「……3・2・1」
彼女は両手に握り締めたままのイヤーウィスパーを素早く耳の中に押し込みながらカウントダウンをしていた。
「ゼロッ!」
彼女の合図と寸分の狂いもなく、突然けたたましい轟音が辺りに響き渡った。
ビリリリリリリリリリリリリッ!!
「どわぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあっ!!」
「やぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあんっ!!」
ドタドタッと足音を響かせ、グライダ・バンビールとセリファ・バンビールの二人が自分の部屋から飛び出してきた。
二人ともゼーゼーと荒い息を吐き、冷や汗までかいている。
「起きてきたみたいね。二人とも」
騒ぎを起こした張本人はケロリとした顔でそんな二人をクスクス笑いながら見ている。
「コーラン! ナニ考えてんのよーっ!!」
グライダが、その騒ぎの張本人・コーランのマントの襟を掴んでガクガクと揺する。
「……だって。『どんな方法でもいいから一発で起こして』って頼んだのそっちでしょ?」
コーランはグライダの後ろの方を見たまま淡々と答える。
その答えを聞いて、自分の後ろに立っている妹のセリファに目線を変えるグライダ。
「セ〜リ〜ファ〜……」
「……おねーサマ。こわい……」
ジリッと後ずさるセリファ。せめてもの抵抗か、姉のグライダのぬいぐるみを盾にする。
「あんたもあんたよっ! あ〜んなバッッカでかい音出して、近所から怒鳴られたらどーすんのよっ!」
グライダが怒りをあらわにして怒鳴る。
「グライダ」
コーランが真剣な顔で彼女を見つめて、一呼吸おくと、続けた。
「結界張っておいたから、音は全然漏れてないわよ。心配ないわ」
相変わらずの表情で答えるコーラン。
「あ、あのねぇ。あたしが言いたいのはそーゆー事じゃないのよぉ……」
ガクッと全身の力が抜けていくのを感じているグライダだった。
世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれる事はない、とまで云われている。
さて。何故、彼女達がこうまでして叩き起こされたのかというと、今日は、グライダとセリファの両親の命日だからである。
今日ばかりは墓参りという事で、黒い喪服に身を包む二人。
墓地の入り口まで来た所で、
「じゃあ、私はここで待ってるから。さっさと行ってきなさい」
コーランが静かに二人に告げた。
「どーして? コーランも行こうよ〜」
セリファが彼女のマントをくいくいと引っ張る。が、彼女は、
「久し振りにお父さんとお母さんに会うんでしょ? 家族水入らずで話してくれば?」
セリファの頭を軽く叩いて、彼女に言った。
「うん。じゃ、行ってくるね、コーラン」
「ええ。行ってらっしゃい」
花を持って墓地に入る二人を見送るコーランだった。
「時が経つのって、早いものね」
ポツリと呟いて、視線を真上に移した。
『あなた達のお子さんは、あんなに元気に成長してくれましたよ』
天にいる彼女等の両親にそう語りかけた。
「パパ。ママ。セリファもおねーサマも、元気です。えーと……」
「父さん、母さん。どうか、天国で見守っていて下さい」
セリファとグライダが墓碑に語りかける。
別に墓碑が返事をしてくれるわけはないのだが、語りかけずにはいられないのだ。
しかし、彼女達自身に、両親の思い出というものは皆無に等しい。幼少の記憶のほぼ全てはコーランの口から語られた事だ。
「ねーねーおねーサマ。どーして、コーランはセリファたちといっしょにいるのかなぁ?」
普段は決して口にしない事をグライダに告げるセリファ。グライダはそれを聞いて、
「そうね……。どうしてだろうね」
と、静かに答えるだけだった。
「二人とも。何をしている?」
突然後ろから声をかけてきたのは、戦闘用特殊工作兵のロボット・シャドウである。
セリファは、石材を担いだままの彼に、
「セリファとおねーサマの、パパとママがいるの」
と言いながら墓碑を指さす。
「……人間が石から造られると云うのは聞いた事がないが」
という真剣な声に、二人とも思わず噴き出してしまった。
「何かおかしいか?」
「ごめんごめん。あたし達の両親のお墓よ。今日が命日なの」
グライダがシャドウに言うと、
「おい、バイト! それ運び終わったら帰っていいぞ!」
遠くで中年男の怒鳴り声がし、シャドウは顔をそちらへ向けると、
「了解した」
と、静かに答えた。
「あ、バイト中だったのね」
「自分の整備費は自分で稼ぐ。人間の街で生活するには、そうした方が自然だ」
そう言って、そのまま石材を担いで去って行こうとする。
しかし、その後聞こえてきた声が、事件の発端になった。
「あーっ! ロボットだーっ!」
その声の主は、墓地の柵を飛び越えて一直線にシャドウに向かって走ってくる。コーランの物と同じ、金属の様な光沢を放つフード付きのマントをなびかせて。
「わぁ〜。本物だぁ♪ いーないーなぁ」
声の主はシャドウのボディにベタベタ触りながら、
「……人型ロボットは結構見たけど、美しいと思ったものは初めてです」
うっとりとした目でシャドウを見つめていたが、やがて真剣な顔になり、
「ところで変形します? 合体します? ロケットパンチとか出せます!?」
シャドウは、すさまじい勢いでポンポンと質問を浴びせる声の主に向かって、
「何の用だ、女」
「女?」
駆け寄ってきたグライダとセリファが首を傾げる。
彼女は、今まで被ったままのフードを取り、皆に顔を見せた。
「……聞いた事がある声だと思ったら、やっぱりあんただったの、ナカゴ」
いつの間にかグライダとセリファの後ろに立っていたコーランが溜め息交じりに呟いた。
途端、彼女は直立不動の姿勢を取り、ピッと敬礼する。
「お久し振りです、サイカ先輩っ!」
「……
「コーラン。『サイカ』って、コーランの事なの?」
グライダが不思議そうに尋ねる。
「そうよ。そういえば、私のフルネームって言った事なかったかしら?」
グライダとセリファの二人がプルプル首を振るのを見て、
「……サイカ・
と、少し恥ずかしそうに答えた。そして、彼女の方に向き直り、
「で、彼女はナカゴ・シャーレン」
「この度、
ナカゴはそう言って、再びピッと敬礼した。
一方、バーナムとクーパーの二人は、クーパーの教会に送られて来た差出人不明のビデオテープを眺めていた。
「これ……ビデオテープ、だよな」
「そうですね。少なくとも、カセットテープには見えませんね」
「これって……やっぱ『アレ』かなぁ」
「……呪いなどはかけられていませんから、大丈夫でしょう。再生してみましょうか」
クーパーはビデオデッキにテープを入れ、電源を入れ、再生ボタンを押す。
画面は真っ黒のままだったが、やがてぼんやりと何かが見えてきた。
それは、作動中のカセットテープのアップを映したものだった。それから、何十年も前に流行ったスパイ物のドラマのBGMをバックに、男の声が聞こえてくる。
『……さて。君達の今回の任務は、魔界より逃亡中の
そう言うと、映像が切り替わり、人間で言えば二十歳ぐらいの、濃紺と銀のストライプの髪の少女が写し出された。
『詳しい事。細かな指示などは、彼女から直接聞くといいだろう。諸君等の無事と任務遂行を祈っている』
そう言うと、ブツンという音がして、元の真っ黒の画面に戻った。
ちょうどその時、クーパーの部屋の電話のベルが鳴り響いた。
治安維持隊とは、こちらでいう警察機構の事である。この世界では、人界(人間界の事)と魔界は多少の制限はあるものの自由に行き来ができる。
主に人界から物資と科学技術。魔界から魔法に関する技術や人材が行き来するのだが、同時に犯罪者も行き来してしまう。
そういった犯罪者の取り締まりから、人界に来ている魔界の者の身元保証なども行なう、いわば大使館も兼ねた施設である。
ナカゴは、そこの所長として新たに配属になったというわけだ。
もちろん人界の分所は他にもいくつもある。人界分所○○支所と名乗らないのは疑問に感じたが、魔界の者だけが使えるテレポート技術やネットワークの為に、そういった行為はあまり意味を持たないと考えるのが魔界風なのだそうだ。
一行は所長室に通される。ナカゴは開口一番、
「サイカ先輩。久し振りに魔界の酒でもどうですか?」
戸棚の中からグライダ達には読めない魔界の文字のラベルのビンを出してきた。コーランは軽く首を倒して答え、
「いいの? 所長室にお酒持ち込んで……」
しかし、ナカゴはそれには答えず、グライダとセリファに魔界のお菓子を勧めている。
そして合間を見ては、シャドウにべったりとくっついていた。
「……本当は、サイカ先輩の部屋になる筈だったんですよね、この部屋……」
「えーっ! コーランって、しょ長さんなの?」
セリファのびっくりした声が部屋に響く。
「それじゃあ、コーランって、治安維持隊の人だったの?」
「そうよ。もう辞めちゃったけどね」
「もったいないなぁ。何で辞めちゃったのよ。出世街道まっしぐらだったんでしょ?」
「……そのうち話すわ」
乾いた笑みを浮かべるコーラン。
「ところで、私達をここへ連れてきた理由を、聞かせてもらえるかしら。思い出話に花を咲かせる為でもないでしょう?」
「……さすが、サイカ先輩。全部お見通しですか」
降参、といった感じで両手を上げると、自分の座席に腰掛け、肘をテーブルに乗せ手を組んだ。
「あなた達バスカーヴィル・ファンテイルに仕事を依頼します」
室内の空気が一変した。
「我々魔界の情報網によれば、あなた達がそのメンバーである事は明白です。その事は、魔界治安維持隊人界分所所長の名にかけて、決して口外致しません」
「……わかりました。その前に、あと二人、仲間を呼ばせてもらえませんか?」
グライダがナカゴにそう尋ねる。
「……許可しましょう」
彼女は、その姿勢を崩さず静かに答えた。
バーナムとクーパーが所長室に案内されたのは、それから一時間後の事だった。
「遅くなって申し訳ありません」
入る早々クーパーが頭を下げる。
「しょうがないよ。クーパーの教会からここまで来るの大変だもの。じゃあ、ナカゴさん。仕事の内容を説明してもらえますか?」
グライダがそう切り出した時、バーナムは、
「ライトラインって
そう言いながら、さっきまで見ていたビデオテープをグライダに見せる。グライダはそれを見て、納得したようである。
「にしても、そんなカッコで戦えんのか、グライダ?」
バーナムは、喪服——グライダにしては珍しいスカート姿を見て、違和感を感じる視線で見つめる。
「しょうがないでしょ? 墓参りから直行したんだから」
そういって彼の頭をこつんと叩くと、
「それで、そのライトラインって、どんな奴なんです?」
グライダがそう尋ねる。しかしナカゴは、
「それが、わからないんです。名前と能力ぐらいしか……。容姿も不明なんです。抹殺の許可も、一応おりてますけど……」
残念そうにそう告げた。
「本当に何もわからないの? 魔界の本部に問い合わせぐらいしてみなさいよ」
厳しい口調でコーランに叱られたナカゴは、ノートパソコンを取り出すと、ものすごいスピードでキーを叩き始めた。
「……えーと。本部にも情報は入っていませんね……。もし知っているとすれば、ライトラインの師匠と親交のあった、行方不明のホンラン老師くらいのものだそうです」
ディスプレイを見ながらそう答えた。
「ホンラン老師? 聞いた事ありますよ。魔界きっての智略家にして生き字引だそうで」
クーパーがナカゴに確認するような口調でそう言うと、コーランが自信ありげに口をはさんだ。
「……大丈夫よ。今聞いてみるから」
「サイカ先輩。それどういう……」
何か言いかけるナカゴを無視して、彼女はマントの止め金を外し、一気に脱ぎ捨てた。
「おおっ!」
バーナムが思わず感嘆の声を上げる。
コーランのマントの下には、当然彼女の身体があるわけだが、身体を覆うのは銀色のブレストプレートに同色のハイレグショーツ、ローヒールのサンダルのみ。そして、その場の誰もが、その人間離れしたグラマラスなプロポーションに目を奪われていた。
もっとも、プロポーションのみに目がいっていたのはバーナムだけで、驚くべき場所は他にあった。
右腕全体は暗闇の如き黒。
左腕の肘から先は雪化粧の様な純白。
右脚の膝から下は空の様な青。
左脚のももから下は眩しい黄色。
いずれもペイントではない。しなやかな肉体のラインは彼女自身のものだろうが、違うパーツを繋げた様な感じだ。
グライダとセリファですら、それには驚いていたくらいだ。
誰もが言葉を失っている中、コーランはサンダルを脱ぐと、右脚を振り上げながら叫んだ。
「いでよ、ホンラン!」
すると、膝から下の青い部分がスッと消え、コーランの頭上に座禅を組んだままの白髪の老人が姿を現わした。
「ふう。やれやれ。サイカお嬢ちゃんは乱暴でいかんなぁ」
老人にしてはキンキンと高い声で宙に浮いたまま不満を漏らす老人。彼こそが、行方不明の魔界の生き字引・ホンラン老師である。
「『お嬢ちゃん』はやめて下さい。それより、老師にお聞きしたい事が……」
コーランの言葉を最後まで聞くより早く、
「……なるほど。ライトラインの事を聞きたいわけか」
ナカゴのパソコンの画面を、ふわふわ浮いたまま覗き込む。
「……はっ、はい。お願い致します」
我に返ったナカゴも、丁寧に頭を下げる。だが……。
「おーおー。可愛いのぉ、お嬢ちゃん。サイカお嬢ちゃんの子供かい?」
いつの間にかセリファの真正面に浮かび、彼女の頭をポンポンと叩いていた。かわいいと言われ、セリファもニコニコと笑っている。
「老師!」
そんな事してる場合じゃない、と言わんばかりに睨みつけるコーランとナカゴ。
「わかっとるわい。今から話して聞かせてやるから……」
クルリと二人の方を向き、
「……茶でも煎れてくれんかのぉ」
………………………………………………。
ズズズズー。
湯飲みに入った番茶(なぜか置いてあった)を音を立てて飲んでいるホンラン老師。
「……おい、クーパー。アレが本当に魔界きっての生き字引か? オレには、ボケたじーさんにしか見えねーけどなぁ……」
バーナムは、小声で隣のクーパーに言う。
同様にグライダもうなづいている。
「まあ、そう言うな、青龍の力の主よ。……ところで、話を始めてもよろしいかな?」
皆に異存がないのを確認してから、彼は語り始めた。
「……ライトラインとは、もう何万年も昔にいた魔族の魔導師でな。現在も使われている魔法の中には、彼自身が編み出した物も数多く残っておる。おぬしらが探しておるライトラインは、彼の教えを受け、その名を継いだ者の事じゃ」
「それでは、ライトラインと言うのは……」
「いわゆる称号みたいなもんじゃ。本名でない名前では、治安維持隊でもそう簡単には探せんじゃろう」
ナカゴをちら、と見ると、更に続けた。
「確か、
「という事は、今回のターゲットはその『ライトライン』の亡霊か、或いは教えを受けた弟子か……」
「または、名前を語っている者か。そのいずれかと見て間違いなさそうですね」
シャドウとクーパーがそう推理する。
「そうじゃ。そいつの本名は……タンコ・アルクル。調べれば、何かわかるじゃろう。ではな、サイカお嬢ちゃん。また会おう」
ホンラン老師の姿がぼやけて薄れ、消えた。
コーランの右脚も、きちんと元に戻っていた。色は青のままだが。
「……サイカ先輩。その手足は……」
「ああ、これ?」
ナカゴ達の視線に気がつき、脱ぎ捨てたマントを羽織りながら答える。
「以前両腕両脚をぶった斬られた事があってね。その時魔法で移植したのよ」
表情は苦笑いだったが、声は悲しそうだった。しかし、すぐに気を取り直し、
「ナカゴ。タンコ・アルクルに関する情報をお願い。もうそれしか手がかりはないわ」
「わかりました」
彼女は短く答え、パソコンに向かう。しばらくの間、カチャカチャとキーを叩く音のみが部屋に響く。
「サイカ先輩。本部のデータをコピーしましたけど、プリントアウトしましょうか?」
その声が終わるより早く、コーランは机を回り込んで、パソコンの画面を見た。
「タンコ・アルクル。魔人。魔族の魔導師・ライトラインより魔術を伝授される。中でも
要点を拾って小声で呟く。
「ダークエルフ・コンデンスでしたら、今、魔界の刑務所で服役中ですよ。脱走もしてません」
「という事は、容疑者は魔人・ワイドである確率が高いな」
シャドウが確信を持った様だ。
「まあ、魔人で良かったわ。これが魔族だったら苦戦は必死……」
コーランも何処かホッとした感じだ。
「ねぇ、コーラン。『魔人』と『魔族』ってドコがどう違うの?」
グライダが彼女に尋ねる。セリファも「うんうん」とうなづいて彼女を見上げる。
「あ、そうか。人界の人には判りにくいか」
コーランは優しい口調で説明を始めた。
「魔界に住んでいる人達は、『魔人』と『魔族』の二つに大きく分けられるの。『悪魔』っていうのは、人界の人がこの二つを一緒にしてそう呼んでいるだけ。正式名称じゃないわ」
コーランは一呼吸分間を開けると、更に続けた。
「『魔人』は、貴女達と同じ人間が、魔界の環境でも生きていける様進化した者達の事。『魔族』の方は、古に神界を追放・出奔した者達の末裔。現在では、かなり混血も進んでいるからそう大差ないんだけど、『魔族』の方が肉体的にも精神的にも強力よ。何と言っても、元々は神様なんだから」
「じゃあ、コーランやナカゴさんは……?」
「私もナカゴも、一応『魔族』になるわ。もっとも、そんなに強力な神が先祖だったわけでもないし」
と、そこまで話した時だった。セリファを除く全員が、ドアの外の異様な気配に気がついたのは。
「誰かいるな。それも普通の人間ではない」
そう言ったシャドウの手には、いつの間にかハンドビームガンが握られている。
他のメンバーも、自然体ではあるが、戦闘体勢に入っている。セリファは、慌ててグライダの後ろに隠れた。
「まさか、やっこさんがおでましってんじゃねーだろうな?」
バーナムも左手のグローブをきっちりとはめ直す。
「それは、ドアを開ければわかる事っ!」
ナカゴはドアを蹴破り、その勢いで外に出た。もちろん、カウンターを受けないよう十分注意して着地し、辺りを伺う。
「……なっ!?」
その途端、ナカゴの表情が凍りつく。
部屋を出た先は荒涼とした荒野で、全身を黒いローブに包んだ人影が一人、ポツンと立っているだけだからだ。
「これは……貴様がやったのか!? 部下をどこへやった!!」
「これは……
クーパーが油断なく相手を見つめながら答える。
「そこの神父の言う通り。『幻術』などというチャチな手品とはレベルが違うのだよ」
黒いローブから抑揚のない低い男の声が聞こえる。その声には聞く者を、どこか不安にさせる響きがあった。
「それにしても、たった一人でこの人数相手に戦おうって言うの? 魔人・ワイドさん」
グライダが両手に剣を出し、構えた。
「勘違いをしているな。我はワイドに非ず。しかし、あと10秒ほどで3対1になる。それなら勝算はこちらにある」
自信ありげにニヤリと笑う(様な雰囲気)。
「それってどういう意味……!」
グライダがそう叫んだ時、
「しまった! バーナム、グライダさん、セリファちゃん、こちらへ来て下さい。結界を張ります!」
クーパーのただならぬ叫び声に、一同が彼の方を向く。彼は鞘に納めたままの刀を眼前にかざし、
「……その偉大なる力によって、我等の身を悪しき風より護らん!」
だが、クーパーの結界がわずかに遅かった。
突然吹きつけてきた冷たい風が肌に当たる。
その途端、全身の力が一気に抜けていった。
「……そうか、魔界の霊風。これを狙っていたのね」
「この風を受けた人間は生命エネルギーを奪われて、下手すれば死ぬからね……」
敵の考えを見抜いたナカゴとコーランだったが、時すでに遅し。
風をまともに受けたセリファは、意識不明の重体。とっさに「気」のシールドを張ったバーナムと、あらゆる魔法が効かないグライダでさえ、地面にペタンと座り込んで肩で息をしている。魔界の霊風は魔法ではないので、あらゆる魔法が効かないグライダでも防げないのだ。
クーパーは身につけていたアミュレットのおかげで無事だが、そのアミュレットは粉々になって足下に散らばっている上に、結界を張っているのでこの場を動く事はできない。
残るはナカゴとコーラン。それに生命力を持たないロボットのシャドウの三人だけだった。
「成程。霊風の来る時間が判っていたから、その時間に合わせて戦いを挑みに来たか……。なかなか賢い選択と言えるな」
「シャドウさ〜ん。お願いですから敵を誉めないで下さいよ〜」
ナカゴが情けない声で彼にそう言うと、
「サイカ先輩。いくら魔族だって、この霊風を長時間受けたら死んじゃいますよ」
「わかっているわ。それより、この子達の治療が先決よ」
コーランはマントの前をはだけ、左腕を高く掲げると、
「いでよ、ソウラン!」
力強く叫ぶと同時に、左肘から先がスーッと消え、彼女の傍らに、全裸に羽衣を纏った女性が立っていた。
「ソウラン。彼等の治療をお願い。急いでね」
「ミココロノママニ……」
感情の乏しい声で呟くように答えると、倒れているセリファの頭に手をかざした。
手から淡い光が溢れ、セリファを包み込んでいく。そしてすぐにセリファが目を覚ました。起き上がろうとするセリファを、
「まだ横になっていた方がいいわ。生命エネルギーを奪われたんですもの」
ナカゴがそう言うと、ソウランも静かに頷く。そして、ソウランもスッと消えた。
「後はこいつを倒して、病院にでも連れていくしかないわね。速攻でいくわよ」
「了解」
「わかりました」
シャドウとナカゴが小さく頷く。
シャドウは持ったままのハンドビームガンの銃口を黒いローブの男に突きつけ、連続して引き金を引く。
ナカゴも腰に吊るしたホルダーからリボルバータイプの銃を抜き、撃つ。
コーランは、今度は右腕を高く上げると、
「いでよ、オウラン!」
彼女の叫びと同時に右腕が消え、彼女の前に褐色の肌の2メートル近い筋骨隆々の男が立っていた。
そのオウランは右手を力強く握り締め、その拳を大地に叩きつけた。
バリバリバリッ!
拳を叩きつけた所から発した地割れが男に襲いかかる。
だが、シャドウのビームは簡単に擦り抜け、ナカゴの放った対魔族用の銃弾も効かず、地割れに飲み込まれる気配すらない。
「……効いてない!?」
ナカゴが驚く中、コーランは、
「シャドウ。あいつが何者か探れない?」
「了解」
短く答えたシャドウは、搭載されたサーチシステムをフル稼動させる。魔法の目と科学の目の二つでローブの男を見つめるシャドウ。
「成程。あれは、一応実体はあるものの、幻と同じ。攻撃しても無意味だ」
シャドウがサーチを続けたまま話を続けた。
「……何者かが、あの男を中継してこれだけの術を使っている様だ。黒幕の方は……ここから2キロと19メートル離れている。随分と痩せこけた、貧相な女だな」
シャドウのカメラ・アイが、遙か遠くの術者の姿を捕える。
「シャドウ」
クーパーが少し疲れた声で彼に話しかけた。
「
「でも、2キロも離れた相手を攻撃する魔法なんてありませんよ」
ナカゴがそう言うと、コーランも頷いた。
「方法はある。危険だがな」
シャドウはそう言うと、背中のバックパックを外し、ロックを解除して中を開けた。そこには何かの部品がいくつも納められていた。
「これは、エレメントライフルを改良した物だ。理論上、小型化は成功しているが、まだ試射していない。失敗すれば暴発して全滅だ。危険だが、これが一番確実だろう」
そう言いながらライフルを組み上げていく。
「……わかった。私とナカゴに出来る事は?」
「先祖の神にでも祈ってくれ」
シャドウはゆっくりとライフルを構える。
「……ところで、サイカ先輩のご先祖って、何なんです?」
「下級の火の神。あんたは?」
「鉄の神です」
「幸運は……期待できそうにないわね」
ナカゴとコーランがぼやく中、シャドウは2キロ先の目標に狙いを定める。
シャドウの使うエレメントライフルとは、大自然の精霊のエネルギーを取り込んで、それを破壊力のあるエネルギー弾に変えて発射する武器だ。大自然のエネルギーは強大だが扱いは非常に難しく、暴走の危険が高い武器なのだ。
今、彼の周りには、魔界の未知なるエネルギーが集まり、ライフルに吸収されていく。
「確か、ナカゴだったな。頼みがある」
突然、シャドウが構えを変え、口を開いた。
「このまま必要な分のエネルギーを集めると、この身体そのものを制御装置としなければならない。そうなれば自分では指一本動かす余裕すらなくなる。だから、引き金はお前が引いてくれ」
そう言う間にも、ライフルはおろかシャドウの全身から熱気が溢れている。全身の冷却機能が追いついていないのだ。
「……わかりました」
意を決したナカゴはライフルの引き金に指をかけた。
「照準は合わせてある。向こうはまだ気づいてはいない。引き金の側の赤いランプが全てついたら引き金を引いてくれ」
シャドウの身体から溢れる熱気のせいで、既に服が肌に張りついてしまう程の汗をかいているナカゴ。
ナカゴ自身も一応ライフルについたスコープで狙いを定めている。敵はようやくこちらの動きを察知して、慌てて結界を張り始めた。
その時、シャドウが言っていた赤いランプ全てがついた。
「遅いっ!」
ナカゴが引き金を引くと、銃口から溢れんばかりの光がほとばしり、光の筋が一直線に術者めがけ宙を走る。
ものすごい反動に顔をしかめて耐える。
「しまった!」
スコープを覗いたままのナカゴが叫ぶ。彼女の目には、その術者を羽交い締めにしている男が見えた。このままでは確実にその男を巻き込んでしまう。
しかし、光の本流はそのまま二人を包み込んだ。ナカゴの視界が光の色に染まり、何も見えなくなる。
その時、今まで耐えに耐えていたライフルを撃った反動がナカゴとシャドウを襲い、後方に吹き飛ばされる。
ドガッ!
二人は壁に当たり、更に壁を突き破って、建物の表に投げ出された。いつの間にかこの空間は元に戻っていたのだ。
ナカゴはシャドウがクッションになったおかげで軽いケガで済んだが……。
「しっかりして下さい、シャドウさん!!」
ナカゴは自分の傍らに倒れたままのシャドウに声をかける。
シャドウの身体は全身からもうもうと白い煙を噴き、相当の熱気を発している。装甲にもひびが入り、所々から火花が散っている。
エレメントライフルも銃口が破損していて、もう使い物にならない。
皆が駆けつけた時には、回りには野次馬が十重二十重にできていた。その野次馬をかき分けてナカゴとセリファが駆け寄る。
「シャドウさんのおかげであいつを倒せましたよ」
ナカゴの声にも何も反応しない。
「……シャドウ。しんじゃダメだよぉ! しんじゃヤダよぉ!!」
セリファもボロボロ泣きながら叫ぶ。
「……心配はない。今、自己修復中だ」
少し照れた様なシャドウの声が二人の耳に届いた。途端に表情がパッと明るくなってシャドウに抱きつこうとするが、あまりの熱さに慌てて離れる二人。
「やはり、もう少し改良の余地有り、だな」
シャドウは静かにそう言った。
結局この一件は、犯人の射殺という事でカタがついた。その処理で、ナカゴはかなり忙しく働いていた。
シャドウは銃を持っていた事で人界の警察に捕まったが、ナカゴが裏から手を回し、「最大の功労者」という大義名分を掲げて強引に釈放させた。
しかし、何故に犯人がナカゴのいる治安維持隊に攻撃を仕掛けてきたかは、犯人が死んだ今となっては誰にもわからなかった。
「結局、今回はあたし達何もしてないわね」
病院のベッドで食事をしているグライダが不満そうに言った。生命エネルギーを盗られたとはいえ、身体は健康なグライダには、やはり病院食では物足りない様だ。
隣のベッドではセリファが未練がましくお皿をペロペロ舐めているが、グライダに睨まれてそれをやめる。
クーパーは器用にリンゴの皮を剥きながら優しく、そして言い聞かせるように言った。
「まあ、生命エネルギーを盗られた身体なんですから。二、三日ゆっくりして下さい」
「バーナムは、入院してないの?」
「気になりますか、グライダさん?」
クーパーの答えを聞いたグライダが、
「べっ、別に。あたし達が入院してて、あいつが入院してないなんて不公平じゃん」
プイ、とそっぽを向いてしまう。
「入院費がないので他で寝てくる、と言っていましたけど」
その頃、バーナムは町の外を流れる河の側で横になっていた。彼の使う「四霊獣龍の拳」の基本は「気」の吸収。大自然の「気」を貰う為にこうしているのだ。
隣にはコーランが座っている。
「あの時、あの術者を羽交い締めにしてた奴って、お前の仲間なんだろ?」
「ええ。魔界一のスピードを誇るファンラン。ナカゴに話した時は目を点にされたわよ」
そう言って、マントの上から左脚をさするコーラン。
「オレは今回何もできなかったからな。縁の下の力持ち、ご苦労さん」
「あら。バーナムがそんな事言うなんて。雨でも降らなきゃいいけど」
と言って、わざとらしく雲一つない空を見上げる。
その時、バーナムは、小さい時に聞いた言い伝えを思い出した。
「『雨降らせるのは、龍の役目』ってな。シャレてるだろ?」
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「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。