「いいなあ…ユーリって」
いきなり緑髪の少女から羨ましがられた青年、ユーリ・ローウェル。 彼女の目線は彼の左手に備え付けられていた魔導器、ブラスティアに向かっている。
「そんなに羨ましいか、これ」
「うーん、少なくともうちの田舎には無かったから」
緑髪の少女、ファラは自由都市連合、ダインの南にある森にひっそりと住む田舎の出身だ。ダインの首都・シャイロックには現在実験的にブラスティアによるエネルギー作成が進められており、実用化されれば首都以外の街にも広がる予定らしい。ファラはうーん、と頭を捻った。
「ブラスティアって確か、まだ実験段階なんだって。リタが前、そう言ってたよ」
「ああ、あいつは魔導器研究所の主席らしいからな。オレもよくは分からねえけど」
「…そんな貴重なもの、ユーリはどこで手に入れたの?」
「それはな、ファラ。大人の事情って奴だ」
長い黒髪をかき上げて、ポーズを決めるユーリ。ファラは『大人の事情』がどんなものなのかがとても気になったが、敢えて彼に聞くのはやめた。どうせろくでもない理由に違いないのだ。彼はシャイロックの下町出身だが、新帝国・ニーズホッグの大佐、ジェイド・カーティスの二つ名である 「ネクロマンサー(死霊使い)」ですら知っている事情通だ。ある程度付き合いが長いファラでも、今だユーリの性格は掴めないところがある。
ユーリとファラは半年前、ひょんな事から出会いを果たし、ダインのシグルス代表としてユグドラシルバトルに参加した。 そして現在は「大いなる実り」を手に入れた彼らはダインの英雄である。そんなふたりが現在住んでいるのはファラの田舎。 もちろん辺境にあるのでブラスティアのような技術は伝わっていない。夜に必要不可欠なのは月明かりとランプ(洋灯)。料理に使うエネルギーは木と木をこすりあって出来る自然の火だ。 喉を潤す水は井戸から汲むし、住民の食料は種から大地で育てる自給自足でまかなっていた。
世界樹をめぐる3年に一度の戦い、ユグドラシルバトルがつつがなく終わった頃。ユーリはファラに「私の村へ来てほしい」と言われて何の気もなしに気軽に村を訪れた。そして、首都とあまりに違って原始的な生活に驚いたものだ。首都では明かりも水も、食料も全てブラスティアの恩恵なしでは生きていけなかったから。
(そりゃこれでは無鉄砲でなくてもバトルに参加したくなるわな)
ユーリはここに来て初めて納得した。
ファラが「大いなる実り」を単身田舎から上京してまで欲しがった、その真の理由。異世界「ダイランティア」のエネルギーの元となる「マナ」が減少し続けている今、そのエネルギーに依存して生きるファラの村の有様は惨憺(さんたん)たるものだ。 マナである大いなる実りの一部をユーリとファラが持ち帰らなければ、今頃村民はどうなっていたことか。 ユーリは彼らの生活を垣間見た当時を思い出し、安易にその未来が想像出来て身を震わせた。ファラはお人よしな性格ではあるが、その気持ちがあってこその今に、彼は正直に関心していた。そんなファラは今、ユーリの左手に輝くものを熱心に見つめている。
「これ、私もほしいなあ」
「あー、これな。リタの話だと人工的に作ることは不可能らしいぜ?ま、遺跡から何か見つかりゃ儲けもんだろけど」
「何か強力な力が得られるんだっけ?これ」
「実はオレもあまり分かりきってはいないんだがな」
「なんだ。残念だなあ」
ファラは肩を落とす。欲が人よりも少ない彼女でも、この腕輪には興味を持たずにはいられず、更にユーリにより手に入れる希望が少なくなり、肩を落とした。出来ればユーリのように腕輪をつけて、能力を増幅してみたかった。そうすればもっと彼の役に立っていただろうし、自分の体術も更に磨きがかかっただろうに。そう思うファラは今でも、誰かの役に立ちたかったのだ。それを何となく悟ったユーリは、ため息まじりにつぶやいた。
「そんなに欲しいんなら、リタにでも頼んでやろうか?」
「そんな事出来るの?ユーリ」
「まあな。あいつなら別に天地をひっくり返すことすら出来そうだし、理論で解決できない事は無いわよ!…とか普通に言いそうだからな」
「なんかリタって、私の知っている友達に似てるなあ」
「いるのかよ、そんな厄介な友達」
「うん、今はどこかの大学に通っているんだけど、世界はすべて何かしらの理論で成り立ってるとか、そんなのいつも言ってるよ」
「ふうん。そいつはまた頭の固い奴というか… まあ頭が良いのに越した事はないけどな。 しかしリタに頼むとは言ってもな… いくらなんでも人工的にブラスティアを生み出すなんてのは…やっぱ無謀かな」
「どうしたの?ユーリ」
ファラはユーリが小声でぶつぶつ独り言を言い出したので首をかしげる。 ブラスティアの件は結局話があやふやなまま終わった。
「ファラ、いる~?」
数日後。ファラの家に来訪者がやってきていた。 いかにも勝気そうな声の主はリタ・モルディオ。 かつてはユーリとファラとはバトルでかつてダインのシグルスを賭けて闘った。それがきっかけで時折会うようになり、今ではファラとリタは時折顔を合わせる話し仲間となった。
「あれ、どうしたの?リタ。いらっしゃい」
「久しぶり、ファラ…あんたに届け物」
突然の来客に驚いたものの、ファラはリタに茶を入れてもてなす。そしてリタは恥ずかしそうにファラに箱を手渡した。ファラは地味で何も施されていないただの箱を不思議そうに眺める。開けてみるとそこには赤いチョーカーがあった。
「これ、チョーカーだよね」
「べ、別にあんたにプレゼントって訳じゃないんだからね!これはユーリがどうしても、って言うから!」
ファラは自らがいつもつけていた赤いチョーカーを外し、変わりにリタが差し出したチョーカーをつける。それは赤く輝き、ファラの首に馴染んだ。固い感触がわずかに首に残る。恐らくその部分に小さな石を忍ばせているのだろう。
「ふふん。聞いて驚きなさい。ファラ。なんとこれはブラスティアよ!それもただのブラスティアじゃない。これはね…」
「ブラスティアって…リタ、それ本当? …あ、ジュディスさん!お久しぶり~!お茶どうぞ!」
「…ってファラ!ちゃんと聞いてる!?」
扉の向こうに青髪の女性が立っているのを見つけたファラは即座に茶を用意する。ジュディスはリタが雇っている傭兵だ。女性とはいえ、実力が半端ではない。かつて敵として戦った時、ユーリもファラも手こずらされたものだった。
「おっ、ご苦労さん。出来たんだな」
「噂をすれば本人登場ね。お久しぶり」
ユーリがやってきて、ファラの首に下げられたチョーカーをじっと眺める。
「よく聞きなさいよ、ファラ。これ、すっごく苦労したんだからね!なにせこれはユーリみたいな普通のブラスティアじゃないのよ。ファラ、あんたにあげたのはブラスティアの中でも特殊中の特殊、我が研究チームが極秘に進めている『人工魔導器(アーティフィシャル・ブラスティア)』なんだから! 時間に時間をかけて、ようやく出来たのよ。まあ、もっともまだ試験段階だけど…」
「あ、あーてぃふぃしゃる…ブラスティア? 良く分からないけど人工って凄いね、リタ! ありがとう。嬉しいよ!」
「べ、べつに感謝されることなんか…!あ、あれよ、あんたは実験体なんだからね。データはきっちり取らせてもらうわよ。決してダインに『大いなる実り』を持ち帰ってくれたそのお礼なんてことじゃ…!」
「分かってるよ、リタ。これ、嬉しいよ!大事にするからね!」
「ふ…ふんっ!分かればいいのよ、分かれば!」
リタはファラとユーリがユグドラシルバトルに勝利し「大いなる実り」を手に入れた後、その大いなる実りの一部をファラから譲り受けた。そんな彼女は今、エネルギーを人工ブラスティアによって生成出来る研究のひとつに使ったり、食料をブラスティアだけで作ることが出来る手段の為に利用している。 これはリタがユグドラシルバトルで勝利すれば是が非でも実現したい夢であった。そのバトルにユーリとファラに負けたリタは、その当人たちから大いなる実りを譲り受けられて驚いたものだ。
「本当にあの時はびっくりしたわよ。まさか本当に大いなる実りを持ち帰った上にそのあたしに正直に渡すなんてね…どこまでファラ、あんたはお人よしなのよ」
「だって、あの時リタに約束したんだもの。…それに私もユーリも、ダインの為になるにはどうやって大いなる実りを使うべきかってきちんと考えたんだよ」
「…それだけの理由で自分に委ねた。リタはそこがお人よしすぎるのだと言いたいんじゃないかしら?ファラ」
「まあこいつは野心家じゃないし、まず筋金入りの研究気質だからな。変なことには使わないだろ。げんに人の役に立つもんしか作ってねえし、オレたちの目も狂いが無かったということだな。少しはファラのお人よしに感謝しろよ?リタ」
「うっ…分かってるわよ!馬鹿ユーリ!ジュディス、あんたもよ!少しは自分の置かれた立場ってのをわきまえなさい!」
「あら、殊勝な態度なこと、リタ。ファラから大いなる実りを貰ってからのあなたはとても輝いているように見えたけど、それは私の気のせいだったのかしら」
「うっ…」
リタはユーリとジュディスの華麗な突っ込みに何も言えなくなってしまった。その傍でファラは首元に光るチョーカーをそっと手で触れる。人工とは言え、エネルギーを発しているブラスティアを含んだ石はどこか暖かいのは気のせいか。その心地よさにファラは微笑んだ。が、彼女の中で小さい疑問が沸いた。それはブラスティアの事ではなかった。
「…ねえ、リタ。ブラスティアは分かるけど…どうしてチョーカーなの?」
「確かに変ね。ファラ、あなたは格闘家なんだからナックルとかの方が適切のような気がするわ」
「ん?いや、あれだ、ジュディ。ファラと言ったらやっぱり赤いチョーカーだろ」
「ああ、そういう事だったのね?ユーリ。…まったくあなたも隅に置けないわね、本当」
「どうしたの、ユーリ、ジュディスさん?」
「ファラ、お前からチョーカー取ったら何か変だろうが」
「え、なに?話が読めないよ…大体ユーリ、それって屁理屈みたい…ってきゃっ」
「細かいことは気にするな、ファラ」
ユーリがいきなりファラの頭をがしがし撫でたので、彼女は驚いてしまった。
その光景を微笑ましいものと笑いながらジュディスは話を続けた。
「それ、どうやら彼の注文らしいわよ?ファラ」
「え、本当なの?リタ」
「…あたしはユーリの言ったとおりに作ったから、デザインとか形までは関与してないわよ、ファラ」
「まあリタ、そうだったのね…。ほんとユーリとファラ…あなたたちったらお熱いことね。ごちそうさま」
「え、ジュ、ジュディスさん!?」
「…好きに言わせておけ、ファラ」
ジュディスはくす、と笑い扉の向こうへと消えてしまった。ユーリはファラが赤いのを見て不思議な顔をする。
「どうした?」
「な、なんでも、なんでもないよ!」
「顔赤いぜ?熱でもあんのか?…ぐあっ!」
ファラは照れ隠しにユーリを突き飛ばしてしまった。 哀れユーリは扉を着き抜け家の外へ。
「わ、ごめん、ごめんねユーリ!」
「…ほんの小さな力であれなんて、凄いわ!やっぱりあたしの研究成果は正しかったわね!」
リタはファラの能力が引き出されたのを、得意げに笑みを浮かべて見つめていた。それを痛い体で見上げたユーリはちょっとだけ、ファラに気を利かせてプレゼントをした自分に後悔したという。
その後、人工ブラスティア入りチョーカーのお陰で、ファラの農作業が以前よりもましてはかどるようになった。それを見た村人は喜んだが、その傍でユーリが何度も突き飛ばされて、ファラの家の壁に穴がしばしば開くようになった。 微笑ましい光景ではあるが、それをユーリが人知れずため息まじりで過ごしているのは誰も知らない。
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ほのぼの。ユリファラ+リタ、ジュディス。
「…そんな貴重なもの、ユーリはどこで手に入れたの?」
「それはな、ファラ。大人の事情って奴だ」