「だからさ、神様ってのは或る意味、或る意味では小説家みたいなものじゃないかと僕は考える訳だ」
ソレは何の躊躇いも戸惑いも況して遠慮なんてモノは全く無いかの様に、淀みなく滅びなくそう云った。
それ迄独り芒と窓の外を見ていた私は、この男の全く唐突な物云いに正直な話少し面喰らった。
大体なんだ、なんの断りも無しにいきなり他人の部屋に侵入って来るなんて余りにも礼を欠く行動じゃないか、まったく酷いと思ったが、能く能く考えてみると私自身赤の他人に支払う礼など番茶ほども持ちあわせていないので、仕方なく追求を諦めた。因みに他人の部屋とは云ったが、そもそも此処は私の所有する部屋でも無い為、勝手に入るなと禁止する権利は私には無い。
恐らく、此の部屋の入り口には"文芸部"と書かれた札が下がっている。
――何故ですか。
印象的には数拍の間が有ったように思われるが、実際のトコロ彼の最初の発言から一秒も待たずに私はそう云った。
「おいおい、おいおいおいおい睨まないでくれよ怒らないでくれよ、喧嘩を売っている訳じゃあ無いんだからさ、僕はちゃんと"或る意味"と言っただろう? そういう考え方もあると言っただけさ。意見の提示、思考の提供って訳、ほら実際問題を解決するのに様々な意見ってやつは重要だろう? 単一の概念ってのは一枚岩だけに強固では在るかも知れないが其丈に頑固で自己中心的な狭い世界になりがちなものなのさ。どうだい、君もそう思うだろう?」
さあどうだろう、私は平素から独りきりでの思考を好む質なため、その辺のコトはよく判らない。まあ恐らくどうでも佳いコトなのだろう。
それよりも、私は先の君の意見が気になるのだが。
そう云うと、彼は少し口元を歪めて、更に口元を歪め、意外なコトに口元を歪め、驚くべき事に彼は口元を歪めたのだった。最終的に酷く嗤ったカタチになる。
「おやおや、意外に結論を急ぐタチなんだね、意外や意外、自分以外のコトなどどうでも良いと思っている人間だと認識していたがそうでも無かったのかな? それとも何か、やはり僕の言葉が君の琴線を刺激したってことかい? そうだとしたら嬉しいねえ、歓喜の極み実に光栄って感じだけど、まあ言葉を並べるのは余り好きじゃないようだね、お望み通りというか本題に入ろう」
初対面の人間というのは、其丈で苦手な部類に入るのだが、苦手な丈であって危険に思う事はまず無い。だが私は此の男に対して危機感の様なモノを持たずにいられなかった。嫌いな言葉だが、直感というやつである。
「さて、神様ってのは小説家みたいなものだというのが僕の意見だ。いや、金銭を得る為にやっているのでは無いからただ小説を書ける存在って言い換えても良い。勘違いしないで欲しいのは、神様は小説家みたいだけれど小説家の事を神様だと言ってる訳じゃないってことさ。君が小説家のことを嫌っているのは、まあ先の反応を見れば判る事だけれど、まあいいや。さて君、神様ってどんなモノだと思う? 全知全能でなんでも出来る? 僕はそうは思わない。何故なら神様ってのが完璧な存在であれば、詰まり無駄ってのが無いと思うからさ。無駄のあるモノを僕は完璧とは思わない。神様は単一の能力に特化していればそれで十分なのさ。ところで自分で言ってみたことだけれど、神様と小説家の共通点ってのは一体なんだろうね? 僕が思うのは……この場合結論としての話なんだが、両者とも物語を生み出すという部分だと僕は思うわけだよ。神様ってのは小説家みたいに、世界という物語を創る存在だと思うわけ。登場人物にしてみれば小説家ってのは要するに神様みたいなものでしょ? メタ的な存在であることは確かなんだから。とすると、それを現実に当て嵌めても問題は生じないと思ったまでさ。どうだい君、この考えについて何か意見はあるかい」
神様は小説家。
仮に、此の世界が神によって書かれた小説だとするならば、私達はどう足掻いても彼の掌で踊ることしか出来ないというコトでは無いか。
それは神が全知全能だと定義するのと何が違うのだろう。
何も違わないのではないか。
「それは違う、全然違う、全くもって違うコトだよ。神様が全知全能だったらそりゃあもう僕らはお手上げさ。何も出来ない。何も何も出来ない。でも神は全知全能ではなく、ただの小説家な訳だ。とするとだよ、僕らには……」
此処は文芸部の部室である。
部室というコトは幾つか机が在るということだ。
文芸部というコトは幾つか本が在るということだ。
彼は一冊のハードカバー……「小説のすすめ」と書かれてある……を手に取り、
縦に破った。
「何らかのカタチで、物語を壊す手段ってモノがあるんじゃないかな」
彼はそう云って、やはりニヤリと嗤った。
「文芸部の部室を何やら変わった学生が占領してると噂を聞いてね」
噂、噂か。
変わった学生というのは些か失礼な気がするが、噂とはそういうモノなのだろう。
「僕達、良い友達になれると思うんだけどどうだい?」
そう云って彼は私に手を差し出してきた。
一呼吸置いて私は問う。
「出来るのか?」
詰まり、物語の外側へ出る事が。
彼は矢張り嗤ったままで答えた。
「出来るさ」
窓に映る私。
いつの間にか、口元を歪めていた。
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