No.517215

恋姫異聞録158

絶影さん

申し訳ありません、遅くなりました
やはり、この季節になるとどうしても時間が無くなります

次は早めに上げますので、みなさまお許し下さい><

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2012-12-10 22:27:02 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:7021   閲覧ユーザー数:5199

 

「ふむ、そういうことであったか。慧眼を臣下にしたのは、曹騰の力を借りず慧眼を守りたかったのだな」

 

「はい、子供の浅はかな考えで御座います。昭を自分の臣下にしてしまえば、いかにも霊帝様といえども強制的に

私の元から引き離すことは出来ません。それに、二度とおかしな真似を宦官たちにさせないためでもあります」

 

新城の宮に造られた和室では、赤壁前に勅を届けに来た時の約束を果たしにきたと訪れた劉弁がくつろいだ様子で座っていた

機会があれば話をするとの事であったのだが、大きな戦も近づいているということで、この機を逃せば話が聞けないと思ったのだろう

司隷から態々護衛とは言いづらいほどの少数の兵を引き連れ、新城へと現れた

 

勿論、聡明な彼女は、こんな理由だけで来たのではない。

陛下からの勝戦祝いの言葉を届けに来たということと、ついでに反董卓連合で、破壊された洛陽の井戸から雪蓮達、呉が手に入れていた

玉璽を受け取りにきたと言うのが主な名目だ。

 

「しかし、曹騰の携えし剣は慧眼の髪を使っていたとは、まるで干將、莫耶の宝剣だな」

 

「ええ、ですからきっと劉弁様から頂いた玄鉄剣に髪を混ぜる等と思いついたのでしょう」

 

「であるか、確かになかなかの武器。切れ味も鋭く、重さも玄鉄剣と変わらぬ。唯、何故か私には使えぬようだ」

 

劉弁の左手に控える春蘭は、静かに頭を下げる。劉弁の急な訪問であったが、華琳は嫌な顔ひとつせずに礼を尽くし、饗しの準備をするまで

春蘭が自分の剣である麟桜に興味をもった劉弁と手合わせをしていた。元々は自分の剣であった玄鉄剣が、薄紅色をその身に写すほどの剣に

いつの間にか変わっており、劉弁は早速手にしてみたがあまりの重さに持つことは出来なかった

 

不思議な剣に生まれ変わった事に興味を示した劉弁は、春蘭に相手をせよと命じたが、春蘭は一度断り

三度目で了解を得、手合わせをすれば手を抜いて戦った春蘭に遠慮はするなと命じていた

 

【・・・申し訳御座いません】

 

【解っている。だが、手を抜かれるのは我が身が傷つくより不名誉だ。武人として剣を構えてくれ】

 

相変わらず、その身に魚鱗甲を纏い、手には九環刀というとても皇室の人間とは思えぬその風体

そして武人のような心意気に春蘭は、再び頭を下げて今度は触れれば一瞬で燃え尽きてしまいそうな業火の殺気を放ち

一瞬で劉弁の九環刀を叩き斬ると、その鋭い切れ味と超重量の武器である麟桜をまるで羽のように軽やかに操る春蘭の技量に笑い、喜んでいた

 

「慧眼との兄妹のような絆は、曹騰が己の息子とし曹操が自分の臣下とした所から来ているのか」

 

「はい、臣下であれば誰にも手出しはさせません。私が彼を自分のモノにしたと言うだけの事ですが」

 

納得した劉弁は、右隣りで眼を伏せる華琳を見て、昔交流のあった曹騰を思い出す

髪の色も違う、体格など似てるとも言いがたい。だが、彼女の聡明さや万能な才、時に発する覇気は曹騰を彷彿とさせる

彼は美しい流れるような武の才を持っていた。だが、力が無い地力が無い、普通の兵と同じほどしか持ち合わせていなかった

それを補ったのが倚天の剣だ

 

そこまで考えた時、劉弁は一つの疑問にたどり着く。溢れる才能、洗練された精神、風格。この体格では力はあまり無いであろうという弱さ

まるで曹騰の子供か孫ではないか。夏侯家から曹家に引き取り孫としたが、これでは血がつながっていると言われても違和感がない

 

慧眼である昭は、その性格や独特の気迫、龍佐の眼など曹騰に酷似しているが、これは後から身につけたモノだ

性格は、環境によって作り上げられる。だとするならば、本質が同じ曹操は本当の子か孫なのではないかと

 

「時に曹操、おまえは本当は曹騰と血が繋がっているのでないか?」

 

「ご冗談を、我が祖父は確かに父と母、私を引き取ってくださいましたが」

 

「それも、お前達を護るためでは無いのか?」

 

「劉弁様、劉弁様も御存知の通り、我が祖父は宦官でございますれば、子を作るなど」

 

「・・・確かにそうであったな。年を考えても、宦官になった後の子など無理に決まっている」

 

あまりにも違和感がなく勘ぐってしまった劉弁であったが、確かに華琳の言うとおりだと首を振った

今言ったことは唯の戯れだ、気にしないでくれと言いながら侍女から運ばれた茶を一口上品に口をつける劉弁

茶を運んできた侍女は、ついつい彼女を横目で何度も見てしまう。帝の側にいる者としての珍しさもあるのだろうが

一番に侍女の眼を惹きつけて離さないのは、彼女の豪快な姿。皇室の者とは思えぬ姿

 

春蘭と手合わせを終えた後ということもあり、上半身の魚鱗甲を脱いで真っ白なタンクトップに身を包む姿

褐色の肌に映える服と、豪快でありながら上品さを損なわない彼女の仕草に惹きこまれてしまい

退室する際に大げさに振り返って頭を下げていた

 

「可愛らしい侍女を侍らせているな」

 

「お気に召しましたか?」

 

「ああ。所で、話は変わるが」

 

顔を少しだけ崩した劉弁は、急に鋭い瞳と厳しい顔を華琳に向けた

どうやら、新城に足を運んだのは昭の話や玉璽、麟桜のことだけでは無いようだ

 

「慧眼が劉備と戦っている最中、我が司隷を通る者が居た。詳細は解らぬが、敵であることは確かであろう」

 

劉弁の言葉に華琳は少しだけ伏せた瞳を開き、次に春蘭の隣に座る稟へと視線を移す

稟は、すでに思考に深く入り込んでいるようで、ゆっくり眼鏡を人差し指で直し顎を撫でる

 

「敵であることが確実とは、劉弁様は姿を見られたのですか?」

 

「まだ耳に入っていなかったか。姿は禁兵の者が見たと報告があった、方角は許昌からであったらしい」

 

「許昌から、となれば進入時も恐らくは司隷から」

 

ビキビキと血管を浮き上がらせる稟は、眉間に深い谷のような皺を寄せて華琳の隣に座る水鏡を睨みつけていた

水鏡はと言えば、そんな視線を真正面から受けているというのにもかかわらず、まるで他人ごとのように羽扇で優雅に仰いでいるだけ

 

「稟、敵は何を狙っている?」

 

「考えられる事は、鳳雛が傷つきながらも私が情報を書き換える前に動いたと言うこと。あの戦、蜀で名が上がらなかった将が二名

私に崩されながらも、微かな希望を捨てず我らが呉と戦い昭殿が劉備を抑えている間を狙い、泥の中で這いずりながら次の一手を打ち込んだ」

 

稟が言うには、鳳雛は自分との戦の後に直ぐに心を立て直し希望を失わず此方の想像を超えたとの事。

特有の禍々しい亀裂のような笑を浮かべる稟。よほど嬉しいのだろう、自分の想像を超えて行こうとする必死の敵の軍師

鳳凰の名を持つだけはある、直ぐに蘇ったか、相手にとって不足は無いとばかりに稟の瞳は歪む

 

「黄忠は隠密行動に向かない、ならば単独で趙雲を動かしたはず。扁風が蜀に寝返った事から、考えられるのは一つだけ

許昌にある昭殿の知識を収めし場所、天の知識の書庫でしょう。私達が気付いているように、寝返った扁風も昭殿が先の時代の知識を持つと

予想している、感じていると考えるのが妥当ですね」

 

ちらりと劉弁の方を見る稟に、劉弁はくつくつと笑いながら目を伏せた。先の時代だということを、聞かなかった事にすると言うことらしい

同じく、その意志を確認した華琳は、稟に視線を向けた

 

「稟、敵の軍師は普通なら信じられないようなその話、扁風の言葉を鵜呑みにしたというの?」

 

「先の戦、勝利には確かに私の知がありましたが、そこで彼女たちは見たはず。竜吐水に秋蘭様のお持ちになっている雷咆弓を

そして扁風から聞いているはず、水車の利用法や水路、あーち構造、さいふぉん式とやらの高低差を無視した水の引き上げ等

魏には、昭殿の知識が余すことなく広がっていますからね」

 

稟の説明に春蘭は唇を噛み締めた。全てを信じたならば、許昌の天の知の書庫を狙ったのは間違いない

中にある知は、敵にとって非常に有益なモノになるはずだと考える。ならば、是が非でも手に入れようと考えるはず

其れも、此方に気取られぬように、稟が此方に対しての情報を書き換える前に。そう考え鳳統は今の自分のように唇を噛み締めながら

心をたてなおしたはずだと春蘭は悟っていた

 

「天の知識の書庫だと言ったな。そこは警備を厳重にしてある、例え盗めたとしても書いてあるのは天の言葉、読めるはずが無い」

 

だが、認めたくない春蘭は馬鹿を言うなとばかりに隣の春蘭が首を振る

確かに、天の知識を書き込んだ竹簡を日記のようにして書き記し溜め込んでいた場所がある

それは、曹騰のもとに居た時から欠かさず続けてきた為、大量の竹簡が蓄積され普通の蔵では収まりが着かない

だからこそ、大きな書庫を作り兵が厳重に警備をしていた。中に入れるのも、華琳と春蘭、秋蘭に涼風

そして特別に昭の娘となった美羽のみ。誰も立ち入ることが出来無いはず

 

例え入ったとしても、竹簡は全て天の言葉で記されているため解読は困難なはずであるし、何が貴重な書物か解らないはず

 

「昭殿の性格から、貴重な知識は厳重に保管して居たのでは無いのですか?」

 

「あ、ああ。世にだしてはならない知識は、鍵を幾つもかけた鉄の宝物箱に入っている」

 

「それが裏目に出ましたね、重要な文献の在処が分かりやすい。趙雲なら貴重なものだけを全て盗むはず。どの対処をして良いのか

コチラを混乱させるために。一体いくつ役に立つモノがあるのかわかりませんが、全てを対応するのは難しい。彼女らしいですね」

 

「知っているのか?」

 

「趙雲とは、少々面識がありまして」

 

知っているにしても。あまりにも自信のある言葉に春蘭は恐々としてしまう

まるで見てきたかのように言うのだ、稟の知は一体何処まで見えているのかもはや恐ろしさしか感じない

 

「少し前に、劉備に合わせて鳳統が新城に潜り込んでいた。その時、水鏡先生こうおっしゃいました。何かを見て何を感じたか分からない

つまりは、何かを確かめるために、何かを見るために此方に入り込んできたと考えるのが一番理に適っている。となれば、すでに解読は

済んでいると考えるのが妥当。何より、文字に強い扁風がいるのです。怪我で倒れたとはいえ彼女が竹簡に残した知識がある

鳳雛と伏龍と呼ばれる天才がいる。ならば、容易にこなして見せるでしょう」

 

「何かとは天の知識か!?」

 

「ええ、どのような知識を盗み何を確かめたのかはわかりませんが、厄介なことには変わりませんね」

 

「一体何を、兵を送って書庫を検めさせたほうが良いな」

 

焦りの色を伺わせる春蘭は、稟にすぐさま兵を送ろうと提案するが、稟は首を振る

 

「今から行ったとしても、全てを盗まれているならば無駄足でしょう。ならば、昭殿から大体の話を聞いたほうが良い。

昭殿ならば対策も知識としてあるでしょうからね」

 

華琳様は、禁じられた知識についてどのくらいご存知でしょうかと稟は、少々口元の亀裂を抑えて聞く

まるで、華琳が自分の想像と遜色ないのかを確かめるかのように

 

「知らないわ。駄目ね、読むことは出来ないだろうけど兵に紛れ込まれ更に知識を盗まれることを避けられるかどうか」

 

「なるほど、読むことを拒んだのですね。実に華琳様らしい」

 

蓄積された天の知識、彼の天での生活そのものを見ることは特に抵抗は無かったが、華琳は兵器や歴史については一切見ることをしなかった

兵器に関しては、昭が記すことは記したのだがいつの日か役に立つだろうが戦が続くこの世に出せば絶対に悪用されると厳重に封をされていた

記されたのは兵器と呼ばれるものだが、平和な世では違う使い方ができる物ばかりだからだ。それには華琳も納得をしていた

歴史については、歴史そのものを知りそれに頼り世を平定しても脆く、触れば直ぐに崩れてしまうような国しか作れないと考えていた

 

「早すぎる知を使えば、死人が増えるとお考えなのですね。今後の歴史にも大きく影響を与えるはず。我らが不用意に使えば

必ず真似をするものが出る。知識を流出させる者が出る」

 

「ならば、我らは其れを無駄にせぬためにも、敵を必ず打ち滅ぼす。華琳様の優しき御心を無駄せぬぞ稟」

 

華琳の心根を知った二人は、炎をあわせ相乗するかのように気合を漲らせていく

水鏡は、其れを見ながら楽しげに稟の予想を鳳雛に照らし合わせながらゆらゆらと羽扇を仰いでいた

 

「助かりました、劉弁様」

 

「力になれたようで良かった。私も、協様もお前達に期待している。漢を頼んだ」

 

話が纏まったかと、魚鱗甲を再び着こむと巨大な棹刀を手に隆弁は立ち上がる。そして、華琳と握手を交わしその場を後にした

 

「春蘭、昭を私の元に呼びなさい」

 

「御意」

 

「稟、特別に昭から天の知を聞くことを許すわ」

 

「は、承りました」

 

隆弁様を見送った後、直ぐに指示を飛ばす華琳の表情は険しく、余裕の無いものになっていたが

 

「王よ、既に時は動き出しています。天の知識一つで、貴女の作りし国は、軍は、容易く滅びるモノなのでしょうか?」

 

と跪く水鏡に妖艶な笑を向けられ我に返り、華琳は不敵な笑を返す

 

「何も問題は無いわ、例え敵が天の知識を使おうが、全てを噛み砕き討滅して見せよう」

 

眼光鋭く王者の風を纏う華琳に水鏡は、「好」と呟く。そう、今更何が襲いかかろうとも負けはせぬと華琳は蜀の方角を睨み胸を張った

 

 

 

 

その頃、武都では、趙雲が宮の一室。鳳統に割り当てられた部屋へと足を運んでいた

扉の前に立ち、戸に手をかければ中から鍵をかけてあるのであろう、重い手応えが趙雲の手に伝わり、趙雲は一呼吸おいて戸を軽く叩いた

 

「雛里、私だ、開けてくれぬか?」

 

「あわっ!は、はいっ!」

 

中から聞こえてくるのは鳳統の慌てた声。急に声を掛けられよほど驚いたのであろう、中からはガラガラと何かが崩れる音が聞こえ

ドタバタと何かを片付けるような音がきこえ、趙雲は中の様子を想像して意地悪な笑を浮かべていた

 

「お、お待たせしました」

 

「クックック。いや、急に訪ねて悪かった」

 

軽く眼を伏せる趙雲に、鳳統はそんなことは無いとブンブンと首を振って、慌てて片付け人が座れる場所を急いで作ったと解る部屋の中に

案内され、趙雲は素直に鳳統の進める場所へ、部屋中竹簡で埋め尽くされる中で一つだけ綺麗に用意された椅子に腰を下ろした

 

「私の手に入れたものは役に立ちそうか?」

 

「ええ、役に立つどころか次の戦は私達が圧勝しそうです」

 

「ほう、其れほどのものとはな。だとするなら、何故敵は其れを使わなかったのか」

 

「多分、文麟さまはコレを世に出したくなかったのでしょう。そして、戦には使いたくなかった」

 

「世に出したくないとは、よほど威力のあるものなのだな」

 

趙雲がそう言って眼を向けるのは、先程まで鳳統が見ていたであろう自分が手に入れて来た数々の竹簡

かさばる部屋の中で、一つだけ色の違う竹簡は乱雑に置かれた他の竹簡とは別に、しっかりと鳳統の手に握られていた

 

「はい、解読はまだ全部済んでいませんが、掻い摘んだ情報で試しに少しだけ作って見たところ、私でも岩を砕く事が出来ました」

 

「雛里が岩を砕く?それは興味深い技術だ。その竹簡に記された知識は、雛里の言う通り世に出すには少々早いモノのようだ」

 

「ですから、コレを作成するのは気心の許せる職人さんのみにした方が良いでしょう。多く作ることはできませんが」

 

「下手に技術が盗まれ、広まれば我らが容易く討たれると言うことか」

 

「諸刃の剣と言っても良い力です。文麒さまが世に出さないようにと使わなかったのがよく解ります」

 

手に握り締める竹簡を見ながら、雛里は帽子のつばを握りしめた。コレを手にした意味、そしてコレを世にだして使う責任を

想像しただけでも両肩が震える。手に滲む汗が止まらない。コレを使えば一体どれだけの人間が死んでいくのか

想像するだけでも口の中がカラカラに乾いていく。其れほどの威力を秘めたモノ。戦況を一気に塗り替える事が出来る代物

だからこそ、彼は使わなかったのだから

 

「フッ、心配は無用のようだ。そこまで心を決めているのだからな」

 

「えっ!?」

 

驚く鳳統だが、趙雲の眼に映るのは躯を震わせながらも、唇を噛み締め目の奥の光が輝きを増す鳳統の姿

責任に押しつぶされそうになりながら、強固な覚悟を主君の為に固めたその姿は、まるで死地に赴く武人のような光を持っていた

 

「後は、朱里が起き上がるのを待つだけだが・・・」

 

「大丈夫です。龍は、まだ寝ているだけ。私には解ります。次に起き上がる時は、全てを飲み込む大きなアギトを持つはずです」

 

心を完全に折られ、部屋で虚空を見つめ続ける友の復活を信じる鳳統を見ながら、趙雲はそうだなと頷き中庭から聞こえてくる剣戟に耳を傾けた

此れほどに逞しく、我らの心に答えようとする王になられたのだ、誰よりも近くで、ともに歩む軍師が立ち上がらぬはずは無いと

趙雲は鳳統の肩に優しく手を乗せ、鳳統は力強く頷いた

 

 

 

中庭で鳴り響く剣戟の音。ひたすらに激しく、鉄を叩きつける音が辺に響き渡る

ある時から、この音は宮に住む者達にとって日常的な音となっていた

 

「ハァッ!」

 

気合と共に、関羽の槍が上段から振り下ろされる。刃引きをしたとは言え、関羽の全力をもって振り下ろされる槍は、岩を容易くだいてしまう

のでは無いかと思わせるほどの音と勢いを持ち合わせていた

 

だが、対峙する劉備は無理矢理左剣で受け流しながら躯をねじ込ませ、右剣を関羽の喉元へと突き放つ

 

「むっ!?」

 

関羽は左腕を衝撃で震わせる劉備を横目に、流されながらも躯を更に前に倒して喉元へ迫る剣先を躱し、槍を跳ね上げ銅へと横薙ぎを放つ

 

「あぐっ・・・ぐ、ぐがああああああっ!!」

 

激しい痛みと衝撃が走る右脇腹にめり込む槍の柄を、劉備は脇を絞めて抑えこむと叫び声を上げながら左手の剣を手放し

関羽の首を鷲づかみにして左手のみで関羽の躯を前へと押し続けていく

 

「がはっ」

 

喉を圧迫され苦しそうな声を上げる関羽は、掴まれる手を振り払おうとするが、劉備は首に気を取られた関羽の足に自分の足を絡め

押し倒し、馬乗りになって握りしめた左拳を落とす。しかし、関羽も其れに対して額で拳を受け止めていたが

 

「シッ!」

 

小さく息を吐いたと同時に、劉備の右手にあった剣の切っ先が関羽の喉へと真っ直ぐに伸びていく

昔の彼女からは考えられぬだろう、殴り合いに絞殺、終いには馬乗りで首に剣を落とすこの光景を

 

己に力が無いことを知っているから、自覚しているから、綺麗に勝つことなど考えない。そんな暇があるのならば

敵に食らいつき、敵を倒す。そのことだけを頭に入れて動く。勝つことのみを見据えた、獣のような戦い方

 

「まだまだぁっ!!」

 

落ちてくる剣先を首を捻って躱した関羽は、劉備の腕を掴んで躯を弓なりに、ブリッジをするようにして浮かせると、劉備を突き放し

倒れこんだ劉備に槍を拾い上げ渾身の横薙ぎをお見舞いすれば、劉備は辛うじて残った一本の剣で受け

剣を折られながらも砂煙を上げながら、何回転も転がり地面に倒れ込んでいた

 

「私の勝ちですね。桃香様、ご無事ですか?」

 

「・・・」

 

「桃香様っ!!」

 

「・・・・・・」

 

地面に打ち捨てられたように仰向けで、返事もない劉備

関羽は、力を入れすぎてしまった、訓練で王に怪我どころか命まで奪ってしまったのではないかと

自分を責める言葉で心を埋め尽くし、慌てて駆けよれば

 

「うっ!!」

 

ピクリとも動かなかった劉備が急に眼を見開き、握りしめた地面の砂を関羽にめがけて投げつけた

 

「この、これしきでっ!!」

 

左腕で自分の眼を覆い、眼に向けて投げつけられた砂をやり過ごせば、今度は劉備の残された最後の一振りが関羽へと投げ飛ばされた

 

眼を覆い、視界を無くしていた関羽の目の前に急に現れた刃。手に残したはずの最後の武器を投げ飛ばす劉備の行動

予想などつかない、普通ならば関羽よりも力がない劉備が頼るべき最後の武器であるはず。手放すなどもってのほか

だが、劉備はそれを投げつけた。躊躇うこと無く、関羽を殺す気で己の頼るべき最後の力、最後の砦を自ら手放した

 

剣戟を予想していた関羽は、斬撃ならば躱すかそらす事が出来たであろう

だが、一直線に投げられた砂とほぼ同じ拍子で飛んでくる剣に、関羽は己の握り締める槍で振り払った

 

「あ・・・」

 

「あ゛」

 

関羽の呆けたような声、同じくして劉備の濁った喉の奥から出る声

次の瞬間、関羽は躯ごと飛び込んできた劉備に再び押し倒され、己の首にゆっくり沈み込んでくる劉備の牙に背筋を凍らせていた

 

両腕を抑えこまれ、全体重をかけて押さえつけ、まるで狼が捕食するかのような劉備の体勢に、関羽は一度だけ歯を噛み締めて

小さな声で訓練の終わりとなる言葉を口にした

 

「ま、参りました」

 

「・・・」

 

関羽の言葉に、劉備はゆっくり首筋から離れて立ち上がる

倒れた関羽の眼に映るのは、細く鋭くなった劉備の厳しく強い瞳。そして、頬に刻まれた劉備の鋼の魂

太陽を背に受ける劉備の姿は神々しくもあり、無言であるというのに威厳すら感じてしまう

まるで、太陽を背負っているかのような姿に関羽は肌が粟立ち、無意識に瞳が濡れるのを感じていた

 

「手を、有難う付き合ってくれて」

 

「はい、随分と形になって来ましたね」

 

ニッコリと、何時もの大きく柔らかい瞳に変わる劉備の差し出す手を、関羽は握りしめて躯を起き上がらせる

昔の劉備の姿を識る者に、今の劉備をみせたならばなんというだろう。あの、剣を握る姿でさえもたどたどしく

腰が全く入っていない、剣に振り回される王。だが、今はどうだ?剣を自由に使いこなす。其れも、自分にあった剣の使い方

長剣と脇差のような長さの剣を組み合わせた戦い方を編み出したどころか、彼女の性格である優しく柔らかい雰囲気だけではなく

厳しさと威厳まで持ち合わせた王へと変化しているのだ。きっと誰もが別人だと口をそろえて言うことだろう

 

「随分と形になってきた、というわけでは無かろう。愛紗が油断し過ぎておるだけだ。強者の驕りと言ったところだな」

 

「な!き、桔梗!何が言いたい!?」

 

「今の曹操と御館様のような戦いだと言うておるのだ。力量はどう見ても御屋形様の方が下。形になってきた等と言えぬな

儂に言わせれば、獣の戦い方よ。実に御館様らしい戦い方」

 

「私が曹操殿のようだと言いたいのか!」

 

「そうだ、何度も負けているのだろう?それでは稽古にならぬな」

 

新たな剣を持ち、現れたのは厳顔。彼女の指摘に関羽は顔を顰める。何故ならば、厳顔が言っている事は間違いではないからだ

主に対して向ける武器が、無意識に揺らいでいる。明らかに本気を出せば、一刀のもと叩き伏せられるであろうと考えているからだ

強者の驕りと言われれば、その通り。だからこそ、関羽はそれ以上反論することは出来無い

 

槍を握りしめ、顔を伏せてしまう関羽。その隣で、瞳を細くして厳顔を見詰める劉備

誰の眼にも解るほどに怒っている

 

「寝ていなさいと命じたはず」

 

「申し訳御座いません、御館様」

 

「私は桔梗さんを大切に思っている。だから、いうことを聞いて」

 

怒りを顕にする劉備に跪く厳顔。劉備はそんな厳顔にゆっくり近づき、優しく包むように抱きしめる

まるで己の躯の一部であるかのように、大切に大事に、愛おしむように厳顔の躯を抱きしめる劉備

 

「貴女が申し開きをしない事も知っている。私が聞かなければ、素直に罰を受ける。そんな事はさせないで」

 

「はい、蒲元の元へ剣を受け取りに行っておりました。愛紗、これは蒲元からだ」

 

抱きしめた腕を緩め、肩に手を置く劉備に厳顔は頭を下げ、蒲元から預かったもう一つの武器を関羽へと投げる

 

「こ、此れは偃月刀!」

 

巻かれた白い布を剥ぎ取れば、中から現れる木目のような紋様を見せる鋼

峰には龍があしらわれ、まるで龍のアギトのような偃月刀の刃は、薄っすらと蒼い色をその刃に映し込んでいた

 

「蒲元の作りしダマスカス鋼に、何処から手に入れたのか御館様の髪と鈴々の髪、そして愛紗の髪が混ぜられているようだ」

 

「ようやく出来たのね、愛紗ちゃんの為の偃月刀」

 

「む、御館様の指示でございましたか」

 

「ええ、神刀と同じ物をと願ったんだけど、創りだすのは出来無いと、其れに近いものが欲しいなら髪をと言われたの」

 

偃月刀を布から抜き出し、刃を日にかざせば、そこには先程の劉備のような輝きが映る

太陽の刃、白刃にうつる清き青の輝き、龍の咆哮のようなその刀身に関羽は身を震わせた。此れこそは己の武器

我が魂を乗せるに相応しい刃であると

 

「気に入ったようだな、だがその刃は儂の持つ桃厳狂とは違う。靭やかさは無く、強固で堅固な刃

まるで誰かを表しているかのようでは無いか?」

 

「・・・確かに、此れは私の心そのものだ。だが、此れですら夏侯惇殿の剣は受けられぬだろう」

 

「それほどか、夏侯惇の持つ剣とは」

 

「ああ、だが此れならば受け流し一撃を叩きこむことは可能だ。足りぬ部分は己の技と心で補おう」

 

眼の光に力が宿る関羽を見て厳顔は不敵に笑う。先ほどまでの雰囲気とはガラリと変わった研ぎ澄まされた刃のような殺気を放つ

そんな関羽を見て、劉備は立ち上がり腰の剣を抜き取る。刃引きをした稽古用の剣を投げ捨て、劉備の剣である靖王伝家を握りしめた

 

「次は本気で来なさい、此れは命令だよ・・・」

 

更には神刀に片手をかけて腰を落とす劉備は、靖王伝家の切っ先を殺気みなぎる関羽へと向けた

 

「愛紗、儂が見よう。奢る曹操であるならば付け入る隙は幾らでもあるだろうが、奴には夏侯昭がいる

隙の無い強者に勝つ術を、御館様は見つけねばならぬのだ」

 

「承知した。参りますよ桃香様」

 

一度だけ、劉備は厳顔を見る。部屋で休んでいろと。だが、厳顔は貴女が心配なのです、貴女が好きなのですとほほ笑み

劉備は諦めゆっくり瞳を閉じると、次に見開いた時には細く鋭く、関羽に負けぬ程の殺気を放ち始めた

 

瞬間、辺に響き渡る剣戟音。靖王伝家と新たな偃月刀、蒼龍偃月刀が激しく火花を散らし、劉備と関羽の叫び声がぶつかり合う

 

強烈な打ち込みに怯むこと無く劉備は降り注ぐ刃の雨に其の身を晒し、勝利を勝ち取ろうとする

己の臆病さ、己の弱さ、己の甘さを認め、それらを全て否定せず受け入れ乗り越えた時、心には揺らがぬ覚悟が生まれる

 

泥沼を、茨の道を、ためらわず前に踏み出し手を伸ばした者にのみ与えられる勇気

それこそが今の劉備。己で手に入れた強靭な心は、降り注ぐ刃の雨にすら足を前に進める

 

「人の強さとは、覚悟し乗り越えた時にのみ手に入る精神力、魂の力。御館様の魂には龍が宿っている。気を抜けば稽古でも死ぬぞ、愛紗よ」

 

厳顔の言葉が関羽に聞こえたかどうかは分からない、だが関羽の躯に力が漲る

目の前の王、劉備の姿は既に関羽にとって強大で侮れぬ敵、仮想夏侯昭なのだから、此処で負ければ戦ですら勝つことは出来無い

敵には力が無い等と驕るな、ただ無心で武器を振れ、余計な事を考える暇があるならば、一つでも多く武器を敵に叩きこめ

 

「愛紗もまた、驕りが消えたか。考える暇など無い、考えると言うことはそれだけ余裕があると言うこと。敵を殺すことだけを考く今の姿が

正しい姿よ」

 

二人の武器が交じり合う光景を眺めながら、厳顔はまるで遠い昔を思い浮かべ懐かしむうように二人の戦いを見守っていた

 

彼女の思い浮かべる昔とは、曹操とは別のもう一匹の龍、【劉備】が産み落とされた後の事

劉備が其の器に全てを収め始めたあの時の事。全てはあそこから、自分が劉備を真の主と認めた時から始まったのだ

 

 

遡るは、劉備が赤子を抱き上げ己の血を分け与えた時、定軍山の戦いが始まる直前

劉備がとある邑へと足を運んだ後、王を探していた兵からもたらされた言葉から始まる

 

「劉備様が見つかったそうです。現在、此方に向いかっているようで」

 

「そうか、ご苦労。様子は?」

 

「は、はぁ。それが、多くの民を連れて此方に向かっているようです」

 

兵からの報告を聞いた韓遂は口角に皺を寄せる

そして、徐に立ち上がると身仕舞いを正し、部屋の外へと足を進めた

 

「韓遂様、何方へ行かれるのですか?」

 

「劉備殿を迎えに、城門までだ。それと、涼州から持ってきた兵糧を全て出せ」

 

「は・・・す、全てですか?兵糧など一体、何に」

 

「返すのだよ、民から預かった物を」

 

兵に「行け」と一言いうと、韓遂はゆっくりと足を城門へと進める。城内は、行方が解らなくなっていた劉備の帰還に

ざわめいていたが、韓遂は慌ただしく王を迎える準備をする兵達を他所に、楽しそうに、まるで散歩にでもでるかの様に

城から中央の街道へと出ると真っ直ぐ城壁へと歩く

 

城の中では、劉備が帰ってきたということが皆に知れたのだろう。民でさえ口々に劉備の帰還を喜ぶ言葉ばかり

それだけで、いかに彼女が民に好かれているかと言うのが解る

 

「さて、皆は劉備殿の変化をどう感じるか。知恵はまだ与えていない、諸葛亮殿が今だ道を決められぬ劉備殿を思い

しなかったのだろう。道が決まれば民に知恵を与える。誇りを、己が戦う意味を強制的に持たせる為に」

 

城壁に着けば、既に諸葛亮が劉備を迎え入れる準備を、兵を集め、城壁で声を上げさせる

兵達は自分達の王の帰還に喜びの声をあげていたが、王の姿が見えると兵は一人ひとり、声をなくしていく

 

地平線の彼方に見えた王は、馬に乗っていたはずが馬に乗らず、赤子を抱いて、まるで幽鬼のような者達を引き連れて

城へと向かっていた。迎える歓喜の声は、次第に聞こえなくなり、聞こえてくるのは兵達のざわついた声

 

「あれはなんだ?」

 

「一体、何処に行ってきたんだ?」

 

「連れている奴らは誰だ?」

 

不安や、疑問を口にする兵士達に、諸葛亮も困惑する。見ただけで何が起こったのか解らない

王の変化は、王の道は一体どの様な道だったのか。ある程度は覚悟していた。だが、今、城に向かう劉備の姿は

諸葛亮の想像から外れた姿。諸葛亮には、やつれた民を癒すため、此方に直ぐに戻り対応を自分に命じるはずだと

命じられた時の為に、ある程度の糧食の開放や復興のための資金繰りを考えていたのだが、目の前に現れた劉備の姿は

劉備の引きつれる多くの民は、諸葛亮の想像には微塵も無かった

 

「ただいま、朱里ちゃん」

 

結局、目の前に来るまで、諸葛亮は何も声を発することが出来なかった。真っ直ぐ歩き、まるで登る朝日を小さな身体が

飲み込むかのような錯覚を起こしてしまう程、大きく感じる今の彼女に、諸葛亮は圧倒され何も言えず

唯、ごくりとつばを飲み込む事しか出来なかった

 

今までとは違う、強い瞳の色。濃く、深い藍色を持ち、揺らぐことのない太い柱を想像させる瞳に諸葛亮は膝まずき頭を深く下げた

 

「食料の開放を、できるだけ多くの食べ物を皆に。それと、直ぐに戦闘準備を、近隣の統治を優先します」

 

「は、賊の拠点は西に二つ、南に三つ。現在、確認がとれているのはそれだけです」

 

「では西から。準備ができ次第、直ぐに出る」

 

隣に立つ関羽は、劉備の命に偃月刀を握り締める。次にするべきことは決まった。己の力を振るうべき道も同時に決まったのだと

言わずとも解る。着いて来いといっているのだ、賊を討つ為に、自分の力が必要だと。ならば、我が力は王の望むままに振るおうと

 

「良い顔をされている」

 

「・・・」

 

城壁の前で、窶れて枯れ木の様な民達に囲まれる劉備の前に進みでたのは韓遂

礼を取り、強く輝く劉備の瞳を鋭い視線で見つめれば、劉備は平然と韓遂の鋭い視線を受け止める

 

「其れが貴女の道なのだな」

 

「お話、有難う御座いました。あの言葉は、私の原点を思い出させてくれた」

 

「礼は無用。俺は唯、貴女を非難したに過ぎない」

 

己の批判を聞く耳が無ければ、何を言っても無駄だと言う意味が篭もるその言葉に、劉備は頭を下げる

 

「我等が持ってきた兵糧を全て解放しよう。俺が客将のままで居るからか、古株の者たちは今だ蜀に入らぬ者が多い

その者達が兵糧を蓄えている。だが、もう必要はあるまい」

 

「えっ!あのっ!!それは蜀に入ると」

 

立ち上がり、驚きの表情を見せる諸葛亮に韓遂は手で制し、首を振る

兵は全て蜀に、だが俺は蜀に降るつもりはないとキッパリと拒否され、諸葛亮は顔を曇らせるが

劉備は、もう韓遂が自国の将になるかならないかなどどうでも良いのだろう。近くの兵に民への配給を急がせるよう指示し

関羽は数名の兵を引き連れ、城壁の中へと向かい武具と兵の用意を指示し始めた

 

その様子に韓遂は笑を見せ、同じように兵に民を並ばせ、医者も連れてくるように指示を始めた

 

「と、桃香さまっ!お戻りになられたのですね!怪我などしてはおりませんかっ!?」

 

食料の支給を指示する劉備の元へ現れたのは魏延。帰還に喜び、騎馬に乗り、城門へ駆けつけたというわけでも無いらしい

良く見れば服は砂埃が付着し、騎馬も長い距離を走ったのだろう。息が荒く、騎乗する魏延も肩で息をしていた

 

「私は大丈夫。それよりどうしたの?」

 

「は、報告します。翠と蒲公英、率いる涼州兵が定軍山へと向かいました。私と鈴々は止めるために追いかけたのですが

騎馬での移動は涼州兵に及ばず・・・」

 

「定軍山へ・・・敵討ち、というわけじゃない。一人でも怨みを晴らせれば、か」

 

「紫苑が途中まで一緒だったんですが、もう追いつけない、でも最悪の状況はどうにか避けて見せると一人で追い続けてます」

 

「朱里ちゃん」

 

報告に劉備は少しだけ思案し、諸葛亮の方へと振り向けば首を振る

大丈夫だと思う。二人だけではなく、黄忠も居るのだから。だが、諸葛亮の心はやはり首を振る

最悪の状況を考えれば、まだ未熟である馬超と馬岱、二人の手綱を黄忠が上手く操ったとしても、魏の兵に嗅ぎつけられれれば

ひとたまりもなく、今の状況では下手に助けに行けない。下手に助けに行き、此方が手酷くやられれば、魏はその牙を直ぐに

此方に向けてくるはずだ。少しでも弱みを見せれば必ず食らいついてくる。そんな事は出来無い

 

「全兵力を持って救いに行く。一人も死なせはしない。今、戦うのは間違ってる」

 

「しかし、全兵力を動かしては手隙の城に、呉の軍勢が来る可能性もあります。それに、下手に魏に動きを嗅ぎ付かれれば

今度は前回のような被害では」

 

「ならば、星さんを呼んで。愛紗ちゃんと星さん、途中で鈴々ちゃんと合流して、三人を連れて帰る」

 

援軍を出す事を同意出来無い諸葛亮は焦る。確かに、今は一人でも将を、兵を失うことは避けなければならない

だが、今の蜀は二つの勢力から狙われている。動く訳にはいかない、動けばやられる。魏ほどの大国が、多少隙を着かれたとしても

定軍山に兵を送る速度は驚く程早いはず。それに、幾ら呉との交渉を進めているとはいえ、手隙とわかれば小覇王は黙っていない

飢えた獣は、目の前にぶら下がる餌に何の遠慮も見せるわけがないのだ

 

どうする。合流したとしても上手く逃げるには騎馬を、殿に熟練の将を置かなければならない

少数で、此方に被害は少なく。紫苑さんは行ってしまったからダメだ、あとは桔梗さん。桔梗さんなら出来る

でも、騎馬を扱うとなれば話は違ってくる。恋さんは・・・ダメ、あの人はそんな器用な事は出来無い

零か一だ。皆殺しか殺さないか、ただそれだけ

 

悩み、口元に手を当てて、考えをめぐらし続ける諸葛亮。あらゆる策をめぐらし、最悪、自分が兵を引き連れることまで考えるが

どれも手詰まりになってしまう。近くの城を使い、空城の計も頭に入れてはみるが、そこに曹操を当てはめると

無駄な策となってしまう。前に反董卓連合軍で見せた戦術の才能、話に聞く涼州との戦で敵の意図を感じ取り、陣形を対応させた手腕

更には優秀な軍師まで向こうには揃っている。下手をすれば、この定軍山ですら既に罠を張って待っているのでは無いかと勘ぐってしまう

 

考えが行き詰まった諸葛亮は、弱きな懇願に似た表情をして、一瞬だけ韓遂に視線を送れば

韓遂の表情は即座に厳しく引き締まり、その身からはユラリと覇気が漏れ出す

 

気迫に怯えた諸葛亮は、身を震わせ、顔を蒼白に、直ぐに視線を逸らしてうつむいてしまう

 

軍師の決断を待っていた劉備であったが、考えが無いと解ると兵を呼び、出陣をすると告げようとした

 

「お待ちくださいっ!」

 

その時、一人の声が王の決断を止めた。その人物の姿は、誰一人想像出来るものではなかった

何故ならば、彼女は蜀の中でも最も盲目的に劉備に心酔する者であったのだから

 

 


 
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