「あなたは本当に本が好きね」
彼女は半ば呆れたように呟き、自分の隣で黙々と本を読む青年の姿を眺めた。
華やかな外見を持つ彼女と、あまり目立ちそうもない平凡な容姿をしている青年という組み合わせは良い意味でも悪い意味でも目を惹く存在らしい。
公園のベンチで本を読んでいるだけの青年と、その隣で缶コーヒーを飲む自分を見比べて立ち去る者が多い。
これでも自分はこの青年と恋人関係なのだが…と、言いたくなるのを堪える。
青年は周囲の人間たちの視線を気にした様子もなく、本を読み進めて行く。
恐らく自分が先ほど呟いた言葉すら聞こえていないのだろう。
「…それ、どんな話?」
「………推理小説」
「そう…」
自分も小説は読む。
ただし、恋愛小説に限る。
推理小説やホラー、その他のものは読む気が起こらない。
何度か読もうと思って目を通してみたものの、結局のところ途中で眠くなる。
名作と言われたものから流行りのものまで読み尽くした。
何か面白いものはないかと大学の図書館で本を探していたところ、あまり接点がなかった青年と出会った。
互いに読書が趣味だという事から話が弾むなどという事はなかった。
読む種類が違いすぎた。
彼は下手をすれば電話帳ですら読み出す。
それに面白さがあるのかはわからないが。
「…そういえば、先生たちは元気にしてるの?」
「あの爺さんたちなら相変わらずだよ」
「ふぅん…」
青年と接し、親しくなる内に恋人という関係になった。
その過程の中で青年がとある小説家の孫だという事を知った。
彼女はその人物の小説を読んだ事はなかったが、有名な人物だった。
彼の祖父は推理小説をメインに売り出しているが、その友人である人物は恋愛小説ばかりを売り出していた。
彼女はそちらのファンだった。
偶然と言うべきか、彼の祖父とその友人に会った時に不思議な感覚になった。
人生の先輩であるせいか、それとも単純に彼らの持つ雰囲気というべきか威厳のようなものがそう感じたのかやけに気さくな人物たちだったように思えた。
しかし、彼らの執筆活動の真っ最中を見た時はそんなものはなかった。
締め切り前だから当然と言えば当然だったのだが、鬼気迫るものの他に何やら近寄り難いものがあった。
そんな彼らの様子を見ても青年はいつもの事だと笑って答え、そして彼らの仕上げた作品に目を通していた。
幼い頃からそのような姿を見ていた彼と、つい先日そんな姿を見た自分とでは受ける印象が違うのも当然の事ではあるが。
「ねぇ…」
「何?」
「あなたは書かないの?」
「………」
いつだったか、青年が書いたらしい原稿を彼の祖父に見せてもらった事があった。
あらゆるものを読む彼が書いたとは思えないほど、やけに優しい文章だった。
少なくとも自分は好きだと感じる文章だったが、彼の祖父からすると『子供のお遊び』という稚拙な文章だったらしい。
祖父に散々な事を言われ、青年は書くのを止めてしまった。
「私はあなたの文章好きなのに…」
彼女の言葉を聞き、青年は目を彼女に向け困ったような表情を浮かべ告げた。
「俺は、君一人だけが喜ぶ文章が書けるだけで幸せだけど、爺さんたちのような小説家になるにはもっと努力しなきゃいけないから諦めたんだよ」
彼のその顔は酷く寂しげに見えた
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即興小説トレーニングにて書いたのを少しだけ加筆修正してあります。別の場所でも投下しておりますが…。尚、お題は「すごい小説家たち」でした。15分で書き上げるのは難しいと実感。