第十一話 ~ 少女との再開 ~
【アヤメside】
テーブルマウンテンを外周だけを残し、丸ごとくり抜いた場所に出来た第二層最初の街《ウルバス》。
第一層と同じ石造りの建物が特徴的だが、その意匠は第一層とは大きく異なり、どこか物寂しい雰囲気を醸し出していた。日が落ちている、というのもあるのだろう。
そんな通りを抜けた先にある広場に、目当ての《転移門》があった。
因みに、キリトとアスナとはまだパーティを組んでいる。
「これに触れば、転移門が
アスナがやや驚いた様に言った。
それもそうだろう。転移門は《門》と銘打っているくせに、石を積んだだけのアーチだ。
強いて特徴を挙げるとしたら、目を凝らさないと見ることも出来ない、極薄い青色の膜が張っているだけで、はっきり言って地味である。
「キリト、有効化はよろしく」
第一層のときとは違い、漆黒のロングコートを装備しているキリトに向かって言った。
彼が装備しているコートの名は《コート・オブ・ミッドナイト》という、ボスへ
アイテム蒐集が趣味の一つである俺にとって、喉から手が出る程欲しいモノだったりする。
もう諦めたが。
「了解」
キリトは頷くと、青色の膜に手を伸ばした。
キリトが触れると、膜は波紋を作り、ゆっくりとアーチ全体に広がっていった。
「それじゃ離れるぞ二人とも」
「どうして?」
「今か今かと待ち構えている第一層のプレイヤーが流れ込んでくるからか?」
「アヤメ、正解」
それは危ないな。
「でも、夜中ですよ?」
「攻略組は、早く拠点を確保するために必ず流れてくるだろうな。それに、さすがに子供はいないだろうけど、観光目的のヤツもかなりいるだろうな。なにせ、閉じ込められた世界から脱出出来る糸口が見つかったんだから」
その勢いは想像を絶するだろう。
「有言実行」
言われたとおり、広場の端にあるベンチにまで移動した。
ちょうどその時、転移門の有効化が完了したらしく、プレイヤーが門から一人飛び出てきた。
それを皮切りに、次々とプレイヤーが我先にと現れる。
「なんというか、タイムセールを彷彿とさせる光景だな」
「あー……分かるな」
「確かにそうかも」
俺の感想に、キリトとアスナは笑いながら同意してくれた。
世界の本当のタイムセールと比較すれば、大したことは無いけどな。
「……ん?」
そんな人波の中に、見覚えのあるツインテールを発見した。
ツインテールの持ち主である少女は、人波から少し外れた場所に出てきょろきょろと周りを見回した。
「ちょっと席外すぞ」
「どうかしたのか?」
「目的の人がいたんだよ」
「どの人ですか?」
立ち上がりながらキリトに答えると、アスナが食いついてきた。少し目が輝いている。
やっぱり、女子はこういう男女間の仲とか、色恋沙汰に興味があるんだな。
そういう話とは、全く無縁の関係だが。
「紹介してやるから待ってな」
「よろしくお願いしますね」
【シリカside】
「アヤメさん、どこかな……?」
はじまりの街の転移門を通り、私はウルバスという街にやってきた。
何気なく貰った《ガイドブック》に、アヤメさんの名前が載っていたのを見つけて、最初は行くつもりは無かったけれど、第一層のボス戦に参加したらしいアヤメさんに、「お疲れさまです」と言いたくなったからです。
あと、驚かせたいというちょっとした悪戯心もあった。
そんな理由でやってきたけれど、思った以上に人が多くて探すのが大変だった。
周りには私より背の高い人がたくさんいて、(こんな事言うのは失礼ですけど)アヤメさんも私と余り背が変わらないので、より探しにくかった。
「見晴らしのいい場所に出た方がいいかも」
自分の背の低さを恨めしく思いながらそう考えた私は、何度か転びそうになりながら人波から出た。
「えーっと……」
アヤメさんを見つけるために周りを見回した。
「シリカ」
すると、後ろから聞きたかった声が聞こえてきた。
直ぐに振り返ると、はじまりの街で別れたきり、《フレンドメール》でしか連絡をしていなかったアヤメさんがいた。
「アヤメさん!」
私は嬉しくなって、少し泣きそうになりながら駆け出した。
「走ると転ぶぞ」
「大丈夫です……きゃっ!」
嬉しさのあまり足下がおろそかになっていたのか、出っ張っていた石に躓いてしまった。
「だから言ったろう……」
しかし、私は倒れ込む事はなく、アヤメさんに優しく抱き止められた。
「あれ…?」
「大丈夫かシリカ?」
アヤメさんの声を直ぐ側で聞いて、抱き止められていることを自覚した瞬間、顔が一気に熱くなって、アヤメさんから飛び退くように離れた。
「は、はひ! 大丈夫でひゅっ!?」
慌てていたからか、噛んでしまった。
「落ち着けシリカ」
「はい……」
アヤメさんに呆れたように言われて、恥ずかしさで顔が赤くなるのが分かった。
湯気が出ているかもしれない。
その顔をアヤメさんに見られたくなかったから、私はアヤメさんに背を向けた。
高まった鼓動を抑えるように胸に両手を当てて深呼吸をすると、体の熱が退いていくのが分かった。
私が落ち着くのを見計らって、アヤメさんが口を開いた。
「ところで、どうしてこっちに来たんだ?」
「あ、忘れるところでした」
う~ん……改めて言うと思うと、少し緊張するなぁ……。
さっき退いた熱がまた再燃しそうになった。
それでも私は、「少しでもアヤメさんの疲れがとれますように」という想いを込めて、出来る限りの笑顔で言った。
「ボス戦、お疲れさまでした。アヤメさん」
「……ありがとう。シリカ」
ほんの少しだけ、アヤメさんの黒い目の光が柔らかくなった。
たったそれだけでも、私は来たかいがあった、と心から思えた。
自然と顔が綻んだ。
「どうかしたのか?」
「なんでもありません♪」
【アヤメside】
「は、はじめまして。シリカです」
「キリトだ。よろしくなシリカ」
「私はアスナよ。よろしくねシリカちゃん」
俺はシリカに同じ攻略に参加した人、ということでキリトとアスナを紹介した。
やや緊張気味のシリカだが、直ぐに自然体に戻れるだろう。
それにしても、シリカに《お疲れさまです》と言われるなんてな。
キリトやアスナに言われたときとは、また違った感じがしたな……。
「アヤメさん、何か面白いことがあったんですか? 嬉しそうですね」
「……そうか?」
「え…? アスナ、今変わったの分かったか」
「ううん」
む? 二人は分からなかったのか。
「うーん…。あ、もしかして……。シリカちゃん、ちょっといいかな?」
「は、はい……?」
何かに気が付いたらしいアスナが、シリカを連れて少し離れた位置に移動した。
「アヤメ。ちょっと聞いていいか?」
「何だ?」
女子二人が離れると、キリトが少し真剣な顔で尋ねてきた。
「アヤメはロリ…ッ!?!?」
キリトが何やらふざけた事を口走るような気がしたので、腰に挿している短剣を引き抜き、銀色の刃を首筋に当てた。
現在のステータスで出せる限界速度以上の速さだったかもしれない。少なくても、並みの剣技よりは速かった。
「………」
キリトの目を、一切の感情を削ぎ落とした無表情で見つめた。
街中などの《圏内》ではプレイヤーにダメージを与える事は出来ない仕様になっている。
これは、逆を言えば、どんなに《殺すつもり》で攻撃しても死ぬことは絶対に無いということになる。
それはつまり、容赦ない攻撃が出来るということで、恐怖心を植え付けるのにはとても素晴らしい効果を発揮してくれるのだ。
「な、なんでもないですはい……」
実際、効果は絶大だったようでキリトは顔を真っ青にして言った。
無言で短刀を挿し直し、キリトを一瞥してから肩の力を抜いく。
「無表情怖ぇ……」とか呟いていたが無視した。
「お待たせ……ってどうしたのキリト君!?」
「どうもしない…どうもしない……」
少しして女子二人が戻って来ると、アスナが顔の青いキリトを見てかなり驚いていた。
キリトはそんなアスナに首を振りながら問題ないと伝えた。
まあ、そんな事より。
「シリカ。そんなに顔を紅くしてどうした?」
キリトとは逆に、顔を真っ赤にしながらずっと俯いているシリカに声を掛けた。
しかし、シリカはその声に反応することなく、何かをぶつぶつ呟いていた。
「シリカ?」
「にゃ!? 」
心配になって顔を覗き込んでみると、猫みたいな声を出して飛び退いた。
「……シリカ?」
「にゃ、にゃんでもないですよ? アハハハハ……」
いや、絶対何かあったろ。
「アスナ。シリカに何を言ったんだ?」
シリカに聞いても答えてくれなそうだったので、何かを吹き込んだであろうアスナに尋ねてみるが、こっちを見ながらニマニマしたままで何も話さなかった。
「秘密です」ということか。
「まあいい」
秘密という事は、詮索されたくない事なんだろう。
「取り敢えず、こんなところで立話もあれだからどこかのカフェにでも入ろう」
「そうですね」
「だな」
「は、はい……わか、分かりました……」
それより先に、シリカが落ち着くのを待つべきだな……。
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十一話目更新です。
《第二層》に入りました。
最近、《プログレッシブ》を買いました。
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