No.50730

不思議的乙女少女と現実的乙女少女の日常11 『良く晴れた空6』

バグさん

深夜の廊下。
他人の家。
怖いと思いますよ。

2009-01-07 09:32:56 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:450   閲覧ユーザー数:442

 リコは、パッチリと眼を覚ました。

 

 夜。

 

 エリーの部屋にはすでに黒の帳が降ろされ、チラリと視界に入った時計は午前1時を示していた。

 

 身体を静かに起こす。隣で寝ているヤカとエリーを起こさないように。この天蓋つきの大きなベッドは、ダブルベッドなど比較にならない程の大きさを誇っているので、3人で寝ても全く問題にならない。

 

 残暑厳しいこの季節だが、エアコンが調度良い室温に保ってくれているため、掛けられているシーツはそれなりに厚い。リコの動きに合わせて、シーツが揺れていた。

 

 身体を支える両手に、ベッド以外の感触を得る。見ると、ヤカとエリーの纏められていない髪の毛だった。この2人はこんなに髪の毛が長くて邪魔じゃないんだろうか? などと思いながら、ベッドを降りた。

 

 その、とても広いエリーの部屋は、静寂と暗闇で昼間よりも余計に広く感じた。凄い部屋だと、リコは思った。自分ならば確実に持て余してしまう、とも。

 

 とまれ、そっと部屋を出る。

 

 トイレの位置は把握している。必要最低限に抑えられた証明の中、ヒタヒタと廊下を歩く。家が大きいのは結構な事だが、トイレまでそれなりに距離があるのはどうかと思う。設計段階で考慮すべきだったのでは無いだろうか。慣れたなら気にならないのかもしれない。

 

 その洗面所は10畳を軽く越しており、リコの部屋よりもかなり大きい。最初は少し落ち込んだが、今はこういうものだと諦めている。

 

 用を足して、部屋へと戻る廊下の途中。

 

 行きには何も思わなかったが、少し眼が冴えて冷静に考えると、この廊下はかなり怖い。

 

 真っ暗では無く、天井に均等距離で配置された照明が、申し訳程度に廊下を照らしている。ハッキリ言って薄暗く、暗いオレンジ色に染まった廊下はとても不気味だった。

 

 そのせいだろうか。

 

 リコは、一つのドアの前で足を止めた。

 

 違和感。

 

 そして、とてもそれが気になったからだった。

 

 位置的に言えば、エリーの部屋と洗面所のちょうど真ん中辺り。洗面所からは直接に見えて、エリーの部屋からは曲がり角のため死角になる。そんな1つのドア。

 

 他の、部屋と廊下の境界になっているドアとは少し趣が異なった。というより、それ一つだけ明らかに作りが違う。古いと表現するべきかアンティークと表現するべきか微妙なラインなそれは、しかし明確な存在感を醸し出していた。

 

 まず、他のドアと明らかに異なっているのはその色。他のドアが木造そのものの色であるのに対し、そのドアはクリーム色であった。そして、ドアの上半分はステンドグラスがはめ込まれており、円形の紋様と薔薇の様な花が描かれている。円形の紋様は魔方陣の様にも見える。魔方陣に詳しいわけでは無いので、リコには良く分からなかったが。

 

「こんなドア、来る時に有ったっけ」

 

 最も気になったのはドアの造形に関する事では無く、そこだった。洗面所へ続く廊下、暗いので見落としも有るだろうが、こんなに目立つドアが有れば印象に残っても良いだろうに。

 

「…………ま、いいか」

 

 考えても詮無い事だ。そもそも、それが気になったからと言って、他人の家のドアを勝手に開けて部屋に侵入するわけにもいかない。

 

そそくさと廊下を歩き、すぐそこに見えている角を曲がった。この角を曲がれば、エリーの部屋へ通じるドアが十数メートル先に見える。

 

そこで。

 

「ひっ!?」

 

リコは引きつった様な声を上げた。

 

いや、実際に顔は引きつっていた。あまりにも驚きすぎると顔というのは痙攣するものなのだなあと冷静な部分が感想を漏らす。

 

エリーの部屋の前に、いや、正確にはドアの横に人が座っていたのだ。それも、イスに腰掛けている。

 

恐怖で有りもしないものが見えているとか、幽霊の正体見たり枯れ尾花とか、そんなものでは無い。明らかな存在感でもって、それは自己を主張していた。

 

白いヒラヒラの服が印象的なその人影は、微動だにせずイスに座っていた。

 

(…………ん? 服?)

 

 良く見れば、その服はとても良く見覚えが有った。

 

混乱から立ち直って冷静に見てみればその人影にも何処か見覚えがあった。

 

少し近付いて、

 

「く、久遠さん…………」

 

 ドアの横に座って居たのはエリー専属のメイド、久遠だった。

 

胸をなでおろし久遠に近付いた所、彼女は静かに立ち上がって頭を下げた。

 

「良い夜ですね、リコ様」

 

 挨拶の様だったので、リコも適当に返す。良い夜ですね、と言われて気の利いた言葉を返す事が出来るような能力を持っていないため、『ど、どうも』と非常

 

に日本人的な返事になってしまったが。

 

「久遠さん、こんな所でどうしたんですか? てっきりもう寝たものかと」

 

「お嬢様は起床されている間、私がベッドに居るわけにはいきませんので」

 

「起床…………って、エリーは起きてるんですか? 私がトイレに行ったから、起こしちゃったのかな」

 

「どうやらその様です。気配から察するに、リコ様が洗面所へ立たれてからすぐにテラスへ向かわれたようですので」

 

 部屋の窓が入り口のテラスだ。エリーの部屋から直通で、昼間見た時はとても

見晴らしが良かった。

 

「…………気配?」

 

 久遠が口にして、少し気にかかった言葉を聞き返してみる。

 

「ええ、気配でございます」

 

「直接見たわけじゃなくて…………その…………気配とやらでエリーが起きてい

るかどうかを判断したんですか?」

 

 戸惑いがちに利くと、久遠は少し笑った。

 

「何事も訓練次第でございます」

 

 何の訓練だ。

 

と、非常に突っ込みたかったが、声が大きくなりそうなので止めておいた。

 

「まあ、気配云々は良いとして…………じゃあ、エリーが寝るまで久遠さんは起きてるつもりなんですか」

 

「何時もそうしております」

 

 理由を聞くと、『お嬢様に不便が無いよう、当然の事でございます』らしい。

 

大した忠誠心だと思った。相当愛されてるな、と感心した。人の器というヤツだろうか。

 

「こんな夜中に、眠くならないんですか」

 

「基本的に寝ておりますので」

 

「え?」

 

「意識と無意識は通常分離されております。意識は寝ておりますが、無意識下で

状況に即応出来るようになっております。有事の際は無意識下の働きで意識にスイッチが入ります。この方法で、1週間ならば睡眠無しで対応する事が可能です」

 

「は、はぁ…………」

 

「何事も訓練次第でございます」

 

 だから何の訓練だ。

 

という突っ込みは辛うじて押さえられた。

 

久遠はそんなリコを見て、何を思ったか頭を下げた。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「本日は有難うございました」

 

「私、礼を言われるような事してないですけど」

 

「この家に来ていただけました」

 

 リコは思い出す。昼間、玄関へ迎えに来た運転手、彼もまた同じ事を言っていた。

 

「お嬢様がこの家で、あの様に楽しくされる。素晴らしい事です」

 

「楽しそう…………でした?」

 

 ヤカと久遠に引っ掻き回されてかなりお疲れだったような気がしないでも無いが。

 

「楽しんでいらしたのです」

 

 妙に真剣な声と、穏やかな表情。そんな感じでそう言われたら、そうかもしれないと思ってしまう。

 

「お気づきになられているでしょうが、旦那様と奥様は現在、この屋敷に滞在されておりません」

 

「え、ええ…………そうですね」

 

 気にはなっていたが、敢えて聞かなかった。友達が来るとなれば、普通は親が挨拶をしにくるものだろうし、その逆もまた然り。リコはエリーの両親になんと挨拶をしたらいいか、実は悩んでいたのだった。だが、実際に来て見たら、父親はまだしも母親も居ない。これには少し拍子抜けした。共働きで有る可能性を考慮しても、未だに帰宅していないのは不自然だった。

 

「お嬢様のご両親は現在、海外で仕事をされております。最後にご帰館されたのは半年前の事でございます」

 

 だがその帰館も、ほんの数時間だけの事だったらしい。

 

「ご両親とお嬢様の仲が悪いのではありません。ただ…………あの方々はお嬢様の寂しさと仕事を天秤にかけた場合、その比重は仕事へと傾いてしまうのです」

 

 久遠はそう、切なげに呟いた。自分の肩を抱いて、呻くようでもあった。

 

「それは…………何時からですか?」

 

「幼少の頃からでございます。数年前に邸宅をここへと移されてからも、それは変わりませんでした。ですが、お嬢様は寂しい等と口にされた事は、決してありません」

 

 リコは、エリーが寂しいと呟いてうずくまる光景を想像して、なんだかやるせなくなった。だが、彼女は決してその様な事はしない。 何故だろうか。

 

そんな事は決まっている。

 

それはエリーという人間だからだ。

 

「プライドの高い御方ですから。…………だから、そんなお嬢様だからこそ、私はお嬢様を敬愛しているのです。ですが、お嬢様が寂しくされる事は悲しいです。…………矛盾していますね」

 

「いいえ」

 

 なんとなく、久遠が言いたい事が理解出来るような気がした。

 

 久遠はエリーの眼に見えない気位や心遣いに対して忠誠を誓っている。人の心の有り様は多岐に渡る。その中には矛盾も存在するだろう。だが、本質というものは揺らぐことの無い絶対真実だ。久遠は、エリーの本質を良く理解して、その上で彼女を愛しているのだろう。

 

 そこで、ふと気が付いた。

 

「ひょっとして、さっきメイド服を着せたのは、エリーを気遣っていたりしますか?」

 

「それはどうでしょうか?」

 

 首を傾げて、誤魔化される。

 

 久遠は、エリーの寂しさを紛らわせるために、友人が来ている事にかこつけてその寂しさを少しでも埋めたかったのでは無いだろうか。

 

…………方法は何処か間違っているかもしれないが。

 

そういえば、夕飯を作っているときにヤカとなにやら相談していたが、アレはヤカに入れ知恵されていたのだろうか。

 

言ってあげるべきかもしれない。

 

今度からは自分に相談しろ、と。

 

 久遠は廊下に充満している静寂に相応しく、静かにドアを開けた。

 

「では、お休みなさいませ」

 

 そのまま一礼。話は終りという事だ。

 

「お休みなさい、久遠さん」

 

 数時間前に交わした挨拶を再び。

 

ドアは開けた時と同様、静かに閉められた。エリーの部屋には変わらない静寂があった。

 

だが、部屋の奥にある大きな窓が開いている。テラスに繋がる窓だ。夜の湿気を帯びた温い風が伝わってきた。レースも風で揺られている。

 

 エリーは本当に起きている様だ。ベッドにエリーの姿は無い。ならば、テラスに居るのはエリーで間違いない。久遠の能力は本物の様だ。

 

「エリー?」

 

 夜である事と、ヤカを起こさないように、との配慮から小声で呼びかける。

 

エリーはテラスに設置された小型のテーブルで、紅茶を片手にしていた。

 

夜空を見上げていたのか、上に向けられていた視線がリコへと向く。

 

「リコさん」

 

「ごめんね、起こしちゃって」

 

「気になさらなくてもよろしいですわ。…………それより、紅茶でもいかがでしょう」

 

「いただくわ」

 

 そうして、深夜のお茶会は始まった。

 

 雲1つ無い満天の星空が、2人の姿をかすかに照らしていた。

 


 
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