夜天の主とともに 35.悲しみと絶望
「……みんな?」
起きた健一は何とも言い難い不安感に襲われていた。((両親|りょうしん))は家に帰ったため病室にいるのは健一ただ一人。はやてはもちろん自分の病室、きっとシグナムたちも家に帰っているだろう。なにもおかしいことはない。ないのだが不安感だけが募るばかりで拭われることはなかった。
なんとかこの不安感を拭いたくシグナムに念話で連絡を取ろうとしたが、
「繋がらない?そんなばかな。」
念話は電話と違って電波を必要とせずチャンネルさえ合っていれば繋がらないということはまずない。本人が念話に出ることができない状況に陥っている場合を除けば。
続けてヴィータとシャマルにも繋げようとしたが出ることはなかった。何かジャミングがかかったようなザザザッという音だけが脳内に響いた。
「くそっ、誰か頼むから出てくれy『どうした?』ザフィーラ!」
ここで最後に試みたザフィーラと念話をつなげることに成功した。
『ザフィーラ、そこにシグナムたちはいるのか?通信が繋がらないんだ。』
『いやこちらにはいない。そうかやはりそちらからも通信が‥。一体何があったというのだ。』
『通信が通らない状況ってことだよね。』
『ということになるのだろう。今私が索敵している。お前はそこから動くな。見つけ次第連絡する。』
健一は自分もと言おうとしたがその前に一方的に通信を切られた。
「……俺がじっとしてられるわけないだろ。ジェナ行くぞ。」
〈今のマスターの状態では仮に行けても何もできませんよ?それでも行かれますか?〉
「ああ、頼む。」
〈All right,Master.〉
「ふむ、さすが守護騎士だな。そこそこページが埋まったな。」
「シグナム!!シャマル!!」
なのはたちが争っていた場所はすでに新たな介入者によって場面が変わっていた。あの仮面の男だった。瞬く間に((二人|・・))の仮面の男によってバインドされ、シグナムとシャマルはすでに闇の書に蒐集され消えてしまっていた。
残されたのはなのは、フェイト、ヴィータの三人だった。
「くそっ!!てめぇ絶対に許さねぇ!!」
「たかがプログラムごときのお前たちが怒るか。くだらん。不要となった守護騎士を蒐集する。これは過去に為されたはずだ。残るはお前一人だ、闇の書。」
〈蒐集。〉
「うぁぁぁぁぁぁ!!」
露出したヴィータのリンカーコアから闇の書へと吸収され始めた。バインドで身動きができず抵抗することができないヴィータは蒐集されるにつれてシグナムたち同様姿が足下から徐々に消えようとしていた。
その瞬間、突如横合いから仮面の男に迫る者がいた。
「ウォォォォォォ!!」
ザフィーラだった。彼の顔には仲間がを傷つけられていることによる怒りが張り付いていた。
「でやぁぁぁぁぁ!!」
彼はその勢いのまま拳に魔力を込め渾身の一撃をたたきこんだ。さすがに避ける余裕はなかったのか仮面の男は障壁を張ったが、それで充分であった。激突したとき一瞬の拮抗ののちに力負けしたのかザフィーラの手甲が砕け拳からは血が噴き出した。
「そうか……もう一匹いたな。」
そう呟くと同時にザフィーラの胸からもリンカーコアが露出された。
「ぐぉぉぉ!?」
よほどの苦しみなのかあの盾の守護獣が痛みに唸っていた。しかしそこで終わらなかった。
「!?」
もう動けまいと予想した仮面の男の予想は裏切り、ザフィーラは持てる限りのすべての魔力をもう一度拳へ込めた。
「私が‥‥守らねばならんのだぁ!!!」
「奪え。」
魔力を奪われる痛みに耐えながら放たれた渾身の一撃は障壁とぶつかると辺りに銀色の閃光をまき散らした。閃光が晴れた時一人が佇みもう一人はビルへと落ちた。上には仮面の男、下にはザフィーラ。結果は仮面の男に軍配が上がったのだ。
「お前にしては少々手こずったな。」
「蒐集されながらも攻撃ができるとは予想しなかったものでな。だが、所詮あんなものだ。さて材料はすべてそろったな。」
眼下に広がるのはビルの屋上で気を失って横たわるヴィータとザフィーラ。わざわざ蒐集しきらず残しているのには役割があるからだった。
「あなたたちなんてことを!!」
「ひどい、ひどすぎるよ!!」
その声はシグナムたちと同じようにバインドで動けなくなっていたなのはとフェイトだった。
「…この二人は計画を成就させる妨げになる。」
「わかっている。」
仮面の男は虚空から何枚ものカードを出現させるとなのはとフェイトを何重にも拘束したうえでクリスタルケージへと閉じ込め遠くへ追いやった。
「さて、闇の書の主…目覚めの時だな。」
仮面の男の一人が蒼く光り、なのはとよく似た姿になる。
「いや、因縁の終焉の時だ。」
もう一人もフェイトへよく似た姿へと変化した。
青い魔法陣が床に現れそこからはやてが転送されてきた。転送されたはやては苦しむ胸を押さえながら辺りを見回している。病院にいたはずの自分がビルの屋上にいるという突然の事態に困惑しているのだろう。
そして目の前に浮かんでいる偽なのはと偽フェイト、その中央で宙づりにされているヴィータに床で横たわるザフィーラに気付いた。
「なのはちゃん?…フェイトちゃん?なんなん、なんなんこれ。」
次々と変わっていく状況に思考が追い付いていないのか声が震えている。
「君は病気なんだよ。闇の書の呪いって病気。」
「もうね、治らないんだ。」
彼女たちをよく知る者がいたならばきっと偽物だとわかっただろう。しかし、今のはやてはあまりの事態でそんなことに気付く心の余裕は微塵もなかった。
「闇の書が完成しても助からない。」
「君が救われることはないんだ。」
それを聞きはやては動揺した。それは心のどこかでいつかは治る時が来るとわずかながら信じていただから。しかしすぐに頭を振った。
「そんなん…ええねん。ヴィータを離して。ザフィーラになにしたん?」
そう。今はやての中で最も大事なことは自分ではなく守護騎士たちのことだった。
「この子たちねもう壊れちゃってるの。私たちがこうする前から。」
背筋のぞっとするような冷え冷えとした声で話す。
「とっくに壊された闇の書の機能をまだ使えると思い込んでる。無駄な努力を続けていたの。」
それは無機質ともいえるほど感情のこもることのない心へ突き刺さるような言葉だった。この時点ではやてはシグナムたちが自分の病気を何とかしようとしていたと言おう事は何となく理解した。それだけにそれを無駄と言われるのは我慢ならなかった。
「無駄ってなんなん!シグナムは…シャマルは!」
偽フェイトが視線をはやての背後へと移す。はやてがその視線を追うとそこには今日病院にお見舞いに来てくれた時に着用していたシグナムとシャマルの衣服だけが残されていた。残された衣服が空しく風に揺られている。
この時点ではやての心は立て続けに襲うショックで心が張り裂けそうだった。あと一押し二押しあれば壊れてしまうほどに。
「壊れた機械は役に立たないよね。」
「だから、壊しちゃおう。」
偽なのはと偽フェイトの手が青白く輝く。
その言葉にはやては激しく動揺した。そして必死に懇願した。
「や、やめてぇ!!!」
しかし、その必死な言葉も空しく響くだけで偽なのはたちには届くことはなかった。
「やめてほしかったら…」
「力づくでどうぞ。」
何とかして止めたかい。でも自分にはそれを止める力がない。できることは懇願することのみ。
「なんで、なんでやねん!」
「ねぇ、はやてちゃん。」
「運命って残酷なんだよ。」
偽なのはと偽フェイトの手の輝きが一気に増しヴィータたちを襲おうと振りかぶった。しかしその攻撃は途中で止まった。
「ゴホッ、間に…合ったか?ゴホッゴホッ。」
健一side
本当に間一髪だった。高町さんとフェイトと呼ばれていた子の間に入り腕を掴んで止めた。それによりヴィータはザフィーラの横に落とされた。
「けん…君?」
「はや、て!?なんでここに……。それにこの状況は…なんだ。」
服装見れば病院にいた時と同じものだった。よほど泣いていたのか目からは止どめなく涙があふれ表情はぐしゃぐしゃだった。
二人の腕を止めながら情報を何とかかき集めようと見渡した。病院にいるはずのはやて、こと切れた人形のように動かないでいるヴィータとザフィーラ、残されたシグナムとシャマルの衣服、そして今自分が掴んでいる相手。
「お前らが‥‥やったのか?」
自分でも驚くくらいひどく静かで低い声でそう聞いた。かつてないほどの怒りが自分の中で込み上げてきて思わず言葉がわなわなと震えるほどだった。
「そうだよ、健一君。」
その言葉に動揺することもなく、
「闇の書を完成させてあげる手伝いをしてあげたんだ。」
全く悪びれず冷え冷えとした声でそう言った。
怒りでどうかなりそうだった。自分でもわかるぐらい俺の体が震えているのが感じた。
「ジェナ!!」
〈Jet shoot.〉
「「!?」」
二人を掴んだまま健一はゼロ距離でジェットショットを放った。しかし、
「ゼロ距離での発射は少し驚いたけど」
「君の魔力弾、中身がないね。」
「くっそ…ゴホッゴホ、ゲホゲホッ!!!」
煙が晴れて見えたやつらは全くの無傷だった。さらに俺の体に異変が生じた。何かが詰まったかのようにまとも呼吸ができないのだ。
「なるほど、もう壊れてたんだね。」
「じゃあ君も壊しちゃおう。」
掴む力がなくなった瞬間に俺の手は振りほどかれた。すでに浮遊する力もなかったため重力に従って俺は落ちて行った。それをダメ押しとばかりに背中強烈な踵落としを食らい勢いよく墜落した。
「ガハッ!!ゲホッゲホッ!!!」
咳が止まることはなく血が口から大量に吐き出た。もう俺には立ち上がる力は残っていなかった。それでもなんとかはやて達を助けなねばと思った。
そしてヴィータとザフィーラがいるところを見た。いや、見たはずだった。
「蒐集…完了だね。」
俺が見たのは((高町|・・))がもつ闇の書に吸い込まれて消えていくヴィータとザフィーラだった。心の中を何かが埋め尽くしていく感覚が俺を襲った。怒りに加え絶望も加わり心が押し潰れそうだった。
でも俺以上に深刻な状態にあったのがはやてだった。はやても俺と同じもの見てしまったようで目が大きく見開かれ、瞳は激しく揺れ動いている。一目見てあのままだとまずいと感じた。
「ゲホ、はや…て。俺をゲホゲホッ!見ろ。」
「!……けん君。」
体に力が入らず呼吸もままならない。正直動くのはつらい。でも、今ははやてのそばにいてやりたかった。こんな情けない姿の俺でもあいつの心が壊れるのを防げるのなら。
少しずつなけなしの力を振り絞って一歩ずつはやての下へ這った。はやても胸を押さえながらこっちに近づいていく。
その距離は少しずつ縮まり、ついにお互いに手を伸ばしさえすれば届く距離まで近づいた。
「は……やて…。」
「けん…君。」
はやての表情は今もあの天真爛漫ともいうべき笑顔はなく涙が流れていたがそれでもほんの少し和らいでいた。
よかった。そう思いながら俺は限界まで手を伸ばした。はやてもこっちに手を伸ばしてくる。手と手が重なるまであと数センチだ。
とすっ。
「…えっ?」
どこかで何かが突き抜ける音がした。かなり近いところでだ。どこでだ、と辺りを見渡そうとした。するとはやてが目を見開き信じられないものを見るような視線を俺に送っていた。その視線の先には……。
「君の魔力ももらうことにするよ。」
フェイトの腕が俺の腹部を貫いていた。それはシャマルがやっていたものとよく似ていて俺のリンカーコアが掴まれていた。
「がっ、お、前!がぁぁぁぁぁぁ!?」
予想以上の苦しみと同時に急速に魔力が失われていくのを感じた。そして少しずつ薄れゆく意識の中はやての姿が見えた。その姿は絶望と悲しみで彩られていた。
許さない。
健一sideend
「はやてちゃん!!」
「はやて!!」
やっとのことでバインドから抜け出すことができたなのはとフェイトはすぐさまはやての下へ向かおうとした。
「う、うぐ、うあ。うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
暗い闇のような魔法陣がはやての下に出たと思うと暗い闇の柱がはやてを貫いた。そしてそれは大きな丸い球体となり固まった。そしてそこから動かなくなった。
これを見て動揺したのは仮面の男たちだった。男たちは巻き込まれそうになっていた健一も運び離れたビルの屋上からそれ見ていた。予定では完成人格が現れ完全に暴走状態に入る前に強力な凍結魔法で永久封印しようという計画だった。しかし、状況は違うものだった。
「どういうことだ。覚醒後は管制人格が出てきて融合するのではないのか?」
「わからん。だが、これはこれで好都合だ。暴れられることなく封印ができる。」
仮面の男たちが封印に移ろうとしたその時だった。背後で魔力が爆発的に上昇するのが感じられたのだ。
慌てて振り返ると健一は力なく浮かんでいた。魔力光は薄緑ではなく闇の書の主と同じ深い闇色に変化し輝いている。
〈Rinker core,recovery.〉
「ばかな!?一度傷ついたリンカーコアが瞬時に治るだと!!」
――あなたは、何を思う?
……シグナムを消した奴らが憎い
――何を思う?
……シャマルを消した奴らが憎い
――何を思う?
……ヴィータを消した奴らが憎い
――何を思う?
……ザフィーラを消した奴らが憎い
――何を思う?
……はやてから家族を奪った奴らが憎い!!!!
――あなたは何を願う?
……やつらにこの怒りを。そして絶望を与え、滅ぼす!!!!
――あなたの、マスターの願い叶えましょう
健一の姿が溢れ出た魔力に完全に包まれ姿が見えなくなった。その間も魔力はどんどん増大していった。そして一際大きく輝き閃光が辺りを埋め尽くした。
「一体何が‥。」
仮面の男たちの目が視力を回復させ見たものはかつてひとりの少女とその家族の幸せを守ろうとしていたはずの少年だった者が佇んでいるのであった。
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