途方もない道を――ただ闇雲に歩き続けている人なんていないと思う。少なくとも私と同じ時を過ごせる人なんて誰もいない。一緒に歩いてくれる人も当然――いない。
でもそれでもいいと思う。だって、
「……まどか」
まどかが私の隣で笑っていてくれれば何もいらないし、他に何も求めない。私の未来は、ただ一人の友達と一緒に笑っていたいだけ。それが実現できたら、私は嬉しいし、笑っていられる。まどかも笑っていられると思う。
だからこそ私は、
「……はぁ、うまくいかない」
歩き続けているのだ。一人きりの道を――。今は一人でしかない道であったとしても、いつかまどかが共に歩いてくれるこの道を。
時計の針の動く音をバックミュージックに、景色が高速で過ぎゆく。針の動く音と、砂の落ちる音が消えた時私は三日前へと戻る。それらのハーモニーが作り出す、一本の道を歩くことによって、病院生活をしていた、まだ学校へ通っていない私へと舞い戻る。
バックミュージックはそんな私の時を刻むかのようにして、リズムよく流れていく。でも針の動く音と違って、景色の変化は速い。その速度が時速二百キロメートルなのか、マッハスピードなのかはわからない。もはや、線といったぐらいに景色は度々変わる。色のついた線、幾千、幾万にも及ぶ直線が走馬灯のように流れているのだ。
そもそも時を超えるスピードなんて光速と呼ばれて、計測なんてほぼ無理だろう。光速なのかも怪しいところなのかもしれない。
だからこそ、過去へ戻ることを体感できる人間なんていない。“普通の人間”がそんな速度に放り込まれれば、骨が砕かれ内蔵がすり潰され、スライムのようなゲル状に変換させられるはず。それもソーセージのような腸詰された流体を撒き散らし、悪臭を放つのだ。
――そんなこと試さなきゃわからない。と誰もが思うかもしれない。
「っ……」
……思い出したくはない、だけどそれは事実であり、やってはいけないことだと意識付け、覚えていなければならないことだった。
私は目の前で何も言わない肉塊になる人間を目にしていた。人間とよんでいいのかも怪しいものだった。――その場でのたうち回り、身体中の穴という穴から、肉や血を吐き出す物体。
だから、事実。
普通の人間は私と一緒に過去へは戻れない。そんなのは最初からわかっていたこと……なのかもしれない。当然――したくてしたわけではもちろんなかった。後々考えてみれば、単なる興味本意なことだったのかもしれない。
でも、最初は理解者を求める。綺麗な言葉でいうならそういうことだろう。
現実は、ただの実験だった。実験用マウスに人間のパーツを埋め込み、ウィルスを植え付け、いつ死ぬかを確認する実験。そういった“ただの実験”。
あまりにもうまくいかないから、思わず迷い抜いた考え事だった。それでも、それでも前に行こうとする意地の現れだったのかもしれない。だからこそ、無理が出たのだと思う。
最悪、過去に戻れば死んだ人間は元の姿に戻る。肉塊ではなく、人間としてきちんと五体満足の状態で。記憶さえも元に戻る。だから覚えていないだろう。自分が豚や牛と同じように次元の狭間によって、ミキサーされたことなど。
私が殺したという事実はもうそこにはない。そんな甘い考えが頭の隅っこにはあった。私にとって、まどか以外の人間なんていないもの。そういう気持ちもあったのかもしれない。確かにまどかを救うために、他人がいなくなっても私は構わなかった。例え、世界に二人が取り残されたって構わない。困らない。問題ない。
――だからといって、私がやったことは良いことというわけじゃない。
目を閉じれば――あっという間にあの時のことを思い出す。言ってしまえば、悪夢に近いのかもしれない。叫び声も、骨の砕ける音も、肉の飛び出す音も鮮明に覚えている。
あれは確か……、そうだ。あの時だった――。
「本当に過去にいけるの?」
少女の困惑した表情が思い浮かぶ。金髪のツインテールが特徴的で、つり目が鋭い小顔。
「えぇ、そうよ。行ってみたい?」
心配させないよう私は、精一杯の偽りなき言葉をかける。嘘は言っていない。
「うん」
少女から伸びた手をつなぎ、時間遡行が始まろうとしていた。
そしてそれが始まった瞬間、
「ぐぁ、あああ……!」
「えっ……!? ――?」
少女のものとは思えない叫びとともに一瞬にして、風船が割れるように少女が膨らみ始める。まるで怪物でも生まれるかのように、肌が赤く染まり、骨の砕ける音が響いてくる。
「ど、どうして!?」
手を伸ばし、それを止めるべきなのかわからない。――から見た私も本当はこんな姿に変わりはじめているのかもしれない。
「た……けて……」
――の何かの呟きの後、その変化は収まった。――であった少女はもうそこにはいなかった。その場に残ったのは、原型を留めていない少女であった肉片。唯一わかるのは人であったとされる髪の毛と、赤い血。あとは全て粉々にすり潰されていた。
そして私の身体は赤く、染まりきった。何もかも――の血で塗りつぶされていた。
「う……、うわああああああああああああああああ」
叫び声をあげたとき、私は病室から目を覚ましていた。
夢であるような、夢でない現実から――。
「ぐぅああああ……」
血の匂いも、血の痕も何もなかった。鼻を近づけても、服を脱いでも何も見つからない。
「はぁはぁ……」
当然のことだった。あの道から目覚めれば、全てが消えてしまうのだから……。
そして、今もまた同じ状況だった。今度こそ大丈夫と思っていたのだけど。
「……ごめんなさい」
朽ち果てた死体に言葉を告げる。
「…………」
返事は当然ない。黄色く気高い魔法少女だった成れの果てが転がっているだけ。
やっぱり――、魔法少女でもだめだった。私以外、過去なんて戻れないんだ。
巴マミという強固で強い魔法少女でも過去へ連れて行くことが出来ないようだ。なら、誰が戻れるというのだろうか?
――私以外に。
「……」
今更でもないことを理解した気がする。
人間じゃダメなことも、“人間じゃない魔法少女”ならと考えてみてもだめだった。たぶん、杏子であっても、癒しの力をもった美樹さやかであっても結果は同じ。
「あははは……、あああああ」
全身を掻きむしる。血が流れでても構わないくらいに、爪の中に肉の破片が挟まろうと続ける。
「くぅ……あははははは」
これが私の魔法なんだ。誰とも共に行けない魔法。孤独で誰にも理解されない魔法。
もう何人の生命が私の犠牲となっているのかわからない。何人の魔法少女が殺されたのかさえわからない。何人の魔女を殺したのかもわからない。
時を戻る道は透明の道。
本当は赤く、そして異臭を放つ地獄への道。
私は一人でその道を戻っていくしかない。誰も戻れない、誰にも頼れない。だから、一人でやるしかない。一人で全てを殺し、倒す。ジャマをする奴は皆殺しにするしかない。
願った奇跡の代償はきっとそういうものなのだから、諦めさせるインキュベーターの罠なのだから。諦めるわけには行かない。
あの娘の笑顔を守って、一緒に進みたい。それ以外は破壊し続けるしかない。
まどかと行ける未来しか進めない。例え私の進んできた道が赤く染まり、黒ずみ始めたとしても。進むことをやめてはいけない。
今まで犠牲にしてきた人たちのためにも今度こそは正解の扉を開かなければならない。
「……あっちかな」
時を戻る終着点。
その場所で、私は何千にも及ぶ様々な形、色をした扉を吟味していた。どの扉が正しく、どの道が誤りなのかはわからない。
正解、不正解。そもそも私の願いにそんなものが果たしてあるのだろうか? そんな考えも浮かぶこともあった。だけど、諦めるわけにはいかない。私はまどかを救うって決めたのだから。
たった一つの約束なのかもしれないけど。たった一人の友だちのお願い。だから、私には十分。
泣くことも、笑うことも許されない。
透明な世界が色鮮やかな世界へと変わるまでは――私の戦いは続くのだから。
色のついた世界はどこにあるのだろうか……。
例え――私のこれから辿る道が赤く染まっていようとも、私は必ずまどかを救いに行くから。
だから……、だから待っていて――、まどか。
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終わらない道、先の見えない道、その中をほむらは一人ゆく、ただ一人だけ。 ※Skype上で行われたまどマギSSコンペの参加作品、テーマは『色』です。 内容は少し猟奇的・残虐な描写を含みます。