「へえ、じゃあサイトさんは遠方のニホンという国から召喚されたんですか」
召喚された後日のトリスティン魔法学院の早朝。
才人は洗い場で学院のメイド、シエスタと洗い仕事をしながら話している。
「ああ、南北に長い島国で、そこの三咲って町の遠野家で雇われてた」
ハルケギニアが異世界であることは、地理、魔法・魔術の相違、双月から確実だ。
しかし、異世界といっても話がややこしくなるので遠方ということにしてある。
「ニホンのミサキ、トオノ家ですか。
そして、平民なのに姓がある。
曾お爺ちゃんがいってた故郷みたいな感じのとこですね」
「へ?いまなんて?」
思わず呆けた表情で手を止める才人。
「はい、曾お爺ちゃんはある日、竜の羽衣という空を飛ぶマジックアイテムで、私の故郷のタルブにやってきたそうなんです。
ササキタケオと名乗ったそうですが、ササキは姓で、平民は姓を名乗れないから、みんなタケオって呼んでたそうです。
私もタケオおじいちゃんって呼んでました。
で、お爺ちゃんの故郷の国が大ニッポン帝国っ言ってました」
「佐々木…日本人だよな、シエスタの黒髪ここでは他に見ないし。
大日本帝国…、60年くらい前かな。
竜の羽衣…、空を飛んでって飛行機か…」
呆然と呟く才人。
シエスタはそれを聞きつけて言う。
「はい、曾お爺ちゃんが来たのはそれぐらい前だそうです
黒い髪も曾お爺ちゃん譲りです。
竜の羽衣もタルブにありますけど、本当にあんなのが飛ぶなんて信じられません。
実際、飛んだとこ見たことありませんし」
「たぶん飛べるよ。飛ばないのは燃料切れだろ。それにしてもえらく好都合だな…」
帰還の手がかりが、召喚間もなくで転がり込んできたことに喜びよりも戸惑いが強い。
「曾お爺ちゃんもそんなこといってました。
興味があるんなら、見に来ますか?
お仕事があるんで、長期休暇に入ってからになりますけど」
「ああ、是非とも」
シエスタの言葉に強くうなづく才人
「でも、期待しないでくださいよ?
曾お爺ちゃんも、スヴェルの夜、重なって一つに見える月を見上げて、
切なそうな顔をしてたんで、帰れなかったんだと思いますし。
…ニホンって月が一つしか見えないんですか?」
「ああ、それでもかまわないよ、少なくとも故郷と縁のあるものに触れられるんだし」
月のことには答えず返す才人。
才人は洗濯を終えると立ち上がって女子寮のルイズの部屋に向かう。
「それじゃシエスタ。また後で。ご主人様を起こしに行ってくるよ」
ちなみに、死徒である才人が朝日の中で平気なのは理由がある。
双子の先輩の姉による人体実験の結果、日光への耐性が付いたからだ。
能力はかなり低下するが、それでも並みの人間では太刀打ちできない。
これは偶然の結果で再現ができず、才人は死徒仲間でもある同僚と客人にすごい目で睨まれた。
怯えた才人は、しばらく同僚に近づけなかった。
客人には実験台にされそうだったので、彼女と聖騎士とだけにならないようにした。
あと、太陽が平気になった男手として買出し担当にもなった。
才人はルイズの部屋に戻ると主人である彼女を起こしにかかる。
「ルイズ様、お目覚めください」
「うーん、あと5分ん~、いえ、4分30秒~、ああ、4分15秒でいいから寝かせて~」
提督式で掛け布からでてこないルイズ。
才人はルイズの着替えを取り出すと横の椅子の背もたれの上におく。
そしてベットに近づくと布団を引っぺがしてルイズをつまみ出すと椅子に座らせる。
母親直伝の目覚まし法だ。
「私は外で控えております。着替えが済みましたらお呼びください」
言うと呆然としたルイズに一礼して部屋の外に出る。
外に出たところで中から怒声が飛んでくるが無視してたたずむ才人。
「あなたがルイズの使い魔?」
隣の部屋の入り口から声がかかる。
赤い髪と浅黒い肌、豊満な肉体を強調する制服の着こなしをした生徒だ。
「はい。平賀才人と申します。才人とお呼びください。
遠国より使い魔と召還されましたものの、このような為りです。
学院と公爵家の協議でルイズ様付の使用人として学院へ出向した形をとっております。
以後お見知りおきを」
挨拶しつつ状況を説明しておく。
召喚できなかったから使用人を連れてきたわけではないぞ。
これは学院も公爵家も認めたことだ。疑ってかかるならそれなりの覚悟はしろ、と。
「サイト、ね。
私はキュルケよ。
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
隣国のゲルマニアから留学してきたの。父は辺境伯。領地はヴァリエールの隣よ」
女生徒―キュルケは微笑む。
国境を挟んで隣り合う大貴族同士。
小競り合いが絶えない仲という訳だ。
後ろを見るとなかなか立派な火蜥蜴が控えている。
幻想種、恐らく彼女の使い魔だ。
彼女はかなり優秀な魔術師-ここでは魔法使いらしい。
彼女のイイ笑顔を見るに個人的にも極上の関係とは言い難いらしい。
このあと自分をダシに使い魔をめぐってルイズと低次元の言い争いがあるのだろう。
思わず胃の辺りさすって内心思う。
“なんで、死徒になってから胃痛に悩まされんだよ”
才人は少し泣きたくなった。
予想通りルイズがキュルケにからかわれた後、食堂にルイズを送り届け席に着かせる。
そして食堂に行き賄い代わりに牛乳をもらう。
情けない痛みを訴える胃を宥めるためゆっくり飲み干すと大分楽になる。
乳製品はもとが血であるためか、かなり死徒の体になじむ。
母乳なら血を吸わなくてもよいのかなとも思う。
もっとも元の世界でその考えを披露したら当主の兄と執事にドン引きされた。
そして「健康を大事にするなら女性陣の耳には入れるなよ」と忠告された。
残念ながら手遅れで当主と同僚による才人への「お話し」に二人を巻き込んでしまったが。
南無南無、大変申し訳ない事でありました。
食事も終わりに近づきデザートが用意される。
才人も配膳を手伝うためデザートを乗せたワゴンを押してシエスタに続く。
「ギーシュ、お前さん誰と付き合ってるんだ。 いいかげん白状しろよ!」
「ふ、薔薇は万人の目を楽しませるために存在するのであって、一人が独占するものではないよ」
途中、同級生同士で盛りあがっていた一団の一人がポケットから香水瓶を落としたので才人は拾って渡す。
「失礼致します。こちらの瓶は貴方のものですね」
「何だね、それは僕のものではないよ。他を当たり給え」
ギーシュと呼ばれた生徒は、何気ない風を装いつつも冷や汗を流しながら知らない振りをしてきた。
「左様でございますか。では、私がお預かりしておきますので心当たりの方が居られましたら声をおかけ下さい」
何か隠し事があるのだろうと見当を付けて引き下がる。後で引き取りにくるだろう。
「ああ、それは私の知り合いのものなのです。よく見つけてくれましたね、私が渡しておきましょう」
才人が立ち去ろうとすると後ろから声がかけられる。
振り向くと、栗毛の女子生徒が口元に笑みを浮かべて佇んでいる。ただし、目が笑っていない。
「それではお任せします。それでは私はこれで」
「ちょっ、き、君!?」
不穏な気配を感じ取った才人は、ギーシュの声を無視して香水瓶を女生徒に渡すと、早々にその場を離れる事にした。
途中、金髪縦ロールの女生徒とすれ違い、後ろから何やら言い争う声が聞こえてきたが、構わずシエスタの手を引いて台所に退散する。
当主の兄の恋人が遠野邸に訪れ、当主と顔を合わせた時と同じ空気。巻き添えは一度で充分だった。
後日「君の不手際のお陰で重傷を負った。この不始末をどうしてくれるのかね」と、絡まれたが、
複数の女性に手を出す男について、当主の兄を引き合いに出し、爆発と捥げについて懇々と聞かせるとギーシュは納得した。
「君に彼女が居なくて悔しい事はよくわかった。
だから、僕のゴーレムの身体を指先でジワジワ穿り返すのはそれぐらいにしてくれないかね。
その何と言うか、自分の身体の肉を摘まみ取られているようで落ち着かないから」
「ギ ギ ギ 」
話が終わる頃には、ギーシュが作り出した青銅ゴーレムの身体は随分小さくなり、才人の足元に細かい青銅クズが溜まっていた。
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使い魔のお仕事
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