第二十一話 ~ 強化詐欺・解決編 ~
【アヤメside】
翌日、どうにかしてシリカを説得させた俺は、シリカと共にウインドワプス狩りに来ていた。
強化詐欺を暴くための、詐取したくなるような
因みに、キリトとアスナは居ない。
二人とも、三日間はまともなレベル上げをしていなかったかので、俺が無理やりフィールド攻略の方に向かわせたのだ。
本当はシリカもそっちに行かせるつもりだったのだが、本人がこっちがいいと言ったのだから仕方ないだろう。
「ヤアッ!」
昨日はワプスを怖がっていたシリカだが、もう慣れたようで着実に撃退数を増やしていた。
「シリカ、ドロップ出来たか?」
「うぅ…また外れです……」
しかしながら、朝からずっと狩り続けているからか、ここ三十分前からめっきりドロップしなくなった。
「今の本数なら……+4までなら成功率90%オーバーだな」
+4か。ハームダガーの上限は九回だから、せめてあと一回強化出来ればいいんだけどな……。
「もうちょっと頑張ってみます! 《短剣》スキルの熟練度も上がりますから、丁度いいですしね」
「分かった。麻痺には気を付けろよ」
「分かってまーす!」
元気のいい返事をしながら、シリカは新たにポップしたウインドワプスに駆け出して行った。
―――チロリン♪
「メールか?」
そんなシリカを見送っていると、鈴の鳴るようなサウンドと共に視界の端に小刻みに震える手紙が現れた。
それをタップして開くと、キリトからとアルゴからのメールが届いていた。
最初にキリトのメールを開く。
【フィールドボスは無事攻略出来た。これから迷宮区に入ってくる。】
キリトたちなら心配なかっただろうが、自然と安堵の息が漏れた。
【それで、その攻略戦に装備をメチャクチャ強化した三人組が居たんだけど、ソイツら、昨日俺が酒場で見たヤツらだったんだ。多分、ネズハが強化詐欺をしてるのはコイツらのためだと思う】
「キリトが言った、《前線に追い付くため》ってことか」
やっぱり、その三人組はネズハに繋がりがあったんだな。
【気を付けて行けよ】と返信してメールを閉じる。
「……と言うことは、アルゴの情報が半分くらい無駄になったってことか」
未開封のもう一件のメールを見て、小さく息をつく。
「アルゴ、ありがとう」
ここには居ないアルゴに感謝の言葉を述べてからメールを開く。
案の定、内容は――キリトのものより詳しいが――ほとんど一緒だった。
「【――――将来的にはギルドを組む予定で、名前は《レジェンド・ブレイブス》にするみたいダ】か。……よく調べられたな」
一度全文に目を通し、アルゴのリサーチ力に脱帽する。
その後、もう一度読み直し、添付されているスクリーンショットと容貌を照らし合わせる。
《レジェンド・ブレイブス》のリーダーの名前は《オルランド》。フランク王国のシャルルマーニュに仕えた
聖剣デュランダルを振るった伝説を模して武器は片手剣。黒ずんだバンデッドアーマーとタマネギみたいに尖ったバシネットを装備した恰幅のいい男だった。
その他にも、小柄な両手剣使いの《ベオウルフ》。細めの槍使い《クフーリン》など、有名な名前が計六つあった。
「確かに、《
そんなギルド名に、俺は皮肉を感じた。
「……英雄名乗るなら、詐欺なんかしてんじゃねえよ」
「アヤメさん! 集まりましたよー!」
「了解」
シリカに呼ばれた俺は、アルゴに【ありがとう。今度情報収集手伝ってやるよ】と返信してからシリカに歩み寄った。
次は強化しに行かないとな。
一端《ウルバス》に戻った俺とシリカは、その足で転移門をくぐって第一層に来た。
そこから昨夜と全く同じ要領で《ミータル》へと向かった。
当然、リズベットに強化を頼むためだ。
「アヤメさん、昨日の夜はこんなに動き回っていたんですか?」
「まあな」
「第一層の直径って、確か10kmありますよね?」
「そうだな」
何気ない顔で言うと、シリカは「私、付いていけるかな……」と辟易したように呟いた。
「帰りもあるからな」
さらにそう言うと、今度は絶句した。
まあ、それは置いといて。
「着いたぞシリカ。ここが俺御用達の地味子の鍛冶屋だ」
「地味言うな! て言うか、いつもより酷くない!?」
「昨日の分を含む。あと、昨日はありがとな」
「……っ、はあ、アンタといると調子狂いっぱなしだわ」
大体いつも通りの掛け合いを済ませたあと、シリカの方を見ると、ぷくーっと頬を膨らませていた。
それを見て俺は疑問符を浮かべるが、リズベットは何か分かったようでニヤリと笑った。
「アンタも罪作りね~。あたしはリズベット」
「あ、シリカです。よろしくお願いします」
「ここで店の宣伝をしないあたり、まだまだだね」
「うっさいわね」
リズベットはジロリと俺を睨み付けると、「こほん」と咳払いをした。
「で、今日は何のよう?」
「スマイル無いぞ」などと言う言葉を飲み込み、シリカを前に出させて本題に入らせる。
「私のハームダガーを+2から+5まで強化して欲しいんです」
「素材はどうするの?」
「持ち込みで、上限までです」
「りょーかい。あ、コルは通常の半分でいいからね。あたし、まだ店開いてないから」
「え……?」
戸惑いの目を俺に向けるシリカに、大丈夫だと頷く。
「詳しい説明はまたあとにするけど、これがここを御用達にする理由の一つ」
「ま、その代わり素材は絶対に持ち込みなんだけどね」
微笑みながらリズベットが両手を差し出すと、シリカはその上にハームダガーとウインドワプスの針を置いた。
受け取ったリズベットは数をしっかり確認したあと、素材を炉に流し込み、俺たちにとっていろいろと感慨深いフッラッシュを確認してからダガーを横たえた。
暫くすると、ダガーを青い光が包み込む。
それを炉から取り出して
あとは、カーディナルの気紛れとリズベットの実力次第だ。
【キリトside】
「シリカちゃん、大丈夫かな?」
迷宮区である程度レベル上げ、回復アイテムを補給するために迷宮区最寄りの村《タラン》に戻ってきたとき、ふとアスナが呟いた。
「アヤメが居るんだ、大丈夫だろ」
心配そうに呟くアスナに、俺は笑いながらそう答えた。
「それは大丈夫なんだけど、間に合うかなぁって」
「んー、それはシリカの《リアルラック》次第だな」
今回はステータスでは無い、本人自身の幸運も重要になってくるだろう。
ドロップアイテムに関してはシステムが決めることだが、スキル熟練度を上げやすいモンスターを引き当てるかどうかは、シリカ自身の運だ。
基本的に、武器系統スキルの熟練度は《与撃ダメージ総量》と《倒したモンスターの数》で上がっていくので、シリカのように時間を掛けて着実にHPを削っていくスタイルだと、防御力の高いモンスターと戦闘するとなると効率が悪いのだ。
「でもまあ、一日ある訳だし、なんとかなるだろ」
「キミは楽観的だね……」
俺はヘラヘラ笑って言うが、被害者であるアスナは気が気でないのだろう。
「それに、こんなズルが広まったらどうなっちゃうか、考えるだけでも私は嫌だよ」
「………」
確かに、そうなったら、この世界はどうなるのだろうか?
俺は少し考えた。
強くなるためなら何をしたっていい。そんなと考えが広まって、そのうち強力なアイテムを奪うためにプレイヤーがプレイヤーを襲うようになるとは考えられないだろうか。
そして最終的には、《
「……ごめん」
「どうしたの?」
無意識のうちに、俺はそう呟いていた。
「俺、アスナのウインドフルーレだけのことを考えてて、他の人にこととか、全然考えてなかった」
「……ううん。キリト君が謝る必要は無いよ。解決しようと頑張ってくれたキミを、だれも責めはしないから」
「ありがと」
懺悔して、少しだけ心が軽くなった俺は、アスナとNPCショップに向かおうとした時、聞き覚えのある金属音を捉えた。
「キリト君、この音……」
「まさかな……」
アスナと顔を見い合わせ、音の聞こえた方に走り出す。
そこには、《ネズハの鍛冶屋》と記された看板が出ていた。
「ッ!」
「きゃ!?」
その看板を見た瞬間、ほとんど条件反射で俺はアスナの手を引っ張って建物の陰に身を隠した。
「……凄い度胸ね。ばれたはずなのに、白昼堂々お店を開けるなんて」
「いや、警戒しているからこそ、ウルバスからこっちに移ってきたんだろうな」
物陰からネズハの様子を観察し、視線をアスナに戻す。
すると、目の前にアスナのはしばみ色の瞳があった。
慌てて引き込んだため、ほとんどアスナを抱きしめるような体勢になっていたことに今になって気付いた。
アスナもそれに気付いたらしく、見る見るうちに顔が紅くなっていった。
それが羞恥によるものか怒りによるものかは分からないが、それが昨晩、俺が部屋に飛び込んだ瞬間のアスナの表情と被ったため、俺は慌ててアスナの口を塞いだ。
俺がしーっとジェスチャーで示すと、アスナは頷き、それを確認してから俺は手を放した。
「……ぷはっ。もう、ちょっと苦しかったよ?」
「ご、ごめん」
アスナは顔を赤くしたまま俺を睨み付けると、深呼吸して心を落ち着けた。
「で、これからどうする、キリト君?」
「取り敢えず、アヤメに連絡しよう」
俺はフレンドリストから【アヤメ】を選択し、メールを送信した。
数秒後、戦闘中では無かったようでアヤメから返信が来た。
「なんて?」
「【六時まで待ってくれ】だって」
現在時刻はだいたい午後四時だから、後二時間くらいか。
「どこか、もっと広くて見張れる場所探しましょう。その方がネズハさんを見失わなくてすむし、その、こんなに密着しなくてもすむし、ね……」
「そ、そうだな……」
俺たちはネズハにばれないように、静かに移動した。
【シリカside】
「これが現実だったら、五キロは痩せた気がします……」
リズベットさんに《ハームダガー+5》まで強化してもらい、そのあと熟練度を上げるためにモンスターと戦い続けた私は、無事に目的の強化オプションを手に入れることが出来た。
さらにその後、アヤメさんと共に《タラン》まで移動したのだから、現実では到底出来ない運動量になっているだろう。
……五キロじゃ済まない気がしてきました。
「無理しなくていいって言っただろ?」
「大丈夫です。私がやるって言ったんですから」
きっとここまで頑張れたのは、アヤメさんに頼まれて張り切っていたと言うのもあるかもしれない。
「さて、ここからが本番だからな」
「はい」
「先ずはキリト達のところに行くか」
マップ追跡を起動させたアヤメさんは迷うことなく歩みを進めていき、私とアヤメさんは小さな建物の二階の部屋に入って行った。
「あ、来た」
「時間ピッタリだな」
中には窓際にしゃがみ込んでこっちを見るキリトさんとアスナさんの姿があった。
「見張り御苦労さん」
「お待たせしました」
それぞれ簡単な労いの言葉を掛けてから、二人に近づく。
「ネズハは?」
「向いの建物の壁際に店開いてるよ」
「シリカちゃん、準備は大丈夫?」
「はい。バッチリです!」
「じゃあ、早速準備に取り掛かるか。……アスナ、そのフード付きのウールケープ貸してくれないか?」
「いいですよ?」
こくりと頷いたアスナさんは、ウールケープを外してアヤメさんに手渡した。
それを今度は、アヤメさんは私に差し出した。
「一応、顔は隠しておこう」
アヤメさんの意図を理解した私は、そのウールケープを受け取り着る。
形だけで装備した訳ではないので、アスナさんのサイズに合ったそれは私にとって少し大きかったが、顔を隠す分には丁度良かった。
しかし、そこで一つ問題が発生した。フードを被るのにツインテールが邪魔なのだ。
「……そうだ。シリカ、ちょっと後ろ向いてくれ」
言われた通りに後ろを向くと、しゅる、と言うリボンが解かれる音と共に髪の毛が降りてきた。
その髪を、アヤメさんは手櫛で解かして馴れた手つきで二房の三つ網に結い上げた。
「ありがとうございます」
アヤメさんに一言お礼を言ってから、三つ網をウールケープの中に仕舞込み目深にフードを被った。
「よし。これでオッケーだな」
「行ってらっしゃい」
「頑張れよ」
「行ってきます!」
一回深呼吸をしてから、私は部屋を出てネズハさんのところに向かった。
「あの、強化をお願いできますか?」
「は、はい。分かりました」
出来る限り声を低くしてそう尋ねると、ネズハさんは一瞬訝しげな表情をした後、直ぐに眉を八の字にして困った表情をしながら頷いた。
「種類は《正確さ》で、素材は上限までです」
ハームダガーを腰から外し、強化素材と共にネズハさんに預ける。
それを受け取ったネズハさんは、プロパティを確認して少し驚くと、そこまで強化した私を称賛するような柔らかい笑みを浮かべ、直ぐに痛みを堪えるような険しい表情に変わった。
(悪い人じゃないんですね……)
そのネズハさんの様子を見て、私はそう直感した。
「では、料金を頂きます」
「はい」
提示されたコルをオブジェクト化し手渡す。
ネズハさんは料金をしっかり確認してからウィンドウに仕舞うと、作業を開始した。
ネズハさんが後ろを向いて強化素材を炉に流し込む間、開いたままにしているウィンドウを確認する。
そして、強いライトエフェクトが発生した瞬間、ネズハさんの左手がカーペットに並べてある剣と剣の間を軽くつついた。
瞬間、握られたハームダガー+5が一瞬明滅した。
すり替えを確認した私は、緊張で生唾を飲み込んだ。
その様子を見たネズハさんはもう一度微笑んでからすり替えた短剣を炉にくべた。
そして、それを鉄床に置いて、ハンマーを振り降ろした。
一回、二回、と着実に回数を増やしていき、そして最後の十回目――――
カァァンと一際高い音を響かせ、エンド品であっただろうハームダガーは儚く砕け散った。
「すみません!」
肩を震わせ、深く項垂れるネズハさん。
とても演技とは思えず、こんな優しい人を追い詰めるのはとても気が引けたけど、同時に、こんな優しい人に詐欺なんてことをさせたくないと思った私は、心を鬼にして口を開いた。
「大丈夫ですよ。私の武器は、ここにありますから」
「……え?」
凍りつくネズハさんの目の前でフードを取り、私はメニューの下の方にある今日新たに追加されたアイコンをクリックした。
すると、しゅわ! と言う控えめなサウンドと共に、一本の短剣――ハームダガー+5が現れた。
途端、ネズハさんの表情が歪んだ。
「あ、キミは昨日の……」
「覚えていてくれたんですね」
心の片隅で、ほっと息をつく。
「騙すようなことしてごめんなさい。でも、こうでもしないと暴けないと思ったんです」
「じゃあ……」
「はい。もう分かってます。何もかも」
そこで一息入れてから、一気に話す。
「先ず、普通の強化を装って炉に強化素材を流し込む。そして、その際のライトエフェクトでミスディレクションを引き起こし、光に目が行ってる間に商品で隠したウィンドウで《クイックチェンジ》を選択。自分のストレージの中の同じ種類のエンド品にすり替える」
ネズハさんの表情は、見る見るうちに驚愕で染まっていく。
「クイックチェンジはウィンドウを開き、ショートカットを押すの二段階ですみますから、短いフラッシュの間でも十分に間に合う。その上、クイックチェンジは《どちらの手にどのような武器を取り出すか》を事細かに設定出来ます。そしてその中には、《直前に装備していた武器と同種のものをストレージから自動で選択する》と言うのもあります。ネズハさんはそれを使った。……そうですよね?」
「……凄い」
眼を見開いて、感心したように呟くネズハさん。
ごめんなさい。これ、アヤメさんの受け売りなんです。
私が黙っていると、ネズハさんは力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「謝ってすむことじゃ、無いですよね……」
生気の抜けたようなしわがれた声で言った。
「騙し取った武器を返せればいいんですが……それも無理です。ほとんど全部、お金に換えてしまいましたから……」
私は、今のネズハさんと似たような姿を、一ヶ月くらい前に沢山見ていた。
そう、これは――――自殺する前の人の姿だ。
「もう、こうなったら……」
「ダ――――」
「死ぬしかない、なんて言うなよ」
ダメです! と叫ぼうとした瞬間、後ろから刃物のような鋭いアヤメさんの声が聞こえた。
「で、でも……」
「ハッキリ言う。お前一人が自殺したところで、それは何の償いにもならない。ただの自己満足だ」
きっぱりと言い捨てたあと、アヤメさんはゆっくりネズハさんに歩み寄り、手を伸ばした。
「アンタの償いは、俺たち被害者が決めることなんだ。でも、そのための情報が俺たちには足りない。だから《ナタク》、どうしてこんなことすることになったのか教えてくれないか?」
そう柔らかい声で尋ねると、ネズハさんは涙を流してアヤメさんの手を取った。
【あとがき】
以上、二十一話でした。皆さん如何でしたでしょうか。
これで強化詐欺は無事解決です。ふー、よかったよかった。
原作より二日ほど早く解決。これで第二層攻略戦が多少楽にできるよ。
さて、次回は動機を解明していきます。第二層も終わりが近づいてきました!
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二十一話目更新です。
どうにか連日投稿出来ました。今年中に解決編まで終わらせることが出来てよかったです……。
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