No.526720

小石の頃 第03章(テスト版)

第3章です。

2013-01-02 16:27:03 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:466   閲覧ユーザー数:460

 喫茶店の閉店後、那之はエプロンを外した。マスターが聲をかける。

「今日も行くのか?」

「うん」

「何かメシ作つといてやらうか?」

「要らないよ、太つちやふもん」

「おい、育ち盛りの臺詞ぢやないぞ」

「えへへ、でも時々畑さんがおごつてくれるんだ」

「へえ、あいつがねえ?まあ、氣をつけて、行つてこい」

「うん、ぢや伯父さん、また明日よろしくお願ひします」

 こんな風に、店が閉まると、新發田や畑と音樂の練習をする爲に那之は出て行くやうになつた。しかし、那之を出した後、マスターは考へんでしまふ。年頃の娘を一人で夜の巷に放つて大丈夫か?いや、娘ぢやない、あいつは男だ。だが……。

 思考が堂々巡りを始めると、マスターは壁のギターを取り、彈き始める。曲はいつものチェンジ・ザ・ワールド。しかし、マスターは途中で歌ふのをやめた。

(今更俺に何が變へられるつてんだ?)

 マスターはギターを置き、莨に火を點けた。

 

 しかし數日後の朝、那之は少々浮かない顏で店に現れた。

「伯父さん、おはやう。これ、そこの棚に置いておいてもいい?」

 那之は何やら紙束を掲げてさう言つた。

「ああ、構はないが、何だそれぁ?」

「うん、ちよつとね」

 那之は曖昧に答へて、いつもの掃除を始めた。

 晝少し前、たまたま客が退いたところで、那之は棚から紙束を取り、カウンターの隅に座つた。マスターは、紙束を見つめてゐる那之に訊ねた。

「どうした?」

「ん、伯父さん……これ見て」

「樂譜だな」

「新發田さんがね、樂譜が讀めるんだから、そんな一所懸命練習に來なくてもいいよつて、これをね……」

「さう言へばあいつら、近頃ここに來ないな」

「うん、だから何だか心配で……」

「あいつらなりに、バイトのことを氣遣つてくれてるんぢやないか?」

「さうだつたらいいんだけど……僕も一緒に歌ひたいんだけどなあ……」

 そんな話をしてゐると、不意にドアのベルが鳴つた。

「あ、いらつしやい……」

 マスターの挨拶を突き破るやうに、女の子の元氣な聲が店内に響いた。

「しーまーだー!」

「あ、小關!?」

 白いワンピースを着た、小柄な、そばかすの目立つ子を見て、那之は叫んだ。 

「良くここが判つたね?」

「お前のママから聞いた」

「何だい?ナノの友達か」

「あ、うん。同級の小關さん」

「小關です。今日は」

「さうか。ぢや、ナノ、今から晝休みにしていいぞ」

「話の判るマスターカッコいい」

 マスターは苦笑した。

「おいおい、隨分お世辭の上手い子だな。お飮みものは?」

「カフェ・オレ。ホットで」

「承りました。少々お待ちを」

 那之は席を移つて、小關と向ひ合せに座つた。

「ここへは一人で?」

「ううん。家族で海に來た。今は、親に斷つて來てゐる」

「ふうん」

「お待ち遠樣」

 マスターが飮み物を運んで來た。

「あれ、マスター、このワッフルは?頼んでないけど」

「それは俺のおごり」

「ヤッター!いただきまーす」

 小關はワッフルを食べ始めた。口の周りをクリームで汚し乍ら、時折カフェオレを啜りつつ、一言も話さない。那之は何だか居心地が惡くなつてきた。

「小關さあ」

「んー?」

「お前、何しに來たの?」

 小關は口の周りを拭ひ、靜かな聲で言つた。

「江沼さん、死んぢやつた」

「本當!?」

「うん。良く知らないけど、病氣で。中學出てすぐ入院したんだけど、六月頃死んぢやつた」

「……小關、わざわざ、それを言ひに?」

「別に。でもさ、縞田」

「何だよ」

「縞田つて、普段から女裝してるんだつて?ママから聞いた」

「もう、おしやべりなんだから……」

「だから縞田。もう、女裝なんてやめたら?」

「何で?」

「何でつて……。元兇の江沼さん、もうゐないんだから」

「さうか、でも……」

 那之は考へた。小關の言ふことももつともだ。しかし、パパや畑さんの手前もあるし、大體ここへは女の子の服しか持つて來てゐない……。

「まさか!いいぢやん、別に。好きで着てるんだから」

「縞田つて、變つてる」

「そんなこと言ふんなら、小關だつて……」

「何だよ」

「そのしやべり方……もしかして小關つて、男なんぢやないの?」

 小關の拳骨が那之の頭に炸裂した。

「あたしぁ女だ!縞田みたいな僞者ぢやない!そら觸れ!」

 小關は那之の手を取つて、それを自分の胸に押し當てた。

「本物の女は、かうだぞ!かうなんだぞ!」

 控へ目とは言へ、乳房の柔らかみが那之の手に傳はつてくる。

「小關、判つた!判つたから離せ!」

「納得したか?」

「何なんだよ、もう……」

 那之は机に突つ伏した。その上から、小關の聲が聽こえる。

「ご馳走樣。縞田が元氣さうで安心した」

「え、だつて、學校で會つてゐたぢやん」

「でも、夏休み、急にゐなくなるから。バイトがんばれよ」

「う、うん……」

「マスター、いくら?」

「ナノの友達なら、タダでいいわ」

「お、やつた。ぢや縞田、また新學期に」

「忘れ物ないか?良かつたら、また來てくださいよ」

「うん、ありがとマスター、大丈夫。ぢやあねー」

 小關が出て行つたあと、扉を見乍ら、那之はつぶやいた。

「……何しに來たんだらう、あいつ。あ、伯父さん?何で笑つてるの?」

「ナノ、氣付かなかつたのか?」

「何に?」

「さあ、晝休みは終りだ!ナノ、立て!」

「うー、伯父さんの意地惡!教へてよー」

 そんなことを言ひ合つてゐるところに、また店のドアが開いた。

「お屆けものです、ここに縞田……これは何と讀むのでせう……さんといふ方はゐますか?」

「縞田は僕ですけど」

「ああ、ぢやあここにサインを……ありがたうございました」

 配送の人が慌しく去つて行つた後、那之は包みを見て言つた。

「パパからだ……何だろ?」

「自分の部屋で開けろよ。樂譜と一緒に、そこの棚に置いとけ」

「うん」

 

 店が閉まつた後に、シャワーを浴びてトランクス一枚になつた那之は、父から屆けられた荷物を開けてみた。包みは二重になつてをり、包み紙の隙間から、ごく短い手紙が現れた。

「漫畫が採用になった!これ、モデルのお禮」

「お禮つて……?」

 ナノは中の包みを破いた。するとそこから、青地に白い花柄がプリントされた、女物のワンピースの水着が出てきた。

「うわ、何考へてるのあの人!」

 那之はつぶやいて、水着を部屋の隅に放つた。しかし、どうしても氣にかかる。那之は少しづつそれににじり寄つていつた。

「折角だし……ちよつと着てみようかなあ?」

 那之は水着を手に取つた。背中が大きく開いてゐることが、ナノを改めて赤面させた。

「胸にパッドくつついてるんだ。ふーん……」

 那之はトランクスを脱ぎ、水着を着て、鏡を見た。

「上半身はわりかし普通だと思ふけど……」

 鏡を動かして、下半身をそれに映した時、ナノは考へ込んでしまつた。

「うーん……毛を何とかしないと。それにやつぱり……」

 女子用水着を初めて着たことの興奮からか、那之の男の子を示す部分が、ふつくらと盛り上がつてゐる。

「あれ、買つちやはうかなあ……」

 ナノは水着姿のまま、携帶電話を取り出し、どきどきし乍ら操作し始めた。


 
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