第十六話 ~ 踏み出す少女 ~
《ソードアート・オンライン》において、《剣》をはじめとする武器は己の象徴である。
アイテムドロップ、オーダーメイドなど、入手方法はいろいろあるが、何千何万と用意された武器たちは同種のモノがほとんど無く、ほぼ全てがユニーク品だ。
結果として、プレイヤーは世界で唯一の武器を振るうため、己の象徴となりえるのだ。
その事を理解しているのか、プレイヤーたち、特に攻略組は己の武器を大切に扱う。そして、強化する。
だが時として、それは思いがけないところで砕けるコトもある。
【アヤメside】
「ふッ、ふざッ、ふざけるなよッ!
俺が転移門へ向かって歩いているとき、ウルバスの大通りに怒りと悲しみがない交ぜになった叫び声が響いた。
何事かと思った俺は、通行人の邪魔にならないよう道の端に避け、声の聞こえた方に目を向けた。
そこには、大きなツノが三本付いたヘルメットを装備した男と、地味な茶色の革エプロンを装備した小柄な男がいた。
「何だよ四回連続大失敗って!! プロパティ滅茶苦茶下がってるじゃねーかよッ!! +0とかふざけんじゃねえッ!!」
三本ツノの男は相当頭に来ているのか、抜き身の片手用直剣を振り回し叫び散らしていた。
圏内ではその刃で人や物を傷つけるコトなど絶対にないが、抜き身の刃には恐怖を感じずにはいられないし、何より危ない。
しかし、革エプロンの男は馴れているのか、困り顔を浮かべるだけでただ静かにそこに立ち続けていた。
広場の一角に絨毯を広げ、椅子や
「……NPC以外の鍛冶屋は珍しいな」
この世界で強さを決める要素は《プレイヤー自身の力量》《スキルの熟練度》《装備の性能》の三つがある。
予想は付くだろうが、鍛冶屋はその中の一つである《装備の性能》を上げるコトが出来る《生産職》であり、攻略において必要不可欠な存在でもある。
しかしながら、生産職とは――語弊があるかもしれないが――前線での攻略に追い付けないけれど《それでも攻略に貢献したい》と思うプレイヤーが選ぶ最終手段の一つであるため、まだまだ階層が低い今現在は人数が少ない。
NPC鍛冶屋もいるが、ずんぐりしたドワーフみたいな見た目なのに強化成功率が心許ないので、早く鍛冶屋の人数増えないかなと思わずにはいられなかった。
俺個人としては、プログラムで構成されたシステムよりも、意志あるプレイヤーの方が《安心して愛剣を託せる》という理由もあるが、こっちの理由は人によりけりだ。
「アヤメ、こんな所でどうしたんだ?」
俺が野次馬根性丸出しでその様子を眺めていると、昨日ようやく山から降りるコトが出来たキリトがやって来た。
俺は視線で三本ツノの男を指し示すと、キリトもそれに従って視線を動かした。
「何があったんだ、アレ?」
「あの三本ツノが革エプロンに武器強化を依頼して、連続四回失敗したらしい」
「うわ…そりゃキツいな」
「その上、元が+4だったらしい。で、あれはお前と同じ《アニールブレード》だから……」
「
俺の言葉を奪い取ったキリトは、同情の目を三本ツノの男に向けた。
装備品の強化は無限に出来ない。
それぞれの装備には《強化試行上限数》というものが決められていて、その回数しか強化するコトが出来ないのだ。
例えば、初期装備の《スモールソード》が一回。キリトが装備している《アニールブレード》が八回。俺が装備している《ハームダガー》で九回だ。
この回数の上限に達した装備を《エンド品》と呼び、二度と強化するコトは叶わない。
しかも、三本ツノの男はコレが+0で起こったのだから絶望的だろう。
「……人の不幸は見るものじゃないな、俺は行くぞ」
「俺はもう少し見てくよ」
「物好きだな」
「折角見つけた鍛冶屋プレイヤーなんだ、実力を知っておいて損は無いだろ?」
「そうだな」
それを区切りにして、俺はその場から離れて転移門へ向かった。
約束の時間より少しばかり速く到着した俺は、転移門広場の端にあるベンチに座り、転移門から出てくる人々を眺めていた。
第二層が開放されてから今日で四日目。
しかし、第一層からの観光客は一向に減る様子を見せず、街の中には観光に来ているプレイヤーが沢山いる。
今が攻略時である午後三時であるコトを考えれば、攻略組よりも人数が多いかもしれない。
「たった一層攻略しただけで、こんなにも心にゆとりが出来るんだな……」
茅場晶彦にこの世界の真実を告げられたとき、直接は見ていないが、あれだけ取り乱していたプレイヤーたちが部屋に籠るのを辞め、楽しみを探しに行く姿を見てそんなコトを思った。
そんなプレイヤーたちの中に、見知ったツインテールの少女とロングヘアーの少女を見つけた。
二人の少女は周りを見回し、俺を見つけると早足でこちらに近付いてきた。
「アヤメさん、お待たせしましたか?」
俺は、声を掛けてきたツインテールの少女――シリカに手を振って、待っていないということを伝える。
そして、その後ろに付いて来たもう一人の少女、アスナに目を向けた。
「迷惑掛けたか?」
「いいえ。シリカちゃん、とっても良い子でしたから」
アスナは顔を横に振って笑顔で否定した。
「そうか。俺から言うのも変だけど、ありがとう、シリカに付き合ってやって」
どうしてシリカとアスナが第一層からやって来たのか。
それは三日前、俺がアルゴの依頼から帰ってきたあと、突然シリカが「私を強くして下さい!」と頭を下げてきたコトが始まりだった。
そのとき、俺はシリカが何を思ってそう言い出したのか分からなかったが、別に構わなかったので「分かった」と二つ返事で頷こうとしたら、なんとアスナが「私が教えてあげるよ」と自ら勝手出たのだ。
シリカはもちろん、俺も驚いた。
理由を尋ねてみたところ、アスナは「アヤメさんやキリト君に教わったコトを第一層で復習したいんです。でも、一人だとちょっと寂しかったから丁度いいかなって……」と言い、納得出来た。
そして、その提案を断る理由も無かったので、俺はお言葉に甘えるコトにした。
シリカもそのコトに不満は無かったようで、アスナとシリカの二人は話が決まると直ぐに第一層へと旅立っていったのだ。
「納得出来たかシリカ?」
「はい! もうこの層で戦っても大丈夫ですよ。恐いのも克服出来ました」
そう言うシリカの顔はとても嬉しそうで、俺は思わずシリカの頭を撫でた。
こういうところが、本当に涼に似てるんだよな……。
「お疲れ、シリカ」
「えへへ……」
シリカはこそばゆそうに微笑んだ。
「なんだか、本当に兄妹みたいですね。……シリカちゃんも大変だね」
ボソッと、アスナが何やら呟いた。
「そうだアスナ。お礼にいいコト教えてやる」
「なんですか?」
俺の突然の呼び掛けに、アスナはきょとんとした表情を見せた。
「大通りにプレイヤーが鍛冶屋を出しているんだが、その近くにキリトがいた。まだいると思う」
「あ……そうですか」
ピクリと反応を示して、アスナは大通りの方をちらっと見た。
そんなアスナに、俺はメニューから
「コレでキリトと一時の逢瀬でも楽しんできな」
すると、アスナは顔を紅潮させて、受け取れないというジェスチャーを見せた。
「そ、そんな、悪いですよ。それに、逢瀬だなんて……」
「この前何か奢るって約束しただろ。だから《デート代》でも奢ってやろうかと」
「デ…デートっ!?」
ボッ、という音が立ちそうなくらい頬の赤味が一気に増した。
「とにかくこのお金は受け取れ。言っておくが、引っ込めるつもりは無い」
「わ、分かりました。ありがとう、ございます……」
心ここに在らず。まさしくそんな様子で、アスナは俺が差し出したコルを受け取った。
「デート頑張って下さいね」
「シ、シリカちゃん!?」
思わぬ方向からの言葉に、アスナは目に見えてうろたえた。
「早く行かないと、どっか行っちゃうぞ」
「あ、はい! 本当にありがとうございます!」
そんなアスナに苦笑しながら言うと、アスナは少し慌てた様子でコルを自分のメニューの中に仕舞い、俺に頭を下げてから小走りで大通りに向かっていった。
「さて、俺たちもどこか行くか」
アスナを見送ってから、俺は立ち上がってシリカにそう告げた。
「そうですねアヤメさん」
「シリカにも奢る約束してたからな。フィールドとカフェ、どっちがいい?」
「えっと…それじゃあフィールドでお願いします。アスナさんとの練習の成果を見せてあげますよ!」
「それは楽しみだな」
自信満々に言うシリカを見て微笑ましく思った俺は、シリカの保護者になったつもりで言った。
「そう言えばシリカ。そのリボン付けてくれてたんだな」
そんなコトを思いながら、俺はシリカの髪の毛をツインテールに結っている二本の赤いリボンに目を向けた。
「コレですか? アヤメさんから貰ったものですから」
「似合ってる」
何気なくそう言うと、シリカはさっきのアスナ同様に顔を真っ赤にした。
「ふぇっ!? そ、その…あり、ありがとう、ございます……」
「大丈夫か?」
「はい! 大丈夫……きゃっ!?」
慌てた様子で歩き出したシリカは、二歩進んだところでいつしかの出っ張りに足を引っ掛けて転びそうになった。
「……大丈夫か?」
「あははは……」
本当に大丈夫なのか……?
結論から言おう。そんな心配は杞憂だった。
「ハアッ!」
シリカの放った《ペック》が赤とベージュのオリックスを連想させるモンスターに深々と突き刺さり、最後の嘶きの末、ポリゴンとなって砕けた。
「どうでしたかアヤメさん!」
「いや、ここまで強くなってるとは思わなかった……」
満面の笑みで尋ねてきたシリカに、俺は半ば呆然としながら返した。
今の戦闘でシリカが受けたダメージはたったの数ドットのみ。無理をしない堅実なヒット&アウェイ戦法で多少は時間が掛かったが、初めて会った頃のイノシシに手こずっていたシリカとは大違いだった。
と言うか違いすぎる。一瞬、本当にシリカかと疑いたくなった。
「どんな強化訓練したんだアスナ……」
「……鬼教官、ですね……」
俺がボソッと呟くと、それを聞きとったシリカが少し遠い目をして返してきた。
シリカをここまで成長させたアスナの指導力に、敬意と同時に恐怖を感じた。
「……これなら、もう少しレベル上げるか装備を整えるかすればボス戦に出れるな……。シリカ、その装備あまり強化してないだろ?」
「え? はい、そうですけど」
俺がそう尋ねると、シリカは少し驚いた様な反応を示した。
「なんで分かったんですか?」
「シリカが使ってるその短剣が俺と同じ《ハームダガー》で、同じ武器にしては俺と比べて一撃のダメージ量が少なかったからだ」
この世界の武器強化システムは《
一度強化に成功すると、アイテム名に+1、+2という数字が表記され、その内訳は武器を直接タッチしてプロパティを開くコトで確認できる。
言いかえると、それしか内訳を確認する方法が無いので、プレイヤー間で武器のトレードなどをするときは「鋭さが+1で……」みたいにいちいち説明しなくてはならない。
それがまどろっこしいので、それぞれの頭文字を取って簡略化するのが慣例になっている。
例えば、俺の《ハームダガー+8》は、鋭さを3、正確さを5に強化しているので《3S5A》となる。
「じゃあ、私は《1S1A》ですね」
「+2か。まあ、それなら時間がかかったのも頷けるな」
「でも凄いですね、+8って」
「添加剤収集に尽力したのもあるが、結局は運が良かったんだよ」
「それでも十分凄いですよ!」
「そうか? ……まあ、何といっても彼女のおかげだな。彼女が一生懸命叩いてくれたから、ここまで成功したんだ」
「そうなんですか……」
シリカに褒められて、少し気恥ずかしさを感じながらそう答えると、シリカはしょぼーん、と伏し目がちになってしおれてしまった。
「どうした?」
「いえ、別に……」
不機嫌そうに呟いたシリカ。
大体こういうときは、男が知らないうちに気に障るようなコトをしたということだ。涼で学習済みだ。
だが、どこが行けなかったんだ……?
「……アヤメさん。
何が悪かったのか、と頭を巡らせていると、さっきの不機嫌そうな顔から一転して、シリカは期待するような目で俺を見て来た。
「それくらいなら問題無い」
「良かった……」
それは俺も考えていたコトだったのでそう告げると、シリカは安心するかのに息をついた。
「それじゃあ、早速行きましょう!」
シリカは張り切った様子で俺の手を取って歩き出した。
「まあ、待て」
「わっ!?」
そんなシリカの手を軽く引っ張って、こっちに引き寄せるように立ち止まらせた。
「それは分かったが、何を強化するんだ?」
俺がそう尋ねると、シリカは少し困ったような顔で見返してきた。
「……思い付きか」
「すみません……」
恥ずかしそうに言うシリカを見て、小さく溜め息をつく。
「じゃあ、取り敢えず《正確さ》を強化するぞ。異存は?」
「ありません」
頷くのを確認した俺は、シリカの手を引いて、シリカが行こうとしていた
握っている手がほんの少し熱いから、恥ずかしさで顔が真っ赤なんだろうな。
【あとがき】
最初に、《嘆き剣のロンド》は武器強化に関する物語なので強化の説明をしましたが、この設定はこの物語以降にはほとんど出てきません。オリジナル設定では無いので悪しからず。
そんなわけで十六話です。皆さん、如何でしたでしょうか?
アスナさんが鬼教官なのは勝手な妄想。
だっていろいろ厳しそうじゃないですか。原作では《攻略の鬼》ですよ?
そしてシリカちゃんが強くなりました。
中層ではハイレベルプレイヤーということですから、スタートさえ良ければ前線でも充分戦えるはずです。多分、おそらく、メイビー。
あと、シリカちゃんの赤いリボンのお話はまた別のところでやりますので。
以上、十六話まで書いておきながら今まですっかり忘れていたあとがきでした。
十七話では(ほんの少しかもしれないですが)あの人がかなり早めの登場です。察しのいい人はもう気付いているはず。
それでは皆さんまた次回!
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十六話目更新です。
《嘆き剣のロンド》が本格的に開始します。
この話、少し複雑なんですよね……書くのが難しいです。
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