私の名前はミラ=マクスウェル。精霊の主だ。私はこの身体が幼い頃より四大と共に黒匣を壊し続けてきた。黒匣とは、ここリーゼ・マクシアの外——エレンピオスという世界で蔓延っている機械である。
黒匣は霊力野を持たないエレンピオス人が力を得る為に作ったものであるが、黒匣を使うと微精霊たちが死んでしまう為、私は黒匣とそれをエレンピオスから持ち込んだアルクノアという組織とこれまで戦ってきたのだ。
黒匣とアルクノアからリーゼ・マクシアを守ることが、私の為さなければならない使命だ。そう、私はマクスウェルなのだから。
———本当に?
少しずつだが、感じていた違和感。
私の姉を名乗るミュゼに相談しても気のせいだと言われてしまった。
「忘れないで。ミラ、あなたはマクスウェルなのよ」
別れ際にミュゼから言われた言葉がぐるぐると頭の中で何度も再生される。それがどんどん違和感を伴うと、それはやがて不安という気持ちに形を変える。
私は、マクスウェルではないのか?
マクスウェルは精霊の主。精霊と人間を守る存在。故に死んではならない。だが、私は使命の為には命を投げ出すつもりでさえいる。何故だ?
私は、ミラ=マクスウェル。私は私だ。ジュードもイバルも、ニ・アケリアの皆も、四大さえも、私がマクスウェルだということを疑わない。なのに、私が疑っている。私だけが、疑っている。
「ミラ!!」
突然のジュードの叫びに我に返ると、私は突き飛ばされた。見ると、側でジュードが膝をつき肩を押さえている。肩には大きな傷ができていた。
「ジュード!」
レイアが慌てて隙だらけになったジュードのフォローに回る。ジュードはジランドの銃から私を庇ってくれたのだ。
旅客船ジルニトラ。私たちはガイアスたちと共にクルスニクの槍を止める為、乗り込んでいた。そして、元ラ・シュガル参謀副長であるジランドと、源霊匣セルシウスと対峙していた。
「大丈夫、ミラ?」
冷や汗をかきながら、たずねてくるジュードに私は
「すまない、油断した」
と極力平静を装い答えた。声の震えが、ジュードに伝わらないように願いながら。
私の動揺が、ジュードを傷つけてしまった。ともかく、今は、目の前の敵に集中しなければ。クルスニクの槍を破壊し、囚われた四大を解放する。私は頭を振り払い気持ちを切り替え、剣を構えるが
「きゃああっ!!」
突如、レイアの悲鳴が響いた。振り返ると、私は信じられないものを目にした。
レイアを庇い、ジュードの胸にセルシウスが放った氷の矢が突き立てられていたのだ。
「うそ・・・ジュード・・・・・ジュード!!」
エリーゼがすぐにジュードに駆け寄り回復術の詠唱を始める。レイアも唖然としていたが、涙を拭いてすぐに回復術の詠唱を始める。
私とローエンとアルヴィンでジュードたちを守るように隊列を組みなおす。
「おい、どうするんだよ。ミラ」
小声で尋ねるアルヴィンに
「今は二人に任せるしかない。私たちだけでやるぞ」
そう答えるが
「つっても、ちとこれはきついぜ」
珍しくアルヴィンの顔から余裕の色が消えていた。ローエンも厳しい表情を浮かべている。
「・・・・・・・・・・」
私がしっかりしていれば、ジュードも傷つくことはなかっただろう。私は酷く後悔した。
後ろからレイアの声が聞こえてくる。
「わ、私が、私が足を引っ張ったから・・・・ジュ、ジュード・・・・ごめん・・・ごめんね・・」
その言葉が更に私を苛んだ。
「レイア、しっかりしてください!」
「そうだぞ!そんなこと喋る暇があったら、さっさと詠唱しろー!」
後ろでエリーゼとティポがレイアを励ましている。
私はアルヴィンとローエンの前に立ち、剣を構えなおした。
「やるしかない!私は一人でも使命を果たす。その為に、私はここにいるのだからな」
私はマクスウェルだ。ジュードの前では、格好悪い真似などできない。
「私は、最後までおつきあいしますよ。ミラさん」
「・・・・俺もだ。もともと一人ででもジランドを殺るつもりだったんだ。今更尻尾巻いて逃げれるかよ」
二人が武器を構えなおしたその時だった。急に私たちの身体に強烈な負荷がかかった。これは、精霊術——?
「な、なんだこれは!?」
ジランド、セルシウスでさえも負荷に耐え切れず床を這うような姿勢になっている。
その場の誰もが動けなかった。負荷は次第に大きくなり、やがて床にひびが入るほどになった。目を開けると、視界に横たわるジュードの姿が入った。
「ジュ・・・・ド・・・・」
ぴくりとも動かない彼は、まるで眠っているようだった。
そして私は負荷に耐え切れず、そのまま気を失ってしまった。
目が覚めると、私は社の中へ戻っていた。私の側には四大がおり、私が目覚めるとひどく喜んでいた。
どうやら、クルスニクの槍から解放された四大たちが私を救いここへ連れて帰ってきたのだという。
「ジュードは・・・・皆はどうした?」
側に仲間の姿が見当たらず、尋ねると四大は顔を伏せた。そしてイフリートが答えてくれた。仲間たちは、ジルニトラと共に海に沈んだのだと。
それを聞いた瞬間、私の身体から力が抜けその場に崩れ落ちた。
「ミラ、僕たちも、必死でみんなを助けようとしたでし。でも・・・・・」
「私たちはマクスウェルを守る存在。あなたを守るだけで精一杯だったの」
ウンディーネが私の肩に手をかけてくるが、私はそれを振り払いとぼとぼと社の外へ出た。
外は雨が降っており、時折雷が鳴っていた。私は雨に打たれながら平原を歩いていた。
「・・・・・・・皆が、死んだ」
唇をかみ締め、目を瞑る。自分に対しての怒りが、仲間を失った事の悲しみが、ジュードを失ったことの喪失感が私の中を駆け巡っていた。
「風邪をひくわよ、ミラ」
不意に、後ろから声がした。
「・・・何故、あんな真似をした。ミュゼ」
「決まってるじゃない。黒匣を壊すため、クルスニクの槍を壊すためよ」
何を今更、といった感じでミュゼははき捨てる。
「何故皆を巻き添えにした?ほかに方法はあっただろう!」
「ミラ。私たちの使命は黒匣を壊し、アルクノアを殲滅することよ。失敗は許されない。あの場合、ああした方が確実に槍を壊せる。リーゼ・マクシアを守るには、必要な犠牲だったと思うけど」
「・・・・・・・・・私も、お前の言う必要な犠牲の中に含まれていたんじゃないのか?」
「・・・・・・・・・・・・ぷっ」
私が睨みつけると、ミュゼは堪えていた笑いを吐き出して
「大精霊である私が精霊の主であるあなたを殺すわけないじゃない。あなたには四大がいるもの、死ぬわけがないって思っていたわ」
「・・・・・・・・」
「ジュード達の犠牲を無駄にしない為にも、頑張りましょう。ミラ」
私が睨みつけるも、ミュゼは涼しい顔で受け流し、にっこりと笑うと空高く飛んでいってしまった。
しばらくは、自分とミュゼに対する怒りで気持ちが高ぶっていたが、しばらくすると無力感が私を襲った。使命が終わったわけではない。ただ、もう何もかもが終わってしまった。私にはそう感じられたのだ。
四大が迎えに来るまで、私はその場にうずくまっていた。
以前私がジュードに言った言葉。
本当に怖いのは死ではなく、使命を果たそうとする志が潰えること。まさに、この、今の私の状態がそれであると気づくのに、さして時間はかからなかった。
エレンピオス——トリグラフ中央駅
「ほう、これが列車、というものか。実に興味深い」
「えー?こんなのに興味持つのはルドガーとジュードくらいだよ。ミラまでオタクになっちゃ駄目だからね!」
「お、オタクって・・・・・・」
レイアの言葉にルドガーとジュードは顔を見合わせて苦笑した。
対するミラはホームからまじまじと列車を眺めている。それに習ってミュゼも後ろから眺めていたが、ふと列車のすぐ上の方へ飛んでいく。
「ちょっ、ミュゼ!何してるの!危ないよ!」
突然空へ飛び上がり列車の側をふわふわ漂うミュゼに、周りが騒然となっていたが彼女はさして気にしていないようだった。
「だってこの方がよく見えるんですもの。うふ」
楽しそうに言う彼女に、レイアは深くため息をついた。
「ガイアスからも、ミュゼに何か言ってよ〜」
我関せずといった風に佇んでいるガイアスにレイアは泣きつくが
「ああなったら誰にも止められん。気が済むまで待つことだな」
「えー」
肩を落とすレイアをよそに、アルヴィンがミラに話しかけた。
「それにしても、意外だな。あんたがこんなもんに興味を持つなんて。前は、実用性と機能美をそなえることがわからないってなこと言ってたのに」
「うむ。ジュードとルドガーがあまりにもこれの話ばかりするのでな。私も興味を持ってみた」
その一言に、皆の非難めいた視線がルドガーとジュードに集中する。
「ええっ!?僕たちのせいなの?」
矛先を向けられ驚くジュードを見て、ルドガーはひとつため息を落とした。
その時、ルドガーのGHSがタイミング良く鳴り、この時ばかりはヴェルに感謝した。
「分史対策室、ヴェルです。ユリウス元室長の足取りが掴めました。座標をお送りしますので、至急、指定の分史世界への侵入をお願いします」
相変わらずの事務的な口調でそれだけ言うと、いつもどおりにすぐに通信はきられてしまった。
「また、分史世界ですか?」
エリーゼの問いかけに、ルドガーはうなずいた。
「じゃ、ちゃっちゃと行ってきますか」
レイアの言葉に再びうなずくと、辺りは光に包まれた。
目を開けると、そこはルドガーにとっては見慣れない場所だった。
木造の質素な建物の中に、何かを祀るような台座がある。
「ここって、ミラの・・・・・」
「ああ、私の社だ。だが、これは・・・」
ミラはある違和感を感じ取っていた。確かに、分史世界なのだから全てが同じであるわけではないのだが、形容しようのない違和感が胸のどこかでひっかかった。
「とりあえず、まずは情報収集だよ。ここにユリウスさんがいるんでしょ?聞き込みあるのみ」
レイアの言葉に、ミラは軽く頭を振り払い
「ああ、そうだな。とりあえず、ニ・アケリアに行ってみよう」
ルドガー達が社から村へ下ると、村人たちの悲鳴が響いていた。村には村人たちの死体がうちすてられていた。皆、怯えた表情で事切れている。
「これは一体・・・・・・」
すると空を何者かの影が横切った。
「これはどういうことかしら?」
空からかけられた声はよく知るものの声だった。
「ミュゼ!?」
「分史世界のミュゼか?」
空を舞うミュゼはジュードを見下ろすととても面白そうに笑った。
「あなたたち、あの状況でよく助かったわね。ミラもきっと喜ぶでしょうね」
「ミュゼ、何がどうなっている?」
ガイアスが尋ねると、ミュゼはくすくすと笑い
「あら、あなたもいたのね。ちょうどいいわ。ここで全員まとめて始末してあげる」
ミュゼは言うが否や一同の真上に重力精霊術を展開させた。一同は四方へ飛び移り回避する。
「これってまさか・・・・・」
エリーゼが言うと、ローエンが頷いた。
「どうやら、ミラさんが死んでしまった後の分史世界の様ですね」
「まさか、ミュゼが時歪の因子なのか?」
アルヴィンの問いに、ルドガーは首を横に振った。
「そういえば、正史世界のミュゼはどうした?」
ガイアスの問いかけに、皆は辺りをきょろきょろと見渡すが、ミュゼの姿はどこにも見当たらない。
「まさか、あいつ分史世界についてきてないのか?」
「みんな、今は正史世界より分史世界のミュゼだよ。多分、このミュゼは断界殻を知ってしまった人間を殺そうとしているんだ。何とかしないと、僕たちが殺されちゃう」
「ジュードの言うとおりだ。まずはあいつをおとなしくさせよう」
毅然とした構えで前へ進みだすミラを見て、分史世界のミュゼは顔をしかめた。
「ミラ。何故、あなたがこんなところにいるの・・・・?」
「・・・・・・?」
しばらくミュゼは苦々しげにミラを見つめていたが、ふと天上を仰ぐと、何も言わずに飛び去ってしまった。
「あっちは・・・・・」
「ああ、社の方だな。行ってみよう」
ミラの言葉に一同は頷くと、元来た道を駆け出した。
同時刻。ミラの社にはミラとユリウスの姿があった。ユリウスは外殻を発動させており、地面にへたりこむミラに槍を突きつけていた。
「私は・・・・・私は・・・使命を・・・・・・」
ミラは虚ろな目で虚空を見つめていた。彼女を守るはずの四大は、すでにユリウスの手によって消滅させられた後だった。
目の前にいる男が持っているのは黒匣だ。黒匣を壊すのが自分の使命。精霊と人、世界を守るマクスウェルの使命。だが——
「・・・迷っているのか?」
目の前の男からかけられた言葉に、ミラは思わず顔を上げる。
「・・・・・・・・・・」
ユリウスはしばらくミラの顔を見つめていたが、ふっと息を吐くと
「これもまた、分史世界における悲劇か・・・・・」
ユリウスは槍を掲げようとしたが、背後に殺気を感じ取り素早くその場から飛びのいた。すると今まで彼がいた場所を精霊術が襲った。
「ミュゼ・・・・」
ミュゼはミラを守るような形でユリウスの前に立ちはだかった。
社ではミュゼとユリウスの壮絶な攻防が続いていた。ミラはその戦いを呆然と眺めていた。
その時、ミラの目には信じられないものが写る。
「・・・ジュー・・・ド?」
髪型と服装は違ったが、紛れもないジュードの姿だった。
ルドガーたちの目にはユリウスとミュゼの姿しか映っていなかったが、ジュードの目は地面にへたりこんでいるミラの姿に釘付けになった。自然とミラの視線も、分史世界の自分の姿へと移る。
分史世界のミラはジュードをまっすぐ見つめ、そして涙を流していた。
「・・・・・・・・」
そんな彼女の姿に、ジュードは言葉を失っていた。分史世界のミラはすぐに自分と同じ姿を見つけ驚いていたが、何かを訴えるようにじぃっとミラの目を見つめた。
ミラは分史世界の自分が言わんとしていることを感じ取ったようだった。
「ルドガー。彼女が時歪の因子だ」
ミラがルドガーにそう言うと、そこで初めて気づいたかのように皆驚いた。
「どうしてミラが・・・・?」
「ここは、ミラが死んだ後の分史世界じゃないのか?」
「・・・・・・・」
エリーゼとアルヴィンは驚き、レイアは反射的にジュードとミラを見た。
ルドガーは困惑した表情でミラを見つめると、ミラは迷うことなく頷いた。ルドガーは外殻を発動させ、分史世界のミラへ歩み寄った。
「ちょっと待って」
ジュードがルドガーの腕を引っ張った。
「ジュード・・・?」
「・・・・・・・」
困惑した表情でジュードを見つめるレイアに対し、ミラは黙ってジュードの行動を見守る。
分史世界のミラは信じられないものを見るような目でジュードを見つめ、必死に手を伸ばそうとしていた。
ジュードはまっすぐと彼女を見据えて
「ルドガー、本当にミラが、時歪の因子なの?」
振り返ることなく尋ねるジュードに、ルドガーは言葉を詰まらせたが
「・・・・・・・・ああ」
と返事を返した。
「・・・・・・そっか」
ジュードは彼女の元に近寄ると必死に伸ばしている手を掴もうとした。その時、彼女の背中から下腹を一本の槍が貫いた。
「・・・・ジュ・・・・ド・・・・・」
分史世界のミラは口から大量の血を流し、ジュードの手を掴むことなく倒れた。必死にジュードの姿をその目に焼き付けながら。
「・・・・・・・・・・・」
槍が時歪の因子を粉々に砕くと、世界が崩れ、反転した。
目を開けると、そこはトリグラフ中央駅だった。
ジュードは、掴めなかった自分の手を見つめて、そこに立ち尽くしていた。他の仲間は、そんなジュードにかける言葉が見当たらず、黙っているしかないようだった。
「ジュード・・・・」
ミラはジュードの前に立ち、彼の目から流れる涙を手で拭った。
「お前は、違う世界の私のために、泣いてくれるのか・・・・・」
「あれ・・・?何で、僕涙なんか・・・・・」
ジュードはあふれ出る涙を拭いながら笑っていた。
「・・・・・・・・」
レイアはそんなジュードを見つめていたが、パン、と両手を合わせると
「よし、ご飯行こう!」
と言った。
「・・・・は?」
ジュードは困惑した表情でレイアを見たが
「こういうときは、好きな食べ物をたくさん食べるに限る!さ、早く早く!」
「ちょっとレイア・・・・!!」
レイアはジュードの手を掴むと、強引に引きずっていく。
「・・・ったく、レイアらしいな。俺たちも早く行こうぜ」
アルヴィンはルドガーとミラの肩をポン、と叩くとレイア達を追っていってしまった。それに続いてエリーゼとローエンも歩き始める。
「すまなかったな、ルドガー。折角の兄の手がかりがなくなってしまった」
すまなそうに話すミラに、ルドガーは静かに首を横に振った。
「あら、皆こんなところにいたの。てっきり迷子になったのかと思ったわ」
どこに行っていたのか。ミュゼが呆れた顔でそう言ったが
(もー!やっと見つけた!!私をのけものにして皆でどこかに行っちゃうなんて酷いじゃない!!)
と内心では激昂していたのはルドガーしか知らないことである。
「さっさと行くぞ」
ガイアスが空気を読んだのか、ミュゼの手を掴み引っ張っていく
「ちょっと、一体何なの・・・・?(嫌!!しばらくミラと離れないんだから!!放しなさいよガイアス!!)」
「・・・・・・・・」
ミラは立ち止まり、ふとエレンピオスの空を仰いだ。
(・・・・一歩間違えば、私がああなっていた世界、か)
脳裏に、分史世界のミラの瞳が蘇る。あの一瞬で、あの世界で何が起こっていたのか、ミラにはわかってしまった。一度死を選んだミラだからこそ、わかってしまった。
「・・・・・ミラ?」
ルドガーの声に、ミラははっと我に返り
「・・・・すまない。さあ、行こう」
頭の中の思いを振り払い、ミラは仲間たちのもとへ向かって歩き出した。
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はじめまして。テイルズオブエクシリア2のパロディです。こちらに投稿させていただく初作品になります。エクシリア2のifのお話になります。ミラ視点から始まります。