No.52544

董卓軍ルート妄想SS No.3

ryoさん

董卓軍ルート妄想SSの続き物です。
初見の方はこちらの方を先に読んでくださると嬉しいです。

http://www.tinami.com/view/51631

続きを表示

2009-01-16 23:57:24 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:12649   閲覧ユーザー数:9846

≪1≫

 

 昨晩早くに寝たせいか、今朝はやけに早く目が覚めた。外はまだ薄暗く、辺りは静まり返っている。眠りの質がよかったせいか起き抜けの頭は妙にすっきりしていて、二度寝をする気にはなれなかった。

 

(少し散歩でもしてみるか…)

 

 手持無沙汰になった俺は、ベッドから降りて部屋を出た。部屋の前に立っていた夜番の兵士には厠だと言ってごまかして、中庭の方へとゆっくり歩く。

 中庭の近くまでやってきた時、ふと聞き慣れない風切り音のようなものが聞こえた。

 

(なんだ?)

 

 思わず立ち止まって耳を澄ます。風切り音は一定のリズムを保って音を刻む。気になって音のする方へ近づいていくと、次第に風切り音と共に誰かの息遣いが混じって聞こえ始めた。

 

(こんな朝早くから誰か鍛錬でもしているのか?)

 

 音源を求めて歩く内に中庭にでる。辺りを見回すと、薄らと動く影を捉える事ができた。影の主を確かめようと、一歩前に進む。すると、ピタリと音が止み、影の動きも止まった。

 

「誰だ!」

 

 鋭く発された声に思わず体が硬直し言葉を失う。影の主はゆっくりとこちらに向かって歩み寄ってきた。

 

「貴様、そこで何をしている?」

 

 月明かりに照らされたのは、銀の髪、片手に戦斧を持った女性だった。

 

「少し、散歩を…」

 

 反射的にそう答える。何も疾しい事はしていないはずなのに、妙に落ち着かない気持ちになる。

 

「見慣れない顔だな。貴様、名前は?」

 

「…北郷一刀」

 

 身長が負けている訳ではない。しかし、なぜか見下ろされているような気持ちになる。彼女の鋭い眼つきと高圧的な態度がそうさせるのだろうか。

 

「北郷? 北郷…」

 

 女性は顎に手を当て、その名に心当たりがないか思い出している。詠の味方の武将ならば良いが、宦官側の将ならば名乗ることもまずい。どうしようもなかったとはいえ、無意識に名乗った事を後悔する。

 

「もしや、二日ほど前に賈駆に保護されたという男か…?」

 

 どうやらさっきの心配は杞憂だったらしい。相手の厳しい目つきは変わらないが、不審者としてすぐに拘束されるような事はなさそうだ。

 

「そうそう、今は詠…賈駆に世話になってるんだ」

 

「ふむ…」

 

 大して興味なさそうに頷くと、女性は踵を返し、さっきの場所に向かって歩き出そうとする。

 

「あ、ちょっと…」

 

 思わず声が出て、あわてて口を掌で抑える。

 

「なんだ? 私にまだ何か用か? 今は鍛錬の途中だ、邪魔はしないでもらいたいのだが…」

 

「その、名前を教えてもらっても良いかな? 少なくとも俺達は、これから敵対し合うような立場ではないと思うんだ」

 

「華雄だ」

 

 一言言い残すと、華雄はもう話は終わりだと云わんばかりに歩いて行ってしまう。元の場所に戻ると、再び戦斧を握り、素振りを始めた。

 

「華雄…」

 

 華雄という名前も聞き覚えがある。三国志の初期に登場する武将だ。この世界では、彼女がその武将の役柄なのだろうか?

 華雄は一定のリズムを刻みながら、自分の背丈よりも大きい戦斧を軽々と振り回している。その光景は、素人目に見ただけでも相当の腕の持ち主という事がわかる。

 

(でも、三国志では確か関羽にあっさりと切り殺されちゃうんだっけ?)

 

 こんな人を軽々と屠る人間って…。次元の違いに思わず途方に暮れてしまう。でも、そう考えたらその関羽ですら軽くあしらう呂布はもっと強い訳で…。

 

「恋って一体どれくらい強いんだ…?」

 

 思わず呟く。あのかわいい女の子は本当にそんな力を秘めているのだろうか? 詠の言葉を疑う訳ではないが、今の自分の想像力ではとても想像がつかなかった。

 ふと、重たい物が地面に落ちる音がした。驚いて音のした方を見やる。華雄が戦斧を地面に落とし、こちらを睨みつけている。

 

(俺、なんか不味い事言ったっけ?)

 

 慌てる俺の方に向かって、華雄は早足で近づいてくる。逃げる間もなく傍に詰め寄られ、胸倉を掴まれる。

 

「今、呂布の名を口にしたな?」

 

 突然の事に混乱している俺に向かって、華雄は静かに、しかし殺気すら籠った声でそう告げる。

 

「貴様! あの呂布とどういう関係だ!? まさか、私を嘲笑いにきたか!?」

 

 話の主旨が全く読めない。ただ、華雄が恋に対して何らかの因縁を持っている事は明らかだ。とにかく相手の気を静めて詳しい話を聞く必要があるだろう。

 

「待って華雄! とにかく落ち着け、俺の話を聞け!」

 

 華雄の手を引き剥がそうとするが、両手を使ってもびくともしない。

 

「君を馬鹿にしてなんかいない! 何があったか知らないけど、とにかく話を…」

 

 そこまで言ったところで急に華雄の手の力が抜け、体が解放される。突然の事態に反応できず、地面に尻もちをついてしまう。

 

「痛てて…」

 

「す、すまん…。私はまた、我を失っていたようだ…」

 

 さっきまでとは打って変わって、華雄は顔を青ざめておろおろとしている。

 

「怪我はないか? どこか痛いところは?」

 

「尻もちついただけだよ、大丈夫。それよりも、少しは落ち着いた?」

 

「あぁ、大丈夫だ…すまない」

 

 華雄の落ち込みっぷりがおかしくて、思わず苦笑する。

 

「それにしても驚いたよ。俺、何かまずいこと言っちゃった?」

 

「いや、違うんだ…」

 

 そう言って、華雄は黙り込んでしまう。何か言いにくい事情があるのだろうか。しばらく様子を窺っていると、華雄はゆっくりと口を開き始めた。

 

「その、私は少し頭に血が上り易い傾向にあるらしい」

 

 華雄は恥ずかしそうに告げる。

 

「特に、得物を振るっている時は、自分でも気づかない内に行動に出ている事が多いのだ」

 

「それで、さっきもそうなっちゃったと?」

 

「うむ…」

 

 苦汁をなめたような顔をする華雄。

 

「恋の名前に反応してたみたいだけど、その…あの子と何かあったの?」

 

 俺の言葉に華雄は赤面する。本人としては、よほど恥ずかしい事なのだろうか。

 

「あ、いや、無理に聞こうとは思ってないんだ。気になったから聞いてみただけで…」

 

「だ、大丈夫だ。貴様には迷惑をかけた。詫びともならんが、じ、事情を話させてもらう」

 

 そういうと、華雄はゆっくりと、時に言い澱みながら事情を説明した。話をまとめるとこういう事だ。先日、董卓軍の中で御前試合が行われた。華雄は恋と決勝で対戦したが、数合ともたずに負けてしまった。恋は霞と準決勝で当たっており、激闘の末勝利を収めた。一部の者達の中で、事実上決勝は準決勝だったなどという噂が流れた。華雄はその試合の事をずっと気にしており、その日から日々人目を避けて鍛練を行っている。たまたま覗きにきた俺が、親しげに呂布の真名を呼んだため、ついカッとなってしまった。

 

「なるほどね、でもそれほど恥じる事ではないと思うんだけどな…」

 

 決勝に勝ち上がれるくらいなら相当な実力者だろうし、それは誰もが認めるところだろう。ただ、霞と恋が規格外に強いというだけで…。

 

「いや、私の誇れる物は己の武以外、他にない。だから、誰に負けたとしても、そこで諦める訳にはいかんのだ」

 

 華雄は真剣な眼差しで答える。その言葉は重く、表面上の意味よりも深い感情と意志が込められているような気がした。俺は、その意味を推し量ろうとしばらく考え込んでいた。

すると、ふと視線を感じ、華雄の方に振り向く。

 

「どうしたの?」

 

「いや、貴様は不思議な奴だと思ってな」

 

 そういって華雄は苦笑する。

 

「そうかな? あまり自覚はないけど…」

 

 いままでそんな風に言われた記憶はなかった。

 

「初対面のくせにまるで親しい人間のように人の悩みを聞く。そんな姿勢に私もつい、口を滑らしてしまう」

 

 そう語る華雄の表情は穏やかだ。

 

「そして、自分の事のように一緒に悩む。天の御使いという確証がなくとも、賈駆達がお前を保護している理由が少しだがわかった気がする…」

 

 華雄はやさしく微笑んだ。銀髪と鋭い目のせいか、冷酷なイメージを宿していた華雄。しかし、今の彼女は年相応のかわいらしいお姉さんに見えた。

 気がつくと、東の空はすでに明るくなり始めている。

 

「さてと、つい話し込んでしまったな。私はそろそろ引き上げることにするよ」

 

「俺も部屋に戻るよ」

 

 そう言って、お互いの部屋へと歩き出す。そこで、ふと思い振り返る。

 

「そういえば、華雄」

 

「うん? なんだ」

 

 華雄は俺の声に立ち止まり振り返る。

 

「これからいろいろと世話になるかもしれない。改めてよろしく」

 

「あぁ、こちらこそ。よろしくな、北郷一刀」

 

 手を上げ別れを告げると、俺は自分の部屋へと戻った。

 

 

 

≪2≫

 

 自室に戻った後、侍女が運んできてくれた朝食を胃に収める。腹が満たされ、食後のお茶を楽しんでいると詠が部屋に入ってきた。

 

「おはよう、一刀。少しはここでの生活にも慣れたかしら?」

 

「おはよう。まだ戸惑う事は多いけど、普通に生活するには支障はないかな」

 

「そう、それはよかった」

 

 満足そうに頷くと、詠は机の向かい側に腰を掛ける。

 

「昨日は直接報告を聞けなかったけど、呂布にはちゃんと会えたようね」

 

 詠は話しながら部屋の様子をぐるりと眺める。彼女の視線は部屋を一回りして、隅においてある竹簡の束で止まった。

 

「うん、恋とはそれなりに仲良くなれたつもりだよ」

 

 詠は驚き顔でこちらに振り向く。

 

「…ちゃんと真名まで預かってきたわけね」

 

「ちゃんと、かどうかはわからないけどね」

 

 そう言って俺は苦笑する。

 

「あの子、勘で生きてそうなところがあるから」

 

 俺の言葉に同意するかのように、詠は笑う。

 

「そういえば、昨日もう一人会って欲しいって言ってた人がいたけど…名前は?」

 

「あぁ、教えそびれてたのよね。もう一人の彼女の名前は華雄。うちの武将では恋、霞に次ぐ実力者ね。少し気難しいところもあるけど、根は良い人よ」

 

 ついさっき知り合ったばかりの女性の名に、思わず口に含んでいたお茶を吹き出しそうになった。しかし、よく考えれば董卓軍でナンバー3に入れるほどの将軍だ。主要人物の中に含まれていても不思議じゃない。

 

「どうしたの、何か問題でもある?」

 

「いや、実は、今朝会った…」

 

「え? そうなの、会った場所は?」

 

 詠は意外そうな顔をする。まぁ、俺としても意図して会ったわけではないのだし当然か。それにしても、朝錬の事は華雄の名誉のために黙っておいた方が良いのかもしれない。

 

「宮中で…。まぁ、いろいろあってね。少し話す機会があったんだ」

 

 詠は訝しげに俺の顔を見つめる。

 

「ふうん…まぁ、良いわ。だけど、まさかあなたがこれほど手早く仕事を済ませてくれるとは思っていなかった」

 

「運がよかったんだよ」

 

 そういって肩を竦める。

 

「しかし、そうなると…。今すぐやって欲しい仕事は特になくなってしまったわね…」

 

 顎に手を当て詠はぶつぶつ言っている。その間に、お茶のお代わりを自分の湯呑に注ぐ。詠にも入れようか?と空の湯呑を見せてたが、いらないといった風に片手を挙げる。

 

「うん、じゃあ今日は一日自由に過ごしてもらっても構わないわ」

 

 半ば自分自身に確認するように詠は呟いた。

 

「良いのか? 作戦まで少ししか時間がないのに…」

 

「良いのよ、休むのも仕事のうち。第一、慣れない環境で働き過ぎて、倒れてしまったら元も子もないしね」

 

「それはそうだけど…」

 

 困った。急に休日を与えられても何をすれば良いのかわからない。

 

「じゃあ、そういう事で。あ、昨日の資料のまとめは預からせてもらうわね」

 

 そういって、詠は部屋の隅においてある竹簡の一部を抱える。

 

「今日中に目を通しておくから、この件についてはまた後日ゆっくり話しましょう。あと、宮殿の外に出る時はちゃんと護衛を連れていく事。いいわね?」

 

 そう言い残すと詠は足早に部屋を後にした。彼女は今日もいろいろと忙しいのだろう。そんな事を考えながら、突然できた空き時間の使い方について途方に暮れた。

 

 

 

≪3≫

 

 あてもなく宮中を散歩する。護衛をつけて歩くような気分ではなかったため、許可された範囲内で何かおもしろそうな事を探そうという魂胆だ。

 

「しかし、そんなに都合良く何かが見つかるわけもなく…」

 

 見慣れぬ景色の中を歩くのは中々新鮮で楽しいが、これだけで一日が潰せるとは思えない。

 

「かと言って、一緒に過ごせる友人なんてほとんどいないんだよなぁ…」

 

 日本にいた頃のように、暇だから遊びに行かない?と携帯で連絡を取る事もできない。文明の利器の便利さは、手放した時に改めて実感させられる。

 そんな事を考えながら歩いているうちに、中庭に出た。今朝、華雄と出会った辺りに近づく。

 

(華雄か…)

 

 武のためだけに生きているとすら思える彼女の生き様は、一体何がそうさせているのだろうか。まだ知り合って間もないため、彼女について知っていることはあまりに少ない。もっと仲良くなれば、そういった事についても知る機会があるのだろうか…。いつか彼女から、もっといろんな話が聞けると良いなと思う。

 

「そうなるためには今の自分の役目をしっかり果たして、信頼を得ないとな」

 

 また少しやる気が湧いてきた。こういった人との交わりが、異世界に放り投げられた俺にとって、生きる力の源になっているのだろう。彼女達には感謝してもしきれない。

 

 しばらく歩くと、庭の中央、少し丘になったところに屋根つきの休憩所のような場所を見つける。まわりの庭は整備され、憩いの場といった風情だ。

 

「へぇ、こんなところもあるんだ」

 

 少し覗いてみようと近づくと、二つの人影がある事に気がつく。一人は豪華な衣装に身を包んだ少女。もう片方は中年の女性だ。彼女は侍女なのだろう、見た事のある服装をしていた。

 身分の高い人物と下手に関わり合うと、後々面倒になりそうだ。引き返そうと思い立ち止まった時、少女と目が合ってしまった。無視するのはまずいと思い、咄嗟に小さく手を振ってしまう。

 

(姫様らしき人物相手になんで手なんか振ってるんだよ…)

 

 自身の軽率さに後悔しながらも、今さら逃げる事もできないと腹をくくる。ところが、一瞬驚いた表情を見せていた少女は、微笑みながら手を振り返してくれた。少女の反応に驚きながらも安堵し、一応の弁解を行うために二人に近づく。

 俺の存在に気がついた侍女がこちらを振り向く。そして姿を確認した後、深々と礼をした。一瞬どういう事かと戸惑ったが、自分の恰好を思い出して納得する。彼女にとっては見慣れぬ、この世界では豪華にすら映る服装を着ている俺を貴族か何かと間違えたのだろう。

 これはチャンスかもしれない。自分の身分をあまり広めたくない以上、話をする相手は少ない方がいい。そう思い、侍女に退席するよう促す。驚いた侍女は、少女の方を向き指示を仰ぐ。少女がゆっくりと頷いて見せると、礼をしてその場を離れた。

 少女がこちらの意図を察してくれたのかはわからないが、俺に対して興味があるのは間違いないだろう。なんとか怒らせないようにして事なきを得たいところだが…。

 

「こんにちは…」

 

 少女は微笑みながら言った。意外なほど友好的な態度に思わず気が緩む。

 

「こんにちは、えっと、ここの席いいかな?」

 

「はい、どうぞ…」

 

 彼女の了解を得て向かい側に腰を掛ける。その間ずっと、少女は俺の姿を注視していた。女の子にじっと見られるのは正直恥ずかしい。

 

「俺、何か変かな?」

 

 耐え切れなくなった俺は、思わず問いかける。すると、少女は自分のしていた事に今気づいたのか、真っ赤になって俯いた。

 

「あの、すみません。見慣れないお姿をなさっているもので、気になってしまって…」

 

 少女は上目使いで恥ずかしそうに答える。人形のように大きくて綺麗な瞳だった。服装は豪華だが、話し方や態度からは身分の高いもの特有の偉ぶった感じが全くしない。

 

「そんな謝らなくてもいいよ。ただ、かわいい女の子にじっと見られると、ちょっと恥ずかしいなって思っただけだから」

 

 俺の言葉に少女は両手を頬に当て、顔を真っ赤にして俯いてしまった。反応がいちいちかわいくて、つい頬が緩む。

 

「あの、初めてお会いしますよね? 最近洛陽にいらっしゃったんですか?」

 

「あ、あぁ、えっと、二日前ほどかな。今は知人の伝手で世話になってるんだ」

 

 少女の突然の質問に少し焦った。重要なところだけは省いて、なんとか誤魔化しながら答える。

 

「そうなのですか…。どちらの方から来られたのですか?」

 

「え?」

 

 質問の内容があまりにも核心に迫っていたので思わず聞き返してしまう。慌てて取り繕うとするが、質問した本人にとっては深い意図はなかったのだろう。余計な事を聞いてしまったと思ったのか、恥ずかしそうに謝った。

 

「すみません、お召しになっている服があまりにも珍しかったのでつい…」

 

 だんだんと、こんな純粋な少女にまで警戒している自分が馬鹿らしくなってくる。今なら誰も他に聞いてる人間はいないし、この子なら他人に言いふらす様な事もしないだろう。少しだけ悩んでから、俺は決心をする。

 

「今から教える事は、二人だけの秘密にしてくれるかな?」

 

 俺の言葉に少女は不思議そうに首をかしげる。

 

「実は、俺は少し変わった素性を持ってるんだ。でも、他の人に知られるとちょっと困る。だから、俺の話を聞くなら秘密にすると約束してくれると嬉しいな」

 

 少女が頷くのを確認してから、俺は少し前により、彼女に顔を近づける。内緒話だよといった風に口元に手を当てて見せると、少女は顔を赤らめながら楽しそうに笑い、俺の真似をして顔を近づけた。香と一緒に女の子の良い匂いがして思わずドキリとするが、なんとか平静を装う。

 

「三日前の夜、大きな流れ星が流れたのは知ってる?」

 

 俺の質問に少女は頷く。

 

「じゃあ、それと関連する噂については?」

 

「大きな流星が天の御遣い様を乗せてやってきて、地上に平和をもたらす…という噂ですか?」

 

「そう、それなんだけど、実は俺がその天の御遣いなんだ」

 

 少女は目を見開いて俺の顔を凝視する。まさか、これほど驚かれるとは思っていなかったので戸惑った。

 

「まぁ、天の御遣いというか天の御遣い見習いなんだけどね」

 

「どういうことですか?」

 

 普通に考えれば冗談のような話なのに、少女はとても真剣な眼差しで話を聞いていた。

 

「俺は確かに別の世界からこの世界にやってきた。だけど、瞬く間に地上を平和にしたりするような特別な力は持っていないんだ」

 

 話をするうちに、段々と独白のようになる。

 

「だから今はまず、この世界の事を知って、俺の事を助けてくれた人達の役に立てるように頑張ってるって感じかな」

 

 これから自分はどうしたいのか、どうするべきなのか、改めて考える。

 

「天の御遣いという名はかなりの影響力があるだろうし、名乗る事で彼女達の役に立ち、人々を導けるのなら名乗る事に疑念はない。だけど、それに伴って必要となる責任や実力、そして自覚が俺にはまだ足りないと思う」

 

 自分を助けてくれた人。助けてあげたい人の顔を想像する。

 

「だから、まだ見習い。ちゃんと天の御遣いになるための修行中ってところかな」

 

 話終えたところで改めて少女の顔を見る。視線が合うと、顔を赤らめて身を引いてしまった。彼女が俺の話を全て信じてくれるとは思わない。だけど、自分なりに真剣に、嘘偽りなく本心を述べたつもりだった。俺も身を引いて座りなおす。しばらく沈黙していた少女は、真剣な眼差しを俺に向け、口を開いた。

 

「あなたが天の御遣い様だということは…信じます。そして、この場であなたに出会えたことを深く感謝します」

 

 そういって深々と頭を下げる。俺が驚いていると、彼女はかわいく微笑んだ。

 

「私が想像していたよりも、ずっと素敵な御遣い様でした。そして、できるのであれば私もあなたの所業のお手伝いをさせてください」

 

 彼女の言葉に、俺はまるでプロポーズされたかの如く動揺した。心臓の鼓動は音が聞こえるほど高まり、掌にはじっとりと汗が滲む。しかし心は暖かく、とても心地良かった。

 

「ありがとう、そう言ってもらえてすごく嬉しいよ」

 

 そう言って、俺は右手を差し出す。こちらの意図を理解してか、恥ずかしそうに差し出された少女の右手をやさしく握った。とても小さく綺麗な手だ。この手が新たに俺を支えてくれ、勇気を与えてくれる。そう思うととても力が湧いてきた。

 

「えっと、そういえばまだ名乗ってなかったね。俺の名前は北郷一刀、よろしくね」

 

 苦笑しながら改めて手を握りなおす。すべすべとして肌触りの良い手にもっと触れていたかったから、というのは内緒だ。

 

「私は月と申します。よろしくお願いします、御遣い様」

 

「一刀でいいよ」

 

「それでは、えっと、一刀様…」

 

 俺は満足げに頷き、月は恥ずかしそうに顔を赤らめ、俯いてしまった。

 

 

 

≪4≫

 

 しばらくお話をした後、あの方は部屋に戻ると言って帰ってしまった。

 

「一刀様…」

 

 握手をした右手を左手でぎゅっと握り、胸に当てる。心臓の鼓動は未だに高まったままだ。

 

(すごく大きくて、暖かい手だったな…)

 

 あの時の事を思い出すと、今でも顔が熱くなる。

 

 まさか本当に天の御遣い様が現れるとは思ってもみなかった。舞い上がってしまいたいほど嬉しい筈なのに、今の自分の境遇と無力さを思うと、とてもそんな気分になれない。

 

(強くならなくちゃ)

 

 武芸に長ける事は無理だろう。これでも自分の得手不得手は把握してるつもりだ。それに、今の私に必要とされているのはそんな事ではないはずだ。

 王としての器、気位、そういったものが私は足りない。詠ちゃんは、月はそのままで良いのと言ってくれるが、ずっと甘えている訳にもいかない。いや、自分自身変わりたいと、今は思う。

 

(あの方の力に、私もなりたい)

 

 ただ守られるだけでは嫌だ。そんな意地のようなものが、私の中ではっきりとした形となって生まれ始めていた。

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
102
3

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択