No.501220

Masked Rider in Nanoha 四十話 感じる絆 深める絆

MRZさん

保護した聖王のコピーである少女、ヴィヴィオ。真っ白な状態に近い彼女と触れ合う事で五代達はひと時の安らぎを強くする。
その一方、変化するものがある。告げる想いが互いを結び、強い絆となっていく。

2012-10-28 08:47:04 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:2512   閲覧ユーザー数:2432

 あの休暇騒動から明けて一日。医務室にはなのは達隊長陣と五代達四人のライダーの姿があった。当然シャマルもそこにいる。集まった理由は他でもない。先日保護した少女。それが目を覚ましたと聞いて会いに来たのだ。

 少女は見知らぬ場所に戸惑い困惑していたが、それをシャマルが落ち着かせた。その役に立ったのは以前五代が作った折り紙。それをシャマルは少女に与え、気を逸らしたのだ。今も少女の手には折り紙で出来た鶴がある。

 

「……それで、この子の名前なんだけど」

「名乗ったらしいな。確か……ヴィヴィオだったか」

 

 シグナムの言葉に頷きを返すシャマル。その名前を聞いて彼女は確信したのだ。聖王と呼ばれた存在の名はオリヴィエだった。ならば幼い頃に近いような名を名乗っていてもおかしくはないと。

 ヴィヴィオは愛称のようなものだったのではないか。そう推論を告げるシャマル。それに誰も反論はしなかった。全員の視線は折り鶴を手にし、楽しそうにしているヴィヴィオへ向けられている。

 

「でも、確か最初はここから出ようとしてたって聞きましたよ?」

「ママやパパを捜す。そう言ってたんですよね?」

 

 五代と翔一の言葉にシャマルは頷きながら視線を全員へ向けた。

 

「どうする? この子、無意識に親を求めてる。ううん、自分を守ってくれる相手を」

「子供だからなぁ。とりあえず俺達で面倒を見ないと」

「じゃあ、ヴァルキリーズの中で決まった仕事のないセッテちゃんかな」

 

 真司の言葉を受け光太郎がそう告げると全員がそれに小さく笑みを浮かべて納得した。セッテは面倒見がいいからだ。アギトとの触れ合いからも分かるように、彼女はやや不器用ではあるが親しみをもたれる性格をしている。

 だから誰もその意見に反対はしない。こうしてヴィヴィオの事はセッテに一任される事となったのだが、そこで少し困った事が起きてしまう。それはヴィヴィオが手にしていた折り鶴を落としてしまった事から始まった。

 

「あっ……」

 

 手から落ちた折り鶴は風に乗るようになのはの足元へ。それに彼女はすぐに気付いて拾い上げると笑顔で折り鶴をヴィヴィオへ手渡した。

 

「はい、これ」

「ぁ……ありがとう」

「どういたしまして」

 

 やや人見知りをするようなヴィヴィオの反応になのはは微笑ましいものを感じた。すると、ヴィヴィオがなのはをじっと見つめる。それを不思議に感じるも、なのはは何かなと優しく笑顔で問いかけた。それに対するヴィヴィオの言葉は周囲の空気を凍らせた。

 

―――ママやパパは見つかった?

 

 それになのはは返す言葉を思いつかなかった。見つかる訳がない。その答えは既に分かっている。しかし、それを言えばこの少女の心を悲しみに満たしてしまうだろう。だが、嘘を吐く事も出来ない。その板ばさみにあい、なのはは助けを求めて視線を五代へ向けた。

 

「ヴィヴィオちゃん、だよね。よく聞いて欲しいんだけど、ヴィヴィオちゃんのママやパパにはまだ会えないんだ。けど、パパもママも凄く遠くでヴィヴィオちゃんの事を大事に思ってる。だから今は、会える日まで元気に笑顔でいて欲しい」

「今は会えないの?」

「そう。ごめんね。俺達も方法があれば頑張るけど、今はまだ会うのが難しいんだ」

 

 五代の言った言葉は嘘ではない。今は会えない。そう、ヴィヴィオの本当の両親は既に亡くなっている。だから五代はこう言ったのだ。”今は”会えないと。泣きそうになるヴィヴィオを励ますように、五代は笑顔でその頭を優しく撫でた。

 なのは達はその五代の言動に驚きと感心の念を抱いた。彼は妹の仕事の関係で幼い子供との触れ合いに慣れている。故に、どうすれば子供が納得してくれるかを理解していた。嘘を吐かないように、だが必要でないのなら悲しませる真実を教えないようにする。

 

 その繊細な心を守るように、純粋な想いを壊さぬように注意を払い、ちゃんと真摯に向き合う事。それが五代なりの答えだったのだ。

 

 五代の手の温もりにヴィヴィオは泣きかかった顔を笑みへと変えた。そして、五代はその笑顔にサムズアップ。それを見つめ不思議そうに首を傾げるヴィヴィオ。そんな光景に誰もが微笑んだ。心和む子供の無垢な笑顔に純粋な反応。

 それが見る者全員へ優しさを与える。そのやり取りのせいか、そのままヴィヴィオは五代の事を気に入ったようにその腕をしっかりと掴んで離さなくなった。それに五代だけでなく誰もが苦笑する。結果、ヴィヴィオは五代預かりで食堂を定位置とする事になり、セッテは五代の代わりに働いてもらう事で落ち着いた。

 

 そしてそれから数分後の食堂にはいつもの顔ぶれにセッテとヴィヴィオが加わっていたのだった。

 

「……完全に懐かれてますね」

 

 翔一はそう呟いて視線を隅にいる五代とヴィヴィオへ向けた。五代は現在ヴィヴィオへジャグリングを披露し、その顔を笑顔にしていた。

 

「だよな。保父さんってとこか」

「五代なら適任ではないか」

「だよねだよね。あたしもそう思う」

 

 チンクの言葉にセインも同意し共に笑顔で五代達を見る。セッテはリインと共にテーブルの設置などをしているが、その視線はやはりヴィヴィオへ向いていた。彼女の世話好きの性が疼いているのだろう。とはいえ、それが周囲に発覚したのはつい最近の事。

 アギト繋がりでセッテはツヴァイにもよく関わっていたのだが、それだけではなくエリオやキャロの世話も買って出る事もあった。それを何度となく見たトーレに言われて本人も自覚し、実際ヴィヴィオの事も相手をしたくてしょうがないのだ。

 

「……セッテ、もう後は私がやるから五代の手伝いをしてくれ」

「分かった」

 

 リインのどこか呆れつつも微笑ましい声にセッテは即座に頷いて歩き出す。その背中はどこか嬉しそうに見えてリインは小さく笑った。セッテは五代と何かを話した後、ヴィヴィオの隣に立ってその頭を優しく撫でて自己紹介。

 セッテの柔らかい笑みにヴィヴィオも少し警戒心が薄れたのか自分の名前を名乗る。そしてセッテは五代の横に移動して視線で彼へ何か告げた。それに五代が頷いたのを見て、何が起きるのだろうと思ってヴィヴィオは二人を注視する。その次の瞬間……

 

「はい!」

「……はっ、はっ、はっ」

 

 五代の手から投げ渡されるお手玉。それをセッテは受け取り、そのままジャグリングへ移行する。五代がしていたジャグリングを引き継ぐようにセッテが見事にそれを披露するとヴィヴィオの目が輝いた。

 同時に、それを何気なく見ていた翔一達も思わずその手を止めていた。まさかセッテがジャグリングを出来るようになっているとは思わなかったのだ。彼女がジャグリングを覚えようとしたのはアギトがそれを気に入ったため。故に彼女は密かに鹵獲したトイを使って練習していた。その見た目はかなりシュールだったが。

 

「……セッテの奴、いつの間に」

「うわぁ……普通に凄いよ」

 

 妹の披露した隠し芸に姉二人は驚くやら呆れるやら。それは翔一と真司も同じ。だが、二人は純粋に感心していた。

 

「やりますね、セッテちゃん」

「ああ。俺も知らなかった。こうなるとオットーやディードも五代さんの技、何か覚えてたりしないかな?」

 

 真司が思い浮かべるはセッテと同じく自分が色々と教えた双子。姉妹の中でも家事を得意とし、既に指揮所の顔ぶれに加わった二人だ。ヴァルキリーズで仕事が決まっているのは実は全員ではない。

 ウーノ、ドゥーエ、チンク、セイン、ディエチ、ウェンディ。たった半数しか所属部署を決められてはいないのだ。残りの者達は、実は自主的に仕事をしているだけに過ぎない。クアットロにオットーやディードはロングアーチの手伝いを。ノーヴェは整備班の手伝いで、トーレとセッテは基本訓練ばかりなのだから。

 

「すごいすご~いっ!」

 

 ヴィヴィオは満面の笑みでセッテと五代のジャグリングへ拍手を送っていた。そう、今度はセッテから五代へお手玉が移動しジャグリングを継続していたのだ。そして、その間隔を短くする事で完全な大道芸の様相を呈していく。

 それを最初は感心するように見ていたヴィヴィオだったが、次第に五代とセッテが楽しそうにしているのを見て笑顔へと変わっていった。それに五代とセッテの笑顔が深くなり、それがまたヴィヴィオを笑顔を深くしていく。そんな笑顔の連鎖が始まっていた。

 

 気が付けば食堂を通りかかる者達さえその光景に足を止めていた。翔一達だけでなく食堂の周囲がその二人が織り成す光景に心を奪われていたのだ。

 

「これで……」

「はい……終わりです」

 

 最後は互いにお手玉を半分ずつ所持してヴィヴィオへ一礼する。その瞬間、割れんばかりの拍手の音が鳴った。それに驚く五代達だったが周囲を見て納得。そう、それを見ていたリインが途中からはやてに告げモニターで中継させていたのだ。

 仕事中にとはやても思ったが、邪眼や怪人との戦いで多少なりとも六課は緊張している。それを少しでも和らげる事が出来ればと思って許可を出したと言う訳だ。

 

 鳴り止まぬ万雷の拍手に嬉しそうに笑顔を見せる五代。セッテはやや恥ずかしそうだったが、それでもどこか誇らしげに笑顔を浮かべていた。そして、五代はそんなセッテに視線を向けて頷きをみせる。その意味にセッテも気付いたのか頷き返した。

 二人は揃ってもう一度両手を上げてから、ゆっくりと両手と頭を下げる。それにもう一度大きな拍手が起こり、そこでこのちょっとしたイベントは幕となった。

 

 

 

「凄かったね、五代さんとセッテ」

「そうね。息ピッタリだったわ」

 

 スバルの言葉にティアナも同意を示す。二人はもう意識を仕事へと戻していた。突如勤務中出現したモニターに驚いた二人。何事かと思って視線を向ければ、そこでは五代とセッテがジャグリングをしている様子が映し出されていたのだ。

 実際、六課の者達全員がそれを見て驚いていた。既にヴァルキリーズは六課の中に溶け込み、そのメンバー達もみな好意的に受け入れられている。更に、そこへギンガが加わった事もそれに拍車をかけた。

 

 局員であり、ヴァルキリーズの表向きの隊長を任されたギンガ。それが更に潤滑油となって今一つ交流の少なかった者達とヴァルキリーズを繋いでいったのだ。具体的には、隊舎内で働きながらもデスクワークなどを担当するバックヤードとだ。

 基本六課の書類仕事や通常業務に関われないヴァルキリーズ。それをギンガがいる事で接点を有した。ギンガがバックヤードと会う時に必ず誰かを同行させた。それは自分の親戚とも言える彼女達を紹介するために。

 

「あれがジャグリングよね。ストンプっていうのはどういうの?」

 

 だから、ここにギンガがいる。スバルがデスクワークを苦手なため、ティアナと二人でその補佐をしているのだ。そんなギンガの問いかけに向かいのエリオが答えた。

 

「簡単に言うと即興演奏です。その場にある物を使って音を奏でるんです」

「聞いてると楽しくなるんですよ。ただ、色々な音が鳴るからかフリードは少し苦手みたいです」

「そうなんだ。私も一回聞いてみたいわ」

 

 エリオとキャロの言葉にギンガは納得しやや悔しそうにそう告げる。そんな声にドゥーエは苦笑した。実は五代の週一回の技披露なのだが、リクエストはやはりストンプが圧倒的に多いのだ。五代としてはそれでもいいのだが、やる場所がいつも厨房では面白くないと考えていた。

 そのためいつかは格納庫を使ってやってみたいと告げていて、密かに彼は整備班と相談中。それについての話をドゥーエはディエチから教えてもらっていた。ここの整備班はみんなお祭り好きなので喜んで協力しているらしいと。

 

「なら五代さんに頼んでみたら? 食堂にあるリクエスト用紙を使えばいいし」

「そっか! その手があったわね!」

 

 ドゥーエの言葉にギンガは何故もっと早く気付かなかったのかとばかりに頷いた。その声になのは達が苦笑しつつ視線を一斉にギンガへ向けた。

 

「ギンガ、気持ちは分かるけど駄目だよ。貴方はスバル達にとっては局員としての先輩なんだから。ちゃんと仕事して」

「おう、お前がしっかりしないでどうすんだ」

「少しは落ち着け」

「え、えっと……そういう事です」

 

 なのは達四人から注意された事でギンガは慌てて席を立ち何度も頭を下げる。そんな彼女を見つめスバル達は揃って苦笑した。正直な話、五代達が絡むと誰もがこういう風になるのだ。それをなのは達も分かっている。あまりきつい言い方をしないのはそういう訳だ。

 故にスバル達もそれぞれデスクワークに意識を向けつつ、この後待つ訓練へ思いを馳せる。今日の午後はスターズとライトニングが共同でヴァルキリーズと模擬戦を行なうのだ。今のスバル達も最初の頃のヴァルキリーズならばどこかで勝てると思えた。しかし、今のヴァルキリーズにはギンガがいる上にそれぞれの成長もある。

 

(どうなるか分からないけど、きっとギン姉とノーヴェが私を潰しに来るはず……)

(クアットロは最近中衛をしてるし、互いの援護は厄介と理解してる。またアタシとやりあうのかしら……)

(僕の相手にはおそらくセッテさんが来る。フェイトさんをトーレさんが抑えるつもりで)

(私の相手はディードさんかな? きっと空戦の出来る人が割り当てられるだろうから気をつけないと)

 

 四人は仕事を片付けながら模擬戦の事を考える。相手が誰か。またどんな手段や作戦を講じてくるか。そんな事を予想しながらスバル達は仕事を黙々と片付けるのだった。

 

 

「……これでこいつは終わりだな」

「そうですね。お疲れ様です、アギト」

 

 息を吐いて制服の上を開けるアギト。それはツヴァイが身に着けている制服と同じ物だ。そんな二人を見てはやては思う。あのレジアスによる査察の結果、六課の業務に直接関る者は民間協力者であろうと制服を着用するようにと告げられた。

 つまり、ある意味で誰がライダーかを認識するためでもある。そう、実はこれに五代達は含まれないのだ。その理由。それはレジアスによる例外規定。管理外出身者はその限りではない。それを聞いた時、はやては理解したのだ。レジアスが何を目的にそんな事を言い出したのかを。

 

 仮面ライダーが六課に協力している。それをレジアスが知っているのははやても理解している。グレアムを通じて彼女はその事を聞いていたのだから。レジアスが違法行為に手を染めていた事も、真司の書いている本を見せてもらった時に知った。だから、はやてはレジアスをいつかのグレアムと同じように思っていた。

 守りたいモノがあった。それを守るためには何かを犠牲にしなければならなかった。それが正しくないと知りつつ、それをしなければ多くの者達が不幸になると思い、許されざる道を歩き出した。

 

(おじさんと同じや。レジアス中将も、誰かの笑顔を守るために犠牲を肯定する道を選んだ。それが正しくないってどこかで思いながらも、それ以外手がないって思うたから)

 

 そこまで考え、はやては息を吐く。初めてレジアスを知った時は何て高圧的でいけ好かない相手と思った。地上のためというのは分かるが、そのために危険な質量兵器を解禁しようとしていたのだから。

 はやてはその質量兵器が普通に存在し使われている世界出身だ。故にその脅威を誰よりも理解していた。魔法にも殺傷設定があるが非殺傷設定もある。だが、拳銃などはそもそも誰かを傷付ける事しか出来ないのだ。

 

 しかし、陸の現状を理解している今は違う。そこまでしてでも人手を確保したいのだと分かる。多発する凶悪犯罪。それに陸士部隊は疲弊しているのだ。優秀な魔導師の多くは海や空に取られ、陸には高ランク魔導師などあまり居らず慢性的な人手不足。

 それは正直海や空もなのだが陸は特にそれが酷い。だからこそ、レジアスは魔法が使えなくても違法魔導師や凶悪犯罪者を捕まえる事が出来るようにと簡易的な質量兵器の解禁を求めている。

 

(魔力のあるなしで差がつく今の管理局体制は確かに問題かもしれん。でも、それを変えるのは力やなくて言葉でないとあかん)

 

 綺麗事で変えられるならそれが一番いい。その言葉を以前はやては五代から言われた事があった。そう、あれはいつかの災害救助での出来事。アギトとクウガの二人が手を取り合って行なった火災現場の救助作業。

 アギトがストームフォームで風を操り、それを利用してはやてが氷結魔法で炎を消す中、クウガはタイタンフォームで崩れた瓦礫をどけながら、時折ペガサスフォームになっては逃げ遅れた者達の場所を把握して救助するを繰り返した。

 

 結局、現地の陸士隊の災害担当が現れた頃にはもう粗方救助は完了していて、はやてはその初動の遅さに内心苛立ちを感じながら後を託したのだ。そして、自分達以外誰もいなくなった所で彼女はつい愚痴ってしまったのだ。

 

―――どうしてもっと早く動けんのや!? 手続きなんかどうでもええ! 管轄も知らん! そんな事しとる間に、誰かの大切な人が死んでしまうっていうのに……っ!

 

 そんなはやての言葉を聞いて五代も翔一も何も言わなかった。そう、災害担当の陸士はこう苦い顔で言ったのだ。来るのが遅くなった理由は、現場が自分の部隊の管轄と別の部隊の管轄の境界線だったためだと。互いの部隊長が色々と揉めた結果、遅くなったのだ。

 それにはさすがにはやて達も文句を言いそうになったが、それを何とか押し止めた。目の前の相手へ言っても仕方ないと出かかった言葉を飲み込んで。故のはやての愚痴。すると彼女は真剣な表情でこう告げた。今から管轄問題で揉めた部隊の両隊長へ文句と共に多少圧力を掛けてくると。

 

―――人の命よりも互いの面子とプライドを優先した馬鹿達や。こういう事はあまり好きやないけど、こうでもせんと死んだ人が浮かばれん。

 

 そんなはやての言葉に五代は何かを思い出したのか苦い顔をした。それでもそれを振り切るようにこう尋ねた。それで本当にいいのかと。そうはやてがしたとして、もしかしたらその相手が今度は同じように別の誰かに圧力を掛けるかもしれない。それを受けた人がそれをまた別の人にする。そんな風に続いていくかもしれない。

 その言葉にはやては反論に詰まるも、綺麗事だけでそういう相手は変えられないと悲しむように答えた。それに対して五代は呆れるでも怒るのでもなく、ただ少し寂しそうな表情を見せてこう優しく告げたのだ。

 

―――そう、だよね。でも綺麗事で変えようとしないと、はやてちゃんもいつかその人達と同じになっちゃうよ?

 

 その言葉にはやては今度こそ言葉を失った。翔一はそんな彼女へ微笑みと共に告げる。

 

―――大丈夫。俺ははやてちゃんを信じてるよ。はやてちゃんなら、今日の事を活かして次に繋げてくれる。また同じ事が起きても、今度はもっと犠牲を減らす事が出来るって。

 

 それこそが本当に亡くなった人達が望む事じゃないか。そんな風に翔一は締め括った。それに五代も頷いてはやてを見つめた。はやてはそんな二人の言葉に少し黙って考え込んでいたが、何かを決意して頷くと視線を二人へ向けて力強く告げた。

 

―――せやな。わたしがせなあかんのは、そんな人らの相手やなくて亡くなった人達の犠牲を無駄にせん事やったわ。おおきにな、五代さん、翔にぃ。

 

 そんな過去の記憶を思い出し、はやては密かに拳を握り締める。あの時の誓いは今もその胸に残っている。だからこそ邪眼の被害者を一人として出したくないのだ。怪人やトイだけでなく邪眼にも誰一人として殺させない。

 それだけではない。邪眼を倒した後の六課はあらゆる災害と戦うための部隊となるのだ。要望があればどこにでも行き、失われそうな命を、未来を守る。それがはやてが作りたかった理想の部隊なのだから。

 

「今日のお昼は何にする?」

「私は……特製餃子定食」

「じゃ~、私はポレポレカレーにしようかしら?」

 

 アルトの問いかけにルキノはやや考えてそう告げるとクアットロがならばと続き、視線をグリフィスへと向けた。それに彼は苦笑しながらルキノと同じく餃子定食と答えた。それにルキノが嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「美味しいですよね、あれ」

「そうだね。この前真司さんから教えてもらったんだけど、餃子を一つスープに入れて少し待つとまた違った美味しさが味わえるんだ」

「あ、それ確かに美味しそう」

 

 会話に花咲くグリフィスとルキノ。その雰囲気を見たアルトがこそこそと席を離れてクアットロの近くへ移動する。そして横目で二人を見ながら小声で尋ねた。

 

「あの二人、どう思う?」

「そうねぇ……最近よく仲良さそうに話してるし……」

 

 そんな風にひそひそと話す二人に気付かず、ルキノとグリフィスは楽しそうに会話を続ける。オットーとディードはそんな光景を眺め小さく苦笑し、視線を後ろへ向けた。そう、はやても苦笑していたのだ。

 

「……誰一人として仕事に意識を向けてくれませんね」

「ほんまや。困ったもんやね」

「ふふっ、でもこういうのも偶にはいいです」

「うん、ディードの言う通りだね。ただし……本当に偶にでお願いしたいけど」

 

 仕事が滞ってしまうから。そんなオットーの締めにはやてとディードが苦笑いで頷く。そんな周囲にツヴァイとアギトは気付かず、ただ真面目に仕事に取り組んでいる。そんな指揮所の一幕だった。

 

 

 

 格納庫でライドロンを磨き上げる光太郎。それを手伝うのはディエチだ。そう、次の戦いの場になるだろう場所。そこへ向かうためにはライドロンの力が必要不可欠なのだ。そのため、光太郎はいつも以上に丹念に磨いている。ディエチもライドロンが喜んでいるような感じを受けているのかその手にも力が入っていた。

 その隣ではウェンディが口笛混じりにビートチェイサーを磨いていて、ノーヴェはアクロバッターを担当していた。ライダーマシンの手入れは彼女達の大切な仕事の一つ。こうして毎日綺麗にしているのだ。

 

「これ終わったら、アタシが翔一さんのバイク磨くッス」

「分かった。なら、アタシはヴァイスの奴な」

 

 そしてライダーマシンではないがヴァイスのバイクも手入れの対象。もっとも、これも見た目的には翔一のバイクと大差ないのでノーヴェ達からすれば十分ライダーマシンの範疇だったりするのだが。

 実は、未だにアギトは彼女達の前でマシントルネイダーを使っていないため、その事をヴァルキリーズは知らない。そしてスバル達もまた同様に。聞けばきっと驚く事は確実だ。何せ、空を飛ぶ事の出来るバイクなのだから。

 

「光太郎さん、こっちは終わったよ」

「ありがとう。じゃ、ディエチちゃんはゴウラムを綺麗にしてやってくれ」

「了解。……ゴウラム、おいで」

 

 光太郎の言葉にディエチは頷き、視線を上へと向けた。そこには光太郎が作りあげた廃鋼材を使ったゴウラム用の待機場所がある。五代からゴウラムの食べ物を聞いたはやてが用意した物を使って作ったのだ。

 ディエチの声にゴウラムは本来反応を示さないが、それでもそこから降りてくる。アクロバッターが呼んでいるからだ。ディエチの前に降り立つゴウラム。それに彼女は小さく笑みを浮かべると手にした水拭きでその体を拭いていく。

 

 そんな風にディエチがゴウラムを綺麗にし始めたのと入れ代わりでノーヴェがアクロバッターを磨き終わる。その仕上がりに彼女は満足そうに頷いた。そんな彼女へアクロバッターは感謝を述べるのもいつもの事。

 

「カンシャスル、ノーヴェ」

「いいって……それと、また今度乗せてくれな」

「アア、コンヤニデモクルトイイ」

 

 その答えに嬉しそうに笑みを見せるノ−ヴェ。そう、彼女はティアナやヴァイスからバイクの魅力を聞かされバイクに乗ってみたくなったのだ。しかし、免許のない自分では運転は許されない。そんな風に思い途方に暮れていると、ある日ノーヴェの様子に気付いたアクロバッターが尋ねたのだ。最近元気がないがどうしたのかと。

 主人と同じで優しい奴と思い、ノーヴェはその原因を伝えた。すると、アクロバッターが自分に乗ればいいと答えたのだ。それを聞いてノーヴェは一瞬呆気に取られたが、確かにそれなら問題ないと頷いた。

 

 以来、ノーヴェは必ずアクロバッターの手入れを買って出る。光太郎さえ驚くぐらいの頻度でするものだから彼がその理由を気になって調べるのは当然だ。そして、アクロバッターから理由を聞いて光太郎は微笑ましく思い、今も黙ってそれをさせている。

 ウェンディはアクロバッターと仲良く話すノーヴェを見つめ、どこか苦笑するように息を吐いた。ノーヴェは周囲にそこまで気付かれていないと思っているのだが、実際かなりの者は密かにアクロバッターに乗っている事を知っている。

 

 もっとも乗りたいと希望する者達はティアナのように自分で乗りたいという者が少なく、大抵が五代達と共に乗りたいという者ばかりのため、そこまで問題になっていないだけだ。

 

(ノーヴェはホントに可愛いッスね。一応お姉ッスけど、どこか妹みたいッス)

 

 最後の一拭きをし、ビートチェイサーから少し距離を取ってウェンディは仕上がりを確認。その見事さに惚れ惚れし、翔一のバイクへと向かう。その外見の凡庸さに少しため息を吐きながら、ウェンディはその車体を磨き始める。

 

「……いつになったら、お前とアタシは勝負出来るッスかねぇ……」

 

 軽くだがウェンディはマシントルネイダーの事を聞いていた。というのも、ウェンディのISを見た翔一が親近感を感じたために。自分のバイクにもそれと同じような事が出来る。そう翔一に言われたウェンディはいつか勝負したいと申し出た。翔一もそれに頷いたのだが一向にその機会が来ないまま。

 

 その原因を考え、ふとウェンディの脳裏を嫌な考えがよぎる。

 

(まさか……翔一さん、忘れてるとかないッスよね……?)

 

 天然系の翔一の性格を思い出すも、ウェンディはさすがにそれはないかと自分を納得させた。きっとまだそんな余裕がないだけだと。しかし、このしばらく後ウェンディがこの事をティアナに話した時、彼女は知る。

 かつて翔一は五代がクウガであると告げた事をティアナに指摘されるまで綺麗さっぱり忘れていた前科があると。

 

 

 デバイスルームに響くキータイプの音。勿論ジェイルとシャーリーが出しているものだ。今は作業を分担しジェイルはバトルジャケットの改良を、シャーリーがAMFCの微調整を行なっていた。

 レジアスは昨日の今日で多くの要望とデータを送りつけていた。ウーノからそれを渡されたジェイルは苦笑しつつも嬉しそうだった。何せ、レジアスはその最後にこう記していたのだ。

 

―――これは、人々の希望となる。

 

 その言葉にジェイルは一瞬思考が止まったが、すぐに再起動して呟いた。

 

―――私は……希望を作り出せるのか……?

 

 かつては誰かを絶望させる物しか作れなかった自分。それが、あろう事か人々の希望を作り出す事が出来る。その事実にジェイルは歓喜に打ち震えた。無限の欲望と名付けられた自分が、まさか希望を紡ぎ出す事になるなど誰が予想出来ただろうか。

 そう思った彼はレジアスの何にも負けない励ましに奮起した。だからこそ、彼はその持てる力を注ぎバトルジャケットの改良に勤しんでいるのだから。

 

 そんなジェイルを見てシャーリーは少し複雑な心境だった。つい一昨日までは二人の共同作業で進めていたAMFC。それが、今日からしばらく自分だけでやる事になってしまったのだ。

 無論、ジェイルがやっている事が邪眼との戦いに役立つだろうとは彼女も思っている。それでも、一度として自分へ意識を向けずに作業するジェイルに悲しくなったのだ。

 

(ジェイルさん、真剣なのはいいんだけど……少し寂しいな。この前までは色々話しながら仕事してくれたのに)

 

 年上の元犯罪者。シャーリーにとってそんな相手だったはずのジェイル。それが今では色々とためになる話なども交えつつ、自分へ指導までしてくれる頼もしいパートナーだ。最初はどこかで疑ってはいた。本当に改心したのかと。だが、共に仕事をするようになってからはそれを心から信じる事が出来るようになっていった。

 それだけではなく真司が言っていた言葉の意味も知る事が出来た。ジェイルは純粋だったのだ。ただ自分のやりたい事をしていた。それを止める者がいなかった事。その過ちを正し、注意してやる者がいなかった事がジェイルを犯罪者へとしていった原因の一つだと。

 

「……早くそれ、終わらせてくださいね」

 

 真剣な表情で仕事に打ち込むジェイルへシャーリーは小さくそう告げるとその意識を割り振られた仕事へと向けた。その横顔は、やはりどこか寂しそうに曇っているままで。

 

 

 

「そう、妹さんと今度会うから何か贈り物を……ね」

「ああ。悪いな、今手が空いてて、意見を参考に出来そうなのはあんたぐらいなんだ」

 

 六課隊舎のロビー。そこにある椅子に座ってウーノはヴァイスと話していた。ジェイルの仕事を手伝おうと思っていたウーノだったが、バトルジャケットでは自分が役に立てる事はないと思い、ならばと指揮所に向かおうとしていたところを彼に呼び止められたのだ。

 話がある。そう言われた時、ウーノは不思議にしか思えなかった。自分へヴァイスが話す事など心当たりがなかったからだ。故に多少疑問に感じていたのだが、その内容を聞いて納得していた。やや気まずい妹と会うためのプレゼントを買いたいのだが、男の自分では中々いい考えが浮かばないので意見が欲しい。そう言われたのだから。

 

「ま、確かにアルトさんは手が空いてないでしょうしね」

「なっ……どうしてアルトの名前が……」

「だって指揮所へ向かおうとしてたでしょ? なら、貴方が頼りにしそうなのは彼女ぐらいだわ」

「……そんなに分かり易いか、俺」

「ええ」

 

 ウーノの笑顔での断言にヴァイスは苦笑して頭を掻いた。自分ではそこまで単純ではないと思っていたのだが、どうも妹の事になるとそうでもないようだ。そう思い、ヴァイスは小さくため息を吐いた。それは自分への呆れを込めたもの。

 そんなヴァイスを見てウーノは何となくだが真司を重ねた。共に妹分には甘く分かり易い行動を取る存在。そんな共通点を見出し、ウーノは微笑みを浮かべた。

 

「さて、じゃあ気を取り直して聞くか。何がいいと思う?」

「そうね……年齢にもよるけど、安全策でいくなら好きな食べ物かしら」

「食べ物ねぇ……他には?」

「小物はどう? もしくは装飾品」

「成程。髪飾りとか何て良さそうだな」

「そうね。あ、後は……」

 

 ヴァイスとウーノはそうやってしばらく話し合う。ヴァイスの妹であるラグナの事を聞き、ウーノはその話にやや熱を帯びさせる彼へ苦笑しつつ最後まで話を聞いてやった。真司も以前はセイン達の事を話す時そうだったのだ。

 それを思い出し、ウーノは妹を持つ男はみな同じなのだろうかと思った。そして、その想像に思わず笑ってしまい、その反応にヴァイスが不思議そうな表情を浮かべる。今の自分の話にはそんな笑う要素はなかったはずだったからだ。

 

 それを指摘するヴァイスへウーノは理由を話す。少し考え事をしていたら、それがちょっと面白いものだったために笑ってしまったと。その内容を聞きたがるヴァイスを彼女は秘密の一点張りで退ける。

 そこをザフィーラとの自主訓練を終えたトーレが通り、どこか楽しそうな二人の様子を見て意外そうな表情をみせる。そして近くの時計を眺め、自分に気付かず話す二人へやや呆れたように告げた。

 

―――まだ昼休みでもないのにこんな所で油を売っている暇があるとは羨ましいな。

 

 その言葉にヴァイスとウーノが揃って時間を見て立ち上がる。ヴァイスはこんなに話し込むとは思っていなかったし、ウーノもここまで長引くとは考えていなかったのだ。そのため、互いにする事を思い出して動き出す。

 無論、互いに礼を述べ合って。話を聞いてくれた礼と話をしてくれた礼。そんな二人を眺めトーレは苦笑した。ヴァイスの反応が真司を連想させたのだ。どこにも似たような奴はいるものだ。そんな風に感じトーレも歩き出す。向かう先はシャワールーム。汗を流すためだ。

 

「本当なら風呂がいいが、さすがに今は入れんしな」

 

 つい不満を口にしてしまうトーレ。そうなのだ。宿舎は現在の時間は掃除中。それは大浴場も例外ではない。シャワーも悪くはないのだが、ラボでの生活で大きな湯船に浸かる事になれてしまった身としては、やはり広々とした場所で寛いでいたいのだ。

 そんな彼女だが、これが真司と出会う前はシャワーの方が好きだったと聞けばその変化が良く分かるだろう。というのも、真司がトーレに教えたある事が原因なのだが。それは、風呂に入った方が体が適度に疲れよく眠れるというもの。それを聞いて彼女は自分で確かめたのだ。どちらが眠るまで時間がかかるかを。

 

 結果として、当然シャワーよりも風呂に浸かった方になった。故にトーレは最初こそ睡眠時間のために風呂を選んでいた。今はでその理由がまったく違うのだが。

 

(いっそ夕方まで待つか? ……いや、やはりシャワーを浴びておこう)

 

 昼になって食堂に行った時、真司に汗の匂いがすると言われては恥ずかしい。そう考え、トーレは歩く。その発想自体が既にどこかおかしい事を彼女は気付かない。ともあれ、トーレは一人シャワールーム目指して歩くのだった。

 

 

 

 昼休みとなり、多くの者で賑わう食堂。だが、そこで食事を取るなのはの隣に座っているのはフェイト達ではなかった。

 

「どう?」

「おいし~」

 

 なのはから感想を尋ねられ、ヴィヴィオは笑顔でそう答えた。彼女が食べているのは翔一作のオムライス。アギトセットやアギト御膳という選択肢もあったのだが、翔一が小さな子供ならそちらの方がいいと思い作ったのだ。

 何故ヴィヴィオの面倒をなのはが見ているのか。それは時期が重なったとしか言いようがない。彼女は早めに仕事を切り上げ、フェイト達の分の席を確保する事も視野に入れて食堂へ来たのだが、そこで五代とセッテにヴィヴィオの事を託されたのだ。

 

―――ごめん! お昼休みの間だけヴィヴィオちゃん、お願い出来るかな?

―――私達も手伝わないと大変ですので。

―――あはは、いいですよ。お仕事頑張ってくださいね。

 

 そんなやり取りを思い出し、なのはは微笑む。視線の先には口の端にケチャップをつけたヴィヴィオの顔がある。その幼さと可愛らしさになのはは笑みを浮かべると、そっとナプキンを手にしてその口回りを拭いた。

 

「もう、口についてるよ? ……はい、取れた」

「ありがとう!」

 

 朝とは打って変わって明るくなったヴィヴィオになのはは少々驚きを見せる。五代達との触れ合いがその下地になっているとそう感じて。その明るさに心からの笑顔を返してその頭を撫でる。良く言えました。そんな風に思いながら。

 そこには、いつもよりもどこか大人になったなのはがいた。母親らしさとでもいうのだろうか。それとも、幼いヴィヴィオと接しているからの大人らしさなのか。どちらにせよ、遅れて来たフェイトはなのはを見てそんな事を感じていた。

 

「あ、フェイトちゃん、こっちこっち」

「う、うん」

 

 やや意外そうに食事の乗ったトレーを手にして立ち尽くすフェイト。そんな彼女に気付いてなのはは笑顔で手招き。それに若干戸惑いながらフェイトは動き出した。微笑むなのはと笑顔でオムライスを食べるヴィヴィオ。その光景はどう見ても親子だ。フェイトはそう感じながらそれを口にする事はしなかった。

 何となくだが、そう言ってしまうとなのはが変な意識をしそうだと思ったのだ。ユーノと恋人となったなのは。十年越しの恋は実った瞬間から一気に花どころか種までつけそうなぐらいなのだから。

 

(毎晩連絡してるらしいし、次の休みにはデートするんだよね)

 

 数ヶ月前からなのはが服装に興味を持ち出した事をフェイトは知っている。その理由を彼女は理解していた。好きな人に誉めて欲しい。可愛いと、綺麗と言って欲しい。そんな女の欲望だろうと。

 元々なのははそこまで服装にこだわる事はなかった。化粧なども最低限で、装飾品などもあまり欲しいとは思わなかったのだから。しかし、なのははユーノと想いを通じ合わせた後から、それらに興味を抱いた。

 

 昔から大人びいていたアリサやすずかに助言をもらいつつ、なのはは少しずつではあるが女らしさを身に着けて言った。昔は読まなかったファッション誌が月一度の購読書になるとは思わなかったとは本人の談。

 

「なのははもう食べたの?」

「うん。ヴィヴィオにも少し分けたんだけど、ポレポレカレーをね」

「カレーもおいしかったよ」

 

 なのはの言葉にヴィヴィオは満面の笑みでそう答える。それになのはだけでなくフェイトも笑みを浮かべた。エリオやキャロは出会った頃からどこか子供らしくない部分もあった。それはいい意味でなのだが、それでもフェイトとしては寂しく思う事もあったのだ。

 だからヴィヴィオの反応や表情は心和ますものがある。歳相応の子供らしい言動。それはフェイトにとってはどこかでエリオやキャロに望んでいた光景なのだ。故に心が和み表情が緩む。子供好きな彼女の性格がそこに出ていた。

 

「ふふっ、そうだね。ポレポレカレーは美味しいよね」

「うんっ!」

「あっ、ヴィヴィオ~? また口にケチャップついてるよ」

「え? 取って取って~」

 

 すっかりヴィヴィオの母親役をしているなのはにフェイトは小さく苦笑する。だからだろうかちょっとした思いつきのつもりでこんな事を念話で告げた。

 

―――なのは、ヴィヴィオのお母さんみたいだね。

 

 その言葉になのはは思わずヴィヴィオの口を拭く手を止めた。そして、疑問符を浮かべるヴィヴィオに気付きその手を再び動かし出す。それと同時にフェイトへ先程の言葉の返事を返す。

 

―――そう……かなぁ? でも、不思議と悪い気はしないよ。

 

 その声にフェイトは小さく笑う。何せ、なのははやや苦笑していたのだ。しかし、そこからなのはの反撃が始まった。フェイトに対して光太郎との距離感が近い気がすると告げたのだ。

 

【フェイトちゃん、光太郎さんとの事どうするの?】

【だから私は別に……】

【異性として意識してる訳じゃない、だよね。じゃ、一度考えてみるといいよ。光太郎さんから愛してるって言われたらどうなるかって】

 

 なのはの言葉にフェイトはその状況を想像し―――若干の間の後赤面する。それになのははしてやったり顔で笑みを零すと駄目押しの一言を告げた。

 

―――意外とね、自分の気持ちって分かってるようで分かってないものなんだよ。私もそうだったし。

 

 その言葉に込められた想い。それに気付いたフェイトは思わずなのはへ視線を向ける。そこには彼女へ微笑みかけるなのはがいた。その笑顔の優しさに言葉を無くすフェイトへなのはははっきり告げた。後悔しないようにねと。

 それに神妙な表情を返すフェイトだったが、やがて何かを決心するように小さく頷いた。そんな彼女に嬉しそうになのはも頷いて笑みを浮かべる。その光景にヴィヴィオは小さく首を傾げるも、残ったオムライスを片付けるべくスプーンを動かす。賑やかな食堂の中、小さな変化が生まれていた……

 

 

 

 激しい音が響く訓練場。スターズ&ライトニングVSヴァルキリーズの戦いはもう終盤を迎えていた。以前の教訓を活かして戦略を立てるウーノ。それを支えるクアットロとオットー。そして、そんな三人の指示や考えを理解して動くトーレ達。

 そこには以前の団体戦で敗北した彼女達の姿はなかった。見ているはやて達さえそう感じたのだから直接相手をしているなのは達は余計にだろう。怪人戦とライダーとの共闘。それで培われた全てがヴァルキリーズにいい結果を与えていたのだ。

 

 一方、ヴァルキリーズもなのは達―――特にスバル達四人の成長をひしひしと感じていた。以前ならば、それぞれが一対一にされるとそれに拮抗しようとしていたのだが、今はそうなるとどうにかして互いの連携を取れるよう動き出すのだ。

 あのアグスタで見せた連携。それは怪人を相手に勝つ事は出来なかった。だが翻弄する事は出来た。その事実が四人に連携の大切さと強さを教える事となった。自分達四人でも力を合わせれば強力な敵にも負けないと。

 

 そんな前回以上の接戦を展開するなのは達を見つめ、はやては参加しなかった事を悔やんでいた。何も模擬戦が好きな訳ではない。だが、見ていれば分かるのだ。なのは達が互いに戦う事で成長しているのを。

 ライダーと共にあるために、そして邪眼を倒すために少しでも強さを。そんな想いを両者からひしひしと感じる事が出来るのだから。

 

「……今度はこれにわたしらも加わって、ライダーを第三軍にしての模擬戦をやろか」

 

 だからこそ、そんな事を考えた。そう、まだはやて達もライダー達も経験した事のない状況。それは、ライダー四人の連携対旧六課の全戦力を結集しての連携。そこから得られる事はおそらく最後の決戦を勝ち残るための力になる。

 そう判断し、はやては隣で模擬戦を見つめるリイン達へ告げた。それにリイン達も頷いてみせた。唯一ライダーの中で見学していた光太郎もその言葉に賛同する。先輩ライダー達と違い、彼はあまり他のライダーとの連携を経験していない。しかも、そもそも五代は他のライダーとの連携自体未経験だったのだから。

 

(俺達四人が協力する戦い。それがきっと邪眼との最後の戦いになる。それに負ける事は許されない。今の内に少しでも、俺達も連携を考えていかないと……)

 

 視線を空へ向ける光太郎。もう太陽は暮れ出して夕日へと変化している。その暖かくもどこか寂しい色合いに遠い目をし、誰にでもなく彼は告げた。

 

―――先輩達、見ていてください。俺達が邪眼を完全に倒すところを……

 

 あの発電所で共に戦った一号とV3だけではなく他の先輩ライダー達へも光太郎は誓う。きっと来れるのならここへ現れ戦ってくれるだろう歴代ライダー達へ。今もどこかで悪と戦っているだろう仮面ライダー達。

 その魂を受け継ぐ者として光太郎は決意を新たにする。三度目はなくしてみせると。一度目は発電所、二度目は無人世界。そこで仮面ライダーに敗れた邪眼。しかし、どちらも逃げ延びて災いを起こそうとしている。だからこそ、次は必ず倒すのだと。

 

(お前に教えてやるぞ、邪眼。悪ある限り、仮面ライダーは不滅だと。そして、正義の系譜に終わりはないと……)

 

 

 そんな事があった日の夜の休憩室は賑やかだ。スバル達前線メンバーだけではなくアルトやルキノなどもそこにはよく顔を出すために。加えて、今はここにヴァルキリーズの後発組も常連化しているので余計だろう。

 

「いや~、今日の模擬戦も色々とためになったねぇ」

 

 スバルの言葉に周囲が笑みと共に頷きを返す。今の休憩室メンバーはスバル達フォワードメンバー四人とノーヴェにウェンディだ。もう少しするとギンガなども姿を見せるだろうと誰もが考えていた。今はほとんどが大浴場で疲れと汗を流しているのだから。

 

 あの模擬戦は白熱し、結果は何とヴァルキリーズの勝利に終わった。敗因は、健闘していたスバルがギンガとノーヴェの協力の前に敗北したため。そう、奇しくも前回と同じく一人の敗北が全てを決めたのだ。

 

 スバルと倒した二人はそれぞれキャロとティアナに襲い掛かった。ティアナにはギンガ、キャロにはノーヴェが攻撃に参加した事で一気に情勢が変わった。なのは達は無論それを助けに行きたかったのだが、前回から経験を積みデータ共有で彼女達の動きなどを学んだトーレ達がそれを許さなかった。

 そう、彼女達は揃ってなのは達の援護妨害だけに集中したのだ。それは前回エリオやキャロが狙った事。自分が勝つ事に拘るのではなく全体の勝利を考えての行動。それにより、なのは達隊長陣は援護にも行けず無理に突破する事も叶わなかった。

 

 そして、さほど時間が掛からずティアナ達も敗れ、ヴァルキリーズは残った全戦力を結集し包囲する形でなのは達を攻撃。前方と後方、側面さえも押さえた猛攻にさしものなのは達も追い詰められ、敗北したのだ。

 そう、いかになのは達が強くてもその魔力も体力も無限ではない。故にウーノは考えた。最初から強い者を倒すのではなく倒せる者から倒していこう。自分達がなのは達に勝るモノは人数。それをもっと活かした戦術を組み立てるためには相手の数を減らす必要があると。

 

「……私がギン姉に動きをほとんど読まれてたのが痛かったなぁ」

「そうね。でも、それを承知でアタシもあんたとギンガさんをぶつけたんだし、あんただけの責任じゃないわ」

「ノーヴェさんもスバルさんの動きを知ってたのも響きましたね」

 

 ティアナの言葉にエリオはそう続いた。それにスバルとノーヴェが苦笑した。その理由はスバルがノーヴェに教えているシューティングアーツ。それを通じてノーヴェはスバルの動きを理解していたのだ。それは逆を言えばノーヴェにも同様の事が言えるのだが、ギンガがそれを上手くフォローするようにしていたのでスバルはそれを突く事が出来なかったという訳だ。

 

「まぁ、アタシらはスバル達四人の中の誰かを倒せばいいって思ってたッスからね~」

「ああ。だからアタシとギンガは一番戦い易いお前を選んだって訳」

 

 その言葉にスバルは完全に苦笑い。ティアナはそこからヴァルキリーズの考えを読んだのか悔しそうにしていた。何故、自分と対峙していたのがクアットロではなくウェンディだったのかを理解して。

 自分と射撃対決に持ち込め、幻術を使ってもそれを射撃で判別出来る事。更に、いざとなればISで逃走する事も可能な存在。ティアナはそれを警戒していた事を思い出して苦笑する。つまりウェンディは彼女がリーダーシップを発揮出来ないように差し向けられた相手だったのだ。

 

(きっとクアットロ辺りの差し金ね。アタシをそこまで重視してくれるのは嬉しいけど、まだまだアタシはリーダーなんてもんじゃないわ。ま、期待されてるようだしやってやりましょ)

 

 密かにライバル視しているクアットロ。それが自分を意識してくれている事に喜びを感じつつ、ティアナは今はそれに応える事が出来ない。故に、必ずそれに応えられるようになってやると、そう彼女は決意した。

 そんなティアナの前ではキャロが遅れて現れたセイン達へ飲み物を手渡していた。それをセインは笑顔で受け取り、チンクはややすまなさそうに受け取るところに性格が見える。

 

「はい、どうぞ」

「すまんな」

「ありがと、キャロ」

 

 可愛らしいパジャマのチンク。実はそれはフェイトが間違えて大きめを買ってしまったキャロの物。セインが着ているのもパジャマなのだが、そちらはアルトの物で多少可愛げはあるもののチンクよりは幾分大人の雰囲気だ。

 二人は飲み物を手に空いている場所へ座った。そして、セインが盛り上がっているスバル達を見て話題は何かをキャロへ尋ねた。

 

「で、何話してんの?」

「えっと、今日の模擬戦の事を話していたんです」

「成程な。確かに話題にはもってこいだ」

 

 キャロの答えにチンクは少し微笑むと、視線をスバル達ではなく自分の後方へ向けた。気配を感じ取ったのだ。そこには湯上りだろう翔一と真司がいた。手には差し入れだろう果物が載っている皿がある。

 

「五代さんがみんなで食べて欲しいって」

「どうもパフェ用に仕込んだみたいなんだけど、余っちゃったらしくてさ」

 

 そこには缶詰のものだろう黄桃や蜜柑、そしてバナナと多少のサクランボがある。それに目を輝かすのはスバルとセインだ。ウェンディとティアナは寝るだけにも関らずそれを食べて太りやしないかと年頃の女性らしい事を考えている。

 チンクは真司から皿を受け取り、五代はどうしたと聞いていた。キャロはエリオとケーキの材料みたいだと話して笑っている。翔一は休憩室の中を見渡し、他に誰かいないかを確認して頷いていた。

 

 ちなみに五代は風呂上りをヴィヴィオに捕まり、現在なのはの部屋で絵本を朗読中。なのははそれを見て微笑ましく思っていたりするのだ。

 

「……そうか。ヴィヴィオにな」

「あの子、五代さんをパパみたいに思ってるのかな」

 

 真司は今日一日のヴィヴィオと五代を思い出してそんな風に呟いた。確かにヴィヴィオは五代の後ろをよくついて行ったのだ。スバル達は昼休みしかヴィヴィオと顔を合わせる機会がなかったが、それでもその光景を想像出来たのか笑みを零す。

 

「いや、感覚は近いかもしれないけど俺はパパじゃないと思います。だってあの子、なのはちゃんはママって呼びましたから」

 

 その翔一の発言に食堂で働いている者達は思い出したように頷くと、同時にスバル達から驚きの声が響いた。そう、ヴィヴィオはあの食事終わりに仕事へ戻るなのはを見送ってこう言ったのだ。

 

―――ママ、いってらっしゃい。

 

 それを食堂で働いている者達は揃って聞いて驚いたのだ。なのはもその呼び方にはさすがに足を止めたものの、フェイトが何かを告げると少し戸惑いながらそれに手を振り返したのだから。

 

 その一連の流れを話して翔一は全員に告げた。もしかしたら、ヴィヴィオは父親よりも母親を強く求めているのではと。その言葉に真司は納得。人はみな母から生まれてくる。だからヴィヴィオも母親の方を強く捜していたのかもしれないと、そう考えたのだ。

 

 そして、そこから始まる話題はなのはとユーノの事。結婚前に子供が出来たのは問題ではと、そうどこか楽しそうにセインが言えば、それをキッカケに結婚に迫れるとウェンディが応じる。ティアナは翔一へ視線を向け、チンクは真司へ視線を向け、それぞれに意見を尋ねる。

 表向きは男性の意見を聞きたいと言っていたが事実は違う。ともあれ、二人もそれに真剣に考え込み、スバルは単純に関係ないと思っていた。エリオもキャロも同じだったが、セイン達の意見を聞きながらフェイトと光太郎の事に役立てられないかと考えていた。

 

 そんな風に賑やかになる休憩室。その一方で、格納庫前では光太郎とフェイトが夜の海を見ながら話し合っていた。

 

「……明日にでも光太郎さんと翔一さんで先行したい、ですか?」

「ああ。今度の相手は海底遺跡にいる。なら、ライドロンじゃないと行くのは難しいだろう。本当はクウガを連れて行きたいが、あまり俺と一緒に行動はさせたくない」

 

 フェイトの問いかけに光太郎はそう答えた。その意味を理解しフェイトは頷いた。キングストーンとアマダム。それこそが邪眼が狙う本当の目的。だから、万が一に備えて二人は別々の場所にいる方がいい。

 戦力が分散している状況で二人が同じ場所にいるのは邪眼にとって好機でしかない。そう二人は判断したのだ。なので、クウガと似た力を持つアギトを連れて行くのだとフェイトは考えた。

 

「でも、いくらなんでも早すぎるんじゃ……」

「分かってる。でも、嫌な予感がするんだ」

「そんな……」

 

 今度の場所は邪眼でもそう簡単には気付けないだろう場所。そうフェイトだけじゃなくはやてもジェイルも考えていた。なので入念に準備をして行こう。そんな風に今日話し合ったばかりなのだから。

 しかし、どうも光太郎は早めに動くべきと考えているらしい。それが意味する可能性は二つある。一つは邪眼達もイクスの存在を調べていてその居場所を見つけたという事。それともう一つ。それはかつてウーノから聞いたある推測に基づく発想。

 

(どこかで情報が漏れた。そういう事だね……)

 

 今回の調査結果はかなり限られた者達しか知らない。まず、はやてと守護騎士達。フェイトとなのはに光太郎。そしてジェイルとウーノにユーノだ。この中で情報を漏らす者がいるとは思えないが、それでもフェイトにはそれを心から否定出来る要素がなかった。

 

(まさか……もう六課にスパイが入り込んでいるの?)

 

 ライアーズマスクを使い、邪眼の手先が六課の者に化けている。そう考え、フェイトはそれを即座に否定した。もしそうなら光太郎が何も言わないはずはない。であれば、その可能性があるのはただ一人。

 しかし、それをフェイトは否定したかった。もし仮にそうならば、なのはは毎晩別人を最愛の男性と思って愛を告げている事になるのだ。それを伝える事はフェイトには出来ない。

 

(ユーノが偽者かもしれないなんて、言えるはずがないっ!)

 

 言えば、なのはとユーノの間に違和感が生まれる事は明白だ。そうなれば二人の関係にも嫌な変化を与えかねない。それに、そこから相手に気づかれ本物のユーノが危険に晒される可能性もある。

 そこまで想像し、フェイトは光太郎へ視線を向ける。すると二人の視線が交差する。光太郎はフェイトが黙ったのに気付き、その様子を窺っていたのだ。フェイトの眼差しから何かを感じ取り、光太郎はその傍へ駆け寄った。

 

 そして小さく震えるフェイトの体をそっと抱き締めようとして、一瞬だが光太郎は躊躇いを見せる。しかし、その躊躇いを振り切り、フェイトを励まそうと優しく抱き締めた。

 

「フェイトちゃん、大丈夫だ。何が起きても、大丈夫だから」

「……光太郎、さん……」

「俺達がいるし、六課は負けない。最後には、必ずみんなで笑顔になれるさ」

 

 光太郎の言葉に五代の影響を感じるフェイトだったが、それでもその温もりに考えていた嫌な想像が消えて行く。体を襲った不安も失せていき、フェイトは感謝を込めて光太郎の体を強く抱き締め返す。

 だがその瞬間、光太郎の体が軽く強張ったのをフェイトは感じ取った。それが意味する事を察して彼女は反射的に光太郎から体を離す。そして、どこか悲しそうな瞳で光太郎へ視線を送る。何故、と。どうして自分を拒絶するような反応を返すのかと。

 

「……フェイトちゃん、俺は……」

「関係ないっ! 改造人間とか仮面ライダーとか宿命とか関係ないっ!!」

 

 光太郎の言葉を遮るようにフェイトは叫んだ。それは自分の本心。今日なのはに気付かされた自分の想い。それをここで告げよう。その決断をフェイトは下した。でなければ、光太郎には届かないと思ったからだ。

 光太郎の態度が自分を守るためだと彼女は薄々気付いていた。更にエリオから聞いた推測もそれを肯定していた。故にフェイトは決断した。ここで自分の偽らざる気持ちを伝えようと。

 

「光太郎さんは私に言ってくれた! 私は私だって! なら、それは光太郎さんも同じでしょ? 改造人間でも、仮面ライダーでも、光太郎さんは光太郎さんです!」

「フェイトちゃん……」

「光太郎さんの歩く道が厳しく辛い事なんて知ってます。私だって執務官をしているんです。平和のために戦う事がどんな事を意味するか。嫌って程知ってますっ!」

 

 フェイトの涙ながらの言葉に光太郎は何も言えなかった。自分がフェイトへ取った距離。どうもそれが余計フェイトの心を苦しめてしまったと感じたからだ。完全に突き放す事でしかもうフェイトを自分から離す事は出来ないのか。そんな風に考え、光太郎は天を仰いだ。

 気付いたのだ。もう遅い事に。フェイトは既に自分を追い駆ける覚悟を決めているだろう。であれば、突き放したとしてもそれが自分を思いやっての事と気付いてその気持ちを更に強めてしまうはず。

 

 だが、そんな光太郎の予想に反してフェイトの答えは違った。

 

「……私、光太郎さんを愛してます。今日、私はこの気持ちに気付きました」

「フェイトちゃん……」

「だからお願いです。私の好きな貴方でいてください。生まれや育ちの事を気にしない、貴方のままで」

 

 フェイトの告白が杏子からのものに聞こえ、光太郎は驚いたような声を出した。それにフェイトは真剣な表情でそう告げる。決して自分を卑下しないで。改造人間だとしても光太郎は人間だと胸を張ってくれとの想いを込めて。

 それを感じ取って胸を詰まらせる光太郎へフェイトは慈愛に満ちた笑顔を見せた。分かっているのだ。彼が自身の告白へどう返すのかを。故にそれを言わせる前にフェイトは己の決意を告げた。

 

「私の気持ちに光太郎さんが答えられないって分かってます。でも、せめて……好きなままでいさせてください」

 

 その言葉と表情に光太郎は完全に言葉を失った。フェイトは微笑みながらも泣いていたのだ。叶う事のない想い。それでもいい。光太郎が自分を嫌いでないのならずっと好きでいよう。だから、この想いだけは覚えていて欲しい。

 そんな風に聞こえるフェイトの笑み。その美しさに光太郎は黙って見つめ続ける。白鳥玲子とは違う形での愛情表現。そしてどこか秋月杏子を思わせるような言葉。それに光太郎は心から感謝と謝罪の念を抱いた。しかし、それを告げる事はしない。それはフェイトの望む事ではないからだ。だから、こう告げる。

 

―――……俺は今夜の事は絶対に忘れないよ。例え、何があっても……

―――ありがとう、光太郎さん……

 

 光太郎の告げた精一杯の答え。それにフェイトは大粒の涙を流した。それに光太郎は笑みを浮かべ、静かに彼女へと近付いていく。彼はそのまま黙って隣に立ち、彼女が泣き止むまで傍にいた。

 その無言の優しさが嬉しくも切なくて、フェイトは泣き止んだ時にこう言った。泣き止ませたいのか泣かせたいのか分かりませんと。それに光太郎はどこか嬉しそうに苦笑する。するとそれにフェイトも苦笑した。

 

 今までと変わらない雰囲気。だが、確実に関係は変わった。それを感じながら二人は笑う。いつまでもこうしていたいと心のどこかで願いながら……

 

 

 

 ベッドで眠るヴィヴィオ。その寝顔に五代となのはは揃って微笑んだ。その寝顔の安らかさと心に感じる穏やかを愛おしく思って。ヴィヴィオがこうして眠った事により、絵本朗読から解放された五代はいそいそと部屋を後にするべくドアへと向かう。

 何せここは女子寮。リインの許可は取っているが出来る限り用件が済んだのなら男子寮へ戻られねばならない。それに五代が急ぐには訳がある。もうすぐ消灯時間となるためだ。

 

「じゃ、俺は部屋に帰るね」

「はい。お休みなさい、五代さん」

「お休み、なのはちゃん」

 

 軽く手を振って五代が出て行くのを見送り、なのはは視線を入口から別の方へと向けてある物へ近付いた。それは部屋に設置された端末。それを操作し、彼女はモニターを表示させる。すると、一分としない内にユーノがそこに映り出た。

 

「ごめんね、遅くなって」

『いいよ。にしても、どうして声を抑えてるの?』

 

 なのはの声量が小さい事に気付き、ユーノは不思議そうに尋ねる。それに彼女は苦笑しながらモニターから体を動かした。そこに見えるは安らかな寝顔で眠るヴィヴィオの姿。それにユーノは納得。そう、昨夜の話でヴィヴィオの存在自体は聞いていたのだ。

 

『成程ね、その子が原因なんだ』

「うん。それでね、ユーノ君。一つ聞いて欲しい事と相談があるんだけど……」

『何?』

 

 なのはがどこか戸惑うような表情をしている事に疑問を感じるもののユーノは笑顔で尋ねる。それになのはがヴィヴィオからママと呼ばれている事を話し、彼へ軽い驚きを与える。それでも彼は、ヴィヴィオが本能的に保護者を求めているとのシャマルの推測を聞くと納得した。

 だがそれだけで終わるのではなく、ちゃんとなのはが優しく母性を感じさせたからだろうと告げるのを忘れない。それになのはがやや照れるのは仕方ない。そのまま、まだそんな歳じゃないと苦笑を返すが、やはりどこか嬉しそうにユーノには見えた。

 

 その呼び方の話が少し落ち着いたのを見計らい、ユーノは相談について彼女へ切り出した。一体何を相談したいのだろうと。それになのはは最初見せた戸惑いを見せる。だが、意を決してユーノへ告げた。

 

―――出来ればヴィヴィオを引き取ろうかなって……思ってるんだ。

 

 その言葉にユーノは笑顔で応じようとして―――微かに表情を固まらせる。そして、一度深呼吸をするとなのはを見つめて告げた。

 

―――分かってるの、なのは。その子を引き取る事は、かなり”重い”よ?

 

 それはヴィヴィオの将来を案じるだけではない。聖王のコピーである彼女を引き取る事でなのはの今後への影響を想像するからこその言葉だ。それになのはも頷き、真剣に考えていると返した。それにユーノが小さく息を吐いて苦笑する。その表情になのははユーノが何を考えたかを悟り、同じように苦笑した。

 

『じゃ、とりあえず僕はいつでも引き取れるように手続きの準備を進める事にするよ』

「ありがとうユーノ君」

 

 やはり自分と同じで下手に施設などに行かす事は出来ないと考えてくれた。そう思い、なのはは心からの笑顔でそう告げた。それにユーノは笑みを返し、やや照れるようにこう言った。

 

「どういたしまして。まぁ、おそらく将来僕の娘になる訳だしね」

「にゃはは、ユーノ君って……え?」

 

 そこでユーノが言った言葉になのはは思わず思考を止めた。その視線の先には真剣な表情のユーノがいる。その雰囲気から彼女は一つの予想を立てる。それは彼女がどこかで待っているもの。だが、まだ先になるだろうと思っていたある言葉。

 そんななのはの思いを感じたのかユーノは軽く息を吐くとはっきりと告げた。その時の事を、なのはは終生忘れる事が出来なくなる。

 

―――結婚しよう、なのは。邪眼を倒して、平和になったその時に。

 

 プロポーズ。まだデートさえしていないにも関らず、ユーノは求婚した。だが、考えてみればこの二人はあのジュエルシード事件の頃から二人で行動する事が多かった。ならば、その絆と関係は深いといっても過言ではない。

 現に、なのはもそんなユーノの言葉に驚きよりも喜びを強くしていたのだから。目は潤み、顔は赤い。だが涙は流さない。それはまだ今ではないと思っているから。だからなのはは微笑みを浮かべるとユーノへ答えた。

 

―――幸せにしてね?

―――勿論。……ヴィヴィオも一緒に、ね。

 

 どちらも邪眼が倒されないとは欠片も思っていない。四人の仮面ライダーがいる。それだけで、あの邪眼戦を経験した二人には勝利を確信出来るのだから。だからユーノの言葉になのはも頷いた。

 

 最後は軽くおどけるように告げるユーノ。そんな彼になのはは嬉しそうに笑うとモニターへ近付いた。それに不思議そうな表情を浮かべるユーノだったが、彼女の顔が自分に近付いてくるのを見てその行動理由を悟る。

 そして、モニターのなのはが彼と完全に顔を重ねる。モニター越しのキスとでも言えばいいのだろうか。ともあれ、それにユーノは軽く思考停止。そんな彼へなのはは真っ赤な顔で締めの言葉を告げて通信を切った。

 

「信じてるからね、あなた。お休み」

 

 そして静寂が訪れる司書長室。その中でユーノは最後のなのはの言葉を反芻し、喜びに打ち震えていた。勢いに近い形になったが求婚して受け入れられた。しかも、最後には”あなた”発言だ。これを喜ばずに何を喜ぼう。これで今夜の徹夜も耐え切れる。そんな風に思ってユーノは気合を入れた。

 その姿を密かに見つめる影がある。それは、ユーノとなのはの会話を盗み聞いていた闇の住人。それを証明するような邪悪な笑みを浮かべて闇はそこから去った。これは使えると、そんな事を呟きながら闇は消える。夜の中へ溶け込むように……

 

 目覚めた聖王。その心にあった不安の影を散らした五代と六課。穏やかに関係の変化を起こす者達がいる中、蠢く不気味な影がある。平穏の裏にある闇。それが牙を剥く日は……近い。

 

 

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初の幕間扱い。ヴィヴィオメインにしようと思って書いていたのに……気が付けば色々と動きを出してしまいました。

 

五代がパパ扱いにならない理由は原作で提示された通りです。彼には魔法が使えません。よってヴィヴィオがその技術などを得る事は出来ないのでパパとはならないんです。

 

次回は、お待たせのイクス登場話の予定……


 
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