど喜ぶ。

 

「ね、ねぇ悠。寒そうだけど……これで良いの?」

「深月。長濱はこいつなりの勝利の美酒に酔ってるんだ。無粋な真似はよそう」

「そ、そう……?」

 推定年齢、十四歳前後の少女が雨の中、鼻血を流して倒れていた。新聞の地方面には載るかもしれない。そうしたら、長濱の名は更に有名になることだろう。

 

 

 

「深月。お前、あの刀の力を知ってたのか?」

「う、ううん。寝起きでいっぱいいっぱいだから、体が動くまま刀を振っただけ。死にはしないと思ってたんだけど……」

 戦いの後、女の子がいた場所には一羽の鳥が残った。真っ白な羽を持つ、ダチョウのような鳥だ。名前もよくわからないこの鳥は、とりあえず保護して花鳥庵に連れ帰った。意識が戻り次第、詳しい話を訊く予定だ。

「大体、あたしだって小烏丸を実戦で使うのって初めてだったのよ。普通じゃない刀だとは思っていたけど、強制的に斬った相手の姿を鳥に戻してしまうなんて」

「死んでるのか心配になるぐらい深い眠りに就かせて、な……。この分だと、鳥だけじゃなくあらゆる動物の化身に効くんだろう。人外に対しての切り札になる刀だったんだ」

 家に帰り、自然と話題は深月の刀、小烏丸天国。その真の姿の話となった。あの小太刀が長刀に姿を変えた時点で一般常識とはかけ離れているが、あの女の子に見せた特殊な力。それは深月達、動物の化身全ての天敵となり得る強大なものだ。“至高の宝刀”という伝説も頷ける。

「でも、よく悠もあたしがもうすぐ起き上がれそうって、わかったわよね。適当にやったんじゃないでしょう?」

「あ、ああ」

 俺が人質に取られた後、すんでのところでナイフを弾いたことか。

 確かに、俺はあの時、木樺さんを頼るつもりはなかった。彼女に任せては、あの子が殺されてしまうのはわかっていたからだ。そこで、あの子を生かすつもりでいた深月を頼った。彼女が意識を失ったのが一瞬だとわかっていたから。

「……心臓の音を確認した時、と言うか胸を触ったらお前、ちょっとだけ頬を赤くしただろ?その後、急に心臓がばくばく言い始めたし、これは意識があるな、って」

「そ、そう……だ、だって。悠にその、初めて胸揉んでもらえたんだし……」

「揉んでないからな。心配で無我夢中でやったことだからな。キスと人工呼吸を間違えるぐらい愚かしい認識の誤りだと思えよ」

「でも、既成事実は出来上がったわよね」

 はぁ……やっぱり、そうなってしまう訳か。もう良い。どうせ俺は、深月の恋人であり、結婚を前提に付き合っているんだ。深月も木樺さんも、いやらしく笑うことはすれど、嫌がることはない。ならもう、この際だからそんな視線にも目を瞑ろう。深月が失われず、今こうして笑顔で話せている。それだけで十分だ。

 願わくは、その話の内容が安定の猥談でなければ良かったのだが。

「そもそも、あの子は何の鳥だったのかしら。駝鳥とはまた違うわよね」

「色がなかったのでわかりませんが……フランベルジェが揺らめく炎を彷彿とさせる武器、見た目からは意外なほどの攻撃性という点で、火食鳥ではないかと、予想します。

 ――まあ、それは良いのですが、あの娘。やることなすこと卑怯ですし、真剣に生かしている価値がありませんよ。婿様も、私に素直に殺させてくれれば良かったのです」

「ま、まあまあ。俺は深月の夫になる人間として、同じ鳥の女の子が殺されるなんて、絶対嫌だったんですよ」

 家に帰ってからずっと木樺さんは機嫌が悪く、いつもの笑顔ではなく仏頂面をしている。その理由はまあ、俺が言外に深月とコンタクトを取っていて、木樺さんの見せ場とも言える局面を奪ったからだろうな。

笑いながら怒る余裕もないようで、鬼の形相というほどではないが、ここまで率直に感情を顔に表すのは珍しく、その非常事態が恐ろしい。

「しかし、ヒクイドリか……聞かない鳥だな」

「あたしも。つまり、ああいう駝鳥みたいな鳥なのよね?あの子は子どもだからと言うより、体質的に小さかったみたいだけど、本当はもっと大きいのかしら」

「基本的に、人と同じぐらいの大きさで、体重も個体によっては八十キロを超えるとか。動物園に買われるならともかく、一般のペットとして輸入されることは相当珍しいでしょうが、やはりアルビノであること、小柄であることから対象となったのでしょう」

「すごっ。もしあの子じゃなかったら、二メートル以上のデカ物を相手にしないといけなかったのかもしれないのね……ハンターの血が騒ぐわ」

「騒がんで良い。部位破壊でもするのかよ」

「ええ。レアドロップを手に入れるため、何十回と周回するわ」

「せんで良いって。……はぁ。あれだけ勇ましく戦ってた姫様が、ゲームの中でもモンスターを狩猟するのに勤しんでるなんてな」

「その二面性が魅力でしょう?」

「ああ……最高の姫様だよ。じゃあ、おやすみ。いい加減今日は、俺も疲れたよ」

「そうね。おやすみなさい、悠」

「……すっかりラブラブですね、お二人は。はぁ、私はとんだ道化ですよ」

 いつの間にかに携帯に入っていた長濱からのメールの本文を確認して、俺はにやつきながら布団を被った。全ての気がかりだったことが解決して、明日は何の憂いもなく深月の十六歳を祝ってやることが出来る。

 それが、たまらなく嬉しかった。

『それでは、続いては新郎……ではありませんね。婿様からのプレゼントの贈与です』

 白い包装紙に赤いリボンの結ばれた、これ以上がないほどそれらしいプレゼント・ボックスを手に俺は壇上にまで進み出た。

 中に入っている物は、とりあえずの代用品のお菓子などではなく、大本命。羽のように軽いものだから、いまいちその実感は湧かないが、これが今の俺の用意出来る最高のプレゼントだ。

「深月。誕生日、本当におめでとう」

「悠……ありがとう」

 胸元の大きく開いた真紅のドレスをまとった深月は、今までの他のどんな格好よりも大人っぽい色気に溢れている。今日、十六歳になり、少女から一人の女性になるからこその魅力なのだろうか。

 心臓の鼓動は自然と加速し、唇は震える。血液の流れは十分過ぎるほど円滑なのに、体は油を注されていないロボットのようにしか動いてくれない。

「これは、心ばかりの、プレゼントだ。もしよければ、今ここで身に付けてみて欲しい」

「身に付ける……何かしら」

 深月の指がリボンの封を解いて行き、箱が開かれてプレゼントが全貌を現す。

 それは、透明のガラスの靴。内側には透明な樹脂で加工がなされていて、決して足を傷付けることはないように出来ており、磨き上げられた外側は照明を反射して光り輝いていた。

 靴が放つ光を、深月の目が更に反射しているようにその目が輝き、ほとんど無意識の行動のように今履いている靴を脱ぎ、透明なガラスの靴に履き替える。

 その姿はおとぎ話のシンデレラ姫より、更に美しく、気高く、気品に溢れていた。

「すごく素敵……。悠、本当にありがとう」

「どういたしまして。深月――」

 そう言えば、木樺さんはクサいことを言え、なんて指令を与えられていたな。

 言葉じゃないが、今ぐらいは自分の気持ちに正直になって、この最高の姫君を驚かしてやろう。

「――大好きだ」

 長い黒髪を手でそっと撫でて、頭の後ろに手を回す。もう片方の腕で、ほとんど地肌を触るように薄いドレスの上からの感触を確かめながら、腰を優しく締めて、抱きしめた。

 必然的に深月の顔がすぐ傍にやって来て、バラのような甘い香りが鼻を抜けていく。

「ゆ、悠……」

 深月の大きな赤い瞳が閉じられる。そして俺達は、口づけを交わした。

 衆目の前などということは頭から抜け落ちていて、この世界には二人しか存在していないかのように遠慮なく。

 

「みんな――」

 キスを終え、深月が告げる。

 

「あたし達、結婚します」

 

 いつもなら必ず口を挟む言葉も、今日の俺はそのまま聞き流した。

 俺に彼女を拒む意思はなく、彼女もまた、俺を愛してくれるのなら、この言葉が覆されることはない。

 魔法の解けない俺のシンデレラを見つめて、どんな時だって彼女から離れないことを誓った。

 守るには力が足りないだろう。支えるにはまだ自分一人を立たせるので精一杯だ。

 そんな、おとぎ話の王子様じゃない俺は、せめて深月と最後まで一緒にいよう、と。

 

 

 

終わり


 
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