■34話 虎牢関の戦い・前編
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虎牢関へと向かいながら腕に違和感があるのに気づいたが今はそんなことを気にしている余裕は無い。
どうせ矢が刺さっていつも通りでないから違和感があるのだ、そんなの当たり前の事を気にしても仕方がない。
幸い毒矢でもなかったようだし別段今気にすることじゃないと思考を切り捨て、先へと急ぐ。
違和感が両腕にあった事に気づかずに……。
◇◇◇◇
虎牢関につくと霞、恋、ねね、かごめ、綾が出迎えてくれたが華雄がいない。
理由はわかっているはいる、わかっているだけに面倒だとも思う。
「かごめ、華雄を退かせてくれてありがとう」
まずはそういってかごめの頭を撫でてやる
「ん……」
嬉しそうに目を細めて頬を染めるかごめに満足して手を離す。
「なんやー、かごめだけずるいんとちゃうか?」
「いや、かごめは立派に仕事をやり遂げたんだぞ? 当然のことだと思うんだけど」
「むー、ウチかて時雨が一緒に行きたいの我慢してるっちゅうのに」
「それはごめんな」
そういってぶーたれる霞を撫でる。最近積極的に近づこうとしてくるのに困っているのだが、男としてやはり悪い気はしない。
これだから男ってやつはとか言われるだろうなとしみじみ思ってしまう。
「にゅふふ、これやこれ。相変わらずええなー」
霞を撫で終わる頃にクイクイとタイミング良く服を引っ張られ、そちらをみやると恋がこちらをじーーーっと見ていた。
もう収集がつかない気がする。
そう思いながらもきちんと撫でてやり、恋が満足するのを見届けた後に手を離す。
「ねねも友達だから撫でることを許してやるのです!」
怒ったようにいいながら寄って来るねねも撫でてやる。
そろそろ綾も来るかな? と思い綾を見てみると
「た……食べ物……」
餌を与えられていないのか、目が虚ろだった。
む、惨すぎる。
そんな綾を放って置いて他のメンバーは好き勝手に騒ぎ、はしゃぐ。
恐らく撤退してきた事を負けていると思い込んで気を晴らす為に無理やりはしゃいでいるのだろう。
でも今はこの時間がとてつもなく心地いい。
もうすぐ失ってしまうけれど、二度と笑顔が見れなくなるわけではない。
こいつらのために俺は出来ることをやるだけだ。
今やるべきことといえば……華雄にでも叱られる事か。
そう思い霞たちを引き剥がしてからトボトボと歩き出した、少し憂鬱だったのは言うまでもないだろう。
◇◇◇◇
華雄にかなり怒られて武が何たるかを語られている間に時間が随分と過ぎた。罠を警戒しながらもゆっくりと虎牢関に連合軍が近づいてきているのが良く分かる。
その連合軍への対策として疲弊している相手に夜襲をかけることを皆に提案する。
罠を警戒して神経を尖らせここまで来た連合軍の疲労はピークのはず、これほどの機会は無いとそう説得して皆を丸め込んでいき提案を飲ませることに成功した。
実際に夜襲をしかけるメンバーは霞、俺、おまけに綾と、董卓軍でも中でも群を抜いて速い機動力重視の布陣だ。
狙うはヒット&ウェイ。
敵のほうが圧倒的に多いなか、囲まれでもしたら大変だからこの作戦でさらに疲弊させるものと表向きはなっている。実際疲弊するだろうから嘘は言っていない。
「あんま気がのらんのやけど……」
夜の帳が落ちる頃、虎牢関の上で霞が呟く。
「でもこれが戦だろ……」
「そうやな……」
「ご飯少なすぎ……」
寂しそうに話す霞と俺の会話を悲痛な声が遮り、沈黙がその場を支配する
「早く終わらせよう。そしてご飯」
何も声をかけてやれない俺達を気にすることも無く、綾が沈黙を破って動き出す。
二人は同情しながらも綾に続くのだった。
◇◇◇◇
もうすぐ日も沈む頃、天幕に集まる3つの影があった。
「どうも決定打に欠けるわね」
皆で時雨の思惑通りに行かせない方法を頭を悩まして考えている。けれど時雨の策から外れすぎた行動を取ればこちらが怪しまれる上に有益なものを捨てる事になりかねないから困ったものである。
華琳としては有益な事を見逃して覇道を遠ざけるなんて行為なんてのは本気では出来ないだろう。せめてもっと時雨にベタ惚れだったら別だったかもしれないが。
「霞、もとい張遼を捕まえるのと一緒に時雨も捕まえられればいいんだが」
「それじゃ戦力が足りないわ。頭が湧いてるんじゃないの? 本当ゴミね、クズね、シネ」
「ちょ、どうしてそこまで」
「喋らないで、耳が腐ったらどうするの! 何の役にも立たない害虫は隅でうじうじしているのがお似合いよ! 黙ってうじってなさい! このゴミ虫」
「……」
桂花の容赦ない言葉攻めで心にひびが入っていくのが良くわかる。
「桂花、今は時雨のことを話し合っているのよ、一刀は放って置きなさい」
「で、ですが華琳様。このような害虫が側に居てはいい案も思いうかばないと」
「桂花」
「……わかりました」
華琳にたしなめられる桂花見て相変わらず男にはだけは容赦が無いんだなと心の中でため息をつく。
「それで? なにか策はあるのかしら?」
「策とはいえませんが……その、お父様は切れ者です。下手なことをしてもばれて対応策を講じられるだけでしょう。なら今は策通りに進め、お父様の予定よりも早く洛陽についてしまえばいいだけの事です」
桂花のお父様という発言に眉を引くつかせる華琳を見てつい同情したくなってしまう。時雨に関わると何故か皆少なからず性格が変わってしまうのだから不思議なものである。
「そう、わかったわ。一刀、あなたはほかにあるかしら?」
「そうだな。張遼に協力を仰いだらどうだ? 時雨のことが好きになったみたいだし、気前よく了承してくれると思うぞ」
好きという言葉が出たとき華琳と桂花が若干反応してこちらをものすごい眼力で睨みつけてきた。
「……」
「……」
一体何故睨まれるんだ? と疑問に思っていると視線をそらされてもとの会話に戻り始める。
「害虫の策ではすぐにお父様にばれてしまうわ。お父様なら私達が何かするはずだと思っているはず、だからこその私の案よ」
「やっぱりそれしかないわね。ただ張遼に協力を仰ぐのはいいわね……捕まえて話をしてからこちらの陣営に引っ張り込み協力を取り付けましょう」
そういって華琳が立ち上がり、他の者も続いて立ち上がる。
「そうと決まったら早速準備に取り掛かるわよ」
「「っは!」」
今後の方針を決め、各々が思いを秘めて動き出した。
◇◇◇◇
暗闇の中をひたすら進んでいく。
罠だけしか仕掛けがないと誰が決めただろうか? 相手が疲弊している今だからこそ篭城で追い返す事にしたと誰が決めただろうか?
突貫作業で出来上がった隠れ道を通っていって一刻ほど経っただろうか、開けた道に出た。
予定通りここから作戦を開始する。
「ここで分かれようか」
「なんや、この部隊をまたわけるんか?」
「あまりまとまりすぎても機動力が生かせないからな。俺は劉備側、霞は曹操側、綾は孫策側をやってくれ……ただ、あまり深入りするな。捕まったら助けられないぞ?」
「わかった」
「了解や」
「それじゃあ行こうか」
微笑を浮かべながら始まりの合図を告げる。
早々と張遼隊と荀正隊が散っていくの見届けてから自らも紀霊隊を引き連れて動き出す。
華琳たちがどれほどうまく動くか……お手並み拝見だ。
幾人かの紀霊隊員にばれない様張遼隊の後をつけさせ、己は劉備のいる方へと向かっていく。
確か恋姫では劉備いなかったけど、一体どんな人物だろか?
孫策と同じような人だったら困るけど……ま、その時はその時か。
膨らむ期待を切り捨てて蜀の陣営へと向かう足を速める。相手が誰であろうと今は関係ない、俺は俺の役割をこなそう。
◇◇◇◇
時雨たちと別れ、張遼隊はすぐさま曹操陣営へと疾風怒濤の勢いで攻め入っていた。
「なんや不気味やな」
けれどあまりの抵抗のなさに霞は何処か薄ら寒さを感じずにいられなかった。とはいっても隙を突かれないようにしなければいけない手前、目の前の敵から注意を削ぐ事は出来ない。
ふと敵の数を見て疑念を抱く。
兵が少ないやないか……ん? 兵が少ない?
「まずい! お前ら引くで!」
「させるか! でやぁぁああああああ」
反転しようとする際に声と共に目の前に飛び出す影に戦場で染み付いた反射がとっさに偃月刀を前へと突き出させる。
ガキンッと鈍い音が響き、突き出した偃月刀が大剣を受け止める。
「っち! なんでこないなとこに……」
いきなり現れた女の重い斬撃を受け止め悪態つく。まるでこちらの動きが読めていた様な布陣だ、戦場で絶対は無いとはいえこれには少しおかしさを感じてしまう。
「我らが華琳様がこんなことも見抜けないと思っていたのか!」
もしそれが本当だとしたらどれほどの才を持っているのだろうか? 到底自分では推し量れない。
ま、普通は見抜けないと思うで。こっちに来る方法が真正面からじゃないと知ってない限りは別なんやけど……それはありえへんしな。
「まさか見破ってたなやんて……間者は全部つぶしとったはずやけど?」
逃げる事を諦めずに包囲陣の穴を探りつつ話題に意識をそらせる様仕向けてみる。
「ふんっ、そんなこと決まっているだろう!」
単純なのか仕組みを教えてくれるらしい、ここから逃げたら時雨に教えないとと考え、聞き耳を立てる。
「……」
「一体どうやってだ? あ、いや、素晴らしい手を使ったのだ!」
単純ではあるが頭のほうはあまりよろしくないようである。それから華琳と呼ばれる人物。恐らく曹操であるだろうがその人物が如何に凄いかをつらつらと語っていく。
けれど結局どうやったのかは思いつかなかったようで口ごもってしまった。
その戦場では咎められるべき何処か抜けたしぐさは笑いを誘う。
「……っぷ、なんやおもろいな〜あんた」
「それほどでもないぞ!」
こんな非常時にどうかと思わんでもないんやけど、おもろいわーと心底思う。馬鹿にされてるのに褒められていると勘違いしているあたり本当に面白い。
と思ったところで現実が変わるわけも無い、隙はまるで見つからないがなんとしてでも活路を見出さなくてはいけない。
恐らく目の前の人物がこの部隊を取り仕切っている者だ、ならばこの者を倒せば相手方が混乱するのは自明の理である。
「ウチの名は張文遠や! すまんけどこっちものんびりあんたの相手してるわけにもいかんのや。逃げさせてもらうで」
「そうはいかんぞ!」
金属音が連続して夜の空に響き渡る。
切り結ばれるたびに散る火花があたりを照らし、舞っていく。
一撃一撃を受ける度に手が痺れていく。恐ろしく重い斬撃がこちらの自由を徐々に奪っていく。
なんて重さや、やっぱりこの人おもしろいわ。戦いたくて仕方あらへんくなるやんか。
「相手したいけどそうもいかんのや、お願いやから見逃したってーなー」
とはいっても今は自分のやりたい事を優先して部下を危険に晒すわけにはいかない。
「無理だ。この夏侯元譲、華琳様の命令は絶対だからな!」
「まあええわ、それやったら力ずくで通らせてもらうで……」
結局こうなるのかと嘆息しつつ、飛龍偃月刀を持つ手に力を入れる。
「ウチの一撃受けきれるもんなら受けてみいや! せやぁぁああああああああああ」
速く、研ぎ澄まされた一撃を繰り出す。
「ふん!」
それを難なく弾く夏侯惇を見て戦いたいと思う気持ちが逃げないとという気持ちに反してどんどん膨れ上がっていく。
「うう〜〜〜〜、ええな〜、ええな〜〜」
「ぶつくさ何を言ってるかわからんがその程度の攻撃では私は倒せんぞ」
「まだまだこれからや! っていいたいとこやけど」
すばやく2回突く、それを防ぎ、大剣を後ろに引かせた夏侯惇を尻目に逃げようと踵を返す。
「またあおうな」
「それはちょっと困るわね」
逃げようとした先には月明かりに照らされて金色に輝く髪を靡かせながら立っているちいさい女の子、その後ろに厄介な事にぞろぞろと控えている兵士達がいた。
「我が名は曹孟徳、既にあなたの兵もあなたも既に我が軍が包囲しているわ。おとなしく投降しなさい」
なるほどな、さすがは噂に名高い曹孟徳や。ウチが気づく前に兵を2重に展開させてるやなんて。
「なんやウチがそんな簡単に諦めると思うとるんか? 仲間を見捨てればウチだけ助かることもかのうやと思うで?」
「ならばなぜそれをすぐに実行しないのかしら? もし逃げ出せば本当にあなたの仲間はあなたの予想通りに死ぬでしょうけどね」
ウチだけ助かるだなんてそんなことできるはずないやろ……今まで苦楽を共にしてきた仲間を切り捨てられるわけが無い。
武将としては駄目な思考かも知れんけどこれだけは譲れないのだ。
それもわかってていってるんやろうな。時雨には悪いけど投降するしかあらへんみたいやな……時雨やったら簡単には負けないやろうし。いや、逆に勝つかもわからへんしな。
「了解や、投降したる。でも条件がある」
「貴様! そんなことが言える立場だとでも思っているのか!」
「春蘭、別に構わないわ」
「ですが、華琳様」
「張文遠、あなたの条件とは何かしら?」
「あんたの趣味には付き合えん。ウチには心に決めたやつがおるさかい……、それと董卓軍と戦うのも簡便して欲しい」
曹操は百合だという噂は有名だ。実際そうだと曹操も言っていることからまず疑いようは無いのだがしゃべっている最中に少し眉をひそめたのが分かった。
なんや気に障ることでもいいよったかな? と考えても答えは結局分からなかった。
「わかったわ、でも話を聞いてそれでも董卓軍と戦わないと言っていられるかしら?」
「どういうことや?」
一体何のことをいっとるんや? ウチが董卓軍と戦いたくないのは理解できると思うとったけど……もしわからないんなら部下には悪いけど死ぬ気で抵抗するしかあらへんか。
「あなたが考えているようなことではないわ。これを見ればわかるでしょう」
そう言って曹操がこちらになにか投げてきた。
そしてその中身を読み進めていくうちに頭が真っ白になっていくのがわかった。
ウチを罠に嵌めて曹操たちに捕らえさせられた裏切りを怒る前に、時雨がやろうとしていることに驚きと焦りでウチの頭が一杯になってしまった。
「ほんまかいなこれ……」
震える声でそう問う。本当は筆跡から本物だと分かっているのに問わずに入られなかった。
「あなたの行動が私達に筒抜けだった。それこそが証拠じゃないかしら?」
その通りだ。夜襲は当たり前だとしても敵の来る方向が相手の予想と全く違うこの策に曹操は完璧に対応している。
それにここに書かれてあるとおりに今のところ状況が進んでいっているのも確かだ。
「これがほんまだとしたらウチがこんなとこでのんびりしてられんっちゅうことやないか」
「そうね。でもあなたが帰ったところで時雨が素直にあなたを歓迎するかもわからないけれどね」
今、真名を呼んだ?
「誰の許しを得てその真名を口に出したんや?」
「もちろん時雨のよ」
かなり凄みを利かせて言い放ったにもかかわらず曹操は憮然として答えた。いやそれどころか逆に凄いを利かせてきた。
「そうやったらええけど、嘘やったら承知しないで?」
「ふふ、いいでしょう。その時はこの首もらいなさい」
なんて豪胆なんや、時雨が一言許してないといえばウチにほんまに首渡すつもりなんか?
「嘘じゃないから大丈夫だよ」
そんな疑問を打ち消すように奥から慣れ親しんだ声がした。
「っな、一刀!」
奥から出てきたのは驚いた事に脱走したはずの一刀だった。
「ごめんね。時雨の策を実行、妨害するにはここに来なくちゃいけなくて」
そういってすまなそうな顔をして頭を下げる。その姿には好感が持てるがこうなるまで黙っていた罪は大きい。
「どうやらこのまま帰っても無駄そうやな」
一刀を後でとっちめなあかんしな。
「ならばついてきなさい、私の覇道に時雨は必要不可欠なの。そのためにあなたの力使わせてもらうわ」
「ええで、ウチもこのまま時雨の思い通りにさせるのも癪やし」
あの時雨の策通りならウチが直接董卓軍と戦わんでも妨害できるはずや。
そうと決まれば話は早い、さっそく兵達を集め曹操に降ることを話して大人しくして貰う。
「さっそくで悪いけれど話し合うわよ」
「わかった」
天幕へと向かう曹操に一刀、夏侯惇と一緒に追う。
これからどうなるかわからんけど、ウチは認めへんよ。時雨。
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■あとがき■
オリジナルがちょい人気?出たのでそっちに集中してたりします。
更新遅めですがご容赦を
筆がのれば以前と同じように一気に更新もありうるかも?
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