記憶が映画のフィルムのようなら、さしずめこれは、カビが生えて映像の擦り切れた1コマだろう。
―その花は、コルチカムっていうんだよ。
どこの街かは覚えていない。公園に入りそこねたような場所で、球根が剥き出しのまま地面に転がっていた。だのに花は咲いている。白みがかった茎の先に開かせている紫がかったピンクの花びらは、無機質な地面と相まって、やけに目立った。葉っぱが無いので引き抜かれたのかとも思ったが、土はどこにも着いていない。
一体どういう事だと首を傾げる俺の隣で、奴はさらりと、花の名前どころか育て方まで答えた。
どうしてあいつは俺の弟のくせに、花なんて詳しいんだ。情報オタクにも程があるぞ。
「リーダー、時間だ」
頭上から呼ばれる言葉で目が覚めた。ゆっくりと瞼を開ければ、車の助手席で銃の手入れをしながら、こっちに意味深な笑みを浮かべる男がいた。
「…………珍しいな、うたた寝をするなんて」
こいつの顔は知っている。だけど、どうだろう、記憶の奥にある奴と違う気がする。
そうだ、俺はこいつの事を、こう呼んでいた。
「キ……」
俺は無意識に呼びかけた名前を、慌てて唇ごと手のひらで塞いだ。
「何?」
「いや……」
曖昧なまま終わらせたけど、相手は気にした様子も無い。こいつがどんな意味を持って聞き流しているかはどうでもいい。
とりあえずは、手入れに行き詰まった短機関銃を、訝しそうに眺める奴から、その銃を奪い取る。
「貸してみろ」
素直に渡された銃を、体が覚えるまま診断する。
「ジャムった時に、ここが引っかかったんだ」
原因さえ分かれば、後は簡単だ。数度部品をかみ合わせ、スムーズになった銃を返してやる。
「ほら」
「どうも」
窓から見上げた空は、明るくなっていた。とはいえ、陽の光など差さなくなった今の世界では、明度の度合いでしか判断出来ないが。
「頃合だな」
悪魔を狙うのに、あえて夜を選ぶ必要はない。俺と同乗者は2人で朝を待っていた。
車を出て、数十メートル先にある廃墟となったビルに向かう。ところが車を出た男が、ドアを閉めながらこの場に似つかわしくない声を発した。
「珍しいなあ、花が咲いてる」
これから悪魔と向かい合うというのに、何を呑気なと眉を潜めた。
「大分元気は無いが、球根が剥き出しのままとはいえ、こんな世界でタフな奴だ」
そのまま俺の名を呼びかねない気楽さに、わざとらしく溜め息をつきながら近づく。別に花を見たいからではなく、奴のいる側に、目的地があるからだ。
早くしろ。そう口を開いた筈が、驚きのあまり立ち止まったまま、全く違う言葉を紡いでいた。
「コルチカム、だ」
「へえ、詳しいな、リーダー」
俺から名前が出るのを心底意外そうに返す声が、やけに遠く感じる。代わりに夢で見た記憶の断片が、ノイズに混じって蘇る。
―その花は、コルチカムっていうんだよ。土に植えなくても時期が来ると花を咲かせるらしいけど、本当なんだ。
何故か楽しげに目を細めながら、こいつは、俺の弟は丁寧な手つきで花を拾い上げた。
―来年も咲かせるには、やっぱりちゃんと土に植えて水も太陽もいるんだよ。公園目の前だし、ちょっと植えてくる。
俺は、そんな暇なんか無いと言いつつも、しょうがねえなと笑って付いていった。
あれがいつの頃の事だったか、もう覚えていない。その日、どんな風に過ごしたのかも。あるのは古い映画のように、掠れたワンシーンだけ。
そういえばあいつは、どう俺の名を呼んでいたっけ。
記憶の渦に飲み込まれそうになっている俺の傍で、なんとはなしに尋ねて来た声で覚醒する。
「じゃあ、花ことばなんてのも知ってるのか。こんな世でもかろうじて色を見せるなんて、寝物語として丁度良い」
いつも通りの、どこまで本気か分からない問いかけに、俺は自然と苦々しい顔になる。
「知るわけねえだろ。女でこれ以上揉め事は起こすな」
「リーダーの安眠を妨げる程の事は起きてないさ」
「そうかよ」
相手が逃げる為に、うたた寝の事を持ち出してきたのは明白だが、俺もあえてこれ以上の無駄口は止めた。
あいつがどんな風に俺の名を呼んでいたのかも、あいつが俺の何であったかも、全てが消えゆく物だ。
消していかなければ、俺はいつか思い出に潰されてしまう。
知るわけがないと一蹴したコルチカムの花ことばを、実は知っている。ある日俺は、カフェで頼んだコーヒーを待っている間に、なんとはなしに調べてみた。
理由は簡単、あいつが教えてくれなかったからだ。
球根を植えているのを眺めている間、手持ち無沙汰で尋ねた俺に、あいつは知らないと答えた。
いつか袂を分かれる、そんな日が来ると知っていたのか。それとも、その花ことばに含まれている物そのものが、俺たちには存在しなかったのか。
「いい加減行くぞ、今なら奇襲を狙える」
「はいはい、2人でどうにかするしかないんだからな」
俺が直した短機関銃と、俺の手の中に収まる銃の安全装置を外す。
俺から離れた男の代わりを務めるように、こいつは傍を離れようとしない。ああ、それすらもいつか、忘れなければ。
土も水も陽もいらない。何より、明日をも知れぬ世界にしたのは、俺であり、あいつなのだから。
薄れゆく、遠き安息の日々。
無造作に投げされたままであろうコルチカムの花は、直に色を消して、この世界に溶け込むだろう。ならばまだ色を為している今なら、己を超える男の声が聞こえただろうか。
「俺の最良の日は過ぎた」
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2014のキャスxディーン?サム←ディーン←キャス?あんまりカプ臭くない。自サイトの拍手駄文。入れ替えのために投下。花言葉シリーズで書いてます。セリフの最後を、花言葉の意味にしてます。永続・回顧などの意味もあるようですが、当方こちらを採用。