No.521428

Shine & Dark Sisters 二章

今生康宏さん

双子のキャラは、往々にして性格が正反対に描かれます
自分はそれが疑問でしたが、実際に双子を書いていてわかりました
双子は方向性が全く違うからこそ、面白い。また、双子設定が生きてくる

2012-12-22 13:09:54 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:272   閲覧ユーザー数:272

二章 剣と盾の洗礼

 

 

 

「こんなに立派な体育館があったのか……」

 日曜日。待ち合わせ時間の三十分前に店の前で落ち合った俺達は、そのまま数十分歩いて駅前の外れにある体育館にまで辿り着いた。

 あまり行動範囲の広くない俺は知らなかったのだが、二人(正確にはその親か)が借りている体育館とは、想像以上に大きく、外観も立派なものだった。もっと外装は錆びていて、今にも崩れそうなボロ屋を想像していたが、これなら中で多少跳んだり跳ねたりしても、倒壊するようなことはないだろう。……どの程度動き回るのかは、俺はわかっていないけど。

「昨日、一度確かめに来たんだけど、中は結構ボロっちいんだよ。クモの巣とかも張ってるし」

「それはまあ、長らく放棄されてたんならそうだろうな……まずは掃除でもするのか?」

「いいえ。既に目に付くゴミの掃除は済ませています。さすがに天井や備え付けられていたバスケットのゴールみたいな、高いところに掃除は道具がありませんから出来ませんでしたけども」

 それでも、床の掃除なんかはしていたのか。昨日は普通に営業日だったんだし、時間があるとすれば開店前か、閉店後。きっと後者なのだろう。何か言ってくれれば俺も手伝いに来たのに。

「とりあえず入りましょう。いい加減暑いですから」

「そうだねー。まだ六月なのにこの暑さ、日本ってすごいよね」

 当然と言えば当然だが、二人は店の中で着ているようなゴスロリ服ではなく、極当たり前の半袖のブラウスにミニスカートを合わせた、その辺りの女子高生と変わらない服装だ。服の色は、店でのテーマカラーと同じくセラは白、ディアは黒……よりも少し色の薄い灰色っぽいものを着ている。スカートはどちらも爽やかなブルーだ。

 セラの持っていた鍵を差し込み、ところどころ錆びた鉄の扉を開くと、俺が想像していた通りの板張りの空間が広がる。やはり中も暑いが、大きなファンがいくつも取り付けられていて、これを回せばかなり涼しくなるだろう。早速ディアが走って行って、ファンとライトの電源を入れた。

「不思議な感じですよね。学校のもの以外の体育館に入るなんて」

「そうだな……でも、内装はどこも同じような感じだし、余計に不思議だ」

「規格が決まっているのでしょうね。……ああ、良い風が来ました。あっ、髪をまとめないと、激しく動くのに邪魔ですね」

 慌てて頭を抑えるが、セラの長い金髪はファンの風にさらわれ、奇麗に整えられていたのが一気にぼさぼさになってしまった。対してツインテールにしているディアは、二つの尻尾がふよふよ揺れる程度で、元の髪質の違いもあるのかセットが乱れていることはない。

「あはは。セラちゃん髪、スパゲッティみたい」

「もう、ディアちゃんっ。……すみません、少しお時間をいただけませんでしょうか」

「ああ。どうせ今日は一日ここなんだろ?」

 風に吹き飛ばされるように走り去って、セラは倉庫に入って行った。中でリボンか何かを使って髪をまとめているのだろう。

「んー、このまま昼寝したいね。もっと蒸し暑いと思ったら、換気窓もあるし、外よりずっと過ごしやすいかも」

「そうだな。クーラーがなくても案外涼しいもんだ」

「ところで、お兄ちゃん。今ならあたしとセラちゃんのスタイルの違い、わかりやすいでしょ?」

「え?あ、ああ」

 確かに言われてみると、薄手のブラウス姿の今は、ゴスロリ服よりずっと体つきがはっきりしている。……ディアは前に聞いた通り、小柄な割に大した胸だ。残念ながらセラとは比べるまでもない。しかし、セラはセラで背の高さではディアに勝っている気がする。髪の色と髪型以外はそっくりな双子だと思っていたが、改めて比べてみると違うところも多いようだ。

「ねね、お兄ちゃんはあたしとセラちゃん、どっちが好き?」

「……は?」

「まだ大して話してないから、外見の好みだけで良いよ。ちょっと背がちっちゃくておっぱいのあるあたしか、ちょっと背が高くてスレンダーなセラちゃん。お兄ちゃんはどっちが好きなのかなーって」

「そんなの、どっちも同じぐらい好きだよ。双子なんだから、あんまり比べて差を付けられるのはディア達も嫌だろ」

「んー、無難な答え。確かにあたしもセラちゃんほど頭良くないから、それはコンプレックスだったけどさ。やっぱりそこは女の子として、男の人にどう見られているかは気になるんだよね」

 なんだ、重要なのは俺がどっちのことが好きかではなく、もっと一般的な好みだったのか。

 そう考えれば、まあ多くの男は胸が大きい方が好みだろう。しかもそれがかなり小柄な子ともなれば、ギャップもあいまってかなり魅力的に映る。でも、俺としてはほっそりとしたセラも十分可愛らしくて良いと思う。勘違いとはいえ抱き締めた感じだと、見た目は細くても女の子の体は柔らかいものみたいだしな。

「お兄様、お待たせしました。ディアちゃん、変なこと言ったりしてませんでしたか?」

「あはは、まさか。ただちょっと、大人の話?」

「は?……まあ良いです。んっ、これなら大丈夫ですね」

 戻って来たセラは、髪を後ろでポニーテールにしていた。風に吹かれて一本の尾がと揺れるが、さっきほど激しく髪が乱れることはない。

「そういう髪型は意外だったけど、よく似合うな」

「ねー。ツインテにしてキャラ被っちゃうかと思った」

「ありがとうございます。鏡がなかったので、雰囲気でしてしまったのですが、おかしくはないでしょうか」

「全然おかしくないよ。いつもセラちゃんはあたしのツインテ結ってくれてるもんね」

「……それ、言って良かったんですか」

「あっ!お、お兄ちゃん。今のは忘れてっ」

「忘れろって言われてもな。……そうか、ディアは案外不器用なんだな」

「うっ……自爆とはいえ、お兄ちゃんに変なこと知られちゃったー!セラちゃん、どうにかしてっ」

「どうにも出来ません。……お兄様。一応妹のために弁護をしますと、ディアちゃんは朝すごく弱いので、髪を結うような複雑な作業は出来ないんです。まあ、平常時から器用な方じゃないですけど、女の子として髪を結うぐらいは出来ますので」

 ……でも、不器用だというところを完全に否定することはないんだな。。それに対してセラは器用、と。二人の個性をこうして頭の中に書き出して行くのも面白いかもしれないな。

「では、お兄様。まずは武具を取り出していただけませんでしょうか。念のためにお聞きしますが、あの日以降、無意識の内に武具を出してしまったようなことはありませんよね」

「そんなことが出来るものなのか?とりあえず、俺が認識している限りでは出したことなんてないと思うけど」

「先にお話しました通り、武具は意思一つで出せる物なので、激怒した時や、酷く悲しんだ時に勝手に出てしまう危険性があります。ですので難しいことだとは思いますが、あまり大きく心を動かされないように心がけていただければ、と思います。きちんと経験を積んでもらえれば、自由に操れるようになると思うのですが」

「わかった。何はともあれ、鍛えてもらわないとな」

 そもそも俺は、自分が受け取ったはずの武具の姿すらまだ見ていない。形すら知らない物を制御出来るはずがないのだから、この一日を有意義に使い、一刻も早く二人の力になれるようになるべきだ。

 そう思うと自然と体に力が入り、背筋がぴんと伸びた。

「まず、武具を出してもらわないことには始まりませんね。概念的なものの説明は、その後にしましょう。……そうですね。ディアちゃん。お兄様に斬りかかってください」

「はいはーい。唐突だけど、死ねぇ!お兄ちゃんっ」

「えっ、ええ!?」

 セラの言葉を皮切りに、弾かれたように俺とは逆方向に走り出したディアは、なぜか壁に立てかけられていた巨大な戦斧を両手で拾い上げ、そのまま俺の方に信じられない身軽さで走り寄って来た。

「お兄様。すぐに武具を取り出し、迎撃するか、防御するかをしてください。私達の使う武器に物理的なダメージは発生しませんが、あれで斬られれば三日は寝込むことになりますよ」

「み、三日だと」

 全長がディアの背丈と同じぐらいある黒い斧は、凶悪な半月型の刃とナイフ型の刃がそれぞれ備わっている、強大な凶器だ。あんなのを武器で受け止めるなんて、素人の俺には不可能。なら、なんとか防具で受け止めるしかない。

 俺は斬られたくない一心で左手を前に突き出した。盾を構えるなら、利き手とは逆の方を使うはずだ。そもそも、あんな鉄板だって簡単に両断出来そうな斧を受け止めれる盾なんて、現実に存在する気がしないが。

「くそっ、何でも良いから、何か出てくれ!」

 斧が目の前で振りかぶられ、その刃が無慈悲に脳天に目がけて振り下ろされる。盾でも篭手でも出て来て、攻撃を逸らせない限りは一発アウトだ。情けないことに足がすくんで、攻撃を避けるということも出来そうにはない。

 ――ここまでか、と思ったが、不思議なことにいつまでも斧は俺の体に落ちては来なかった。俺の前で大きな何かにその動きを阻止され、静止している。……のだろう。きっと。

 だが、俺は何も見えない。視界が真っ黒な何かによって塗り潰されていて、外の様子が全くわからないのだから不思議だ。

「タワーシールド……巨大な半円筒型の盾、ですか。確かに素晴らしい防御性能を誇る防具ではありますが……」

「軍団戦ならともかく、あたし達は少人数で立ち回る戦いしかあり得ないんだから……」

『使いづらいことこの上ない武器ですね(だね)』

 ……容赦なく滅茶苦茶に言われてしまった。

 そうか。視界が隠されているのは、俺が咄嗟に呼び出した防具が、あまりに巨大な盾だからで、それは見事に攻撃を防ぎはしたが、大き過ぎて構えたままでは満足に動けず、視界も確保出来ない、という致命的過ぎる欠点を抱えている。

「その、作り直しとかは出来ないのか?」

「残念ながら、武具に固定の形はなく、その使い手に最も相応しい形になって姿を現すと言います。その大きな盾こそが、お兄様の守りの意思の現れ……全てを覆う優しさなのでしょう」

「な、なるほど。そう言われると、悪いことばっかりじゃない気がするな」

「ここまでになると、盾と言うよりほとんど要塞だよね。へー、ただの鉄板じゃなくて、結構ぶ厚いんだね。あたしの斧が通らないのも納得かも」

「お兄様の武具は、実際の物とは異なり、重量などはかなり軽めになっていますから、鉄板を何枚も重ね合わせた盾でも、そこまでの重量にはなっていないのでしょう。でも、単純に大き過ぎて取り扱いが難しくなっていそうですね……」

 確かに、とんでもないデカブツだ。タワー、塔なんて呼び名もしっくり来るな。確かにこれは盾じゃなく、砦という呼び方の方がしっくり来る気がする。前方からの攻撃は完全にシャットアウト出来るだろう。……このまま攻勢に転じるなんて、絶対に出来ないだろうけどな。

「えっと、ではその盾をしまってもらえますでしょうか」

「それも念じれば良いんだな?……こ、こうか」

 出すのはかなり苦労したが、しまうのは案外簡単に出来てしまう。もう一度出そうと思うと、やっぱり簡単にあのデカブツが姿を現した。一度開通してしまえば、後はすんなりなのか。

「じゃあ、次は武器だね。折角だから、あたしの攻撃を受け止めた後、盾をしまって、そのまま攻撃する、って一連の流れでやってみよっか」

「いや……いきなりそんな実戦形式は難しいんじゃないか?俺の場合、こんなデカい盾なんだし、初めはもうちょっとこう……」

「そうですね。それでやってみましょう」

「俺の意見は普通にスルーなのか!?」

「問答無用!死ねやゴラァ」

「そしてディア、お前さっきから言葉が汚いって言うか、殺る気満々過ぎるぞ!?」

 今度はナイフ状の刃の方で、貫くような一撃を放って来る。でも、俺がすることはさっきと同じだ。盾を出して、それがきちんと攻撃を受け止めたのを感じたら、一度盾を構えたまま体当たりして距離を稼ぐ。そこから盾を消し、我武者羅に右手で見えない何かを握り締め、それを振り下ろした。これで、何か武器が出てくれるはずだ。

「うわっ……と。結構な衝撃だぁー……」

 俺の武器はディアの斧に受け止められ、互いの腕に稲妻が走る。実際の武器より軽いはずなのに、武器がぶつかり合った時の金属音や、腕にかかる負担は本物そっくりなことに驚いた。

 そして、俺が握っていた武器と言うのは――。

「切っ先が平らで、反りもない剣、ですか。えっと、これってつまり」

『なまくらですよね(だよね)』

「有り体に言えば剣じゃなく、ただの鈍器、みたいな?」

 盾に引き続き、あんまりな性能の武器が呼び出されてしまったようだ。……つまりこれ、俺が戦いに向いていない人間、ということか?

「えーと……たとえそれが必要なことであっても、誰かを傷付けたくはない、というお兄様のお優しい心根の表れ、でしょう。ほら、リーチはすごくありますし、ディアちゃんの斧以上ですよ」

「あ、ああ。そうだな。幸いにも長くて……つ、使いづらくないか?」

 やっぱり重さはそんなに感じないんだが、間違いなくこの剣、俺の身長より長い。こうなると逆に軽いことが災いして、どう力を入れれば自由に扱えるのかわかったものじゃない。持ち上げるのも一苦労だし、盾以上に扱いが難しい、ピーキーな性能の武器となってしまったようだ。

「これも当然、他の形には出来ないんだよな……」

「え、ええ。ですが、意味もなく伝説の武具がこのような形を取るはずがありません。ハイドフェルト家を支え続けていた武具なのですから、どうかその点だけは信じていただけますと」

「それはわかってる。まあ、使いづらいなら、その分鍛錬を積んで、なんとか扱えるようになるさ。時間はかかるかもしれないけど、付き合って欲しい」

「もちろんです。ディアちゃんも、そうですよね」

「もっちろん。ご覧の通り、あたしの武器は斧だし、扱いづらい武器同士、教えられることも多いと思うよ」

「ああ、そう言えば二人の武器も、俺みたいに自分に最適な物が選ばれたのか」

「……いえ、私達の場合、これは完全に自前の物です。ただ、私達の霊力を受け、人には精神的なダメージしか与えなくなっているだけで、普通に床や物を破壊することは出来ますよ」

 と言うことは、俺の腕に来た衝撃は、正真正銘の戦斧のものだった、ということか……なら、ディアの斧は見た目そのものの重さで、それをあの細腕で扱っているのか?ちょっと信じがたい腕力だ。

「なんて言うかね、斧ってこう、ロマンがあるじゃない?セラちゃんにもこんな扱いにくい武器、やめとけって言われたんだけど、あたしは斧と心中するんだーって、強引に決めちゃったの」

「結果として、素の腕力でも私に軽々と勝ってしまう、パワフルな妹が誕生してしまった、という訳です」

「あたしをパワーキャラって分類するなら、セラちゃんはスピードキャラって感じだもんね」

「なるほど……。セラの武器は見えないけど、何なんだ?」

「私は刀です。前に私の趣味のことは、お話しましたよね。コレクションした日本刀をそのまま、武器として使うことにしました。と言っても、あまり長い物は扱いづらいので、小太刀なのですが」

 よく見ると後ろの方に立てかけられた二振りの刀が見える。小太刀の二刀流、か。本人のイメージにはちょっと似合わないが、格好良いスタイルだ。

「それで、次にすることは?」

「まずは武具の扱いに慣れてもらうことが最優先事項ですので、ディアちゃんとしばらく模擬戦をしてみてください。私では腕力の関係でまともなお相手が出来ないと思いますから」

「セラちゃんは何するの?」

「戦いの腕を磨くことだけがすべきことではありません。少し出かけて来ましょう」

「えー、外暑いのにー?」

「すぐにまた戻って来ます。……ですからディアちゃん、お兄様を無理に説得して、遊んだりしないでくださいね?」

「うっ……も、もちろんだよっ。信用ないなぁ、あたし」

 明らかに冷や汗がたらり、と落ちて行ったんだが、さすが姉、妹のことをよく理解している。

 そもそもディアはそんなことを考えていたのか……確かに俺もディアに懇願されたら気持ちが揺らぎそうだし、セラが釘を刺しておいてくれて良かった。

「では、お兄様。あまり無理はせず、ご自分のペースを守ってお願いします」

「わかった。じゃあ」

「気を付けてね、セラちゃん」

 ポニーテールを揺らし、セラは体育館からたっ、たっ、と出て行った。当然のことだが俺とディアだけが残されることとなり、しばらくなんとなく向かい合う。

「セラちゃんはね、いつも大変な役ばっかり買って出てくれるんだ」

「えっ?」

「何のためにセラちゃんが行ったのか、あたし知ってるの。あたし達、今日は一日中ここにいるつもりだったのに、お昼ご飯買って来てなかったでしょ?」

「あ、そう言えば……」

「夏場だから鮮度が怪しくなる、ってセラちゃんが言って、あらかじめ買うのはやめておくことにしてたの。コンビニとかのお弁当ならそんなに気にしなくても良いと思うのに、そういうのにほんとうるさいんだ。あたしやお兄ちゃんのお腹に入るものだから、もしものことがあったらいけない、って」

「そうなのか……」

 身にしみるほどの優しさ、とはこのことなのかもしれない。気にしない人なら本当に気にしないようなことで、わざわざこの炎天下の中をまた歩いて昼食を買いに行くなんて。……もしも俺が止めたり、せめて一緒に行こうと言い出したりしても、セラはそれを断ったのかもしれない。いや、きっとそうだろう。

「お兄ちゃん。妹のあたしが言うのも変だけど、セラちゃんはそんな子だから、つい無理し過ぎちゃうこともあるの。だからよく見ておいてあげてね。……あたしは妹だから、どうしても甘えちゃうところがあるし、セラちゃんもあたしには中々甘えてくれないから」

 前にセラ自身も言っていたことだ『二人きりの時はそれなりにお姉さんっぽい振る舞いをしている』……ディアは年齢以上に幼いとも言っていたし、セラは自分が姉であることを意識し過ぎて、それで頑張り過ぎているのだろう。

 俺が初めて店に行った時は、年相応よりも少し幼い、彼女の素顔が見えた。またセラと一緒に話して、少しリラックスさせてあげた方が良いな。

「それじゃ、あんまりサボってもいられないね。お兄ちゃん、とりあえず盾は使わないで、武器の扱いだけを重点的に覚えよ?防御なんて剣で弾いてもなんとかなるしね」

「……そうだな。よし、やろう」

 ディアはやはり体格に似合わない巨斧を持ち上げ、戦闘態勢に入る。小さな頃から修行をして来たのか、その姿はすごく様になっていて、戦士としての貫禄があるものだ。斧は服と同じ真っ黒だし、今はラフな格好をしているが、ゴスロリ服で戦うようなこともあるのだろうか。その場合はアンバランスさが更に増して、可愛らしくも美しいだろう。

 なんて、ディアのことを考えていても仕方がない。俺もどでかい剣をしっかりと構えて、十分に距離を取った。お互い武器のリーチはかなりあるのだから、この体育館の中でどれだけ離れても、少し前に踏み出すだけで射程に入ることになる。実戦なら一瞬の油断が命取りになるような状況だな。

「じゃあ、行くよ!その首、もらい受けるっ!!」

「だから、なんで毎回微妙に口上が物騒なんだ?」

 かなり手加減してくれているのか、距離を詰めて必要以上に大振りな一撃。それに剣を咬ませるように突き出し、払い除ける。次に剣を振り上げ、トドメの振り下ろし、というところだが、これは当然ながら避けられ、次の瞬間にはディアの斧がすぐ目の前になった。

「これがお兄ちゃんの弱点だね。とにかく振り回すモーションが大きい。斧を持ってるあたしがここまで近付けるぐらい猶予があるんだから、セラちゃんなら一瞬で終わっちゃうね。やっぱり、出来るだけ省エネな動きを心がけないと」

「省エネ、か」

「そう。あたしも斧を使い始めた時に習ったんだけどね、こういう大きな武器は、軽くかするだけで十分なダメージが出るの。力いっぱい振り回したくなっちゃう気持ちはすごくわかるけど、正直それって、オーバーキルなだけなんだよね。だから、効率良く最小限の力で戦うことを心がける。武器が無骨だからって、動きまでそうなるんじゃなくて、逆に繊細な動きをする訳。まず、武器の定位置は腰より下、これを心がけてみて」

「わ、わかった」

 確かに言われてみれば、その通りだ。こんな長大な武器だから、どうしてもその見かけに俺自身が圧倒されていたのだろう。実際の重さはそうでもないのに、フルスイングをしないとまともに扱えない、そう思い込んでいた。

 実際に武器を必要以上に振り上げるんじゃなく、刃先を下にして構えてみると、中々これが落ち着いているように感じられる。

「そうそう。そんな感じ。で、あたしはさっきわざと振り被ったけど、あれは絶対にしちゃいけないこと。これは絶対に覚えて。実戦であんなことしたら、絶対に死んじゃう。そうじゃなくて、出来るだけ動きは小さく、気持ちとしては肩からじゃなくて、肘から下だけを動かす感じ、なんなら手首のスナップで扱うようなイメージをして。実際にやってもらうとわかるけど、武器が長ければそれだけ、小さな動きでも先端の方の角度の付き方はすごいから」

 当然のことなのに、人に言われて初めてわかることはいくらでもある。小さく武器を振り上げてみるだけで、剣の先はディアの胸と同じぐらいの高さになった。そして、これを振り下ろす。想像以上に大きな風斬り音がして、武器が空気を切り裂いて落ちて行くのが耳でも、そして腕でも感じられた。それはそう、まるで武器が初めて体の一部になったかのような。

「わかったでしょ?そういうことなの。腕力はほとんど使わなくて良いから、体の構造と、重力に逆らわない動きをする。手を挙げてるより、下ろしてる方がずっと楽だもんね。だから、体に無理をさせるような動きはしちゃダメなんだよ。無茶な動きはその場しのぎにはなるかもしれないけど、すぐに体が疲れちゃう。理に適った動きをする、そのことを体に覚え込ませて。……じゃ、行くよっ」

「お、おう」

 俺のお妹様は、説明は丁寧にしてくれるが、基本的な教育方針としてはスパルタらしい。自分で否定したオーバーアクションの攻撃を、俺は冷静に最小限の動きで食い止め、単純に切り返すんじゃなく、一度距離を取ってみた。

 無駄に力は使わず、省エネを心がける。攻めるのはここぞという時だけだ。力でごり押しするのはやめて、出来るだけ柔軟な動きで隙を見付け……剣を振るのではなく、重力に任せて自由落下させるように叩き付ける!

「よっ、と。良い感じ。お兄ちゃん、飲み込みすっごく早いね。あたしなんか、これぐらいになるまで二週間はかかったよ」

 斧による攻撃を捌き、その反動でディアの体が泳いだその瞬間を狙った一撃は、身軽にもバク転をして避けられてしまった。でも、あんな斧を持ったままそんな動きは出来ない。ディアの武器は手を離れ、これが実戦ならもう勝負は付いていることを意味する。

「はぁ……なんとなく、掴めて来た気はするけど、全然だな」

「そんなに卑下しなくて良いよ。確かにまだまだ戦力にはなれないと思うけど、毎週こうしてやっていれば、絶対に力は付いてくるって。じゃ、もう一戦。今度はお兄ちゃんから攻めてみてくれない?受け手の動きはわかったと思うから、今度はどう攻めれば効率的か。最初はあえて口出ししないから、思う通りにやってみて」

 やっぱり、そう長くは休憩時間をくれない。いや、でも俺自身がそんなのは求めていないのかもしれないな。

 体はどんどん温まって来ていて、剣が既に腕の一部のように感じられて来ている。動きを止めていると血液が沸騰しそうで――ああ、今の俺は間違いなく熱くなっている。こんな心地はきっと初めてだ。勉強にもスポーツにも、ここまで打ち込めたことなんて絶対にない。

「良い顔。頑張ってるお兄ちゃんの顔、最高に輝いてるよ。でも、あくまで冷静に来てね」

 どれだけ血が煮えたぎっていても、大振りな武器を使う以上、動きに繊細さを欠いてはいけない。それはもう学んだ。早る気持ちを制御して、小さな動きで剣を振るう。もう大きく振り上げるなんて馬鹿なことはしないで、狙うのは足元か、地面すれすれからの切り上げだ。ディアの背が低いのもあるが、長く大きな剣は小さな動きだけで頭の近くまで攻撃を届かせることが出来る。

「もう大丈夫だね。今、かなりの運動量があるのに、そんなに疲れてないでしょ?余計な力が抜けていて、筋肉も酷使してない証拠。決定的なチャンスが来なくても、焦らないでね」

 自分が落ち着いていることは、剣を振りながらもわかる。俺は柄になく熱くなっていても、まだ俺らしいどこか冷めた面も持ち合わせている。この感情が残っている限りは勝負を急ぎ過ぎるあまり、勇み足をする破目にはならないだろう。

 俺がいくら打ち込んでも、ディアは幅広の斧でことごとくそれを弾いてしまう。その動きもやはり小刻みな落ち着いたもので、見ているだけでも技が盗めるようだ。焦りを誘発する場面だが、とにかく学び取ることを考え、頭を冷え冴え渡らせる。

 そんな折り合いがしばらく続いた後、遂にディアは手を滑らせ、斧を取り落とした。それは間違いなく故意に作られた隙だが、反対にこれを見逃しては、彼女に失望されてしまうに違いない。トドメだが、それも極力小さな動きで、さっきまでと変わらないように剣を振り下ろす。

 すると次の瞬間、けたたましい金属音と共に、俺の剣は弾け飛んだ。反対にディアの手には斧があり、蹴り上げたそれを一気に振り上げ、状況をひっくり返したのだと直感的に理解出来る。さすがに、肉体にダメージを受けないとはいえ、一太刀も入れさせてもらえないか。

「Wunderbar!お兄ちゃん、すっごい格好良いよ。あたしからはもう言うことなし、後は練習を重ねれば、すぐに使いこなせるようになるよ」

「あ、ああ。ありがとう」

「Bitte schon……あっ、どういたしまして。えへへ、ついついドイツ語が出ちゃうね。あ、さっきのヴンダーバーっていうのは素晴らしい、ってことだよ」

「へぇ、改めて思うけど、ドイツ語も日本語も堪能ってすごいな……。日本語の発音もすごく上手いし」

「えへへ、ありがと。大体はアニメとか見ての独学なんだけどね。でもあたし、英語はほとんど話せないんだ。セラちゃんはすごく上手いんだけどね」

「それは、あれか」

「うん、あれ。……メモリー増設しないと、容量足りないんだよっ。セラちゃんが英語詰め込んでる分、あたしはアニメと漫画とゲームの知識入れてるんだし、そもそもの容量はセラちゃんの方が絶対多いんだから」

 秀才のセラと、趣味にはとことん熱心なディア、か。本当に個性的な姉妹だ。同じように育って来て、ここまで対照的なんだから。

「さて、そろそろセラちゃんも帰って来るかな?お腹空かすためにも、もう一回。今度はどっちか攻めるとか決めずにやろっか。で、ご飯の後は盾の使い方だね」

「よし。やるか」

「あはは、お兄ちゃん、すっかりノリノリだ。よーし、今度こそぎったぎたにして、泣いたり笑ったり出来なくしてやる!」

 思い切り振り被られた斧が、正確に首を刈り取ろうと迫って来る。俺の力量に合わせてわざと隙を作ってくれているのはわかるが、やっぱりディアのような女の子が本気で斧を振るうのを見ると、ちょっとした恐怖を感じてしまう。

 小さく避け、剣を構えて、軽く持ち上げるように切り上げ、反撃の斧をまた避けて、どこか社交ダンスのステップを踏んでいるかのように、攻勢と守勢を激しく入れ替えて武器を交える。そうするとまるで俺とディアの実力が拮抗しているように勘違いしそうになるが、俺が故意に用意された隙を意気揚々と攻めようとすれば、手痛い反撃が待っている。

 そうして何度も武器を弾かれたり、自分から距離を取って一度戦いを仕切り直したりと訓練を重ねていると、すっかり体中が汗だくになっていた。なのに、ディアは不思議なことに涼しい顔で、汗もそんなにかいている様子はない。長いツインテールを扇風機の風になびかせ、優雅なものだ。……これがきっと、俺とディアの実力の開きなのだろう。いい勝負をしているように見えても、俺はディアにかなり手加減をしてもらっている。汗すらかかない程度の労力しかかけられていないんだ。

 高望みとはわかっているのに、余裕の表情を驚愕させたい。そんな気持ちが湧いて来て、ちょっと積極的に攻めてみる。セオリーを外すことはしないが、多少強引な攻めだ。

「ん、オリジナリティが出て来たね。そうそう、型にはまりきった動きはあたしも好きじゃないもん。すごく良いよ」

「はは、初めからこれを引き出そうとしてたのか?」

「ううん。でも、お兄ちゃんもクールに見えて、結構あたしと近いのかな。なにくそ精神で向かって来てくれるんだ」

 俺が少し強めに攻めれば、ディアも同じだけか、それより少し鋭い攻撃を返して来る。訓練のレベルが上がって来ているのを感じられて、嬉しくなる。もっと本気に近いディアの力を見たくて、どんどんヒートアップして行って……。

「わっ!」

「きゃっ!」

 俺の踏み込みとディアの踏み込みのタイミングが、綺麗に重なった。俺の出した右足がディアの右足を踏みそうになったのを慌てて逸らそうとして、それが裏目に出て、逆に足を絡ませる結果に終わってしまう。

 バランスの崩れた体は立て直しようがなくて、間違いなくこけてしまう。だが、ディアの方に倒れ込んでしまえば、怪我をさせてしまうかもしれない。なんとか上半身を動かして、後ろに倒れようとする。そしてそれは成功した。が、ディアの方は上手く尻餅を突くことが出来なかったらしい。小柄なディアの体が、俺の体の上に重なり落ちて来た。

「うっ、くっ」

「ぐふっ」

 奇麗にディアは俺の腹に上に落ちてきて、そのままヘッドスライディングを決めてくれる。腹が減ってなければお見苦しい光景が広がっていたかもしれない。

 ついでに顎にも頭の一撃をもらって、さっきまでの訓練より数段大きなダメージを喰らう結果になった。唯一の救いは、ディアが見た目通りに信じられないぐらい軽いことか。さすがに斧は手放してくれていて良かった。あれごとなら、いよいよもって俺は平面世界の住人になっていただろう。

「お、お兄ちゃん。大丈夫?」

「なんとかな……ディアの方こそ、怪我はないか?」

「うん……本当にごめんなさい」

「いや、今のは事故だろ?ディアのせいじゃないし、気にしなくて良い」

 それよりも俺は、早くどいて欲しいのだが……いや、別にディアが重いとかではなく、そのふわふわの体が俺に押し付けられている訳だ。細身な割に大きな胸の柔らかさが嫌でも伝わって来るのはもちろん、髪からはイチゴのように甘酸っぱい香りがして、それが鼻をくすぐる。なんかもう、セラに引き続き、ディアとまで体を密着させて、他人が見れば俺はただの変態野郎みたいだ。

 ……みたいと言うか、その通りか。

「ううー、ほんと、ごめんね」

 やっと立ち上がってくれて、心地良い圧迫感から解放される。……少し残念だ。って、違う!俺はそこまで変態じゃない……つもりだ。

「……にしても、案外セラ、遅いな」

 ディアが倒れた時に帰って来て、修羅場展開がやって来ないか、かなり心配だったんが、そんなこともなかった。こうなると、逆に帰りの遅さが心配になってしまう。

「んー、セラちゃんなら心配ないと思うけどなぁ。きっと、お昼ご飯のついでに何かの用意を……あ、ほら、帰って来たよ」

 鉄の扉が開き、すっかり見慣れたウェーブのかかった金髪の美少女が入って来る。結局、ポニーテールはそのままに行って来たんだな。お忍びのための変装のようになって良かったのかもしれない。

「ふぅ、お待たせしました。どうせなら、と一度お店に帰って、デザートを作って来ましたよ」

「ね、言った通りでしょ?双子だもん、考えることなんてある程度わかるよ」

「そうだな……って、デザート?そんな手の込んだことをして来たのか」

「ふふっ、お菓子作りは日本のことと並んで、ドイツにいた頃からの趣味ですから。大したものではありませんが、どうぞ」

 セラの手にはコンビニのビニール袋とは別に、ケーキを入れるような紙製の箱があった。よく見るとセラとディアの店の名前が印刷されていて、店のお土産のケーキを入れるための物なんだろう。ケーキのお持ち帰りも出来た記憶がある。

「ねーねー、何作ったの?」

「それは食事の後のお楽しみです。ヒントは、ディアちゃんが大好きなものですよ」

「えー、セラちゃんのお菓子、なんでも好きだもん。全然絞れないよー」

「ふふっ、そうですね」

 姉妹の可愛らしい会話を間近で見ていて、驚くほど心が和むのを感じる。……やっぱり、二人ともすごく仲が良くて、一人っ子の俺には少し羨ましい光景だな。

「お兄様。お疲れ様です。もうお昼は入りますよね?」

「もちろん、いただくよ」

「お昼は何を買って来てくれたんだ?」

「はい。お兄様の好みがわかりませんでしたので、とりあえず目に付いた物を適当に買って来ました。私やディアちゃんはどれも食べれますので、お好きな物をどうぞ」

「そうか、好きな食べ物とか言っておくべきだったな。この中だと……これだな」

 選ばれて来たのはどれも弁当で、具沢山ののり弁、無難な幕の内、そしてカツ丼と、どれも普通に食べられるメニューだ。この中で好みを挙げるとすれば、カツ丼だろう。コンビニ弁当の中ではトップクラスに好きと言っても過言じゃない。

「カツ丼ですか。ふふっ、予想通りです」

「まあ、男は大体こういうのが好きだろうからなぁ。後はからあげ弁当とか、五百円をオーバーするけど焼肉弁当も好きだな」

「焼肉はそうですよね。少し足が遠のいてしまいます」

「はは、すごい庶民的な感覚なんだな」

 すさまじいお嬢様なのに、セラもディアも、こうして話している限りではそれほど大きな価値観の違いは見られない。こんなのは気を付けていても自然と漏れてしまうだろうし、ドイツにいた頃から、一般庶民に近い生活をしていたのだろうか。

「ではディアちゃん。どっちにします?」

「えーと……幕の内は鮭が乗ってるんだよね。でも、のり弁には磯辺揚げがあるから……くぅぅ、過去、ここまで決断に困るオルタナティブがあっただろうか……!」

「余裕であります。それならディアちゃん。さすがに幕の内から鮭を取ることは死活問題ですから、私がのり弁にします。それで磯辺揚げはあげますから、それで良いでしょう?」

「えっ、良いの?こっちから差し出すおかずはなし?トレードじゃなくて、献上なの?」

「……その言い方は何かひっかかりますが、私にしてみればのり弁のおかずは多過ぎるので、それで良いですよ」

「て、天使が降臨召されたっ。お兄ちゃん!セラちゃんマジ天使だよっ」

「そ、そうか」

 今朝ディアが言っていた、ついつい甘えちゃう、というのはこういうことなのだろうか……?別にお昼のおかず交換ぐらい、甘えには入らないかもしれないが、どうだろう。――いずれにせよ、姉妹の会話はやっぱり和む。こうしていると、お嬢様にも、大変な使命を背負った家の末裔にも見えないな。

「お兄様、お待たせしました。それではいただきましょう」

『いただきます』

 二人も奇麗に手を合わせて、弁当の蓋を開ける。まだほんわりと温かくて、食べやすい温度だ。早速、セラは磯辺揚げをディアに“献上”している。

 コンビニで売っている、言ってしまえば店や自分の家で作る料理に味で劣る弁当だが、空きっ腹にはとんでもなく美味しいご馳走に思えるし、やっぱり大人数の食事は楽しい。あっという間に完食してしまって、しばらく二人が弁当を食べる姿を観察させてもらった。あんまり感心されないことだろうが。

 結果をまとめれば、やっぱり二人の性格がそのまま反映されたものだった。セラはおかずとご飯の食べるペースが恐ろしいぐらい均一で、最終的におかずとご飯は奇麗に一緒になくなった。対してディアはかなり好きな物を先に食べてしまうタイプで、鮭だけでご飯の三分の二を平らげ、残りを磯辺揚げやその他のおかずで食べていた。当然ながらおかずの方がかなり余り、最後にそれだけを食べている。

「ご馳走様でした」

 スピードではセラが最後だった。さっさと食べてしまった俺が言うのは失礼だろうが、ディアはかなりせかせか食べていた印象があるな。俺の知る限りで男は食事がかなり早いが、ディアはそれに迫る勢いだったと思う。

「よし、デザートだねっ」

「もう、そんなに早く食べたかったのですか?すぐに出しますので、ちょっと待ってくださいね」

 ディアは期待に目をきらきらさせていて、そのことからセラがどれほどの腕を持っているのかはわかる。店で手作りのお菓子を出しているのだから、これで不味い物が出て来る可能性はないな。

 紙の箱が開かれ、そこに入っていた物が遂に目に入ってくる。カットされたケーキが三つ。不安定だったはずなのにどれもコケず、綺麗な形で整列している。表面にはチョコレートがコーティングされていて、断面を見るに中もチョコのスポンジ。しかも間に挟まれているのもチョコクリーム。しかし、むせ返るほどのチョコレート臭はなく、上品な仕上がりになっている。

「チョコレートケーキ、か?」

「ヘーレントルテという、ドイツ風のチョコケーキです。チョコがふんだんに使われていますが、甘さは控えていますので男性にも食べやすくなっていますよ」

「herrenっていうのが男の人、って意味なんだよ。つまり、男の人のためのトルテってこと。もちろん、あたしも大好きだけどねっ」

「そうか、ドイツのお菓子なんだな。確かに美味そうだ」

「紙のお皿も持って来ましたので、今取り分けますね」

 きちんとプラスチックのフォークまで用意されていて、実に用意周到だ。急にしたことなのに、本当に頼りになる子だな。

 改めて皿に乗せられたヘーレントルテを見ると、カカオの上品な香りと、飾り程度に半分に切られて乗っているイチゴの甘酸っぱい匂いが良くて、味覚以外にも嗅覚、そして視覚で味わえる一品だ。

「セラちゃん。もう食べて良い?」

「はい。どうぞ」

「やった!あたし、シャンプーの匂いでわかると思うけど、イチゴ大好きなんだよね。だから、真っ先にぶすりっ」

「生まれてからずっと一緒なのですから、わかっていますよ。だからわざわざ乗せたんです」

「いや、そうじゃなくて、お兄ちゃんが……って、ヤバっ!」

「……え?」

 ぴきり、空気が凍り付いた気がした。冷ややかなセラの視線がディアに注がれ、ディアは冷や汗をだらだら流す。さっきは全然汗なんてかいてなかったのに。

 ああ、一瞬、意味がわからなかったが、今わかったぞ。ディアが盛大に自爆したんだ。わざわざディアが俺の体の上に倒れて来て、髪の匂いまでわかるぐらい密着したなんて……って、それは俺にも罪があるのか!?

「セ、セラちゃん」

「はぁ……ディアちゃん、わざとでしょう」

「そ、そんなことないですよー?」

「隠しても無駄です。嘘をつく時になぜか敬語になるのはディアちゃんの癖ですし、その冷や汗を見れば嫌でもわかります。――いくら羨ましかったとはいえ、お兄様に迷惑をかけてはいけませんよ」

「は、はいっ!もうしませんっ。ですから、どうかご温情を……!」

「わかりました。食事の席であまり声を荒げるのは好きではありませんし、今日のところはこの辺りにしておきます」

「セーフ……」

「お兄様も、どうかこの子にはご注意ください。今の日本語を使えば、肉食系と言いますか、愛情表現が少々過ぎるきらいがありますので」

「りょ、了解した」

 考えるまでもなく首を縦に振ると、セラもにっこりと笑って、ディアも体の硬直を解き、さっきまでと同じ和やかな空気が戻って来る。

 ……ディアのあれ、事故じゃなくわざとだったのか。だったら何のため?って、さっき言ってた通りか。

 俺が勘違いからセラを抱きしめてしまったことを意識していたのか……。自分はされてないから、事故に見せかけて体を密着させる、と……。強引な解釈だな、そうだ。そういうことにしておこう。

「んー、やっぱ美味しいっ」

「甘さを控えるだけで、こんなに食べやすくなるんだな……こんなケーキならいくらでも食べれそうだ」

 さっぱりとした味のトルテの味に俺もディアも舌鼓を打つ。セラも自分で仕上がりを確認すると、微笑みを見せた。

「ありがとうございます。お二人のことを想いながら作ったので、とっても上手く出来ました」

「またまたー、セラちゃんってば詩人なんだから。セラちゃんのお菓子作りの腕はもうプロ級だよ」

「そ、それは言い過ぎですよ。お店でお金を取って食べていただいているのが申し訳なくなるぐらいで……」

「いや、それは謙遜し過ぎだろ?ケーキ屋で売ってても違和感ないし、下手な職人より美味いよ」

「ねー。初めて食べたお兄ちゃんが言うなら、信じられるでしょ」

 セラの顔がみるみる赤く染まって行き、フォークを動かす手が止まる。セラは照れ屋なのかもしれないな。だから褒められると謙遜をして、なんとか照れを隠そうとしているのかも。

「ところで、ディアはどうなんだ?」

「えっ」

「いや、ディアも店では軽食を作ったりしてるだろ?だったら、お菓子はどうなのかな、って」

「そ、それは……。うー、あたし、お菓子は食べる専!普通の料理はちょっとなら作れるけど、お菓子は難しいんだよー」

「材料はきちんと計量すれば良いのですが、作る過程に難しいところがあるので、レシピさえ見れば上手く出来る、という訳ではないんですよ。ディアちゃんはその辺りが上手く行かないようで、お菓子作りは私だけの趣味ですね。でも、ディアちゃんは……」

「す、すとーっぷ!セラちゃん、それはダメっ。女の子っぽくないからぁ!」

「そうですか?料理の一環ではありますし、それはそれで男性の心を掴めるのではないか、と思うのですが」

「でもダメ!お兄ちゃんはそんなタイプじゃないでしょっ」

 何やらわからないが、ディアはディアで、隠しておきたい得意料理はあるみたいだ。でも、女の子っぽくない料理ってなんだ?

 逆に男らしい料理ということなら……寿司とか?いや、和風はセラの得意分野か。なら、焼肉とか鍋とか……それもまた違う気はするな。

「へ、変なこと想像しないでっ」

「あ、ああ。でも、得意で恥ずかしい料理なんてないんじゃないか?やっぱり料理が得意だと、家庭的な感じがするし」

「家庭とは正反対の方向なの!……もー、セラちゃんのせいだよっ。この変な流れっ」

「わ、私のせいですか?才能があることなのですから、恥ずかしがらずに多くの人に知ってもらえれば良いですのに」

 全くそう思う。何を恥ずかしがることがあるんだろうか?……でも、これ以上追求したらいい加減ディアが可哀想だな。さっきのセラ以上に真っ赤になって、ぶんぶん手を振ってごまかそうとしているし。

「ご馳走様っ。じゃあ、午後からは盾の扱いの練習だよっ。あたしがこのままやる?それともセラちゃん?」

「そうですね……ディアちゃんばかりに任せてしまうのも悪いですし、私達が敵対する相手は、鈍重か俊敏かで言えば、間違いなく後者になります。素早い動きに対応出来る反射神経も身に付けていただきたいところですから、私で」

「セラか。防御の練習なら、腕力の差はそんなに関係ないからな」

「そういうことです。ディアちゃんも、手持ち無沙汰になるのは時間がもったいないですので、個人的に鍛錬をしておいてください。短調な訓練にはしたくないので、またディアちゃんに交代することにもなると思いますし」

「りょうかーい。お兄ちゃん、頑張ってね。セラちゃん、結構容赦ないよ」

「お、おお」

 ディアも体で覚えさせるスパルタ派だったが、セラもそうなのか……?

 くたくたになるほど疲れている訳じゃないんだが、ちょっと不安になってしまう。

「お兄様。まずは私なりにお兄様の盾の長所と短所について、考察してみました。それを把握しておいてください。と言っても、私に言われるまでもないことばかりだとは思うのですが」

「いや、是非頼む。俺は完全に素人なんだし、見えていないものも多いだろうから」

「わかりました。――長所から挙げますと、これは言うまでもなく防御範囲です。前方からの攻撃は完全にシャットアウト出来ると考えて間違いはないでしょう。強度に関しましても、壊れるような物ではありませんので、心配はありません。

 対して欠点は、構えている間は自由に動けないこと、視界を遮られてしまうこと、背後に関しては防御が出来ず、慌てて方向転換をするというのも難しい、といったところでしょうか」

「……やっぱり、欠点の方が多いよな」

「いえいえ、その長所は私達姉妹には欠けている、とても大事なものです。ご存知の通り、私達はどちらも盾や篭手、鎧と言った防具を持ってはいませんし、あったとしても使いこなせはしませんから。実際のところ、お兄様には武器で戦っていただくより、私達を守っていただくことの方を主な役割としてもらうことになると思います」

 セラとディアを、俺が守る、か。それはそれで俺が出来るのか不安になって来る。

 実のところ、あの無駄にデカい盾がある以上、敵の矢面に立つのはそんなに怖くない、というところはある。でも、他の人間のことまで守りきれる自信はない。けど、こうした鍛錬を積み内に自信も持てるのだろうか?……きっと、そうならないといけないんだろうな。

「では、防御の練習をしましょう。今日の内は即座に盾を出し、防御する動きを覚えるようにしてください。盾の性能上、構えたまま待ち受ける、というのはいささか危険がありますから」

「機動隊の盾みたいに、覗き穴でもあれば良いのにな」

「あまり現代的な武具は作られないそうですから、仕方がありませんね。しかし、堕ちた神もまた高い知力は失われています。基本的にはただの獣程度だと考えてもらえれば良いですよ」

「なら、攻撃を予測するのは簡単ってことか。動物の動きにどこまで体がついて行くかだな」

「そうなります。もちろん速度はある程度落としますが、恐らくディアちゃんの時よりすごく速く攻撃をしますから、注意してくださいね」

 その言葉を皮切りに、セラは腰に佩いていた二刀を抜き、構える。右手は普通に持ち、左は逆手。それぞれ右が攻撃、左が防御を担当するのだろう。短めの刀はどこか弱々しい印象もあるが、昔何かの番組で、日本刀ほど切れ味の良い刀剣はないと聞いたこともある。武器としての性能は決してディアの斧に劣らないはずだ。

 そして次の瞬間、セラが一歩目を踏み込む。軽やかに、しかし力強く床を蹴り付け、二歩、三歩。始めに左手が動いた。それに合わせて迷うことなく盾を出現させ、横薙ぎの一撃を防御。続いて右手が縦斬りを繰り出したのだろう。もう一度衝撃がやって来て、最後に一つ、特大の反動があった。恐らくは、二本の刀をクロスさせた強烈な斬撃だ。勢いに負けて後退りしそうになるが、防御をしているからには下がったら負けだ。なんとか力負けすることなく、態勢を立て直す。

「ど、どうだ?」

「良い判断でした。攻撃が来るな、と思ったタイミングで防御をしてもらえないと、盾がきちんと現れきる前に私の刀の方が届いていたでしょう。小さな盾であれば、相手が二刀流であったりする場合、どちらから攻撃が来るのかを予測する必要が出て来ますが、その大きな盾であればその心配はありません。後は断続的な衝撃に耐えていただかないといけませんね。それでは、また行きます」

 さささっ、と説明を終えると、もう次の瞬間には刀を構えている。やっぱり、セラもそういうタイプかっ。

 右手の刀が振り上げられる予備動作、そのタイミングで盾を構え、それでやっと余裕を持って防御出来る。そこから左、右、また左、右、と怒濤のラッシュ攻撃が襲いかかる。どれもあのか細い腕のセラが、決して大きく立派ではない刀で行っている連撃なのに、体感の破壊力はディアの巨斧の一撃にも匹敵する。つまりディアは、セラの攻撃の重みを基準にして力を加減していたのか。と言うことは、あの斧はまだこれの数倍の威力が出ると考えられる。……なんとも恐ろしいな。

 力を込め、なるべく押されないように、盾を持っていかれないように踏ん張るが、左右からの連続攻撃は俺の握力ごと盾を削り取っていくようで、耐え忍ぶは決して楽なことじゃない。これだけ大きな盾なのに重量自体は軽いのだからそれもそうだ。重心をぶれないようにするには、俺が腕を上げるしかないないのだろう。

「お兄様。出来るのなら、攻撃の来る方向に盾を向けてください。それだけでかなり勢いは殺せます」

「あ、ああ!」

 元気よく返事をしたのは良いが、そう言われて簡単に出来るのなら、特訓は一日で終わっているだろう。なんとかそれっぽく手を動かしてみるが、衝撃に負けて流され、動きがぐだぐだになって来る。練習のために少しでも力を弱めてくれれば良いのに……なんてのは甘えだな。この姉妹による特訓に、甘えという言葉は存在していない。

 しばらく翻弄され続け、やっと容赦なく繰り返される斬撃が止んだかと思うと、すっかりセラも肩で息をしていた。盾を消して近寄ってみると、汗もびっしょりで、相当疲れているのがわかる。

「少し、休憩をいただいてもよろしいですか?」

「もちろん……と言うか、俺も正直限界だ。水分でも補給したい」

「ふふっ、そうですね」

 考えてもみれば、ディアの時は俺に合わせて力を加減して攻撃してくれていたが、セラは俺に防御の感覚を覚えさせるため、速度こそ落としているが力いっぱいの攻撃を、休みなくし続けてくれている。その運動量は、ただ盾を構えて防御しているだけの俺とは比較にならないし、さぞ疲れることだろう。それに、そもそもの運動神経もディアの方が優っていて、セラはあまり得意ではないみたいだ。

「セラ、もうディアに交代した方が良いんじゃないか?相当辛そうだけど……」

「いえ、まだ大丈夫です。お兄様に一日中慣れないことを頑張ってもらっているのですから、私もこれぐらいの苦労はしないと」

「でもな……俺としては、セラに体を壊される方が嫌だし、明日からは普通に店もあるだろ?お客さんも疲れて来るんだし、店員まで疲れてる訳にはいかないと思うんだけどな」

 稽古を付けてもらうことを快諾したのは俺の方だが、さすがにセラの消耗っぷりが目に余ったので少し強めの言葉を使う。まるで服を着たままシャワーを浴びたようにブラウスは濡れているし……濡れている?

 そう、セラの着ている白いブラウスはぐっしょりと濡れていて、爽やかな水色の下着が服の上からでも見えるような惨状だった。同性同士ならともかく、俺のような女きょうだいもいない男には、あまりに刺激的過ぎる光景がそこに広がっている。たとえそれが、胸の膨らみの慎ましやかなセラのものであったとしても、

「……わかりました。では、ディアちゃんに代わってもらって、しばらく休ませてもらいます」

「お、おお。それで良い。それが良い」

「お兄様?あの、私は顔もまともに合わせてもらえないほど、お兄様に深く心配をおかけしてしまったのでしょうか。もしそうでしたら、本当にごめんなさい。はりきり過ぎてしまうと、つい周りの人のことを考えられなくなってしまいがちで……」

「い、いや。怒ってる訳じゃないんだ。その、なんだ。セラはちょっと、無防備過ぎるのかもしれないな。ちょっとその辺りは気を付けた良いと思うぞ」

「無防備、ですか?これでも特に背後は警戒していて、誰にも後ろを取らせることは許したことがないつもりなのですが」

「なんと言うかな……懐がお留守、みたいな?」

 ――ああ、セラは本当に無防備だ。無防備過ぎる。ここまで俺に言わせるなんてなっ。

「ふとこ、ふぁぁ!?あ、あぅ、ぁぁ…………」

 律儀にも俺の忠告通り、目線を自分の胸元へと落としたセラは、素っ頓狂な声を上げて、それから逃げ出すでもなく胸元を隠すでもなく、ただただ呆然として口をぱくぱくさせる。……ああ、なんて無防備なんだろう。ここまで無防備だと、逆に全て計算しているのではないかとすら思えてしまう。セラが完全に天然でやっていることなのは、何よりもその情けない反応が証明しているが。

「こ、こんなはしたない……お、お兄様。見て、しまいましたか?」

「そ、それは――」

 正直に答えるか、セラのことを思って、優しい(と暫定的に思われる)嘘をつくか。

 出来ればセラにこれ以上のショックを与えたくないところだが、俺は既に自分でそのことを指摘してしまっている。つまり、セラの……ブラジャーを見ているからこその行動を取った後であり、ここで見ていないと言っては、矛盾が生じてしまう。セラは冷静さを欠いてこんな質問をしてしまったんだろうけど。

「見たけど、一瞬だけだ。色もよくわかってない」

 ここだけは少しだけ嘘を混ぜておいた。水色のシンプルだが高級感のある下着は、まだ俺のまぶたの裏に住んでいるのが本当なのに。

「そう、ですか……良かったです。お兄様は、やっぱり紳士的な方ですね。あの、これは私の勝手なイメージかもしれませんが、男性の方は一般的にはこのようなシチュエーションに出くわすと、しげしげと見つめてしまうもの、だと思っていましたので」

「飢えている連中は、そうかもしれないな。でも、俺はそういうのは、嬉しいとかより恥ずかしいって気持ちが先に出てくるし、セラは他人じゃないだろ?身内の恥ずかしい姿を盗み見るなんて、俺はそんなこと趣味に出来ない」

「はぁー……さすがです、お兄様。高潔な意思を持たれていて……」

「い、いや。そんな感激されるほど俺は立派な人間じゃないから。それを言ったら、セラ達の方が自立もしてるし、ずっと立派だと俺は思うよ。武器の扱いもそうだし、とてもじゃないけと俺の一個下なんて思えない」

「それは、経営者として、狩人として必要なことでしたから――は、ぅぅ……お兄様、意図的に私を恥ずかしがらせていません?もう私、顔が真っ赤で……」

「そ、そんなことはないぞ?いや、確かに照れてるセラは可愛いし――って、こんなことが言いたいんじゃなくて、だな!」

 ああもう、セラが変なことになってるから、俺まで釣られてどっかのナンパな奴みたいな台詞を吐いてしまった。なんかもう、色々とすまない、セラ。

「あ、あぅぅ…………ディ、ディアちゃん!私はちょっと頭を冷やして来ますので、お兄様の休憩が終わり次第、ディアちゃんがお相手をしてさしあげてくださいっ」

 とうとうセラは顔から火を吹きながら、体育館の隅っこへと走り去ってしまった。が、その途中で何につまずくでもなしに転び、見事なヘッドスライディングを決める……って、大丈夫なのか、あれ。

「セラ!」

「す、すとーっぷ!リトルウェイッ!halt!お兄ちゃんはお願いだから休憩しといて。あたしが行くから」

「え?あ、ああ」

 すぐにディアが助け起こしに行くのを遠巻きに見ながら、用意されていたスポーツドリンクを流し込む。失われていた水分と塩分が回復していくのがはっきりとわかる……ような気がする。

 しかし、セラ――痛がってたみたいだし、あれはどう考えてもわざとじゃないよな。床は特に濡れている訳でも、何か足をひっかける物があった訳でもないのに、ただ全力で走っていただけで転んだ。もしかして、セラは俺の想像以上に天然で、何もないところですてーん、と模範的なずっこけっぷりを見せるような女の子、なのか……?

 よくわからないが、セラが俺の見ている方向とは逆に逃げてくれて、本当に良かった。……上ばかりか、下まで見ることになっていたかもしれないからな。

「さて、と。じゃあ改めて始めよっか、お兄ちゃん」

「セラはもう大丈夫なのか?」

「うん。こけ慣れてるからね。派手に転んだように見えて、ちゃんと受身は取ってるからどこも怪我はないよ」

「それなら良かった」

 思いっきり鼻を打っていたように見えたが、さすがはセラ、と言ったところだろうか。……しかし、こけ慣れている、だって?

「あー、言っちゃったっ。でもまあ、あたし達とお兄ちゃんは浅からぬ付き合いになる訳だし、隠しても絶対バレるから、もう話しても良いよね。なんとなくわかってるとは思うけど、セラちゃんってたまに何もないトコでこけるんだよね。もちろん、常日頃からドジとかじゃなくて、あたしの方がよっぽどドジなんだけど、普段しっかりしてるから、たまに気が緩む、って言うのかな。あんな風にこけることがたまーに、よくあるの」

「なるほど……多いのか少ないのかよくわからないが、なんとなくわかる」

「量で言うと、まあ多い方、かな。月に二、三回のペースで」

「結構だな、それは……」

 あのセラが、その頻度で転ぶのか。……どうも想像出来ないと同時に、今までとは違った愛らしさを感じるな。無理している反動がそういう形出ているのなら、笑ってもいられないんだが。

「ま、それは昔から変わらないことだから気にしないで。小さい頃からあたしがよく助け起こして、セラちゃんはその度に泣いちゃってたっけ」

 ……すぐに俺の憶測は否定された。この件に関しては、完全にセラが抜けているというだけなんだな。

「よし、そういうことならもう休憩は十分だ。始めよう」

「えへへー、あたしの重量級の一撃、お兄ちゃんに受け止め切れるかな?」

「も、もちろん、多少は手加減してくれるんだよな?セラのでいっぱいいっぱいだったんだし、それと同じか、ちょっと強いぐらいは許せるが――」

「当然、全力全開!お兄ちゃん、あたし達が戦う相手は、すっごく大きいオオカミとか、でっかいクマの姿をしていたりするんだよ?人間の力でそれを再現するには、あたしみたいに斧を使わないといけないんだから」

「いや、でもな、俺はまだ一日目だし、さすがに全力のディアの攻撃を受ける訳には……」

「男は度胸!女も度胸!ぶつくさ言わずに、黙って防ぐ!」

 スパルタだ……。他に表現する言葉が見つからないし、そもそも存在もしない、完全なるスパルタだ。ゆとり教育なんて言葉は過去の物、か。持ち上げられる斧に反応し、すぐに盾を出現させた。

 セラに速さで劣るディアの斧による攻撃だが、威力ははっきり言って比べ物にならない。午前中と同じく、それほど武器の振りは大きくないのに、重斧の一撃は受け止めた盾をそのまま弾き飛ばさん勢いで、セラ相手にならなんとか踏み止まれた俺も、大きくノックバックさせられる。

 そして、そこから立て直す暇も与えられず、次の一撃が迫る。盾を一度消して落ち着きたいところなのに、それを許してくれない辺り、実戦の厳しさを文字通り体に叩き込んでくれようとしているのだろう。正直かなり辛いが、だからこそ成長になるのだろう。

 押し込まれそうになるところを、なんとか盾を引っ込めて身軽になってから前進し、相手の武器の小回りが利きづらいことを活かして戦いづらい位置取りをする。先に自分の武器の特徴も完全に把握しているから、似通った性能を持つ斧を操るディアの対策も立てやすく、自分が思った通りに動けている……気がする。

 防御を繰り返す内に、セラが言っていた衝撃の相殺のやり方もわかって来た。きちんと方向を合わせ、自分から相手の攻撃を押し返すことを意識する。そうすればもう吹き飛ばされることもなく、少なくとも雰囲気だけは互角の戦いを繰り広げているようだ。

「うん、いい感じ。武器の扱いもそうだったけど、お兄ちゃんやっぱりセンスあるよ。こう、武士の血とかも引いちゃってるからなんだろうね。ところで武士って言えば、『幕末英雄烈伝 ~ もう一つの奇兵隊』が名作として名高いよね」

「お、そのタイトルは知ってるな。有名な漫画だったか」

「そうそう。アニメ化、小説化とした後、実写映画化の話も持ち上がったみたいだけど、それはしなくて正解だったとあたしは思うね。もちろん時代劇は海外でもすっごく受けが良いんだけど、あの作品はアニメでの表現が一番だもん。下手に特撮とか入れて実写化しちゃうと、作品の味が失われてたと思う。あ、ちなみにあたしが好きな時代劇って言うと、真っ先に上がるのは坂本龍馬を主人公にした……」

 休憩がてらに、なぜかディアの好きな時代劇の話をすることになり、この話題には俺も結構ついて行けた。親が割と時代劇を見る人なので、俺もその影響を受けてそれなりには見ている。まさか、こんなところでコアな趣味を持つディアと対等に話せるとは。

「とまあ、あたしも実は、時代劇については能動的に見たんじゃなくて、セラちゃんに紹介されたところが大きいんだよね。だから漫画とかに比べると理解度はいまいちなの」

「セラが日本趣味とは聞いていたけど、時代劇とかも見るのか」

「むしろ、その影響をばりばりに受けた結果が、刀を使うというスタイルなんじゃないかな。二刀流なのはほら、宮本武蔵の影響って前に言ってたし」

「そ、そんな単純なのか?そこはほら、二刀流なら片方の刀を盾に出来るし、戦術が広がるとか……」

「セラちゃん、ミーハーなあたしに比べると中々心揺るがされないタイプなんだけど、一度はまっちゃうとすごく入れ込んじゃうからね……単純に二刀流に憧れちゃったんだと思うよ。姉妹で役割分担もちゃんと出来てるから、結果的にはそれで良かったしね」

 なんとまあ、想像以上に簡単な理由だった。こうなると、ディアがなぜ斧を使っているのかも気になったが、それはまた今度だな。十分休憩はしたし、陽が暮れるまでラストスパートといこう。

「じゃ、もう一頑張りしますか。今度はお兄ちゃん、何も防御にこだわらなくて良いよ。朝やったみたいに武器で受け止めても良いし、攻めて来てくれても良い。今日一日の総まとめ、って感じだね」

「わかった。……一応訊くけど、手加減はやっぱりなしなんだよな」

「うーん、どうしよ。じゃあ、剣で受け止めきれるように手加減してる時と、しっかり防御しないと弾かれちゃうような時、両方を織り交ぜてみるよ。モーションとかで判断して、最適な対処をしてみて」

 いきなり難易度が跳ね上がったが、それでこそ最後で相応しいというものだ。大きめに振りかぶられた一撃をしっかりと防御して、出方を伺う。しばらくは重い攻撃が続くので防戦一方に徹し、勢いが止んだ辺りで一度盾ではなく、剣を出現させる。受けきれないと判断した攻撃は思い切って大きめに避けて、比較的力の抜かれた攻撃はきっちりと受け止め、そのまま反撃。これもまた斧に止められ、返しの攻撃は重い。咄嗟の判断で盾を出して、わざと押し退けられることで距離を取り、再び剣を出すチャンスを得た。

 今度は俺から攻めて、返され、また剣を振るう。鈍重な見た目に反して軽やかに振るわれる斧は剣でいなし、叩き付けられる強力な攻撃は回避。空気ごと切り裂くような一撃は盾で防いで……完全にディアと戦う時のパターンが出来上がっているのを感じる。

 意図的に読みやすい攻撃をしてくれているのかもしれないが、この分なら一本取れるかもしれない。自信を持ちながらも油断しないで盾を構え、すくい上げるような攻撃をしのいで、すぐに剣で応戦した。

「お兄ちゃん、良いよ。Wunderbar!惚れ惚れしちゃうほど格好良くて、素敵」

「褒めてもらえるのは嬉しいけど、出来ればそれは一本取ってからにしてくれないか?」

「あはは、そうだね。でもあたしも、結構本気でやってる手前、負けちゃうってのは悔しいからダメかな。もうしばらくの間は、あたしが先生でいたいもん」

「先生なら、ちょっとぐらいは生徒を甘やかしてくれても良いんじゃないか」

「残念。ゆとり教育は終了しました!」

 不意打ちのような大振りの斧の一撃。

 慌てずにきちんと避け、すかさず反撃に繋ぐ。もう完全にディアの間合いも覚えた。自分の剣を振るうタイミングもわかったし、後はこれが相手を替えても同じことが出来るかだ。それに、自分のするべき動き方はわかっていても、攻撃に通すにはまだ先読みの力も、俺自身の技量も足りていなさ過ぎる。

 それを無理矢理に通すなら、相手の意表を突くか、ひたすら堅実に守って、相手がバランスを崩すだとか、決定的な隙を見せるのを待つしかない。ただ、後者は俺の方が先にミスすることだろう。いくら盾で広範囲を防御出来ても、力でも技量でも劣っている相手だ。いつか防御を切り崩されてしまう。

 だからと言って、ディアの予想を超えるような突飛な攻め方なんて、俺にはとても思い付かない。むしろ奇策を立てることはディアの方がよほど得意な気がする。今は訓練だからこそ素直な攻め方をしてくれているが、ただ斧を振るうだけがディアの戦闘スタイルとは思えない。もっとトリッキーな小業や絡め手を駆使して来てもおかしくはないだろう。

 結局、俺は馬鹿の一つ覚えのように攻撃を防ぐことしか出来ず、遂には防御の手が緩み、勢いに負けて思い切り尻餅を突いてしまった。いくら盾が広い範囲をカバーしてくれるとはいえ、倒れてしまえば隙だらけだ。素早く後ろを取られ、首元に斧が寸止めされる。もしもディアの斧が人も斬れるものなら、俺の首と体は泣き別れをしているところだ。

「とまあ、大人気なくあたしの勝ちー!でもお兄ちゃん、本当に良くなったよ。今日一日、お疲れ様」

「ディアこそ、ほとんど一日中付き合ってくれてありがとうな。一日も早く、同じところに並べるように努力するよ」

「いえいえ。どういたしまして。――セラちゃん!もう今日はこの辺で終わりにしちゃって良いよねー?あたしもなんだかんだで疲れちゃったよ」

「ええ。本格的に陽が暮れる前に帰りましょう。それではお兄様、本当にお疲れ様でした」

「セラもありがとう。昼ご飯もケーキも。ごちそうさま」

 もうすっかり回復したセラと一緒に体育館の片付けをして、朝からぶっ通しだった訓練も遂に終わる。

 間違いなく明日は筋肉痛になるだろうが、今まで一番濃厚な一日だったのでは、と思うぐらい体を動かし、その他にも色々と普通は味わえない出来事を経験した気がする。

 さすがにこれが毎日続いたら、すぐにでも体をぶっ壊してしまうに違いないけど、週一ならこういうのも良いかもしれないな。やっと、部活に打ち込み、青春をスポーツに費やす学生の気持ちがわかった、ような気がする。

 

 

 

 今日は一日中、お兄ちゃんのお稽古。

 暑いし家でアニメとか見てる方が楽だけど、久し振りにしっかり体を動かして、美味しいトルテも食べれて満足満足。

 それにしてもお兄ちゃん、あたしからすると本当に素人には見えないんだよね。資質を持っているからには、ある程度やってくれると思ってたけど、一ヶ月とかそこらで完成しそうなぐらい。そしたら、本格的にあたし達の役目を果たさないとね。いつまでもお父さんに無理させられない。

 ところで今日のセラちゃん、なんかこう、甘酸っぱかったなー。今までずっとお姉ちゃんとして頑張って来たんだから、お兄ちゃんにもっと甘えて、妹の気分を味わって欲しいな。

 でもそれだと、今度はお兄ちゃんが疲れちゃうか。一人っ子って話だったし。

 さて、明日からはまたお仕事。お兄ちゃんとまた会えるのは木曜日になるけど、それまでしっかり働かなくちゃ。

 今日は眠くなるまでゲームして寝よっと。久し振りにあれだけ斧振り回したから、興奮して全然寝れそうにないんだよね。

 

 六月十七日 日曜日


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択