うむ、良い朝だ。
一年という期間は、日という区切りで構成されていて、それぞれ別の要素を持つ。
晴れの日があれば雨の日もあり、またそれが二日連続で来ることもある。
その日その時の気持ちのよって、天候の違いが一日の気分を占うのだ。
故に、一年の始まりという日を晴れで迎える事が出来たのは、気分もよく、健やかに過ごすことが出来そうだ。
今年は何をしようか。自分には何が出来ようか。一日をどう彩り積み重ね、年末の想起を盛りたてるのか。
一ヶ月後を思い、一週間後を思い、明日を思い今日を思う。ひいては今を思う。それを積み重ねては一年で崩し、また積み重ねるのが一つの人生論ではないだろうか。
明日の事を思えば鬼が笑う、とは言うが、大体の鬼はこの時期呑んだくれていると思うのでそうそう見つかるまい。
ひとまずひんやりとした空気とちらちらと目に付く日差しに体を震わせてから、昨晩干した洗濯物の様子を見る。
夏のように乾きはしないだろうが、多少水気を帯びていようが僕には関係ない。
*
「さあ、一年で最初の開店日だ」
店の上に寂しく飾られた看板を冷たい布で拭いてから、店を開いた。
一般的に、年始に掃除をすると福が逃げるという。
なので、僕はわざとらしく看板を拭く。
福が欲しくないのか、などと言われたことは人妖半妖様々からよくある。
無論僕だって不幸が好きな訳じゃない。わざわざ望んでその境遇に突き進む人がいたら驚きである。是非ともお会いしてみたい。
「……商品の調達は、後日でいいか」
この時期特有の気だるさに押され、カウンターに設置した僕の椅子に座る。
不必要な福は僕にとって必要ないのだ。
過度な福は却って厄になるのではないか、とも思う。
厄は除かれる。祓われる。
福は招かれる。溜められる。そして両者はそれぞれ極端な位置にある。
こうして不思議な天秤が出来上がればどうなるか。
やがて骨が折れ、天秤は壊れる。溢れた福がこぼれ落ちる。
高い水準の日常を享受していた者ならば、少し減衰した日常を不幸だと言ってしまうのだ。
それはよくない。
何事も程々が良い、そう信じる僕はだから今掃除をするのだ。
厄も福も取り除けば、そこには何が残るのだろうか。
多分、残った後のそれが僕の求める物なのかもしれない。
がぎゃ。
レールが軋み、戸が開く。
かたんかたん、と歪な音を上げながら、外から更に日が入ってくる。
「あけましておめでとう。……霖之助さんってば、相も変わらず」
僕特製の服を着て、僕特製の幣…は今日は持ってきていないらしい、元気とも不機嫌ともとれない表情で現れたのは霊夢だった。そのかわり、背中に簡素な袋を背負っているのが不思議を募らせている。
「いらっしゃい。新年早々善い行いだ、ついでに何か買って行くといい」
「欲しいのはストーブ!」
とりあえず戸を閉めて、脇に置いてあったストーブの前に座った霊夢は、すぐさま不満を漏らす。
「ちょっとこれ、暖かくないじゃないの。壊れてるのかしら」
たんたん、と指先で上蓋を小気味よく叩くが、動く気配はない。
「壊れては居ないよ。ただ、少し休憩中なだけだ」
燃料がもう多くなく、頻繁に使っては息を切らしてしまうので、今は着けていないのだ。今日は良い天気だから少し休ませてやっても問題はあるまい。
「もうっ」
諦めて立つと、カウンターを挟んで僕の前に向かってきた。
「まあそれは仕方ないわね。……ところで、今日来たのは用があってのことなのよ」
用事か。
それが商品の注文であれば僕の眉も少しはひくついただろうに、生憎言葉の主が霊夢じゃ期待できそうにはない。
「実は今年、御神籤(おみくじ)をやっているの」
「御神籤? 君がかい?」
思わず怪訝な目を向けてしまう。
すると霊夢は背中の袋から少し大きめの瓢箪を取り出し、カウンターの前に置いた。
「そ。少しは巫女らしい事をしたらどうか、って。全く、失礼よね」
発言元を探してみる……が、特に何か事件が怒らない限り活動する気配を見せない霊夢を動かすなんて、何処ぞの大妖怪だろうか。
「なんだか失礼な視線を感じるんだけど」
「……気のせいだ」
鋭いのは天性の才能か。
「御神籤だったか、他所にも色々回っているのかい?」
「いえ、これからよ。霖之助さんが最初なの、一番福ね」
そう言って少し笑みを零した霊夢。
御神籤は、そもそも神前で行うべきなのではないだろうか、という指摘は飲み込んでおく。要は気概が大事なのだ。
さて、これは必要な福か。もとい、そもそも福なのかどうか。
「まあ悪い気はしないね。どれ、引かせてもらおう」
福を得るかどうかというよりも、彼女の言葉の通り占いの意味合いが強い。
厄が強ければそれを減らす行いをし、福が強ければそれを維持する行いをするのが定石ではあるが。
霊夢は瓢箪を持ち上げ、軽く上下に振る。それと連動して小気味よい音が出てくる。恐らく中に細い棒があって、底に占いの結果が記されているのだろう。
「はい。それじゃ手を出して」
ぽん、と瓢箪の口を開ける。よほど良い細工師によって作られた物に違いない。
僕が右掌をカウンターに差し出すと、霊夢は瓢箪を逆さまに向け、掌めがけて口を一振り。
一回も振れば十分だ、詰まること無く一本の細く長い棒が姿を見せた。
それを手全体で摘んでから抜き取る。
「それで、なんて書いてあるのかしら」
細い棒の先を平面に削り、更に赤い色で文字が記されていた。
「ふむ、小吉と出たよ」
小吉。中吉の次とされ、三番目に良い文字であった。良すぎるのも変だし悪いのは遠慮したい。結果としてはそこそこの及第点と評するべきだろう。
「なるほど、ねえ――」
どうやらその言葉を聞いて、霊夢は思案し始めた。
一体僕の運勢に何を考えることがあるのだろうか、と思ったが、せっかく珍しく考えているのだから邪魔をせず、温かい煎茶を淹れることにした。
「ねえ霖之助さん。あなたって、平凡は好きかしら?」
「突然だな」
霊夢用の湯のみをカウンターに置いて、すこし想起する。
僕にとってすれば突然というのは間違いで、朝起きて外に出てから少しだけ思ってはいた。
結局、幸も不幸も一日の一要素だが、それらが除かれたものが何かであり、言葉にすれば平穏、平凡であると、寝ぼけ眼に論じてみたのだが。
「……嫌いではない、というのが正直な所か。静かすぎるのも却って不気味だからね」
無論、騒がしくなる原因というのが僕の目の前に居る巫女も含まれていることは言わない。
「そ。じゃあ、少しばかりの福を感じとった霖之助さんに良い物を渡すわ」
僕が握った小吉の棒を抜き取ると瓢箪に入れ、それを袋に戻す代わりに、今度は別のものを取り出した。
別の物、というか。
「……君はどうしてこうも物を大切に出来ないのか」
本来、誇り高く直立しているはずの棒が丁度真ん中で折れた状態でカウンターに置かれた、無残な姿の幣だった。
「仕方ないじゃない、文句は妖怪共に言ってよね」
恐らく去年の暮にでも妖怪相手に弾幕勝負を仕掛けていた最中に折れたのだろう。
そこら辺でやるくらいなら別に持たなくても良いんじゃないだろうか、という言葉は再び心に留めておいた。
きっと、僕の運勢は末小吉と凶に挟まれた何かなのだろう。
あの思案する表情を見るに、僕が小吉を引いたのを見て幣の修理を頼んだに違いない。それにしては些か減少分のほうが多い気がしないでもないが。
「はあ。わかったよ、直すなら数日かかるから、また後日おいで」
「ふふ、ありがと。……あ、中で暖まってもいい?」
いつもなら勝手に入るのに、今日は何故か丁寧にも許可を求めてきた。
「……ああ。戸棚につまめるものもあるから、それも持って行っていいよ」
やった、と小さく呟いて、湯のみと饅頭と共に居間の方へ駆けていく。
その後ろ姿を眺めてから、僕も動く。
新年だからか、と思考放棄せずに少し考えてみれば、すぐに僕の疑問は解消された。
「五から六を引いて、一を足したということか」
偶然の言葉は、彼女なりの福、もとい善行の一つだったのかもしれない。
そして同時に微細に笑ってしまう。
……二分の一を足したと言わないあたり、僕もやはりそんな些細な福を求めているのか、と不意に思ってしまったからだった。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
こちらでも。有名ドコロをやれよと言われなくもない。でも好きだからやる。