キノが木乃になってから、何か月かがたった。
あいかわらずキノは「私は木乃なの!」と主張している。ぼくが何度、
「キノは昔は悪を滅ぼすビックカノン~魔者滅銃~の使い手だったんだよ。その前は宇宙をまたに駆けていたし、そのさらに前は大地の旅人だったんだ」
と言っても、作り話が始まったというような目で見る。まったく聞きやしない。
木乃は毎日学校に通っている。それは爆弾も作らず、テロも起きず、座って寝て食べる所だ。平和ってやつだね。
ぼくはストラップで、人間になったことはない。自分の意志でモトラドの形をとることはできるけど、それも時々だ。木乃がおいしそうに食事をしている時なんかはうらやましく思ったりもするけど、一日中寝ていられるし。とくに不満はない。
昔、ぼくとキノは旅をしていた。
キノは、国には三日滞在というルールを作っていた。
ぼくにはなんのことかわからなかったけれど、城壁が平原を真っ二つに覆っているような国を通過しなくてはならないような、そんな特別な理由がない限り守られていた。たぶん、ぼくを治してくれた人が関係しているんだろうと思う。走りたいという声を聴いてくれて、でも走る前に死んじゃった人。
おそらく彼はメカニックじゃなくて、ライダーだったんだろうね。あの時積んでいた荷物は、キノのものじゃなくて、彼のものだったんだろう。
旅ではかなり走った。ほとんど毎日だ。
こんなに走る人は、あまりお目にかかれないと思う。モトラド名字に尽きるってもんだった。冥利? そうそれ。
キノはモトラドについて、全然知識がなかった。最初こそ「どうしたもんかな」と思ったけど、すぐ慣れた。取り回しもうまくなったし、いい人に当たったと思うね。
走ることも、国を見ることも、キノとの会話も、ぜんぶ楽しかった。
だからか、たまに、考えることがあった。
「この旅が終わるのは、どんな時なんだろう?」って。
キノは、それはもう強かった。
後ろからナイフを振りかざされても、キノの方が早いだろうってくらい。
キノの師匠も鬼のように強かったけど、キノも負けてなかった。いや、けっこう負けてたかも。鬼のようにというか、鬼だったからね、師匠は。
たぶんそれぐらいやらないと、人間はすぐ死んじゃうんだと思う。オリジナル度が高くて、パーツが替えにくいもんね。ちょっとの傷が命取りになったりするし。
だけど、やっぱりキノにも危なかった出来事はあった。
キノが死んじゃったら、それはそれで仕方ないと思う。乗り手が変わるのは、モトラドの運命みたいなもんさ。それが乗り手の都合でも、ぼくの都合でも、破損や消耗はつきものだからね。
けど、できるだけ長く乗ってほしいし、できるだけ長く語っていたいと思ってた。結局のところ、死んでほしくないと思ってたんだ。
結果として、ずいぶん予想外の形で旅が終わっちゃったわけだけど。
自分の形が変わったからか、前ほど走りたいと思うことも減った。これは驚いたよ。
ただ、そのぶん相棒感が強くなったのかな?
たまに、ごくまれに、昔のことを思い出すことがある。女神に出会う前の、証券取引に巻き込まれるよりも前の、毎日走っていた時のことだ。
それは、ぼくだけが覚えている。ぼくだけしか覚えていない。
キノが昔のことをぜんぜん思い出さないのは、すこしだけ、さびしい。
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切ない系・エルメスの独白。学園キノがもしキノの旅と繋がっている話だったら、走るために生まれたはずのモトラドは何を考えるのだろうか