No.505209 そらのおとしもの 温泉ファイト・レディー・ゴー その12012-11-06 23:09:23 投稿 / 全3ページ 総閲覧数:1725 閲覧ユーザー数:1670 |
そらのおとしもの 温泉ファイト・レディー・ゴー その1
「季節はすっかり秋だし……紅葉の山々でも見ながら温泉にのんびり浸かりたいなあ~」
11月も後半に差し掛かり、明後日からは金曜日、土曜日、日曜日と3連休が控えている。
そんな週末を前にした夕方のひと時を智樹は新聞を読みながらしみじみと語ってみた。
「温泉に行きたいって、どうせエッチなことでも考えているんでしょ?」
智樹の欲望に早めに牽制を仕掛けておく。
アルファは智樹の言うことに逆らわないので、コイツのスケベな企みに待ったを掛けるのは必然的に私の役割になる。
「いきなり失礼なことを言うなっ! 俺は純粋に綺麗な自然に囲まれて疲れ切った身も心もリフレッシュしたいだけだっていうの!」
智樹はムキになって私の言うことを否定する。
でも、そんな言葉ぐらいじゃ騙されはしない。
実際に智樹は紳士なフリをしてエロいことを企む前科に事を欠かなかった。
「そうはいうけど、智樹の毎日のどこが疲れるっていうのよ? 勉強もしない。家事もしない。毎日を坊脳全開で生きているだけじゃないの」
残念ながら智樹の学校での成績は壊滅的。勉強をまるでしないのだから当たり前のことだった。
代わりに好きなことだけして生きているのだからどこに疲れる要素があるというのか分からない。
「分かってねえなあ……ニンフは。ふぅ~」
智樹はバカにするように息を吐き出した。
「一応まだ怒らないで聞いてあげるけど、私の何が分かってないと言うのよ?」
どうせくだらないことなのは分かってる。
でも、どうくだらないのか確かめておかないと後々大きな問題に発展しかねない。
それがこの桜井智樹という少年だった。
私の仮マスター、又は将来の夫はなかなかどうして問題の多い男だった。
「俺はな、毎日を己の本能に基づいて全力で生きながらも毎日とても深い悩みを抱えながら生きてるんだよ。それが分からないとは……やれやれ」
智樹はもう1度大きく溜め息を吐いた。
「深い悩みって一体何よ?」
「それはだな……」
智樹が真剣な表情で覗き込んで来る。熱い瞳。引き締まった表情。
今の表情だけ見ていると、大抵の女の子なら自分に気があるんじゃないか。
そう錯覚してしまうに違いない。
かくいう私も智樹の心が私だけに向いて欲しいとは常々願っている。
でもこの表情はそうじゃない。
命の危機にも接していない時に智樹がこの表情を見せる時は要注意なのだ。
で、智樹が口に出すであろう答えを予想してみておく。
そして智樹が口を開くのと同時に答えを口にしてみる。
「「ニンフ(私)が今どんなパンツを穿いているのか知りたくて悩んでいる」」
見事に声が揃った。
「なっ、何故それを!?」
智樹が大きく目を見開いて驚いている。
「当たり前でしょ。何年一緒に住んでいると思っているのよ?」
クリスマスのイベントだけで何回行ったことか。
あれっ?
でも智樹は中学2年生から一向に進級していない気もする。
ここは不思議時空か何かなのだろうか?
まあ、深く考えるのはよそう。
私自身、あり得ないほど昔から存在するエンジェロイドなのだから。
「だが、そうだとしても……ブラではなくパンツの方が気になっていると見破った理由はなんだ?」
智樹はとてもつまらないことを訊いてきた。
「だって智樹は私がブラしているとは考えてないでしょう?」
「おおっ! よく分かったな。そのちっぱいにはブラなんて必要ないからな」
智樹はとても良い笑顔で親指を立ててみせた。
「誰がちっぱいだっての!」
智樹の頬をコークスクリューパンチで抉る。
「私だってブラぐらいしてるわよっ!」
「そうなのか?」
「だって……その方が智樹が可愛いって言ってくれたから」
そはらや智樹に人間の衣服を買うように勧められたばかりの当時の私は人間の色々な感情が分からなかった。
智樹が私のことを可愛いと言ってくれても実際には何のことかよく分からなかった。
でも今なら分かる。
私は智樹に可愛いと言ってもらいたい。
智樹に可愛いと言ってもらえる服装でいたい。
「智樹……私のブラジャー。見てみる?」
着ているセーターに両手を掛ける。
智樹が見たいと言うなら……。
「その、見たいと言った場合にその後に生じる展開はどんな感じのものになるでしょうか?」
「見たいんなら……見せてあげるわよ」
智樹に向かってニッコリ微笑む。
「うっ!?」
智樹は1歩後退した。
野生の勘が働いたのだろうか。さすがは鋭い。
「智樹がどうしても見たいって言うのなら……パンツも下着の中も見せてあげても良いわよ」
「ううっ!?」
智樹は更に遠ざかった。
この男、自分からエッチなことをするのは大好きなのに、女の子の方からアプローチが迫ると途端にヘタレになる。
でもまあその本能は間違いでないことだけは教えておいて損はないと思う。
「私の裸を見たら……責任を取ってもらって私を智樹のお嫁さんにしてもらうけどね♪」
満面の笑みで智樹に私の裸の対価を伝える。
「お嫁さんっすか?」
「うん♪ 私のこれからの人生を全部智樹に捧げても良いから智樹には責任とってもらわないと♪」
意地悪な笑みを浮かべながら智樹に詰め寄る。
「うぉおおおおおぉっ! 俺は好きとか嫌いとか結婚とか離婚とかそういうのと無縁に生きていきたいんだぁ~~っ!!」
「そんな男の勝手が結婚したい女の子に効くわけがないでしょ。さあ、私のブラを見たいの? 見たいんでしょ!」
智樹を壁際まで追い詰める。
後一歩で智樹は私のもの。
そう油断したがのが悪かった。
「……マスターを苦しめないで…チビッチ」
声と共に大量のアルテミスがふすまを突き破って一斉に飛んできた。
「しまったぁっ!?」
気付いた時にはもう遅かった。
全部で17発生成されたアルテミスは私の体にぶつかって次々と爆発した。
「これで勝ったとは思わないで頂戴よぉ~~~~っ!!」
目の前の光景と意識が真っ白に包まれて強制スリープモードにはいろうとしているのが分かった。
「……マスターと一緒に温泉に行くのは胸が大きな私です」
室内に入ってきたアルファがドヤ顔を披露しているのを見ながら私は気を失った。
「……まったく、チビッチはエロいことしか考えていなくて困ります。年中発情期です」
イカロスは白煙の中に倒れ伏したニンフを見ながら微かに口元を歪ませて微笑んだ。
「まったくです。コンブはビッチ過ぎる存在です」
イカロスの後ろから入って来たオレガノが気絶したニンフに向かって唾を飛ばしながら空女王に同意する。
「お前ら、さすがに今のはちょっとやり過ぎなんじゃないのか?」
智樹はそんなイカロスを見ながらちょっと引いている。
「……マスター。今重要なのはチビッチの生死ではありません」
イカロスは慎ましくも、けれどハッキリと首を横に振る。
「今大事なのは……温泉、ですよ」
オレガノがイカロスの言葉に続いた。
「温泉ねえ……」
智樹は横目でニンフの状態を確かめながら首を捻る。
生命反応が停止したわけではないこと少し安心した様子を見せながらイカロスの顔を見た。
「自分で話を振っといて何なんだが……家計が火の車で温泉に泊まる様な財政的余裕はまるでないんだ」
大きく溜め息を吐き出す智樹。
桜井家の財政は危機的状況。
イカロス達エンジェロイドの力を経済活動に回せば金銭を稼ぐのは難しくない。億万長者になるのも多分数日で達成出来る。
けれど智樹はそれを良しとせず、敢えて貧困街道をひた走っていた。
「……シュン」
イカロスが顔を伏せて落胆する。
「……マスターが素っ裸の男達を見て狂喜乱舞する様が見られなくなってしまいました」
「狂喜乱舞なんかしないからなっ!」
智樹が大声でイカロスの言葉を否定に掛かる。
「智樹様なら守形さまのお尻を見て思わずケダモノ化するのが確定でしょうに……残念ですね」
「お前らの中の俺が何故そっちに走っているのかその理由を知りたいっての!」
智樹は首を捻っている。
「とにかくだな……」
智樹は再びイカロスの顔を覗き込んだ。
「俺も温泉に行きたいのは山々なのだが、お金がない。よって温泉行きは未来に達成できれば良いという努力目標としてだな」
智樹はこの話を打ち切ろうとしていた。イカロスのBL魂にはどうしても付いていけないこともあって。
だがしかし……。
「つまり、お金の問題さえなければエテ公さまは温泉に行きたい。そういうことですのね」
開きっ放しになっていたふすまから続いて入って来たのはセーラー服姿の少女。
最近良く桜井家を訪れるようになっていた鳳凰院家兄妹の妹の方、鳳凰院月乃だった。
「おう、月乃。来てたんだな」
「お邪魔させて頂いてますわ」
桜井家では多くの訪問者が呼び鈴を鳴らさずに勝手に上がって来る。その例に漏れず勝手に上がってきていた月乃は丁寧に頭を下げた。
「それで、温泉が何だって?」
「はい」
月乃は一度頷いて見せると智樹、イカロス、オレガノを順番に見回した。
「温泉に行きたいということでしたら、みなさんを是非鳳凰院家が経営する超豪華温泉宿にご招待したいと思いますの。勿論無料で」
語る月乃は誇らしげだった。
「その、招待してくれれば嬉しいんだけど……さすがに金額的にも迷惑じゃないか? きっと、色んなのがくっ付いてきて大人数になるだろうし」
月乃の提案を聞いて智樹は及び腰になっていた。
月乃は簡単に言っているが、豪華温泉宿にいつものメンバー達で泊まりに行けば1泊だけでも桜井家の生活費1か月分を遥かに凌駕する結果になると。
その金額相当分の招待を受けるのは智樹としてもさすがに素直にイエスとは言えなかった。
「何を小さいことを気にしていますの。鳳凰院家の収入は毎年100億円以上。それに温泉宿は鳳凰院家の所有物ですから、お金のことは気になさる必要はありませんわ。おっほっほっほっほ」
月乃は踏ん反り返りながら高笑いを奏でた。
「いや、まあ、鳳凰院家が俺の家と比べ物にならないことは分かったのだけど……」
「……マスター。せっかくのご好意です。行きましょう」
イカロスが鼻息を荒くしながら月乃の案に賛同の意を示す。
「温泉……裸の男女。野獣と化す智樹様。襲われる私。寿退社。出産。フッ。私もイカロス様の考えに賛同いたします」
黒い顔を見せながらオレガノがイカロスに賛同する。
温泉行きに反対するのはこれで智樹のみになった。
「招待してくれれば俺もみんなも喜ぶけど……何だか悪い気がしてな。何で俺なんかを誘ってくれるんだ?」
「そっ、それはですね……」
月乃は急に顔を真っ赤に染め上げて言葉を詰まらせた。
「そんなことも分からないとは。やれやれ、君はまったく女心というものが分かっていないようだね、Mr.桜井」
「鳳凰院・キング・義経……っ」
妹に続いて今度は兄の方が居間へと断りなしに上がって来た。
「やあ、ごきげんよう。Mr.桜井。僕の最愛の女性、この世で一番美しいイカロスさん。そしてマドモワゼル・オレガノさん。ついでに気絶しているフェアリー・ニンフさん」
薔薇の花を取り出して1人ずつ配ってみせながら挨拶して回る義経。こういう所は実にマメな男だった。
「で、俺の何が女心を分かっていないって?」
智樹は義経が花を配り終えるのを待ってから質問してみた。
「そんなこと、決まっているじゃないか」
「だから何が?」
「月乃はMr.桜井。君のことが好……」
「きゃ~~~きゃ~~~っ!! お兄さま、それ以上喋ってはいけませんわ~~っ!!」
月乃が義経の口を張り手のようにして押さえて黙らせた。
「はっはっはっは。月乃は可愛い反応を見せるな~。さすがはこの僕の妹。恥ずかしがる様もビューティフォーだ」
「と、とにかく、そういうお話はわたくしが自分でしないと意味がありませんの。お兄さまが代わりに言って良い話ではありませんわ!」
大笑いする義経にプンプンと怒ってみせている月乃。
智樹には何が何だか分からない。
「まあ、とにかく。僕はイカロスさん達を鳳凰院家の温泉宿に招待したいと思うのだよ」
義経がイカロスの手を恭しく握りながら再度提案し直した。
「……はい。お世話になります」
イカロスは義経と智樹のお尻を交互に見ながら鼻息荒く答えた。鼻血が溢れ出してきた。
「さて、これでMr.桜井の許可がなくてもイカロスさん達は僕の家の温泉宿に来ることになったわけだが……」
義経がニヤッと笑いながら智樹を見た。
「分かった。分かったっての」
智樹は月乃に顔を向け直した。
「その、月乃からの温泉宿提供のお誘い……受けて良いかな?」
改めて聞きなおすと何かこそばゆかった。
けれど
「はいっ♪ 任されましたわ」
月乃の満面の笑みを見るとこれで良かったのだとも納得してしまうのだった。
「やっぱり……今日も誰かに見られてる」
アストレアは食材調達の為の食べられる草抜きを止めて周囲に目を配る。
誰の姿も見えない。けれど、どこからか自分を監視している気配を感じる。
この所ずっとだった。
けれど、その監視者の正体が分からない。
「あ~私にもニンフ先輩みたいな高性能のレーダーがあったらこんな不気味な視線。一発で犯人を突き止められるのにぃ」
アストレアにはレーダーや一切のセンサーの類が装備されていない。故に五感に頼って敵を発見するしかない。
今回の様に相手が姿を見せない場合にはアストレアの対応能力は著しく低かった。
「まっ。何かしてくる訳でもないし、放っておけば良いか」
監視の目は1週間以上前から及んでいる。
けれどその間に敵対行動を受けたことは1度もない。
以前の様にシナプスが自分達の行動を見張っているのかも知れないと考える。
けれど、それも妙な話だった。
シナプスからの監視ならもっと巧妙にやるか、もっと露骨に監視していることを知らせるかどちらかの場合がほとんどだからだった。
「まあ、私馬鹿だし。考えても無駄よね」
アストレアは止めていた手を動かし始めて懸命に草を抜き始める。
今日の夕食はこの草を煮て食べるしかない。
食事のメニューを考えるとちょっとだけ泣きたくなった。
「アストレア。ちょっと良いか?」
声を掛けられたので手を止めて顔を上げる。
「どうしたの?」
声を掛けた少年、守形英四郎に対して首を傾げてみせる。
「アストレアは最近感じないか?」
「ああ。そのことね」
アストレアの目が細く鋭く引き締まる。
「ここの所は毎日ね。飛んで場所を変えてもしばらく経つとまた監視されてる」
「そうか。お前もか」
守形は軽く目を瞑ってみせた。
「やはりこの1週間続けてマークされているのは俺とアストレアだけらしいな」
守形の言葉にアストレアが頷いて返す。
「でも、それが不思議なのよね。何で私と守形なのかしら?」
「正直俺にも分からん」
「マークされているのが智樹やイカロス先輩だったら話も分かるのだけど……私達見張って何の得があるのかな?」
「シナプス、という線は薄そうだな。奴らの第一目標は智樹でありウラヌス・クイーンなのは以前から変わらないからな」
「でも、他に私達を監視しそうな存在なんて……」
アストレアは空を見上げた。
「監視していることは分かっても正体は掴めない。相当な組織力か能力を持った連中なのは確かだな」
守形もまた空を見上げた。
「やっぱりイカロス先輩とニンフ先輩に相談してみる?」
「シナプスの手の内が見えない現状で、智樹やイカロス達にこれ以上気苦労を増やさせるのは良くないだろう。今の所無害であることは確かなのだし」
守形と相談しても結局現状維持という結論に落ち着く。
不安は付きまとうがこちらから派手なアクションを起こしたくもない。
それがアストレアと守形の共通した考えだった。
「そして今重要なのは今夜の夕食をどうするかなのよね~」
アストレアはお腹に手を当てながらげっそりとした表情を見せた。
「何か視線が気になって食料採集に身が入らなくてさあ」
アストレアは手元を見る。夕飯となる食べられる葉っぱはまだ量が集まっていなかった。
「そうか。俺も監視の視線が気になって釣りが上手くいかなくてな。今夜は食べるものがない」
「サバイバル生活している私達にはこっちの方が重大な話よね」
「まったくだ」
2人揃って溜め息を吐く。
「あっ。いたいた。アストレアさ~ん。守形先輩~っ」
川原沿いの道路からポニーテールの髪型をした少女が手を振っているのが見えた。
「あっ、そはらさん!」
そはらの手に提げられた買い物袋を見てアストレアが瞳を輝かす。
あの袋の中には食べ物が入っているに違いなかった。
「実はこれから智ちゃん家でみんなでお夕食会をやろうって話になっているのだけど、アストレアさんも守形先輩も参加しませんか~?」
「勿論いきますっ!」
「ああ。ご相伴に預かろう」
空腹の2人にとっては何よりも嬉しい申し出だった。
アストレアたちは高速移動でそはらの元へと駆け寄っていく。
「これで今日を生き残ることができますっ!」
「ふむ。捨てる神あれば拾う神ありだな」
「2人とも。ただ一緒に夕食を食べるだけなのに大げさだなあ」
必死過ぎる2人の様子を見て笑みを零すそはら。
こうしてアストレア、守形、そはらの3人は桜井家へと赴くことになった。
つづく
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