「皆、今日はアレを食べに行くわよ!」
「どうした、アレって何だ?」
「ほら、あたしたち皆で準備したでしょ」
「ああ、もう出来たのか」
「そう、昨日鶴屋さんから連絡があったのよ!ああ、楽しみね!」
ハルヒはうっとりとした表情で目を閉じ、口内を満たすであろう甘味を想像しているようだ。
準備をして一月近く待ちぼうけを食らったせいもあるのか、口の端からは涎が光るのが見えた。
「ハルヒ、涎が出てるぞ」
「ふぁっ!? 良いじゃない、あたしだって涎が出る事もあるわよ!」
「そうだな」
「何よ、その余裕」
「いや、かわ……いくないなと思ってな」
「まあいいわ。 今日は許してあげる。」
「はいはい、今日は甘味に感謝だな」
「そういうこと」
俺たちは朝比奈さん、古泉と合流し、鶴屋邸へと向かった。
道中にバスから見える風景は既に枯れ木色になっていた。
「もうすっかり冬になったわね」
「寒くて困っちゃいますね」
「それにしても、冬ごもりの準備でよく食べた割には太らないな」
「……美味しい物を適切に食べれば問題ない」
「はは、それは努力の賜でしょう、例えば好きな異性が居れば……」
「ハルヒは好きな人いるのか?」
「いないわよ。 あたしは健康体を維持する為には努力を惜しまないだけ、わかる?」
「お前にとっては俺も古泉もジャガイモ同然だろうな」
「……ジャガイモ……バター焼きもいい。……これからの季節は焼き芋が楽しみ」
「全く、あなたは鈍いというよりも無頓着ですね」
そういえば朝比奈さんはベストな栄養の配分だな、豊穣の女神といったところか。
こう見比べると……ハルヒと長門は燃費が悪いな。
「キョン、どこ見てるのよ」
「しかし、あの丸みは反則だな……しかしどれも甲乙 」
「死ねっ!」
目から火花が散るような衝撃を受け頭を押さえる……ハルヒの奴、本気だったな。
「ほら馬鹿キョン、もうすぐ降りるわよ」
鶴屋邸の軒先には暗橙色になった柿がぶら下がっている。
「本当はもうしまっても良いんだけどさっ、冬の風物詩を見ないのも寂しいからねっ!」
「楽しみね」
「みくるっ! お茶入れるから手伝って。 キョン君達は柿をお盆に取っててくれるかなっ!」
「あ、はぁい」
「分かりました」
おおよそ畳一枚分のスペースに吊られている干し柿を一つ手に取ってみる。
暗燈色になったそれの表面には皺が寄り、全体に白く粉を吹いている。
市販の物と比べると若干くすんだ色に見えるな。
「……市販の柿は殺菌と防かびの為に硫黄で燻蒸する。……そのとき発色も良くなる」
「へえ、有希詳しいのね」
「あのな、お前も知っておくべきだと思うが」
「いいの、そういうことはあんたがやるのよ。 あたしは食べる係」
「働きたくない者は食べるべきではない、ってな。 座ってたら寒いままだからな」
「分かったわ、皆でやった方が早いしね」
「まあまあ、下準備の時は頑張っていましたからね」
「いいのよ古泉君。 ちゃっちゃと終わらせるわよ」
流石に三人でやると早いものだ、ほんの10分でお盆いっぱいに干し柿の山ができ、
タイミング良く朝比奈さんと鶴屋さんが戻ってきた。
「待たせたねっ! 今熱いお茶を煎れるよ」
「この小皿に柿を取って下さいね」
小皿を受け取るときに朝比奈さんの手に触れてしまい、一瞬見つめ合う。
ああ、ここに来て良かった。
「ごめんキョン。 お湯がはねたわ」
「熱っ、滴を飛ばすな! いつの間にお茶係になったんだよ!」
「まずは少し温度を下げるのよ。 あとはみくるちゃん、お願いね」
「あ、はぁい」
俺たちは日の当たる縁側に座ってお茶をすすり、干し柿をかじる。
噛む度に控えめな甘さが口いっぱいになる……誰かもこれくらい控えめだと助かるのだが。
「キョン、何か言った?」
「いえ何も」
終わり
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