「ルキナねえさん、すごいですよ!まっしろです!」
「待ってください、危ないですよマーク!」
藍髪の子供たちが目を輝かして銀世界へと飛び出していった。
一夜を通して降り続けた雪で外は一面白く覆われ、目に眩しいほどに染め上げられている。
フレデリクの手によって嫌というほど厚着させられ、うずうずしていたマークの好奇心は外に出るなり火花のように弾け、中庭へと駆け出していった。
ルキナはそんな弟を諌めながらも自身もまた楽しみで仕方なかったらしく、さくさくと踏みしめられる雪の感触に跳ね回っている。
――まるで雪うさぎみたいだ。
ルフレ自身も襟巻きをしながら子供たちのはしゃぎ回る様子を微笑ましい気持ちで見守っていると、「元気だな」と背後から声をかけられ振り返る。
「クロムさん、その格好」
「…フレデリクが風邪をひくからと仕方なく、だ」
クロム様を風邪から絶対死守、と編みこまれた桃色のマフラーをまいている夫に笑いを噛み殺しきれず噴き出すと、彼は少しだけ不機嫌そうに視線を逸らしてきた。
「ご、ごめんなさ、でも、おかし…あははっ」
「そんなに笑うな。似合わないとはわかっているが、これしか手持ちがないみたいでな…夜なべして編んだと真顔で言われたら断るわけにもいかないだろ?」
ヴェイク達に見られたら死ぬまで話のタネにされる、そう行ってクロムは少しだけ遠い目をした。
ルフレはこらえきれずひとしきり笑うと、目に浮かべた涙を拭いながら雪を散らして中庭を駆ける二人を再び眺める。
「イーリスでこんなにも雪が積もるなんて久しぶりですね」
「あの時以来じゃないか?確か、ルキナが生まれる前の冬だ」
「ああ、そういえば」
ルフレはあの時を思い返そうと目をくるりと動かす。
あの時は確か賊の討伐の為に従軍していた時だ。比較的温暖なイーリスでは雪が降ることはあれども積もることは珍しいからよく覚えている。
「あの時は熱かったな」
「なに言っているんですか、雪が降ったから暑いわけ…」
変なことを言うクロムに怪訝な顔で振り返ると、彼がやけにニヤニヤしている。
「忘れたのか?あの薪小屋のこと」
「!!!」
腰から背骨にかけてのラインをさすられてようやくその時のことを思い出し、冷えて白磁のようになっていたはずの頬が林檎のように赤くなった。
「お前がいきなり脱ぎだした時はびっくりしたぞ」
「だ、誰かが聞いているかもしれないからそういう話は外ではやめてください!」
「さっき笑った仕返しだ」
笑いながら抱き寄せてくるクロムを軽く睨みつけるが、ルフレは熱い雪の夜を余計鮮明に思い出し、茹で蛸のように真っ赤な顔になってしまった。
*
鉛色の空を見上げながらルフレは白い息を吐く。
フェリアとの軍議のために山道を進軍していたクロム自警団一行だったが、途中で賊に襲われている村人と出くわし、近隣を荒らしているという話を聞いてしまった。
躊躇う素振りを見せずに「助けよう」と断言した軍主に逆らう者はおらず、こうして賊退治へ趣いたわけだが、どうにも天気が優れない。
鋼の剣を持つ手が悴んでいる。
フェリアは雪の日が多いと聞くが、イーリスはうまく山脈に遮られているためか雪雲が運ばれてくることは少ない。
しかしどうも今日は違うようだ。
分厚く空に垂れ込む雲に嫌な予感がして、ルフレは身震いしながら剣を鞘へとしまう。
ルフレは元々寒さが得意ではない。出来れば村へ引き返して様子を見たかった。
「あ、雪!」
「わぁ、雪だ雪だ!ねえねえガイアー、はちみつかしてー」
「馬鹿、こんな寒さで雪なんか食ったら腹壊すぞ!」
案の定空からふわふわと粉雪が舞い降り始めた。
無邪気にはしゃぐリズやリヒト、ノノ達とは裏腹に冬の厳しさを知る者たちは顔を険しくさせる。
「ロンクーさん、これは」
「…ああ、この雪はフェリアの雪だ。これからもっと酷くなる」
フェリアに長く暮らすロンクーが言うのだから間違いないだろう。これ以上積もってしまえば温暖な気候で訓練された騎馬達は身動きを取れなくなってしまう。
彼に例を言い、クロムに相談しようとルフレは彼の姿を探すが、随分先に進んでしまっているようだ。
「クロムさん」
大きな声で呼んでみた。雪は音を吸収するとミリエルから聞いたことがあるが、道を薄く白に染めるそれは確実に視覚と聴覚を鈍くさせていく。
以前ライミから仕掛けられた城門前の攻防時とは違い、ここは山道だ。ただでさえ見晴らしが悪く道が細いのに軍が分断されたら非常に危険なのだ。
注意深く足を進めながらルフレはクロムの姿を探す。彼の潔白さを表すかのような白いマントが、この雪の中では余計に彼の姿を見つけづらくさせている。
雪がますます強まってくる。先程までひらひらと舞い落ちる雪にはしゃいでいた者たちも、いつの間にか体温を奪うように叩きつけられる雪に言葉を失っていた。話そうにも呼吸をする度に目や鼻に雪が入ってくるのだ。
「クロムさん!」
白い世界でようやく見つけた見慣れた藍色に、ルフレは安堵する。
寒さに少し顔を強ばらせている彼を見て、思わず駆け寄ってしまった。それがいけなかった。
クロムを探している間に足首まで積もっていた雪は木の根を隠しており、ルフレは引っ掛けてしまい体勢を崩してしまう。運悪くそこは急斜面で、知識はあるものの雪国での実戦経験が少ないルフレが咄嗟に体勢を直せるわけもなく。
声をあげるよりも前に、ずるりと雪の塊ごと彼女の身体は傾いで行った。
「ルフレ!」
何が起きたのかわかっていないままのルフレが斜面へと飲まれていく。
クロムは駆け寄り必死で手を伸ばした。今まさに斜面へと落ちていく手を掴んだはいいが、彼の足場も不安定であり、勢い付いた身体はルフレの重さで体勢を崩してしまった。
「クロム様!」
「お兄ちゃん!」
仲間たちの声がみるみると離れていく。
せめて衝撃からルフレを守ろうと、クロムは彼女の身体を引き寄せ強く抱きしめ斜面を滑り落ちていった。
「貴方はなんて無茶をするんですか」
雪と泥まみれになってしまった外套を叩きながら、ルフレは怒りを帯びた声で呟いた。
同じくマントを外し干しているクロムはバツの悪い顔で「すまん」とだけ言って火のそばに腰掛ける。
幸いにも二人は崖から落ちることもなく岩にぶつかる事もなく下へと滑落し、雪が緩衝材となったおかげで細かい傷と痣くらいしか外傷は出来なかった。
雲の切れ間だった為か丁度雪も勢いを弱めていた時に無人の薪小屋を見つけ、無事滑り込むことができたのだ。
とはいえ外は夜が近いのかみるみる暗くなっていくし、雪もまた酷くなってきた。
――無理に合流するよりも、ここで一夜を明かすほうがよさそうだ。
雪が叩きつけられ軋む扉の音に耳を傾けながらクロムはため息をつく。火をつけたとはいえ、簡素な造りの小屋では寒さを防ぎきることが出来ず吐く息は白いままだ。
小屋があるということは人里も近いだろうし、雪に慣れていないクロム達が下手に動くよりもここで暖をとっていたほうが安全だ。フレデリクが死ぬほど心配するだろうが仕方ない。
問題は彼女だ。
そっぽを向いて座っているルフレを横目に、クロムは頭を抱えた。
普段は温和な彼女が珍しく怒っている。
「俺の判断ミスだ。少し気が急いていたみたいで皆を危険に巻き込んでしまった」
「違います!…いえ、それもありますが、そうじゃないんです」
寒いのか手を擦り合わせながら、それでもルフレの口調は刺々しい。
どうしたものか。こんな気まずい状態で彼女と一夜を明かさないといけないのか。
他人の感情には疎い方であるクロムは炎越しに彼女のむき出しになった白い肩を見つめることしかできない。
どれだけの時間が経ったのだろうか。窓がない部屋では察することができないが、冷え込みはますます増していくことからもう日は暮れてしまったのかもしれない。
空腹と寒さで容赦なく眠気が襲い来る。うっかり寝てしまわない為にも悴む手でファルシオンの手入れをしていた時だった。
「ルフレ?」
それまで携帯していたらしい戦術書を読んでいたらしい彼女が立ち上がる。
何事か、と動向を伺っていると、彼女は着ていたキャミソールをたくし上げ始めたのだ。
「おい…ルフレ?」
「クロムさん、貴方も脱いでください」
「うお?!」
ルフレの唐突な発言に、思わずファルシオンを取り落としてしまった。
唖然としているクロムを前に、彼女は服を脱ぎ去ってしまった。
焚き火に彼女の滑らかな背中がみえて慌てて視線をそらすも、彼女はそうこうしているうちに下まで脱いでいるようで、しゅるり、と布が擦れる音がした。
――まさか、寒さで頭がおかしくなったのか?
見てしまわないように手で顔を覆い隠していたクロムだったが、足音が聞こえた為思わず手の隙間からのぞき見てしまう。
ブーツだけは身につけているようだが、ルフレの足のラインが見えてしまいクロムの頬は火が噴いたかの如く赤くなってしまった。
以前ちょっとした事故で彼女の裸は見たことあるのだが、それでも実際目の前にすると気恥ずかしい。
「後ろ向いていますからクロムさんも早く」
「何故脱ぐ必要があるんだ!」
「戦術書を読んでいたら、寒い時は人肌と触れ合うことで暖を取れると書いてあったんです。私が寒いので早くしてください」
「触れ合う!?」
思わず声が裏返ってしまった。
しかし彼女は冗談をいっている口調でもない。
「隠すものがない仲って貴方が言ったことじゃないですか」
「そ、そうだがそれとこれは話が…」
「上から上着を被せますからお互いの裸は見せずに済みますよ、だから安心して…くしゅんっ」
混乱しかなり狼狽していたクロムだが、ルフレのくしゃみでようやく我に返った。
――ルフレの戦術書に書いてあることなのだから本当のことに違いない。
こちらが変な気を起こさなければ問題はないはずだ。それに裸のルフレをこのまま放置していたら風邪を引かせてしまう。
(ええい、俺も男だ!)
クロムは覚悟を決めて上着のボタンに手をかけた。
服がはだける度に突き刺すような冷気が肌に触れ身震いしてしまう。上手く指が動かずかなり手間取ったが上半身だけ脱ぎさると、クロムは「脱いだぞ!」と顔を覆いながらルフレに向かって叫んだ。流石に下まで脱ぐことには気が引けたのだ。
「では、じっとしていてください」
彼女はクロムの前に座ったようで、素肌が触れ合う感触にクロムの鼓動は跳ね上がった。
肩にバサリと布が掛けられ蓑のように巻きつけられ二人をすっぽり覆う。
「もう隠さなくても大丈夫ですよ」
ルフレの声に両手を顔から離せば、どうやらそれは先程まで乾かしていたマントと外套を被せられたらしく確かに互いの裸は見えない。彼女の後頭部しか見えないのだが。
(そういう問題じゃないだろう!)
この布の下にはルフレの裸体がある。男に比べたら柔らかい肉体が、クロムの胸板に押し付けられているのだ。
確かにルフレの言うとおり二人分の体温が篭って先ほどよりも暖かいのだが、それよりも彼女の体の感触に身体が熱くなってしまっている方が大きい気がする。
少し腕を動かせば二人を包む布は剥がされ、裸体が顕になってしまう。
それどころか、少し体重を加えただけで彼女の身体を押し倒すことができるのだ。
(って俺は何を考えているんだ!!)
湧き上がってきた邪念を振り払うようにクロムは頭を振る。
ルフレの表情を窺い知ることはかなわないが、後ろでこんなことを考えていると思われたら失望されるに違いない。
ルフレは大切な人だ。軍師として、親友として、…そして、女として。
一応けじめとしてペレジアとの決着まで正式に付き合わない、と二人の間で決めていたのだが、その決心が彼女の体温で溶けてしまいそうになる。
冷静さを取り戻そうと瞼を閉じれば余計に彼女の柔らかさと匂いを感じてしまい落ち着かない。
暴発してしまう前に無理にでも引き剥がした方がいいのか。しかし彼女を言うとおり暖を取るにはこれが最適な方法で、その温もりをいつまでも感じていたいと考えてしまう浅ましい自分がいた。
むしろもっと欲しい。髪の隙間から覗く白い項を見つめながら理性との駆け引きをしていると、「クロムさん」と唐突に話しかけられ心臓が跳ね上がった。
「な、なんだ」
「さっきは怒ってしまってごめんなさい。私、助けてもらったのに」
そのことか、と内心安堵しながら「今更どうした」と平静を装って語りかければ、彼女は背を丸めながらポツリポツリと呟き始めた。
「私、自分に腹を立てていたんです。それを貴方に八つ当たりしてしまった…もっと早く天候に気づいていれば貴方を止めることができました。挙句、貴方を巻き込んではぐれてしまって。もうすぐペレジアとの戦争が控えているのに」
「ルフレ…」
「今になって自分に記憶がないのが恨めしいです。知識は沢山あっても、私には経験が圧倒的に足りない。本来なら軍主である貴方を優先的に守らなくてはいけないのに、貴方まで遭難させてしまうなんて軍師失格ですね」
貴方は優しいから許してしまうんでしょうけど。
そう小さく笑うと、ルフレは膝に顎を乗せ縮こまった。浮き出た彼女の背骨がクロムの腹部に当たる。
「だからせめて、クロムさんが風邪を引かないようにしますね。貴方が風邪を引いたら皆さんが心配しますから」
特にフレデリクさんなんて、つきっきりで看護して自分が倒れちゃいそうですし。
そう笑いながら話すルフレに、クロムの興奮は少しずつ覚めていく。そして同時に胸の内で黒い感情が芽吹いていくのを感じた。
ルフレは基本的にクロムを軍主として見ている。
軍師なのだからそれが正しいのだろう。しかし、それだけでは満足しきれない自分がいる。
時折どこまでも冷静に物事を見つめている彼女に苛立ちを感じる時がある。
クロムのため、軍のために身を粉にして働く彼女の姿を見て、軍師として拾ったのは自身なのに、城へ連れ帰り縛り付けたいといった感情が湧き上がるのだ。
もっとさらけ出して欲しい。
誰にでも等しく接するルフレの薄皮を破り、もっといろんな感情を見たい。
そして踏み込んで自分だけ足跡をつけてしまいたいのだ。雪のように真っ白だろうその内面へ。
服をずらしてしまわぬよう、クロムは彼女の腹部へと腕を回した。
彼女の身体が微かに震えた。身体がより密着し、彼女の心臓の音まで聞こえる気がした。
「こうすれば、もっと暖かいだろう」
「ええと…クロムさん、私これでも嫁入り前の女子なんですよ?」
「知っている」
少しだけ身を捩る彼女を逃さぬよう、かっちりと両手をつないだ。
派手に動けば二人を包む布は落ち、冷気の中二人の裸身がさらされてしまう。それを理解している為か、ルフレはさほど抵抗せずクロムの腕の中に収まった。
「なあ、お前は俺じゃなくてもこんなことをするのか」
「え?」
「風邪をひかせたくないのならば誰だってそうだろう?例えばヴェイクやガイア、ロンクー達と二人きりでもこうするのか?」
「なんでその人達なんですか…」
彼女の耳が火照ったかのように赤く色づく。
はっきりと明言しない彼女に焦れて、クロムはさらに腕の力を強めて彼女の耳元で言葉を重ねた。
「お前は誰の前でも脱いで見せるのか?それとも俺が軍主だからなのか?」
「違います、私は」
「言えないのか?」
薄い花びらを一枚ずつ捲るように暴きたい。ルフレの本心を。
くすぐったそうに首を縮こませる彼女に吐息を吹きかければ、観念したかのように小さな声をあげる。
いつもの背筋がピンと伸びた軍師としての姿ではなく、クロムの目の前にいるルフレは恥じらう乙女のようだった。
「クロムさん…だからです」
「だったら顔を見せてくれないか?」
「貴方って、たまに意地悪ですよね」
かすれた声でそういうと、もぞもぞと服の中を動いてルフレがようやくこちらを向いた。
焚き火に照らされ微かに潤んでいる瞳はどこか背徳的で、クロムは背筋からゾクリと這い上がる何かを感じる。
以前自由を知りたいと言ってガイアに連れて行かれた盛り場にいっても、こんな衝動は感じなかった。
彼女たちは裸よりも際どい格好でしなだれかかってきたが、欠片も心に響かなかったが今は違う。
彼女の睫毛の影が震える度、その柔らかく暖かいものがもっと欲しいと無意識に喉を鳴らした。
「私、貴方を失いたくないんです。恩を返したいというのも勿論あります。でも、それ以上に…」
「わかっている。俺もだよ、ルフレ」
続きの言葉はわかっていると言わんばかりにルフレの唇に自らのものを押し当てた。
気持ちを伝えた時に交わしたきりしていなかったキス。彼女は驚いたように少しだけ息を飲んだが、すぐにクロムへ身体を委ねた。
焚き火がパチリと爆ぜるのを合図に二人は唇を離す。視線が交錯し合ったとき、ルフレがふふ、と笑って口元を抑えた。
「どうした」
「いえ、初めてした時のこと思い出して、つい」
「あれは忘れろ…」
クロムは頬を赤らめ苦笑いをする。
お互いに不慣れだったということもあり、勢いをつけすぎて記念すべきファーストキスは歯と歯がぶつかり合うという非常に残念な結果に終わった。
二人で声を上げて悶絶してしまい危うく他の人に見られるところだったことを思い出し、おかしいのかルフレは肩を震わせ笑い続けている。
「悪かったな、下手くそで」
「いいえ、あれもいい思い出です。私にとって大事なファーストキスですから…うふふ」
「上書きしてやろうか」
「え、…んむっ」
再び彼女の唇を捉え、今度は丹念に唇を重ね合わせた。
少しだけ開いたそこから舌を入れるとルフレの身体がびくりと跳ねた。しかし大丈夫だ、と言うように背中をさすれば彼女は大人しくなり、されるがままになる。
拙い動きで口内に侵入し、彼女の舌を探し絡めた。ぬめるそれが触れ合うたびにルフレはピクピクと震える。
少しだけ怯える彼女の中はとても熱い。
そのことに気をよくし舌を抜く。二人の間で繋がる銀糸が切れた瞬間、ルフレは魚のように口をパクパクさせて荒く息を吸った。
「ど、どこでこんなこと覚えたんですか!」
「知りたいか?」
ニッと笑うとクロムはルフレに体重をかけた。
あっけなく彼女の身体は床へと倒れ、パサリと落ちたクロムのマントを下敷きにして隠されていた裸体が露になった。
「あの、クロムさん?こ、こういうのは結婚してからじゃないと」
「すまない、だがもう我慢できないんだ」
ルフレの外套を肩にかけた状態で、クロムは彼女の首筋に唇を寄せた。
まっさらなそこに赤い花を咲かせていく。その度にルフレの喉は震え、肩にかけられた手は力なく床に落ちていった。
「もう、いけない人」
「脱げって言ったのはお前だろう?」
覚悟しろ、そう笑うとクロムの唇は首筋下へと這わされ、鎖骨に口づけを落とした。
生まれも境遇も違う二人が一つに流れ込み混ざり合う。
繋がる心と身体の心地よさに二人は同時に震え果てた。
それでも足りないと言わんばかりに彼らは一晩中交わり続けた。
雪が解けるほどに熱く。
*
「あの後大変だったんですからね!フレデリクさんが絶対死守と書いたハチマキをつけて一週間はやたら可愛いクマが縫い付けられた上着を手につきまといますし、うかつにみなさんと一緒に水浴びできませんし、体の節々は痛くて戦闘に支障がでそうになりますし!」
「仕方ないだろう、初めてだったんだからな。今ならあの時よりずっとうまくなっていると思うが試してみるか?」
「昨日も実践してみせたでしょう!…クロムさんの破廉恥。こんな姿見せたらルキナ達に幻滅されますよ!」
「どっちのだ?」
「両方です!バカッ!!」
今はどこかへ旅に出ている未来から来た子供達と、目の前を駆けていく子供達を思い出して余計にルフレは顔を赤くさせクロムの手をぺちりと叩いた。
とはいえ無事に現代のマークを産んで、彼とほぼ毎夜愛し合える幸せに口元が自然と綻んでしまう。
もしあのまま消えてしまったら、彼らとこうして幸せを育むことはかなわなかったのだから。
(もしかして、この痴話喧嘩もナーガ様は聞いていたりするんでしょうか)
禍々しい紋章が消え去った掌を撫でながら、ルフレは澄みきった冬の空を仰ぐ。
だとしたらものすごく恥ずかしい。このにやけきった顔もお見通しなのかもしれない。
慌てて冷気で頬を冷やそうと頬を叩いていると、子供たちの甲高い悲鳴が聞こえた。
「きゃーマーク!」
「うわぁぁん、ねーさん助けてー!」
見ればふきだまりに足を取られたようで、マークが下半身すっぽり埋もれた状態でジタバタともがいていた。ルキナが必死に引っ張り上げようとしているものの、子供の力ではびくともせずむしろルキナの足まで埋もれていっている始末だ。
「わーん、僕このまま雪だるまになって死んじゃうんですかー!とーさぁぁんかーさぁぁぁん!」
「全く、大げさだなアイツは」
「元気でいいじゃないですか」
クロムは大きく白いため息をついてからルフレに向き直り微笑む。
ルフレもまた微笑み返すと、「今行くから待ってろ!」と叫んで駆け出していった。
軽々と二人を持ち上げる夫と歓声をあげる子供達を見つめながら、ルフレは幸せを噛み締めた。
暖かくイーリスを照らす日の光が積もった雪を少しずつ解かしていく。
――もうすぐ春だ。
色とりどりの花が咲き誇る季節になったら、大きいルキナ達も誘ってハイキングにでも行こう。鋼の味と評された料理もこの冬中に練習して、おいしいお弁当を作って皆で楽しもう。
ルフレはそう心に決めて、三人分の足跡が付いた雪原をたどるように雪を踏みしめた。
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明けましておめでとうございます、寒い日が続いているので雪をモチーフにしたクロルフを書いてみました。