No.523527

真・恋姫†妄想 桂花、ある日のその想い

狭乃 狼さん

まいど。

ただいま絶賛迷走中な、似非物書きの狼です。

今回の作品は、思い付きによる、一発こっきりの短編です。

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2012-12-26 18:25:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:10141   閲覧ユーザー数:8221

 妊娠。

 

 すなわち女性が子供を授かること。自分には一生縁のないものと思っていたそれを、この私がまさかしてしまうことになるとは、正直今でも信じられない。

 けど、確かに今、私のおなかの中には、新しい一つの生命が宿っている。まだ、妊娠そのものが発覚して一月ほど、出来たであろう時からも二月ほどしか経っていないため、傍目にはそれと分かるような状態、つまり、私のお腹が大きくなっているということはないので、悪阻こそ少々気になるが、まだ、普段の仕事に差し支えは出ていない。

 周りからはもう、あまり仕事はしないほうが良いのではないかと言われているが、医者からは適度な運動はかえって胎児にとっても良いことだと言われたので、これまで通りに私は仕事に励んでいる。とはいえ、主な仕事が机に向かっての書類仕事なので、あまり運動にはなっていないが。

 

 「……ふう、これで今日の分は全部、と」

 

 薄く細い木の板を何枚か組んで作られた、今という時代では当たり前の筆記道具である木簡に、必要事項のすべてを書き込み終え、最後に自身の印を捺印し、丸めて他の処理済のそれらの一番上に置く。そして少しだけ体を伸ばし、ずっと机に向かっていてこって来た肩を自分で揉み解す。

 

 「……う。また悪阻が……うっぷ」

 

 仕事に集中している最中は来ていなかった悪阻が、気を抜いた途端に再び襲い掛かってくる。私は慌てて部屋を出、一番近くの厠へと駆け込む。一通り、悪阻による吐き気がおさまった後、厠を出た私はそのまま食堂へと向かう。吐いた直後で食欲などないが、かと言って食べずにいれば、それはそれでお腹の子供に悪い。

 むかむかするお腹をさすりながら食堂へと向かうと、そこには一人先客がいた。この、私のお腹にいる子供の父親ということになる、私が人生で唯一体を許し、その結果、その子供を身篭る事になった大元の原因、いえ、元凶が。

 

 「……なんであんたが居るのよ。もう、食事の時間は終わってる筈でしょうが」

 「ああ、ちょっと仕事が押しちゃってね。参ったよ。やっと警邏が終わってさあ飯だって思ったら、いきなり華琳に捕まってさ。今日中にこなして置かないといけない書類、俺の確認と印がないと終わらせられないって、そのまま彼女の執務室に連行されたんだよ」

 「まあ確かに、あんたはこの都の、一応、主ですものね」

 「……一応……ね。……で、そういう自分も、これから晩飯?」

 「そうよ。……正直食べたいって気分じゃないけど、今日は朝から禄に食べてないし、さっき悪阻で全部吐いちゃったしね。何か軽いものだけでもお腹に入れておこうかと思って」

 「あ、ならこれ、食べるか?流琉手製のお粥。卵も入ってるから栄養も満点だし」

 

 ふんわりと。そいつが目の前にある土鍋の蓋を開けると、そこからとても良い匂いが漂う。白米を煮、とろとろになったそれに、卵を一つか二つ落としただけの、料理が苦手な私にすら出来る簡単な料理。……まあ世の中には、その簡単な料理すら出来ない者もわずかに居るが、それはまあこの際関係ないので置いておいて。

 

 「そうね。けど、それは流琉があんたのために作ったやつじゃあないの?」

 「まあそうなんだけど、俺は他のおかずを食べてるうちに腹が膨れちゃってさ。かといって残すのももったいないし、どうしたものかなって思っていたところに」

 「私が来たってわけ。……ま、そういうことなら遠慮なくいただきましょ。捨てたりしたら流琉に悪いし」

 「じゃあちょっとだけ待ってくれるか?今温めなおすから」

 

 そういって、そいつは鍋を焜炉っていう、真桜が発明した簡易調理炉に運び、再び火にかけ始めた。火加減を見つつ、鍋から再び湯気が立ち上り始めるまで、少しづつ水と塩を足し、焦がさないようにお玉で時折かき混ぜている。

 

 「……ねえ」

 「ん?」

 「……あんたさ。あっちには、その、恋人とかは……居なかった、んだっけ?」

 「?あ、ああ。特にそう呼べるのは居なかったけど……何でまた急にそんなことを」

 「……大したことじゃあないわよ。それよりほら、お鍋、噴いてるわよ」

 「おっといけね。……よし、味もばっちり。はい、お待たせ。熱いから気をつけてな」

 

 鍋掴みを着け、再び卓へと先ほどのおかゆの入った鍋を運んできて、そこから別の器へとお玉ですくい、レンゲ付で私に差し出す彼。先ほどは少しさめ始めていたそれが、今は白い湯気を昇らせ、それと共に、食欲を刺激するいい香りを、私の鼻腔に匂わせる。それを嗅いだせいか、思わず鳴った私のお腹の音に苦笑するソイツを一睨みしてから、レンゲですくったお粥を口へと運ぶ。

 

 「……美味し。やっぱり流琉の料理、ね。同じお粥でも、その辺のとはわけが違うわ。この、ほのかな酸味がまた食欲を促してくれて、いい感じだわ」

 「そっか。そりゃよかったよ。じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻るよ。あ、食器なんかはそのままにしておいてくれって、流琉が言っていたから」

 「分かったわ。……お休み」

 「ああ、お休み」

 

 私の言葉に手と微笑みを振って返し、彼は食堂を出て行く。残された私はお粥を口に運びながら、あることを考えていた。

 

 「……いつからだっけ。アイツと、こんな風に普通に話すようになったのって」

 

 忌避。忌々しく避ける。その、文字通りな言動が、私の、アイツに対する、その出会いから始まった態度、だった。特に能もないくせに、華琳様の気まぐれで拾われ、そのくせ、定軍山の戦いや赤壁の戦いでは、まるで先を知っているかのような献策をし、見事、仲間の命を救い、戦を勝利に導いた男。そして、華琳様の天下統一がなされた後、一人、私たちを残して“天”へと帰った薄情者。

 けれど、その後、五胡の侵攻が活発になり始めたころ、どうしてか再びこの地に帰ってきて、三国の結束をさらに強固なものにし、五胡の侵攻、それを退ける切欠と道筋を作り、今ではこの新しく造られた都の象徴として、名目上は私たち、魏・呉・蜀の三国の頂点に、天の御遣いとして立つ彼。

 

 「……普段はただのほほんとした雰囲気しかない、肩書き以外は凡人の、一山いくら程度の男なのに……。最初は、本心からそう思っていたはずなのに」

 

 ……いったい私は、いつからアイツを、心から慕うようになっていたのだろう。

 

 もちろん、普段はそんなこと一言だって口にしやしない。いや、出来ない、と言ったほうが正しいか。私の性根、それが思いっきりひん曲がっているから。素直、なんて言葉はとっくの昔に、どこかに打ち捨ててしまっている、そんなわたしだから、彼と顔を会わせるたびに出てくるのは、これでもかって言うぐらいの罵詈雑言を含んだののしり言葉のみ。

 けれど。

 それは、いつからか、私の口をついて出る頻度が、目に見えて減りだしていた。いったい何が切欠だったのかは、今もって不明。私自身、そのことを風に言われるまで、まったく自覚していなかった位だから、よほど些細な事がきっかけとなったんだろう。

 

 「そして気がついてみれば、あれだけ嫌っていたアイツの子供を身篭り、それをとっても幸せだと感じてる自分が居る、か。……不思議なもんね、人間ってのも。さて、と。お粥も食べたし、そろそろ部屋に」

 「あれ?桂花さん?」

 「流琉じゃない。あ、後片付けに来たの?お粥、とても美味しかったわ。ご馳走さま」

 

 食事もすべて終え、思考に決着も着けたところで席を立とうとした私の背中に、このお粥を作ったその当人、流琉がやってきた。そして、私の言ったお礼を聞くと、彼女はなぜか不可解そうな顔でその首をかしげた。

 

 「えっと。あの、私、お粥なんて作っていませんよ?」

 「え?でも、アイツが言っていたわよ。このお粥、確かに貴女が作ったって」

 「兄様が、ですか?確かに、兄様に頼まれて、兄様のご飯は作りましたけど、その中にお粥は」

 「……作ってないの?」

 「はい」

 

 え……っと。じゃあ、このお粥を作ったのは、もしかして。

 

 「ああそういえば兄様、私がご飯を作り終えて出ていく時に、『お粥って、水から炊いた方が良いんだっけ?』なんて聞いてましたから、そのお粥、兄様が作ったのかもですね」

 「……そう」

 

 ……そういうこと。でも、なんで隠す必要があるんだか。自分が作ったならそう言えば……あ、でも、もし、アイツが作ったって事を聞いていたら、私、これ食べなかったかもしれない。……ったく。変なところでばっかり頭が回るんだから、あの馬鹿。

 

 片づけを始めた流琉に、手伝いをやんわりと断られ、私はそのまま、一人、自分の部屋へと戻っていく。お粥を食べたせいかなんなのか、妙にぽかぽかとしている体が冷めないうちに、暖かくして早く寝るとしよう。

 十月十日後。

 いや、正確にはあと、八ヶ月とちょっとか。お腹の中に居るこの子が、元気な産声を上げて生まれて来れるように、母親の私はしっかり、体調を整えておかないと。

 父親のアイツが、ああやって気を使ってくれているのだから、それを私が無駄にしたら、それこそ、いつも作っていた落とし穴に、自ら入って二度と出たくなくなってしまうだろう。そうせずに済むように、そして、来年には二親揃ってこの子を抱けるように、幸せを、アイツと一緒にかみ締められるように。

 

 「……お母さん、これからも頑張るから、あなたも、元気で生まれてきなさいね……ふふっ」

 

 お腹の子にそう、優しく声をかけ、そして、私は眠りにつく。

 

 「……お休みなさい……一刀……」

 

 愛してる。

 そう、最後に、まぶたの裏に幻視した彼へと、北郷一刀へと私はその声をかけ、まどろみの中へと沈んでいくのであった。

 

 ~fIN~

 

 


 
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