No.526400

〔AR〕その10

蝙蝠外套さん

twitterにて週間連載していた東方二次創作小説です。

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2013-01-01 22:24:33 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:480   閲覧ユーザー数:479

「おい、昨日公開された『スカーレットデスティニー』見たか?」

「おうよ。今回もなかなか極まったやつがきたもんだぜ」

 人里のバイオネット端末が設置されている集会所。稗田阿求は、今日もバイオネットを使うためにここを訪れていた。巻物に文字を転写している最中、周囲の若者たちの会話が耳に入ってくる。

「まさか第一スペルカードに『ラストハルマゲドン』なんてつけるとは夢にも思わなかったなぁ。ハルマゲドンってのはようわからんが、ラストはないだろラストは」

「それいいだしたら、西の方角にお守りとして『エデンの東』って標語を掲げよなんて、本当に占いか? って感じだろう」

 『スカーレットデスティニー』とは、おおよそ名前から想像が付くように、紅魔館のレミリア・スカーレットがバイオネット上で行っている、いわゆる運命診断である。単純に明日の運勢を占うだけでなく、要望を送ればレミリア直々に名付けを行ってくれるというコーナーがあり、人気を博している。どう博されているかは、まぁ上述の通りだが。

「しかし最近はあれだよな、対抗馬として出てきた『エーリング先生のエーリング教室』! こいつもおもしろいよなぁ」

「あのわけのわからなさはすげぇよな。初孫の名前を相談されたら『ラャヂペウイボ』とか、それ絶対人間の言語じゃねーだろ」

 一方の『エーリング先生のエーリング教室』は、『スカーレットデスティニー』よりも後発でスタートした、こちらはより純粋にネーミングを専門としたコーナーである。オーナーは匿名でエーリング先生を名乗り、その独創的どころではないセンスが、これまた妙な人気を博していた。

「にしても、なんかエーリングって聞くとさ……竹林の永琳先生を思い出さないか?」

「おいおい、あのべっぴんの女医さんがエーリング先生だっていうのか? んなわけないだろー」

「だよなー。あんなまじめな人が、『ケンチャラポン』とか言うわけないよな」

「エーリング先生……いったい何者なんだ……」

 笑いながら推測する若者二人の姿を横目で見ていた阿求は。

「……ははは」

 と乾いた笑いを浮かべた。

 阿求は視線を別の方向に向ける。集会所の外の方に、青い顔をした鈴仙・優曇華院・イナバの姿が見えた。ちょうど、若者二人が会話を始めていた頃から、彼女はそこにいた。

 阿求の視線に気づいた鈴仙は、頭痛をこらえるような顔つきのまま、ペコペコ阿求に頭を下げた。別に彼女が何か悪いことをしたわけではないのだが、阿求は申し訳ない気持ちになった。

 ピコン、とバイオネットが通知音を鳴らす。文字の転写が終了した合図だった。阿求は巻物を丁寧に巻きとって懐に納め、すれ違い様に鈴仙の肩をいたわるように撫でて、家路を急いだ。

 

 時刻はまだ正午ではなく、昼食には少し早かった。 

 自室に戻った阿求は、さっそく巻物に転写したバイオネットの情報を浚う。

 阿求は最近、仕事の一環としてバイオネットの公開ページを広い範囲で取得していた。時間の経過とともに、人妖入り交じった様々な利用者が増えたことで、得られる情報はどんどんと幅広くなっていく。その変化を観察することは、人と妖の関係の全く新しい側面が見いだせるのではないかと、阿求はおぼろげに考えている。

 まだ観察を始めて少ししか経っていないが、それでも少しずつ新しい発見は見えてきていた。まず、バイオネット上では、思いの外人間と妖怪の違いというのが顕在化しないということだ。出てくるのは、種族よりも個性である。人間であっても、突拍子もない言動を繰り出すものはいるし、妖怪であっても、物わかりがよいものがいる。

 人間、妖怪というくくりの一歩先に、個人が自己主張する。もとよりバイオネットは自発的に利用するものであるがために、そういった方向性が現れるようになるのだろうか。分析、考察は、まだ始まったばかりだ。

 そんな風に思索しながら、巻物の文字を眺める阿求。すると、ある文字列が目に留まった。

『Surplus Rから一通の手紙が届いています』

「……あれ?」

 阿求は瞬きをしてから、もう一度該当個所をまじまじと眺める。

『Surplus Rから一通の手紙が届いています』

「……ま、まさか!?」

 メッセージの意図を理解して、阿求は飛び上がるように背筋を伸ばした。

 そうして改まって、阿求は巻物に転写された手紙を読み始めた。

 

>拝啓 Initial A様

>はじめまして、Surplus Rと申します。お手紙、誠にありがとうございます。

>私の小説を読んでいただき、また丁寧なご感想をお寄せ頂き、感謝の言葉もありません。

 

「うわぁー!」

 思わず発しそうになった大声を、阿求はすんでのところで口を手でふさいで押しとどめた。もしそのまま叫んでいたら、大慌てで屋敷中の女中達が押し掛けてくるだろう。

 口を両手で覆いながら、阿求は手紙の続きを読み進める。

 

>私は、趣味として小説を書き続けておりましたが、今まで他者に読んでもらうという経験はありませんでした。ですので、この度は多くのお言葉を頂けたことを、大変嬉しく思います。今後も拙作を読んでいただければ幸いです。

 

「いえいえいえ! こちらこそこれからも読ませてください!」

 周りに誰もいないにもかかわらず、阿求はあたかも目の前に手紙の主がいるように独り言をまくし立てた。

 

(前略)

>さて、唐突ですがお願いがあります。差し支えなければ、これからも私と手紙を交換していただけないでしょうか。あまり遠くの方とお話できる機会のない環境故、今回のようにお手紙をいただくというのは本当に貴重な体験です。

 

「つ、つまり……文通、ということでしょうか」

 阿求にとっては願ったり叶ったりだった。かねてより憧れを抱いていた作家に、ダイレクトなアプローチをかけられるというのは、ファン冥利に尽きる。

「それはもう……こちらからお願いしたいくらいでしたよ!」

 

>バイオネットの機能上、頻繁なお手紙のやりとりはできないとは思いますが、なにとぞ、よろしくお願いいたします。

>それでは、簡素な返事となりましたが、今回はこれにて失礼します。

>敬具

 

「うわ、うわ、うわぁ……どうしよぉ……」

 手紙を読み終わった阿求は、言葉とは裏腹に、心底嬉しそうな顔をして見せた。

「どうしよ、なんてお返事書けばいいかなぁ、まずはなにから聞けばいいか、うふ、うふふ、困っちゃうなぁ……」

 他人から見れば、逆に心配になってくるような気色満点の笑顔である。別に、阿求が日常的に感情表現が乏しいから、というわけでもないのだが(むしろ直球気味である)。

「すぐに書かないと……ああでも、勢いで出したら、拙い文言になるし、返事をせっついてるようではしたないかな……うん、とりあえず、一日くらいおいて出そう、うん」

 無意識でたぐり寄せた紙にぐりぐりと無意味な落書きをしつつ、阿求は至福の心地に浸っていた。

 阿求が『Surplus R』に寄せる憧憬は、半ば信仰にも近いレベルだった。そこには打算が働く余地はなく、純粋に彼方の存在へ応えたいとする意志があった。

 そして、もう一つ沸き上がってくるのは、『Surplus R』を知りたいと願う感情である。

 もとより、手紙を送ったのは、『Surplus R』からのリアクションを期待してのことだった。それが実現した今、次のステップとして、相手がどのような人物であるのか(妖怪の可能性もあるが)知っていくことだ。

 ふと、そこで、阿求はいつかの慧音との会話を思い出す。思い出すというのは比喩表現で、正確には意識を向けるといったほうが彼女にとっては正しい。

「慧音先生はあのとき、何か含みを持たせていたけれど、どういうことだったのだろう」

 寺子屋で『Surplus R』について話したとき、慧音はどこか阿求の探求心を窘めるような調子だった。その理由がなんなのか、今でも阿求はよくわかっていない。

 ただ、『Surplus R』が匿名でバイオネットを利用しているのに、なんらかの事情があるということは、勿論阿求もわきまえている。今後手紙のやりとりの中で、素性に肉薄するような情報を、相手は避けてくるかもしれない。

 一方の阿求が、なぜペンネームを用いて手紙を送ったのかと言えば、それは「相手が匿名を使っているのだから自分も同じようにしよう」という程度の考えだった。ちょっとしたいたずら心といえるような些細な理由だ。あえて素性を隠すような物言いも、その延長にすぎない。

 よって、阿求は自分の素性がばれることについて危機感をもっていなかった。故におそらく、今後の文通では、特別断りをいれることなく日常的な話を出していくことになるだろう。さすがに、あからさまに個人を特定されるようなことは控えるつもりだが。

「いやー、でも楽しみだなー、なんか秘密の暗号をやりとりするみたいで」

 喉が渇いてきたので紅茶を淹れるか、と思って時計を見ると、そろそろ、昼食の支度ができていそうな頃合いだった。

「ふむ、それじゃあ部屋に茶器だけ運んでおいて、お昼の後に淹れることにしようっと。ふんふんふ~ん♪」

 鼻歌の響くまま、色々と楽しい想像を膨らむだけ膨らませつつ、阿求は席を立った。

 

 こうして、『Initial A』と『Surplus R』の文通が始まった。


 
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