No.503666 恋焦がれて見た夢【本文サンプル】たけとりさん 2012-11-02 22:51:34 投稿 / 全2ページ 総閲覧数:1869 閲覧ユーザー数:1867 |
白く輝く三日月にほんのりと照らされた黒い空に、靄のような白雲が浮かんでいた。ヘリにビルの位置を示す赤や青の灯が星の代わりに煌めき、ホテルの屋上に設置された電灯が白く輝いている。
潮の香りを微かに含んだ風が強く吹き抜けた。
それは平乃や咲の長い髪と、次子の首に巻いた白いマフラーを大きく棚引かせていく。ただじっと立っているだけであれば身に染みた冷気も、走り続けた彼女達の身体には心地良い程だった。
だが明智小衣は、白い吐息を吐き出しながら、眼前に広がる光景に目を見開いた。
ヤマシタ公園横にある、クラシックホテルの屋上。
普段は立ち入り禁止の場所だったが、美術館から宝物を盗み出し、トイズを使ってビルを跳躍しながら逃亡する怪盗を追って、G4は非常階段からそこへと踏み込んだ。
この怪盗がこの屋上に辿り着き、G4が駆けつけるまで五分も経っていない。
だが白い電灯の下では、熟したトマトのように真っ赤な髪をした男が、腰を低く落とし、右手を懐に差し入れた格好で固まっていた。男の前方には、コンクリートの床が抉れた穴が三つ点在し、大小様々な破片が飛び散っている。
赤毛の男は、映画で西洋の貴族が仮面舞踏会で被っているような、小さな赤い羽根飾りと金の装飾が施された白い仮面で顔を隠していた。そして光沢のある黒のバイクスーツのようなもので身を包んでいる。
その足下には、彼が盗み去ったはずの宝物が、丁寧に折り畳まれた赤い布の上でG4を見上げていた。白銀に輝く東洋の龍が身をくねらせ、水の雫を象った大きな翠の宝石に絡みついている置物で、男の頭上から注がれた電灯の光を受け、穏やかな煌めきを放っている。
G4は用心しつつ近寄ったが、男は微動だにしなかった。目を凝らすと、男の周囲にだけ薄い膜でも掛かったかのように淡い光が漂い、空気が僅かに揺れている。
「人形化してますね」
長谷川平乃は、男の足首をラケットの柄先で軽く叩いた。カツン、とマネキンのような音が小さく響く。
「また先を越されたなぅ」
手にした端末をいじりながら、遠山咲が呟いた。
「トイズを使って戦ってたけど分が悪くて、懐の拳銃を出そうとしたところでやられたって感じだなァ」
銭形次子は両手に構えた拳銃を腰のホルダーに戻し、冷静に分析している。
「きぃぃぃ、何なのよ一体!」
明智小衣は、文字通り地団太を踏んだ。
「いやぁ、怪盗を捕まえてくれる上に宝物を取り返してくれるなんて、随分親切だよなー」
軽口を叩く次子に、小衣は目尻をつり上げた。
「馬鹿言ってんじゃないわよ、次子!」
「ジョーダンだよ、ジョーダン」
次子は苦笑しながら男の前で腰を屈め、宝物を拾った。そして立ち上がり、駆けつけた警官に手渡す。その様子を見守っていた平乃が、白い吐息を漏らした。
「今月に入って、もう五件目ですね」
「……まさか怪盗辞めたとか?」
冗談めかした次子の言葉に、咲は気だるそうに返した。
「さぁ、それはないんじゃないかなー」
妙に断言するような口調に、平乃は小首を傾げた。
「でも、盗まれた宝物は無事ですよ?」
「元々怪盗ストーンリバーは、盗む事よりもそれを守る探偵と戦うことを主目的にした怪盗だから。過去には、戦った探偵に満足して予告した宝物に手を出さないで去ったって事もあったみたいだし」
咲は手にした端末の画面に視線を落としたまま、白い息を吐き出した。
「自分が盗んだモノじゃないから、横取りしないで律儀に置いていってくれてるだけじゃない?」
「あぁ、なるほど。確かにそういう性格っぽいもんなぁ」
咲の言葉に、次子は腕を組んで大きく頷いた。
「でもそうだとしたら、ストーンリバーは何の為に他の怪盗を倒してるんでしょう?」
平乃が再び首を傾げた。
「確か、武者修行の旅に出たんでしたよね?」
「あれから三ヶ月以上経ってるよな?」
次子は腕を組んだまま、右手を顎へと持ち上げた。
「……縄張り争い的な?」
咲の言葉に、次子と平乃は顔を見合わせた。
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中略。このあとMHのパートなどがありますが、
次ページは前半のストエリ部分の抜粋。
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「あの……困ります……っ」
聞き覚えのあるか細い声が耳に入って、ストーンリバーは思わず声を上げた。
「エルキュール・バートン?」
その低い声に驚いたように、男達が一斉にこちらへと振り向いた。男達の間から、涙目になったエリーが顔を覗かせている。
「石流さん……っ!?」
ストーンリバーの姿を確認すると、エリーは驚いたように両目を見開き、次に安堵したかのように顔を輝かせた。
「なになに、知り合いなの?」
エリーの正面にいた金髪の男が、馴れ馴れしくエリーの顔を覗き込む。エリーは両手でその男を小さく突き飛ばすと、ストーンリバーの元へと駆け寄った。そしてその背後に隠れるように回り込み、迷子の幼子がようやく出会えた親にしがみつくように、コートを両手で強く握っている。余程恐ろしかったのか、その手は小さく震えていた。
「あんまり似てないけど、もしかしてお兄さんじゃないよね?」
「ちょっとお話してただけなンすよぉ」
怪盗時と違い、今のストーンリバーは全身をゆったりとした長袖の衣類とコートで覆っていた。そのせいか線の細い彼の風貌から、男達は彼をただの優男と判断したらしい。ニヤニヤと笑いながら近寄ってきて、リーダー格のような金髪の男が、正面に立つストーンリバーを無視してエリーへと目を向けた。
「へぇ、エルキュールちゃんて、もしかしてミルキィホームズの?せっかくだし、そんなつまらなさそうな男とよりも、オレたちと一緒に遊びに行こうよ」
馴れ馴れしい口調で話しかけ続ける男達に軽い苛立ちを覚えながら、ストーンリバーは彼らを見据えた。
「うちの学院の生徒に何か用か」
警察や他の怪盗達と対峙した時のような低い声音が、ストーンリバーの口から放たれた。その声音と視線の迫力に、男達はびくりと身を竦ませる。
「ち、先公かよ……」
「つまんねぇ、行こうぜ」
ひと睨みしただけで怯んだようで、彼らは捨て台詞を残しながら足早に退散していった。
その姿が路地から消えてようやく、エリーはコートを掴んだ手をゆっくりと離した。
「ありがとう、ござます……」
ストーンリバーが振り返ると、エリーはゆっくりと頭を下げている。
「何故ここにいる」
「あ、あの……っ」
ストーンリバーが問いつめると、エリーは怯えた表情を浮かべた。自信なさげに視線をさまよわせる様に、ストーンリバーは再び深い息を吐く。
「別に怒っているわけじゃない」
ひどく狼狽えるエリーを落ち着かせるように、ストーンリバーは彼女の両肩に手を置いた。が、予想以上に冷たい空気をまとわりつかせた布の感触に、思わず眉をしかめる。
「ご、ごめんなさい……」
エリーは消え入りそうな声と共に、顔を伏せた。よくよく顔を覗き込んでみると頬や耳も赤く、羞恥のせいだけではないのだろう。
「まずは落ち着け」
ストーンリバーは軽く吐息を吐き出すと、エリーの肩から手を離した。そして彼女を落ち着かせるのが先だと判断し、彼女の右手首を掴んだ。そのまま手首を引いて数歩踏み出すと、エリーが目を丸くして顔を上げる。
「え、あのっ、石流さん……っ?」
「いいから、とりあえず一緒に来い」
振り向きざまそう告げると、彼女は目を見張ったまま小さく頷いた。腕を引いて先に立つと、引かれるまま無言で従っている。
ストーンリバーが路地を進むと、煉瓦造りのような外装をした古いマンションが見えた。ビルの正面入口から少し離れた場所に、外から直接地下へと下っていく階段がある。
ストーンリバーはエリーの腕を掴んだまま、地下へ続く階段へと足を踏み入れた。
煉瓦造りの壁に取り付けられた小さな電灯が、薄暗い階段をほんのりと黄色く照らしている。
階段を下りきり、「Black Lizard」と黒色の文字で記された木製の扉の前で立ち止まると、ストーンリバーはコートの内ポケットから銀色の鍵を取り出した。それを鍵穴に指して回し、扉を開ける。
中では、ランプの明かりにも似た黄色い照明が一つだけ点いていた。ストーンリバーは大きく扉を開いてエリーを中へと導くと、掴んだ手を離した。そして店の奥にあるカウンターへと進み、店内の照明を点灯させた。
薄暗かった室内が一気に明るくなり、エリーは目を細めている。
店内はそこそこ広かったが、四人掛けのテーブルが五つと、五、六人が座れるコの字形のカウンターしかなかった。そしてテーブル席は、大きな観葉植物の鉢植えでゆったりと区切られている。
「適当に座れ」
ストーンリバーは、周囲をきょろきょろと見渡すエリーに近くのテーブル席を顎で示すと、コートを脱いでカウンターチェアへと掛けた。そしてカウンターの中へと回って壁に掛けた雪見鍋を取り出し、中に水を満たすとコンロにかける。
エリーは近くのテーブル席に腰を落ち着けたものの、未だ興味深げに店内を見渡していた。
「あの、ここって……石流さんのお店ですか……?」
「違う」
エリーの言葉にストーンリバーはすぐさま否定し、棚からティーカップを一つ取り出した。
「ここの店主とはちょっとした知り合いで、たまたま立ち寄ったら怪我をして暫く店に立てないというから、手伝っているだけだ」
「雇われ店長……みたいな?」
「まぁそんなところだな」
正確には異なるのだが、そこまで説明する必要もないと考え、ストーンリバーは曖昧に頷いた。そして背後へと振り返り、冷蔵庫から小さな瓶を一つ取り出す。その中身をスプーンで掬い、カップへと入れた。
エリーは所存なさげに両手を腿の上に載せ、ストーンリバーの動きをじっと目で追っている。ストーンリバーも何か語るでもなく、唇を真一文字に結んだまま作業を進めた。
ストーンリバーの立てる小さな物音だけが室内に響く。
そこに、湯が沸騰する軽やかな音が加わった。ストーンリバーは暫し待った後に鍋の火を止め、沸騰した湯をカップへ注いだ。そしてスプーンでゆっくりとかき混ぜていく。
やがて、柑橘系の甘い香りがゆっくりと室内に広がった。その香りに、八の字に寄せられたエリーの眉間が微かに緩む。
ストーンリバーはカウンターの外へと周ると、湯気を立てるカップを盆に載せ、エリーが座るテーブル席へと近寄った。
「ゆず茶だ。少しは冷えた身体も暖まるだろう」
そう告げてティーカップをテーブルの上に置き、エリーへと差し出す。彼女はストーンリバーを見上げ、しかし視線が合うとすぐに顔を伏せた。
「あ、有り難うござます……」
目を伏せたまま小さく頭を下げ、ティーカップへ両手を伸ばした。しかし口元へは運ばず、暖をとるように両の掌でティーカップを包んでいる。
エリーがふぅ、と微かな吐息を漏らした。
傍らで佇むストーンリバーをちらちらと伺い、頬をほんのりと上気させたまま、そわそわと落ち着きがない。
ストーンリバーは大きく息を吐き出しながら、エリーの真向かいの椅子に腰を下ろした。
「どうした」
「いえ、その……学院の時と違って優しいと思って……」
エリーはティーカップを両手で包んだまま、ぼそぼそと呟いた。
「ここは学院ではないからな。別に構わんだろう」
ストーンリバーがそう答えると、エリーはさらに顔を赤くした。
「そ、それに、こういう場所で二人きりですし……その……」
「私がお前に何かするとでも思っているのか」
「いえっ、あの、そ、そんな訳では……」
ストーンリバーが呆れた口調で軽く息を吐くと、エリーは否定するように大きく首を横に振った。
「お前はミルキィホームズの中では白い忘れな草のように可憐なのに、どうしてそう思考が変な……まぁいい」
途中で自分が妙な事を口走っていると気付き、ストーンリバーは口元を片手で押さえ、語尾を曖昧に濁した。そして長い脚を組み、気まずさから視線をそらして口を開く。
「何故あそこにいた?」
「それは……その……」
「たまたま通りかかったから良いものの、昼間でもああいう連中がたむろしているんだ。何かあったらどうする」
咎めるような口調となり、ストーンリバーは両眉を寄せた。椅子の両脇についた肘宛に右の肘を載せ、眉間に指先をあてた格好で「別に怒っているわけではない」とか「心配して……いや、そういう訳ではない」と言い訳がましい言葉を繰り返し、視線をさまよわせてしまう。
すると、エリーの微かな笑い声が耳に入った。
見やると、彼女は口元に片手をあて、小さな笑みをこぼしている。ようやく落ち着いた様子を見せる彼女に、ストーンリバーも眉を緩めた。
「冷めないうちに飲め」
「は、はい」
ストーンリバーが促すと、エリーは両手でティーカップを包んだまま、ゆっくりと口元へ運んだ。
「美味しい、です……」
そしてうっとりと頬を緩めると、そっとカップをテーブルの上に置いた。
「その……あそこに居たのは、怪盗事件の調査をしていたからです……」
予想外の返答に、ストーンリバーは思わず彼女の顔を見返した。視線が合うとエリーは頬を赤く染め、慌てて顔を伏せる。
ぽつぽつと紡がれた彼女の説明によれば、ヨコハマ超美術館に「明日の夜『翡翠龍の涙』を頂戴する」という怪盗からの予告状が届いたらしい。その怪盗は最近ヨコハマに現れるようになっており、先月も超美術館に忍び込んで宝石を盗み出し、まんまとG4を振り切っているという。そこでG4から得た情報を元に、その怪盗の対策を兼ねて、前回の侵入、逃走ルートと覚しき道を辿っていたのだという。
「そうしたら、その、途中で道を間違えてしまったらしくて……」
「そうか」
エリーの言葉に、ストーンリバーは小さく頷いた。
その怪盗が予告状を出していることは、既にストーンリバーも把握していた。彼が生まれる前から活動し続けているベテランの怪盗で、日本で活動する有数の怪盗の中でも五本の指に入るだろう。
「珍しく勉強熱心なことだな」
ストーンリバーが感心した口調で頷くと、エリーは恥ずかしそうに顔を赤らめ、再び目を伏せた。
「その怪盗を捕まえれば、きっとそこに怪盗ストーンリバーも現れると思って……」
エリーの唇から漏れた自分の名に、ストーンリバーは僅かに目を見開いた。
「予告を出した怪盗と、怪盗ストーンリバーに何の関係がある?」
怪訝に感じながらも冷静に尋ねると、エリーは言葉を続けた。
「その、アーティさんから聞いて……」
どうやら森・アーティという後輩から、ストーンリバーの最近の動きを耳にしたらしい。
しかしその話に、ストーンリバーは眉を寄せた。
学院の食堂を預かっていた以上、生徒は一通り把握しているつもりだったが、森・アーティという名に聞き覚えがなく、エリーから聞いた外見と記憶を照らしあわせても、その姿を見た覚えがなかった。
それにストーンリバーの話は新聞でもテレビでも報道されていない。怪盗の間では噂になっているようだが、何故その生徒が知っているのか。
首筋に見えない糸が絡みついたような不快感がまとわりつき、ストーンリバーは軽く頭を振った。
「……石流さん?」
顔をしかめる彼を、エリーが心配そうに見上げている。
「何でもない。それで?」
ストーンリバーが先を促すと、エリーは小さく頷いた。
「その、あの時のお礼を伝えたくて……」
「あの時?」
学院の職員であった「石流漱石」ならばともかく、怪盗である方の自分が、探偵であるエリーに礼を言われるような覚えはない。思案するように僅かに首を傾げていると、エリーはぽつぽつと言葉を続けた。
「私たち、学院が壊されてすぐの頃、ちょっと現実逃避をしてしまって……。その時、ストーンリバーさんが……あれはたぶん、励ましてくれたんだと思うんです……」
「そうか」
ただ自分の心情を吐露してしまっただけだと否定したかったが、今の自分がそれを口にするのはまずい。律儀なことだと内心苦笑しつつ、ストーンリバーは押し黙った。
あの時、コーデリアのトイズが暴走していたのか、それとも彼女が重度の現実逃避をした挙げ句に新たな能力に目覚めたのか結局不明なままだったが、その場に居合わせた全員が、彼女の生み出した特殊な空間に呑み込まれてしまった。いくら精神的に参っていた隙を突かれたとはいえ、ストーンリバーにとっては、それに負けて呑み込まれてしまった事が一番情けなく、苦い記憶だった。
自分はまだまだ弱いと、ストーンリバーは痛感している。
しかし何よりも、アルセーヌがあれだけ拘っていたミルキィホームズ達が、あっさりとあれに呑み込まれて現実逃避していた事が、あの時は妙に許せなかった。
アルセーヌは何故、学院を破壊したのか。何故、学院を破壊したくなったのか。
未だ明瞭な答えが得られない問いを胸の内で繰り返しながら、ストーンリバーは、目の前でティーカップを口元へと運ぶエリーを見つめた。
未だトイズを取り戻せずダメダメなままだったが、それでも彼女たちは立派な探偵を志し、前へ進もうとしている。そんな彼女達をアルセーヌは厳しくも温かな眼差しで見守っていたのではなかったか。
遠くなったあの日々を回想していて、ストーンリバーの中に不意に閃くものがあった。
もしかして、アルセーヌはミルキィホームズ達にトイズを取り戻して欲しかったのではないか。だからこそ、学院で厳しい態度を取り、自分達にもそれを命じたのではないか。
そんなまさか、とストーンリバーは息を呑んだ。
だとしたら……だとしたら今まで自分がしてきた事は何だったのか。
目を伏せてうなだれるストーンリバーに、エリーは椅子から身を乗り出した。
「あの……大丈夫です、私達が頑張って、きっと学院を復興させますから……」
しかしすぐに恥ずかしそうに赤面し、俯く。
ストーンリバーの様子に、学院が無くなった事を気に病んでいると思ったのだろう。
「そうか」
ストーンリバーは眉を寄せたまま、唇の端を僅かに持ち上げた。
しかしホームズ探偵学院が無事復興したとしても、そこにアルセーヌが居なければ、自分がそこに戻る意味はない。
ストーンリバーが自嘲気味な笑みを浮かべると、エリーは意を決したように顔を上げた。
「あの……石流さんの夢って何ですか?」
「何だ、藪から棒に」
「いえ、その……」
ストーンリバーが琥珀の瞳をエリーへと向けると、彼女は傍らにある観葉植物に鉢植えへと目を移した。
「料理人だから、自分のお店を持つことかなって思って……」
「そんなことはない」
エリーが口にした言葉を、ストーンリバーは明確に否定した。
「一般的にはそれを目標にしている料理人は多いだろうが、私は違う」
そもそも自分は怪盗であって、料理人はあくまで潜伏する時の仮の姿でしかない。
しかし夢は何かと問われて、彼は即答することが出来なかった。
アルセーヌの側で仕えること。そして彼女の気高き美学と志を為すこと。それが確固たる信念として自分の中にあったはずなのに、あの日以来揺らぎ始めている。
「私の中に未だ迷いがあった時、アル……アンリエット様が、道を指し示してくださったのだ」
ストーンリバーは初めてアルセーヌと出会い、諭された時の事を脳裏に思い浮かべた。そして視線を落とす。
もし彼女の中からあの美学が消えていたとしたら、自分はどうすればいいのか。そしてどうするべきなのか。
あの日以来自問し続け、やがて自分が出した結論を、彼はぽつぽつと口にした。
「だから私は、あの方の理念や所志、そういった気高い心を守りたいと思った」
そうして顔を上げると、真剣な眼差しで見つめるエリーと目が合って、彼は我に返った。また彼女相手に本音を漏らしてしまった事に赤面し、顔を逸らす。
「……忘れろ」
頬に熱を感じながら、ストーンリバーは小さく咳払いをした。
「それで?そういう事が聞きたかったわけではないのだろう?」
ストーンリバーが先を促すと、エリーも我に返ったようだった。そしてアンリエットが戻ってきてからでいいので、学院に戻ってきて欲しいと訴えてくる。
「……考えておこう」
自分を真っ直ぐに見上げる紅の瞳に、ストーンリバーは拒否することも、即答することも出来なかった。
誰かに必要とされることは不快ではない。だが彼女達は探偵で、自分は怪盗だ。線引きは明瞭にしておくべきだろう。
「もう帰れ。二度とここには来るな」
そう告げてストーンリバーが椅子から立ち上がると、エリーは驚いたように両目を見開いた。一瞬だけ泣きそうな表情に見え、彼は慌てて取り繕った。
「別にもうお前の顔が見たくないとか、そういう意味じゃない」
視線をさまよわせ、カウンターへと足を進めながら言葉を続ける。
「ここは酒をメインに出す店で、お前のような子供が来る所ではないからだ」
そして小さく息を吐き出し、カウンターチェアに掛けたコートを手に取って羽織った。
「それに、お前達に飯をたかられに来られても困る」
「でも、連れてきたのは……石流さんです……」
躊躇いがちに紡がれたエリーの言葉に、ストーンリバーは虚を突かれ、やがて顔をしかめた。己の矛盾した言動に困惑していると、エリーは眉を寄せて笑みをこぼしている。
それに釣られるように、ストーンリバーは目元を緩めた。
「またさっきのような連中がいるかもしれなから、大通りまで送ろう」
そして行きと同じようにエリーの右手首を掴むと、エリーは困惑した声を挙げた。
「あの……これだと無理矢理連れて行かれているみたいですし……その、痛いので……」
「あぁ、すまなかったな」
ストーンリバーは握っていた手を離し、指先を滑らせて彼女の掌を握った。
「これでいいのか?」
そう尋ねると、エリーは飛び上がらんばかりに目を丸くしている。その驚きの表情に、何か間違ったのだろうかとストーンリバーが小首を傾げると、エリーは恥ずかしそうに顔を伏せた。だがこくりと小さく頷き返してくる。
軽く握り返されたエリーの掌は、思っていたよりも小さく、柔らかかった。
怪盗と探偵として対峙していた時とは全く違う感触と感覚に、ストーンリバーは戸惑った。潰さないように気をつけながら、彼女の手を引いて先導する。
女性とも違う、女の子の掌。
その感触に、アルセーヌも彼女と大差ない年頃の女の子なのだと、今更ながら思い知らされる。
地上へと続く階段を見上げながら、ストーンリバーは大きく眉を寄せた。
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以下本文に続く。
どの話もエロとか腐成分は無いです。
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