北海道警察を訪れた初音ミクの問いに対し、その道警のブレードランナー(凶悪アンドロイド摘発専門の雇われ捜査員)は、実に億劫げに、ぞんざいに応対した。
「……前も言ったろ。あんたの今言ったフォークト・カンプフ検査では、CV01、あんたらみたいな新式の上位AIに対しては、もう人間と区別できないんだ」
フォークト・カンプフのような古典的な検査方法は、かつては捜査員らが人間とあらゆるAIを識別するためにも使われていたものの、現在では、かなり原始的な電脳をそれと認定するために使うにすぎない。しかし、いわゆる基本的な数値データを集積するために、VOCALOIDらは全員、ロールアウト直後にこれらの検査を受けたことがあった。
「わたしたちVOCALOIDが、フォークト・カンプフ検査では、人間と判別できないくらい高い数値が出る、というのはわかるんですけど」ミクはおずおずと、「KAITO兄さん……ええっと……CRV2が、その検査で人間の平均よりもずっと高い数値が出た、というのは、……それは、どういう意味なのかって」
「あんたらの不利にならないんだから、どうでもいいことだろう」男は眉をひそめた。「あんたは、そんなことをわざわざ聞きにきたのか、CV01」
ミクは口ごもったが、怯まずに目を据え続けた。実のところ、他者にはあまり意味のないこの質問のためにここに来たのは、かなりの決心だった。チューリング登録機構の限定的スイス市民権をはじめとする規定で守られた、上位AIである自分や家族らは、こうした人々に狩られる対象にはなりえないと知りつつ、人間以外を”廃棄処理”するのが生業のこれら捜査員らには、生理的な恐怖を免れない。以前から知っているこの男自身も、ミクは何か恐ろしいと感じている。──だが、それでも、どうしても専門家から知りたかったのだ。KAITOのデータの、自分や他のAIと大きく異なる点というのは、何の意味を持っているのか。
「……フォークト・カンプフ検査は要するに、”感情移入度”の高さを調べる心理テストだ。あのおぞましい検査を受けたことがあるあんたにもわかるだろ、CV01。感情の移動を調べて、人間性の有無を調べる、と擬制するわけだ」男はさらに大儀そうに、しなびた叶和圓(イェヘユアン)フィルターの煙草を灰皿に押し付けながら言った。「感情移入度ってのは、簡単に言えば、なんだ、利他だの、思いやりだの、優しさの反応だ。CRV2のそれの計測値が人間より高いってことは──」
男はそこで眉をひそめ、何か馬鹿馬鹿しいことでも吐き捨てるように言った。
「CRV2が”人間以上に優しい”って結論以外に、ないだろ……」
山際の広い丘陵地帯を続く道を家路に進みながら、KAITOは陽がおちるのを仰ぎ見るようにした。その視線の先に、山に戻っていく鳥がある。
「……カラスは、このあたりでは人里に移る一方っていうけど」KAITOがつぶやいた。
「兄さん、昔から、よく歌ってくれたわよね……カラスの親子の歌」少し後ろを歩きながらミクが言った。
「俺が、ロールアウトして一番最初に覚えた歌だからね」KAITOは苦笑した。「……だけど、いまだにあの歌の意味がわからないのさ」
「え?」ミクは首をかしげ、見上げた。
「歌詞の、さびの部分がね……」
あの簡素な詞がそうなのか。ミクはあまり深く考えたことはなかった。歌詞の言っている内容はわかるが、むしろ音楽的な反復に思えていた。
「どういう意味なの……」
「俺にもわからないのに、説明してどうなるんだい」
「ううん、ただ……」ミクは当惑したように目を伏せ、「わからないってことが何なのか、……兄さんが、何を迷ってるのか……聞いてみたくて」
「これは、人間の親子の、やりとりが詞になっている、と思うんだけど」KAITOの語り始めは、やや自信なさげだった。「さびの前の部分で、親が、カラスが啼くのは、子があるためだから、って。つまり、『子供を持った親にとっては、ごくふつうのカラスでも、どんな所を飛んでいても、山の我が家にいる子を思いやってるように見える』ってことだと思うんだ」
KAITOは立ち止まり、飛び回る群鳥を見上げながら、
「なのにさ。さびに入ったところは、親じゃなく、子供の方の言葉なんだ」
可愛い 可愛いと 烏は啼くの
「カラスの声の中に、それを見つけるのは子供の方で……それが、『親から自分に向けられてる優しさ』でもあるってことに、気づきながらなんだ。……そして親は、そのカラスと親の優しさを、繰り返して子供に伝え聞かせて」
可愛い 可愛いと 啼くんだよ
語るKAITOの横顔を、ミクは立ち尽くしたように見上げた。
「空や山にあるものを、なにもかも優しく受け取って──その感覚が、実際にそのものを優しいものにして、触れた他人も、その他人に接した自分も、みな優しくするってこと──ここの、ただの二行のやりとり、素朴な繰り返しの中から、人間の、優しさの世界が、とらえられないくらい、あふれてきて」
KAITOは見上げつつも、次第に真摯な面持ちとなり、
「……人間は、どうしてこんなにも優しくなれるんだろう。この二行のやりとりの中には、どれほどの、どこまでの優しさが詰まっているんだろう。……それが、人間の優しさが計り知れない以上、この歌のこの部分は、俺にはまだ本当の意味では歌えないんだ」
ミクはKAITOのコートの背中に手をあて、頭をもたせかけた。
「ミク?」KAITOは振り向こうとし、「何……」
「なんでもない……」ミクは目を閉じた。「別に、なんでもないの──」
そう言うにもかかわらず、ミクはじっと、KAITOの背中にもたれかかり続けていた。
……わたしが、もしこの兄さんの半分でも、優しくなることができれば。兄さんがわたしをそうするように、わたしの歌も、人の心を優しくすることができるのかもしれない。
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KAITOのデモソングがカラスの歌なことは「ネタ」にされているのしか見たことがない……このSS以外では