「あ、ローズお帰り。偵察どうだった? 来週の対戦相手見てきたんでしょ?」
週に一度の模擬戦の授業。学舎から少し離れたところに作られた闘技場には、生徒達が数多く集まっていた。
バストロ学園の技術の粋を集めたと言われる石造りの闘技場は造詣としても美しくもあり、そしてまた、生徒が傷付き血を流し死闘を繰り広げる場として畏怖嫌厭の対象でもある。
この「闘技場」と名の付いた施設は、周りを観戦席に囲まれた試合場とそれを取り囲む結界で構成されている。
生徒同士が魔法戦を行う目的で作られたのだ。外へ魔法が漏れ出さないように、そして魔法で壊れてしまわないように、学内でもそうそうお目にかかれない強力な防護結界が張られている。試合場の敷石の裏にびっしりと刻まれた秘儀文字は学生の身には難解で強大過ぎるものだ。
観戦席を一人歩いていたところで声をかけられたローズ・マリーフィッシュは声の主を探し目を泳がせた。
今日、模擬戦が組まれている生徒以外にも、他の生徒の魔法戦を見る為に観戦だけする者も多い。それでもバストロ魔法学園の全校生徒からしれみれば四分の一のにも満たない数の生徒しか集まらないというのも少し寂しい気がする。授業への参加はすべて生徒の自主判断というのが魔法学園の第一方針でもある。
試合場が一望出来る客席の最上段にいたエディを見付けたローズは、エディの隣に座っているマリーナ・M・クライスに一瞥を送ると、彼女達の横に腰を下ろした。
「どうもこうも、一瞬だったから。やっぱりクラン会長の相手を出来るのは『九星』ぐらい。一発で負けたら偵察にならないよ。もっと気合入れて虚しい抵抗してくれればいいものの」
「あ~、まぁ予想通りだったからね」
今し方試合場で行われていた模擬戦。無論、観戦してその一部始終を見ていたマリーナも苦笑するしかない。
ローズが来週の模擬戦で対決することになっているレビノール・プランバーグは、生徒会長のクランに手も足もでなかったのだ。
「なんだかんだでクラン会長も甘い。怪我させないように手加減してたみたい」
「そりゃそうでしょ。生徒会長が『炎灼獄燃』みたいに病院送り連発してたら恐怖政治の始まりよ。逆らうものはみんな灰塵にするって? 冗談じゃない」
『炎灼獄燃』とはこの魔法学園の生徒最強の魔法使い、序列一位のヒュース・クルエスタの異名だ。獄炎の炎術使いとも呼ばれる彼と魔法戦と行った者は、どんな防御魔法で身を守ろうと全身を焼かれ、熱に侵される。その地獄の炎を食らった者は、一生火に怯えるようになるとまで言われている。実際、何人もの生徒を再起不能にしたというバストロ魔法学園の生きた伝説である。
そんな彼も本来ならこの模擬戦に参加し、序列を巡る戦いを行うべきなのだが、ヒュースと対戦が決まった者は尽く恐れを成して不戦敗する為、最近では模擬戦すら組まれなくなってしまった。
「このところ、『四重星』は四人とも模擬戦に出てないから、今日の会長戦は見物だと思ったんだけど、なんか拍子抜けって感じ」
「どうせなら病院送りにして、私を来週不戦勝にしてくれればいいのに、ふふ」
「ローズ……。そういうことは考えるだけで口にしないで……」
マリーナが顔を歪めて苦情を上げる横では、エディがマリーナよりも更に表情を固くして黙り込んでいた。
「……緊張しているの、エディ?」
ローズが様子のおかしいエディを目聡く見付け、声をかけた。エディもこれから模擬戦が組まれているのだ。
「こ、これは武者震いだよ」
「そうは見えない」
「この子は、全く。模擬戦となるといっつもこれだ。もっとリラックスしなさいよ。緊張なんかしたら余計に実力出せないわよ」
もう幾度も同じことを言ってきたのだろう、マリーナは呆れ心地に言う。だがそれはエディにはつらい言葉だ。元々出す実力がない彼女に模擬戦で何をしろというのだ。
模擬戦とは、本来殺し合いの魔法戦に備える為の訓練だ。相手を死なせない程度に加減して魔法を使うとはいっても、模擬戦は魔法使いとしての総合力を競うもの。ほとんど魔法の使えないエディには、負ける為にある授業と言っても過言ではない。
「そんなこと言われても……。私どうせなぶられるだけだし……」
魔法制御が下手で魔法が全く成功しないエディにも、無情に模擬戦の出番は回ってくる。どうせなら魔法が使えるようになってから参加したいと思うのだが、模擬戦は実力充分で免除されない限り生徒全員が強制履修させられる科目なのだ。
それは魔法使いの根本が魔法戦を行うことであるという『連盟』の方針の表れだろう。魔法使いの数が国力、軍力と数えられる世の中。殺伐としたものを感じてしまう。
もちろん、魔術道具を作る付与魔術師志望のマリーナも同様で、彼女も苦手な魔法戦を先週に行っている。今週は観戦だけと気が抜けているのだろう、マリーナの表情はゆるい。
マリーナの表情につられたのか、少し緊張のとれたエディだったが、視界に入った原色をした人影にまた身を固めてしまった。
「へっ。今日もエディ様の素晴らしいダンスショーが見られるんだな、はっはっ」
「トーラス! あんた、証拠にもなくまた!」
悪びた様子なく半笑いトーラス・マレがエディに近付いてくる。憎まれっ子世に憚ると言うが、エディが会いたくないトーラスが、模擬戦直前のこんな時にわざわざやって来るというのは、どうにも間の悪い。
「ダンスショーって、それはちょっとひどいんじゃない? エディはやりたくて試合場の上で右往左往逃げ回ってるんじゃないんだから、エディはちょっと防御魔法が使えないだけよ」
「マリーナ、やっぱり酷い……」
「はっはっは。魔法が使えねぇなりゃ、とっとと荷物まとめて田舎に帰りな」
その言葉が正論だからこそ、エディの心に突き刺さる。魔法が出来ない者が、どうして魔法学園にいる。そんなことはエディだって毎日自問している。魔法使いになるという身に余る夢を持ったエディに現実は甘くない。
「機嫌良さそうね、トーラス。今日は勝ったの?」
まるでそのローズの言葉を待っていたかのように、いつも態度の大きいトーラスが更に胸を張る。
「おうよ。楽勝楽勝。これでまた序列が上がるぜ」
「上がるて言っても、どうせ一つか二つでしょ」
「確か相手は四十七位」
どうやら序列や対戦カードを抜かりなくチェックしているらしいローズ。序列四十位台が出る模擬戦は意外に熱い。序列は上位五十位にしか与えられない特権。彼らが下手に負ければ序列から落ち、新たに序列に名を連ねる者が出るからだ。
「なんだ。勝ったって言ってもトーラスより下じゃない。それだと序列上がらないんじゃない?」
「うるさい! それでもお前らが勝てない序列内に勝ってるんだ。羨ましいだろ。特にエディ~」
さすがに序列外のマリーナとローズにも耳が痛い。当のエディはいつの間にか両手で耳を塞ぎ、膝を折って丸まっていた。
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魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第一章の10