私たちは六十一層にある城塞都市、セルムブルグに着いた。
セルムブルグの規模はそれほど大きくないが、街並みが綺麗で、市場には店がそれなりに豊富である。
ここをホームタウンにと願う人は多いんだが、部屋がとんでもなく高価で(私の家の数十倍くらいかな)、よほどのハイレベルに達ないいと入手は不可能に近いだろう。
「うーん、広いし人は少ないし、開放感あるなぁ」
「そうだねぇ」
「なら二人とも引っ越せば」
「金が圧倒的に足りません」
「あそこが気に入ったからねぇ」
「そうですね」
私がファリアに笑いながら言うと、丁寧にファリアは答える。
もうちょっと、仲良く話したいのになぁ。
まず、敬語を止めさせなきゃね。
「……そりゃそうと、本当に大丈夫なのか?さっきの……」
「…………」
ああ、クランチール(間違い)のことだろうな。
「……わたし一人の時に何度か嫌な出来事があったのは確かだけど、護衛なんて行き過ぎだわ。要らないって言ったんだけど……ギルドの方針だから、って参謀職たちに押しきられちゃって……。どうせなら、ヒナのファリアみたいなのがよかったのに」
何!?ファリアはあげませんよ!私の可愛いファリア何ですから!
「大丈夫ですよ。私はヒナ様以外には遣えたりはしませんから」
それなら良かった。
「昔は、団長が一人ずつ声を掛けて作った小規模ギルドだったのよ。でも人数がどんどん増えて、メンバーが入れ替わったりして……最強ギルドなんて言われ始めた頃から、なんだかおかしくなっちゃった」
確かに、はじめの頃は楽しかったのになぁ。
みんなで小さいギルドホームで騒ぎあって、あのときぐらいかなぁ、たまに休んだりしたのは。
「まあ、大したことじゃないから気にしなくてよし!早く行かないと日が暮れちゃうわ」
話を切って歩き出したアスナに続いて、私たちも街路を歩き始めた。
セルムブルグか、ここにも家買って別荘とかにしようかな。
私がそんな別荘計画を考えていると、アスナの家に着いた。
アスナの家は小さいが美しい造りのメゾネットの三階で、何回か来たことがあるが、中もきれいだった。
「しかし……いいのか?その……」
「なによ、君がもちかけた話じゃない。他に料理できる場所がないんだから仕方ないでしょ!」
アスナはぷいっとキリトから顔をそむけ、階段を登って行く。
私は当たり前のように、アスナについていく。
「おんじゃましまーす!」
「おじゃまします」
「お……おじゃまします」
アスナの部屋は、見たことないほどきれいで、毎回毎回驚かされる。
それでいても、居心地の良さそうな雰囲気をただよわせているのだから、少しの間アスナの部屋に入り浸った私は悪くないと思う。
「なあ……これ、いくらかかってるの……?」
キリト君がアスナに質問をする。
「んー、部屋と内装をあわせると四千kくらい。着替えてくるからそのへん適当に座ってて」
四千kって、掛けてるなぁ。
ちなみにkとは千をあらわす短縮形なので、四千kとは四百万コルということになる。
私の家なんてベッドとテーブルくらいしかないのに。
まあ、考えるのはよそう。
私は武装を解除してソファーに座る。
少しすると、アスナが簡素な白い短衣(チュニック)と膝上丈のスカートに着替えて奥の部屋から出てくる。
着替えっても、ステータスウインドウの装備フィギュアを操作するだけなのだが、着替え中の数秒だけ下着姿になってしまうため、女プレイヤーは人前で着替えたりはしない。
それにしても、アスなんのお肌きれいだなぁ。
私がそんな変態的なことを考えてると、アスナがキリト君にじろっと視線を投げ、言った。
「君もいつまでそんな格好してるのよ」
言われたキリト君は、慌てて武装を解除して、《ラグー・ラビットの肉》をオブジェクトとして実体化させてテーブルに置く。
ちなみに、ファリアはいつの間にか部屋着に着替えている。夜狩りするってのに。
「これが伝説のS級食材かー。……でも、これ四人で食べるには少なくない?」
「確かにそうだな。ヒナ、どうするんだ?」
「ああ、はい」
私はアイテムウインドウから、《ラグー・ラビットの肉》をテーブル置く。
「これ使っていいよー」
「これどうしたの……?」
「ん?ああ、たまたま見つけたからとっといた」
「そ、そう」
アスナはぶつくさ何かを呟きながら、キッチンに向かい、料理を始める。
こっちからは見えないので、料理過程は省略して。
わずか五分ほどで食卓が整えられ、私たちも席に着いた。
ちなみに、私側の三つの椅子に右からアスナ、私、ファリアの順で、向こう側にキリト君が座ってる。
私たちの前には、湯気を上げるブラウンシチューが大皿に盛り付けられている。
うーん、いいにおいだな。さすがアスナの料理。
なんだか、知らぬ間にアスナたちが、いただきますも言わずに食べ始めてる。
ずるーいと思いながら、私もシチューを口に運ぶ。
美味しい。
お肉に歯を立てると、肉汁が迸って、シチューと一緒に口の中に消えていく。
まあ、実際には食べてないんだけど。
SAO内での食事は、《味覚再生エンジン》という様々な《物を食べる》感覚を脳に送り込んで、実際に食事しているように感じさせるプログラムを使っている。
なので、現実の私が何も食べてなくても、脳は《食べた》と錯覚しているわけで、お腹は膨れる。
それにしても、うーん、美味しい。
私たちの前の大皿にあったシチューは、きれいさっぱりなくなった。
その皿を前に、アスナが深く長いため息をついた。
「ああ……いままでがんばって生き残っててよかった……」
そんなに美味しかったのか。
まあ、私も同感だけど。
そんなことを考えながらお茶を啜ってると、アスナがぽつりと呟いた。
「不思議ね……。なんだか、この世界で生まれて今までずっと暮らしてきたみたいな、そんな気がする」
「……俺も最近、あっちの世界のことをまるで思い出さない日がある。俺だけじゃないな……この頃は、クリアだ脱出だって血眼になるやつが少なくなった」
「攻略のペース自体落ちたとも聞きます。ヒナ様のおかげで今のペースを保ってられてますが……」
「そうだね。今最前線で戦ってるプレイヤーなんて、五百人もいないでしょ。危険度のせいだけじゃないと思う……みんな、この世界に馴染んできてる……」
私だってそうだもん。
そう思いながら、私は考える。
みんなを脱出させるために、と思っているが、最近私も迷宮に籠ることが少なくなってきた。
はぁ、馴れって怖いねぇ。
これが、茅場さんのやりたかったことなのかな。
現実世界と違う、もうひとつの世界の創造。
でも、私は帰したい。
「でも、わたしは帰りたい」
アスナのように思ってる人もいるから。
私がそう考えてると、アスナは微笑み、続けた。
「だって、あっちでやり残したこと、いっぱいあるから」
その言葉に頷いた、キリト君が続ける。
「そうだな。俺たちががんばらなきゃ、サポートしてくれる職人クラスの連中に申し訳が立たないもんな……」
確かにそうだな。それもある。
それに、現実のシリカに会いたいもんね。
最後の本音だろ、って?
やだなぁ。そんなわけないじゃん。
そんなことを考えてると、アスナが顔の目の前で手を降り、
「あ……あ、やめて」
と言った。
どうしたんだ?
「な、なんだよ」
「今までそういうカオした男プレイヤーから、何度か結婚を申し込まれたわ」
「なっ……」
なるほど、確かにあるな。
私もファリアと一緒にいると、結婚してくれって男がいっぱいいるんだよね。
私は経験があるから、頷いたりしているが、そういうのに経験がないキリト君は口をぱくぱくさせている。
そのキリト君を見て、私とアスナは笑った。
「その様子じゃ、他に仲のいい子とかいないでしょ君」
「そうだね。仲いいのなんて、エギルとクラインさんぐらいだもんね」
「悪かったな……いいんだよソロなんだから」
「せっかくMMORPGやってるんだから、もっと友達作ればいいのに」
「無理だよ。キリト君は対人スキルゼロだから」
アスナは「そうね」と言ったあと、笑みを消して、姉や先生のような口調でキリト君に問いかけた。
「君は、ギルドに入る気はないの?」
「え……」
「ベータ出身者がヒナ以外集団に馴染まないのは解ってる。でもね」
アスナの表情が更に真剣なものになる。
「七十層を越えたあたりから、モンスターのアルゴリズムにイレギュラー性が増してきてるような気がするんだ」
確かに、私もそう思う。
でも、それは気がするじゃなく、実際にイレギュラー性は増している。
どうせ、後半になったら敵が強くなるのは普通とか、試練だとかの考えだろうな。
「ソロだと、想定外の事態に対処できないことがあるわ。いつでも緊急脱出できるわけじゃないのよ。パーティーを組んでいれば安全性がずいぶん違う」
「安全マージンは十分取ってるよ。それに、パーティーが安全なのは、ヒナと組んでるから解ってるけど……ギルドはちょっとな。それに……」
なに言うんだろう?
「パーティーメンバーってのは、助けよりも邪魔になることのほうが多いし、俺の場合」
「あら」
はぁ、まったく、そんな強がり言わなければ、アスナの《リニアー》は出ないよ。
それにしても、アスナまた早くなったなぁ。
ちなみにキリト君は、ひきつった笑いとともに、両手を上げて降参のポーズを取っている。
「……解ったよ。あんたも例外だ」
「わたし『も』って、どういう意味よ」
「ヒナがいるだろ」
「そうね」
納得するの早っ!?
まあ、私とパーティー組んだ人はみんなそう言うよね。
「ヒナは例外だ」って、何でだろう?
「なら、しばらくわたしとコンビ組みなさい。ボス攻略パーティーの構成責任者として、君がウワサほど強いヒトなのか確かめたいと思ってたところだし。わたしの実力もちゃんと教えて差し上げたいし。あと今週のラッキーカラー黒だし」
「な、なんだそりゃ!」
最後のはなんだ?理不尽だろ。
「んな……こと言ったってお前、ギルドはどうするんだよ」
「うちは別にレベル上げノルマとかないし」
「じゃ、じゃああの護衛二人は」
「置いてくるし」
「じゃあヒナはどうするんだよ」
「「(何で私(ヒナ様)?)」」
「連れていけばいいし。ファリアもいいわよ」
あ、いいんだ。
てか、キリト君、私を反対材料に使うなよ。
それと、時間稼ぎにカップ持っても、中身空だぞ。
それにしても、なんでキリト君はそんなに嫌がるの?
「最前線は危ないぞ」
あー、バカだ。そういう強がり言うから、アスナのナイフが出るんだよ。
「わ、解った。じゃあ……明日朝九時、七十四層のゲートで待ってる」
キリト君の言葉に満足したアスナは、ナイフを降ろし、ふんふんと強気な笑みを浮かべ、言った。
「ヒナとファリアも来なさいよ」
はいはい、解りましたよ。
はぁ、夜狩りは止めとくか、明日起きられなくなるし。
キリト君が食事が終わるや否や、帰宅すると言ったので、私も帰ることにした。
階段の下まで見送ってくれたアスナが、ほんの少し頭を動かして言った。
「今日は……まあ、一応お礼を言っておくわ。ご馳走様」
「こ、こっちこそ。また頼む……と言いたいけど、もうあんな食材アイテムは手に入らないだろうな」
「私はまだあるから、食べたかったら言ってね」
「「まだあるの(かよ)!?」」
わお、息があったツッコミだこと。
「まあ、普通の食材だって腕次第だわ」
そう言ってから、アスナは上を降り仰いだ。
つられて見上げながら、同じようにつられたキリト君が言った。
「……今のこの状態、この世界が、本当に茅場晶彦の作りたかったものなのかな……」
「うん。そうだと思う。いや、この世界を創ったときから、こうなることを予測してたんだと思う」
予測して私たちに、茅場さんは、現実も仮想世界も変わらない。そう言いたかったんだと私は思う。
でも、帰りたいと望んでる人もいる。
だから私は、前に向かって進むだけだ。
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今日はアスナちゃんのおうちで、シチューを食べましたマル